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ザ・パターン・シーカー 自閉症がいかに人類の発明を促したか
 [医学]

ザ・パターン・シーカー:自閉症がいかに人類の発明を促したか
  
サイモン・バロン=コーエン/著 篠田里佐/訳 岡本卓/監訳 和田秀樹/監訳
出版社名:化学同人
出版年月:2022年11月
ISBNコード:978-4-7598-2089-8
税込価格:2,640円
頁数・縦:312p・19cm
 
 偉大な発明者の脳に宿るシステム化メカニズムについて、自閉症との関係も含めて多角的に論じる。
 本省の要点は以下の通り(p.22)。
 1.唯一、ヒトは脳に特殊なエンジンを持つ。これは、システムの最小定義である、if-and-thenパターンを探索するものだ。私は、脳に存在するこのエンジンを「システム化メカニズム」と呼ぶ。
 2.システム化メカニズムは、7万年前~10万年前という人類の進化における特筆すべき時期に出来上がった。このとき、最初のヒトは、それまでの動物や現在のヒト以外の動物には成しえなかった方法で複雑な道具を作り始めた。
 3.システム化メカニズムの獲得によって、この惑星上でヒトだけが、科学、および技術を極めることができ、他のすべての種を凌駕することになった。
 4.システム化メカニズムは、発明者、STEM分野(科学、技術、工学、数学)の人びと、そしていかなるシステムであれ完璧を目指す人びと(ミュージシャン、職人、映画製作者、写真家、スポーツマン、ビジネスマン、弁護士など)のマインドのなかで、超高度なレベルに調整されている。こうした人びとは、正確さや細部にこだわらずにはいられない「高度にシステム化するマインド」を持ち、システムがどのように機能し、どのように構築され、そしてどのように改良されるのかを解明せずにはいられないのだ。
 5.システム化メカニズムは、自閉症マインドでも、非常に高く調整されている。
 6.最新の科学によれば、システム化能力は一部遺伝性を持つ。つまり、自然淘汰の影響を受けた可能性が高いのだ。自閉症の人たち、STEM分野の人たち、その他のハイパー・システマイザー(高度にシステム化するマインドを持つ人)たちは、その遺伝子を共有している、というとんでもないつながりを持つことになる。
 
【目次】
第1章 生まれながらのパターン・シーカー―アル(エジソン)の幼少時代
第2章 システム化メカニズム
第3章 5つの脳のタイプ
第4章 発明家のマインド
第5章 ヒトの脳に起きた革命
第6章 システム・ブラインドネス―なぜサルはスケートボードをしないのか?
第7章 巨人の戦い―言語vs.システム化メカニズム
第8章 シリコンバレーの遺伝子を探る
第9章 未来の発明家を育てる
付録1 SQとEQでわかるあなたの脳タイプ
付録2 AQでわかる自閉特徴の値
 
【著者】
バロン=コーエン,サイモン (Baron-Cohen, Simon)
 ケンブリッジ大学心理学・精神医学教授、自閉症研究センター所長。600本を超える科学論文を発表した自閉症研究の第一人者。三つの有力な学説、「マインド・ブラインドネス理論」「出生前性ステロイドホルモン理論」「共感‐システム化理論」を提唱。1999年、英国初のアスペルガー外来を開設、1000人以上の患者の診療に携わってきた。2017年、国連で基調講演者として自閉症啓発を行った。
 
篠田 里佐 (シノダ リサ)
 愛し野内科クリニック事務長・心理相談員。東京学芸大学卒業。ロンドン大学大学院修了。医学博士、教育神経科学修士、教育学修士。国立国際医療センター研究員、理化学研究所脳科学研究センター研究員などを経て現職。
 
岡本 卓 (オカモト タカシ)
 愛し野内科クリニック・院長。東京大学医学部卒業。東京大学病院、ハーバード大学医学部講師などを経て現職。医学博士。論文Cell他多数。
 
和田 秀樹 (ワダ ヒデキ)
 国際医療福祉大学特任教授・精神科医。東京大学医学部卒業。東京大学病院、アメリカ・カールメニンガー精神医学校国際フェローなどを経て現職。医学博士。
 
【抜書】
●過読症(p11)
 ハイパーレクシア。識字障害(ディスレクシア)の反対。
 過剰に読書する傾向?
 
●システム化メカニズム(p26)
 システム化メカニズムは4段階からなり、これらを総称して「システム化する(システマイジング)」と呼ぶ。
 第一段階 質問をする。「どうして?」「どうやって?」「なに?」「いつ?」「どこで?」
 第二段階 if-and-thenパターンで仮説を立てることによって質問に答える。何がある事象(インプット)を異なる事象(アウトプット)に変えてしまった可能性があるのかを探索する。
 第三段階 if-and-thenパターンをループの中で検証する。再現性を見極める。
 第四段階 あるパターンを発見したとき、このパターンに修正を加え、ループの中で検証を繰り返す。最初のif-and-thenパターンを分解し、ifとand両方、あるいはifかandに修正を加え、thenの変化を確認する。
 
●五つの脳のタイプ(p72)
 システム化指数(SQ)と共感指数(EQ)のスコアによって、人間の脳は五つのタイプに分かれる。
 エクストリームE型……共感力は超高度である一方、システム化能力は平均以下。女性の3%、男性の1%。
 E型……共感力が高く、システム化するのが苦手。全体の約三分の一、女性の40%、男性の24%。
 B型……バランスの取れたタイプ。共感力とシステム化能力の両方が同レベル。全体の約三分の一、女性の30%、男性の31%。
 S型……システム化を重視する一方で、共感力が低いタイプ。全体の約三分の一、女性の26%、男性の40%。
 エクスリームS型……システム化能力は超高度である一方、共感力は平均以下。男性の4%、女性の2%。
 
