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音楽する脳 天才たちの創造性と超絶技巧の科学
 [芸術]

音楽する脳 天才たちの創造性と超絶技巧の科学 (朝日新書)
 
大黒達也/著
出版社名:朝日新聞出版(朝日新書 852)
出版年月:2022年2月
ISBNコード:978-4-02-295163-2
税込価格:891円
頁数・縦:251p・18cm
 
 統計学習という脳の機能に着目し、音楽の特性を論じる。
 
【目次】
第1章 音楽と数学の不思議な関係
 音楽と科学の歴史
 音の高さと数学
 音の並び方と数学
第2章 宇宙の音楽、脳の音楽
 宇宙の音楽
 脳の音楽
第3章 創造的な音楽はいかにして作られるか
 脳の記憶と作曲
 脳の統計学習から作曲へ
 脳に障害がありながらも卓越した曲を生む作曲家
第4章 演奏家たちの超絶技巧の秘密
 脳と演奏
 演奏と脳の予測
 演奏から生まれる個性
 主観的な「価値」
 知識よりも大切なこと
第5章 音楽を聴くと頭がよくなる?
 音楽と奇才
 音楽の脳疾患への効果
 音楽は私たちの心の中を「見える化」する
 
【著者】
大黒 達也 (ダイコク タツヤ)
 1986年、青森県生まれ。医学博士。東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構特任助教。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。オックスフォード大学、ケンブリッジ大学勤務などを経て現職。専門は音楽の神経科学と計算論。現代音楽の制作にも取り組む。
 
【抜書】
●ピタゴラス音律(p17)
 羊の腸で作った「弦」を一本用意。たとえば「ド」の音とする。その弦の半分の長さの弦は、高さが違うが同じ音に聞こえる。1オクターブの発見。
 2/3の弦は、とても協和した響きになる。完全5度高い「ソ」。弦長を2/3ずつ短くすることで、完全5度高い音を探していった。ソの弦長の2/3は「レ」、レの2/3は「ラ」……。周波数は弦の長さの逆数なので、3/2ずつ音が高くなることになる。周波数がドの2倍以下になったら、1/2にする。
 これを繰り返していくと、1オクターブのなかに12個の音が見つかった。12個目は「シ」のシャープ、つまり1オクターブ上の「ド」。しかし、この音は、3/2の12乗で、2.02728653となってしまい、2を超える。2との差は23.460セント、「ピタゴラスコンマ」と呼ぶ。
 
●純正律(p33)
 弦の長さを1/2にして倍音を求める。第2倍音。⇒1オクターブ上の「ド」。
 弦の長さを3等分して第3倍音を求める。⇒周波数比2:3、「ソ」。
 第4倍音は、2オクターブ上の「ド」。
 第5倍音は「ミ」。ドとミの長3度音程は、周波数比は、4:5。
 第6倍音は「ソ」。ミとの周波数比5:6。……
 自然倍数音列を用いた音律を「純正律」と呼ぶ。純正律は、半(全)音程間の周波数比が異なるという欠点がある。
 バッハやモーツァルトの時代の音楽は、純正律が用いられていた。
 
●平均率(p36)
 リュート奏者だったヴィンチェンツォ・ガリレイ(ガリレオの父)が、半音の音程比をすべて17:18にするという「平均律」を考案。98.95セント。
 現代の平均律の祖は、シモン・ステヴィンだと言われている。2の12乗根を用いることを提案(12平均律)。半音間の周波数比は1.05882(100セント)。
 
●統計学習(p83)
 私たちの身の回りで起こる様々な現象・事柄の「確率」を自動的(無意識)に計算し、整理する脳の働き。潜在学習の一つ。
 人間は、統計学習により、不安定で不確実な現象・事柄の確率を計算し、身の回りの環境の「確率分布」をなるべく正確に把握しようとする。把握できれば、次にどんなことがどのくらいの確率で起こりうるのかを予測しやすくなるので、珍しい(起こるはずのない低確率の)ことだけに注意を払えばよくなる。
 
●顕在学習(p106)
 顕在学習 ⇒ 顕在記憶(陳述記憶)―意味記憶
                 ―エピソード記憶
 潜在学習 ⇒ 潜在記憶―手続き記憶
          ―プライミング記憶
 プライミング記憶……以前の事柄が後の事柄に影響を与えるような記憶。たとえば、『チューリップ』の曲を統計学習した場合、「ド」を聴いた後に「レ」を予測するようになる。
 
●モーツァルト(p130)
 モーツァルトは、トゥレット症候群だったのではないかと言われている。
 トゥレット症候群の発生メカニズムのひとつとして、手続き記憶の異常な機能促進が原因だという報告がある。モーツァルトは、統計学習能力が異常に優れていたのかもしれない。
 
●言語と音楽(p136)
 言語は左脳、音楽は右脳が処理していると言われてきたが、近年の研究では、両方の脳の「協働」であるという説が有力。
 どちらも、リズムとピッチが重要な役割を果たす。リズムのような音変化の処理においては左脳が、ピッチのような音変化の処理においては右脳が寄与しているのではないかと示唆されている。ピッチ変化よりもリズム変化の激しい言語では左脳が優位になり、ピッチ変化の豊富な音楽では右脳が優位になる。
 
●ハイリー・センシティブ・パーソン(p139)
 HSP。HSPは些細な刺激に対する感受性が高いため、人や環境における小さな変化や細かい意図に気づきやすく、それゆえに強い刺激を強いられる現代社会で暮らすのが大変。
 HSPは、喜びなども人一倍強く敏感に感じるために、芸術への理解や独創的な発想を持つ人も多い。
 
●虹の七色(p140)
 音と色の共感覚保持者は、ドレミファソラシドの7音と、虹の七色(赤橙黄緑青藍紫)がほぼ対応している。
 新潟大学の伊藤浩介博士の研究チームによる。共感覚者15名を対象にしたテストの結果。
 
●第二言語(p181)
 音楽家は、第二言語を習得する能力が高いと考えられている。
 脳の聴覚機能が発達しているため。
 
●統計学習仮説(p209)
 ノーム・チョムスキーの「普遍文法説」に対立する、言語習得仮説。
 人間の脳は、音楽や言語などの学習対象によらず、あらゆる情報を脳が普遍的に持つ統計学習によって学習している。言語特有、音楽特有の学習機能があるわけではない。
 
●言語の祖先(p237、本編結びの言葉)
〔 しかしどんなに違う言語であっても、コミュニケーションのツールとして、自分の気持ちを人に伝え理解してもらうための手段として用いるという目的はみな共通しています。それは音楽においても同様です。むしろ音楽は、私たちが言語を用いるようになったずっと前から存在しています。音楽は言語の祖先なのです。
 音楽の中の特殊な形態、つまり効率的で具体的なコミュニケーションの手段として「言語」があると考えるほうが、私としては正しいと考えています。言語は単語などで皆で知識を共有することができます。一方で、音楽はまだ言語化されていない「心の中」を表現することができます。言語はそもそも人間の知恵によって生まれたもので、「嬉しい」や「楽しい」といった言葉が真に心の中の状態を表しているとはいえません。
 心はもっと複雑で、本来完全には言葉で表現することができないものです。その反面、音楽は本来効率化すべきでない真の心の中を直接的に表現することができるといえるでしょう。言葉を話せない赤ちゃんでも音楽を楽しむことができるように、音楽を聴いて「言葉にはできない感動」をするように、音楽は言語化されていない私たちの心の中を直接的に表現しているといえるのです。音楽は、そういった感情を呼び起こすことができる魔法のツールといえるでしょう。
 音楽を聴くことによる脳への効果はもちろんありますが、その前に音楽とは言語以上に私たち人間にとってなくてはならない、最も根本的なものであることを忘れてはいけません。決して娯楽のためではなく、特別なものでもない、人間の本質的な部分が音楽なのです。〕
 
(2022/4/30)NM
 
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カルロ・ロヴェッリの科学とは何か
 [哲学・心理・宗教]

カルロ・ロヴェッリの 科学とは何か   
カルロ・ロヴェッリ/著 栗原俊秀/訳
出版社名:河出書房新社
出版年月:2022年2月
ISBNコード:978-4-309-25441-8
税込価格:2,310円
頁数・縦:275p・20cm
 
