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戦国の忍び
 [歴史・地理・民俗]

戦国の忍び (角川新書)
 
平山優/〔著〕
出版社名:KADOKAWA(角川新書 K-333)
出版年月:2020年9月
ISBNコード:978-4-04-082359-1
税込価格:990円
頁数・縦:350p・18cm
 
 忍者は実際に存在したのか? そんな疑問に答えるため、人びとのイメージとはちょっと違う忍びの実情を戦国時代に求め、史料を丹念に渉猟して実態を描く。
 忍者研究は、今後、盛んになるのかもしれない。
 
【目次】
第1章 江戸時代における忍びの認識
 忍びとはどのような人々であったか―『武家名目抄』
 忍びのマニュアルと心構え―『軍法侍用集』
 武田の軍記物に描かれた忍び―『甲陽軍艦』
 忍びの別称
第2章 戦国の忍びの登場
 伊賀と甲賀
 武田の透波、北条の風魔、伊達の黒脛巾
 悪党と忍び
第3章 草、野臥、かまり
 草、草調儀
 伏兵、伏勢、伏調儀
 野臥、かまり
第4章 城の乗っ取り、放火、決死の諜報活動
 城乗っ取りと忍び
 忍びによる潜入と放火
 目付の活動
第5章 戦国大名と忍び
 中世の夜と忍びの世界
 忍びの運命
 足軽と忍び
おわりに―戦国の忍びとはどのような人々だったのか
 
【著者】
平山 優 (ヒラヤマ ユウ)
 1964年、東京都生まれ。立教大学大学院文学研究科博士前期課程史学専攻(日本史)修了。専攻は日本中世史。山梨県埋蔵文化財センター文化財主事、山梨県史編さん室主査、山梨大学非常勤講師、山梨県立博物館副主幹を経て、山梨県立中央高等学校教諭。2016年放送の大河ドラマ「真田丸」の時代考証を担当。
 
【抜書】
●すっぱ、らっぱ(p25)
 透波(すっぱ)……人を欺き、素行不良で、言語に一貫性や整合性がない者(嘘つき〈すっぱ〉)に由来する。江戸時代には、「すっぱ業(わざ)」とは虚偽ばかりであることをいい、「すっぱ抜き」とはむやみに刀剣を抜くことを指した。素破、水破、出抜、とも。
 乱波(らっぱ)……騒がしく動き回ることで、敵を翻弄するところに由来。
 『武家名目抄』による。
 関東ではおおかた「乱波」と呼ばれ、甲斐国以西の国々では「透波」と呼ぶ傾向がみられる。
 
●合形(p33)
 合形(あいぎょう)。味方ならば全員知っておかなければならない、掛け声とそれを合図に行われるべき身振りや動作。集合したときなどに用いられた、合詞のようなもの。
 
●忍者集団(p72)
 武田信玄「三ツ者」「歩き巫女(みこ)」。
 伊達政宗「黒脛巾(くろはばき)」。
 北条氏康「風魔一党」。
 上杉謙信「軒猿(のきざる)」。同時代史料や、上杉関連の軍記物には登場しない。『北条記』(『群書類従』巻三「高野台合戦之事」)に、北条氏照配下の忍びの呼称として登場する。
 
●骨皮道賢(p113)
 骨皮左衛門道源(道賢)(ほねかわさえもんどうげん)。
 応仁・文明の乱で活躍。足軽大将として、悪党・盗賊ばかり300人余りを自ら集め、伏見稲荷神社尾裏山に布陣し、東軍細川勝元に雇われ、下京焼き討ちや、西軍の後方攪乱などを行った。
 前歴は、室町幕府の侍所の目付。侍所所司代多賀高忠に見出された。多賀は、京都内外の浮浪人を組織化しており、その中核を担った一人が骨皮。
 骨皮自身、悪党・盗賊の出身だった。河原者か野伏あがりと推定する研究者もいる。
 〔悪党・盗賊から、目付(忍び)を経て、足軽大将へと変異する骨皮道賢は、アウトローから、戦国大名に雇用され、忍びとなり、やがてアウトローを束ねる人脈と組織力を買われ、忍びの足軽大将へと成長する、戦国の忍びの先駆といえる。〕
 
●一揆(p195)
 「一揆を催す」とは、村々に住む15歳から60(~70)歳までの男子を、戦場に動員すること。
 戦国大名が危機的状況に立たされた場合に限定されていた?
 
●天正壬午の乱(p266)
 天正10年(1582年)6月、本能寺の変後、織田大名が相次いで退去もしくは敗死した旧武田領国の甲斐・信濃・上野をめぐり、徳川家康、北条氏政、上杉景勝が激しい争奪戦を繰り広げた。
 
●半手(p295)
 敵味方にとって両属の村。
 半手の村は、対立する勢力の境目に位置する。双方に年貢・公事などを半分ずつ納入することで、どちらにも加担しないことを認められていた。
 
●夜の支配(p323)
〔 戦国大名にとって、悪党を忍びとして雇用し、足軽に編成したことで、外に向けての軍事力強化に、内には悪党の減少と、彼らを使った犯罪摘発とを、同時に可能にする意味があったといえるだろう。
 そして、戦国大名は、悪党を支配下に編成することで、「昼」の支配から、「夜」の支配に大きく手を伸ばした権力ということができるかも知れない。それまでの権力は、「夜」を支配するアウトローたちを、武士が追補するという形態を維持してきた。それゆえに、「夜」の世界に精通する彼らを、容易に捕捉できず、治安維持の成果もなかなか挙がらなかった。〕
 
●向崎甚内(p330)
 向崎甚内(こうざきじんない)。
 慶長のころ、諸国には盗人が横行し、とりわけ関東に多かった。江戸幕府では、あちこちで捕縛し、斬首、磔刑、火焙りなどに処して見せしめにしていたが、一向に減らなかった。
 下総国向崎(神崎〈こうざき〉、千葉県神崎町)に甚内という大盗人がいたが、訴人になった。関東を根城に、諸国で悪行をする盗賊は、その昔、名を馳せた風魔の一類など、透波の子孫たちで、その数は千人あるいは二千人にも及ぶと告げ知らせた。甚内は、自ら案内人を買って出て、盗人狩りの大将となり、奉行たちを先導して各地の村々や、野原、果ては山奥に住む盗賊たちを、次々に捕縛していった。かくして、風魔の残党らは、この世から消え去った。
 『慶長見聞集(けんもんしゅう)』「関八州盗人狩の事」による。
 風魔(風間)は、北条氏滅亡後、行方が分からず、徳川氏にも仕官していない。風魔をはじめとする多くの透波たちは、戦国の世が終わり、仕事がなくなると再び悪党の道へと回帰してしまった?
 甚内とその手下はその後、増長したために、慶長18年に粛清された。「大盗人諸人のみせしめとて、向崎をとらへ、首につなさし、馬にのせはたをさゝせ、江戸町を引めくり、浅草原にはりつけにかけ給ふ」。
 台東区浅草橋三丁目に彼を祀る甚内神社と、甚内橋址がある。
 
(2021/10/31)KG
 
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JAL機長たちが教えるパイロット雑学 キャプテンの仕事にかける想い
 [経済・ビジネス]

JAL機長たちが教えるパイロット雑学 キャプテンの仕事にかける想い (JAL BOOKS)
 
日本航空/編
出版社名:JALブランドコミュニケーション(JAL BOOKS)
出版年月:2021年3月
ISBNコード:978-4-04-899339-5
税込価格:1,320円
頁数・縦:173p・19cm
 
