SSブログ

皮膚、人間のすべてを語る 万能の臓器と巡る10章
 [医学]

皮膚、人間のすべてを語る――万能の臓器と巡る10章
 
モンティ・ライマン/〔著〕 塩崎香織/訳
出版社名:みすず書房
出版年月:2022年5月
ISBNコード:978-4-622-09092-2
税込価格:3,520円
頁数・縦:270, 34p・20cm
 
 ヒトの皮膚について、宗教から美容、最新医療まで、様々な分野を渉猟した博覧強記のエッセー。
 
【目次】
第1章 マルチツールのような臓器―皮膚の構造とはたらき
第2章 皮膚をめぐるサファリ―ダニやマイクロバイオームについて
第3章 腸感覚―身体の内と外のかかわり
第4章 光に向かって―皮膚と太陽をめぐる物語
第5章 老化する皮膚―しわ、そして死との戦い
第6章 第一の感覚―触覚のメカニズムと皺
第7章 心理的な皮膚―心と皮膚が互いに及ぼす影響について
第8章 社会の皮膚―刻んだ模様の意味
第9章 分け隔てる皮膚―ソーシャルな臓器の危険な側面―疾病、人種、性別
第10章 魂の皮膚―皮膚が思考に及ぼす影響―宗教、哲学、言語について
 
【著者】
ライマン,モンティ (Lyman, Monty)
 オックスフォード大学医学部リサーチ・フェロー、皮膚科医。オックスフォード大学、バーミンガム大学、インペリアル・カレッジ・ロンドンに学ぶ。タンザニアの皮膚病調査についてのレポートで2017年にWilfred Thesiger Travel Writing Awardを受賞。初の単著である『皮膚、人間のすべてを語る―万能の臓器と巡る10章』はRoyal Society Science Book Prize最終候補作になるなど高評を得た。オックスフォード在住。
 
塩崎 香織 (シオザキ カオリ)
 翻訳者。オランダ語からの翻訳・通訳を中心に活動。英日翻訳も手掛ける。
 
【抜書】
●アポクリン汗腺(p20)
 アポクリン汗腺(アポクリン腺)から分泌される汗は無臭。タンパク質やステロイド、脂質などを豊富に含み、皮膚表面にいる多くの細菌にとってのご馳走。これらの細菌によって汗が分解されると、芳香とは言いがたい匂いを発するようになる。いわゆる体臭。
 〔自然ににじみ出るこのオーデコロンにはフェロモンという化学物質が含まれ、別の個体の生理状態に影響を及ぼしたり、社会的な反応を引き出したりしていると長らく考えられてきた。〕
 〔アポクリン汗腺から出る汗は「惚れ薬」でもある。〕
 
●コロモジラミ(p40)
 これまで、ペストは、ペスト菌に感染したネズミの血を吸ったのみが媒介したとする説が主流だった。
 2018年の研究によると、コロモジラミが「ヒト→衣服→ヒト」と広がり、主な感染経路となった可能性も明らかになっている。
 コロモジラミは、アタマジラミとは異なり、首から下に点在する体毛の少ない部位に生息し、衣類に卵を産むように適応している。発疹チフスを起こすリケッチア、回帰熱の原因となるスピロヘータ、塹壕熱(第一次世界大戦中に前線兵士の間で流行)の犯人であるバルトネラ・クインターナ、などの病原体を媒介する。
 
●韓国・朝鮮人(p54)
 東アジア人、中でも韓国・朝鮮人は、遺伝的にアポクリン汗腺が少なく、腋の下にいる細菌の構成も異なるため、それ以外の地域出身の人々に比べて体臭がかなり弱い。
 
●ボブ・マーリー(p93)
 悪性黒色腫が転移して死亡。当初、つま先の病変がサッカーでできた傷だと誤診され、治療が遅れた。
 米国の調査では、黒人の悪性黒色腫は白人に比べてずっと少ないのに、診断後の生存率は黒人のほうがかなり低い。保健医療へのアクセスが困難な黒人が多いことに加え、黒い肌でも皮膚がんになるという認識が黒人社会と医療関係者の両方に不足しているためかもしれない。
 