 2009年に、フランスで刊行されたAnaximandre de Milet ou la naissance de la pensée scientifique(ミレトスのアナクシマンドロス、または科学的思考の誕生)の、イタリア語版(2011年)の翻訳である。「七つの短い物理学講義」(2014年。邦訳『すごい物理学入門』)でベストセラー作家(?)となったロヴェッリの第一作に相当する。
 牽強付会な論述もある。たとえば、第6章、タレスとアレクシマンドロスの師弟関係。これはおそらく史実として実証されていないと思われる。すなわちたくましい想像力を駆使して師弟関係が描かれており、そこから「共同で知的探求に取り組む際の、先人の思考の継承・発展と、それに対する批判の組み合わせ」(p.121)という結論を導いているようなのである。アナクシマンドロスに対する強力な思い入れがそうさせたのか。
 とはいえ、全編を通じて知的興奮を味わえる。
 
【目次】
紀元前六世紀 知の天文学
アナクシマンドロスの功績
大気現象
虚無のなかで宙づりのまま空間を浮遊する大地
目に見えない実体と自然法則
反抗が力となる
文字、民主制、文化の混淆
科学とは何か?アインシュタインとハイゼンベルク後の世界でアナクシマンドロスを考える
文化的相対主義と「絶対」的な思想のあいだ
神を抜きにして世界を理解できるか?
前-科学的な思考
結論-アナクシマンドロスの遺産
 
【著者】
ロヴェッリ,カルロ (Rovelli, Carlo)
 1956年、北イタリアの古都ヴェローナ生まれ。ボローニャ大学の物理学科を卒業後、パドヴァ大学で博士号を取得し、アメリカの物理学者テッド・ニューマンの招きに応じて、ピッツバーグ大学で10年におよぶ研究生活を送る。アメリカで最も重要な科学哲学の研究所を擁する同大学で、アドルフ・グリュンバウムやジョン・イアーマンなどの著名な哲学者と親交をもつ。2000年から現在までは、南仏のエクス=マルセイユ大学で理論物理学の研究に取り組んでいる。専門とする「ループ量子重力理論」は、20世紀の物理学が成し遂げた2つの偉大な達成、一般相対性理論と量子力学の統合を目的とした理論である。2014年、「七つの短い物理学講義」(『すごい物理学入門』河出書房新社)という小さな本がイタリアの内外でベストセラーとなり、一躍「時の人」となる。その後、『すごい物理学講義』(河出書房新社)で「メルク・セローノ文学賞」「ガリレオ文学賞」を受賞。いまや、理論物理学の最前線で活躍する研究者であるだけでなく、最も期待されるサイエンスライターのひとりでもある。
 
栗原 俊秀 (クリハラ トシヒデ)  
 翻訳家。1983年生まれ。C・アバーテ『偉大なる時のモザイク』(未知谷)で、第2回須賀敦子翻訳賞、イタリア文化財文化活動省翻訳賞を受賞。
 
【抜書】
●無知の広がり(p9)
 〔科学的に考えるとは、まずもって、世界について考えるための新たな方法を、絶え間なく、情熱的に探求することにほかならない。科学の力は、すでに打ち立てられた確実性のなかに宿るのではない。そうではなく、わたしたちの無知の広がりにたいする根本的な自覚こそが、科学の力の源になる。この自覚があればこそ、知っていると思っていた事柄を絶えず疑うことができるようになり、ひいては、絶えず学びつづけることができるようになる。知の探求を養うのは確かさではなく、確かさの根本的な欠如なのだ。〕
 
●アナクシマンドロスの思想(p55)
 (1)天候は自然現象として理解できる。雨水はもともとは海や川の水である。それらが太陽の熱によって蒸発し、風に運ばれ、雨となって大地を濡らす。雷鳴や稲光は雲がぶつかったり砕けたりすることで生じる。地震は、たとえば酷暑や豪雨が引き金となって大地が割れることによって生じる。
 (2)大地は有限な寸法をもつ物体であり、宙に浮遊している。大地が落下しないのは、落下する方向をもたないためであり、言い換えるなら、「ほかの物体に支配されて」いないからである。
 (3)太陽、月、星々は、地球のまわりを完全な円を描いてまわっている。これらの天体は、「馬車の車輪」にも似た、巨大な輪に沿って回転している。
 その輪の内部は(自転車の車輪のように)空洞になっている。輪の内部では炎が燃えさかり、内側にむかって穴があいている。天体とは、この穴を通じて見える炎のことである。この輪はおそらく、天体が落下してくるのを防ぐ役割を果たしている。星々はもっとも近い円に、月は中間の円に、太陽はいちばん遠い円に沿ってまわっており、その距離の比率は「9:18:27」である。
 (4)自然を形づくる事物の多様性はすべて、唯一の起源から、すなわち、「アペイロン」と呼ばれる「根源」から生じている。アペイロンとは、「限界をもたないもの」の意である。
 (5)ある事物が別の事物に変化する過程は、「必然」に支配されている。この「必然」が、時間のなかで現象がいかに展開していくかを決めている。
 (6)この世界は、アペイロンから「熱さ」と「冷たさ」が分かれたときに生じた。
 これにより世界に秩序がもたらされた。炎の球体のような物質が、空気や大地のまわりで、「樹皮のように」成長していった。やがて、この球体はばらばらに砕け、太陽、月、星々を形づくる円のなかに追いやられた。はじめのうち、大地は水に覆われていたが、次第に乾燥していった。
 (7)あらゆる動物は、海か、かつて大地を覆っていた原初の水に起源をもつ。したがって、最初の動物は魚(あるいは魚に似た生き物)である。やがて大地が乾燥したとき、最初の動物は陸にあがり、そこでの暮らしに適応した。数ある動物のなかでも、とりわけ人間は、現在の形態で誕生したとは考えにくい。というのも、人間の子供は独力では生きていけず、かならず養育者を必要とするからである。人間はほかの動物から生じ、もとをたどれば、魚のような形態を有していた。
 
●神の気まぐれ(p64)
〔 雷雨、暴風、高波といった現象の関係性、原因、結びつきを理解するのに、神の気まぐれを勘定に入れる必要はないことを、長い歴史のある時点で人類は洞察した。この途方もない転回を引き起こしたのが、紀元前六世紀のギリシア思想だった。そして、わたしたちの手もとにある古代の資料はことごとく、その立役者はアナクシマンドロスであったと証言している。〕
 
●起源の探求(p94)
 イオニア学派(ないしミレトス学派)の中心人物である3名が、自然現象の根拠となる「唯一の起源」(アルケー)の探求に答えを出した。
 タレス……「すべては水でできている。」
 アナクシマンドロス……アペイロン。
 アナクシメネス……空気。圧縮と希釈。空気を圧縮すると水が得られ、水を希釈すると空気が得られる。水をさらに圧縮すれば大地となる。
 
●読み書き能力(p112)
 BC6世紀ごろのギリシアは、読み書き能力が専門的な筆記者の狭いサークルの外にまで普及した、人類史上初めての社会。
 とりわけ支配階級の貴族にとって、読み書きは社会生活を営む上で必須の能力だった。
 
●第三の道(p115)
〔 一方には、キリストにたいする聖パウロの、孔子にたいする孟子の、ピタゴラスにたいする学徒たちの絶対的な恭順があり、もう一方には、自分とは違う考え方をする人物への断固とした否定がある。だが、アナクシマンドロスは、そのどちらとも異なる第三の道を発見した。アナクシマンドロスのタレスへの恭順は明らかであり、タレスの知的達成にアナクシマンドロスが全面的に依拠していることは疑いの余地がない。それでも、いくつかの点でタレスは間違っていること、タレスの説より優れた解決策がありうることを、アナクシマンドロスはためらいなく指摘した。孟子も、聖パウロも、ピタゴラス学派の教え子たちも、この窮屈な第三の道こそが、知の発展への扉を開くまたとない鍵であることに気づかなかった。〕
 
●中国の思想(p119)
〔 何世紀ものあいだ、さまざまな領野において、中国文明は西洋よりはるかに優越していた。それにもかかわらず、西洋で起きた科学革命に比する変革は、中国では起こらなかった。伝統的な見方に従うなら、その原因は、中国の思想において師がけっして批判されず、その言葉にけっして疑義が呈されなかったという事実に求められる。中国の思想は、知的権威の問い直しではなく、既存の思想の深化、肥沃化に向かって成長した。私見では、これは納得のいく説に思える。むしろ、この説を採用しないことには、あの偉大な中国文明が、イエズス会がやってくるまで大地は球体であるという理解に到達していなかったという、およそ信じがたい事実を受け入れる気になれないのだ。おそらく、中国には、ひとりのアナクシマンドロスも生まれなかったのだろう。あるいは、仮に生まれていたとしても、皇帝が首を刎ねていたのだろう。〕
 