 JALグループの現役パイロットによるエッセー集。JALグループ機内誌『SKYWARD』に連載中の「キャプテンの航空教室」「航路トリビア」にて、2018年5月号~2021年2月号に掲載されたもの44編を再編集してまとめた。
 男子あこがれの職業(?)であるパイロットの実態が分かって興味深い。やはりというか、当然というか、皆さんよく訓練されていて、前向きで優しい人柄が感じられる。
 
【目次】
1 どうやってパイロットになるの?
 機長の左手
 パイロットになる道のり
  ほか
2 パイロットにはどんな資質が必要なの?
 話し方の工夫
 適切な勾配
  ほか
3 パイロットの仕事って何があるの?
 パイロットの食事事情
 新しい飛行機がやって来る!―パイロットの役割
  ほか
4 パイロットに特別な技術はあるの?
 風を生かして
 飛行機と入道雲
  ほか
番外編 パイロットのオフの日はどうしてるの?
 プラモデル作りで、きっかけ作り
 歌で届ける感謝の想い
 
【抜書】
●標準用語(p38)
 コックピット内での会話の要点は、「標準用語」「確認会話」「言語技術」。
 標準用語……あらかじめ決められた用語で、決められたときに使う。「チェック、○○!」「○○チェック」、など。標準用語の使用が、短時間で正確にお互いが共通認識を持つために最も効果的。
 確認会話……相手が分かっていると思うことでも、重要な内容は必ず復唱し、それぞれの認識が同じほうを向いているか確認し合う。「ここまでの段階で質問や補足など確認することはありませんか?」「確認ですが、○○ということで間違いないですか?」
 言語技術……主語を省かず、結論から伝えるような教育を受ける。「私はこう思います。なぜなら○○だからです」
 
●奇数×1,000フィート(p63)
 計器飛行方式で飛行する航空機は、針路によって飛行高度が決められている。
 東西の場合、東へ向かう航空機は奇数×1,000フィート、西へ向かう航空機は偶数×1,000フィートの高度を飛行する。
 
●違う食事(p71)
 パイロットも機内で食事をとるが、機長と副操縦士は同じものを食べない。万一の食中毒に備えるため。一人は和食、もう一人は洋食とか、弁当の場合は違う弁当にする。
 食べるタイミングも、客室乗務員の忙しい時間帯を避け、パイロット二人が同時に食べるのを避ける。
 忙しい中で食事をとるので、パイロットは早食いの習慣が身についている。
 
●準備(p103)
 パイロットの世界では、「予想し準備していることは起こらない」というジンクスがある。
 悲観的に予想し、準備を整えて臨めば、何もない平和で快適なフライトになる、だから準備が大切、という教え。
 
●ウェザーレーダー(p217)
 飛行機先端の丸い”鼻”の内部には、ウェザーレーダーが装備されている。
 雲中の水滴に向けてレーダー波を発射し、そのリターンの強さで危険度ごとに赤、黄、緑と色分けされてコックピットのMAP計器に表示される。
 
●13km(p150)
 日本で一番短い路線は、琉球エアーコミューター(RAC)が運航している南大東島ー北大東島線。
 距離は13km。気象条件がよければ経路を自由に飛行し、離陸してから着陸するまでおよそ7分。
 北大東島⇒南大東島は月・金・土・日、南大東島⇒北大東島は火・水・木に運航。
 機種はボンバルディアDHC8-Q400CC。
 
●君と描く空(p170)
 JAL空飛ぶ合唱団のオリジナル曲。JALグループの様々な職種の仲間からキーワードとなるフレーズをもらい、合唱団で歌詞にした。〔グループ社員の真心を詰め込んだ曲〕。
 毎年、羽田空港で開催されるクリスマスイベントで演奏される3曲のうちの一つ。他は、「浪漫飛行」と新曲。
 JAL空飛ぶ合唱団……電子オルガン演奏も含めて15名、全員が現役パイロット。
 
(2021/10/30)NM
 
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ランニング王国を生きる 文化人類学者がエチオピアで走りながら考えたこと
 [歴史・地理・民俗]

ランニング王国を生きる 文化人類学者がエチオピアで走りながら考えたこと
 
マイケル・クローリー/著 児島修/訳
出版社名:青土社
出版年月:2021年8月
ISBNコード:978-4-7917-7397-8
税込価格:2,420円
頁数・縦:314, 5p・19cm
 
 英国の長距離ランナー人類学者が、エチオピアのアディスアベバのランニング・チーム「モヨ・スポーツチーム」に参加し、当地のランナーやランニング事情を描写・考察した「参与観察」の記録。
 エチオピアが陸上競技の長距離に強いのは、貧しくて学校まで走って通ったから足腰が鍛えられたため、という神話(?)があるが、実はそれは事実に反する。多くの有力選手たちは、国が支援しているランニング・クラブに所属しており、給料をもらいながら競技生活を送っている。走っていないときには栄養補給と睡眠(休養)を重視し、走ることに専念している。
 マラソン大会に参加して賞金を得られれば家も建てられるし、車も買える。そうした環境が、選手たちのモチベーションを高め、競技能力を高めている。
 しかし、その域に到達するためには、ウエアやシューズを買うだけの経済力が必要だし、頭角を現すまで練習に打ち込む余裕が必要だ。貧しさの賜物ではないのだ。
 経済社会研究会議(ESRC)の博士研究員奨学金プログラムの支援を受けた出版とのことであるが、学術論文というより、エッセーといった趣である。
 
【目次】
第1章 特別な空気(スペシャル・エア)
第2章 民族楽器の演奏家になっていたかもしれない
第3章 互いの足を追いかける
第4章 今のところ順調
第5章 フィールド・オブ・ドリームス
第6章 ジグザグ走りで頂上へ
第7章 クレイジーはいいことだ
第8章 ローマでの勝利は、千の勝利に値する
第9章 なぜ、午前三時に坂を上り下りするのか
第10章 エネルギーはどこから?
第11章 走ることには価値がある
第12章 高地の空気に当たる
第13章 「もちろん、選手たちはつぶし合っている」
第14章 走ることは生きること(ランニング・イズ・ライフ)
 
【著者】
クローリー,マイケル (Michael Crawley)
 フルマラソン2:20:53のタイムを持つ人類学者、作家。ダラム大学人類学準教授。
 
児島 修 ()
 英日翻訳者。
 
【抜書】
●エチオピア人の名前(p22)
 「姓」がない。
 本人の名と、父の名と(さらには祖父の名)を組み合わせて名前が成り立っている。
 ケネニサ・ベケレが「ベケレ」と呼ばれるとき、それは実際には彼の父の名を指していることになる。
 
●ジャン・メダ(p109)
 「ジャンホイ・メダ」の短縮形。「陛下のフィールド」「皇帝のフィールド」といった意味。ハイレ・セラシエの戴冠式で大規模な軍事パレードや花火の打ち上げが行われたことで、こう呼ばれるようになった。
 1896年のアドワの戦いの後、メネリク皇帝はイタリア軍から奪った大砲をここに展示した。
 1990年代初頭には、内戦で国内難民となった数千人もの国民を受け入れた。
 宗教的祭事や戴冠式、閲兵式、選挙戦の開会式などが行われ、エチオピアの近代史において重要な役割を果たしてきた。
 フィールドの長さは2.5km、幅は500m。四方は壁で囲まれているが、中は広々としている。草は雨季には長くなるが、それ以外の季節には短く刈り取られ、黄色く乾燥している。
 陸上競技よりも競馬が盛んに行われており、ゲナ(ホッケーの一種)やググ(荒馬での鬼ごっこ)といったエチオピアの伝統的なスポーツが開催されることもある。
 競技場の一角には大きな馬小屋があり、普段は馬が放し飼いにされている。
 