●クレオパトラ(p125)
 クレオパトラの若返り術。
 ロバ700頭を飼育させ、毎日その乳を満たした風呂に入っていたと言われている。
 
●情動的触覚(p140)
 「識別的触覚」のほかに、人間には「情動的触覚」が備わっている。
 C触覚線維と呼ばれる神経が関わっており、皮膚の有毛部に存在する。軽いタッチに敏感で、その信号は時速約3.2km(秒速90cm)で脳に送られる。触れているものが何であるかを判断できるような情報を伝えるのではなく、接触によって生じた感情の信号を伝達する。送られた低速の信号は、大脳辺縁系など、脳の中でも特に感情に関係する領域で処理される。32℃、秒速2~10cmで撫でられたときに活性が最大になる。
 
●カンガルーケア(p161)
 1978年、コロンビアのボゴタにある母子医療センターでは、新生児集中治療室のスタッフ不足と保育器の不足により、赤ちゃんの死亡率は70%に達していた。担当の医師エドガー・レイ・サナブリアは、未熟児で生まれた赤ちゃんを肌が直接触れるように母親の胸に抱かせ、(保育器の代わりに)温めるとともに、母乳養育を推奨した。死亡率は10%に低下した。
 母親との直接の肌の触れ合いが未熟児にとって驚くような薬となった。「カンガルーケア」と名付けられ、その後20~30年で世界に広がった。
 2016年のレビューでは、カンガルーケアはバイタルサイン(心拍や呼吸など)を安定させ、睡眠を改善し、体重の増加につながると結論されている。
 途上国で出産後1週目にカンガルーケアを受けた場合、生後1か月以内に死亡する割合が51%減少する、という研究結果も。
 両親に対しても心理的にプラスに働き、不安を和らげて育児に自信を持たせる効果が認められている。
 
●外胚葉(p170)
 人間の脳と皮膚は、胚の同じ細胞(外胚葉)から派生している。皮膚と心のあいだには変化してやまない関係がある。
 
●体内侵入妄想(p190)
 自分の身体に昆虫などの生物が寄生しているという妄想を「寄生虫妄想」と呼ぶ。皮膚の下で虫がうごめいているような感覚(蟻走感:ぎそうかん)を感じる。糖尿病やがんなどの患者、医薬品やドラッグ(特にコカイン)でも起きる。
 最近は、虫がテクノロジーの世界の物体(ナノチューブ、マイクロファイバー、追跡デバイス、など)にだんだんと置き換えられているので、「体内侵入妄想」という病名のほうが適切である。
 
●モコモカイ(p198)
 マオリの人々は、顔に刺青を入れている。モコ。
 モコは、自分の歴史を顔に刻んだもの。社会的な身分を額と眼の周りに、生まれを上顎に、手に入れた土地と財産を下顎に。モコは自分の歴史と物語。
 マオリの戦士が死ぬと、モコが施された頭部「モコモカイ」は煙でいぶした後、さらに日干しにして模様が保存された。
 部族間の争いの最中でも、勝った側が討ち取った首を遺族の元に戻す慣習があった。和平を結ぶ際にモコモカイを交換することも行われた。
 1800年頃からイギリス人の入植が進み、キリスト教が入れ墨を否定したためにモコは断絶した。
 
●アイスマン(p211)
 1991年9月19日、アルプス山脈のエッツ渓谷で、アイスマン(通称エッツィ)が発見された。BC3300年頃の凍結死体。
 45歳前後。頭部を強く殴られ、右肩に石でできた矢尻が食い込んでいた。一方、所持品には本人以外の4人の血痕が確認された。矢尻に二人分、外套と短刀に一人分。DNA DNA分析によると、心臓疾患のリスクが高く、乳糖不耐症。腸には鞭虫が寄生していた。
 全身に小さな入れ墨が刻まれていた。2015年、マルチスペクトル画像解析で、合計61個の入れ墨が判明。ほとんどが縦横の線、あるいは小さな十字を並べた模様。 入れ墨の大部分は、腰部のほか、足首と手首、膝関節に集中。エッツィが患っていたとされる関節炎の痛みが出やすい場所。それ以外の入れ墨は鍼療法の経路に沿って入れらている。8割が中医学の経穴(つぼ)の場所と一致する。
 
●梅毒(p235)
 イタリアでは「フランス病」、フランスでは「イタリア病」、ロシアでは「ポーランド病」、トルコでは「キリスト教の病」と呼ばれていた。
 「コロンブス交換」のひとつ。
 コロンブス交換……大西洋を挟んで動植物や道具、思考、そして病気が交換された現象。
 
(2022/8/8)NM
 
〈この本の詳細〉


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ: