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世界の辺境とハードボイルド室町時代
 [歴史・地理・民俗]

世界の辺境とハードボイルド室町時代(集英社インターナショナル) 
高野秀行/著 清水克行/著
出版社名 集英社(集英社文庫 た58-18)
出版年月:2019年5月
ISBNコード:978-4-08-745878-7
税込価格:924円
頁数・縦:445p・16cm
 
 世界の辺境を旅するノンフィクション作家と、中世史を専門とする歴史学者の対談。中世の日本の社会は、世界の辺境の社会と似ていてとってもハードボイルド!
 
【目次】
第1章 かぶりすぎている室町社会とソマリ社会
第2章 未来に向かってバックせよ!
第3章 伊達政宗のイタい恋
第4章 独裁者は平和がお好き
第5章 異端のふたりにできること
第6章 むしろ特殊な現代日本
 
【著者】
高野 秀行 (タカノ ヒデユキ)
 1966年東京都生まれ。『幻獣ムベンベを追え』でデビュー。2005年『ワセダ三畳青春記』で第1回酒飲み書店員大賞を、13年『謎の独立国家ソマリランド』で第35回講談社ノンフィクション賞、14年同作で第3回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。
 
清水 克行 (シミズ カツユキ)
 1971年東京都生まれ。歴史家。明治大学商学部教授。専門は日本中世史。
 
【抜書】
●荒木酒(p157、注)
 トルコでは、「ラク」という蒸留酒を飲む。ラクはブドウを原料とし、アラビア語のアラックに相当する。
 中東や北アフリカで伝統的に作られ、ヨーロッパ、インド、東南アジア、日本に伝播。原料は地域によって異なり、ナツメヤシ、コメ、サトウキビなども用いる。
 日本には、戦国時代の終わりに蒸留酒(アラック)が伝わり、荒木酒(あらきざけ)と呼ばれた。
 
●中世史(p219、清水)
〔 同業者ともよく話すんですが、中世史の古文書は適量なんですよ。近世史になると量が膨大になって。古代史になると今度は少なすぎて、六国史と少数の文書ぐらいしか残っていないんですが、中世の文書は、一人の研究者が一生をかけてざっと見ることができるぐらいの量が残っているので、トータルな時代のイメージを作りあげていくのに一番向いているんです。
 だから、日本史の世界では、新しい方法論を真っ先に開拓するのは、だいたい中世史の研究者だと言われているんです。歴史学の新たなブームが起きるときに、その口火を切るのは必ず中世史で、マルクス主義歴史学を最初に取り入れたのも中世史だったんですよ。社会史のブームを最初に作りだしたのも、網野善彦さんのような中世史の研究者で。それはたぶん史料の量が適度だからで、新しい方法論を使って、それまで死んでいた史料を見直して、歴史像を組み立てることができるんです。〕
 
●中古車(p364、高野)
 ソマリランドでは、日本で作った日本の中古車ばかり輸入されている。
 日本以外では、中古でもそれほど値段が下がらない。「車の持ち主が代わった瞬間に、価格が六割に下落するなんていう国は日本しかない」(中古車の輸出会社の社長談)。2、3回転売されると車の価値はほぼゼロに。
 しかも、日本人はものすごく丁寧に車に乗るから、めちゃめちゃ質のいい中古車がタダ同然で手に入る。中古車を輸出するビジネスは日本でしか成り立たない。
 
(2022/8/31)NM
 
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戦争が巨木を伐った 太平洋戦争と供木運動・木造船
 [歴史・地理・民俗]

戦争が巨木を伐った: 太平洋戦争と供木運動・木造船 (236;236) (平凡社選書 236)
 
瀬田勝哉/著
出版社名:平凡社(平凡社選書 236)
出版年月:2021年1月
ISBNコード:978-4-582-84236-4
税込価格:4,180円
頁数・縦:526p・20cm
 
 太平洋戦争時、艦船の不足を補うため、軍部は、物資輸送のための木船(特に機帆船)を多数建造する計画を立て、民間の巨木をも供木・献木させる施策を推進した。その一部始終を検証する。
 学術書というより、ルポルタージュ。5年半にわたる文献・資料探索、現地取材を経て書き上げた学術的ルポルタージュである。きっかけが学生の卒業論文だったことに始まり、取材に至るいきさつなど、エピソードも満載。読み応え十分である。
 
【目次】
はじめに それは一学生の卒業論文から始まった
第1部 供木・献木
 太平洋戦争と「軍需造船供木運動」
 供木・献木「魁」の大ケヤキ
 「率先垂範」する天皇・大社寺
 「巨木挙つてお召しに応じよう」
 軍需造船供木運動の全国的動向
 官製「国民運動」の理想と現実
 メディア・文化人の動員
第2部 木船
 木船に賭ける日本
 木船造船所の数と分布
 木船造船所の視察と業界の提言
 漫画家の『僕の木船見学』を読む
 木船は活躍できたか
第3部 木の終戦
 伐採された木の行方
 伐採を免れた巨木・大木
おわりに 「木の事件史」を記憶する
 
【著者】
瀬田 勝哉 (セタ カツヤ)
 1942年生まれ。大阪府大阪市出身。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。武蔵大学名誉教授。専攻は京都中世史、木の社会史・文化史。
 
【抜書】
●石(p92)
 木材の量を表す単位。
 一石は、1尺×1尺×10尺。
 
●散居村(p148)
 農家が家の周辺に農地を持って耕作し、各家には周囲に屋敷林を巡らせる集落の形態。散村とも言う。
 
●田澤義鋪(p165)
 たざわよしはる。親友の下村湖人が田澤の伝記『田澤義鋪』を書いている。
 1924年(大正13年)、大日本連合青年団を結成。西洋的な近代国家を目指す過程で失われていく郷土を取り戻すべく、「修養」生活という精神運動によって、郷土への明確な意識と知見を有し主体的に地方自治を担いうる若い人材の育成を目指す。
 翌年、運動の総本山として神宮外苑に日本青年館を開館。
 明治神宮の森づくりのために全国から10万本の献木が行われたが、その運搬に青年団があたった。
 のち、1929年(昭和4年)に壮年団が結成される。壮年団期成同盟会。青年団が終了する25歳から40歳が対象。「修養」を卒業し、「実行力」「実践」が重視される。
 壮年団は、太平洋戦争を機に、他の団体と合流して大日本翼賛壮年団へと変貌していく。
 
(2022/8/30)NM
 
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名字の歴史 古代から現代まで、日本人の名字の由来をたどる
 [歴史・地理・民俗]

名字の歴史 (TJMOOK)
 
森岡浩/監修
出版社名:宝島社(TJ MOOK)
出版年月:2021年9月
ISBNコード:978-4-299-02062-8
税込価格:1,100円
頁数・縦:95p・30cm
 
 日本人の名字にまつわるあれこれを歴史的にたどり、ビジュアルに紹介。
 
【目次】
第1章 名字誕生前に主流だった「姓」とは?
第2章 「名字」の変遷は日本の歴史のうつし鏡
巻末特集 各地方を代表する名字55選
  
【著者】
森岡 浩(モリオカ ヒロシ)
 1961年高知県生まれ。姓氏研究家。早稲田大学政治経済学部卒業。学生時代から独学で姓氏研究を行い、文献だけにとらわれない実証的な研究を続ける。特に現在の名字分布をルーツ解明の一手がかりとする。
 
【抜書】
●周王朝(p15)
 中国では、BC10世紀頃の周の時代にはすでに一族のルーツを示す「姓」が存在していた。
 周王朝の天子は、各諸侯に土地を与えて国とし、それぞれ氏を名乗らせていたが、諸侯が勝手に地名を名字として使うことは許さなかった。そのため、結果的に名字の数は増えなかった。
 
●武蔵七党(p24)
 日本で最初に名字を名乗ったのは武蔵七党の武士ではないかと言われている。
 横山党(八王子、相模原)、村山党(所沢、川越)、児玉党(埼玉県北西部〜群馬県)、猪俣党(埼玉県北部)、西党、丹党(熊谷、埼玉県西部)、野与党(川口、春日部、久喜)。実際には7集団以上あり、西党の代わりに私市党(ささいとう:久喜、埼玉中東部)を入れる場合もある。
 
●源平の違い(p41)
 平安時代では、下賜姓は「源」と「平」に限定されるようになっていった。
 はっきりした区別はないが、天皇に直接近い人物(天皇の子どもなど)には「源」、やや遠い人物(孫や曽孫など)には「平」が与えられるという傾向が見られる。
 
●親子別姓(p42)
 平安時代中期頃までは、妻問婚が主流で、公家の男子は結婚すると妻の実家に住み込んだ。子どもが生まれると妻の実家で育てられるので、代ごとに住む家が違っていた。そのため、父親と違う名字となった。
 平安時代後期にこの風習が変わり始め、鎌倉時代になると結婚の形態が変化。子は父親と同居するようになって名字が固定化していいき、子が親の名字を継ぐようになった。
 公家の名字は、邸宅のあった京都の地名が付けらることがほとんどだった。
 
●鞆幕府(p50)
 信長に京都を追放された足利義昭は、最終的に毛利輝元の庇護を受け、鞆(とも:現在の広島県福山市)に落ち着いた。そこで鞆幕府を開いて信長に対抗した。
 信長が本能寺の変で倒れ、豊臣氏が政権を確立すると、秀吉から山城国槙島に1万石の所領を与えられ、鞆から京都に戻った後に将軍を辞している。
 
●伊藤、伊東(p89)
 伊藤……藤原北家の子孫が「伊勢国の藤原」として「伊藤」を名乗った。
 伊東……藤原南家の子孫である工藤維職(これもと)が伊豆国田方郡伊東(現在の静岡県伊東市)に住んで「伊東」を名乗った。日向国の伊東氏も同じルーツ。
 
(2022/8/25)NM
 
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新中国論 台湾・香港と習近平体制
 [社会・政治・時事]

新中国論: 台湾・香港と習近平体制 (1005;1005) (平凡社新書 1005)
 
野嶋剛/著
出版社名:平凡社(平凡社新書 1005)
出版年月:2022年5月
ISBNコード:978-4-582-86005-4
税込価格:1,056円
頁数・縦:283p・18cm
 
 台湾と香港の民主主義の現状を論じ、両者に介入しようとする習近平体制の中国を批判する。
 
【目次】
第1章 「台湾化」と「香港化」の狭間で
第2章 なぜ台湾と香港は中国にとって「特別」なのか
第3章 中国指導者にとっての台湾・香港問題
第4章 台湾・香港にとっての「中国」と本土思想
第5章 失われた「文化中国」の連帯
第6章 グローバル化する台湾・香港問題
第7章 日本は台湾・香港にどう向き合うべきか
第8章 台湾・香港は「坑道のカナリア」か
付録 2021年の「歴史決議」で記された台湾・香港問題
 
【著者】
野嶋 剛 (ノジマ ツヨシ)
 1968年生まれ。ジャーナリスト。大東文化大学社会学部教授。上智大学文学部新聞学科卒業後、朝日新聞社に入社。シンガポール支局長、政治部、台北支局長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。
 
【抜書】
●自古以来(p40)
 台湾について、中国憲法でその序文に「台湾は中華人民共和国の神聖な領土の一部分である。祖国統一の大業を完成することは台湾同胞を含めた全中国人民の神聖な職責である」と書かれている。
 その根拠として、1993年、国務院台湾事務弁公室が公表した「台湾問題と中国の統一に関する白書」に以下の記述。
 ・台湾は中国大陸の東南縁に位置し、中国第一の島であり、大陸とは分割できない全体を構成している。
 ・1700年あまり前の三国時代の『臨海水土志』に記述がある。歴史上もっとも古い台湾の文字だ。
 ・紀元3世紀と紀元7世紀に、三国の孫呉と隋王朝が万単位の人員を派遣している。
 ・17世紀になると、中国からの移民が台湾に大量に入った。
 ・宋王朝は兵を派遣して澎湖諸島を守った。
 ・1662年に鄭成功が台湾に「承天府」を設置した。
 ・1684年、清朝が台湾府を設置した。
 ・1885年、清朝が台湾省を設置し、順撫(じゅんぶ)を置いた。
〔 ただこれだけでは、「古から」台湾は中国の領土であるとするには十分ではない。
 中国に対する甘めの解釈でも、その起点は台湾の一部支配を始めた1684年の台湾府設置であるし、全土を統治対象として認識したという意味では、1885年の台湾省の設置を起点とすべきだろう。そうだとすれば「古から」と言いきるのはかなり厳しい。このため、中国の学会では、考古時代から大陸からの人類移動が起きていたことを立証しようとする研究も発表され、できるだけ「古から」を補強する材料を積み重ねようとしている。領土概念がない時期に「中国の領土」だったと主張する国際法上の意味があるわけではない。実際のところ、台湾では日本の統治が1895年から1945年まで続き、1945年から現在までは「中華民国」が統治しているので、中華人民共和国は1日たりとも台湾を統治した経験はない。〕
 
●毛沢東(p76)
 毛沢東は、台湾独立を支持していた。
 1936年、米国人ジャーナリストのエドガー・スノー(『中国の赤い星』の著者)との対話。「我々は中国の失われた領土を回復して独立したあと、もし朝鮮人が日本帝国主義の鎖をたちきりたいときは、我々は彼らの独立闘争に熱のこもった援助を与えるだろうし、台湾についても同様である」。
 1947年、人民解放軍の機関紙「解放軍報」にて。「我々中国共産党が指導する武装部隊は、台湾人民が蒋介石と国民党に反対する闘争を完全に支持する」「我々は台湾の独立に賛成し、台湾が自ら求める国家を作り上げることに賛成する」。
 
●我が道を行く(p92)
〔 すべてにおいて「我が道を行く」スタイルの習近平は自分たちの主張を前面に出し、聞き入れるかどうかは相手次第で、聞き入れれば大事にするし、聞き入れなければ敵視する、という行動様式が目立つ。〕
 
●完全統一(p93)
〔 中国にとっての「完全統一」とは、中華人民共和国建国時にまだ支配下になかった新疆ウイグル、チベット、海南島、台湾をすべて「解放」することを評して使われた言葉だった。その後、中国の公式文章などでは「完全統一」と「平和的統一」はしばしば混用されて使われてきたが、台湾に与える印象としては「平和統一」のほうがはるかにソフトで、胡錦涛時代以前はあまり「完全統一」が使われなかった。〕
 習近平が「完全統一」を多用するようになったは2021年から。7月の中国共産党100年のとき、「台湾問題を解決し、祖国の完全統一を実現することは中国共産党が諦めることのない歴史的任務だ」と述べている。
 
●本土化(p104)
 台湾は、日本時代に「日本化」を経験し、戦後の国民党統治下で「中国化」を経験し、李登輝以後に「台湾化(本土化)」を経験している。
 〔100年あまりの間に、日中台の間をさまよった台湾社会のアイデンティティ経験は、まさに東アジアの近代の激動を物語ってくれる貴重な生きた資料だ。台湾の人々の強靭なメンタリティの根底には、こうした変化への適応を恐れないマインドがあると痛感させられる。〕
 
●法理台独(p111)
 もともと、台湾における独立派は、中華民国を否定していた。中華民国は台湾を統治する正統性がない。
 サンフランシスコ講和条約で日本は台湾の放棄を表明し、中華民国は一時的に接収しただけ。国際条約などで中華民国への台湾の帰属は定められていないと考える。「国際法理論」から台湾独立を推進する根拠とされ、「法理台独」と呼ばれている。
 
●神社復元(p121)
 民主化によって解放された台湾の人々は、中華民国一辺倒だった歴史の見方を変えた。鄭成功のものも、清朝のものも、列強のものも、日本のものも、「台湾史の一部」として尊重し、保存するようになった。
 台湾の各地で、国民党政権によって破壊された神社の保存、復元運動が起きている。遊歩道を直し、鳥居を再現している。
 
●陳雲(p122)
 香港本土思想のイデオローグ。
 香港は、西洋と東洋の間に生まれた特殊な「城邦(都市国家、都会)」。民主主義を実践していた古代ギリシャのポリスのような自治機能を有する都市国家である。主権国家ではないが、中国が民主化を果たしていくなかで、香港はその中心となっていくと唱えた。
 
●孔子79代(p132)
 孔垂長。孔子直系79代の子孫。台湾にて、「大成至聖先師奉祀官」という世襲官職に就いている。
 蒋介石率いる国民党とともに大陸から渡ってきた孔家の人物。
 台湾こそ、儒教が受け継がれている地、中華文化の担い手?
 
●金馬奨(p143)
 台湾の『アカデミー賞」ともいわれる映画祭。中国には金鶏奨、香港には金像奨があるが、三者の中で最も長い歴史と権威を誇る。両者と異なり、中国でも香港でも、東南アジアでも、中国語を用いる「華語映画」であれば審査対象となる。
 金馬とは、金門島、馬祖島に由来。中国への大陸反攻を想起させる政治的な意図が名前に込められた。
 2018年11月17日、金馬奨授賞式で、「最優秀ドキュメンタリー賞」を受賞した傅楡(フー・ユー、36歳、女性監督)が「いつか、私たちの国家が、本当に独立した個体としてみてもらえますように。これは台湾人に生まれた私にとって最大の願いです」とスピーチ。受賞作は『私たちの青春、台湾』(邦題)。
 中国の映画人のほとんどは、授賞式式典終了後のパーティーを欠席した。
 以降、「開かれた金馬奨」は、台湾の作品を中心とする映画祭へと変質することを余儀なくされた。
 
(2022/8/17)NM
 
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いのちの科学の最前線 生きていることの不思議に挑む
 [自然科学]

いのちの科学の最前線 生きていることの不思議に挑む (朝日新書)
 
チーム・パスカル/著
出版社名:朝日新聞出版(朝日新書 868)
出版年月:2022年6月
ISBNコード:978-4-02-295179-3
税込価格:935円
頁数・縦:236p・18cm
 
 日本における生命科学の最先端の研究を、「ディープに、しかも分かりやすく」紹介する。
 
【目次】
Ⅰ 進化の衝撃
 1 酵素の研究が解く「性」のグラデーション――立花誠(大阪大学大学院生命機能研究科教授)/(取材執筆)寒竹泉美
 2 いかにして腸内細菌はヒトと「共生」するのか――後藤義幸(千葉大学真菌医学研究センター感染免疫分野微生物・免疫制御プロジェクト准教授)/(取材執筆)萱原正嗣・大越裕
 3 脳のない生物にも知性はあるのか――中垣俊之(北海道大学電子科学研究所教授)/(取材執筆)竹林篤実
Ⅱ 細胞のドラマ
 4 死のメカニズムを生きる力に変える――清水重臣(東京医科歯科大学難治疾患研究所教授)/(取材執筆)萱原正嗣・竹林篤実
 5 敵にも味方にもなる免疫機構を見極める――竹内理(京都大学大学院医学研究科教授)/(取材執筆)大越裕
 6 老いの制御の今と未来――本橋ほづみ(東北大学加齢医学研究所教授)/(取材執筆)森旭彦
 7 分子心理免疫学で「病は気から」を解明する――村上正晃(北海道大学遺伝子病制御研究所教授)/(取材執筆)平松絃実・寒竹泉美
Ⅲ コンピュータで解く生命
 8 遺伝子研究が導く創薬のかつてない領域――中谷和彦(大阪大学産業科学研究所教授)/(取材執筆)竹林篤実
 9 タンパク質探究で生命現象の源へ――中村春木(大阪大学名誉教授)/(取材執筆)大越裕
Ⅳ こころといのち
 10 身体の外にも広がりゆくこころ――河合俊雄(京都大学人と社会の未来研究院教授)/(取材執筆)寒竹泉美
 