●ジグザグ走り(p124)
 〔何度も立ち止まり、身を屈めて木々の隙間をすり抜けてから再び加速する。絶えず方向を変え、平らな地面を避けることで、舗装路をまっすぐに走るときのように同じ動作を繰り返して筋肉の特定の箇所に強い負担をかけてしまうのを避けられる。〕
 ツェダ(選手でチームメイト)「これはエチオピア流のドーピングさ! この走り方をすれば、怪我をせずにいい練習ができるんだ」
 メセレット(コーチでスポーツ科学の専門家)「(ジグザグ走は)コーチのアイデアじゃないんだ」。「あれは意図的につくられた練習ではない。誰も、森の中をジグザグに走ろうと思ってそうしているわけじゃない。いつの間にかあんなふうに走っていて、それがクロスカントリーレースで勝つためのアドバンテージになっているんだ」。
 〔あの走り方は、アディスアベバの森という環境がランナーという生物に与える影響、すなわち心理学の専門用語で、「アフォーダンス」と呼ばれるものだと考えることができるかもしれない。〕
 
●集団のエネルギー(p307)
〔 集団のエネルギーが個人のエネルギーの総和よりも大きくなるように、人生をかけて競技に打ち込む夥しい数のランナーがいるからこそ、エチオピアのランニング界は驚異的な力を持つトップ選手を擁することができるのだろう。世界トップレベルのランニングは、計測や規律だけでなく、互いの足を追いかけ、手本を示し、実験しながら学ぶランナーたちの好奇心や冒険心によって支えられているのだ。〕
 
(2021/10/29)NM
 
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デジタル化する新興国 先進国を超えるか、監視社会の到来か
 [経済・ビジネス]

デジタル化する新興国-先進国を超えるか、監視社会の到来か (中公新書)
 
伊藤亜聖/著
出版社名:中央公論新社(中公新書 2612)
出版年月:2020年10月
ISBNコード:978-4-12-102612-5
税込価格:902円
頁数・縦:246p・18cm
 
 いわゆる新興国で進行するデジタル化について、その現状と問題点を論じる。中国だけでなく、東南アジアやアフリカでもデジタル化が先進国(日本!)を追い抜く勢いで進んでいる様子を伝えてくれる。
 
【目次】
序章 想像を超える新興国
第1章 デジタル化と新興国の現在
第2章 課題解決の地殻変動
第3章 飛び越え型発展の論理
第4章 新興国リスクの虚実
第5章 デジタル権威主義とポスト・トゥルース
第6章 共創パートナーとしての日本へ
 
【著者】
伊藤 亜聖 (イトウ アセイ)
 1984年、東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程満期退学。博士(経済学)。専門は中国経済論。人間文化研究機構研究員などを経て、2017年4月から東京大学社会科学研究所准教授。著書『現代中国の産業集積―「世界の工場」とボトムアップ型経済発展』(名古屋大学出版会、2015年、大平正芳記念賞、清成忠男賞受賞)など。
 
【抜書】
●ラスト・ワンマイル人材(p154)
 今後、デジタル経済で求められる「デジタルな雇用」は、大きく分けて三種類。
 (1)IT人材。高度なデータ分析やプログラミング能力が求められる。
 (2)デジタル・クリエイター人材。ユーチューバーのように、SNSの上で自らの番組やコンテンツを配信し、情報を発信する人材。コミュニケーション能力とクリエイター能力が求められる。
 (3)ラスト・ワンマイル人材。電子商取引が生み出した宅配、タクシー運転手、人工知能の入力データにタグ付けする人材、など。労働集約的。
 雇用の点では、特殊な技能が求められない「ラスト・ワンマイル人材」が当面の中心になる可能性が高い。
 
●道徳的な信用スコア(p177)
〔 中国ではデジタル技術を応用した監視を強化しながら、同時に、人びとの行動を「より良い方向」へと誘導するアプローチも採用されている。中国の一部地域では2019年頃から採用され始めた「道徳的な信用スコア」は、社会信用スコアとは異なって、スコアの運営側、すなわち政府が「望ましい」と考える行動に対してポイントを付与し、「望ましくない」行動ではポイントを減点することで、ゆるやかに人々の行動を誘導するアプローチが取られている。このような誘導は、目的は異なるが、行動経済学の分野で「ナッジ」と呼ばれるような行動変容を促す取り組みによく似ている。
 道徳的な信用スコアの取り組みは、いまだ試行錯誤段階にあり全国的な普及には至っていないが、いずれにしても中国はますます治安が良く「お行儀のよい」社会になりつつある。中国の「道徳的な信用スコア」には、国家による行動介入の「最先端」が示されているのかもしれない。〕
 
●ポスト・トゥルース(p179)
 世論の形成に際して、客観的事実よりも感情や個人の信念への訴えかけが重視される現象。
 
●脆弱国家(p195)
 脆弱国家(fragile state)……国家の統治機構が機能不全に陥っている国家。アフガニスタン、シリア、ソマリア、ナイジェリア、エチオピア、など。より深刻になると「崩壊国家」と呼ばれる。
 
(2021/10/25)KG
 
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英国ユダヤ人の歴史
 [歴史・地理・民俗]

英国ユダヤ人の歴史 (幻冬舎新書)
 
佐藤唯行/著
出版社名:幻冬舎
出版年月:2021年7月
ISBNコード:978-4-344-98628-2
税込価格:924円
頁数・縦:210p・18cm
 
 英国は、ユダヤ人・ユダヤ教徒に対して比較的寛容だった。大富豪やユダヤ社会の指導者を中心に、中世以来のその歴史をたどる。
 
【目次】
第1章 中世―大富豪登場から追放令まで
 英国史上歴代一位の大富豪
 女金貸しリコリシア
  ほか
第2章 近世―再入国と独自のビジネス展開
 再入国の立役者
 クロムウェルのユダヤ諜報団
  ほか
第3章 近代―宰相ディズレーリとロスチャイルド家
 盗品故買の帝王、ソロモンズ
 近代拳闘の先導者メンドーサ
  ほか
第4章 現代―ユダヤパワーの持続可能性
 チャーチルのシオニズム
 イスラエル・ダイヤ産業の出発点
  ほか
 
【著者】
佐藤 唯行 (サトウ タダユキ)
 1955年、東京都生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得。獨協大学外国語学部教授。専門はユダヤ人史。
 
【抜書】
●リンカンのアーロン(p14)
 「英国史上歴代長者番付」1位。英紙『サンデータイムズ』による。
 12世紀のユダヤ人金貸し。全英25州に配下を派遣し、金融業を営んでいた。今日の金額に換算すると、財産は216億ポンドに相当した。
 ウォルター・スコット『アイバンホー』に登場する大物金貸しであるヨークのアイザックのモデルといわれる。
 債権者には、スコットランド国王、カンタベリ大司教、王侯貴族が目白押し。軍事遠征費や聖堂建設費がかさんだため所領を抵当に金を借りていた。しかし、農場経営から還元される低い収益の割合をはるかに超える高利(年利43~86%)を返済し続けることは難しかった。
 1186年に死んだとき、未回収債権は平常年の国家収入の四分の三に達する金額だった。
 英国王は、死亡したユダヤ人の財産(主に債権)の三分の一を相続上納金として慣習上徴収できた。しかし、アーロンの死に際しては、全額を没収してしまった。あまりに莫大な金額のため、アーロンの子供たちが相続上納金の納入期限までに債権回収ができなかったため。
 没収した債権を管理・回収するため、国王は財務府の中に「アーロンの財務府」と呼ばれる別部局を設置した。
 
