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幕末社会
 [歴史・地理・民俗]

幕末社会 (岩波新書)
 
須田努/著
出版社名:岩波書店(岩波新書 新赤版 1909)
出版年月:2022年1月
ISBNコード:978-4-00-431909-2
税込価格:1,034円
頁数・縦:265p・18cm
 
 尊皇攘夷、公武合体で大いに揺れた幕末における、関東・東北を中心にした在地社会の様子を描く。
 
【目次】
序章 武威と仁政という政治理念
 江戸時代 社会の枠組み
 百姓一揆という社会文化
 既得権益の時代
第1章 天保期の社会 揺らぐ仁政
 「内憂外患」の自覚
 在地社会の動揺
 無宿・博徒の世界
 百姓一揆の変質 崩壊する作法
 奇妙な三方領知替え反対一揆
第2章 弘化から安政期の社会 失墜する武威
 ペリー来航と政局の展開
 国体・尊王攘夷論の形成と広がり
 開国を受けとめた社会
 地震とコレラに直面した人びと
 「強か者」の登場
第3章 万延から文久期の社会 尊王攘夷運動の全盛
 在地社会に広がる尊王攘夷運動
 出遅れる長州藩、動く薩摩藩
 欧米列強との戦争と在地社会
 地域指導者の転回
第4章 元治から慶応期の社会 内戦と分断の時代
 長州藩の復活から幕府滅亡
 天狗党の乱と在地社会
 北関東で連続する世直し騒動
 戦場となった北関東
 東北戦争と在地社会の動向
 
【著者】
須田 努 (スダ ツトム)
 1959年、群馬県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。現在‐明治大学情報コミュニケーション学部教授。専攻‐日本近世・近代史(民衆史・社会文化史)。
 
【抜書】
●村田清風(p16)
 天保2年(1831年)、経済格差の拡大と、藩専売制への不満を背景に、防長大一揆が勃発。
 天保8年、飢饉を原因として領内各地で一揆が発生。
 天保11年(1840年)〜弘化元年(1844年)、村田清風が長州藩の藩政改革を主導。
 藩権威高揚、財政立て直し、農業・商業政策、文化宗教統制、兵制改革、などに及ぶ。
 
●関東取締出役(p21)
 文化2年(1805年)、関東取締出役(かんとうとりしまりしゅつやく)設置。勘定奉行直属。定員は8名、「八州廻り」と呼称された。二人一組となり、関東地域(水戸藩領と川越藩領を除く)を幕領・私領の区別なく廻村し、百姓教諭・風俗統制を行い、無宿や博徒を取り締まった。個別支配領域を越えて行使できる強大な警察権と司法権が付与された。
 関東を統括する代官配下の手附・手代らが、関東取締出役に就任。
 手附……小普請組から採用された者。下級の幕臣。
 手代……地方を熟知した百姓や町人からの現地採用。下級の幕臣。
 
●改革組合村(p22)
 文政9年(1826年)9月、幕府は「長脇差し禁令」を出し、鉄砲・鎗・長脇差しを持ち歩く者を重科に処する。
 文政10年、文政改革を開始。関東地域で改革組合村の編成を進める。天保期に入ってようやく編成終了。
 地理的に近い村々5か村程度を小組合としてまとめ、それらを8〜10ほど集めて、既存の支配領域を越えた「改革組合村」に編成。
 関東取締出役 ー 寄場名主・大惣代 ー 小惣代 ー 各村名主。
 寄場名主……在地社会の拠点である宿・町の名主を寄場名主として改革組合村全体を統括させる。
 大惣代……寄場名主を補佐。数名を任命。
 小惣代……小組合を管理。
 
●道案内(p26)
 関東取締出役は、現地採用の手代の他に、宿場などそれぞれの地域拠点の有力者を「手先」「道案内」として現地雇用した。身分は百姓。
 無宿や博徒を就任させることも多々あった。
 
●不斗出(p28)
 ふとで。百姓が村から離脱すること。
 文政期頃(19世紀前半)から、百姓として生きていくことを嫌う風潮が広がり、若者が村から逃げ出し、宿場や河岸に滞留する現象が起こる。
 
●飯岡助五郎(p30)
 房総の特産物は、九十九里漁業地域で捕れた大量のイワシを干物にした干鰯(ほしか)と、内陸部畑作地域で大豆から加工した醤油。
 佐原(さわら)と笹川(現東庄町)は、これらの特産物を江戸に送るための、利根川の舟運の河岸として栄えた。
 この地域は、一村を複数の旗本が知行するという相給地(あいきゅうち)が多く、統一的支配が行われず、追放刑を受けた者や無宿、よそ者の滞留が可能であった。
 飯岡助五郎は、寛政4年(1792年)、相州三浦郡公郷村(くごうむら)山崎(現横須賀市)で生まれた。力士となるため、江戸の相撲部屋に入門したが、夢破れ、九十九里地域に流れ、下総海上郡(かいじょうぐん)飯岡村(現旭市)に住み着いた。漁師を生業としつつ、リーダーとして頭角を現す。飯岡を拠点とした一家を構え、相撲興業の世話人となり、江戸相撲の地方巡業の手配なども行う。
 飯岡村は、下級幕臣と旗本との相給支配で、機能不全に陥っていた飯岡港の対策を行わなかった。助五郎が私財を投じ、飯岡港浚渫を行った。
 飯岡村から北に20kmほど離れた笹川河岸を拠点として、笹川繁蔵が一家を構えていた。相撲取り崩れで、助五郎と相撲興業をめぐる対立など、縄張り争いをしていた。
 助五郎は、関東取締出役の道案内をしており、繁蔵一家の捕縛を命じられ、「大利根河原の決闘」が起こり、弘化4年(1847年)、繁蔵は暗殺された。
 