●エジソン人形(p120)
〔 エジソンの共感力がごく限られていたことを表すいくつかのエピソードがある。例えば彼の実験によって成し遂げられた数々の発明の中には、単純に誰も必要を感じていないものもあった。エジソンは、いつも孤独、かつ強迫観念的な状況に身を置いていたので、他人が何を欲しいと思っているかなど、察することができなかったのである。その一つにおしゃべりをするエジソン人形の発明がある。子どもたちはこの人形にまったく興味を示さなかった。エジソンは、子どもたちが楽しめるものなのかどうか試そうと実際に子どもたちを使って調べようともしなかったのだ。エジソン人形が童謡を歌うのも聞くためにはハンドルを回さなければならず、別の童謡を聞くには、いったん人形を開けて小さな蓄音器レコードを別のレコードに入れ替えるといった、とても面倒な作業を要したのだ。
 ほどんどの子どもは同じ童謡を何度も聞けばすぐに飽きてしまうと、親なら誰でもエジソンにアドバイスができただろう。しかし、エジソンは、子どもの好き嫌いといった感情をチェックしていなかった。つまり、彼らの反応を予測していなかったのだ。さらにエジソンは、レコードの交換方法を学ぶために、子どもたちには我慢強さが要求されるということも予想していなかった。高音で単調な人形の声は、魅力的なものではなく、気味が悪いとさえ受け取られることすら察しえなかった。こうしたエピソードはすべて、エジソンが相手の気持ちを想像しなかった――認知的共感力が低かった――という証拠だろう。この人形制作は商業的には大失敗に終わったことは驚きではなかった。店頭に配送された2千500体の人形のうち、販売されたのは500体だけで、数週間で生産終了となったのである。〕
 
●6σ(p124)
 シックスシグマ。平均値から6標準偏差という極端に外れた値。
 機械的なシステムを繰り返し使用した場合、99.999966%に欠陥を認めないこと。欠陥が発生しうる機会は100万回のうち3回か4回。
 
●神経多様性(p221)
 ニューロ・ダイバーシティ。生来の脳の型は多数ある、という考え方。
 〔知的障がいがなく、ハイパー・システム化能力を持つ自閉症の人のマインドは、進化を遂げ、神経多様性に富んだ脳を持つに至った。これは多数ある生来の脳の型の一つとして捉えられる。自閉症の人や、自閉症の確定診断には至らないハイパー・システマイザーは、多くの中のたった一つの脳の型を表しているにすぎず、彼らを取り巻く環境次第で、抜きんでる力を発揮したり、もがき苦しんだりするかもしれないのだ。〕
 
●スペシャリスタナ社(p225)
 自閉症の人が能力を発揮できる職場環境づくりに積極的に取り組んでいるデンマークの企業。自閉症の人だけを雇用する。
 創業者はトーキル・ソンネ。自身もハイパー・システマイザーであり、自閉症の息子がいた。
 自閉症の人にやさしい面接方法を開発。例えば、レゴでロボットを作る、など。
 
●9900部隊(p229)
 イスラエル軍の特殊部隊。自閉症の志願兵で構成され、彼らの細部に及ぶ優れた注意力とパターン探索の才能を、軍のニーズに適用。
 例えば、人工衛星によって撮影された地球の画像から、異常なパターンを検出する、など。定型ではない形や色、動きを検出し(if)、周囲の環境と異なっている(and)ならばテロに関する物体の可能性がある(then)。
 
(2024/1/25)NM
 
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妻はサバイバー
 [医学]

妻はサバイバー
 
永田豊隆/著
出版社名:朝日新聞出版
出版年月:2022年4月
ISBNコード:978-4-02-251819-4
税込価格:1,540円
頁数・縦:141p・20cm
 
 幼少期の虐待や、大人になってからの性被害によって摂食障害、アルコール依存症、解離性障害などの精神障害に陥っていく妻との闘病記。最後はアルコール性認知症に。
 単なる個人的な闘病記ではなく、精神疾患に対する偏見や、医療体制の問題点を当事者の立場から鋭くえぐる。夫が新聞記者だからこそ書けたルポルタージュである。
 
【目次】
第1章 摂食障害の始まり
 食べて吐く日々
 予兆
  ほか
第2章 精神科病院へ
 サラ金か離婚か
 性被害
  ほか
第3章 アルコール依存
 依存の始まり
 カウンセリング
  ほか
第4章 入院生活
 依存症患者の家族
 妄想
  ほか
第5章 見えてきたこと
 新しい生活
 社会の障壁
  ほか
 
【著者】
永田 豊隆 (ナガタ トヨタカ)
 1968年生まれ。読売新聞西部本社を経て、2002年に朝日新聞社入社。岡山総局、大阪本社生活文化部、大阪代表室、地域報道部、声編集で勤務し、現在はネットワーク報道本部。生活保護関連の報道で、07年と09年に貧困ジャーナリズム賞を受賞。
 
(2023/8/18)NM
 
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動的平衡 3 新版 チャンスは準備された心にのみ降り立つ
 [医学]

新版 動的平衡: チャンスは準備された心にのみ降り立つ (3) (小学館新書 444)
 
福岡伸一/著
出版社名:小学館(小学館新書 444)
出版年月:2023年2月
ISBNコード:978-4-09-825444-6
税込価格:1,100円
頁数・縦:269p・18cm
 
 動的平衡論第3弾。
 2017年12月に木楽舎より刊行された書籍の新書化。修正や加筆に加え、第11章を追加した。
 
【目次】
第1章 動的平衡組織論
第2章 水について考える
第3章 老化とは何か
第4章 科学者は、なぜ捏造するのか
第5章 記憶の設計図
第6章 遺伝子をつかまえて
第7章 「がんと生きる」を考える
第8章 動的平衡芸術論
第9章 チャンスは準備された心にのみ降り立つ
第10章 微生物の狩人
第11章 動的平衡からコロナウイルス禍を捉え直す
 
【著者】
福岡 伸一 (フクオカ シンイチ)
 1959年、東京都生まれ。京都大学卒業後、ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授・ロックフェラー大学客員教授。研究に取り組む一方、「生命とは何か」について解説した書籍や、絵画についての解説書、エッセイなどを発表している。
 
【抜書】
●自律分散(p17)
 生命の動的平衡は自律分散型である。
 個々の細胞やタンパク質は、ジグソーパズルのピースのようなもの。前後左右のピースと連携を取りながら絶えず更新されていく。ピース近傍の補完的な関係性(相補性)さえ保たれていれば、ピース自体が交換されても、ジグソーパズルは全体としてゆるく連携しあっており、絵柄は変わらない。
 新しく参加したピースは、周囲との関係性の中で自分の位置と役割を定める。既存のピースは、寛容をもって新入りのピースのために場所を空けてやる。
 絶えずピース自体は更新されつつ、組織もその都度、微調整され、新たな平衡を求めて刷新されていく。
 そして、個々のピースは、いずれも鳥瞰的に全体像を知っている必要はない。ローカルで、自律分散型で、しかも役割が可変であること。これが生命体の強みである。
 生命は自律分散的な細胞の集合体であり、各細胞はただローカルな動的平衡を保っているだけ。
 脳は、生命にとって「中枢」ではない。むしろ知覚・感覚的情報を集約し、必要な部局に中継するサーバー的なサービス業務をしているに過ぎない。情報に対してどのように動くかはローカルな個々の細胞や臓器の自律性にゆだねられる。
〔 かつてサッカーの岡田武史元監督と対談したときのこと。読書家の岡田監督は、私の動的平衡論を読んで、高く評価してくださった。そして、これは組織論として応用可能だ、各選手が、自律分散的に可変性・相補性をもって状況に対応できれば最強のサッカーが実現される、という主旨のことをおっしゃってくださった。
 この議論をさらに進めれば、自律分散的な動的平衡のサッカーにおいて、少なくとも試合のまっただ中においては、いちいち指示を出す必要のないゲームが実現するだろう。おそらく理想の組織とはそういうものではないだろうか。〕
 