●反ユダヤ主義の起源(p21)
 西欧キリスト教世界における反ユダヤ主義の起源。
 (1)12-13世紀、十字軍運動による聖戦意識の発揚。「外なる異教徒」イスラム教徒の手から聖地奪還を目指すため、西欧世界の「内なる異教徒」ユダヤ人を血祭りにあげ遠征費を強奪することは論理的必然であった。
 (2)12-13世紀。ユダヤ人が消費者金融の中心勢力として威勢を示し始めていた。一般都市市民が木摺りと漆喰でできた粗末な家に住んでいた当時、金融業で巨利を得たユダヤ人は小城郭のような堅固な石造りの家に住み、貴族並みの生活を送っていた。
 (3)反ユダヤ主義の最古の形態は、キリスト教の教義自体に内在した宗教的なもの。「使徒行伝」(90年代に成立)28章28節で、この世の人間をユダヤ人と非ユダヤ人に二分し、キリスト教を非ユダヤ人の宗教と定めた。さらに、十二使徒の一人パウロが書いた「テサロニケ人への第一書簡」(50年頃)2章15節には、「ユダヤ人は主イエスと預言者たちを殺し……神によろこばれず、人類の敵となり」と記されている。
 
●モーゼ五書(p34)
 中世の英国では、国王財政への多大な貢献の褒美として、数々の特権的自由が与えられていた。庶民には、ユダヤ人たちは「国王直属の自由な民」ととらえられていた。
 際立っていたのは、キリスト教徒から訴えがなされた民事訴訟(金融活動を除く)において、ユダヤ人の被告は「モーゼ五書」に対し身の潔癖を誓う文言を唱えるだけで嫌疑を晴らすことができた。
 キリスト教徒の場合、11人の免責宣誓者と被告本人、計12人が免責宣誓することが免責の条件として定められていた。
 この特権待遇は、マグナ・カルタ(1215年)のなかでも改められることなくその後も継続した。様々な濡れ衣からユダヤ人を守り、金融活動に専念させるために与えられたと特権だと考えられる。
 
●エドワード1世のユダヤ人追放(p48)
 1290年7月18日、国王エドワード1世は英国からすべてのユダヤ人を追放する命令を下した。11月1日の万聖節を最終出国期限とし、従わぬ者を極刑に処するよう命じた。
 ユダヤ人が持ち出せたものは携行可能な現金と動産だけ。未回収債権と抵当不動産はすべて国王が没収した。
 追放令が繰り返されていないので、ユダヤ人は速やかに退去したものと考えられる。
 一方、出国の道中、ユダヤ人に危害を加えることは禁じられ、五港市(英仏海峡往来の五つの港町)の知事は、出国者の安全確保と迅速な輸送を命じられた。
 
●再入国(p54)
 1656年、ユダヤ人の英国再入国(リアドミンション)が実現する。
 立役者は、アムステルダムのユダヤ教導師マナセ・ベン・イスラエルと、クロムウェル。
 マナセは、「パレスチナを再びユダヤ人が取り戻すためには、地球上のあらゆる僻遠の地までユダヤ人が拡散・定住せねばならぬ」という宗教的確信を持っていた。
 マナセは、ユダヤ人の英国帰還を求める請願を携え、クロムウェルと会見した。
 クロムウェルは、再入国の是非を問う国策会議を招集するが、反対意見が多かったので結論を出さずに会議を解散した。
 1655年秋に勃発したスペインとの戦争のため、1656年3月、英国政府は在英スペイン臣民の財産没収命令を発布。これまでカトリック教徒のスペイン人を装ってロンドンに潜伏していた隠れユダヤ教徒の一団が、自分たちはポルトガル出身のユダヤ教徒だと名乗りを上げた。ユダヤ人の定住許可を求め、クロムウェルに請願書を提出。筆頭署名者はマナセだった。
 クロムウェルは、この請願に返事をしなかった。黙認。国策会議を招集すると却下される可能性が高かったから。
 ユダヤ人側は、ロンドン市の街はずれの共同墓地取得と、礼拝用に一室を借り受ける許可を求め、受理された。これなら、クロムウェルの一存で決められる。「事実上の定住・再入国許可」。
 
●ユダヤ教徒初の叙爵(p86)
 ユダヤ教徒のままで男爵位が授与された初の事例は1885年のナサニエル・ロスチャイルド。ロスチャイルド財閥の創始者ネイサンの孫。
 
●ダニエル・メンドーサ(p101)
 近代ボクシング発祥の地、英国で草創期の1760年代から1820年代にかけて、少なくとも30人のユダヤ人が英拳闘界で活躍し、競技の近代化に貢献した。
 最強の選手が、第16代英国チャンピオンとなり、「イスラエルの星」と称えられたダニエル・メンドーサ。1789年の仏革命勃発に際して、英諸新聞は革命よりも彼の試合のほうを優先し、第一面で報道した。
 メンドーサは、『拳闘術』を出版、習得すべき第一の原則として、体のバランスを常に保ち続けることを挙げた。
 また、ユダヤ人街に拳闘ジムを開設し、同胞の若者たちに護身のための拳闘術を教えた。これにより、ユダヤ人青少年の間に拳闘ブームが沸き起こる。
 メンドーサの弟子で、アッパーカットを編み出したサミュエル・エリアスは、体重別のなかった当時、わずか58㎏で大男たちと渡り合った。「最強のハードパンチャー」と評され、あと5、6キロ重かったら王者になれただろうと言われた。
 さらに「東洋の星」と綽名されたバーニー・アーロン、ベラスコ四兄弟などを輩出した。
 
●ベンジャミン・ディズレーリ(p104)
 1804-81年。色男の小説家として振る舞い、社交界で裕福な未亡人たちの歓心を買った。
 首相の座に登り、ヴィクトリア女王の寵愛を得て伯爵に叙せられた。
 表向きは英国国教会に改宗したが、旺盛なユダヤ人意識を持ち続け、それを公言してはばからなかった。選挙に立候補した際、ユダヤ出自であることを攻撃材料とされたが、「ユダヤ人種優越論」を唱えて対抗した。ユダヤ人は英国民のためにふさわしいリーダーシップを行使できる「選ばれし人種」であると主張。
 
●スエズ運河買収(p108)
 1875年、ロスチャイルド家の第2代当主ライオネルは、エジプトの支配者イスマイルがスエズ運河を売りたがっているという情報を得た。
 1月14日、別ルートで、盟友の英首相ディズレーリの元にも同じ情報が届いた。月末までに即金で400万ポンド用意するなら、英国に売ってもよいと、イスマイルが打診してきた。
 取締役会を招集して承認を得る時間がなかったので、イングランド銀行には頼れなかった。ディズレーリは親友ライオネルに頼み込み、期日までに金を用意してもらった。
 
●エドワード7世(p115)
 ヴィクトリア女王の長男、エドワード7世は、国王時代(1901-10)と30年におよぶ皇太子時代、ユダヤエリートを腹心として側近く侍らせ、重用した。「ユダヤの宮廷」と揶揄されたほど。
 ナサニエル・ロスチャイルドと、その弟のアルフレッドとレオポルド……ロスチャイルド家第3代当主。
 アルフレッド・バイト……南アフリカのダイヤ・金採掘で800万ポンドの富を築く。
 サスーン家の四男ルーベンと五男アーサー……バグダードの出自。ボンベイと上海を拠点とする。インド産アヘンを中国市場に輸出して富の土台を築いた。
 アーネスト・カッセル……ドイツ系ユダヤ移民で一代で755万ポンド。
 マーカス・サミュエル……初期対日貿易とシェル石油の創業で400万ポンド。
 彼らはもともと、女王から疎まれて公務から退けられていたころのエドワードの遊び仲間。競馬、狩猟、海外旅行など、陽気で派手な娯楽に興じていた。自身の御殿「マルボロ―屋敷の面々」と呼ばれた。
 