【著者】
チーム・パスカル
 2011年に結成された、理系ライターのチーム。大学などの研究機関や幅広い分野にまたがるBtoBメーカーの理系の言葉を、専門的な知識を持たない人にも分かる言葉で届ける翻訳を得意とする。メンバーは、理系出身者と文系出身者の両方で構成され、ノンフィクションライター、ビジネスライター、テックライター、小説家、料理研究家、編集者、メディアリサーチャーなど、多様なバックグラウンドを持つ。サイエンスを限定的なテーマとして扱うのではなく、さまざまな分野と融合させる、多様なストーリーテリングを目指している。
 
【抜書】
●ゲートウェイ反射(p150、村上正晃)
 多発性硬化症は、脳と脊髄の神経細胞の髄鞘が障害されて、視力や運動能力や認知機能など、様々なところに症状が現れる。自己免疫疾患。
 本来、脳や脊髄には免疫細胞が入れない。血管脳関門という仕組みのため、大きな分子は通れないようになっている。
 しかし、マウスの静脈に自己の髄鞘を攻撃する自己反応性免疫細胞を注射したところ、多発性硬化症を発症。第5腰髄にある血管に免疫細胞が集まっており、そこが入口になっていた。この血管は、ヒラメ筋からの刺激を受ける場所。ヒラメ筋は、重力に対して姿勢を保つために働く筋肉。
 ゲートウェイ反射……第5腰髄にできたような「入口」をゲートウェイ反射と名付ける。特定の感覚神経に入力された刺激をきっかけに、特定の血管に入口ができ、本来侵入しないはずの血液中の免疫細胞が組織に侵入した。
 宇宙マウス(無重力状態)では、第5腰髄にゲートウェイ反射は現れなかった。
 脚を吊ったマウスの上腕三頭筋を電気刺激すると、今度は第3頸髄から第3腕髄に入口が形成された。
 
●IL-6アンプ(p159、村上正晃)
 炎症が起きている場所には、血液中から様々な免疫細胞が集まってくる。組織の細胞からも様々な因子が出る。
 このような因子とIL-6(インターロイキン6)が互いに増幅しあい、組織の細胞の中で正のフィードバックが起こり、微小炎症でも慢性炎症につながる可能性がある。
 たくさんの病気が、IL-6アンプによって引き起こされている。自己免疫疾患だけでなく、メタボリック症候群、精神疾患、認知症、アトピー、アレルギー感染症、肺炎、胃炎、皮膚炎、など。まだ炎症が小さいうちに発見して慢性炎症になるのを防ぐことができれば、ほとんどの病気の予防につながる可能性がある。
 
●日本蛋白質構造データバンク(p192、中村春木)
 PDBj(Protein Data Bank Japan)。2000年7月に設置。世界に五つしかないタンパク質データバンクを維持管理する国際研究機関のひとつ。日々、タンパク質の立体構造データを登録・編集し、情報の提供を行っている。構造情報は、研究者・教育者・学生・企業を問わず、誰でも無償で利用することができる。
 2021年現在、PDBには約18万件が登録されている。人体を構成するタンパク質はおよそ6万種。そのうち7割程度の構造をカバーしている。
 PDBjの設立の中心となったのが、中村春木。日本のタンパク質研究の「メッカ」、大阪大学蛋白質研究所(1958年設立)の所長を2014-18年に務めた。
 タンパク質は、自然界に約10万種類存在する、と言われている。
 
●インシリコ創薬(p202、中村春木)
 タンパク質の構造変化をコンピュータでシミュレートし、創薬に応用すること。病気の原因となるたんぱく質の立体構造をコンピュータ上に再現し、それにうまく結びつく物質を、シミュレーション計算によって何百万種類に及ぶ候補の化合物の中から選び出し、合成・設計する。
 1980年代に萌芽があり、現在では創薬の中心技術となりつつある。
 インシリコ(in silico)とは、「コンピュータ内で」という意味。「in vivo(生体内で)」、「in vitro(試験管内で)」との対比。
 
●主体(p215、河合俊雄)
 発達障害を発症する人の多くは、「主体」が弱いという特徴を持っている。
 「発達障害といってもいろいろですが、その多くは『主体』が弱いという特徴を持っています。発達障害や発達障害的な特徴に悩む人が増えてきたのは、時代が変化したからではないでしょうか。終身雇用が当たり前で外から決められた『枠』がしっかりあった時代は、主体性が欠けていても問題にはなりませんでした。コミュニティもしっかり存在して、その中での役割が与えられていたからです。誰と結婚して、どの仕事をするかが、コミュニティの中で必然的に決まっていた。そうなると、主体性なんてなくても困らないわけです。しかし、現代は自然発生的なコミュニティが減って、自分で判断する場面が多くなりました。個人の自由度が増してきた現代だからこそ、主体性の問題があぶり出されていると考えています」
 
(2022/8/15)NM
 
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職業としての官僚
 [社会・政治・時事]

職業としての官僚 (岩波新書)
 
嶋田博子/著
出版社名:岩波書店(岩波新書 新赤版 1927)
出版年月:2022年5月
ISBNコード:978-4-00-431927-6
税込価格:1,034円
頁数・縦:246p, 20p・18cm
 
 自身の国家公務員としての経験や各省現役・OBへの聞き取り調査も取り入れ、先進4か国(英米独仏)との比較も交えつつ、日本の官僚の現状と理想像を論じる。
 さまざまな論考が参照されているが、肝になっているのはマックス・ウェーバーの『職業としての政治』『職業としての学問』であろうか。随所で言及されている。
 
【目次】
第1章 日本の官僚の実像―どこが昭和末期から変化したのか
 職業の外面的事情
 仕事の内容
 各省当局の工夫
 小括―合理性や官民均衡が強まった半面、政治的応答は聖域化
第2章 平成期公務員制度改革―何が変化をもたらしたのか
 近代官僚制の創設から昭和末期まで
 改革を考える枠組み
 時系列れみる改革
 平成期改革の帰結
 小括―改革項目のつまみ食いによって、官僚が「家臣」に回帰
第3章 英米独仏4か国からの示唆―日本はどこが違うのか
 4か国の官僚の実像
 4か国の政官関係
 近年の変化
 小括―日本の特徴は、①政治的応答の突出、②無定量な働き方、③人事一任慣行
第4章 官僚論から現代への示唆―どうすれば理念に近づけるのか
 官僚制改善に向けた手がかり
 感情を排した執行か、思考停止の回避か(ドイツ)
 政治の遮断か、専門家の自律か、それとも政治への従属か(米国)
 企業経営型改革か、国家固有の現代化か
 「民主的統制」への新たな視線
 小括―「あるべき官僚」を実現させるためには、自分ごとでとらえる必要
結び―天職としての官僚
 
【著者】
嶋田 博子 (シマダ ヒロコ)
 1964年生まれ。1986年京都大学法学部卒、人事院入庁。英オックスフォード大学長期在外研究員(哲学・政治・経済MA)、総務庁(現・総務省)、外務省在ジュネーブ日本政府代表部、人事院事務総局総務課長、同給与局次長、同人材局審議官等を経て、京都大学公共政策大学院教授(人事政策論)。博士(政策科学)。
 
【抜書】
●日本の公務員の内訳2021年度(p4)
 地方公務員 274.3万人(82.3%)
 国家公務員 58.8万人(17.7%)
  特別職 29.8万人
   大臣、副大臣、大臣政務官、大公使等 500人
   裁判官、裁判所職員 2.6万人
   国会職員 4千人
   防衛省職員 26.8万人
   行政執行法人役員 30人
  一般職 29.0万人……国家公務員法適用対象
   給与法適用職員 28.0万人
   検察官 3千人
   行政執行法人職員 7千人
 
●公務員の数(p129)
 人口1,000人当たり。
 フランス 90.1人(中央政府25.2人、地方政府41.7人)
 イギリス 67.8人(中央政府5.4人、地方政府23.4人)
 アメリカ 64.1人(中央政府4.4人、地方政府51.0人)
 ドイツ 59.7人(中央政府2.7人、地方政府46.7人)
 日本 36.9人(中央政府2.7人、地方政府26.8人)
 
●本人応募(p131)
 英米独仏とも、政治任用部分を除き、官僚の異動・昇進は、空席に対する本人の応募が原則となっている。本人応募を経た競争と選考。
 内部限定と、外部公募まで含める場合とがある。
 
●政治的官吏(p134)
 ドイツでは、事務次官・局長は「政治的官吏」と呼ばれる。通常の人事と同じく、成績主義に基づき内部昇進していく。
 ただし、大臣は、政治的官吏が信頼できないと感じた場合には、理由を明示せずに更迭(一時退職)できる。更迭された後も、7割を超える給与(恩給)が最長3年間支給される。
 幹部官僚は、自分や家族の生活のために大臣に阿る必要がない。
 近年は、政権交代があると相当数の更迭者が出るが、新旧幹部への二重払いが生ずるため、大臣には世論を納得させるだけの理由が必要となる。
 幹部ポストに昇進するのはその時点の与党に所属している者が多い。与党支持者でない場合、官吏としての身分は基本的に州政府と共通なので、人脈があれば州の幹部に転じることもでき、大学教員等の途もある。
 
●異議申し立て(p231)
 ドイツでは、官僚の義務規定に「上司に対し助言し補佐する義務を負う」(官吏法第62条)とある。一方的に命令を受ける関係ではなく、上司の命令に従った場合でも、違法な職務行為には個人として全面的に責任を負う。
 免責されるには、上司あるいはその上の上司に「命令の適法性に疑義がある」と異議申し立てをして、その命令が改めて追認されることが必要となる。
 さらに1957年には、「命令の内容が人間の尊厳を傷つけるものであるとき」には免責されないという規定(現行第63条)が加えられた。
 ナチス政権という経験が、「選良たちが尊厳を傷つける命令を出すことはあり得ない」という性善説の放棄、人倫は官僚の命令順守義務に勝ることの明文化をもたらした。生(なま)の力が支配する状況にあっても、「人間の尊厳を傷つける」ことは絶対悪であるという価値判断の宣言。
 
●臨床医(p236)
〔 このように考えていくと、官僚の役割は、専門知識に支えられた冷徹さと同時に人々への熱い思いを要する医師、とりわけ現場で診断や執刀に当たる臨床医の仕事にどこか似ている。意欲だけで役割を果たすことはできず、、長期の厳しい知的訓練を要する。目先の感情に溺れることは許されないが、「人のため」という情熱なしには職責に耐え続けることはできない。善意や愛想も大事だが、それよりも結果によって判断される。官僚に必要なのは、「良き社会のための臨床医」に徹する覚悟であると集約できるかもしれない。〕
 
(2022/8/13)NM
 
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皮膚、人間のすべてを語る 万能の臓器と巡る10章
 [医学]

皮膚、人間のすべてを語る――万能の臓器と巡る10章
 
モンティ・ライマン/〔著〕 塩崎香織/訳
出版社名:みすず書房
出版年月:2022年5月
ISBNコード:978-4-622-09092-2
税込価格:3,520円
頁数・縦:270, 34p・20cm
 
 ヒトの皮膚について、宗教から美容、最新医療まで、様々な分野を渉猟した博覧強記のエッセー。
 
【目次】
第1章 マルチツールのような臓器―皮膚の構造とはたらき
第2章 皮膚をめぐるサファリ―ダニやマイクロバイオームについて
第3章 腸感覚―身体の内と外のかかわり
第4章 光に向かって―皮膚と太陽をめぐる物語
第5章 老化する皮膚―しわ、そして死との戦い
第6章 第一の感覚―触覚のメカニズムと皺
第7章 心理的な皮膚―心と皮膚が互いに及ぼす影響について
第8章 社会の皮膚―刻んだ模様の意味
第9章 分け隔てる皮膚―ソーシャルな臓器の危険な側面―疾病、人種、性別
第10章 魂の皮膚―皮膚が思考に及ぼす影響―宗教、哲学、言語について
 
【著者】
ライマン,モンティ (Lyman, Monty)
 オックスフォード大学医学部リサーチ・フェロー、皮膚科医。オックスフォード大学、バーミンガム大学、インペリアル・カレッジ・ロンドンに学ぶ。タンザニアの皮膚病調査についてのレポートで2017年にWilfred Thesiger Travel Writing Awardを受賞。初の単著である『皮膚、人間のすべてを語る―万能の臓器と巡る10章』はRoyal Society Science Book Prize最終候補作になるなど高評を得た。オックスフォード在住。
 
塩崎 香織 (シオザキ カオリ)
 翻訳者。オランダ語からの翻訳・通訳を中心に活動。英日翻訳も手掛ける。
 
【抜書】
●アポクリン汗腺(p20)
 アポクリン汗腺(アポクリン腺)から分泌される汗は無臭。タンパク質やステロイド、脂質などを豊富に含み、皮膚表面にいる多くの細菌にとってのご馳走。これらの細菌によって汗が分解されると、芳香とは言いがたい匂いを発するようになる。いわゆる体臭。
 〔自然ににじみ出るこのオーデコロンにはフェロモンという化学物質が含まれ、別の個体の生理状態に影響を及ぼしたり、社会的な反応を引き出したりしていると長らく考えられてきた。〕
 〔アポクリン汗腺から出る汗は「惚れ薬」でもある。〕
 