●夫婦別姓(p39)
 国定忠治の妾として有名な一倉徳子(いちくらとくこ)。
 〔彼女は嫁いだ相手菊池千代松(忠治の子分)の姓をとって「菊池徳」と紹介されることもあるが、江戸時代の女性は嫁ぎ先の姓を名乗ることは通常ありえなかったので、本書では一倉徳子としたい。〕
 
●虎狼痢(p105)
 文政5年(1822年)、初めてコレラが日本を襲った。コレラはもともとインドの風土病。中国から朝鮮、対馬を経て長崎に上陸、東海道に及んだあたりで鎮静化した。
 安政5年5月、アメリカの軍艦ミシシッピー号の船員が上海でコレラに感染し、そのまま長崎に入港し、上陸したため、再び感染が広がった。
 緒方洪庵は、コレラに「虎狼痢」の字を当てた。虎、狼のように恐ろしい病という意味を込めた。『虎狼痢治準(ころりちじゅん)』を刊行、全国の医師に配布した。
 
●20万石(p111)
〔 寛政五年(一七九三)、幕府は盛岡藩に蝦夷地警備を命じた。文化五年(一八〇八)、その実績が評価され、この藩の表高はいっきょに二倍の二〇万石に引き上げられた。ところが、ばかばかしいことに、実際の領知は加増されていないのである。表高の上昇は、大名の家格にかかわることであり、軍役賦課の増大のみならず、それに見合ったさまざまな諸負担が増加する。盛岡藩はそれら諸負担を領民に転嫁した。〕
 
●勤王ばあさん(p160)
 松尾多勢子(たせこ)。島崎藤村『夜明け前』に登場する、実在の人物。実家の竹村の姓を名乗っていた。
 文化8年(1811年)、伊那谷の山本村(現飯田市)の豪農竹村家に生まれる。
 11歳の時に伊那郡座光寺村(現飯田市)の北原因信(よりのぶ)の寺子屋に寄寓し、和歌の手ほどきを受ける。
 18歳で伴野村(現下伊那郡豊丘村)の庄屋松尾佐治右衛門(元珍:もとたか)に嫁いだ。養蚕、金融業、酒造業、天竜川の船頭取締役方などで、経済的に豊かであった。7人の子供を育て上げた。
 文久元年(1861年)8月、平田篤胤没後の門人となり、北原家での月例会に欠かさず参加した。
 文久2年、50歳のとき、京都へ。平田国学ネットワークを生かし、久坂玄瑞、中村半次郎らとも会った。尊王攘夷派の若者たちは、多勢子のことを「勤王ばあさん」「女丈夫」として畏敬した。
 平田国学を通して、大原ら公卿とも会うことができ、長州藩などの尊王攘夷派に朝廷内部の情報を伝えた。
 
●佐藤彦五郎(p171)
 代々、日野宿名主をつとめる名家。
 天保期以降の治安悪化に直面。日野宿に発生した大火の混乱の中で祖母ゑいが賊に斬殺される。これをきっかけに、天然理心流に入門、嘉永7年に免許を得る。
 安政2年(1855年)、小野路村(現町田市)名主小島鹿之助が近藤勇(元宮川勝五郎)と義兄弟の杯を交わすと、彦五郎も義兄弟となる。
 彦五郎は、自宅(日野宿本陣)を改造して道場を構え、近藤・土方・沖田ら試衛館の中心メンバーが、多摩地域の門人に直接稽古をつけるようになる。
 
●農兵銃隊(p179)
 文久期、「悪党」や「無宿」への対抗策として、農兵銃隊という幕府公認の暴力装置が創られた。村役人や豪農たちが積極的に献金を行い、将来の地域指導者となる若者たちは、主体的に訓練に参加していった。
 佐藤彦五郎は、日野宿農兵銃隊の隊長に就任した。
 〔幕末社会に登場した農兵の意味は大きい。元和偃武以降、武士が独占してきた武力の一端に百姓が編入されたわけである。仁政と武威という政治理念のもと、社会の安寧を保全するのは幕藩領主の責務であったわけであるが、第一章以降みてきたように、すでにその政治理念は崩れてしまった。そして、文久期、武士の存在意義そのものが問われてゆく。さらに、在地社会における自衛つまり暴力の途が正式に開いたのである。〕
 
●穢多(p216)
 幕府奥医師となっていた松本良順は、慶応3年、穢多頭の弾左衛門を訪問し、弾左衛門が支配する浅草の穢多の動員を促した。
 弾左衛門が幕府に提出した「弾左衛門身分引上」によると、弾左衛門が穢多身分からの脱却と引き換えに、穢多による銃隊編成を願い出た、とある。
 穢多たちは、生業として死牛馬の解体に従事していたため、生き物の器官に詳しかった。蘭方医たちは、穢多に人体解剖をしてもらい、「腑分け」の解説を受けていた。伝統的に穢多との接点を持っていた。『蘭学事始』の記述に、穢多に対する蔑視的表現はない。
 
(2022/5/31)NM
 
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違和感ワンダーランド
 [社会・政治・時事]

違和感ワンダーランド
 
松尾貴史/著
出版社名:毎日新聞出版
出版年月:2022年1月
ISBNコード:978-4-620-32724-2
税込価格:1,540円
頁数・縦:245p・19cm
 
 毎日新聞に週1回連載中の「松尾貴史のちょっと違和感」の単行本第3弾。2020年7月19日~2021年11月7日掲載分に加筆修正してまとめた。
 
【目次】
第1章 アベからスガへ。何か変わった?
 入場者半分で生まれにくい「相乗効果」
 間の悪いGo Toトラベル
  ほか
第2章 コロナ禍、依然収まらず
 「田分け」以上の愚行 大阪市廃止は投票で防げる
 大阪都構想再び否決 市長「引退」なぜ3年後?
  ほか
第3章 問題を「なかったこと」にしたい人たち
 政治家の銀座クラブ問題 見くびられた国民
 森会長女性蔑視発言を矮小化する人たち
  ほか
第4章 五輪前夜の悪夢
 野田氏の投開票日投稿 「秘書が…」ではすまない
 携帯のイヤホン通話 まるで「独り言」
  ほか
第5章 祝祭後のお祭り騒ぎ
 東京五輪開会式 文化・歴史羅列の印象
 五輪開催中の感染拡大 首相に危機感みえず
  ほか
対談 近田春夫×松尾貴史 「違和感」放談
 