●フェニキア文字(p127)
 フェニキア文字とギリシア文字は、ともに30に満たない数のアルファベットで構成されている。
 フェニキア文字のアルファベットは、子音だけから構成されている。
 ギリシア文字のアルファベットには、母音もある。フェニキア文字がギリシア語に転用される際に、子音の少ないギリシア語で利用されずに残るアルファベットがあった。α、ε、ι、ο、ν、ωである。これらを母音にあてた。
 楔形文字やヒエログリフは、少数の表音文字と、何百もの表意文字から形成されていた。これらの文字を用いて文章を書いたり読んだりするには、実質上、すべての文字について知っている必要があった。長年の修練が必要だった。
 
●イオニア同盟(p139)
 アナクシマンドロスの時代、ミレトスは、ほかのギリシア都市とともに「イオニア同盟」を形成していた。
 同盟の目的は、ある都市の、ほかの都市に対する優越を示すことではない。共通の関心や、共通の関心に基づく決定について、代表者が討論を交わす場を提供することが、この同盟の存在理由だった。
 〔同盟の代表者が集った建物、イオニア同盟の「議会」はおそらく、世界史上もっとも古い議事堂のひとつである。ギリシア人が、神のごとき君主の宮殿の代わりに議会を設置し、みずからを取り巻く世界を見渡したまさしくそのとき、人びとは神話的、宗教的な思考の暗がりを脱し、自分たちの生きる世界がどのようにできているかを理解しはじめた。大地は巨大な平面ではない。それは、宙を浮遊する岩山である。〕
 神権政治からの解放。
 
●科学が存在する理由(p158)
〔 科学が存在する理由は、わたしたちがかぎりなく無知であり、抱えきれないほどの誤った先入観にとらわれているからである。「知らない」という現実、丘の向こうにはなにがあるのかという好奇心、知っていると思っていたことの問い直し……これが、科学の探究の源泉である。一方で、科学は明白な事実に抗ったり、論理的な批判の言説を拒んだりはしない。人はかつて、大地は平らであると信じ、自分たちは世界の中心にいると信じていた。バクテリアは無機質物質から自然に生まれてくるのだと信じていた。ニュートンの法則は正確無比だと信じていた。新たな知が獲得されるたび、世界は描き直され、わたしたちの目に映る世界の相貌は移ろっていった。昨日とは異なる、昨日よりも優れた仕方で、今日のわたしたちは世界を認識している。
 科学とは、より遠くを見つめることである。自分の家の小さな庭を出たばかりのときには、わたしたちの考えは往々にして偏っているものだと理解することである。科学とは、わたしたちの先入観を明るみに出すことである。世界をより的確に捉えるために、新しい概念的手段を構築し発展させることである。〕
 
●最良の解答(p173)
〔 つまり、「科学は発展途上だから信じられない」のではなく、「発展途上だからこそ、科学は信頼に値する」のである。科学が提供するのはかならずしも、決定的な解答ではない。むしろ、科学という営みの本質からして、それは「今日における最良の解答」と呼ぶべきである。〕
 
●冒険(p181)
〔 科学とは、世界について考えるための方法を探求し、わたしたちが大切にしているいかなる確かさをも転覆させて倦むことのない、どこまでも人間的な冒険である。人間がなしうるなかで、もっとも美しい冒険のひとつ、それこそが科学である。〕
 
●『神々の沈黙』(p221)
 ジュリアン・ジェインズ『神々の沈黙――意識の誕生と文明の興亡』。1970年代。
 神の観念が誕生したのは、およそ1万年前、新石器革命のころ。
 原始の社会においては、人間集団は血縁を軸にして構成され、支配者の地位にある男性が、グループの成員に直接に指示を下していた。
 新石器革命がおこり、農耕文化が普及して、人口が増加して定住化が進行するにつれ、集団の規模も増大した。支配者はグループの成員とじかに接することができなくなった。人間は、住人の全員が顔見知りではない規模の都市で生きるために、「文明」という技術を生み出した。
 集団の崩壊を避けるために、支配者の「声」が、当人が不在であっても臣民の耳に「聞こえる」ように、「人物像」を作った。君主の声はその死後も、生前と変わらずに聞かれ、崇められ続けた。なおも「語る」亡骸を、残された人びとは可能な限り長く保存しようと努め、それが神の像に発展し、古代のあらゆる都市の中心で崇拝の対象になった。
 君主の家、すなわち神像の家は、時の経過とともに神殿に発展し、地理的にも象徴的にも、古代都市の中心として機能するようになった。このシステムは数千年にわたって維持され、古代文明の社会的、心理的な構造を決定づけた。
 〔こうした文明において、神とは君主であり、その父であり、その祖先だった。神々とは、すでに没し、しかしなおも語っている君主たちの、いまだ生き生きとした記憶のことだった。〕
 このシステムは、BC1000年頃、政治的、社会的な激しい動乱が起こった時代に危機を迎えた。広範な地域に及ぶ大規模な移住現象、商業の発展、史上初めての他民族帝国の形成。神々の退場。
 神々の「声」は、ひと握りのピュティア(アポロンの神託を授けるデルポイの巫女)や、さらにのちにはマホメットやカトリックの聖人にしか聞こえなくなった。独り取り残された人間は、変革を蒙る世界での漂流を余儀なくされる。
 
●『世界の脱魔術化』(p224)
 マルセル・ゴーシェ『世界の脱魔術化』。
 神話-宗教的思想から、人間が徐々に離脱していく過程を描く。
 一神教は、宗教的な思想が発展を遂げた末に、多神教よりも「上位の」思想として生じたのではない。古代社会で宗教が一貫して担っていた、思想の組織化における中心的な役割が、ゆっくりと崩壊に向かう局面で生じた。
 最初期の帝国は、異なる民族を混ぜ合わせ、原始的な社会集団、みずからの地域神に自己を同一化している部族から権限を奪い取り、臣民から隔絶した巨大な中央権力という観念を作り出した。こうして、それまで土地ごとに存在していた神々や教団が、一個の神によって駆逐されていく。
 エジプトでは、第四王朝の時代から、太陽神ラーが主神として他を圧倒し始めた。メソポタミアでは、バビロニアに権力が集中するやいなや、同地の主神であるマルドゥクが、王国内の林立する数多くの神々を屈服させた。
 
●撤退の遊戯(p236)
 〔ほとんどの宗教は、「撤退の遊戯」とでも呼ぶべき振る舞いを共有している。つまり、それぞれが掲げる宗教的な真理が、どう見ても道理に合わないことが明るみ出るやいなや、その真理をより抽象的な言葉で表現しなおすのである。白いひげを生やした神は、いつの間にか顔のない神となり、やがて精神的な原理となり、ついには、それについてはなにも語ることのできない、「曰く言いがたいもの」となる。〕
 
●科学的思考(p244)
〔 最後に、アナクシマンドロスは科学史における、最初の概念上の革命を実現した。世界の見取り図は、はじめて根底から書き換えられた。世界の新たな見方のもとで、落下という現象の普遍性が問いに付された。空間に絶対的な「高低」は存在せず、大地は宙に浮かんでいる。それは、西洋の思想を何世紀にもわたって特徴づけるであろう世界像の発見であり、宇宙論の誕生であり、最初の偉大な科学革命だった。だが、それはなによりも、科学的な革命を成し遂げることは可能であるという発見だった。わたしたちが胸に抱いている世界像は、間違っていることもあれば、描き直されることもある。世界をよりよく理解するためには、そのことに気づかなければならない。
 わたしの考えでは、これこそが、科学の思想の中心に位置する性格である。ほかのなにより明白に思えるような事柄でさえ、間違っていることがある。科学的思考の実践とは、世界を概念化する新たな手法の絶え間ない探求である。現行の知に対する、敬意ある、それでいて徹底的な反抗の身振りから、新しい知識が生まれる。これは、目下形成されつつある世界文明に西洋がもたらした、もっとも豊かな遺産であり、もっとも優れた貢献である。〕
 
(2022/4/25)NM
 
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海獣学者、クジラを解剖する。 海の哺乳類の死体が教えてくれること
 [自然科学]

海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること~
 
田島木綿子/著
出版社名:山と溪谷社
出版年月:2021年8月
ISBNコード:978-4-635-06295-4
税込価格:1,870円
頁数・縦:335p・19cm
 
 海獣、主にクジラ類を専門とする、博物館勤務の研究者によるエッセー。自分の仕事や海獣類の生態を紹介しながら、クジラ愛を語る。
 クジラの解剖を行うときの壮絶な作業が印象的である。なぜ、女性がそんな3Kで重労働な作業をしなければならない職業に就くのか。女性は大きなものに憧れるので、クジラの専門家には女性が多いらしい、って。
 