●GP2(p30)
 福岡伸一の発見した遺伝子。膵臓や消化管の細胞で活動している。
 消化管の内腔側にやってきた病原体を事前に捕捉して、免疫システムに知らせる「細菌受容体(レセプター)」。
 
●ウェルナー症候群、コケイン症候群(p45)
 老化現象が極端に早く進んでしまう早老症うちのの二種。
 DNAの修復に関わる仕組みを担う遺伝子の欠如が原因だった。
 
●多分化能幹細胞(p53)
 何にでもなりうる「万能細胞」は受精卵だけ。
 人間の体は約37兆個の細胞から構成されている。そのほとんどは、役割が決定づけられた「分化細胞」である。筋肉細胞、神経細胞、など。
 受精卵から少し先に進んだ段階の細胞は、多様な分化状態になりうるという意味で、「多分化能幹細胞」と呼ぶ。
 
●不安定化(p74)
 ヒトが何かを考えたり体験したりすると、まず海馬でニューロンとシナプスが回路を作る。記憶の原型。短期的な記憶。
 その後、海馬で作られた記憶の回路は、大脳皮質に書き写され、ここで新しいニューロンとシナプスの回路が形成される。長期的な記憶。
 そして、海馬のほうの回路は消去される。
 長期的な記憶は、ずっと一定に保存されているわけではない。思い出すたびにいったんシナプスが不安定化され、再度、固定化される。
 記憶は、思い出すたびに揺らぎ、変容しているのである。
 
●the prepared mind(p188)
 準備された心。ルイ・パスツールの言葉とされる。
 Chance favors the prepared mind.という格言に基づく。チャンスは準備された心にのみ降り立つ。
 
●クワシオコア(p212)
 もしくは、クワシオルコル。kwashiorkor。アフリカのガーナ沿岸の土地の言葉で、「上の子ども、下の子ども」という意味。
 下の子どもができると上の子どもが強制的に乳離れを余儀なくされ、一種の栄養失調を起こした症状。
 手足がガリガリに痩せているのに、お腹が膨満して見えること。キャッサバなどの炭水化物ばかりを与えられ、タンパク質が不足したことによって起きる。
 お腹が膨れているのは肝臓が脂肪肝になって肥大しているため。炭水化物とタンパク質のアンバランスが原因。カロリーだけが過剰に摂取されると、肝臓はそれを脂肪に変えて蓄積しようとする。
 クワシオコアの発症に、腸内細菌が関わっていることが、最近わかってきた。クワシオコアにかかった一卵性双生児の研究による。
 
●設計と発生(p222)
 人間の脳の思考原理は「設計的」。設計ありきで組み立てていく。
 生命本来の構築原理は「発生的」。まず発生させてから対応する。
 例えば人間の脳におけるニューロンとシナプスの回路網は、過剰に生成され、時間とともに彫琢されている。
 免疫システムも、B細胞ごとに100万通りもの抗体がランダムに準備され、彫琢されていく。
 ヒトの遺伝子DNA(ゲノム)に書き込まれているタンパク質情報は2万種類程度。B細胞では、アミノ酸配列を決定するDNAは数個のブロックに分断されている。各ブロックのアミノ酸配列を決定する遺伝子は複数用意されている。全ブロックのそれらの組み合わせにより、100万種類の抗体が生み出される。
 
●ウイルスの起源(p251)
 ウイルスとは、高等生物の遺伝子の断片がちぎれ、細胞膜の破片に包まれて、宿主細胞から飛び出したもの。
 〔ウイルスとは宿主細胞から見れば、あるとき急に出奔してそのまま行方不明になった放蕩息子のようなものである。〕
 その放蕩息子はもとは宿主細胞の一部だったから、親和性のあるタンパク質を介したり、細胞接着を補助したりして細胞内に迎え入れることが起きる。また、そのおかげで進化の促進剤の役割を果たすこともある。
 
●生命の定義(p248)
 生命を、自己複製を唯一無二の目的とするシステムである、というように利己的遺伝子論的に定義すれば、生命と呼べる。宿主から宿主に乗り移って自らのコピーを増やし続けるから。
 しかし、生命を〔絶えず自らを壊しつつ、常に作り変えて、「エントロピー増大の法則」に抗いつつ、あやうい一回性のバランスのうえに立つ動的システムである〕と定義すると、生命とは呼べない。ウイルスは、代謝も呼吸も自己破壊もしない。動的平衡の生命観。
 
●死=利他的行為(p255)
〔 そして、誤解を恐れずに言えば、個体の死は、その個体が専有していた地位、つまり食や空間を含むニッチ(生態学的地位)を、新しい生命に手渡すということ、すなわち、生態系全体の動的平衡を促進する行為である。つまり個体の死は最大の利他的行為なのである。ウイルスの存在はそれに手を貸している。パンデミックには、生態学的な調整作用があると言ってよい。人類史を眺めれば、私たちは絶えず、さまざまなウイルス(を含む病原体)とのせめぎ合いを繰り返してきたことがわかる。ウイルスは、その都度、生き延びるものと死ぬものを峻別し、生き延びるものには免疫を与え、人口を調整してくれた。つまり生命の動的平衡を維持してきた。〕
 
(2023/4/26)NM
 
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人類冬眠計画 生死のはざまに踏み込む
 [医学]

人類冬眠計画: 生死のはざまに踏み込む (岩波科学ライブラリー 311)
 
砂川玄志郎/著
出版社名:岩波書店(岩波科学ライブラリー 311)
出版年月:2022年4月
ISBNコード:978-4-00-029711-0
税込価格:1,320円
頁数・縦:112, 3p・19cm
 
 冬眠する霊長類が見つかったり、マウスを冬眠(休眠?)状態にさせることができるようになったり……。もしかすると、人間を冬眠させることもできるかもしれない。そんなSFのようなことを実現させるための研究を報告する。
 ヒトを冬眠させる技術は、宇宙旅行や未来旅行だけではなく、重篤な患者の搬送や手術にも役立つという。夢やロマンだけでなく、現実的な需要があるのだ。
 