【著者】
松尾 貴史 (マツオ タカシ)
 1960年、兵庫県生まれ。大阪芸術大学芸術学部デザイン学科卒業。俳優、タレント、ナレーター、コラムニスト、「折り顔」作家など、幅広い分野で活躍。東京・下北沢にあるカレー店「般°若(パンニャ)」店主。「週刊朝日似顔絵塾」塾長。
 
【抜書】
●禁煙(p145)
〔 もう30年以上前、禁煙しようとして失敗していた時、一計を案じて「たばこを吸いたくない、欲しくない」と無理やりにつぶやき続けたら、いともやすやすと成功してしまった。これは、禁煙自体を周囲に秘密にしておく必要があったが、誰かから「あれ? たばこ吸ってなかった?」と聞かれても、つぶやきと同じ言葉を繰り返すだけで済んだので、いい感じに暗示にかかって最小限のストレスでたばこを断つことができたのだろう。〕
 
(2022/5/25)NM
 
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検証 安倍政権 保守とリアリズムの政治
 [社会・政治・時事]

検証 安倍政権 保守とリアリズムの政治 (文春新書)
 
アジア・パシフィック・イニシアティブ/著
出版社名:文藝春秋(文春新書 1346)
出版年月:2022年1月
ISBNコード:978-4-16-661346-5
税込価格:1,265円
頁数・縦:388, 7p・18cm
 
 7年8カ月続いた第2次安倍政権を総合的に検証する。
 概ね高評価、といったところだろうか。特に外交・安全保障政策に対して、海外からの評価も高いという。
 一方で、「もりかけ問題」といったスキャンダルや、政権末期の新型コロナ対策など、汚点も多いと思うのだが、これらはあまり積極的に検証されていない。
 
【目次】
序論 長期安定政権になったのはなぜか(中北浩爾《一橋大学大学院教授》)
第1章 アベノミクス―首相に支配された財務省と日本銀行(上川龍之進《大阪大学大学院法学研究科教授》)
第2章 選挙・世論対策―若年層を取り込んだ「静かなる革命」(境家史郎《東京大学大学院法学政治学研究科教授》)
第3章 官邸主導―強力で安定したリーダーシップの条件(中北浩爾)
第4章 外交・安全保障―戦略性の追求(神保謙《慶應義塾大学総合政策学部教授》)
第5章 TPP・通商―世界でも有数のFTA国家に(寺田貴《同志社大学法学部政治学科教授》)
第6章 歴史問題―貫徹されたリアリズム(熊谷奈緒子《青山学院大学地球社会共生学部地球社会共生学科教授》)
第7章 与党統制―「首相支配」の浸透(竹中治堅《政策研究大学院大学教授》)
第8章 女性政策―巧みなアジェンダ設定(辻由希《東海大学政治経済学部政治学科教授》)
第9章 憲法改正―なぜ実現できなかったのか(ケネス・盛・マッケルウェイン《東京大学社会科学研究所教授》)
 
【著者】
一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
 アジア太平洋の平和と繁栄を追求し、この地域に自由で開かれた国際秩序を構築するビジョンを描くことを目的とするシンクタンク。2017年7月設立。理事長は船橋洋一(元朝日新聞主筆)。前身の日本再建イニシアティブとして『福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、など。
 
【抜書】
●外交(p187、神保)
〔 世界システムの中で日本の国力が相対的に低下する中で、日本外交が世界での存在感を高め、米国との同盟関係、G7やG20における議題の主導と調整、インド太平洋構想にみる広域秩序形成を牽引したことは、戦後日本外交史に類を見ない成果だったといってよい。冒頭に述べたとおり、これを可能にしたのは強い政権基盤を背景にした政策の一貫性・持続性と、国際社会の力の分布を十分に加味した国際連携戦略が奏功したからと捉えることができる。そして米中対立を中心とする国際社会の分断が進む中で、日本が分断を回避する役割に奔走したことも、国際社会が日本にその役割を期待したことも、過去に例をみない現象だった。
 他方で苦心して取り組んだロシアとの関係では、日露平和条約交渉が挫折し、北朝鮮との関係で核・ミサイル開発を止めることができず、拉致問題の解決を進展させることもできなかった。「21世紀の外交・安全保障の最大の焦点」としての中国との関係では、日本が対中競争と対中協力をどのように組み合わせるべきか、7年8ヵ月の外交・安全保障戦略が常に模索し続けたといってよい。
 日本が国際社会の中でどのような国になろうとしているのか、困難な課題をどのように解決していくべきか、安倍政権の外交・安全保障政策は多くの可能性と教訓を提示したことは間違いない。〕
 
●国会の自律性(p266、竹中)
 日本の統治制度のもとでは、国会が強い自律性を持つ。参議院の独立性が強い。
 
【ツッコミ処】
・第2次安倍内閣(p282)
〔第2次安倍内閣発足以降、第2次安倍内閣をのぞき、20人以上の規模を誇る派閥からは必ず最低1人の閣僚を起用している。〕
  ↓
 「第2次安倍内閣」をのぞく「第2次安倍内閣」って、無か??
 「第2次安倍政権発足以降、第2次安倍内閣をのぞき、」ってことだろうか。
 それとも、(第2次安倍政権において、第2次安倍内閣までを除いた)「第2次安倍改造内閣以降」のことだろうか?
 安倍晋三が総理大臣になって築いた政権は「第1次」と「第2次」とがあり、第2次「政権」では第4次安倍第2次改造内閣まで9回の組閣があって、ややこしい。
 