●難民児童運動(p159)
 難民児童運動(RCM)が、ユダヤ教徒とキリスト教徒の相乗りの民間ボランティア団体として1938年11月末に設立された。キンダートランスポート(独ユダヤ人児童救出作戦)にて、入国時の実務と到着後の世話をする組織。
 同年11月9日、「水晶の夜」。ポグロムに直面する独ユダヤ人の救済が急務となった。
 17歳以下の子供の入国を移民法の枠外で認め、英国で教育・訓練した後、18歳に達した子は第三国へ出国させる。受け入れ費用は英国ユダヤ社会が負担する。
 受け入れにかかる費用は一人100ポンド。元首相ボールドウィンはラジオを通じて献金を呼び掛け、50万ポンドが集まった。
 1939年9月1日の第二次世界大戦勃発までの間に、9,354人が英国に出国できた。里親への引き取り手のなかった3,300人余りは、シオニスト団体が運営する施設で集団生活を送り、戦後のパレスチナ移住に備えた。
 里親の中には、サッチャーなど3人の歴代首相の実家があった。
 
(2021/10/23)NM
 
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旅は途中下車から 降りる駅は今日決まる、今変える
 [歴史・地理・民俗]

旅は途中下車から (交通新聞社新書146)
 
土屋武之/著
出版社名:交通新聞社(交通新聞社新書 146)
出版年月:2020年10月
ISBNコード:978-4-330-07920-2
税込価格:990円
頁数・縦:239p・18cm
 
 鉄道の旅の魅力、それは途中下車にあり! ということで、途中下車の楽しみ方や、おすすめ駅を紹介する。
 鉄道でのんびりと旅がしたいな、と思わせる1冊。
 
【目次】
第1章 途中下車のすすめ
 せまい日本、そんなに急いで…
 日本独自の鉄道制度・途中下車
  ほか
第2章 途中下車駅の楽しみ方
 ある程度、目星をつけておく
 駅の中でグルメを楽しむ
  ほか
第3章 定期券でも途中下車
 途中下車自由な定期券
 関東編:懐かしい特撮のワンシーン―小田急小田原線
  ほか
第4章 途中下車技の応用―フリー切符の活用法
 途中下車のルール
 途中下車に「使える」きっぷ
  ほか
 
【著者】
土屋 武之 (ツチヤ タケユキ)
 1965年大阪府生まれ。大阪大学文学部卒。『ぴあ』編集部などを経て、1997年よりフリーのライター。
 
【抜書】
●ガイドウェイバス(p172)
 ガイドレールを両脇に備えた専用の軌道をバスに取り付けた案内輪でたどって、ハンドル操作を不要にし、かつ渋滞の影響を受けなくした交通機関。車両はバスそのもので、案内輪を床下に収納して、ふつうの道路を走行することもできる。都市中心部では専用軌道を走り、郊外に出ると一般道を走って住宅地などをきめ細かく結ぶ。
 名古屋ガイドウェイバスのガイドウェイバス志段味線(通称:ゆとりーとライン)が日本唯一の営業路線。大曽根~小幡緑地の専用軌道区間が2001年に完成、開業。運転系統は、専用軌道間の折り返しのほか、大曽根と中志段味や高蔵寺を結ぶものなどがある。
 法令上、専用軌道区間は鉄道に分類されるので、トロリーバスと同じ扱い。運転士は、自動車の大型第二種免許に加えて、鉄道の動力車操縦者免許(無軌条電車運転免許)が必要。
 
●Jヴィレッジ駅(p217)
 常磐線Jヴィレッジ駅は、2019年4月20日に開業。広野駅から下りで一つ目。
 プラットホーム上に、日本がFIFAワールドカップで優勝した暁にトロフィーのレプリカを置く「予定」の台座がある。
 
●ACCUM(p218)
 宇都宮~烏山間を走る、蓄電池式電車の愛称。
 宇都宮~宝積寺(ほうしゃくじ)間は電化された東北本線を走り、宝積寺~烏山間は、非電化ローカル線の烏山線に乗り入れる。
 2014年に試験的な営業運転を開始し、2017年には全列車が入れ替わった。
 
●ライトレール(p219)
 LRT。一般的な鉄道とバスの間を埋める「中量輸送機関」。欧米の町では、基幹交通として発達している。
 宇都宮ライトレールは、JR宇都宮駅の東口と、芳賀町の本田技研北門との間約14.6kmを結ぶ予定で、2022年3月開業。
 
(2021/10/18)KG
 
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宇宙を解く唯一の科学熱力学
 [自然科学]

宇宙を解く唯一の科学 熱力学
 
ポール・セン/著 水谷淳/訳
出版社名:河出書房新社
出版年月:2021年6月
ISBNコード:978-4-309-25428-9
税込価格:2,420円
頁数・縦:341p, 39p・20cm
 
 熱力学発展の200年を、関係の深い科学者を中心にたどる科学史。蒸気機関の効率化を目指した理論が、コンピュータの発明や、宇宙の謎の解明にまで行き着く。
 物理学に関する説明にはあまり理解できなかった部分もあるが、科学者たちのドラマとして面白く読めた。
 
【目次】
第1部 エネルギーとエントロピーの発見
 イギリス旅行―蒸気機関からすべては始まった
 火の発動力―カルノー、熱力学を拓く
 創造主の命令―ジュールの歴史的実験
  ほか
第2部 古典熱力学
 物理学の最重要問題―ヘルムホルツとエネルギーの謎
 熱の流れと時間の終わり―クラウジウスと熱力学の第一法則・第二法則
 エントロピー―すべてを支配する法則
  ほか
第3部 熱力学のさまざまな帰結
 量子―プランクの変心
 砂糖と花粉―アインシュタイン、熱力学に魅了される
 対称性―ネーターの定理、アインシュタインの冷蔵庫
 
【著者】
セン,ポール (Sen, Paul)
 ドキュメンタリー作家。TVシリーズ『Triumph of the Nerds』などの制作で知られる。ケンブリッジ大学で工学を学んでいたときに熱力学と初めて出合う。現在は、Furnace社のクリエイティヴ・ディレクターとしてBBSの科学番組を多数制作。2016年には、『Oak Tree: Nature’s Greatest Survivor』で英国王立テレビ協会賞を受賞。
 
水谷 淳 (ミズタニ ジュン)
 翻訳家。訳書多数。
 
【抜書】
●ケルヴィン(p92)
 1954年、パリ近郊のセーヴルで開かれた第10回国際度量衡総会で、絶対温度スケールにウィリアム・トムソンを称えた名称を付けることが決定した。
 トムソンはケルヴィン卿という称号で世に知られていたため、その単位は「ケルヴィン」と命名された。
 最新の測定によると、摂氏マイナス273.15度が0ケルヴィンに相当する。
 
●ルドルフ・クラウジウス(p96)
 ΔS≧0……Δ(デルタ)は変化を表す。Sはエントロピーを表す。
 1865年、クラウジウスは15年前の論文で最初に示した熱力学の二つの法則を改めて取り上げた。Kraftの代わりに「エネルギー」という言葉を使い、「エントロピー」という言葉を付け加えた。
 1. 宇宙のエネルギー量は一定である。
 2. 宇宙のエントロピーの量は最大量に向かって増えていく。
 (ここでいう「宇宙」とは、閉じている(周囲から切り離された)系という意味である。しかし我々が住むこの宇宙の外側には何もないので、実際の宇宙のエネルギーの量も変化しないし、エントロピーも増えていく。)
 
●ラガー・ビール(p148)
 19世紀半ばに、ジェイムズ・ハリソンはスコットランドからオーストラリアに移住した。
 帰化先の国の暑さが堪えたハリソンは、1日何トンもの氷を作れる装置を開発した。現代の冷蔵庫の原型。水を入れる容器の周りにコイル状に管を巻き付け、蒸気動力を使ってその管に液体のエーテルを送り込む。管の中でそのエーテルが蒸発することで、容器内の水が氷に変わる。
 ラガー・ビールは、摂氏0度近い低温で発酵させなければならない。人工的に作った氷が大量に手に入ることで、暑い夏でも醸造ができるようになった。
 