●コロモジラミ(p40)
 これまで、ペストは、ペスト菌に感染したネズミの血を吸ったのみが媒介したとする説が主流だった。
 2018年の研究によると、コロモジラミが「ヒト→衣服→ヒト」と広がり、主な感染経路となった可能性も明らかになっている。
 コロモジラミは、アタマジラミとは異なり、首から下に点在する体毛の少ない部位に生息し、衣類に卵を産むように適応している。発疹チフスを起こすリケッチア、回帰熱の原因となるスピロヘータ、塹壕熱(第一次世界大戦中に前線兵士の間で流行)の犯人であるバルトネラ・クインターナ、などの病原体を媒介する。
 
●韓国・朝鮮人(p54)
 東アジア人、中でも韓国・朝鮮人は、遺伝的にアポクリン汗腺が少なく、腋の下にいる細菌の構成も異なるため、それ以外の地域出身の人々に比べて体臭がかなり弱い。
 
●ボブ・マーリー(p93)
 悪性黒色腫が転移して死亡。当初、つま先の病変がサッカーでできた傷だと誤診され、治療が遅れた。
 米国の調査では、黒人の悪性黒色腫は白人に比べてずっと少ないのに、診断後の生存率は黒人のほうがかなり低い。保健医療へのアクセスが困難な黒人が多いことに加え、黒い肌でも皮膚がんになるという認識が黒人社会と医療関係者の両方に不足しているためかもしれない。
 
●クレオパトラ(p125)
 クレオパトラの若返り術。
 ロバ700頭を飼育させ、毎日その乳を満たした風呂に入っていたと言われている。
 
●情動的触覚(p140)
 「識別的触覚」のほかに、人間には「情動的触覚」が備わっている。
 C触覚線維と呼ばれる神経が関わっており、皮膚の有毛部に存在する。軽いタッチに敏感で、その信号は時速約3.2km(秒速90cm)で脳に送られる。触れているものが何であるかを判断できるような情報を伝えるのではなく、接触によって生じた感情の信号を伝達する。送られた低速の信号は、大脳辺縁系など、脳の中でも特に感情に関係する領域で処理される。32℃、秒速2~10cmで撫でられたときに活性が最大になる。
 
●カンガルーケア(p161)
 1978年、コロンビアのボゴタにある母子医療センターでは、新生児集中治療室のスタッフ不足と保育器の不足により、赤ちゃんの死亡率は70%に達していた。担当の医師エドガー・レイ・サナブリアは、未熟児で生まれた赤ちゃんを肌が直接触れるように母親の胸に抱かせ、(保育器の代わりに)温めるとともに、母乳養育を推奨した。死亡率は10%に低下した。
 母親との直接の肌の触れ合いが未熟児にとって驚くような薬となった。「カンガルーケア」と名付けられ、その後20~30年で世界に広がった。
 2016年のレビューでは、カンガルーケアはバイタルサイン(心拍や呼吸など)を安定させ、睡眠を改善し、体重の増加につながると結論されている。
 途上国で出産後1週目にカンガルーケアを受けた場合、生後1か月以内に死亡する割合が51%減少する、という研究結果も。
 両親に対しても心理的にプラスに働き、不安を和らげて育児に自信を持たせる効果が認められている。
 
●外胚葉(p170)
 人間の脳と皮膚は、胚の同じ細胞(外胚葉)から派生している。皮膚と心のあいだには変化してやまない関係がある。
 
●体内侵入妄想(p190)
 自分の身体に昆虫などの生物が寄生しているという妄想を「寄生虫妄想」と呼ぶ。皮膚の下で虫がうごめいているような感覚(蟻走感:ぎそうかん)を感じる。糖尿病やがんなどの患者、医薬品やドラッグ(特にコカイン)でも起きる。
 最近は、虫がテクノロジーの世界の物体(ナノチューブ、マイクロファイバー、追跡デバイス、など)にだんだんと置き換えられているので、「体内侵入妄想」という病名のほうが適切である。
 
●モコモカイ(p198)
 マオリの人々は、顔に刺青を入れている。モコ。
 モコは、自分の歴史を顔に刻んだもの。社会的な身分を額と眼の周りに、生まれを上顎に、手に入れた土地と財産を下顎に。モコは自分の歴史と物語。
 マオリの戦士が死ぬと、モコが施された頭部「モコモカイ」は煙でいぶした後、さらに日干しにして模様が保存された。
 部族間の争いの最中でも、勝った側が討ち取った首を遺族の元に戻す慣習があった。和平を結ぶ際にモコモカイを交換することも行われた。
 1800年頃からイギリス人の入植が進み、キリスト教が入れ墨を否定したためにモコは断絶した。
 
●アイスマン(p211)
 1991年9月19日、アルプス山脈のエッツ渓谷で、アイスマン(通称エッツィ)が発見された。BC3300年頃の凍結死体。
 45歳前後。頭部を強く殴られ、右肩に石でできた矢尻が食い込んでいた。一方、所持品には本人以外の4人の血痕が確認された。矢尻に二人分、外套と短刀に一人分。DNA DNA分析によると、心臓疾患のリスクが高く、乳糖不耐症。腸には鞭虫が寄生していた。
 全身に小さな入れ墨が刻まれていた。2015年、マルチスペクトル画像解析で、合計61個の入れ墨が判明。ほとんどが縦横の線、あるいは小さな十字を並べた模様。 入れ墨の大部分は、腰部のほか、足首と手首、膝関節に集中。エッツィが患っていたとされる関節炎の痛みが出やすい場所。それ以外の入れ墨は鍼療法の経路に沿って入れらている。8割が中医学の経穴(つぼ)の場所と一致する。
 
●梅毒(p235)
 イタリアでは「フランス病」、フランスでは「イタリア病」、ロシアでは「ポーランド病」、トルコでは「キリスト教の病」と呼ばれていた。
 「コロンブス交換」のひとつ。
 コロンブス交換……大西洋を挟んで動植物や道具、思考、そして病気が交換された現象。
 
(2022/8/8)NM
 
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「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ
 [言語・語学]

「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ (角川新書)
 
椎名美智/〔著〕
出版社名:KADOKAWA(角川新書 K-381)
出版年月:2022年1月
ISBNコード:978-4-04-082414-7
税込価格:990円
頁数・縦:221p・18cm
 
 「させていただく」はなぜこんなにも普及したのかを探る。『「させていただく」の語用論』(ひつじ書房)の要点を噛み砕いて新書化。
 
【目次】
第1章 新しい敬語表現―街中の言語学的観察
 用例を採集する
 「飲食は禁止させていただいております」
  ほか
第2章 ブームの到来―「させていただく」の勢力図
 「させていただく」への不思議な反応
 「語用論」のアプローチ
  ほか
第3章 違和感の正体―七〇〇人の意識調査
 言語学の様々なアプローチ
 古典語から継承された用法
  ほか
第4章 拡がる守備範囲―新旧コーパス比較調査
 昔の言葉と比較する
 『青空文庫』と『現代日本語書き言葉均衡コーパス』
  ほか
第5章 日本語コミュニケーションのゆくえ―自己愛的な敬語
 「させていただく」は関西発祥なのか
 「させていただく」の一人勝ち
  ほか
 