(2022/5/25)NM
 
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おもしろい石と人の物語 ヒトが鉱物に作用し、鉱物もまたヒトに作用する
 [自然科学]

おもしろい石と人の物語
 
大平悠麻/著
出版社名:総合科学出版
出版年月:2021年5月
ISBNコード:978-4-88181-881-7
税込価格:1,760円
頁数・縦:271p・19cm
 
 元来、生物を専門とする高校理科の教師が、生徒のために集めたネタで鉱物と岩石の面白さを語る。
 
【目次】
第1部 世界史は鉱物でできている―鉱物によって紡がれたヒトの歴史と科学の物語
 鉱物って何?
 鉱物資源の争奪戦こそが歴史そのもの
 人類が最初に魅了された石
 ガラスの始まり
 シルクロードの本当の目的は?
第2部 鉱物に魅せられた“賢者”たち―なぜ天才たちは鉱物に興味を抱いたのか?
 大理石に神を彫る
 石の都の物語
 鉱石をも愛した知の巨人
 鉄に目覚めた日本人
 青銅器が文明の中心であった時代
 土と水のジレンマ
 水晶の砂を手に
 賢者の石
第3部 鉱物資源とこれから―ヒトが鉱物に作用し、鉱物もまたヒトに作用する
 健康を支える鉱物
 宇宙、軍事、原発をつなぐ鉱物
 災害を知る鉱物
 日本と鉱物
 
【著者】
大平 悠麻 (オオヒラ ユウマ)
 1985年生まれ。埼玉大学教育学部理科専修卒業。埼玉県教育委員会入職後、大宮南高等学校、伊奈学園高等学校で理科教諭として勤務。
 
【抜書】
●孔雀石(p38)
 コンゴ(主にコンゴ民主共和国)が、世界最大の産出量を誇る。
 孔雀石は、BC3000年頃、エジプトで化粧品や顔料に使用されていた。王族が目の下にアイシャドウのように塗っていた。眼病予防として使っていたらしい。
 BC1400年頃には、火であぶると銅ができることを発見。金属が鉱石から精錬された最初の出来事。
 
●ラピスラズリ(p56)
 最も質のいいラピスラズリが採れる鉱山は、アフガニスタン北東部バダフシャン州にある。BC4000年以上前(ペルシャの時代)に開かれ、現在も続いている鉱山。世界で最も古く、最も長く続いている鉱山。
 
●カリーニングラード(p110)
 ロシアの最西端の州はカリーニングラード州。ポーランドとリトアニアに挟まれた飛び地。
 ヤンタルヌイという町は、琥珀の一大産地。リトアニアも、琥珀の一大産地。
 琥珀は、高品質のニスになり、製薬や鋳造に使用する琥珀油になり、染料製造に使う琥珀酸となる。重要な工業資源。
 
●砂漠のバラ(p116)
 サハラ砂漠周辺などで売られている。
 オアシスの水が干上がり、溶けていた硫酸バリウム(重晶石)が結晶となったもの。胃のレントゲンで使う「バリウム」。
 
●超高純度鉄(p142)
 玉鋼(たまはがね:たたら製鉄でできる鉄の塊)の炭素含有量は0.9~1.8%、ふつうの鋼の含有量は0.04~1.7%。
 特殊な方法で開発された超高純度鉄は、炭素などの不純物の割合が0.0001%以下。普通の鉄よりはるかに酸に強く、柔らかく加工しやすく割れにくい。
 
●化学合成細菌(p148)
 炭素を含まない無機物のみを吸収し、それに酸素をくっつけることでエネルギーを生み出し、そのエネルギーを使って栄養(炭素を含んだ有機物)を作ることのできる生物。
 硫黄細菌、鉄細菌、など。
 たとえば、銅を含む岩石から銅鉱石のみを取り出すには、野外に銅を含む岩石を積み上げて水をまけばよい。岩石表面にふつうに棲んでいる硫黄細菌と鉄細菌が働きだし、両細菌に不要な銅鉱石は水に溶けて垂れ流れてくる。
 バクテリアリーチング……生物の力を借りて金属を精錬すること。世界の銅の20%はバクテリアリーチングによって生産されている。
 製紙産業では、キノコを使って白い紙を作る技術(バイオメカニカルパルピング)が登場している。
 ボトリオコッカス・ブラウニー(緑色をした藻類)は、光合成によって石油に似た油を作り出す。
 オーランチオキトリウム(オレンジ色がかった藻類)は、周囲の有機物を吸収しながら、石油に似た油を作り出す。
 
●アジサイ(p168)
 アジサイは、アルミニウム・イオンを一部の葉にため込み、その葉を枯らすことによって、有害なアルミニウムを除去している。
 酸性の土壌に咲くアジサイは青く、アルカリ性の土壌に咲くアジサイは赤い。吸収したアルミニウム・イオンが葉にある色素と反応するため。
 アルミニウム……地殻に2番目に多く含まれている元素。植物にとっては有害な物質。土壌が酸性化するとアルミニウム・イオンが溶け出してくる。
 
●本多・藤嶋効果(p204)
 二酸化チタンの光触媒効果。本多健一と藤嶋昭が発見した化学反応。二酸化チタンは、太陽光の光エネルギーで水を酸素と水素に分解する。
 さらに、二酸化チタンに有害物質の分解能力が見つかった。二酸化チタンが水を分解した際に出す酸素が有害物質を壊す。空気の浄化、水の浄化に利用できる。
 二酸化チタンは、超親水性という性質もある。カーブミラーや家の外壁のタイルに二酸化チタンの粉末を塗布しておくと、雨水や水蒸気に溶ける。そこにほこりや汚れ、雑菌が付着しても、二酸化チタンの光触媒効果で分解せれ、水によって浮き上がり、洗い流されてしまう。
 二酸化チタンにプラチナを付着させた光触媒は、有機物を分解して水素を発生させる。
 