【目次】
1章 海獣学者の汗まみれな毎日
2章 砂浜に打ち上がる無数のクジラたち
3章 ストランディングの謎を追う
4章 かつてイルカには手も足もあった
5章 アザラシの睾丸は体内にしまわれている
6章 ジュゴン、マナティは生粋のベジタリアン
7章 死体から聞こえるメッセージ
 
【著者】
田島 木綿子 (タジマ ユウコ)
 国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ研究主幹。筑波大学大学院生命環境科学研究科准教授。博士(獣医学)。1971年生まれ。日本獣医生命科学大学(旧日本獣医畜産大学)獣医学科卒業。学部時代にカナダのバンクーバーで出合った野生のオルカ(シャチ)に魅了され、海の哺乳類の研究者として生きていくと心に決める。東京大学大学院農学生命科学研究科にて博士号取得後、同研究科の特定研究員を経て、2005年からアメリカのMarine Mammal Commissionの招聘研究員としてテキサス大学医学部とThe Marine Mammal Centerに在籍。2006年に国立科学博物館動物研究部支援研究員を経て、現職に至る。
 
【抜書】
●ヒゲクジラの採餌方法(p90)
 (1)スキムフィーディング(漉き取り摂餌)……セミクジラ科。上顎にある無数のヒゲ板(クジラヒゲ。口腔内の粘膜がケラチン化したもの)でオキアミやプランクトンを濾し取り、口角から海水を排出させる。セミクジラのヒゲ板は、女性のコルセットや、バイオリンの弓、日本では釣り竿、扇子、櫛、からくり人形のゼンマイの材料として使われていた。
 (2)ボトムフィーディング(底質摂餌)……コククジラだけが行う摂餌方法。ベントス(底生生物)を食べるために、体の右側を下にしてわずかに開けた口の右側から海底の泥とともに餌を吸い込み、左側へ海水と泥を吐き出す。なぜか、右を下にする個体が多い。
 (3)エンガルフフィーディング(飲み込み採餌)……ナガスクジラ科。下顎と頭骨の関節が強靭な線維で繋がっており、顎を外して大きく開き大量の海水と餌を一気に取り込むことができる。おなか側のノドからヘソ近くまで、皮膚にアコーディオンのような折り目がついており(ウネと呼ばれる)、伸縮できるようになっている。ここに一旦餌と海水をため、閉じたあとに口から海水を排出し、餌を濾し取る。排水の際には仰向けとなり、重力を利用して吐き出す。
 さらにザトウクジラは、エンガルフフィーディングの進化した(?)バブルネットフィーディングによって採餌する。数頭で協力して泡の網を作り、海面近くに集めた魚を下から飲み込む。
 
●52ヘルツのクジラ(p112)
 1989年、米国ウッズホール海洋研究所の研究チームが発見。52ヘルツという特殊な周波数の声で鳴く、孤独なクジラ。
 音の特徴や音紋から、おそらくヒゲクジラ類。しかし、シロナガスクジラの鳴き声は10〜39ヘルツ、ナガスクジラは20ヘルツ前後。
 ハイブリッド種か、奇形である可能性もある。
 
●ポーポイジング(p186)
 porpoising。イルカ泳ぎ。
 海面から飛び上がっては潜るという動作を繰り返す泳ぎ方。息継ぎのための泳法で、餌を追い求めたり、外敵から逃げたりする緊急時に発動。
 この泳ぎで、イルカは時速50kmを出すこともできる。
 イルカ以外では、ペンギンもポーポイジングを行う。
 
●アフロテリア(p277)
 アフリカ大陸を起源とするアフリカ獣上目のこと。カイギュウ類はアフロテリアに分類される。
 ツチブタ、ハイラックス(イワダヌキ科の一種)、アフリカゾウなどが含まれる。
 新生代初期から中期(6500万年前〜2500万年前)、アフリカ大陸は他の大陸と繋がっていなかったので、収斂進化の結果、さまざまな形態を持つ種に分化した。また、アフリカ大陸が南アメリカ大陸から分断した1億5000万年前に他の系統と進化上分離したという説もある。
 
●カワゴンドウ(p324)
 主に東南アジアの河川や河口近くに棲息。
 ミャンマーのエーヤワディー川では、漁師とカワゴンドウが協力して魚を捕る。
 カワゴンドウが船の近くまで魚を追い込み、追い込みが終了すると尾びれを水面上で打ち振る。それを合図に、漁師が網を水面に広げ、魚を捕まえる。カワゴンドウはそのおこぼれをもらう。
 カワゴンドウの訓練には4〜5年かかる。
 
(2022/4/24)NM
 
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寝る脳は風邪をひかない
 [自然科学]

寝る脳は風邪をひかない (扶桑社BOOKS)
 
池谷裕二/著
出版社名:扶桑社
出版年月:2022年2月
ISBNコード:978-4-594-09064-7
税込価格:1,760円
頁数・縦:253p・19cm
 
 『週刊エコノミスト』(毎日新聞出版)に月1回連載された巻頭エッセーをテーマ別にまとめて再構成。
 毎月、よくこれだけのネタを集められたものだと感心する。論文などもこまめにチェックしている成果か。
 ただ、14年間に及ぶというが、そうであるならば、各記事に公開日(掲載号)を明示してもらいたかった。だいたい、いつ頃の情報なのか知りたい。長い期間のうちに古くなった情報もあるだろうから。各記事に付された参考文献、URLを見れば、ある程度は分かるようになっているのだが、記載のない記事もある。
 
【目次】
1章 脳は「慣れる」のが得意
2章 ヒトは「因果応報」を好む!?
3章 「村八分」を数学的に証明する
4章 「ヒト度」を高めてみませんか
5章 遺伝子(DNA)は、高密度の情報保管庫
6章 ヒトの脳と「人工知能(AI)」
7章 「環境に利する」という難題
8章 インターネットの功績と罪
9章 「病気」でなく「健康」の原理解明
10章 薬―よく効いて安全、であればよいか
 
【著者】
池谷 裕二 (イケガヤ ユウジ)
 1970年静岡県藤枝市生まれ。薬学博士。東京大学薬学部教授。2002~2005年にコロンビア大学(米ニューヨーク)に留学をはさみ、2014年より現職。専門分野は神経生理学で、脳の健康について探究している。また、2018年よりERATO脳AI融合プロジェクトの代表を務め、AIチップの脳移植によって新たな知能の開拓を目指している。文部科学大臣表彰若手科学者賞(2008年)、日本学術振興会賞(2013年)、日本学士院学術奨励賞(2013年)などを受賞。また、老若男女を問わず、これまで脳に関心のなかった一般の人に向けてわかりやすく解説し、脳の最先端の知見を社会に有意義に還元することにも尽力している。
 
【抜書】
●ツァイガルニク効果(p24)
 旧ソビエト連邦の心理学者ブルーマ・ツァイガルニク博士が発見した記憶の性質。
 完了していない課題は、完了した課題よりも2倍も思い出しやすい。
 ツァイガルニク博士の実験。パズルを解く、粘土細工で犬を作る、計算をする、厚紙で箱を作る、など、20種類の課題を1時間のあいだに次々と行ってもらった。このうち、無作為に選ばれた10種類の課題については最後までやり通してもらい、残りの10個は未完成のまま中断してもらった。どんな課題を行ったのかを、その後に思い出してもらった。
 途中で放置された課題は、放置されている最中にも無意識で脳が代理で作業してくれているため、再開した後の仕事の効率が高まる。
 
●ICD-11(p55)
 国際疾病分類(ICD)11版。32年ぶりに刷新され、2022年に第11版が公開された。病気や死因の判定基準や名称を統一するための指針。
 「ゲーム障害」が新たな診断カテゴリーとして収載された。ゲームに夢中になるあまり睡眠や食事などの日常の活動が疎かになる状態を、正式に病気と認定し、治療の対象とする。
 
●O型(p57)
 スウェーデンのカロリンスカ研究所が発表。
 O型の血液はマラリアに罹っても劇症化しにくい。感染時の脳血流の減少が、O型では少ない。
 ナイジェリアではO型が人口の多数を占める。マラリアによる淘汰の結果?
 
