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職業としての官僚
 [社会・政治・時事]

職業としての官僚 (岩波新書)
 
嶋田博子/著
出版社名:岩波書店(岩波新書 新赤版 1927)
出版年月:2022年5月
ISBNコード:978-4-00-431927-6
税込価格:1,034円
頁数・縦:246p, 20p・18cm
 
 自身の国家公務員としての経験や各省現役・OBへの聞き取り調査も取り入れ、先進4か国(英米独仏)との比較も交えつつ、日本の官僚の現状と理想像を論じる。
 さまざまな論考が参照されているが、肝になっているのはマックス・ウェーバーの『職業としての政治』『職業としての学問』であろうか。随所で言及されている。
 
【目次】
第1章 日本の官僚の実像―どこが昭和末期から変化したのか
 職業の外面的事情
 仕事の内容
 各省当局の工夫
 小括―合理性や官民均衡が強まった半面、政治的応答は聖域化
第2章 平成期公務員制度改革―何が変化をもたらしたのか
 近代官僚制の創設から昭和末期まで
 改革を考える枠組み
 時系列れみる改革
 平成期改革の帰結
 小括―改革項目のつまみ食いによって、官僚が「家臣」に回帰
第3章 英米独仏4か国からの示唆―日本はどこが違うのか
 4か国の官僚の実像
 4か国の政官関係
 近年の変化
 小括―日本の特徴は、①政治的応答の突出、②無定量な働き方、③人事一任慣行
第4章 官僚論から現代への示唆―どうすれば理念に近づけるのか
 官僚制改善に向けた手がかり
 感情を排した執行か、思考停止の回避か(ドイツ)
 政治の遮断か、専門家の自律か、それとも政治への従属か(米国)
 企業経営型改革か、国家固有の現代化か
 「民主的統制」への新たな視線
 小括―「あるべき官僚」を実現させるためには、自分ごとでとらえる必要
結び―天職としての官僚
 
【著者】
嶋田 博子 (シマダ ヒロコ)
 1964年生まれ。1986年京都大学法学部卒、人事院入庁。英オックスフォード大学長期在外研究員(哲学・政治・経済MA)、総務庁(現・総務省)、外務省在ジュネーブ日本政府代表部、人事院事務総局総務課長、同給与局次長、同人材局審議官等を経て、京都大学公共政策大学院教授(人事政策論)。博士(政策科学)。
 
【抜書】
●日本の公務員の内訳2021年度(p4)
 地方公務員 274.3万人(82.3%)
 国家公務員 58.8万人(17.7%)
  特別職 29.8万人
   大臣、副大臣、大臣政務官、大公使等 500人
   裁判官、裁判所職員 2.6万人
   国会職員 4千人
   防衛省職員 26.8万人
   行政執行法人役員 30人
  一般職 29.0万人……国家公務員法適用対象
   給与法適用職員 28.0万人
   検察官 3千人
   行政執行法人職員 7千人
 
●公務員の数(p129)
 人口1,000人当たり。
 フランス 90.1人(中央政府25.2人、地方政府41.7人)
 イギリス 67.8人(中央政府5.4人、地方政府23.4人)
 アメリカ 64.1人(中央政府4.4人、地方政府51.0人)
 ドイツ 59.7人(中央政府2.7人、地方政府46.7人)
 日本 36.9人(中央政府2.7人、地方政府26.8人)
 
●本人応募(p131)
 英米独仏とも、政治任用部分を除き、官僚の異動・昇進は、空席に対する本人の応募が原則となっている。本人応募を経た競争と選考。
 内部限定と、外部公募まで含める場合とがある。
 
●政治的官吏(p134)
 ドイツでは、事務次官・局長は「政治的官吏」と呼ばれる。通常の人事と同じく、成績主義に基づき内部昇進していく。
 ただし、大臣は、政治的官吏が信頼できないと感じた場合には、理由を明示せずに更迭(一時退職)できる。更迭された後も、7割を超える給与(恩給)が最長3年間支給される。
 幹部官僚は、自分や家族の生活のために大臣に阿る必要がない。
 近年は、政権交代があると相当数の更迭者が出るが、新旧幹部への二重払いが生ずるため、大臣には世論を納得させるだけの理由が必要となる。
 幹部ポストに昇進するのはその時点の与党に所属している者が多い。与党支持者でない場合、官吏としての身分は基本的に州政府と共通なので、人脈があれば州の幹部に転じることもでき、大学教員等の途もある。
 