(2022/5/19)NM
 
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マツダとカープ 松田ファミリーの100年史
 [経済・ビジネス]

マツダとカープ (新潮新書)
 
安西巧/著
出版社名:新潮社(新潮新書 942)
出版年月:2022年2月
ISBNコード:978-4-10-610942-3
税込価格:946円
頁数・縦:269p・18cm
 
 東洋工業と広島東洋カープの成功を牽引し、独自路線でユニークな存在に育て上げた松田ファミリーの100年史をたどる。重次郎、恒次(つねじ)、耕平、元(はじめ)の4代。
 
【目次】
序章 なぜ広島「東洋」カープなのか
第1章 初代・重次郎の「不屈のDNA」
第2章 ロシアの砲弾と今太閤
第3章 2代目の反骨
第4章 東洋コルク工業発足
第5章 バイク、バタンコ、四輪車
第6章 ロータリーの光と影
第7章 もうひとつの創業
 
【著者】
安西 巧 (アンザイ タクミ)
 1959年福岡県北九州市生まれ。日本経済新聞編集委員。早稲田大学政治経済学部を卒業後、日経に入社し、主に企業取材の第一線で活躍。広島支局長などを経て現職。
 
【抜書】
●1875年(p56)
 松田重次郎は、1875年(明治8年)8月6日、広島県安芸郡仁保島字向洋浦(現在の広島市南区向洋)で生まれた。12人兄弟の末っ子。本来、「十二郎」と名付けるつもりだったが、役場の担当者がうっかり「重次郎」と戸籍簿に記入してしまった。
 
●松田式喞筒(p82)
 喞筒(そくとう)。ポンプのこと。
 重次郎が開発、1908年11月から売り出し、大ヒット。
 それまでのポンプはピストンの外周部が木製の桶型になっていて、傷んだゴムの取り換えが難しい。ハンドルの栓を抜けばそのままスパナになり、それを使ってねじを緩めればゴムが簡単に取り換えられる構造にした。
 
●ひたすら前に進む(p148)
 〔数々の挫折や失敗を経験した重次郎は、ひたすら前に進むことが苦境を克服する唯一の方法であることを自覚していた。〕
 
(2022/4/14)NM
 
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悪い言語哲学入門
 [哲学・心理・宗教]

悪い言語哲学入門 (ちくま新書)
 
和泉悠/著
出版社名:筑摩書房(ちくま新書 1634)
出版年月:2022年2月
ISBNコード:978-4-480-07455-3
税込価格:924円
頁数・縦:247p・18cm
 
 「悪口」をネタに、言語哲学について語る、「悪い言語」哲学入門。いや、「悪い」言語哲学「入門」だろうか……。
 「入門」というだけあって、説明をある程度はしょっているのか、卑近な例を持ち出そうとして易しく解説しようとしているからなのか、いまひとつ消化不良。それとも、「悪い」言語哲学入門「者」だからなのか!?
 
【目次】
第1章 悪口とは何か―「悪い」言語哲学入門を始める
第2章 悪口の分類―ことばについて語り出す
第3章 てめえどういう意味なんだこの野郎?―「意味」の意味
第4章 禿頭王と追手内洋一―指示表現の理論
第5章 それはあんたがしたことなんや―言語行為論
第6章 ウソつけ!―嘘・誤誘導・ブルシット
第7章 総称文はすごい
第8章 ヘイトスピーチ
 
【著者】
和泉 悠 (イズミ ユウ)
 1983年生まれ。University of Maryland, College Park, Ph. D.。現在、南山大学人文学部人類文化学科准教授。専門分野は、言語哲学、意味論。特に日本語と英語を比較しながら名詞表現を研究。また、言語のダークサイドに興味があり、罵詈雑言をはじめ、差別語、ヘイトスピーチの仕組みとその倫理的帰結についての研究も行う。
 
(2022/5/14)NM
 
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古代オリエント史講義 シュメールの王権のあり方と社会の形成
 [歴史・地理・民俗]

古代オリエント史講義: シュメールの王権のあり方と社会の形成
 
前田徹/著
出版社名:山川出版社
出版年月:2020年10月
ISBNコード:978-4-634-64091-7
税込価格:3,300円
頁数・縦:255p・19cm
 
 メソポタミアの紀元前三千年紀の社会を、行政経済文書の分析をよりどころとして描く。初期王朝時代からウル第三王朝の約千年間の古代社会である。
 メソポタミア文明について語るとき、王の事跡を中心とした政治史や神話を中心に置くことが多いが、それとは異なる手法で古代史を垣間見させてくれる。
 
【目次】
第1部 歴史に接近する
 シュメール史へのいざない
 一九世紀的思潮とアッシリア学
 年表をつくる
 時代を区切る
第2部 シュメールの王権
 王の二大責務と王号
 王の軍事権と祭儀権
 王家の死者供養と姻戚関係
 王妃シャシャ
 王妃アビシムティ
第3部 王家の組織と文書
 初期王朝時代の王妃の家政組織
 ウル第三王朝時代の公的経営体と神殿
 職人・商人と道化師・聖歌僧
 食料生産と料理
 初期王朝時代の行政経済文書
 ウル第三王朝時代の行政経済文書
 ウル第三王朝時代の決算文書
第4部 シュメールの社会
 家族、女性
 王妃の家政組織における任用
 労働と身分・生活保障
 差別と迫害
 