●ジョサイア・ウィラード・ギブズ(p156)
 熱力学の二つの法則を以下のように言い換えた。
  第一法則:宇宙に存在するエネルギーの量は一定である。
  第二法則:宇宙のエントロピーは増えていく。
 さらに、二つの法則を一つの新たな法則に言い換えた。
  エネルギーが流れることで、宇宙はエントロピーを増大させる。
 
●現代物理学(p188)
 1900年に発表した論文で、マックス・プランクは次のように述べた。
 「放射の電磁気理論に確率論的考察を組み込まなければならなかった。その確率論的考察が熱力学の第二法則において重要であることは、もともとL・ボルツマン氏が発見した事柄である。」
 振動する電子によって吸収・放射されるエネルギーの塊を、「量子」と名付けた。量子力学の誕生。
 1900年の論文は、物理学の画期。プランク以前の物理学は「古典物理学」、以後は「現代物理学」と呼ばれている。
 〔しかし、ボルツマンの果たした役割はかなり軽んじられているといえる。自らの研究が量子革命に重要な役割を果たしたことをいっさい認められずに、量子以前の科学者と十把一絡げにされてしまっているのだ。〕
 
●情報通信に必要なエネルギー(p222)
 グーグル社の2018年の電力消費量は1000万メガワット時を超えた。リトアニアなどの小国とほぼ同じ量。
 各国のデータセンターで世界中の電力の約1%が消費されている。
 情報通信技術による二酸化炭素排出量は、世界中の二酸化炭素排出量の2%以上。航空産業におおよそ匹敵する。
 2030年には、情報通信産業の電力消費量が世界中の電力の20%に達するという予想もある。
 
●万能機械(p265)
 決定問題……あらゆる数学的命題について、それが真かどうかを自動的に決定する方法は存在するか、という問題。ある命題について、「それは偽だ」と言い切れれば、証明しようと無駄な努力を重ねずに済む。「真だ」と言い切れれば、証明に取り組む価値も出てくる。ゲッティンゲン大学で女性数学者エミー・ネーターの師だったダフィット・ヒルベルトが1928年に示した。
 アラン・チューリングは、決定問題に対する答えとして、「万能機械」というものを思い浮かべた。この万能機械は、人間に解けるあらゆる数学的問題を解くようプログラムすることができる。つまり、チューリングは、ソフトウェアを変えるだけで様々な作業に転用できるハードウェアというものを思いついた。そして、そのような万能機械を使ってあらゆる数学的命題の真偽を検証することは不可能であり、ヒルベルトの疑問への答えは「ノー」であることを証明した。
 チューリングの万能機械は、現代のコンピュータを支える根本原理と見なされている。
 
(2021/10/17)NM
 
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LIFE SCIENCE 長生きせざるをえない時代の生命科学講義
 [医学]

LIFE SCIENCE(ライフサイエンス) 長生きせざるをえない時代の生命科学講義
 
吉森保/著
出版社名:日経BP
出版年月:2020年12月
ISBNコード:978-4-8222-8866-2
税込価格:1,870円
頁数・縦:351p・19cm
 
 細胞の構造から説き起こして生命科学の基礎を解説し、現在の老化研究の最先端までを紹介する。
 
【目次】
#001 科学的思考を身につける
 「科学的思考」はこれからの時代に欠かせない
 病気も専門家任せではダメな理由
  ほか
#002 細胞がわかれば生命の基本がわかる
 すべての生命の基本は、細胞
 オードリー・ヘップバーンもオランウータンも細胞は一緒
  ほか
#003 病気について知る
 病気のときは、必ず「細胞が悪くなっている」
 体が昨日と今日で変わらないのは細胞のおかげ
  ほか
#004 細胞の未来であるオートファジーを知ろう
 オートファジーは、細胞を「若返らせる」機能
 細胞の中のものを分解するのがオートファジー
  ほか
#005 寿命を延ばすために何をすればいいか
 寿命を延ばす5つの方法
 寿命を延長することにはオートファジーの活性化が関わる
  ほか
 
【著者】
吉森 保 (ヨシモリ タモツ)
 生命科学者、専門は細胞生物学。医学博士。大阪大学大学院生命機能研究科教授、医学系研究科教授。2017年大阪大学栄養教授。2018年生命機能研究科長。大阪大学理学部生物学科卒業後、同大学医学研究科中退、私大助手、ドイツ留学ののち、1996年オートファジー研究のパイオニア大隅良典先生(2016年ノーベル生理学・医学賞受賞)が国立基礎生物学研究所にラボを立ち上げたときに助教授として参加。国立遺伝学研究所教授として独立後、大阪大学微生物病研究所教授を経て現在に至る。大阪大学総長顕彰(2012~15年4年連続)、文部科学大臣表彰科学技術賞(2013年)。日本生化学会・柿内三郎記念賞(2014年)、Clarivate Analytics社 Highly Cited Researchers(2014年、2015年、2019年、2020年)。上原賞(2015年)。持田記念学術賞(2017年)。紫綬褒章(2019年)。
 
【抜書】
●ロザリンド・フランクリン(p59)
 ジェームズ・ワトソンは、DNA結晶のX線解析の写真から二重螺旋の構造を思いついた。
 しかし、この写真はワトソン自身が実験して撮影した写真ではなかった。ノーベル賞を受賞するまで、二重螺旋を思いついたのはこの写真を見たからだ、とも決して言わなかった。
 この写真を撮影したのは、ロザリンド・フランクリンという女性研究者。ワトソンがこの写真を許可なく見たとも、フランクリンの共同研究者が見せたとも言われている。
 フランクリンは、ノーベル賞を受けることもなく、1958年に37歳で病死した。
 
●ウィリアム・T・サマーリン(p56)
 1974年、サマーリン事件というデータ捏造事件が起きた。
 ウィリアム・T・サマーリンは、黒いネズミと白いネズミの間で皮膚移植に成功し、白いネズミの皮膚の一部が黒くなったと発表した。しかし、この時の写真は捏造で、白いネズミの体の一部をマジックで黒く塗っただけだった。
 当時、皮膚移植は先進的な技術だった。ヒト(哺乳類)の体には拒絶反応があるので、皮膚を移植しても異物として攻撃され、うまく定着しない。
 
●サイトカイン(p192)
 血液中を流れて情報を知らせる小さなタンパク質の総称。様々な役割があるが、多くが免疫と関係がある。
 ホルモンとの違いは、ホルモンが決まった内分泌細胞から分泌されるのに対し、サイトカインは様々な細胞が出すことができ、比較的局所で作用することが多い点。
 
●ベニクラゲ(p205)
 ベニクラゲというクラゲは不死。
 直径は最大1cmで、北海道から沖縄まで広く生息している。
 
●ルビコン(p275)
 オートファジーが起こりすぎないよう、ブレーキをかけるタンパク質。2009年、吉森の研究室で見つかった。酵母にはルビコンがない。
 ルビコンは、脂肪細胞でだけは歳をとると減少する。ルビコンがなくなると、オートファジーが活性化しすぎて、ホルモンを作るのに必要なタンパク質を分解してしまう。その結果、ホルモンが出なくなる。ルビコンの量の変化は、動物の生殖年齢を超えたくらいで急速に増える。老化を促進するためかもしれない。(p305)
 
●スペルミジン(p323)
 オードファジーを活性化させる食品成分。
 豆類や発酵食品に多く含まれる。納豆、味噌、醤油、チーズ、シイタケ、など。
 
(2021/10/11)NM
 
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模倣の罠 自由主義の没落
 [社会・政治・時事]