●異議申し立て(p231)
 ドイツでは、官僚の義務規定に「上司に対し助言し補佐する義務を負う」(官吏法第62条)とある。一方的に命令を受ける関係ではなく、上司の命令に従った場合でも、違法な職務行為には個人として全面的に責任を負う。
 免責されるには、上司あるいはその上の上司に「命令の適法性に疑義がある」と異議申し立てをして、その命令が改めて追認されることが必要となる。
 さらに1957年には、「命令の内容が人間の尊厳を傷つけるものであるとき」には免責されないという規定(現行第63条)が加えられた。
 ナチス政権という経験が、「選良たちが尊厳を傷つける命令を出すことはあり得ない」という性善説の放棄、人倫は官僚の命令順守義務に勝ることの明文化をもたらした。生(なま)の力が支配する状況にあっても、「人間の尊厳を傷つける」ことは絶対悪であるという価値判断の宣言。
 
●臨床医(p236)
〔 このように考えていくと、官僚の役割は、専門知識に支えられた冷徹さと同時に人々への熱い思いを要する医師、とりわけ現場で診断や執刀に当たる臨床医の仕事にどこか似ている。意欲だけで役割を果たすことはできず、、長期の厳しい知的訓練を要する。目先の感情に溺れることは許されないが、「人のため」という情熱なしには職責に耐え続けることはできない。善意や愛想も大事だが、それよりも結果によって判断される。官僚に必要なのは、「良き社会のための臨床医」に徹する覚悟であると集約できるかもしれない。〕
 
(2022/8/13)NM
 
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皮膚、人間のすべてを語る 万能の臓器と巡る10章
 [医学]

皮膚、人間のすべてを語る――万能の臓器と巡る10章
 
モンティ・ライマン/〔著〕 塩崎香織/訳
出版社名:みすず書房
出版年月:2022年5月
ISBNコード:978-4-622-09092-2
税込価格:3,520円
頁数・縦:270, 34p・20cm
 
 ヒトの皮膚について、宗教から美容、最新医療まで、様々な分野を渉猟した博覧強記のエッセー。
 
【目次】
第1章 マルチツールのような臓器―皮膚の構造とはたらき
第2章 皮膚をめぐるサファリ―ダニやマイクロバイオームについて
第3章 腸感覚―身体の内と外のかかわり
第4章 光に向かって―皮膚と太陽をめぐる物語
第5章 老化する皮膚―しわ、そして死との戦い
第6章 第一の感覚―触覚のメカニズムと皺
第7章 心理的な皮膚―心と皮膚が互いに及ぼす影響について
第8章 社会の皮膚―刻んだ模様の意味
第9章 分け隔てる皮膚―ソーシャルな臓器の危険な側面―疾病、人種、性別
第10章 魂の皮膚―皮膚が思考に及ぼす影響―宗教、哲学、言語について
 
【著者】
ライマン,モンティ (Lyman, Monty)
 オックスフォード大学医学部リサーチ・フェロー、皮膚科医。オックスフォード大学、バーミンガム大学、インペリアル・カレッジ・ロンドンに学ぶ。タンザニアの皮膚病調査についてのレポートで2017年にWilfred Thesiger Travel Writing Awardを受賞。初の単著である『皮膚、人間のすべてを語る―万能の臓器と巡る10章』はRoyal Society Science Book Prize最終候補作になるなど高評を得た。オックスフォード在住。
 
塩崎 香織 (シオザキ カオリ)
 翻訳者。オランダ語からの翻訳・通訳を中心に活動。英日翻訳も手掛ける。
 
【抜書】
●アポクリン汗腺(p20)
 アポクリン汗腺(アポクリン腺)から分泌される汗は無臭。タンパク質やステロイド、脂質などを豊富に含み、皮膚表面にいる多くの細菌にとってのご馳走。これらの細菌によって汗が分解されると、芳香とは言いがたい匂いを発するようになる。いわゆる体臭。
 〔自然ににじみ出るこのオーデコロンにはフェロモンという化学物質が含まれ、別の個体の生理状態に影響を及ぼしたり、社会的な反応を引き出したりしていると長らく考えられてきた。〕
 〔アポクリン汗腺から出る汗は「惚れ薬」でもある。〕
 
●コロモジラミ(p40)
 これまで、ペストは、ペスト菌に感染したネズミの血を吸ったのみが媒介したとする説が主流だった。
 2018年の研究によると、コロモジラミが「ヒト→衣服→ヒト」と広がり、主な感染経路となった可能性も明らかになっている。
 コロモジラミは、アタマジラミとは異なり、首から下に点在する体毛の少ない部位に生息し、衣類に卵を産むように適応している。発疹チフスを起こすリケッチア、回帰熱の原因となるスピロヘータ、塹壕熱(第一次世界大戦中に前線兵士の間で流行)の犯人であるバルトネラ・クインターナ、などの病原体を媒介する。
 