【目次】
第1章 冬眠との出会い
 人工冬眠とはなにか
 小児科医として働く
  ほか
第2章 睡眠研究から休眠研究へ
 概日時計と睡眠
 睡眠の謎
  ほか
第3章 冷たいことにはわけがある
 冬眠研究の歴史
 冷たい哺乳類
  ほか
第4章 哺乳類を冷たくするには
 視床下部は体温調節の司令塔
 QRFPというペプチド
  ほか
第5章 人工冬眠を目指して
 人類冬眠計画
 人工冬眠の実現性
  ほか
 
【著者】
砂川 玄志郎 (スナガワ ゲンシロウ)
 1976年、福岡県生まれ。2001年、京都大学医学部卒業。小児科医。大阪赤十字病院、国立成育医療研究センターで医師として勤務。2010年、京都大学大学院医学研究科博士課程修了。博士(医学)。理化学研究所生命システム研究センター研究員、同生命機能科学研究センター基礎科学特別研究員などを経て、理化学研究所生命機能科学研究センター上級研究員。
 
【抜書】
●32℃(p41)
 体温35℃以下……偶発的低体温症。体温を戻すために振戦(ふるえ)が生じる。
 32℃を下回ると振戦もできなくなり、心臓の不整脈が生じ始め、血圧が維持できなくなり、意識が朦朧としてくる。命の危機。
 
●中途覚醒(p43)
 冬眠中の、体温が低下した状態を「休眠(torpor: トーパー)」と呼ぶ。
 ハムスターは、ある程度体重が重くなり、数カ月間低温環境にさらされると体温が低下する。休眠に入ると、室温より数度高い程度の体温を維持する。
 しかし、数日間に1回、37℃前後の正常体温に戻る。
 この一時的な復温を中途覚醒と呼び、小型の冬眠動物には共通して見られる現象である。
 中途覚醒の間に餌を食べる動物もいれば、まったく動かずに体温だけ上昇する動物もいる。いずれにしても1日以内に再び休眠状態になり、体温が低下する。
 
●爬虫類(p45)
 爬虫類は、もともと体内で発熱する機能を持っていないので、冬眠中でなくても体温が下がると代謝が低下する。体温が下がれば冬眠に近い状態になり得る。哺乳類とは異なり、代謝が落ちるから体温が落ちるのではなく、体温が落ちるから受動的に代謝が低下する。
 ただし、冬眠中は長期にわたって動かず体温も上がらないため、冬眠に固有の機能が働いていると考えられている。
 
●QRFP(p70)
 マウスによる実験で、視床下部に存在する、QRFPを含有する神経(Q神経)を興奮させると、何日間も体温を低下させられることが分かった。休眠(トーパー)するマウスの発見。2017年。
 QRFP……Pyroglutamilated RFamide peptide:   ピログルタミル化RFアミド・ペプチド。
 
●フトオコビトキツネザル(p82)
 マダガスカル島に生息する霊長類。2004年、乾季に冬眠することが発見された。冬眠中、5日以上も体温が20℃台になる日が続く。中途覚醒あり。乾季中には、主食としている木の実が枯渇するため、冬眠する?(p11)
 現在、マダガスカル島では、4種類のキツネザルが冬眠することが確認されている。
 2015年、ベトナムに生息する霊長目ロリス科のピグミースローロリスが冬眠することが報告された。
 
(2022/11/13)NM
 
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猫が30歳まで生きる日 治せなかった病気に打ち克つタンパク質「AIM」の発見
 [医学]

猫が30歳まで生きる日 治せなかった病気に打ち克つタンパク質「AIM」の発見
 
宮崎徹/著
出版社名:時事通信出版局
出版年月:2021年8月
ISBNコード:978-4-7887-1755-8
税込価格:1,980円
頁数・縦:242p・19cm
 
 「治せない病気」をなくしたいと、臨床医から基礎医学に転身した研究者が、AIM発見のエピソードと、その後の研究の成果を披露。
 あちこち研究の手を広げて節操がないように見えるが、基礎にある志は「治せない病気」を治したい、という医者の使命感。そして、その時々の成果と発想の転換をもとに、様々なことに挑戦する心意気がすがすがしい。
 
【目次】
序章 「余命1週間」からの復活
第1章 臨床から基礎医学の世界へ
第2章 研究の修業時代
第3章 謎のタンパク質「AIM」との出会い
第4章 “治せない病気”とAIM
第5章 AIMによる“ゴミ掃除”と腎臓病
第6章 ネコの腎臓病とAIM
第7章 腎臓病のネコにAIMを投与
第8章 ネコ薬の開発
第9章 臨床試験に向けて
第10章 新型コロナウイルスとAIM
 
【著者】
宮崎 徹 (ミヤザキ トオル)
 東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センター分子病態医科学教授。長崎県生まれ。1986年東大医学部卒。同大病院第三内科に入局。熊本大大学院を経て、1992年より仏ルイ・パスツール大学で研究員、1995年よりスイス・バーゼル免疫学研究所で研究室を持ち、2000年より米テキサス大学免疫学准教授。2006年より現職。タンパク質「AIM」の研究を通じてさまざまな現代病を統一的に理解し、新しい診断・治療法を開発することをめざしている。
 
【抜書】
●AIM(p72)
 Apoptosis Inhibitor of Macrophage。マクロファージを長生きさせる(死ににくくする)タンパク質。
 
●動脈硬化(p82)
 動脈硬化は、悪玉コレステロール「LDLコレステロール」が血管壁に付着することで発症する。
 血管壁の内側に飛び出している動脈硬化巣に、泡状になったマクロファージが集まり、そのために動脈硬化巣は硬くなり、血液を流れにくくする。そのマクロファージがAIMをたくさん生成し、マクロファージを長生きさせ、動脈硬化巣の壁がどんどん厚くなっていく。
 つまり、AIMが動脈硬化を悪化させている。
 
●体の中にたまったゴミ(p102)
 腎臓病、自己免疫疾患、アルツハイマー型認知症などの「治せない病気」の共通点は、「体から出たなんらかのゴミが溜まった結果、発症する」ということ。感染症のように体外から病原体が侵入して起こる病気とは異なる。
 腎臓病は、尿細管に死んだ細胞の破片(デブリ)がたまって尿細管が詰まり、百万個あるネフロン(糸球体+尿細管)の大半が死ぬことで発症する。ネフロンは再生しない。
 デブリは、もともと自分自身の細胞だったものなので、免疫系が正常に働かない。攻撃も中途半端で、炎症も弱い。細菌相手の場合と異なり、攻撃の狙いが定まらず、流れ弾が当たるような形で周囲の正常な組織も傷つけてしまう。「慢性的に続く炎症」という異常な状況が成立する。
 