●ピーターの原理(p62)
 「会社の上層部は無能な人材で埋まる。」カナダの心理学者ローレンス・ピーターらが1969年に発表した説。
 各人の能力には限界がある。自由競争の世界では、才能が認められれば昇進できる。次々に昇進していき、その限界が顕になった時点で出世が止まる。結局、すべての社員は、自分の無能さが露呈する地位に滞留することになる。
 
●犬の嗅覚(p68)
 イヌの嗅覚の鋭さは、ヒトと同程度。2017年、ルッガー大学のマクガン博士の研究。
 犬の嗅覚は、ヒトの1億倍と言われて、感度が非常に高いとされてきたが、解剖学者ブローカが1879年に著した記述が無批判に伝承された都市伝説。イヌもヒトも、鼻の上皮細胞にある「嗅覚センサー」は同じタイプのもの。
 イヌが空港で違法ドラッグを嗅ぎ分けることができるのは、鼻を近づけるから。
 2021年、米国科学誌『サイエンス』で、「警察犬による捜索で冤罪が多発している」という事実が指摘された。
 
●コントラフリーローディング効果(p88)
 ネズミに、二つの餌を同時に与える。一つは皿に入った餌、もう一つはレバー押しで出る餌。得られる餌はどちらも同じ。
 ネズミは、レバー押しを選ぶ率が高い。「コントラフリーローディング効果」。苦労せずに得られる餌よりも、タスクを通じて得る餌のほうが価値が高い。
 イヌやサルはもちろん、鳥類や魚類に至るまで、動物界に普遍的に見られる現象。唯一の例外はネコ。
 
●小説(p104)
 心を読む能力(対人対応)を鍛えるには、小説を読むとよい。2013年10月、『サイエンス』に掲載された、ニュースクール大学のキッド博士らの研究。
 さまざまな状況に置かれた人を想像し、その時の感情を推測するテストにおいて、直前に短編小説を読んでもらうとテストの点数が5〜10%上昇した。
 しかし、平易な文章で綴られた探偵小説や恋愛物語ではだめで、文学賞を取るような格調高い文学作品でないと効果がない。隠喩や多義的表現など、「芸術的」なスタイルが多く、読者に場面をイメージしながら読むことを強いるため。
 
●DNA記憶媒体(p134)
 ヒトの染色体には30億対の塩基対がある。コンパクトディスクを満杯にする情報量。染色体は三次元に折りたたむことができるため、100分の1ミリメートル以下に格納できる。
 DNAは物理的に安定しており、二重螺旋によるエラーのダブルチェックも備える。
 2012年9月の『サイエンス』に、ジョン・ホプキンス大学のコスリ博士らの論文が掲載された。5万3,426の単語と11の図からなる分厚い本1冊まるごとをデジタル変換し、この情報を元に次世代DNA合成装置を用いて、高速DNA合成を行った。500万塩基を超える大規模な合成。
 このDNAを、次世代DNAシークエンサーを用いて解読し、全情報を復元することにも成功。ただし、合成と解読のプロセスで全10箇所のエラーが生じた。
 
●90%の空白(p148)
 東京のラッシュ時間帯の道路を上空から眺めると、表面積の90%以上に車が存在しない。道路は効率的に活用されていない。
 理由は、信号機や白線。ヒトの脳には必要だが、AIには無用の長物。すべての車が完全自動運転になれば、都心の交通網は現在の数倍の交通量にも耐えられるようになる。
 大手メーカーの自動運転技術者によると、現時点でほぼ事故が生じないレベルに開発が進んでいる。「ただし人間がいなければ」という条件付き。人が運転する車や歩行者は、AIの効率を下げる邪魔な存在。
 
●ナノプラスティック(p177)
 直径1ミクロン以下のプラスティック粒子。ヒトの体内にも吸収され、細胞への傷害も生じる。
 マイクロプラスティックは5ミリ以下。世界中の地表には数十兆個のマイクロプラスティック粒子が浮遊している。一人当たり毎日数万個を摂取している可能性があり、週間量ではクレジットカード1枚分に相当する。
 
●フェルフルスト=パール方程式(p180)
 生物の個体数は、環境に対して多すぎれば減少し、少なすぎれば増加する。
 
●コロナウィルスOC43(p222)
 19世紀後半に世界的に流行したコロナウィルス。人類が初めて経験したコロナウィルスによるパンデミック。
 当時の記録によれば、全世界で100万人が死亡。重症患者は高齢者に多かった。
 OC43は、何度も感染の拡大と縮小を繰り返した。しかし、当初4%ほどあった死亡率は年々低下し、現在では毎年冬に流行する「ただの風邪」となった。成人の90%以上が抗体を持っている。
 
(2022/4/23)NM
 
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JK、インドで常識ぶっ壊される
 [歴史・地理・民俗]

JK、インドで常識ぶっ壊される
 
熊谷はるか/著
出版社名:河出書房新社
出版年月:2021年12月
ISBNコード:978-4-309-03016-6
税込価格:1,540円
頁数・縦:221p・19cm
 
 女子高生にしてインドで暮らすことになった「JK」による、インドで受けた衝撃を綴ったエッセー。
 ちなみに、著者紹介に出版甲子園「大会史上初となる高校生でのグランプリ受賞」とある。「出版甲子園」と銘打ちながら、対象は「学生」と謳っており、「学生による、学生のための出版コンペティション」というものらしい( http://spk.picaso.jp/ )。大学生でも大学院生でもいいのだろうか? 中学生も応募資格あり?? 「甲子園」といえば高校生なのは、野球だけなのか。
 それから、女子高生本人が自らを「JK」としてブランド化して捉えていることにびっくり。それくらいの年齢になると自己を客観化できるからなのか、敏感に世相を感じ取っているというのか、自意識過剰というかしたたかなんだろうな、きっと。
 
【目次】
第1章 JK、インドへ行く
第2章 JK、インドライフにビビり散らかす
第3章 JK、インドグルメの沼に落ちる
第4章 JK、カオスを泳ぐ
第5章 JK、スラムに行く
終章 JK、インドを去る
 
【著者】
熊谷 はるか (クマガイ ハルカ)
 2003年生まれ。高校入学を目前に控えた中学3年生で、父親の転勤によりインドに引っ越す。インドで暮らした日々を書籍化すべく「第16回出版甲子園」に応募、大会史上初となる高校生でのグランプリ受賞。2021年6月、高校3年生で帰国。『JK、インドで常識ぶっ壊される』でデビュー。
  
(2022/4/21)NM
 
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テルマエと浮世風呂 古代ローマと大江戸日本の比較史
 [歴史・地理・民俗]

テルマエと浮世風呂: 古代ローマと大江戸日本の比較史 (NHK出版新書 671)  
本村凌二/著
出版社名NHK出版(NHK出版新書 671)
出版年月:2022年2月
ISBNコード:978-4-14-088671-7
税込価格:913円
頁数・縦:216p・18cm
 
 お互い100万都市であり、1600年を隔てた古代ローマ(のパクス・ロマーナ時代)と江戸時代を比較し、似ている点を中心に論じる。ローマが身近に感じられる1冊である。
 
【目次】
1 大都市の見世物―コロッセオと千本桜
2 水の享楽―テルマエと浮世風呂
3 諧謔精神の爛熟―諷刺詩と川柳・狂歌
4 読み書きの愉しみ―図書館と貸本屋
5 平和が生んだ美酒―ワインと日本酒
6 美徳と武勇の教訓―「父祖の威風」と武士道
7 泰平の夜遊び―娼婦と遊女
8 権威に通じる道―アッピア街道と東海道五十三次
9 耐えられる腐臭―下水道と肥溜め
10 粋な生き様―哲人と俳人
 
【著者】
本村 凌二 (モトムラ リョウジ)
 1947年、熊本県生まれ。東京大学名誉教授。専門は古代ローマ史。一橋大学社会学部卒業後、東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。博士(文学)。東京大学教養学部教授、同大学院総合文化研究科教授、早稲田大学国際教養学部特任教授などを歴任。著書に『薄闇のローマ世界』(サントリー学芸賞、東京大学出版会)など。
 
【抜書】
●パクス・ローマーナ(p6)
 パクス・ロマーナ。アウグストゥスが皇帝に即位したBC1世紀後半から2世紀末まで。約250年。
 当時のローマの人口はだいたい100万人。
 古代ローマと江戸日本は、前近代社会にあって極めて例外的に「庶民文化」が大きく興隆した都市。
 
●剣闘士(p20)
 剣闘士興行が始まったのはBC2世紀ころ。死者を弔う葬送の際に行われる儀式の一種だった。死者の魂は、人間が流す血を吸って天に還ると考えられていた。
 この宗教儀式を「見世物」として興行したのは、富裕な貴族たちであった。自らの富を顕示するため、自前の奴隷を見世物として闘わせた。金持ちが競うように催行すると、やがて専用の競技場が造られ、庶民の娯楽として定着していった。
 文字通り「真剣」勝負だったが、毎回どちらかが死ぬまで闘わせていたわけではない。平和な時代には1日5組の試合を行って、命を落とすのは一人くらいだった。
 当時の剣闘士はそれぞれが組合に属していた。親方にしてみれば、剣闘士は大事な資産。できれば殺したくない。
 