●韓国・朝鮮人(p54)
 東アジア人、中でも韓国・朝鮮人は、遺伝的にアポクリン汗腺が少なく、腋の下にいる細菌の構成も異なるため、それ以外の地域出身の人々に比べて体臭がかなり弱い。
 
●ボブ・マーリー(p93)
 悪性黒色腫が転移して死亡。当初、つま先の病変がサッカーでできた傷だと誤診され、治療が遅れた。
 米国の調査では、黒人の悪性黒色腫は白人に比べてずっと少ないのに、診断後の生存率は黒人のほうがかなり低い。保健医療へのアクセスが困難な黒人が多いことに加え、黒い肌でも皮膚がんになるという認識が黒人社会と医療関係者の両方に不足しているためかもしれない。
 
●クレオパトラ(p125)
 クレオパトラの若返り術。
 ロバ700頭を飼育させ、毎日その乳を満たした風呂に入っていたと言われている。
 
●情動的触覚(p140)
 「識別的触覚」のほかに、人間には「情動的触覚」が備わっている。
 C触覚線維と呼ばれる神経が関わっており、皮膚の有毛部に存在する。軽いタッチに敏感で、その信号は時速約3.2km(秒速90cm)で脳に送られる。触れているものが何であるかを判断できるような情報を伝えるのではなく、接触によって生じた感情の信号を伝達する。送られた低速の信号は、大脳辺縁系など、脳の中でも特に感情に関係する領域で処理される。32℃、秒速2~10cmで撫でられたときに活性が最大になる。
 
●カンガルーケア(p161)
 1978年、コロンビアのボゴタにある母子医療センターでは、新生児集中治療室のスタッフ不足と保育器の不足により、赤ちゃんの死亡率は70%に達していた。担当の医師エドガー・レイ・サナブリアは、未熟児で生まれた赤ちゃんを肌が直接触れるように母親の胸に抱かせ、(保育器の代わりに)温めるとともに、母乳養育を推奨した。死亡率は10%に低下した。
 母親との直接の肌の触れ合いが未熟児にとって驚くような薬となった。「カンガルーケア」と名付けられ、その後20~30年で世界に広がった。
 2016年のレビューでは、カンガルーケアはバイタルサイン(心拍や呼吸など)を安定させ、睡眠を改善し、体重の増加につながると結論されている。
 途上国で出産後1週目にカンガルーケアを受けた場合、生後1か月以内に死亡する割合が51%減少する、という研究結果も。
 両親に対しても心理的にプラスに働き、不安を和らげて育児に自信を持たせる効果が認められている。
 
●外胚葉(p170)
 人間の脳と皮膚は、胚の同じ細胞(外胚葉)から派生している。皮膚と心のあいだには変化してやまない関係がある。
 
●体内侵入妄想(p190)
 自分の身体に昆虫などの生物が寄生しているという妄想を「寄生虫妄想」と呼ぶ。皮膚の下で虫がうごめいているような感覚(蟻走感:ぎそうかん)を感じる。糖尿病やがんなどの患者、医薬品やドラッグ(特にコカイン)でも起きる。
 最近は、虫がテクノロジーの世界の物体(ナノチューブ、マイクロファイバー、追跡デバイス、など)にだんだんと置き換えられているので、「体内侵入妄想」という病名のほうが適切である。
 
●モコモカイ(p198)
 マオリの人々は、顔に刺青を入れている。モコ。
 モコは、自分の歴史を顔に刻んだもの。社会的な身分を額と眼の周りに、生まれを上顎に、手に入れた土地と財産を下顎に。モコは自分の歴史と物語。
 マオリの戦士が死ぬと、モコが施された頭部「モコモカイ」は煙でいぶした後、さらに日干しにして模様が保存された。
 部族間の争いの最中でも、勝った側が討ち取った首を遺族の元に戻す慣習があった。和平を結ぶ際にモコモカイを交換することも行われた。
 1800年頃からイギリス人の入植が進み、キリスト教が入れ墨を否定したためにモコは断絶した。
 