【著者】
前田 徹 (マエダ トオル)
 1947年生まれ。北海道大学大学院文学研究科博士課程東洋史学専攻中退。早稲田大学名誉教授。
 
【抜書】
●楔形文字(p15)
 楔形文字で書き写された言語は、シュメール語(未知の民族)、アッカド語(セム語族)、ヒッタイト語、ペルシャ語(印欧語族)など。
 
●農業(p156)
 シュメール農業の特色の一つは、ウシ・ロバに牽かせた大型犂の利用。
 乾燥地帯における人工灌漑の必然として起こる塩害を抑えるため。毛細現象によって塩分を含む水分が地表に上がってくるのを断つ工夫として、大型の犂で深く掘り起こす必要があった。
 小麦ではなく大麦が多く植えられたのも、塩害に備えてのこと。
 さらに、地味を維持するための連作を避け、隔年耕作が実施された。
 犂を使って播種もした。畝を作り、犂に取り付けた播種器を使って筋状に播いた。出芽すると、潅水が行われた。『農事暦』によれば、4回行うこととされている。「そうすれば多大の収穫がもたらされる」。
 
●9日労働(p185)
 ウル第三王朝時代、男性は10日ごとに休日が与えられた。9日働いて1日の休み。
 女性は、5日働いて1日の休みだった。
 ただし、休日が週休的な取り方だったかどうかは確認できない。仕事を「雨のために休む」とか、「ネルガル神のエルヌム祭の日は休み」のような記録があるので、時に応じての休日はあった。
 
(2022/5/9)NM
 
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死の医学
 [医学]

死の医学(インターナショナル新書) (集英社インターナショナル)
 
駒ケ嶺朋子/著
出版社名:集英社インターナショナル(インターナショナル新書 092)
出版年月:2022年2月
ISBNコード:978-4-7976-8092-8
税込価格:968円
頁数・縦:246p, 8p・18cm
 
 脳に潜む体外離脱や臨死体験のメカニズムを探りつつ、人間の「生きようとする力」と、医師の「生かそうとする努力」を語る。
 
【目次】
まえがき―「死の医学」と「生きようとする力」
第1章 魂はさまよう―体外離脱体験は「存在」する
第2章 「暗いトンネル」を抜けて―臨死体験はなぜ起きるのか
第3章 譲り渡される命と心―誰が「生と死のボーダーライン」を決めるのか
第4章 生と死が重なる時―「看取り」と「喪」はつながっている
第5章 カゴの中の自由な心―私たちは「幻想」の中で生きている
第6章 擬死と芸術表現―解離症と「生き抜く力」
 
【著者】
駒ケ嶺 朋子 (コマガミネ トモコ)
 1977年生。早稲田大学第一文学部哲学科社会学専修・獨協医科大学医学部医学科・同大学院医学研究科卒。博士(医学)。獨協医科大学大学病院にて脳神経内科医として診療にあたる。2000年第38回現代詩手帖賞受賞(駒ヶ嶺朋乎名)。
 
【抜書】
●側頭頭頂接合部(p28)
 体外離脱体験は、側頭頭頂接合部が活動することで引き起こされる。
 側頭葉の後方、頭頂葉の下方、後頭葉の前方。三つの領域が境界を接する部分。
 体外離脱は、「自己像幻視」の一つに分類される。
 
●自己像幻視(p30)
 ドッペルゲンガー。医学的には、三つに分類される。
 (1)オートスコピー(autoscopy)……「あれは自分だ」と直感してしまう人物を目撃したという現象。臨床報告では、三つの中で最も少ない。後頭葉の脳腫瘍が原因となる事が多い。
 (2)ホートスコピー(heautoscopy)……自分が分裂して、確固たる自我を持つ自分自身がありながら、もう一人、まるっと自我を持つ自分が外部に存在することを目撃してしまう。どちらが本物か自分でも分からず、しかも互いに意識が侵入し合う。不快だと感じることが多い。側頭葉機能の変調が原因。側頭葉の内側に偏桃体がある(感情や快・不快をつかさどる)。
 (3)体外離脱体験。
 
●オラフ・ブランケ(p39)
 癲癇手術中に、右脳の角回という領域を含む側頭頭頂接合部に電極を通して脳を刺激したところ、体外離脱体験が誘発された。
 Blanke O et al. Stimulating illusory own-body perceptions. Nature 2002;41:269-270。
 
●金縛り(p44)
 睡眠麻痺。英語でsleep paralysis。
 医学用語では、kanashibariでも通じる。
 睡眠中は、脳幹でflip-flop switchと呼ばれるスイッチを切り替えて、筋肉の力を抜いたり、音や光、重力の感覚信号が意識に上らないようにしている。
 スイッチが睡眠状態のまま、意識の座である大脳などの脳の新しい部分だけが目覚めてしまうことがある。この時、金縛りとなり、脳の中で偽の知覚情報が生じる。
 
●前庭覚(p52)
 重力を感じる脳の最高司令部、前庭覚中枢は、側頭頭頂接合部に近接している。
 体外離脱体験でふんわりと浮かび上がったり飛んでいったりするのは、前庭覚中枢を巻き込むからかもしれない。
 前庭覚障害の患者では、体外離脱体験や離人症症状が多い。
 
●同行二人(p62)
 同行二人(どうぎょうににん)。
 四国のお遍路では、最も険しい山間部で「同行二人」という感覚が起きることがある。二人とは、自分と弘法大師。
 お大師様が寄り添って見守ってくれているような感覚に包まれ、人間は自分自身で生きるのではなく、大いなる慈愛によって生かされている小さな存在であることを体得する。この体験こそ、お遍路の一つの目的でもある。
 
●受容の五段階(p74)
 エリザベス・キューブラー=ロスによる。
 (1)否認
 (2)怒り
 (3)取引
 (4)抑鬱
 (5)受容
 
●「死にたい」(p80)
〔 「死にたい」という言葉は「なんでよりよい生活を提供してくれないのか」「よりよく生かしてくれ」という意味の、強烈なSOSであり、非難であり、抗議であり、生かしてその人の苦痛を遠ざけなければ、その救援要請に応えたことにならない。いわば最上級で「治せ、生きる希望を与えろ」と発しているわけである。〕
 2020年に判明したALS(筋萎縮性側索硬化症)患者に対する嘱託殺人事件についての感想。
 