●ゴミ掃除能力(p107)
〔 現代社会で、〈治せない病気〉が多様化し、患者の数が増えているのは、おそらく急激な社会環境や生活スタイルの変化、高齢化社会、ストレス社会などの理由によって、体の中でゴミが発生しやすくなり、従来私たちが持っている“ゴミ掃除能力”を超えているのではないか。私はそのように考えた。〕
 
●抗肥満(p115)
 AIMは、脂肪細胞の中にたまった余分な脂肪を取り除く。
 脂肪細胞にAIMを振りかけると、AIMが細胞にたまった脂肪を分解し、細胞の外に流れ出る。
 脂肪肝が原因となる肝臓癌を、AIMによって抑制できる。
 
●腎臓病(p128)
 急性腎障害を発症したマウスを調べると、尿細管に詰まっているデブリの表面にべったりとAIMがくっついている。
 腎臓の中の貪食細胞が、AIMを目印にしてデブリに到達し、AIMごとデブリを食べてしまう。デブリとAIMは貪食細胞の中で消化され、跡形もなく消えてしまう。
 
●IgM五量体(p145)
 IgMで正六角形の六量体をまず作り、1個のIgMを引き抜き、その空いたスペースにAIMが1個はまり込む。AIMがゴミとくっつくときに結合する部分が、IgM五量体との結合に利用されている。
 病気になると五量体からAIMがはずれてフリーになる。
 
●ネコのAIM(p159)
 ネコは、IgMとくっつく部分のアミノ酸配列が、ヒトやマウスとは異なっている。IgMから離れにくい形になっている。そのため、すべてのネコが腎臓病を発症する。
 
(2022/10/4)NM
 
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人体大全 なぜ生まれ、死ぬその日まで無意識に動き続けられるのか
 [医学]

人体大全―なぜ生まれ、死ぬその日まで無意識に動き続けられるのか―
 
ビル・ブライソン/著 桐谷知未/訳
出版社名:新潮社
出版年月:2021年9月
ISBNコード:978-4-10-507231-5
税込価格:2,970円
頁数・縦:497, 8p・19cm
 
 最新の研究成果をもとに、ヒトの体について網羅的に記述したエッセー。これまでの常識や知見を覆す内容が満載である。
 それでも、人体は謎に満ちている。何も分かっていないと言っても過言ではない。睡眠についてさえ、「不可欠なことはわかっているが、なぜなのかはよくわからない」(p.335)。
 
【目次】
ベネディクト・カンバーバッチのつくりかた
わたしたちは毎日皮膚を脱ぎ捨てている
微生物との「甘い生活」
脳はあなたそのものである
頭のなかの不思議な世界
あなたの「入り口」は大忙し
ひたむきで慎み深い心臓
有能な「メッセンジャー」ホルモン
解剖室で骨と向き合う
二足歩行と運動
ヒトが生存可能な環境とは
危険な「守護神」免疫系
深く息を吸って
食事と栄養の進化論
全長九メートルの管で起こっていること
人生の三分の一を占める睡眠のこと
わたしたちの下半身で何が起こっているのか
命の始まり
みんな大嫌いだけど不可欠な「痛み」
まずい事態になったとき
もっとまずい事態(つまり、がん)になったとき
よい薬と悪い薬
命が終わるとはどういうことか
 
【著者】
ブライソン,ビル (Bryson, Bill)
 1951年、アイオワ州デモイン生れ。イギリス在住。幅広いテーマでベストセラーのあるノンフィクション・ライター。王立協会名誉会員。これまで大英帝国勲章、アヴェンティス賞(現・王立協会科学図書賞)、デカルト賞(欧州連合)、ジェイムズ・ジョイス賞(アイルランド国立大学ダブリン校)、ゴールデン・イーグル賞(アウトドア・ライターならびに写真家組合)などを授与されている。
 
桐谷 知未 (キリヤ トモミ)
 翻訳家。東京都出身、南イリノイ大学ジャーナリズム学科卒業。
 
【抜書】
●860億個(p81)
 ヒトの脳にある神経細胞(ニューロン)の数は860億個。2015年、ブラジルの神経科学者スザーナ・エルクラーノ=アウゼルが分析。
 それまでは、1千億個の神経細胞があるとされていた。
 
●脳の縮小(p103)
 今日のヒトの脳は、1万~1万2千年前より10%ほど縮んでいる。1,500㎤から1,350㎤へ。世界中で同時に起こっている。
 
●味覚地図(p140)
 長年の間、教科書などでも舌の味覚地図を載せていて、決まった領域がそれぞれ基本味を感じるとされていた。甘味は舌の先、酸味は舌の縁、苦みは舌の奥。
 原因は、1942年、ハーヴァード大学の心理学者だったエドウィン・G・ボーリングが、ドイツの研究者の論文を誤読して書いた教科書にさかのぼる。
 しかし、1万個の味蕾は舌のちょうど真ん中あたりの何もない場所を除いて、舌全体に分布している。ほかに口蓋と喉の奥にも見られる。そのため、飲んだ薬が喉の奥を降りていくときに苦みを感じる。
 
●脾臓(p169)
 一つ一つの赤血球は、約4カ月生きる。それぞれが約15万回も体を巡り、150kmあまり走行したあと、スカベンジャー細胞に回収され、脾臓に送られて処分される。毎日1千億個の赤血球が廃棄される。それが、便を茶色くしている主な成分。
 
●尿(p204)
 かつて、尿は無菌だと思われていた。最近の研究では、膨大な数ではないにせよ、尿の中にもいくらかの微生物がいることが分かっている。
 
●足の骨(p222)
 ヒトの足は、ものをつかむように設計された。そのため、多数の骨がある。
 あまり重いものを支えるようには設計されなかった。それが、立ったり歩いたりした長い一日の終わりに足が痛む理由の一つ。
 ダチョウは、足と足首の骨を融合させることでこの問題を解決した。直立歩行に適応するため、2億5千万年をかけている。ヒトの40倍。
 
●16億回(p243)
 ほぼすべての哺乳類は、平均寿命まで生きれば約8億回の心拍数を記録する。
 人間は、25年あまりで8億回の心拍数を数え、さらに50年進み続けておよそ16億回に達する。
 平均寿命が伸びたおかげで哺乳類の標準パターンから外れたのは、ここ10世代から12世代のこと。
 