●アイスマン(p211)
 1991年9月19日、アルプス山脈のエッツ渓谷で、アイスマン(通称エッツィ)が発見された。BC3300年頃の凍結死体。
 45歳前後。頭部を強く殴られ、右肩に石でできた矢尻が食い込んでいた。一方、所持品には本人以外の4人の血痕が確認された。矢尻に二人分、外套と短刀に一人分。DNA DNA分析によると、心臓疾患のリスクが高く、乳糖不耐症。腸には鞭虫が寄生していた。
 全身に小さな入れ墨が刻まれていた。2015年、マルチスペクトル画像解析で、合計61個の入れ墨が判明。ほとんどが縦横の線、あるいは小さな十字を並べた模様。 入れ墨の大部分は、腰部のほか、足首と手首、膝関節に集中。エッツィが患っていたとされる関節炎の痛みが出やすい場所。それ以外の入れ墨は鍼療法の経路に沿って入れらている。8割が中医学の経穴(つぼ)の場所と一致する。
 
●梅毒(p235)
 イタリアでは「フランス病」、フランスでは「イタリア病」、ロシアでは「ポーランド病」、トルコでは「キリスト教の病」と呼ばれていた。
 「コロンブス交換」のひとつ。
 コロンブス交換……大西洋を挟んで動植物や道具、思考、そして病気が交換された現象。
 
(2022/8/8)NM
 
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「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ
 [言語・語学]

「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ (角川新書)
 
椎名美智/〔著〕
出版社名:KADOKAWA(角川新書 K-381)
出版年月:2022年1月
ISBNコード:978-4-04-082414-7
税込価格:990円
頁数・縦:221p・18cm
 
 「させていただく」はなぜこんなにも普及したのかを探る。『「させていただく」の語用論』(ひつじ書房)の要点を噛み砕いて新書化。
 
【目次】
第1章 新しい敬語表現―街中の言語学的観察
 用例を採集する
 「飲食は禁止させていただいております」
  ほか
第2章 ブームの到来―「させていただく」の勢力図
 「させていただく」への不思議な反応
 「語用論」のアプローチ
  ほか
第3章 違和感の正体―七〇〇人の意識調査
 言語学の様々なアプローチ
 古典語から継承された用法
  ほか
第4章 拡がる守備範囲―新旧コーパス比較調査
 昔の言葉と比較する
 『青空文庫』と『現代日本語書き言葉均衡コーパス』
  ほか
第5章 日本語コミュニケーションのゆくえ―自己愛的な敬語
 「させていただく」は関西発祥なのか
 「させていただく」の一人勝ち
  ほか
 
【著者】
椎名 美智 (シイナ ミチ)
 法政大学文学部英文学科教授。宮崎県生まれ、お茶の水女子大学卒業、エジンバラ大学大学院修士課程修了、お茶の水女子大学大学院博士課程満期退学、ランカスター大学大学院博士課程修了(Ph.D.)、放送大学大学院博士課程修了(博士(学術))。専門は言語学、特に歴史語用論、コミュニケーション論、文体論。
 
【抜書】
●1871年(p6)
 「させていただく」の最も古い用例は1871年。三遊亭圓朝の落語「菊模様皿山奇談(きくもようさらやまきだん)」。
 使用が増加したのは、1990年代。
 「さて此の若江の家(うち)へ宗桂(そうけい)という極(ごく)感の悪い旅按摩がまいりまして、私(わたくし)は中年で眼が潰れ、誠に難渋いたしますから、どうぞ、御当家様はお客様が多いことゆえ、療治をさせて戴きたいと頼みますと、慈悲(なさけ)深い母だから、
 母『療治は下手だが、家にいたら追々得意も殖えるだろう、清藏丹誠をしてやれ』」(p86。松本修「東京における『させていただく』」『國文學』九二、pp.355-367、関西大学国文学学会、2008年)
 
●丁重語、美化語(p58)
 日本語の敬語体型は、3種類から5種類に。
 以前は、尊敬語、謙譲語、丁寧語に分類されていたが、現在ではそこに丁重語、美化語が加わった。
 丁重語は、謙譲語から分化。「申す」「参る」「利用いたします」「愚息」「弊社」「小社」「拙者」など。謙譲語は自分の行為を受ける相手に敬意が向かうが(先生のところに伺います」)、丁重語は自分がへりくだるだけで行為が相手に向かわない(「これから京都に向かいます」)。
 〔自分の行為を丁寧に述べることによって自分の丁寧さを示す敬語で、結果として、間接的に敬意が相手に向いていきます。〕(p98)
 美化語は、丁寧語から分化。「お酒」「お水」「お勉強する」「お料理する」など。話し手が物事や行為を上品に言うときに使う。相手に関係ないモノに「お」を付けるので、敬意は相手に直接向かないが、物事を丁寧に言うことによって自分の品格を示し、間接的に丁寧さが相手に伝わる。
 