【著者】
椎名 美智 (シイナ ミチ)
 法政大学文学部英文学科教授。宮崎県生まれ、お茶の水女子大学卒業、エジンバラ大学大学院修士課程修了、お茶の水女子大学大学院博士課程満期退学、ランカスター大学大学院博士課程修了(Ph.D.)、放送大学大学院博士課程修了(博士(学術))。専門は言語学、特に歴史語用論、コミュニケーション論、文体論。
 
【抜書】
●1871年(p6)
 「させていただく」の最も古い用例は1871年。三遊亭圓朝の落語「菊模様皿山奇談(きくもようさらやまきだん)」。
 使用が増加したのは、1990年代。
 「さて此の若江の家(うち)へ宗桂(そうけい)という極(ごく)感の悪い旅按摩がまいりまして、私(わたくし)は中年で眼が潰れ、誠に難渋いたしますから、どうぞ、御当家様はお客様が多いことゆえ、療治をさせて戴きたいと頼みますと、慈悲(なさけ)深い母だから、
 母『療治は下手だが、家にいたら追々得意も殖えるだろう、清藏丹誠をしてやれ』」(p86。松本修「東京における『させていただく』」『國文學』九二、pp.355-367、関西大学国文学学会、2008年)
 
●丁重語、美化語(p58)
 日本語の敬語体型は、3種類から5種類に。
 以前は、尊敬語、謙譲語、丁寧語に分類されていたが、現在ではそこに丁重語、美化語が加わった。
 丁重語は、謙譲語から分化。「申す」「参る」「利用いたします」「愚息」「弊社」「小社」「拙者」など。謙譲語は自分の行為を受ける相手に敬意が向かうが(先生のところに伺います」)、丁重語は自分がへりくだるだけで行為が相手に向かわない(「これから京都に向かいます」)。
 〔自分の行為を丁寧に述べることによって自分の丁寧さを示す敬語で、結果として、間接的に敬意が相手に向いていきます。〕(p98)
 美化語は、丁寧語から分化。「お酒」「お水」「お勉強する」「お料理する」など。話し手が物事や行為を上品に言うときに使う。相手に関係ないモノに「お」を付けるので、敬意は相手に直接向かないが、物事を丁寧に言うことによって自分の品格を示し、間接的に丁寧さが相手に伝わる。
 
●遠隔化、近接化(p62)
 敬意が大きければ大きいほど、距離を大きく取ることになり、相手から遠ざかる。 ➾ 遠隔化
 近接化は、相手との距離を縮めること。タメ語は、相手と距離を置かず、相手に近づく言葉なので、近接化効果がある。
 
●平等(p68)
 上下関係が明確な社会では、尊敬語、謙譲語、丁寧語といった伝統的な敬語が有効に機能していた。
 しかし、現代の民主的な社会では、人々の間に固定的な身分や階級のような上下関係はなく、人間関係は基本的に平等だとされている。フラットな横の関係。そういう社会では、上下関係で使われていたものとは異なるタイプの敬語が必要となった。そういうときに丁重語や美化語が役に立つ。
 相手が誰であれ、自分の丁寧さが示せる。その場その場の関係性の中で丁寧さを示すことができるのが、「させていただく」のような補助動詞として使われた授受動詞。
 
●授受動詞の補助動詞用法(p80)
 第一ステージ(15世紀〜17世紀初め)……「てくれる」(一人称遠心的/二人称求心的)→「てやる」(一人称遠心的)→「てもらう」(一人称求心的)
 ※「てくれる」は二人称求心的用法に特化。
 第二ステージ(江戸時代)……「てくださる」(二人称求心的・敬語形)→「てあげる」(一人称遠心的・敬語形)→「ていただく」(一人称求心的・敬語形)
 第3ステージ(明治〜現在)……「てさしあげる」(一人称遠心的・敬語形)→「させていただく」(一人称求心的・敬語形/勝手用法)
 
●敬意のインフレーション(p87)
 敬意漸減が起こると、別の敬語を使って「敬意」のレベルを上げる必要が出てくる。結果として、「敬意のインフレーション」が起こる。
 江戸から明治になった時期と、戦中から戦後になった時期。どちらも、身分社会が水平化された時期。身分制度がなくなって上下関係から開放された時、都市化が進んで人々の匿名性が高まり、自分が対面している人がどんな出自の誰なのかがわからない時。
 
●距離感操作(p173)
〔 相手に失礼でない話し方をしようとすると、どうしてもたくさんの敬意表現を使うことになります。結果的に、対話者間の繋がりや親しさを表現できなくなって、少し不自由なコミュニケーション状況に陥ります。「させていただきます」は、そうした距離感の中にあって、「させて」と相手の許可に言及することによって、相手へ手を伸ばそうとする気持ちが話し手にあることを示すと同時に、「いただく」という遠距離効果の言葉で距離感を取り戻すことによって、微妙に人々の間の距離感を調整することができます。特に、相手に関係する動詞と一緒に使って距離感が縮まりそうな時には、「させていただく」によってしっかりと距離を取り戻すことができます。そうした微妙な距離感操作が簡単にできることが、伝統的な敬語に代わる表現として使われる理由ではないかと思います。〕
 
(2022/8/7)NM
 
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進化を超える進化 サピエンスに人類を超越させた4つの秘密
 [自然科学]

進化を超える進化 サピエンスに人類を超越させた4つの秘密 (文春e-book)
 
ガイア・ヴィンス/著 野中香方子/訳
出版社名:文藝春秋
出版年月:2022年6月
ISBNコード:978-4-16-391553-1
税込価格:2,750円
頁数・縦:404p・20cm
 
 火、言葉、美、時間が、人類を他の生物を超える存在へと押し上げた。
 博覧強記の縦横無尽な知識に恐れ入った。
 
【目次】
序章 人間がいかに生物学的人類を超える種となったかについての物語へようこそ
創世記
第1部 火
第2部 言葉
第3部 美
第4部 時間
 
【著者】
ヴィンス,ガイア (Vince, Gaia)
 サイエンス・ライター、作家。『ネイチャー』誌、『ニューサイエンティスト』誌のシニア・エディターを歴任。『ガーディアン』、『タイムズ』、『サイエンティフィック・アメリカン』などの新聞・雑誌に寄稿する。60ヶ国以上を歴訪し、3ヶ国に暮らした。現在はロンドンを拠点とし、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの人新世研究所のシニア・リサーチ・フェローも務める。2014年のデビュー作『Adventures in the Anthropocene』(『人類が変えた地球 新時代アントロポセンに生きる』小坂恵理訳、化学同人)は英国王立協会サイエンス・ブック賞を女性として初めて受賞。
 