●臨死体験(p112)
 臨死体験中の脳波は、エピソード記憶と同じパターンを示し、想像するときの脳波とは異なる。
 自己意識が保たれ、光景は詳細で、さらに感情情報を伴うことも、空想や夢とは異なる。
 
●NMDA受容体(p106 )
 二酸化炭素は、酸素よりも肺の中での拡散速度が遅い。
 呼吸がゆっくり停止すると、二酸化炭素が血液中に溜まる。溜まった二酸化炭素は血液を酸性に傾かせ、細胞に毒性のある状態となる。 ⇒ アシドーシス
 アシドーシスの環境では、細胞はエネルギーをうまく産生できないので、細胞の死に直結する。そうした環境で、神経細胞は一斉にシナプス内外にグルタミン酸を放出する。
 放出されたグルタミン酸は、「細胞死の連鎖」へのスイッチとして作動する。 ⇒ アポトーシス
 グルタミン酸……ドーパミン等と並ぶ「神経伝達物質」。シナプスでグルタミン酸をキャッチする受容体は、NMDA受容体、AMPA受容体、カイニン酸受容体の三種類。
 アポトーシス……ネクローシス(壊死)とは異なり、死んだ細胞を元にした炎症を起こさない。遺伝子の断片化や貪食細胞による取り込みのため、周囲の細胞への影響を最小限に食い止めることができる。
 高い二酸化炭素濃度が引き金になり、細胞がグルタミン酸を放出し、それを受容体(おそらくNMDA受容体)がキャッチすることで「細胞死の連鎖」が始まる。
 NMDA受容体をブロックすることで、「細胞死の連鎖」を食い止めることができる。
 仮説として、グルタミン酸放出でNMDA受容体が活性化されると、細胞を保護するための反動として、ケタミン様物質が出てNMDA受容体機能が低下するのではないか、と考察されている。
 NMDA受容体の機能低下作用が、臨死体験現象を引き起こしている可能性がある。「危機的状況で臨死体験が起きるのは、危機的状況に対する適応反応であり、生存可能性を高めるのではないか」という、進化学的な考察もある。
 アルコールや違法薬物の多くは、NMDA受容体機能を低下させる機能を持つ。
 
●ケタミン(p112)
 筋緊張や意識を保ったまま、完全に無痛とすることができる麻酔薬。幻覚作用と嗜癖性から、日本では臨床使用されていない。
 アメリカでは、幸福感と健忘という副作用があり、即効性のある抗鬱作用をもつことから、抗鬱薬として使用しようという動きがある。
 ケタミンは、NMDA受容体に作用し、その機能を低下させる。
 
●悲嘆幻覚(p164)
 親しい人や家族、家族同然に愛したペットを亡くした後、その気配を身近に感じたり、姿を観たり声を聞く現象。
 悲嘆幻覚によって、死別という苦しみに対して精神的な安定が得られる可能性が指摘されている。
 
●半側空間無視(p194)
 脳の右半球の障害で、世界の左半分を見逃してしまう現象。
 自分の身体の左半分をすっかり見逃してしまう現象は、「半側身体失認」と呼ぶ。
 右半球の脳卒中では最大で二人に一人に発症する。
 右半分を忘れる「半側空間無視」の頻度は、左ほど高くない。半分と呼べるほど範囲が広くなく、程度が軽いことが多い。右方向の注意が優勢? 右空間は左右の脳で認識され、左空間は右半球だけで認識されているため?
 
●統合失調症(p228)
 ドーパミンが過剰に作用してしまうことで幻覚・妄想が起こる。
 ドーパミン過剰放出の原因は、NMDA受容体の機能低下による可能性がある。「NMDA受容体機能低下仮説」。
 NMDA受容体は、海馬で記憶を担っている。
 
●抗NMDA受容体脳炎(p230)
 21世紀になって疾患概念が確立した新しい病気。2007年、卵巣の成熟奇形腫と呼ばれる良性腫瘍への自己免疫性の反応で起きる脳炎として最初に報告された。その後、原因が腫瘍の場合は半分ほどであることが明らかに。
 何らかのきっかけでできてしまった自己免疫性の抗体が脳のNMDA受容体に結合し、機能低下を起こす。
 ちょっとした風邪症状から数日後に突然、幻覚・妄想をきたす。幻覚期。
 幻覚期には神託の幻聴だったり、憑依妄想だったりを呈するため、統合失調症と類似していたり、解離症や変換症と診断された場合もある。
 その後、次第に受け答えができなくなり、身体をのけぞらせては床に頭を延々と打ち付けるような反復運動や、口をもぐもぐさせたり舌を出したり引っ込めたりという不随意運動を繰り返すようになる。全く話さなくなったり、逆に念仏や祈禱など、普段用いないような言葉を唱え続けたりなどの言語の異常も伴う。運動過剰期。
 運動過剰期が数日から数週間続いた後、血圧や呼吸や体温調節などの自律神経の機能制御ができなくなる。この時期には呼吸停止による死亡リスクが極めて高い。呼吸停止期。
 ここを人工呼吸器管理で乗り切り、腫瘍の切除や免疫治療を行うことで、後遺症なく回復できる。
 軽症である場合、呼吸停止期に至らず、幻覚や異常運動を数カ月呈して自然に治ることもある。
 変換症……無意識のうちの心的葛藤によって、さまざまな身体的症状が生じる障害。
 
【ツッコミ処】
・オートスコピー(p30)
 オートスコピー、ホートスコピーの意味がよく分からなかった。
〔「見た」とか、「見てはいけない」とかいう話で、修学旅行で盛り上がる有名な、あの「ドッペルゲンガー」に当たるのは、この三つのうち「オートスコピー」だ。〕
 と言われてもなぁ。そんな話、修学旅行で盛り上がるどころか、全く出なかったよな。
 
(2022/5/7)NM
 
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ヒュパティア 後期ローマ帝国の女性知識人
 [歴史・地理・民俗]