●遠隔化、近接化(p62)
 敬意が大きければ大きいほど、距離を大きく取ることになり、相手から遠ざかる。 ➾ 遠隔化
 近接化は、相手との距離を縮めること。タメ語は、相手と距離を置かず、相手に近づく言葉なので、近接化効果がある。
 
●平等(p68)
 上下関係が明確な社会では、尊敬語、謙譲語、丁寧語といった伝統的な敬語が有効に機能していた。
 しかし、現代の民主的な社会では、人々の間に固定的な身分や階級のような上下関係はなく、人間関係は基本的に平等だとされている。フラットな横の関係。そういう社会では、上下関係で使われていたものとは異なるタイプの敬語が必要となった。そういうときに丁重語や美化語が役に立つ。
 相手が誰であれ、自分の丁寧さが示せる。その場その場の関係性の中で丁寧さを示すことができるのが、「させていただく」のような補助動詞として使われた授受動詞。
 
●授受動詞の補助動詞用法(p80)
 第一ステージ(15世紀〜17世紀初め)……「てくれる」(一人称遠心的/二人称求心的)→「てやる」(一人称遠心的)→「てもらう」(一人称求心的)
 ※「てくれる」は二人称求心的用法に特化。
 第二ステージ(江戸時代)……「てくださる」(二人称求心的・敬語形)→「てあげる」(一人称遠心的・敬語形)→「ていただく」(一人称求心的・敬語形)
 第3ステージ(明治〜現在)……「てさしあげる」(一人称遠心的・敬語形)→「させていただく」(一人称求心的・敬語形/勝手用法)
 
●敬意のインフレーション(p87)
 敬意漸減が起こると、別の敬語を使って「敬意」のレベルを上げる必要が出てくる。結果として、「敬意のインフレーション」が起こる。
 江戸から明治になった時期と、戦中から戦後になった時期。どちらも、身分社会が水平化された時期。身分制度がなくなって上下関係から開放された時、都市化が進んで人々の匿名性が高まり、自分が対面している人がどんな出自の誰なのかがわからない時。
 
●距離感操作(p173)
〔 相手に失礼でない話し方をしようとすると、どうしてもたくさんの敬意表現を使うことになります。結果的に、対話者間の繋がりや親しさを表現できなくなって、少し不自由なコミュニケーション状況に陥ります。「させていただきます」は、そうした距離感の中にあって、「させて」と相手の許可に言及することによって、相手へ手を伸ばそうとする気持ちが話し手にあることを示すと同時に、「いただく」という遠距離効果の言葉で距離感を取り戻すことによって、微妙に人々の間の距離感を調整することができます。特に、相手に関係する動詞と一緒に使って距離感が縮まりそうな時には、「させていただく」によってしっかりと距離を取り戻すことができます。そうした微妙な距離感操作が簡単にできることが、伝統的な敬語に代わる表現として使われる理由ではないかと思います。〕
 
(2022/8/7)NM
 
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進化を超える進化 サピエンスに人類を超越させた4つの秘密
 [自然科学]

進化を超える進化 サピエンスに人類を超越させた4つの秘密 (文春e-book)
 
ガイア・ヴィンス/著 野中香方子/訳
出版社名:文藝春秋
出版年月:2022年6月
ISBNコード:978-4-16-391553-1
税込価格:2,750円
頁数・縦:404p・20cm
 
 火、言葉、美、時間が、人類を他の生物を超える存在へと押し上げた。
 博覧強記の縦横無尽な知識に恐れ入った。
 
【目次】
序章 人間がいかに生物学的人類を超える種となったかについての物語へようこそ
創世記
第1部 火
第2部 言葉
第3部 美
第4部 時間
 
【著者】
ヴィンス,ガイア (Vince, Gaia)
 サイエンス・ライター、作家。『ネイチャー』誌、『ニューサイエンティスト』誌のシニア・エディターを歴任。『ガーディアン』、『タイムズ』、『サイエンティフィック・アメリカン』などの新聞・雑誌に寄稿する。60ヶ国以上を歴訪し、3ヶ国に暮らした。現在はロンドンを拠点とし、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの人新世研究所のシニア・リサーチ・フェローも務める。2014年のデビュー作『Adventures in the Anthropocene』(『人類が変えた地球 新時代アントロポセンに生きる』小坂恵理訳、化学同人)は英国王立協会サイエンス・ブック賞を女性として初めて受賞。
 