●寄席(p27)
 ローマの朗読会に相当する娯楽として、江戸には「噺」を楽しむ文化があった。
 当初は路上ライブ形式だったが、やがて専門の小屋が設けられ、幕末には落語の寄席が170軒以上、講談の寄席が200軒以上あった。
 寄席は歌舞伎よりも木戸銭が安く、庶民には最も手軽な娯楽の一つだった。
 
●パンとサーカス(p28)
 「パンとサーカス」を与えられることに慣れ切ったローマ市民は、やがて仕事などそっちのけで享楽に耽溺するようになった。
 市民に迎合するかたちで為政者(皇帝)はどんどん休日を増やしていき、「パクス・ローマーナ」時代の末期には、1年の半分以上が何かしらの祝日だった。
 
●銭湯(p34)
 火事を防ぐため、江戸では内湯を設けることが厳しく制限された。
 湯屋(銭湯)の営業は朝の8時から夜の8時まで。風の強い日は失火の恐れがあるので休業。料金は大人6文(現在の価値で100〜200円)、子ども4文。17世紀前半の寛永期から幕末までの150年間、料金は基本的に据え置かれた。
 銭湯を創始したのは伊勢与市と言われている。徳川家康の江戸入府に際し、江戸城や城下町を整備する大工事がスタート、全国から人足が集まってきた。彼らを相手に、伊勢与市が始めた商売が「銭湯」。
 当時の風呂は「空風呂(からぶろ)」とも呼ばれ、いわゆる蒸し風呂だった。少量の湯から発散させた湯気で垢を落とすスタイルが江戸初期の主流。
 17世紀なかばに「湯屋」と呼ばれる銭湯が登場。湯船に張られた湯は膝の高さくらいで、湯気が立ち込める薄暗い湯船に腰まで浸かる、いわば半身浴。大流行し、当時の江戸市中に200軒、江戸時代後期には600軒。
 時代が下ると、湯船にはたっぷりと湯が張られるようになった。湯気が逃げないよう、湯船は戸板で囲われ、人びとは石榴口(ざくろぐち)と呼ばれる小さな出入り口から入った。暗いし湯気で中が見えないので、「冷えものでござい」と声をかけて入り、中にいる人は咳払いで存在を知らせた。式亭馬琴『浮世風呂』(19世紀初頭)。
 現在のスタイルが生まれたのは明治10年代。
 
●手習い所(p90)
 江戸の人口100万人のうち、半数が町人。7〜8歳頃から寺子屋に通っていた。江戸時代後期になると、裏長屋でも寺子屋に通わない子はいないと言われるほど、就学率が高かった。
 寺子屋という名称は、江戸時代以前に寺で教育が行われていた名残。上方発祥の呼び名。江戸では「手習い所」と呼び習わされた。
 
●貸本屋(p94)
 江戸時代、紙は貴重だったので、本は高かった。
 そのため大繁盛したのが「貸本屋」。本を背負って得意先を回っていた。江戸時代後期には、市中に656人もの貸本屋がいたとされ、各々100〜200近い顧客がいた。
 貸本料金は、新刊で1巻24文(500円弱)、古本だと16文くらい。
 
●図書室(p96)
 ローマ時代の書物は羊皮紙に書かれていた。巻物。
 トラヤヌス浴場やカラカラ浴場など、都市にある巨大テルマエは、もれなく図書館や図書室を併設していた。ポンペイに残るいくつかの公衆浴場も、その一角が図書室になっている。
 『博物誌』(全37巻)の著者プリニウスは、自分の家に図書室を持っていた。非常に例外的なケース。プリニウスは大変な勉強家で、入浴中にも奴隷に朗読させて「耳」で本を読んでいた。
 
●アクタ・ディウルナ(p97)
 古代ローマには、世界最古の新聞と言われる「アクタ・ディウルナ」があった。「日々の議事録」の意味。いわば官製の掲示板。元老院での議事を始め、裁判結果や市民の出生・死亡ニュースまで、多岐にわたる内容。
 遠征中のカエサルが、自身の功績をローマに知らせるために公示したことが始まり。
 「ディウルナ」は、のちの「ジャーナル」(定期刊行物)や「ジャーナリズム」の語源。
 
●花魁(p151)
 吉原では、大衆化と倹約の流れに押され、江戸時代初期とは趣が異なり、18世紀半ばには最高位の遊女である太夫(たゆう)は絶滅し、次いで位の高かった「格子」もいなくなった。
 以後、相対的に上位の遊女を「花魁」と呼ぶようになった。
 
●石畳(p162)
 アッピア街道は、ローマから南東に向かい、イタリア半島の踵にあたるブルンディシウムまでほぼまっすぐに伸びている。BC312年、軍人アッピウス・クラウディウスが、元老院貴族の反対を押し切って、約200kmの街道敷設に着手。最終的に、全長560㎞。
 深い路床を掘って造った堅固な基礎の上に、整然と敷石を並べて舗装している。水はけをよくするため、センターライン部分が少し高くなっている。
 アッピア街道は、現存部分の多くが今なお使用されている。見事な石畳は、百年に一度の補修で十分だったという。
 〔敷設から四百年後のローマで活躍した博物学者のプリニウスも、「この土木工事は奇跡だ」と感嘆している。〕
 
●江戸の下水(p186)
 江戸では、上水道に続き、生活廃水を流す下水道も早い時期に整備した。糞尿は、下肥として売買されたので、下水に流すことはご法度。野菜くずのようなゴミを下水道に捨てるのもご法度。混入したゴミが河川に流れ込まないよう、排水溝には杭を打ち、溜まったゴミを定期的にさらうメンテナンスも行われていた。
 〔当時、江戸は世界随一の上水システムを誇っていたが、下水インフラとゴミ処理に関しても、、世界のトップクラスに位置していたと言っていい。ちなみに、江戸のゴミ処理はどうなっていたかというと、市中のゴミ溜め場に集め、隅田川河口の永代島に運んで、島の周辺をゴミでどんどん埋め立てていたようだ。江戸版の「夢の島」というわけだ。〕
 
●ウェスパシアヌス(p190)
 ウェスパシアヌスは、〔初代皇帝アウグストゥスからネロまで、五代百年にわたって世襲されたユリウス・クラウディウス朝に終止符を打ち、自らの血統でフラウィウス朝を立ち上げた人物である。〕
 在位10年の間に緊縮財政で国の立て直しを図り、ネロの治世下で乱れた風紀の引き締めにも功績を残した。
 施策の中で最も有名なのは、トイレ政策。公衆トイレをローマ市中のあちこちに設置した。衛生上の施策というより、財源づくりの一環。公衆トイレに溜まった尿を集めに来る人に税金をかけた。尿は、羊毛の脂分を洗い流すために用いられ、毛織物業者にとって不可欠なものだった。
 
(2022/4/21)NM
 
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酔人・田辺茂一伝
 [文芸]

酔人・田辺茂一伝 (中公文庫 た 56-3)
 
立川談志/著
出版社名:中央公論新社(中公文庫 た56-3)
出版年月 2021年10月
ISBNコード:978-4-12-207127-8
税込価格:968円
頁数・縦:295p・16㎝
 
 立川談志による、夜の田辺茂一伝。紀伊國屋書店創業者である。
 究極の言文一致体か、どうも読みづらい文章である。キャラが立ちすぎて、あんまり面白くない、いや、つまんない。
 
【目次】
短いプロローグ 現代、何故田辺茂一か
第1章 人生の師
第2章 芸人好き
第3章 文人づき合い
第4章 御大の艶話
長めのエピローグ 最期の捨て台詞
 
【著者】
立川 談志 (タテカワ ダンシ)
 1936年東京生まれ。52年、高校を中退して五代目柳家小さんに入門。芸名小よし、小ゑんを経て、63年に真打昇進、七代目立川談志を襲名。71年、参議院議員に当選、沖縄開発庁政務次官等を務める。83年、落語協会を脱退し、落語立川流を創設、家元となる。2011年没。
 
【抜書】
●ナゾかけ(p80)
〔 ちなみにいうと、このナゾかけ、私がクラブ、キャバレーの余興の仕事に使ったのが始まりで、正しくいうとリバイバル。昭和三十年頃の出来事であります。〕
〔 長々と書いたが、クラブやキャバレーでまともに喋ったって受けるものか。まして落語など演るもんじゃあない。ではどうする、どうする、どうしよう。始めたのが、このナゾかけと。長いなあ。〕(p87)
 ナゾかけを始めたのは、立川談志が最初らしい。
 
(2022/4/11)NM
 
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税金の世界史
 [歴史・地理・民俗]

