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反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー
 [歴史・地理・民俗]

反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー
 
ジェームズ・C・スコット/〔著〕 立木勝/訳
出版社名:みすず書房
出版年月:2019年12月
ISBNコード:978-4-622-08865-3
税込価格:4,180円
頁数・縦:232, 42p・20cm
 
 メソポタミアを中心に、初期国家の形成について論じる。最大の論点は、現在の私たちが信奉している国家や文明は、人類の幸福のためには必要なかったかもしれない、ということか。
 
【目次】
序章 ほころびだらけの物語―わたしの知らなかったこと
1 火と植物と動物と…そしてわたしたちの飼い馴らし
2 世界の景観修正―ドムス複合体
3 動物原性感染症―病理学のパーフェクトストーム
4 初期国家の農業生態系
5 人口の管理―束縛と戦争
6 初期国家の脆弱さ―分解としての崩壊
7 野蛮人の黄金時代
 
【著者】
スコット,ジェームズ・C. (Scott, James C.)
 1936年生まれ。イェール大学政治学部・人類学部教授。農村研究プログラム主宰。全米芸術科学アカデミーのフェローであり、自宅で農業、養蜂も営む。東南アジアをフィールドに、地主や国家の権力に対する農民の日常的抵抗論を学問的に展開した。ウィリアムズ大学を卒業後、1967年にイェール大学より政治学の博士号を取得。ウィスコンシン大学マディソン校政治学部助教授を経て、1976年より現職。第21回(2010年)福岡アジア文化賞受賞。
 
立木 勝 (タチキ マサル)
 翻訳家。
 
【抜書】
●抵抗(p7)
 定住生活が、移動性の生業形態より優れたものだという考えは間違っている。
 〔移動民が至るところで――ときにはその方が好ましい環境の下ですら――永続的な定住に頑強に抵抗してきたことを示す膨大な証拠がある。遊牧民や狩猟採集民が永続的な定住と戦ってきたのは、これを病気や国家支配と結びつけて捉えたからで、その考えは往々にして正しかった。〕
 
●後期新石器時代複数種再定住キャンプ(p16)
 人類が植物の作物化や動物の家畜化を行い、定住するようになったことで、人間プラス複数の生物種がともに定住するようになった状態。
 肥沃な氾濫原やレス土壌(黄土)と恒常的な水という環境が好ましい。
 ツバメやネズミ、ゾウムシ、ダニ、ナンキンムシ、などの「片利共生生物」も、押しかけてきた。
 
●穀物(p22)
 国家が興るときに必要なのは、収奪と測定が可能な主要穀物と、それを育てるための、管理と動員が容易な人口。すなわち、富。「査定とアクセスが可能な穀物と人間」。
 生態学的に豊かな地域で興るというわけではない。
 
●万里の長城(p26)
 オーウェン・レティモアによると、万里の長城が築かれたのは、蛮族を中に入れないためと同じくらい、中国人の納税者を外へ出さないためでもあった。
 
●北アメリカの専従焼畑農民(p37)
 〔少なからぬ気象学者は、1500-1850年頃に小氷期といわれる寒冷期間があったのは、北アメリカの専従焼畑農民が死に絶えたことで温室効果ガスのCO₂が減ったからだろうと考えている。〕
 
●ブタの家畜化(p74)
 ブタは、人間の定住地の豊かな残り物を採食するために自分からやってきた可能性がある。
 
●ドムス効果(p75)
 家畜化された動物と同時代の野生種との決定的な行動上の違いは、外的刺激への反応の閾値が高いことと、全体として多種への用心深さが少ないこと。これが「ドムス効果」。
 招かれざるハト、ネズミ、スズメなども、用心深さや反応性が下がっている。
 家畜の肉体的変化として、性的二形の縮小、幼形成熟、脳の縮小。
 脳に関しては、ヒツジは、1万年に及ぶ家畜化の中で、脳の大きさが24%小さくなった。フェレットは30%縮小、ブタも三分の一縮小。
 イヌ、ヒツジ、ブタは、海馬、視床下部、下垂体、偏桃体などの辺縁系がかなり小さくなっている。攻撃、逃走、恐怖を引き起こす閾値が上がる。感情的な反応能力の低下。
 
●技術破壊(p86)
 動植物の飼いならしによって、ホモ・サピエンスが多種多様な野生植物を一握りの穀草と交換し、わずかな種類の家畜のために広範な種類の野生動物を手放した。少種の穀草と家畜を育てる技術しか必要しなくなり、多種の食物採取の技術が失われた。
 〔後期新石器時代の革命は大規模社会の登場にさまざまな貢献をしたが、それでもわたしは、これをある種の技術破壊だと見たい気持ちに駆られている。〕
 
●ブロードスペクトラム革命(p90)
 肥沃な三日月地帯で、野生のたんぱく源である大型の猟獣(オーロックス、オナガー、アカシカ、ウミガメ、ガゼル、など)が乱獲によって減った。
 人口圧に押されたことも相まって、人びとは、豊富であるが多くの労働を必要とし、それほど望ましくない、栄養価の低い資源を活用せざるを得なくなった。でんぷん質の多い植物、甲殻類、小型の鳥や哺乳類、カタツムリ、二枚貝、など。
 温暖化が始まったBC9600年以後、人口増加と大型猟獣の減少が起こる。
 ブロードスペクトラム革命と農業は栄養面でも不利で、その結果として健康状態が劣化し、死亡率が上がった。
 