野中 香方子 (ノナカ キョウコ)
翻訳家。お茶の水女子大学卒業。
 
【抜書】
●好色(p36)
〔 およそ八万年前、現生人類の最初の少数の集団がアフリカから脱出した。当時、ネアンデルタール人は、シベリアからスペイン南部までの広域で繁栄していた。わたしたちの遺伝子の中には彼らの痕跡がかすかに残っている。なぜならわたしたちの祖先は、他の人類に出会うたびに交配していたからだ。わたしを含め、現代のヨーロッパ系の人は遺伝子の中にネアンデルタール人のDNAを持ち、ヨーロッパではネアンデルタール・ゲノムの二〇パーセントが今も受け継がれている。おそらく、それらの遺伝子がヨーロッパでの生存を助けたからだろう。その他の古代の人種も、現生人類の中に遺伝子を残している。オーストラリアの先住民はデニソワ人に由来する遺伝子を持つが、デニソワ人についてわかっていることはきわめて少ない。一方で、まだ確認されていない古代の人種が、わずか二万年前のアフリカ人を含め世界中の人々の遺伝子に影響を与えている。わたしたちの祖先が、適応に役立つ遺伝子をさまざまなホミニンからこれほど多く集めることができたのは、おそらく好色だったからで、その性質は、祖先たちが世界のさまざまな環境に広がっていくのを助けたにちがいない。〕
 
●ミツオシエ(p54)
 〔サハラ砂漠以南のいくつかのコミュニティは、ミツオシエという小さな鳥と協力する。この鳥は人々の呼びかけに応えて、彼らをハチの巣に案内する。そこで人間は巣を煙でいぶしてハチを追い払い、人間も鳥もハチミツを得る。一部の狩猟採集民では、そうやって得たハチミツのカロリーが摂取カロリーの一五パーセントを占める。〕
 
●煙(p57)
〔 一部のサピエンスは、中東からはるか彼方のオーストラリア(当時はニューギニアとつながっていた)に渡った。六万年ほど前に、おそらく大規模な山火事の煙に惹かれて、彼らは航海に乗り出した。それは外洋を一〇〇キロメートルも渡る、命知らずの船旅だった。煙があるなら火があり、火があるなら植物に覆われた陸があり、そこには豊穣で(部族間の争いのない)平和な世界が広がっている、と彼らは夢見た。それは驚くほど進化した種による、途方もない旅だったが、そうするだけの価値はあった。最初のオーストラリア人になった彼らは、巨大な有袋類や鳥類や爬虫類がいて、先住者はいない、広大な世界を発見したのだ。〕
 まだ火を自ら作り出せなかった太古の人類にとって、山火事などによって発生する火は貴重だった。
 
●1時間(p75)
 火を使った調理によって、人間が食事にかける時間は1日1時間程度。
 チンパンジーはおよそ5時間かけて咀嚼する。
 
●脳の減少(p77)
 過去1万年の間に、人間の脳の大きさは約10%減少した。体格との比率では3~4%減少した。
 小さな集団では生き残れなかったあまり知的でない人々を、大きくなった社会が「抱えられる」ようなったから?
 〔脳の縮小は家畜動物にはよくあることなので、わたしたちの極端な社会性や協調性に関連した遺伝的変化なのかもしれない。知的な人々ほど子供が少ない傾向にあることは注目に値する。おそらく知性は、遺伝子プールの中で薄められているのだろう。いずれにしてもわたしたちは、蓄積された知識を文献やデバイスという外部の脳に移すことが増えているので、生き延びるために、それほど賢い脳を必要としないのだろう。〕
 
●完全なコピー(p88)
 ドイツのマックス・プランク研究所の進化心理学者マイケル・トマセロが行った実験。
 おやつの入った仕掛け箱を人間の幼児とチンパンジーに与えた。その箱は、つまみを押したり引いたりといった一連の手順を経なければ開かない。
 トマセロは、幼児とチンパンジーそれぞれの目の前で、その手順をやって見せた。その動作には、明らかに意味のない動作(最後の手順の前に、自分の頭を3回たたく)が含まれていた。
 幼児もチンパンジーも動作を真似ておやつを得ることができたが、頭をたたいたのは幼児だけだった。チンパンジーは、この動作はおやつを得ることと無関係だと見抜いて省略した。
 人間の幼児は、自分に教えてくれる人を信頼し、どの手順も何か理由があるはずだと思うので、過剰に模倣してしまう。実のところ、目的がはっきりしない手順ほど、幼児は慎重かつ正確に模倣した。
 
●トスカーナ語(p125)
 トスカーナの詩人ダンテ・アリギエーリは、ラテン語ではなくトスカーナ方言で『神曲』を書いた。
 以来、トスカーナ方言がイタリアの母国語になったと言われている。
 