●タバコのフィルター(p286)
 1950年代の初め、タバコの煙の害を減らすためにフィルターが導入された。
 フィルターのコストは置き換わった分のタバコより安いにもかかわらず、フィルター付きタバコに割増価格を付けた。
 しかし、ほとんどのフィルターはタバコそのものに比べてタールやニコチンを除去するわけでもなく、メーカーは味の低下を補うために強いタバコを使い始めた。結果として、1950年代後半には、平均的な喫煙者はフィルターが発明される前よりも多くのタールとニコチンを摂取することになった。この時点で、平均的なアメリカの成人は年間4千本のタバコを吸っていた。
 
●胃(p322)
 胃は、筋肉の収縮で内容物を押しつぶし、塩酸に浸すことで、科学的にも物理的にも少しばかり消化に貢献しているが、その貢献は不可欠というより、役に立っているという程度。多くの人は、胃を切除しても深刻な結果に陥ることはない。
 本当の消化と吸収は、ずっと下、つまり小腸で行われている。
 胃の重要な仕事のひとつは、多くの微生物を塩酸に浸して殺すこと。
 
●冬眠と睡眠(p336)
 冬眠と睡眠は、神経学と代謝の観点から見れば、まったく別のもの。
 冬眠は脳震盪を起こしたか麻酔をかけられた状態に近い。当事者は意識を失っているが、眠ってはいない。冬眠している動物は、長い無意識の中で毎日数時間、いつもの睡眠をとる必要がある。
 クマは、実際には冬眠していない。体温は正常近くにとどまり、簡単に目を覚ます。
 本当の冬眠は、深い無意識状態になり、体温が大幅に下がる(0度近くになることも多い)。
 
●視交叉上核(p341)
 ヒトの眼には、杆体と錐体に加えて、第三の光受容細胞がある。感光性網膜神経節細胞。視覚とは関係なく、明るさを感知する。昼か夜かを知るためだけに存在する。
 その情報は、脳内の視床下部に埋め込まれたピンの頭ほどの小さな二つの束になったニューロン(視交叉上核)に伝えられる。視交叉上核(各半球にひとつずつ)が、概日(がいじつ)リズムを制御している。
 1999年、インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者ラッセル・フォスターが発見。
 
●ヘイフリック限界(p471)
 1961年、フィラデルフィアのウィスター研究所の若き研究者レナード・ヘイフリックは、培養したヒトの幹細胞が約50回しか分裂できず、そのあとはなぜか生きる力を失ってしまうことを発見。
 ヘイフリック限界。細胞が老化して死ぬようにプログラムされている。
 培養した細胞を凍結して保存し、解凍すると中断されていたその時点から「老化」が再開された。
 10年後、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究者チームが、「テロメア」を発見。ヘイフリック限界に根拠を与えた。
 しかし、テロメアの短縮は、老化の過程のほんの一部を占めるにすぎないことが明らかになった。老化には、テロメア以外にもずっと多くの要素が関わっている。
 
●アルツハイマー病(p480)
 アルツハイマー病に関係しているのは、βアミロイドとタウタンパク質。
 βアミロイドというタンパク質の断片がプラークと呼ばれる塊になって蓄積され、脳の正常な機能を停止する。
 タウタンパク質のもつれた小線維が蓄積し、「タウ・タングル」を形成する。
 
(2022/9/30)NM
 
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皮膚、人間のすべてを語る 万能の臓器と巡る10章
 [医学]

皮膚、人間のすべてを語る――万能の臓器と巡る10章
 
モンティ・ライマン/〔著〕 塩崎香織/訳
出版社名:みすず書房
出版年月:2022年5月
ISBNコード:978-4-622-09092-2
税込価格:3,520円
頁数・縦:270, 34p・20cm
 
 ヒトの皮膚について、宗教から美容、最新医療まで、様々な分野を渉猟した博覧強記のエッセー。
 
【目次】
第1章 マルチツールのような臓器―皮膚の構造とはたらき
第2章 皮膚をめぐるサファリ―ダニやマイクロバイオームについて
第3章 腸感覚―身体の内と外のかかわり
第4章 光に向かって―皮膚と太陽をめぐる物語
第5章 老化する皮膚―しわ、そして死との戦い
第6章 第一の感覚―触覚のメカニズムと皺
第7章 心理的な皮膚―心と皮膚が互いに及ぼす影響について
第8章 社会の皮膚―刻んだ模様の意味
第9章 分け隔てる皮膚―ソーシャルな臓器の危険な側面―疾病、人種、性別
第10章 魂の皮膚―皮膚が思考に及ぼす影響―宗教、哲学、言語について
 
【著者】
ライマン,モンティ (Lyman, Monty)
 オックスフォード大学医学部リサーチ・フェロー、皮膚科医。オックスフォード大学、バーミンガム大学、インペリアル・カレッジ・ロンドンに学ぶ。タンザニアの皮膚病調査についてのレポートで2017年にWilfred Thesiger Travel Writing Awardを受賞。初の単著である『皮膚、人間のすべてを語る―万能の臓器と巡る10章』はRoyal Society Science Book Prize最終候補作になるなど高評を得た。オックスフォード在住。
 
塩崎 香織 (シオザキ カオリ)
 翻訳者。オランダ語からの翻訳・通訳を中心に活動。英日翻訳も手掛ける。
 
【抜書】
●アポクリン汗腺(p20)
 アポクリン汗腺(アポクリン腺)から分泌される汗は無臭。タンパク質やステロイド、脂質などを豊富に含み、皮膚表面にいる多くの細菌にとってのご馳走。これらの細菌によって汗が分解されると、芳香とは言いがたい匂いを発するようになる。いわゆる体臭。
 〔自然ににじみ出るこのオーデコロンにはフェロモンという化学物質が含まれ、別の個体の生理状態に影響を及ぼしたり、社会的な反応を引き出したりしていると長らく考えられてきた。〕
 〔アポクリン汗腺から出る汗は「惚れ薬」でもある。〕
 
●コロモジラミ(p40)
 これまで、ペストは、ペスト菌に感染したネズミの血を吸ったのみが媒介したとする説が主流だった。
 2018年の研究によると、コロモジラミが「ヒト→衣服→ヒト」と広がり、主な感染経路となった可能性も明らかになっている。
 コロモジラミは、アタマジラミとは異なり、首から下に点在する体毛の少ない部位に生息し、衣類に卵を産むように適応している。発疹チフスを起こすリケッチア、回帰熱の原因となるスピロヘータ、塹壕熱(第一次世界大戦中に前線兵士の間で流行)の犯人であるバルトネラ・クインターナ、などの病原体を媒介する。
 