税金の世界史  
ドミニク・フリスビー/著 中島由華/訳
出版社名:河出書房新社
出版年月:2021年9月
ISBNコード:978-4-309-22830-3
税込価格:2,585円
頁数・縦:318p・20cm
 
 税金というフィルターを通して見た、新釈世界史。後半部では、著者が理想とする世界で徴収される税について語る。
 
【目次】
日光の泥棒
とんでもない状況からとんでもない解決策
税金を取るわけ
税金の始まりの時代
税金とユダヤ教、キリスト教、イスラム教
史上もっとも偉大な憲法
黒死病がヨーロッパの租税を変えた
国民国家は税によって誕生した
戦争、借金、インフレ、飢饉―そして所得税
アメリカ南北戦争の本当の理由
大きな政府の誕生
第二次世界大戦、アメリカとナチス
社会民主主義の発展
非公式の税負担――債務とインフレ
労働の未来
暗号通貨――税務署職員の悪夢
デジタルは自由を得る
データ――税務当局の新たな味方
税制の不備
ユートピアの設計
 
【著者】
フリスビー,ドミニク (Frisbby, Dominic)
 イギリス人の金融ライターであると同時にコメディアンでもある。イギリスの経済誌『マネーウィーク』に金および金融に関するコラムを連載中であるほか、『ガーディアン』紙や『インディペンデント』紙などにも寄稿する。また、さまざまな国で開催される国際カンファレンスで金融の未来をテーマに講演を行なっている。ポッドキャストの番組の司会者、スタンドアップコメディアン、声優としても活躍中である。
 
【抜書】
●窓税(p7)
 1066年のノルマン・コンクエスト以前より、イングランドの民は教会に対してなんらかの炉税(煙税、煙突税)を支払っていた。
 1662年、炉税が法令で定められた。
 君主になって間もないウィリアムとメアリーは、炉税を廃止した。
 1696年、新たに窓税(家屋、明かり取りおよび窓税)が考案され、導入された。
 
●権力(p27)
〔 税は権力である。国王でも、皇帝でも、政府でも、税収を失えば権力を失う。この法則は、古代のシュメール王国の初代国王から現代の社会民主主義国の政府まで、すべての時代に当てはまる。税は国家を動かす燃料である。税を制限すれば、統治力を制限することになる。〕
 
●政府(p32)
 21世紀の先進国においては、国民の生涯で最も高価な買い物は「政府」。
 イギリスでは、中流階級一人が生涯に総額360万ポンド(500万ドル)の税金を収める。国家に対する義務のため、人生のうちの20年かそれ以上の年月を費やすことになる。
 
●税制〔p33)
〔 今日のわれわれが直面している数々の問題、とりわけ富者と貧者のあいだ、各世代のあいだにある経済格差の問題の原因を探れば、税制に行きつくことが多い。税制改革は、政治家の持つ、世界を大きく変えるための数少ない手段の一つである。われわれは、未来について考え、子供や孫の暮らす未来の世界に思いを馳せるならば、まず税制について考えなければならない。〕
 
●ロゼッタ・ストーン(p41)
 プトレマイオス5世は、ロゼッタ・ストーンに次のような勅令を刻んでいた。
 「その歳入から金銭および穀物を神殿に献じ、多額の資金を投じてエジプトの繁栄に努める」。「エジプトで徴収される税のうち、一部を免除し、一部を軽減し、その治世においてエジプトおよびその他の地域のすべての人びとが富み栄えるようはからう」。「エジプトおよびその他の地域のすべての人びとを」債務から解放する。「神はこれからも神殿への寄進をお受け取りになる」。「聖職につくとき納める税は」前王の治世と同じものとする。
〔 要するに、幼王はリフレ政策を大まかに伝えていた。ロゼッタ・ストーンに記されていたのは税制改革案だった。〕
 
●税は歴史的資料(p41)
〔 歴史学者がある時代について調べたいとき、税関連の文書はしばしば有益な資料になる。こういう文書はたいてい保存状態がいいーー支配者にとっての税収の重要性を考えれば当然だろう。そして、税はその社会に関するさまざまな情報を伝えてくれる。〕
 
●イエス誕生(p48)
 イエスがベツレヘムで生まれたのは、マリアとヨセフが納税のためにそこに出かけたから。
 ルカによる福音書。「そのころ、皇帝アウグストゥスが勅令を発し、すべての人から税を取り立てなければならないので、それぞれ自分の町に帰って税を収めるようにと命じた。ヨセフもガリラヤの町ナザレを出て、ダビデの家系の町ベツレヘムに帰り……妻にめとるはずのマリアとともに納税を済ませた。このときマリアは身ごもっていた」。
 
●ルイ14世(p94)
 ルイ14世の統治は72年に及んだ。この王位期間は、ヨーロッパ諸国の君主として史上最長。
 1915年、臨終の際に王位継承者である曽孫にこう伝えた。「私と同じ轍を踏んではならない。私はしばしば軽率に戦争を行ない、虚栄心からそれを長引かせた。私のまねをしてはならない。平和をこころがけなさい。臣下の負担を軽くしてやることに専念しなさい。」
 
●ナポレオン(p101)
 徴税請負人の問題に対処するため、ナポレオンは、徴税を専門にする政府機関を設け、職員を固定給で働かせた。
 各省の支出は、収支をきちんと合わせるため、厳しい監視のもとに置かれた。政府は通貨切り上げを決して行わなかった。新たな借金は回避され、公債は償還された。
 フランス政府は、70年ぶりに収支を合わせることができた。国民の税負担は軽くなり、公平になり、効率的になった。
 しかし、ナポレオンは、征服地においては、まず略奪し、のちに課税した。特に北イタリアでは、多くの富が蓄えられているはずだという考えのもと、税負担を重くし、新税を設け、フランスで採用している効率のいい徴税方法を取り入れた。
 
●お告げの祝日(p103)
 イギリスの会計年度は4月6日に始まり、翌年の4月5日におわる。
 1752年まで、イングランドはユリウス暦を採用しており、新年は、春分の日に近い3月25日(お告げの祝日)に始まった。
 お告げの祝日……洗礼者ヨハネの祝日(6月24日)、大天使ミカエルの祝日(9月29日)、クリスマスとともに、四季支払日のひとつ。四季支払日は家賃が支払われ、つけが支払われ、使用人が雇われ、学校の新学期が始まる日。
 1751年、グレゴリオ暦に変更、3月から12月までとなった。しかし、11日の暦のズレがあったので、1952年9月2日(水)の翌日を9月14日(木)にすることになった。
 それでも、税金などの支払日は3月25日のままだった。徴税人は全額の支払いを求めたが、人びとは失った11日間の埋め合わせを求めた。
 結局、会計年度を11日ずらして4月6日とした。今日でも、税制年度は4月6日に始まる。
 
●穀物法(p115)
 1840年代、アイルランドは、ジャガイモの葉枯病の蔓延のために大凶作に見舞われた。
 米国には、すぐに輸出できる安価な穀物が倉庫に余っていたが、高iい関税のせいで思うように輸入できなかった。
 100万人が餓死し、100万人が飢餓から逃れるために米国に移住した。これまでの歴代大統領のうち、20人がアイルランド系であると公言している。
 
●協同組合(p137〕
 19世紀にイギリス各地の共同体で生まれた有志組織。
 組合員は年間所得から僅かな金額を会費として拠出。そのかわり、組合員とその家族は、必要に応じて年金、福祉、医療保険などのサービスを提供してもらえた。
 
●ウィーラー(p143)
 ウェイン・B・ウィーラー。オハイオ州の弁護士。米国の禁酒法の成立に貢献。
 農場経営者の家庭に生まれたウィーラーは、少年の頃、酔った作男にピッチフォークで脚を突かれたことがあった。この事件でアルコールを毛嫌いするようになり、反アルコール運動に人生を捧げた。
 1893年、学生だった頃、酒場反対連盟(ASL)に加盟。この団体を米国史上屈指の圧力団体に成長させることになる。
 
●アンキャップ(p209)
 無政府資本主義者(anarcho-capitalist)。
 
●ケルトの虎(p224)
 アイルランドのこと。経済成長ぶりを示す言葉。
 1990年代、アイルランドは法人税率を引き下げ、EU進出を求める多国籍企業を呼び込む。英語を話す、高学歴の労働力を有するアイルランドは、海外直接投資にもってこいの国となる。
 アップル、グーグル、ヒューレット・パッカード、IBM、フェイスブック、リンクトイン、ファイザー、グラクソ・スミスクラインなどが、ヨーロッパの拠点としてアイルランドを選んでいる。
 しかし、EUが同国の法人税率に難色を示し、2017年、アマゾンとグーグルに滞納税を請求。米国も減税対策を進めている。アイルランドに海外企業を惹きつける魅力は薄れつつある。
 