模倣の罠――自由主義の没落 (単行本)
 
イワン・クラステフ/著 スティーヴン・ホームズ/著 立石洋子/訳
出版社名:中央公論新社
出版年月:2021年4月
ISBNコード:978-4-12-005430-3
税込価格:3,740円
頁数・縦:347p・20cm
 
 1989年の東西冷戦終結後、世界はバラ色の「自由主義」を謳歌すると思われていた。
 しかし、そうはならなかった。中欧における「自由主義の模倣」は失敗し、ロシアは西欧化の仮面を貫きとおし、イデオロギーのかけらもない中国の覇権が台頭してきた。
 結局、自由主義の一極支配は訪れなかった。これからの世界は、どこに向かおうとしているのか。本書では、ポーランド、ハンガリー、ロシア、米国、中国の冷戦終結後の30年をたどり、「自由主義」の蹉跌を描く。
 本書のテーマに沿って言うならば、イスラム諸国とインドの動向も気になるところだ。
 
【目次】
序章 模倣とその不満
第1章 模倣者の精神
第2章 報復としての模倣
第3章 強奪としての模倣
終章 ある時代の終わり
 
【著者】
クラステフ,イワン (Krastev, Ivan)
 1965年生まれ。ブルガリア出身。ソフィア大学卒業。ヨーロッパと民主主義を研究する政治学者。ソフィアの「リベラル戦略センター」理事長、ウィーンの「人間科学研究所」常任フェロー。『ニューヨーク・タイムズ』に定期的に寄稿。
  
ホームズ,スティーヴン (Holmes, Stephen)
 1948年生まれ。ニューヨーク大学ロー・スクール教授。ヨーロッパにおける自由主義の歴史や旧共産主義諸国の自由主義化を研究。
  
立石 洋子 (タテイシ ヨウコ)
 同志社大学グローバル地域文化学部准教授。香川大学法学部卒業後、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。
 
【抜書】
●「模倣の時代」の終わり(p285)
〔 中国の台頭が「模倣の時代」の終わりを告げるということは、二つの大国の間の世界的なイデオロギーの対立に戻ることはないということだ。冷戦時代には、二つの大国がそれぞれの社会的・政治的モデルを従属する国に押し付け、人類の未来についての自国の目標や課題、理想像を採用するように世界中の人々を説得していた。習の中国が、国際的に特に慈悲深い国になると信じる理由は存在しない。中国の近隣諸国の多くはアメリカ海軍の南シナ海での活動を歓迎しており、中国の経済力の行使がある時点で、はるかに強圧的で軍事的なものになるのではないかと当然にも疑っている。来るべき中国とアメリカの対立が、重要かつ危険な方法で国際秩序を再構築することは間違いないだろう。しかし、「新たな経済冷戦」をイデオロギーに囚われた最初の冷戦の再来と見なすのは、誤解を招くことに変わりはない。この対立で双方が冷静で合理的になることはなく、感情を爆発させるかもしれない。しかし、それはイデオロギーの対立ではないだろう。それはむしろ、貿易や投資、通貨、技術、そして国際的な威信と影響力をめぐる厳しい闘争になるだろう。これが、世界を「非アメリカ化」しようとする中国の計画の背後にある目的だ。それは世界的な自由主義のイデオロギーを、世界的な反自由主義のイデオロギーに置き換えようとしているわけではない。国内ではそうとは限らないものの、国際的な競争の場ではイデオロギーの役割を根本的に減少させようとしているのだ。その結果、たとえ米中の覇権争いが世界の他の国々に「我々とともにあるか、我々に反するか」という論理を押し付けたとしても、それは、競合する世界観と歴史哲学の間の世界の破滅を招くような戦いにはならないだろう。〕
 
【ツッコミ処】
・ビアフラ(p73)
 ビアフラについては、〔ナイジェリアの南東部にあった共和国。ナイジェリア政府によって滅亡させられた。〕との訳注が入っている。しかし、オルバーン・ヴィクトル(p12)や、ヤロスワフ・カチンスキ(p23)は説明なしに(注釈もない)いきなり固有名詞として登場する。あんたら、誰?
 ヨーロッパの人には常識、著名人なので、説明する必要がないのかもしれない。日本人向けの内容だったら、金正恩に説明・注釈を加えないだろうが、それと一緒か?
 
・アガサ・クリスティー(p199)
〔 アガサ・クリスティーの心をつかむ推理小説『オリエント急行の殺人』(一九三四年)で有名な探偵エルキュール・ポアロは、何度もナイフで刺された死体が列車内で発見されるという事件に遭遇する。発見されたのは悪意に満ちたアメリカ人の乗客の死体であり、ポアロは殺人の背後にある謎を見事に解き明かしていく。厳密な調査の後に彼は、サミュエル・ラチェットという怪しげな名の人物の死を望む個人的な理由がそれぞれの乗客にあるだけでなく、全員が故意に共謀し、すべての共謀者が交代で標的を刺して死に至らしめたことを知る。〕
  ↓
 本書全体、にどうも分かりづらいな、と思っていたのだが、日本語訳があまりよくないのかもしれない。
 例えば上の文章。
 (1)「心をつかむ」とは誰の「心」なのか。アガサ・クリスティーか? いやいや、『オリエント急行の殺人』の読者であろうか。最初に読んだ際、「アガサ・クリスティー」だと思った。
 (2)「有名な」は、『オリエント急行の殺人』を受けるのか、「エルキュール・ポアロ」にかかかるのか。最初に読んだときは、「有名な」『オリエント急行の殺人』かと思った。
 (3)「何度も」はどこにかかるのか? 「刺された」なのか、「発見される」なのか。最初に読んだ際、「何度も」「発見される」だと思った。
 (4)「悪意に満ち」ているのは、「アメリカ人」なのか、「死体」の状態なのか。これは、前者かと思った。
 読み方がひねくれてる??
 いやいや、誤解を招かず、すらすらと読めるようにするには、以下のように書いたらどうだろう。
  ↓
 アガサ・クリスティーの魅力的な(←心をつかむ)推理小説『オリエント急行の殺人』(一九三四年)で、有名な探偵エルキュール・ポアロは、ナイフで何度も刺された死体が列車内で発見されるという事件に遭遇する。発見されたのはアメリカ人の乗客の悪意に満ちた死体であり、ポアロは殺人の背後にある謎を見事に解き明かしていく。厳密な調査の後に彼は、サミュエル・ラチェットという怪しげな名の人物の死を望む個人的な理由がそれぞれの乗客にあるだけでなく、全員が故意に共謀し、すべての共謀者が交代で標的を刺して死に至らしめたことを知る。〕
 
(2021/10/7)NM
 
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開かれたパンドラの箱 老化・寿命研究の最前線
 [医学]

開かれたパンドラの箱 老化・寿命研究の最前線  
今井眞一郎/著 瀬川茂子/構成
出版社名:朝日新聞出版
出版年月:2021年7月
ISBNコード:978-4-02-251686-2
税込価格:2,200円
頁数・縦:28p・19cm
 
 長寿、抗老化研究の最前線で活躍する研究者が、その最前線を案内してくれる。老化現象についてどの程度分かってきたのか。今後、高齢化社会はどのような方向に向かうのか、向かうべきなのか。総合的に長寿と老化について考える。
 
【目次】
1章 細胞の老化と不死化
2章 米国へ
3章 サーチュイン
4章 独立
5章 NAD合成酵素の不思議
6章 世界の老化研究最前線
7章 細胞老化
8章 食事と運動
9章 老化研究の難しさ
10章 日本の今後を考える
 