●韓国・朝鮮人(p54)
 東アジア人、中でも韓国・朝鮮人は、遺伝的にアポクリン汗腺が少なく、腋の下にいる細菌の構成も異なるため、それ以外の地域出身の人々に比べて体臭がかなり弱い。
 
●ボブ・マーリー(p93)
 悪性黒色腫が転移して死亡。当初、つま先の病変がサッカーでできた傷だと誤診され、治療が遅れた。
 米国の調査では、黒人の悪性黒色腫は白人に比べてずっと少ないのに、診断後の生存率は黒人のほうがかなり低い。保健医療へのアクセスが困難な黒人が多いことに加え、黒い肌でも皮膚がんになるという認識が黒人社会と医療関係者の両方に不足しているためかもしれない。
 
●クレオパトラ(p125)
 クレオパトラの若返り術。
 ロバ700頭を飼育させ、毎日その乳を満たした風呂に入っていたと言われている。
 
●情動的触覚(p140)
 「識別的触覚」のほかに、人間には「情動的触覚」が備わっている。
 C触覚線維と呼ばれる神経が関わっており、皮膚の有毛部に存在する。軽いタッチに敏感で、その信号は時速約3.2km(秒速90cm)で脳に送られる。触れているものが何であるかを判断できるような情報を伝えるのではなく、接触によって生じた感情の信号を伝達する。送られた低速の信号は、大脳辺縁系など、脳の中でも特に感情に関係する領域で処理される。32℃、秒速2~10cmで撫でられたときに活性が最大になる。
 
●カンガルーケア(p161)
 1978年、コロンビアのボゴタにある母子医療センターでは、新生児集中治療室のスタッフ不足と保育器の不足により、赤ちゃんの死亡率は70%に達していた。担当の医師エドガー・レイ・サナブリアは、未熟児で生まれた赤ちゃんを肌が直接触れるように母親の胸に抱かせ、(保育器の代わりに)温めるとともに、母乳養育を推奨した。死亡率は10%に低下した。
 母親との直接の肌の触れ合いが未熟児にとって驚くような薬となった。「カンガルーケア」と名付けられ、その後20~30年で世界に広がった。
 2016年のレビューでは、カンガルーケアはバイタルサイン(心拍や呼吸など)を安定させ、睡眠を改善し、体重の増加につながると結論されている。
 途上国で出産後1週目にカンガルーケアを受けた場合、生後1か月以内に死亡する割合が51%減少する、という研究結果も。
 両親に対しても心理的にプラスに働き、不安を和らげて育児に自信を持たせる効果が認められている。
 
●外胚葉(p170)
 人間の脳と皮膚は、胚の同じ細胞(外胚葉)から派生している。皮膚と心のあいだには変化してやまない関係がある。
 
●体内侵入妄想(p190)
 自分の身体に昆虫などの生物が寄生しているという妄想を「寄生虫妄想」と呼ぶ。皮膚の下で虫がうごめいているような感覚(蟻走感:ぎそうかん)を感じる。糖尿病やがんなどの患者、医薬品やドラッグ(特にコカイン)でも起きる。
 最近は、虫がテクノロジーの世界の物体(ナノチューブ、マイクロファイバー、追跡デバイス、など)にだんだんと置き換えられているので、「体内侵入妄想」という病名のほうが適切である。
 
●モコモカイ(p198)
 マオリの人々は、顔に刺青を入れている。モコ。
 モコは、自分の歴史を顔に刻んだもの。社会的な身分を額と眼の周りに、生まれを上顎に、手に入れた土地と財産を下顎に。モコは自分の歴史と物語。
 マオリの戦士が死ぬと、モコが施された頭部「モコモカイ」は煙でいぶした後、さらに日干しにして模様が保存された。
 部族間の争いの最中でも、勝った側が討ち取った首を遺族の元に戻す慣習があった。和平を結ぶ際にモコモカイを交換することも行われた。
 1800年頃からイギリス人の入植が進み、キリスト教が入れ墨を否定したためにモコは断絶した。
 
●アイスマン(p211)
 1991年9月19日、アルプス山脈のエッツ渓谷で、アイスマン(通称エッツィ)が発見された。BC3300年頃の凍結死体。
 45歳前後。頭部を強く殴られ、右肩に石でできた矢尻が食い込んでいた。一方、所持品には本人以外の4人の血痕が確認された。矢尻に二人分、外套と短刀に一人分。DNA DNA分析によると、心臓疾患のリスクが高く、乳糖不耐症。腸には鞭虫が寄生していた。
 全身に小さな入れ墨が刻まれていた。2015年、マルチスペクトル画像解析で、合計61個の入れ墨が判明。ほとんどが縦横の線、あるいは小さな十字を並べた模様。 入れ墨の大部分は、腰部のほか、足首と手首、膝関節に集中。エッツィが患っていたとされる関節炎の痛みが出やすい場所。それ以外の入れ墨は鍼療法の経路に沿って入れらている。8割が中医学の経穴(つぼ)の場所と一致する。
 
●梅毒(p235)
 イタリアでは「フランス病」、フランスでは「イタリア病」、ロシアでは「ポーランド病」、トルコでは「キリスト教の病」と呼ばれていた。
 「コロンブス交換」のひとつ。
 コロンブス交換……大西洋を挟んで動植物や道具、思考、そして病気が交換された現象。
 
(2022/8/8)NM
 
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延びすぎた寿命 健康の歴史と未来
 [医学]

延びすぎた寿命
 
ジャン=ダヴィド・ゼトゥン/著 吉田春美/訳
出版社名:河出書房新社
出版年月:2022年4月
ISBNコード:978-4-309-22853-2
税込価格:3,190円
頁数・縦:330p・20cm
 
 人類の平均余命と死亡率の変化を歴史的にたどり、その変化の原因を探る。
 
【目次】
Ⅰ部 微生物の時代
 先史時代から工業化以前の時代まで―平均余命三〇年
 一七五〇‐一八三〇年―弱々しい健康改善
 自発的な免疫化
 一八三〇‐一八八〇年―工業化と健康
 一八五〇‐一九一四年―大きな前進
 一九一八‐一九一九年―スペイン風邪で世界人口の二%から五%が死んだ
Ⅱ部 医学の時代
 一九四五‐一九七〇年―モデル転換
 心血管疾患
 がんと闘う
 一九六〇‐二〇二〇年―薬と製薬産業
 