●コネクト(p235)
 英国歳入関税庁(HMRC)の所有するコンピュータ・プログラム。英国図書館に収蔵されているすべてのデータより多くの情報を蓄積している。
 大半の納税者の詳細な実情を把握しており、必要であればさらに多くのデータを取得できる。
 アマゾン、アップル、エアビーアンドビー、ペイパルのようなプラットフォーム企業に、販売主や広告主の氏名や住所などのデータを強制的に開示させることもできる。
 税務当局は、国民の納めるべき税額をしっかりと予測できる。
 
●社会不安(p249)
〔 税制は人びとを平等に扱わない。不利になる人もいれば、得をする人もいる。だからこそ、資産の保有に目を向けるようになった経済国は数多い。われわれの税と通貨の制度は、実は不平等を引き起こしている。
 この先、いま、ますます権利を奪われている中流階級と労働者階級が、ますます偏向を募らせている税負担を、文句もいわずに引き受けつづけるとは思えない。このままでは、社会不安、政治不安がいっそう大きくなると考えられる。〕
 
●国民国家(p257)
〔 おそらく、国民国家モデルの存続が脅かされはじめたのは、一九九〇年代半ばから末にかけてのことだ。このころ、無形資産への投資が有形資産へのそれを上回るようになった。ずっと昔から、経済は形のあるモノ――自動車から牛、穀物、金まで――の生産と消費を中心にしていた。今日、もっとも貴重な資産といえば、形のない、手で触れられないもの――ソフトウェア会社、ブランド、知的財産、オペレーティングシステム、独自のサプライチェーンなどである。通貨自体、もはや有形ではなくなっている。無形物を中心に築かれた企業は、成長がより速い。システム――たとえば、グーグルの検索エンジンなど――がうまく機能するならば、それは「物理的」企業が提供するどんな商品よりも迅速に利益を増加させる。アプリは、一度アップロードしてしまえば数百万人にダウンロードされうる。この急成長の可能性は投資を呼びこみ、その速度がいっそう増すことになる。〕
 
●ピグー税(p263)
 20世紀初頭、イギリスの経済学者のアーサー・C・ピグーが考案した税。
 ネガティブな結果をもたらした結果に対する課税。自然環境の汚染や、公的医療の増大を招く(とりわけタバコに関わる)産業、あるいは活動。 
 著者の考えるユートピアでは、ビグ―税収は、罰金と同じく、その活動によって害される領域での公共事業に直接投じられる。タバコ税は公的医療サービスに、という具合。
 
●立地使用税(LUT)(p264)
 著者が、ユートピアに必要と考える新たな税制度。
 所有する土地の立地に基づく税。
 アイディアのもとになったのは、17世紀の重農主義の思想。富には二つの種類がある。人間が作り出したものと、母なる自然から与えられたもの。
 人間が作った富は、作った本人に帰するべき。しかし、土地は、自然環境から生じたもの。自然が作った富はみんなで分かち合うべき。「未改良」時の価値の一部は、税として徴収し、みんなの利益となるように使う。
 啓蒙思想家トマス・ペイン、1797年。「人間は大地をつくったわけではない」「個人財産といえるのは勤労によって増大させた価値のみであって、大地そのものではない……。土地所有者は共同体に対して所有地の地代を支払う義務を追う」。
 
(2022/4/10)NM
 
〈この本の詳細〉

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ゾウが教えてくれたこと ゾウオロジーのすすめ
 [自然科学]

ゾウが教えてくれたこと: ゾウオロジーのすすめ (DOJIN選書)
 
入江尚子/著
出版社名:化学同人(DOJIN選書 92)
出版年月:2021年12月
ISBNコード:978-4-7598-1690-7
税込価格:1,650円
頁数・縦:185p・19cm
 
 ゾウに愛情を注ぐゾウ学者が、ゾウの魅力を存分に語る。
 
【目次】
第1章 ゾウという不思議な動物
 進化の過程―大きな体と長い鼻を獲得するまで
 完成“ゾウ”の体
  ほか
第2章 愛情いっぱい!ゾウの一生
 家族の絆
 家族を超えた仲間との絆
第3章 カエサルも認めたゾウの知能
 陸上最大の脳
 数を認知する
第4章 ゾウの特殊能力
 予知能力とテレパシー!?
 ゾウは芸術家!?
第5章 ゾウと暮らす
 ゾウと狩猟民族
 ゾウと信仰
  ほか
 
【著者】
入江 尚子 (イリエ ナオコ)
 大阪府生まれ。幼いころより動物に囲まれて暮らす。2001年、東京大学に進学し、動物行動学を学ぶ。2010年、アジアゾウの足し算能力の研究で、同大学博士号(学術)取得。現在、駒澤大学および立教大学兼任講師。
 
【抜書】
●ハイラックス(p16)
 長鼻目と最も近縁とされる現生哺乳類は、海牛目(マナティ、ジュゴン)とハラックス目(ケープハイラックスなど)。
 ハイラックスの門歯は、長く伸びて先が尖っている。ゾウの牙とそっくり。
 
●脳(p86)
 ゾウの脳は側頭葉が肥大化している。おもに記憶や聴覚を司る部位。さらに、海馬が肥大化している。
 哺乳類の多くは、生まれた時点で脳が成熟しきっていて、成獣の脳と重量がさほど変わらない。
 ヒトは、生まれた時点の脳の重量が成人の25%程度。
 チンパンジーは50%程度。
 ゾウは33%程度。
 
●2004年の津波(p127)
 2004年、インド洋で大津波が発生。
 津波が到達する30分前に、海岸にいた観光客を相手にツアーの仕事をするゾウたちが興奮し、高台へ走っていった。そのため、象の背に乗っていた人たちは難を逃れることができた。
 ゾウたちは、津波の発する不穏な低周波音を聞き、その音から逃れたと考えられる。
 ゾウの耳は10ヘルツ以下の低周波音にも反応すると言われている。ヒトは20ヘルツ以上。
 
●バカ・ピグミー(p156)
 バカ・ピグミー族は、ゾウを狩猟対象としている。
 ゾウ狩りは、認められた男性のみが有する特権。どのようなゾウを狩ったかという記録は、その男性にとって一生涯の誇りとなる特別なもの。
 狩ったゾウの肉はすべて村のみんなに分け与えられ、狩った本人は口にしないのが掟。1頭のゾウは村人の胃袋を2週間にわたって満たしてくれる。
 本人には、勲章としてゾウの尻尾が与えられる。自分が狩ったゾウの尻尾を生涯大切に保管。〔男性はそれを見せながら、その尻尾の持ち主との死闘を語り継ぐのだそうです。ただ妻は、その大切なトロフィーを庭を掃くときに箒としてこっそり使ってしまうこともあるのだとか……。男性と女性の間に価値観の相違があるのはどの国でも、同じようですね。〕
 バカ・ピグミー研究者の林耕次の調査による。
 
●ミャンマー(p162)
 ミャンマーでは、ゾウとヒトとの関係が最も対等で尊重しあっている?
 林業では、古くからゾウが欠かせない存在。ヒトが切り倒した丸太をゾウが運ぶ。
 倒された木はゾウが鼻で持ち上げ、前足で蹴り飛ばし、川へと運ぶ。丸太は川に流され、一箇所に流れ着く。乾季になって川が干上がると、川は一時的に道路になり、トラックが行き来して丸太を運び出す。
 ゾウの一日は、ゾウ使いに呼ばれて始まる。森の中で夜を過ごしたゾウたちは、自分の担当であるゾウ使いに名前を呼ばれ、集まる。ゾウ使いたちは、ときには4時間もかけて、広い森から相棒のゾウを探し出す。
 ゾウとゾウ使いとの関係は、ゾウが子供の頃から始まり、一生涯続く。若いゾウ使いは5歳程度のゾウと訓練を始める。最初は背中に乗り、様々な号令を教える。この時から毎朝ゾウの体を洗い、優しく愛情を伝えてゾウの信頼を得る。
 そうして絆を深め、ゾウが15歳程度になって力がついてくると林業の仕事が与えられる。
 ゾウが50歳を過ぎ、体力に衰えが見られると林業の仕事から引退。ゾウ使いも60歳を過ぎて定年を迎える年齢。その後もゾウ使いは自分のゾウの面倒を見続け、ゾウが一生を終えるのを見届ける。〔林業でゾウを使役しているというよりは、相棒としていっしょに働いているという表現のほうが適切でしょう。〕
 
(2022/4/10)NM
 
〈この本の詳細〉

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