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「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ
 [言語・語学]

「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ (角川新書)
 
椎名美智/〔著〕
出版社名:KADOKAWA(角川新書 K-381)
出版年月:2022年1月
ISBNコード:978-4-04-082414-7
税込価格:990円
頁数・縦:221p・18cm
 
 「させていただく」はなぜこんなにも普及したのかを探る。『「させていただく」の語用論』(ひつじ書房)の要点を噛み砕いて新書化。
 
【目次】
第1章 新しい敬語表現―街中の言語学的観察
 用例を採集する
 「飲食は禁止させていただいております」
  ほか
第2章 ブームの到来―「させていただく」の勢力図
 「させていただく」への不思議な反応
 「語用論」のアプローチ
  ほか
第3章 違和感の正体―七〇〇人の意識調査
 言語学の様々なアプローチ
 古典語から継承された用法
  ほか
第4章 拡がる守備範囲―新旧コーパス比較調査
 昔の言葉と比較する
 『青空文庫』と『現代日本語書き言葉均衡コーパス』
  ほか
第5章 日本語コミュニケーションのゆくえ―自己愛的な敬語
 「させていただく」は関西発祥なのか
 「させていただく」の一人勝ち
  ほか
 
【著者】
椎名 美智 (シイナ ミチ)
 法政大学文学部英文学科教授。宮崎県生まれ、お茶の水女子大学卒業、エジンバラ大学大学院修士課程修了、お茶の水女子大学大学院博士課程満期退学、ランカスター大学大学院博士課程修了(Ph.D.)、放送大学大学院博士課程修了(博士(学術))。専門は言語学、特に歴史語用論、コミュニケーション論、文体論。
 
【抜書】
●1871年(p6)
 「させていただく」の最も古い用例は1871年。三遊亭圓朝の落語「菊模様皿山奇談(きくもようさらやまきだん)」。
 使用が増加したのは、1990年代。
 「さて此の若江の家(うち)へ宗桂(そうけい)という極(ごく)感の悪い旅按摩がまいりまして、私(わたくし)は中年で眼が潰れ、誠に難渋いたしますから、どうぞ、御当家様はお客様が多いことゆえ、療治をさせて戴きたいと頼みますと、慈悲(なさけ)深い母だから、
 母『療治は下手だが、家にいたら追々得意も殖えるだろう、清藏丹誠をしてやれ』」(p86。松本修「東京における『させていただく』」『國文學』九二、pp.355-367、関西大学国文学学会、2008年)
 
●丁重語、美化語(p58)
 日本語の敬語体型は、3種類から5種類に。
 以前は、尊敬語、謙譲語、丁寧語に分類されていたが、現在ではそこに丁重語、美化語が加わった。
 丁重語は、謙譲語から分化。「申す」「参る」「利用いたします」「愚息」「弊社」「小社」「拙者」など。謙譲語は自分の行為を受ける相手に敬意が向かうが(先生のところに伺います」)、丁重語は自分がへりくだるだけで行為が相手に向かわない(「これから京都に向かいます」)。
 〔自分の行為を丁寧に述べることによって自分の丁寧さを示す敬語で、結果として、間接的に敬意が相手に向いていきます。〕(p98)
 美化語は、丁寧語から分化。「お酒」「お水」「お勉強する」「お料理する」など。話し手が物事や行為を上品に言うときに使う。相手に関係ないモノに「お」を付けるので、敬意は相手に直接向かないが、物事を丁寧に言うことによって自分の品格を示し、間接的に丁寧さが相手に伝わる。
 
●遠隔化、近接化(p62)
 敬意が大きければ大きいほど、距離を大きく取ることになり、相手から遠ざかる。 ➾ 遠隔化
 近接化は、相手との距離を縮めること。タメ語は、相手と距離を置かず、相手に近づく言葉なので、近接化効果がある。
 
●平等(p68)
 上下関係が明確な社会では、尊敬語、謙譲語、丁寧語といった伝統的な敬語が有効に機能していた。
 しかし、現代の民主的な社会では、人々の間に固定的な身分や階級のような上下関係はなく、人間関係は基本的に平等だとされている。フラットな横の関係。そういう社会では、上下関係で使われていたものとは異なるタイプの敬語が必要となった。そういうときに丁重語や美化語が役に立つ。
 相手が誰であれ、自分の丁寧さが示せる。その場その場の関係性の中で丁寧さを示すことができるのが、「させていただく」のような補助動詞として使われた授受動詞。
 
●授受動詞の補助動詞用法(p80)
 第一ステージ(15世紀〜17世紀初め)……「てくれる」(一人称遠心的/二人称求心的)→「てやる」(一人称遠心的)→「てもらう」(一人称求心的)
 ※「てくれる」は二人称求心的用法に特化。
 第二ステージ(江戸時代)……「てくださる」(二人称求心的・敬語形)→「てあげる」(一人称遠心的・敬語形)→「ていただく」(一人称求心的・敬語形)
 第3ステージ(明治〜現在)……「てさしあげる」(一人称遠心的・敬語形)→「させていただく」(一人称求心的・敬語形/勝手用法)
 
●敬意のインフレーション(p87)
 敬意漸減が起こると、別の敬語を使って「敬意」のレベルを上げる必要が出てくる。結果として、「敬意のインフレーション」が起こる。
 江戸から明治になった時期と、戦中から戦後になった時期。どちらも、身分社会が水平化された時期。身分制度がなくなって上下関係から開放された時、都市化が進んで人々の匿名性が高まり、自分が対面している人がどんな出自の誰なのかがわからない時。
 
●距離感操作(p173)
〔 相手に失礼でない話し方をしようとすると、どうしてもたくさんの敬意表現を使うことになります。結果的に、対話者間の繋がりや親しさを表現できなくなって、少し不自由なコミュニケーション状況に陥ります。「させていただきます」は、そうした距離感の中にあって、「させて」と相手の許可に言及することによって、相手へ手を伸ばそうとする気持ちが話し手にあることを示すと同時に、「いただく」という遠距離効果の言葉で距離感を取り戻すことによって、微妙に人々の間の距離感を調整することができます。特に、相手に関係する動詞と一緒に使って距離感が縮まりそうな時には、「させていただく」によってしっかりと距離を取り戻すことができます。そうした微妙な距離感操作が簡単にできることが、伝統的な敬語に代わる表現として使われる理由ではないかと思います。〕
 
(2022/8/7)NM
 
〈この本の詳細〉

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