ヒュパティア:後期ローマ帝国の女性知識人
 
エドワード・J・ワッツ/著 中西恭子/訳
出版社名:白水社
出版年月:2021年11月
ISBNコード:978-4-560-09794-6
税込価格:3,960円
頁数・縦:218, 58p・20cm
 
 古代アレクサンドリアに生きた美貌の女性哲学者の生涯について考察する。
 といっても、彼女の著作は残っていないし、彼女に言及する数少ない史料(シュネシオスの書簡など)と、当時のローマ世界の状況や女性哲学者の事例などを通して推測するしかない。その副産物として、古代地中海世界の様子がわかっておもしろい。特に、現在の学校とは随分と違う、当時の教師と生徒との関係、学び方などが興味深い。
 
【目次】
大斎の殺人
アレクサンドリア
幼年時代と教育
ヒュパティアの学校
中年期
哲学の母とその子どもたち
公共的知識人
ヒュパティアの姉妹たち
路上の殺人
ヒュパティアの記憶
近代の象徴
伝説を再考する
 
【著者】
ワッツ,エドワード・J. (Watts, Edward J.)
 古代末期地中海世界における宗教史・社会史・インテレクチュアル・ヒストリーを専門領域とし、イェール大学で博士号(Ph.D)を取得。カリフォルニア大学サンディエゴ校教授。人文学部歴史学科長、アルキヴィアディス・ヴァシリアディス・ビザンツ史寄付講座長。
 
中西 恭子 (ナカニシ キョウコ)
 東京大学大学院人文社会系研究科研究員。日本学術振興会特別研究員(PD)を経て津田塾大学ほか非常勤講師。東京大学文学部西洋史学科卒業、東京大学大学院人文社会系研究科欧米系文化研究専攻西洋史学専門分野修士課程修了、東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程修了。博士(文学)。古代末期地中海宗教史。西洋古典受容史。
 
【抜書】
●セラぺイオン(p19)
 キリスト教の教会となっていた威風堂々たるカイサレイオンに対し、セラぺイオンは伝統的多神教側の神殿として目立つ存在だった。
 セラピス神を祀っていた。イシスの配偶者にして、ゼウスの至高性とアスクレピオスの癒しの力を併せ持つ、ヘレニズム化されたエジプトの神。
 アレクサンドリアの最も高い丘に鎮座し、アテナイのパルテノン神殿やローマのカピトリウム神殿のように、この都市の大半から見ることができた。
 宝石で飾られた華麗な神像、色とりどりの大理石、貴金属、希少な木材が神殿の内側を飾り、中心には黄金と象牙で作られたセラピス神の強大な立像が安置されていた。
 4世紀初頭、アレクサンドリアには2,400もの神殿があった。住宅20軒に1基。
 カイサレイオン……もともとは、ユリウス・カエサルを顕彰するためにクレオパトラ7世によって建てられた神殿。のち、アレクサンドリア主教の管理下に置かれ、この都市の最も有名なキリスト教会となった。
 
●50万本(p24)
 アレクサンドリアの王立図書館(※通称アレクサンドリア図書館?)は、ムーセイオンの敷地内にあった。世界最大のギリシャ語写本コレクションが収蔵されており、最盛期には50万本のパピルス巻子本を所蔵していた。
 王立図書館は、BC2世紀末には衰退しはじめた。
 BC48-47年、ユリウス・カエサルによって市内は火災に見舞われ、図書館蔵の多くの書物を破損した。建物自体は残ったので、マルクス・アントニウスがクレオパトラ7世に贈ったペルガモンのヘレニズム図書館の蔵書によってコレクションが補充された。
 蔵書があふれ、AD1世紀末までには、カイサレイオン境内とクラウディアヌムの諸神殿の境内の主要な図書館に蔵書の一部を置いていた。
 セラぺイオン境内にあった図書館も、主要な「分館」のひとつ。ヘレニズム時代後期には約4万3000本のパピルス巻子本を収蔵していた。4世紀末のローマ時代には70万点を超える著作を収蔵していた。
 
●355年(p32)
 ヒュパティアは、355年頃、哲学者・数学者テオンとその妻の娘としてアレクサンドリアに生まれた。〔先行研究は、ヨアンネス・マララスに従って、415年に死んだときヒュパティアは年配だったとする。〕(第2章 注1より)
 ※平凡社『世界大百科事典』や『岩波世界人名大辞典』によると、生年が370年頃となっている。
 
●415年(p148)
 総督オレステスは、私邸でヒュパティアと定期的に面会していた。そこに、宗教上の帰属も様々なアレクサンドリアのエリート集団が集うようになった。キュリロス主教との摩擦を最小限におさえる形で都市の緊張をどう統御したものかと議論していたようだ。
 415年3月、教会の誦経者(しょうけいしゃ)あるいは執事であったペトロスが率いる集団が、ヒュパティアを襲った。おそらく、殺害の意図はなく、オレステスへの助言という公的役割から手を引かせようと脅すつもりだった。
 教えている時だったか、馬車で家に戻る時だったか、人目のあるところで群衆はヒュパティアを見つけた。
 ヒュパティアは街路を引きずられて、アレクサンドリアの海辺にあるカイサレイオンの教会に連れていかれた。群衆は彼女の衣服をはぎ取り、屋根瓦の破片で身体を切り裂いた。ある史料によれば、彼女の両眼をくり抜いたという。
 ずたずたに切り刻まれた遺骸はキナロンという場所に運ばれて燃やされた。
 
【ツッコミ処】
・をを!!
〔 テオフィロスはそのかわり、伝統的な宗教との対立で皇帝の上をゆくことで、自身のキリスト教徒としての真正性をを誇示する道を選んだ。(後略)〕
  ↓
 珍しい誤植である。目立つ。
 
(2022/5/4)NM
 
〈この本の詳細〉


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