はぐれイワシの打ち明け話 海の生き物たちのディープでクリエイティブな生態
[自然科学]
ビル・フランソワ/著 河合隼雄/訳
出版社名:光文社
出版年月:2021年11月
ISBNコード:978-4-334-96250-0
税込価格:2,090円
頁数・縦:259p・20cm
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「2019年二月、フランスで『グラン・トラル』というスピーチ大会が行われ、テレビ放映された。優勝者に与えられるのは、『最も優れた話し手』という称号と、『雄弁術』をテーマにした本がファイヤール社から出版されるという契約だ」(p.254、訳者あとがき)。
そして、その栄冠を獲得したのが本書というわけ。海の生物に関するエッセーである。
【目次】
魚はみんなしゃべっている
音が絶えない世界
イワシのように詰められる
小さい魚もやがて大きくなる
貝と甲殻類
今日のおすすめ
魚の絵を描いてみよう
道路の下のウナギ
シー・サーペント
海は鏡
海との会話
よいマグロを見つける
終わりは…魚のしっぽのようにすっきりと
【著者】
フランソワ,ビル (François, Bill)
海の世界に熱い情熱を持つ物理学者・自然保護活動家。現在、パリ高等師範学校の博士課程で流体力学を研究中。2019年にスピーチ大会「グラン・トラル」にて優勝し、『はぐれイワシの打ち明け話―海の生き物たちのディープでクリエイティブな生態』の出版権利を獲得した。
河合 隼雄 (カワイ ハヤオ)
仏語・英語翻訳者。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。
【抜書】
●潜水(p20)
ヒトがサルと違う形で進化したのは、水中に入るためではないかと考えている人類学者がいる。
・冷水がすこし顔にかかっただけでも潜水反射が起き、素潜りに備えて自動的に心拍数が20%ほど低下する。
・体毛が薄く、霊長類特有の皮下脂肪がある。
・他のどの陸上動物よりも高い比率で存在する何百万もの皮脂腺によって皮膚が油脂分でおおわれている。
・新生児は反射によって水中で息を止めて仰向けに浮くことができる。子供のチンパンジーは沈んで溺れてしまう。
200万年前(?)、〔のちにチンパンジーとなる属から分化したころ、僕たちの祖先は乾燥したサバンナで生き延びるために海辺か湿地で食料を確保する必要があった。〕そのため、二本足で立ちあがることによって、より長い時間水底に足をつけて過ごしていられるようになった。
また、スイレンの根や茎、貝を求めて潜ることによって呼吸が制御できるようになった。その結果、喉頭が下降して、声帯が形成された。
つまり、二足歩行と言語という、ヒトにとって決定的な二つの能力の基礎は潜水によって獲得されたと考えられる。
●スズメダイ(p24)
水の中は、魚の心の状態を表すフェロモンで満ちている。ストレス、愛、空腹……。
小魚の恐怖心から出てくるフェロモンは仲間に危険を知らせるためのものであるが、同時に捕食者の魚の食欲を刺激する。
ラグーン(礁湖)に生息するスズメダイという小魚は、捕食者によって傷つけられ、捕獲されたときに、警戒信号のフェロモン分子を発する。その目的は、より多くの捕食者を引き付けることによって、他のスズメダイに逃げる時間を与える。
●ホタテガイ(p42)
ホタテガイは、目を持っている。一列に並んだ青と黒の目。
●シロワニ(p74)
シロワニは、卵胎生。出産までに子宮の中で成長する。しかし、へその緒がないので、母親から栄養を受け取ることはできない。
一匹のメスが複数のオスとつがう。複数のオスに由来する子が子宮の中で生まれる。
最初に生まれた子、つまり他より強い子は自分の異父兄弟を子宮の中で食べてしまい、次に孵化していない卵も、未受精卵も食べてしまう。
体長が1m近くになって子宮から出るころに生き残っているのは1匹か2匹。
●メイン湾(p80)
北アメリカ大陸東海岸沿いにある。
1980年代、ニシンの群れが、メイン湾から姿を消した。水産加工業による乱獲が原因。
ザトウクジラは、泡を出して集団でニシンの群れを取り囲み、一気に飲み込む。
メイン湾のザトウクジラは、餌をニシンからイカナゴに変えなければならなかった。イカナゴの群れは追い込むのが難しい。そこで、ザトウクジラは新しい技術を発明した。水面を尾で叩いて泡を発生させることで、イカナゴをさらに深くに潜らせるという技術。この技術を世代を超えて伝えてきた。
ほかの海域から来たザトウクジラは、この漁法を知らない。メイン湾のクジラに出会い、その技術を教えたもらうことで漁ができるようになる。
クジラが文化を継承していることの証拠。
●大西洋のウナギ(p152)
パリのウナギは、ヨーロッパやアメリカ大陸に生息する他のウナギと同様に、カリブ海の生まれ。アンティル諸島の北東、サルガッソー海の深い海溝だろうと推測される。
数百年前、ウナギは沿岸で産卵していた。大西洋が狭く、ヨーロッパとアメリカの距離が近かったころ。
大陸移動によって、毎年数センチメートルという速度で、両大陸は少しずつ離れていった。ウナギはそのことを知らず、温度と海底の形が適切な場所を選んで産卵することを続けていた。生まれた場所がどんどん遠ざかり、何千キロメートルも旅しなければならなくなっても、自分の生まれた場所に対する思いが強いウナギは、長旅に慣れていった。
●155歳のウナギ(p154)
ウナギは、乗り越えがたい困難のせいで海にたどり着くことができなかったとしても、いくらでも待つことができる。
1859年、スウェーデンのブランテヴィックという村で、サミュエル・二ルソンという8歳の子供が祖父母の家の井戸にウナギを投げ入れた。「エール」と名付けた。ウナギを意味するスウェーデン語。
エールは、井戸の中で海へ帰れる日を待ち続けた。
何十年かが過ぎ、家の持ち主が変わった。エールのことは、ときどき地元の新聞の三面記事に載ることがあった。ある日、エールを退屈させないためにメスのウナギが井戸に入れられた。
2014年の夏、ザリガニ・パーティーが開かれ、井戸のふたが外れていたせいで水温が高くなり、エールは茹で上がってしまった。享年(?)155歳だった。
名前のない相方は110歳になり、今でも井戸の中で生きている。
●ガラス海綿(p194)
カイロウドウケツ(偕老同穴)という海綿動物は、ガラス質の骨格を形成することができる。このガラスは特別な光学特性を持ち、光ファイバーよりも高性能なため、プランクトンの生物発光による光を強めて照明器具のように利用し、植物プランクトンを引き付けて養うことができる。
カイロウドウケツは、1万三千年生きるといわれている。
籠のように編まれたカイロウドウケツの骨格には、ドウケツエビという小エビのつがいが小さいうちから移り住む。ドウケツエビは、成長するとカイロウドウケツから出られなくなり、死ぬまでカイロウドウケツの中で過ごすことになる。
※偕老同穴……「夫婦が長生きして死後も同じ墓に葬られること」から転じて、「夫婦の契りの固いこと」を意味するようになる。当初は、ドウケツエビにこの名前が付けられた。後に海綿のほうを「カイロウドウケツ」と呼ぶようになった(注より)。
(2022/6/20)NM
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