●言語音(p142)
 東南アジアのような、温暖で湿潤で、深い森に覆われた地域で話される言語は、母音が多く、子音は少なく、単純な音節で構成されている。
 熱帯雨林とは無縁の英語とグルジア語には子音が多い。
 標高の高いところに住む人々の言語は、子音で空気を強く排出する単語が多い。
 乾燥した砂漠のような地域では、声調言語はほとんど存在しない。空気が乾燥していて声帯の動きが制限されるから。
 声調言語……北京語やベトナム語のように、声の高低が異なると単語の意味が異なる言語。
 
●大麻(p245)
 ヤムナヤ人は、色白で黒い瞳だった。
 大麻を吸っていた。ユーラシア大陸で初めてマリファナの取引を行った。
 
●カゴ(p277)
 フランスの不可触賤民。
 何百年もの間、下等な階級として差別され、カゴテリという辺鄙な地区に隔離されて暮らした。
 
●ピンゲラップ島(p284)
 南太平洋の島。比較的孤立しており、外部の人との結婚を禁じる社会規範があった。
 1775年、壊滅的な台風のせいで島民の大半が死滅し、20人しか生き残らなかった。近親交配が繰り返されたせいで、ある遺伝子の変異が蓄積され、島の人口の10%が重度の色覚異常で白と黒以外の色が見えない。
 この変異を持つ人は、昼間は不自由な思いするが、夜になると正常な視力の人よりもよく見えるようになる。そのおかげで夜の漁をうまくこなし、それがこの遺伝子が残っている理由だと考えられている。
 
●ホムニ(p347)
 Homo omnis、集合性人類。
〔 本書では、遺伝子、環境、文化という三つの進化を通して、人間が常に自らを作り変えてきたこと、そして、人間がいかにして自らの運命を変えられる比類ない種になったかを述べてきた。今や、わたしたち全員が全く例外的なものになろうとしている。人間は超生物になりつつある。これをホモ・オムニス(集合性人類)、略してホムニと呼ぼう。〕 
 
(2022/8/6)NM
 
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サイバー文明論 持ち寄り経済圏のガバナンス
 [経済・ビジネス]

サイバー文明論 持ち寄り経済圏のガバナンス
 
國領二郎/著
出版社名:日経BP日本経済新聞出版
出版年月:2022年5月
ISBNコード:978-4-296-11341-5
税込価格:2,200円
頁数・縦:246p・19cm
 
 人類の社会は、農業文明から近代工業文明へと発展してきて、今後はサイバー文明の時代となる。
 今後、近代工業文明との違いを見極め、サイバー文明にふさわしい制度の設計が必要となる。サイバー文明が近代工業文明と大きく異なるのは、持ち寄り経済(シェアリング)とトレーサビリティ。財は個人所有から共有へと変化し、富は匿名性の高い金銭からトレーサビリティの高いデータへと変化した。それにふさわしい制度とは……?
 
【目次】
第1部 サイバー文明の夜明け―デジタル技術で富、技術、統治の形が変わる
 第1章 近代工業文明の基盤―所有権交換(販売)経済とその前提
 第2章 文明の進化
 第3章 デジタル経済で広がる格差と富の変質―深刻化する「反乱」
 
第2部 新しい時代を呼び込む四つの構造変化
 第4章 ネットワーク外部性―データは集積・結合で価値を高める
 第5章 ゼロマージナルコスト―価格メカニズムの限界
 第6章 トレーサビリティ―ビジネスモデルの時空間制約からの解放
 第7章 複雑系としてのサイバー文明―創発のオープンアーキテクチャ
 
第3部 サイバー文明を創る技術
 第8章 デジタルとネットワークが生み出すゼロマージナルコストの複雑系
 第9章 IoT―センサー、IDとネットワーク技術で広がるトレーサビリティ
 第10章 クラウド、プラットフォームとAIが生み出す情報のネットワーク外部性
 
第4部 新しい文明の経済―サイバー文明におけるビジネスの姿
 第11章 所有権交換モデルからアクセス権付与モデル、そして「持ち寄り経済」へ
 第12章 劣後サービスの大きな価値―効率化、持続可能化そして格差解消
 第13章 サイバー文明における価値と富
 
第5部 サイバー文明の倫理と統治
 第14章 デジタル社会の倫理とサイバー文明の精神―アジア的価値観再考
 第15章 複雑系の統治機構としてのプラットフォーム
 第16章 サイバー文明時代の民主主義―分散と協調のガバナンス
 あとがきに代えて―技術システムと社会システムの統合
 