●人口(p92)
 BC1万年の世界人口……約400万人。
 BC5千年の世界人口……約500万人。
 紀元前後の世界人口……1億人超。
 
●初期国家の形成(p113)
 ハンス・J・ニッセンによると、初期の国家は、気候変動によって形成された。
 BC3500-2500年の時期に海水レベルが急激に下がり、ユーフラテス川の水量が減少した。乾燥が進み、縮小した河川に人々が集中し、都市化が進んだ。
 灌漑が以前にも増して重要かつ労働集約的になった(たいてい揚水が必要になった)。ウンマやラガシュといった都市国家は、耕作可能地やそこへ引くための水をめぐって戦った。やがて、賦役や奴隷労働で掘削する網目状の運河システムが発達した。
 こうして人口の90%が30haほどの定住地に暮らすようになったことで、国家形成にとって理想的な穀物-マンパワー・モジュールが強化された。
 
●文字(p137)
 文字が発明されるまでの世界は「暗黒」で、文字が発明されたらすべての社会がそれを採用したかのように考えるのは間違い。最初の文字も、国家建設と人口集中、そして測定から生まれた。他の状況では応用が利かない。
 〔初期メソポタミア文字のある研究者は、推測だと認めつつも、文字が国家以外では抵抗された、それは国家と税のあいだに消せない結びつきがあったからで、耕作が重労働とのつながりを消せずに長らく抵抗されたのと同じだとしている。〕
 
●束の間の自由(p191)
〔 崩壊という状況の描き出すものが、複雑で脆弱で、たいていは抑圧的な国家が、小さくて分散的な小片へと拡散していくことであるのなら、なぜ「崩壊」を嘆き悲しむのだろう。崩壊を嘆く単純な、また必ずしも表面的とは言い切れない理由は、それによって、古代文明の証明を使命としてきた学者や専門家が、必要な原材料を奪われてしまうからだ。考古学者にとっては重要な遺跡が減り、歴史家にとっては記録や文書が少なくなり、博物館にとっては、陳列するべき大小のアクセサリー類が減ってしまう。古代ギリシア、エジプト古王国、紀元前2000年代半ばのウルクについてすばらしい、有益な資料があるが、そのあとの曖昧な時期――ギリシアの「暗黒時代」、エジプトの「第一中間期」、アッカド帝国下でのウルクの衰亡――の姿は、求めても無駄に終わるだろう。しかしこうした「空白」期は、多くの国家の臣民にとっては束の間の自由と人間福祉の向上を意味していたと、強く主張することができる。
 ここでわたしは、ひとつの偏見に異を唱えたい。国家センターという頂点への人口集中を文明の勝利として見る一方で、他方では、小さな政治単位への分散を政治秩序の機能停止や障害だとする、ほとんど検証されることのない偏見に対して、である。わたしたちは崩壊の「標準化」をめざし、これをむしろ定期的で、おそらくは有益でさえある政治秩序改革の始まりとして見るべきだ、とわたしは考えている。中央集権による指令-配給経済が進んでいたウル第三王朝やクレタ文明、中国の秦王朝の場合は問題がさらに複合的で、集権化→分権化→再集合のサイクルが一般的だったように思える。〕
 
●国家の崩壊(p194)
 〔最初期の国家の時代には、中心地の放棄はほぼすべて、国家形成による直接間接の影響だったとわたしは考えている。作物と人と家畜が前例のないほど密集し、国家が都市的な経済活動を促進したことを思えば、それによるさまざまな影響が出てきたはずだ。土壌の疲弊、シルテーション、洪水、塩類化、伝染病、火事、マラリアなど、どれひとつとして、国家以前にここまでの水準で存在したものはなかったし、どれかひとつでも起これば、都市は徐々に、あるいは突然に無人となり、国家は破壊されてしまっただろう。そしてそうした影響は、当たり前のことになっていった。〕
 
●農業現象(p200)
〔 国家はほとんどが農業現象なので、いくつかの山間渓谷を除けば、どれも沖積層に浮かぶ島々のようなもので、一握りの大河が作る氾濫原に位置していた。強力にはなったかもしれないが、その支配が及ぶ範囲は生態学的に限られていて、権力基盤である労働力と穀物の密集を支えるだけに水がある、豊かな土壌だけだった。この生態学的な「スイートスポット」の外では、荒れ地も沼地も、沼沢地も山地も、支配することはできなかった。懲罰的な遠征を行うことはあったし、交戦して勝利することも一度や二度はあっただろうが、支配するとなれば話は別だった。ある程度続いた初期国家の大半は、直接支配するコア地域、周辺の曖昧な地域(ここの人びとをどこまで取り込めるかは国家の勢力と富の大小によって変動した)、そしてまったく手の届かないゾーンから構成されていたのだろう。ほとんどの場合、国家はコアより先の、財政的な不毛な地域を支配しようとはしなかった。そんなところはふつう、統治してもコストに見合わない。そこで国家は、後背地に軍事上の同盟者や代理を求め、自分たちに必要な希少な原材料を手に入れようとした。〕
 
●野蛮人、未開人(p200)
 後背地は、国家の中心から見た「野蛮人」や「未開人」が治める地域。
 野蛮人……敵対的な遊牧民。国家に軍事的脅威をもたらすが、一定の条件下では取り込むこともできる存在。
 未開人……採集と狩猟で暮らしているバンド。文明の原材料には適さず、無視したり殺したり、奴隷にしてもいい存在。
 
(2021/1/22)KG
 
〈この本の詳細〉

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