野中 香方子 (ノナカ キョウコ)
翻訳家。お茶の水女子大学卒業。
 
【抜書】
●好色(p36)
〔 およそ八万年前、現生人類の最初の少数の集団がアフリカから脱出した。当時、ネアンデルタール人は、シベリアからスペイン南部までの広域で繁栄していた。わたしたちの遺伝子の中には彼らの痕跡がかすかに残っている。なぜならわたしたちの祖先は、他の人類に出会うたびに交配していたからだ。わたしを含め、現代のヨーロッパ系の人は遺伝子の中にネアンデルタール人のDNAを持ち、ヨーロッパではネアンデルタール・ゲノムの二〇パーセントが今も受け継がれている。おそらく、それらの遺伝子がヨーロッパでの生存を助けたからだろう。その他の古代の人種も、現生人類の中に遺伝子を残している。オーストラリアの先住民はデニソワ人に由来する遺伝子を持つが、デニソワ人についてわかっていることはきわめて少ない。一方で、まだ確認されていない古代の人種が、わずか二万年前のアフリカ人を含め世界中の人々の遺伝子に影響を与えている。わたしたちの祖先が、適応に役立つ遺伝子をさまざまなホミニンからこれほど多く集めることができたのは、おそらく好色だったからで、その性質は、祖先たちが世界のさまざまな環境に広がっていくのを助けたにちがいない。〕
 
●ミツオシエ(p54)
 〔サハラ砂漠以南のいくつかのコミュニティは、ミツオシエという小さな鳥と協力する。この鳥は人々の呼びかけに応えて、彼らをハチの巣に案内する。そこで人間は巣を煙でいぶしてハチを追い払い、人間も鳥もハチミツを得る。一部の狩猟採集民では、そうやって得たハチミツのカロリーが摂取カロリーの一五パーセントを占める。〕
 
●煙(p57)
〔 一部のサピエンスは、中東からはるか彼方のオーストラリア(当時はニューギニアとつながっていた)に渡った。六万年ほど前に、おそらく大規模な山火事の煙に惹かれて、彼らは航海に乗り出した。それは外洋を一〇〇キロメートルも渡る、命知らずの船旅だった。煙があるなら火があり、火があるなら植物に覆われた陸があり、そこには豊穣で(部族間の争いのない)平和な世界が広がっている、と彼らは夢見た。それは驚くほど進化した種による、途方もない旅だったが、そうするだけの価値はあった。最初のオーストラリア人になった彼らは、巨大な有袋類や鳥類や爬虫類がいて、先住者はいない、広大な世界を発見したのだ。〕
 まだ火を自ら作り出せなかった太古の人類にとって、山火事などによって発生する火は貴重だった。
 
●1時間(p75)
 火を使った調理によって、人間が食事にかける時間は1日1時間程度。
 チンパンジーはおよそ5時間かけて咀嚼する。
 
●脳の減少(p77)
 過去1万年の間に、人間の脳の大きさは約10%減少した。体格との比率では3~4%減少した。
 小さな集団では生き残れなかったあまり知的でない人々を、大きくなった社会が「抱えられる」ようなったから?
 〔脳の縮小は家畜動物にはよくあることなので、わたしたちの極端な社会性や協調性に関連した遺伝的変化なのかもしれない。知的な人々ほど子供が少ない傾向にあることは注目に値する。おそらく知性は、遺伝子プールの中で薄められているのだろう。いずれにしてもわたしたちは、蓄積された知識を文献やデバイスという外部の脳に移すことが増えているので、生き延びるために、それほど賢い脳を必要としないのだろう。〕
 
●完全なコピー(p88)
 ドイツのマックス・プランク研究所の進化心理学者マイケル・トマセロが行った実験。
 おやつの入った仕掛け箱を人間の幼児とチンパンジーに与えた。その箱は、つまみを押したり引いたりといった一連の手順を経なければ開かない。
 トマセロは、幼児とチンパンジーそれぞれの目の前で、その手順をやって見せた。その動作には、明らかに意味のない動作(最後の手順の前に、自分の頭を3回たたく)が含まれていた。
 幼児もチンパンジーも動作を真似ておやつを得ることができたが、頭をたたいたのは幼児だけだった。チンパンジーは、この動作はおやつを得ることと無関係だと見抜いて省略した。
 人間の幼児は、自分に教えてくれる人を信頼し、どの手順も何か理由があるはずだと思うので、過剰に模倣してしまう。実のところ、目的がはっきりしない手順ほど、幼児は慎重かつ正確に模倣した。
 
●トスカーナ語(p125)
 トスカーナの詩人ダンテ・アリギエーリは、ラテン語ではなくトスカーナ方言で『神曲』を書いた。
 以来、トスカーナ方言がイタリアの母国語になったと言われている。
 
●言語音(p142)
 東南アジアのような、温暖で湿潤で、深い森に覆われた地域で話される言語は、母音が多く、子音は少なく、単純な音節で構成されている。
 熱帯雨林とは無縁の英語とグルジア語には子音が多い。
 標高の高いところに住む人々の言語は、子音で空気を強く排出する単語が多い。
 乾燥した砂漠のような地域では、声調言語はほとんど存在しない。空気が乾燥していて声帯の動きが制限されるから。
 声調言語……北京語やベトナム語のように、声の高低が異なると単語の意味が異なる言語。
 
●大麻(p245)
 ヤムナヤ人は、色白で黒い瞳だった。
 大麻を吸っていた。ユーラシア大陸で初めてマリファナの取引を行った。
 
●カゴ(p277)
 フランスの不可触賤民。
 何百年もの間、下等な階級として差別され、カゴテリという辺鄙な地区に隔離されて暮らした。
 
●ピンゲラップ島(p284)
 南太平洋の島。比較的孤立しており、外部の人との結婚を禁じる社会規範があった。
 1775年、壊滅的な台風のせいで島民の大半が死滅し、20人しか生き残らなかった。近親交配が繰り返されたせいで、ある遺伝子の変異が蓄積され、島の人口の10%が重度の色覚異常で白と黒以外の色が見えない。
 この変異を持つ人は、昼間は不自由な思いするが、夜になると正常な視力の人よりもよく見えるようになる。そのおかげで夜の漁をうまくこなし、それがこの遺伝子が残っている理由だと考えられている。
 
●ホムニ(p347)
 Homo omnis、集合性人類。
〔 本書では、遺伝子、環境、文化という三つの進化を通して、人間が常に自らを作り変えてきたこと、そして、人間がいかにして自らの運命を変えられる比類ない種になったかを述べてきた。今や、わたしたち全員が全く例外的なものになろうとしている。人間は超生物になりつつある。これをホモ・オムニス(集合性人類)、略してホムニと呼ぼう。〕 
 
(2022/8/6)NM
 
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