【著者】
(國領 二郎 (コクリョウ ジロウ)
 慶應義塾大学総合政策学部教授。1982年東京大学経済学部卒。日本電信電話公社入社。92年ハーバード・ビジネス・スクール経営学博士。93年慶應義塾大学大学院経営管理研究科助教授。2000年同教授。03年同大学環境情報学部教授などを経て、09年総合政策学部長。2005年から09年までSFC研究所長も務める。2013年より慶應義塾常任理事に就任(21年5月27日任期満了)。
 
【抜書】
●複雑系の排除(p92)
 もともと世界は複雑系である。
 近代工業文明は、世界の複雑系である性質を抑え込むことで成立した。
 工場では、管理された空間の中で、理論通りに同じ現象を繰り返し発生させることで、品質管理を行い、大量生産を実現する。
 
●LPWA(p119)
 Low Power Wide Area。低消費電力広域無線システム。
 スピードは5Gほどではないが、少ない電力で広い範囲の通信を可能とする技術。電池1本で理論的には10年運用可能なものもある。
 長距離通信も可能なので、WiFiと異なり基地局をたくさん立てなくてもよい。
 
●知徳報恩(p158) 
  他者による貢献を認識することで(知徳)、恩を与えてくれた社会(仏教では仏)や他者に報いて社会貢献する(報恩)。
 トレーサビリティによる持ち寄り経済の社会では、「知徳報恩」の考え方が重要。
 
●劣後サービスによる格差問題の解決(p166)
 アクセス権を優先度別に提供し、高優先度利用権を持つ所有者が低優先度ユーザーも使う共用資産に投資を行うという形態は、富裕なユーザーが投資した資産を低価格で低所得のユーザーが使うこと(劣後サービス)を可能にする。つまり、格差解消にもつながる。
 ピーク時に優先度高く使用したい「わがまま」なユーザーが投資した設備を、オフピーク時に低価格でより低所得のユーザーに開放することで、良質なサービスをより多くの人が享受することができるようになる。「わがままの効用」(藤井資子)。
 その際、最上位(最優先)のユーザーは、ライフラインのユーザーとすべき。命にかかわるようなサービスについては、優先的に利用できるようにする。
 第二優先度は、お金を出してでも優遇してほしいユーザー。
 第三優先度は、劣後ユーザー。
 
●信頼、評判(p181)
 金銭はトレーサビリティが低く、大量生産を前提とする、見知らぬ他人同士の匿名による経済に向いていた。近代工業文明の時代には、トレーサビリティの低い金銭の蓄積が富となった。
 サイバー文明の時代には、トレーサビリティの高い経済のなかで、「信頼」や「評判」などが蓄積されるべき富となっていく。
 
●忠実義務(p196)
 fiduciary responsibility。
 受託者は信託者の信頼を裏切ってはならない。
 弁護士などが依頼人の利益に反する行為を行ったり、金融機関が預金者の利益に反する行為を行ったりする場合、責任が厳しく問われる。
 
【ツッコミ処】
・一神教(p35)
〔 統治構造については、都市国家などにおける共和制などの形態もあったが、多くの農耕社会は王権のもとに組織化されていった。金属農具による高度な農耕技術は、その技術を持つ集団に大きな力を与え、支配できる王国の規模を拡大させていった。農耕が必要とする共同体による治水、共同農業作業、収穫物を守る警備などが階層的な支配構造を必要とし、王制がごく自然な形だったからといえる。
 広域に信奉される一神教の世界宗教が、農業文明の広がりと機を一にして広がった。これは、生産力の高まりとともに広域化した権力がその基盤を必要としていたからであると考えるのが素直だろう。自然界のさまざまな事物に畏れをいただき、それぞれの土地に土着の神を見る多神教は、自然のなかで暮らす狩猟採集社会ではごく自然であったが、農耕社会が必要とする統一的な権力には不都合だった。唯一の絶対神から統治を授権した王の統治という物語を成立させるために一神教が生まれ、時の権力者に採用されていった。
 日本においては、多神教的な要素を残しつつ、最高の祭司である天皇が将軍に統治権を委ね、土地をめぐる紛争の解決にあたらせるなどの形式をつくりあげていった。権力の確立に寄与したのが金属製の武器だったということも指摘しておいた方がいいだろう。青銅や鉄製の武器によって、より広域の支配が可能になっていった。〕
  ↓
 一神教は砂漠で誕生したと言われているが……。
 農耕が始まったメソポタミアは、多神教の世界だった。もっとも、都市国家ごとに信奉する神が存在していたので、狭い意味での一神教にあたるのか?
 
(2022/7/31)NM
 
〈この本の詳細〉


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