【著者】
今井 眞一郎 (イマイ シンイチロウ)
 ワシントン大学医学部発生生物学部門・医学部門教授/神戸医療産業都市推進機構先端医療研究センター・老化機構研究部特任部長。プロダクティブ・エイジング研究機構(IRPA)理事。専門は哺乳類の老化・寿命の制御のメカニズムの解明および科学的基盤に基づいた抗老化方法論の確立。1964年東京生まれ。89年慶應義塾大学医学部卒業、同大大学院で細胞の老化をテーマに研究。97年渡米、マサチューセッツ工科大学のレニー・ギャランテ教授のもとで、老化と寿命のメカニズムの研究を続ける。2000年にサーチュインというまったく新しい酵素の働きが酵母の老化・寿命を制御していることを発見。01年よりワシントン大学(米国ミズーリ州・セントルイス)助教授、08年より准教授(テニュア)、13年より現職。世界的に注目される抗老化研究の第一人者。
 
【抜書】
●ヘテロクロマチン(p37)
 細胞の中のDNAは、ヒストンというたんぱく質に巻き付いてコンパクトに折りたたまれている。この構造が凝集しているところがヘテロクロマチン。少しほどけているようになっているところをユークロマチンと呼ぶ。
 ヘテロクロマチン構造を取っている部分では、遺伝子の発現が抑えらえ、ユークロマチンの部分では遺伝子が発現する。
 クロマチン構造がユークロマチン構造になったり、ヘテロクロマチン構造になったりする際には、ヒストンにアセチル基がついたり外れたりすることが重要な役割を果たす。
 
●NAD(p56)
 ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド。
 呼吸など、細胞がエネルギーを作ったり使ったりするために欠かせない「補酵素」。
 補酵素とは、酵素が働くときに必要とされる物質。
 NADを使うSIR2(サーチュイン)というタンパク質の働きでヒストンが脱アセチル化され、それがヘテロクロマチン構造を変化させる。
 
●ビタミンB3、NAMPT(p107)
 ペラグラ……19〜20世紀に欧米で猛威をふるい、死亡率1位だった病気。下痢、皮膚炎、認知症がペラグラの三徴といわれた。トウモロコシを精製して食べていたのが原因。ビタミンB3が失われていた。治療する物質として、ニコチンアミドとニコチン酸が見つかった。この2つの総称がビタミンB3。
 ビタミンB3は、哺乳類のNAD合成の出発物質。NADは、ニコチンアミドとニコチン酸から合成される。
 ニコチン酸からNADを合成するときに必要な酵素がNAMPT(ニコチンアミド・フォスフォリボシルトランスフェラーゼ)。
 
●NMN(p118)
 ニコチンアミド・モノヌクレオチド。
 ニコチンアミドがNAMPTによってNMNになり、それにNMNATという酵素が働き、NAD合成が完了する。
 NMNは、枝豆、ブロッコリ、きゅうり、トマト、アボカド、などに多く含まれている。
 
●NADワールド(p142)
 様々な代謝に関わる哺乳類のサーチュイン、特にSIRT1と、NAD合成に必須の酵素NAMPTの二つが車の両輪のように協調的に働いて、老化のプロセスを生み出すのに重要な役割を果たしている、という説。
 NAMPTはNMNを作り出し、それが血液中をめぐり、様々な臓器に配られて、NAD合成とサーチュインの活性化を起こして、臓器の機能を制御する。しかし、加齢によりNAD合成が全身で落ちてくるために、NADワールドが機能しなくなって老化が起こる。
 全身でNADが低下するようなことが起こったとき、もともとNAMPTの量の少ない組織が機能低下を引き起こし、その影響がNADワールドのフィードバックの網目に従って広がっていく。
 その老化のトリガーとなるような組織が、脳の視床下部。老化の「コントロールセンター」。
 eNAMPTを含む細胞外小胞(EVs)を分泌している脂肪組織が、「モジュレーター」の役割を果たしている。
 視床下部のシグナルを他に伝えていく骨格筋が、「メディエーター」の役割を果たす。
 
●抗老化薬(p152)
 ラパマイシン……イースター島(ラパ・ヌイ)の土壌細菌から抗真菌作用のある物質が見つかり、「ラパマイシン」と名付けられた。水虫などの真菌の薬として期待されたが、免疫を抑制してしまう副作用があったので、開発を断念。その後、臓器移植の際の免疫抑制剤として開発された。また、ラパマイシンがTOR遺伝子に作用し、ハエやマウスの寿命を伸ばすことが証明された。ラパマイシンの毒性を弱めるための「誘導体」が開発され、「ラパローグ」と命名された。
 メトホルミン……糖尿病の治療薬。様々なタンパク質をリン酸化して活性化する、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)という酵素の働きを上げる。がん、心疾患、アルツハイマー病などの発症を遅らせるという報告がされている。
 NADブースター……体内のNADの量を増やすことで、サーチュインを活性化させる。
 
●インフラメイジング(p171)
 インフラメーション(炎症)とエイジング(加齢)の合成語。
 慢性炎症は、細胞や組織を痛める反応を起こし、長く続くと組織の働きのレベルを落としてしまう。老化の大きな原因ともなる。
 
●セノリティクス(p174)
 白血病治療薬の「ダサチニブ」と、ケールやレッドオニオンに含まれるポリフェノールの一種「ケルセチン」を組み合わせて、老化細胞を取り除くことができる。この組み合わせの薬剤を「セノリティクス」と名付けた。「D+Q」とも。
 老化細胞は、アポトーシスを起こさないようにブレーキがかかってる。このブレーキを切ってアポトーシスを誘導することで、老化細胞を取り除く。
 
●ホルミシス(p202)
 一定程度の弱いダメージやストレスが与えられると、体に備わった応答あるいは修復プロセスが働いて、かえって健康になる効果があるという現象。
 食餌制限が長寿に効果があるのは、栄養が足りない状況で、生き延びるための応答システムにスイッチが入り、老化を遅らせる「ホルミシス」と捉えることができる。
 
●プロダクティブ・エイジング(p240)
 老化のプロセスに人為的に介入して、加齢にともなうすべての病気のリスクを全体として下げる。健康寿命を「大幅に」のばし、最大寿命との差をなくすことを目指すのが、抗老化研究の大きな目標。
 〔人生の後半においてできるかぎり健康でいられるようにするばかりでなく、同時に個人の生活を十分に楽しみ、また社会にも貢献し続けていく、そういった個人と社会のかかわり方を考える意味でも、プロダクティブであり続けるエイジングを実現する、それが「プロダクティブ・エイジング』の概念なのです。〕
 
●日本のNMN(p243)
 2008年、世界で最初にNMNの生産技術を確立したのは、日本のオリエンタル酵母工業という会社。
 2015年に、世界で初めて高品質NMNの製品化を果たしたのは、日本の新興和製薬(現、ミライラボバイオサイエンス)。
 日本は、NMNの開発のリーダー的存在。
 現時点で、高品質で安全性が保証されているNMNの値段が非常に高い。価格を下げるための技術開発が課題。
 
●人生の叡智(p248)
〔 私は、抗老化技術の恩恵によって健康を保つ高齢者は、その人生の知恵を若い世代に、無理なく、有効に伝えていく術を学んでほしいと望んでいます。「歳を取る」ことが、「人生の叡智を蓄える」ことを意味するようにならなければ、抗老化技術は人間の社会に自分勝手な生き方をする人を増やすだけになるのではないかと懸念しています。抗老化物質や抗老化技術は、バラ色の未来を運んでくるように語られることが多い最新技術です。しかし、それが「自分さえよければそれでいい」という人間を世の中に溢れさせる結果となるのであれば、それは「人類の叡智に貢献した」ことにはならないのではないでしょうか。〕
 
(2021/10/4)KG
 
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