Ⅲ部 二一世紀の健康をめぐる三つの問題
 三倍長生きするのにいくらかかるか?
 健康格差
 慢性疾患―世界的な第一の死亡原因
 
Ⅳ部 二一世紀―後退
 後退する人間の健康
 人間の健康に対する気候のインパクト
 新感染症
 
【著者】
ゼトゥン,ジャン=ダヴィド (Zeitoun, Jean-David)
 パリ在住の内科医。専門は肝臓病学と胃腸病学である。欧州最大の病院グループの一つ、公的扶助パリ病院機構の研究員となり、パリ政治学院で公共政策とマネジメントのエグゼクティブ修士号、パリ・デカルト大学で臨床疫学の博士号を取得。パリ政治学院や公衆衛生高等研究所で教鞭をとり、現在はESCP経営大学院のシニアフェローを務めている。また、医療に関連したスタートアップ企業を共同で立ち上げ、「JAMAインターナル・メディシン」や「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル」を含む国際的な科学雑誌の査読者となり、「ル・モンド」「レ・ゼコー」といったメディアに寄稿するなど、多方面で活動している。
 
吉田 春美 (ヨシダ ハルミ)  
フランス語翻訳家。上智大学文学部史学科卒業。
 
【抜書】
●健康の決定要因(p10)
 健康が医学で決まる割合は10~20%。
 医学以外の健康の決定要因は、行動、環境、生物学。大雑把に言えば年齢、性別、遺伝。
 
●パンデミックの母(p114)
 この100年間に出現したA型インフルエンザウイルスは、1918-19年に大流行したスペイン風邪のウイルスの子孫。
 
●7%(p264)
 新型コロナのパンデミックで、2020年の世界のCO₂排出量は約7%減少した。
 
(2022/7/13)NM
 
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死の医学
 [医学]

死の医学(インターナショナル新書) (集英社インターナショナル)
 
駒ケ嶺朋子/著
出版社名:集英社インターナショナル(インターナショナル新書 092)
出版年月:2022年2月
ISBNコード:978-4-7976-8092-8
税込価格:968円
頁数・縦:246p, 8p・18cm
 
 脳に潜む体外離脱や臨死体験のメカニズムを探りつつ、人間の「生きようとする力」と、医師の「生かそうとする努力」を語る。
 
【目次】
まえがき―「死の医学」と「生きようとする力」
第1章 魂はさまよう―体外離脱体験は「存在」する
第2章 「暗いトンネル」を抜けて―臨死体験はなぜ起きるのか
第3章 譲り渡される命と心―誰が「生と死のボーダーライン」を決めるのか
第4章 生と死が重なる時―「看取り」と「喪」はつながっている
第5章 カゴの中の自由な心―私たちは「幻想」の中で生きている
第6章 擬死と芸術表現―解離症と「生き抜く力」
 
【著者】
駒ケ嶺 朋子 (コマガミネ トモコ)
 1977年生。早稲田大学第一文学部哲学科社会学専修・獨協医科大学医学部医学科・同大学院医学研究科卒。博士(医学)。獨協医科大学大学病院にて脳神経内科医として診療にあたる。2000年第38回現代詩手帖賞受賞(駒ヶ嶺朋乎名)。
 
【抜書】
●側頭頭頂接合部(p28)
 体外離脱体験は、側頭頭頂接合部が活動することで引き起こされる。
 側頭葉の後方、頭頂葉の下方、後頭葉の前方。三つの領域が境界を接する部分。
 体外離脱は、「自己像幻視」の一つに分類される。
 
●自己像幻視(p30)
 ドッペルゲンガー。医学的には、三つに分類される。
 (1)オートスコピー(autoscopy)……「あれは自分だ」と直感してしまう人物を目撃したという現象。臨床報告では、三つの中で最も少ない。後頭葉の脳腫瘍が原因となる事が多い。
 (2)ホートスコピー(heautoscopy)……自分が分裂して、確固たる自我を持つ自分自身がありながら、もう一人、まるっと自我を持つ自分が外部に存在することを目撃してしまう。どちらが本物か自分でも分からず、しかも互いに意識が侵入し合う。不快だと感じることが多い。側頭葉機能の変調が原因。側頭葉の内側に偏桃体がある(感情や快・不快をつかさどる)。
 (3)体外離脱体験。
 
●オラフ・ブランケ(p39)
 癲癇手術中に、右脳の角回という領域を含む側頭頭頂接合部に電極を通して脳を刺激したところ、体外離脱体験が誘発された。
 Blanke O et al. Stimulating illusory own-body perceptions. Nature 2002;41:269-270。
 
●金縛り(p44)
 睡眠麻痺。英語でsleep paralysis。
 医学用語では、kanashibariでも通じる。
 睡眠中は、脳幹でflip-flop switchと呼ばれるスイッチを切り替えて、筋肉の力を抜いたり、音や光、重力の感覚信号が意識に上らないようにしている。
 スイッチが睡眠状態のまま、意識の座である大脳などの脳の新しい部分だけが目覚めてしまうことがある。この時、金縛りとなり、脳の中で偽の知覚情報が生じる。
 
●前庭覚(p52)
 重力を感じる脳の最高司令部、前庭覚中枢は、側頭頭頂接合部に近接している。
 体外離脱体験でふんわりと浮かび上がったり飛んでいったりするのは、前庭覚中枢を巻き込むからかもしれない。
 前庭覚障害の患者では、体外離脱体験や離人症症状が多い。
 
●同行二人(p62)
 同行二人(どうぎょうににん)。
 四国のお遍路では、最も険しい山間部で「同行二人」という感覚が起きることがある。二人とは、自分と弘法大師。
 お大師様が寄り添って見守ってくれているような感覚に包まれ、人間は自分自身で生きるのではなく、大いなる慈愛によって生かされている小さな存在であることを体得する。この体験こそ、お遍路の一つの目的でもある。
 
●受容の五段階(p74)
 エリザベス・キューブラー=ロスによる。
 (1)否認
 (2)怒り
 (3)取引
 (4)抑鬱
 (5)受容
 
●「死にたい」(p80)
〔 「死にたい」という言葉は「なんでよりよい生活を提供してくれないのか」「よりよく生かしてくれ」という意味の、強烈なSOSであり、非難であり、抗議であり、生かしてその人の苦痛を遠ざけなければ、その救援要請に応えたことにならない。いわば最上級で「治せ、生きる希望を与えろ」と発しているわけである。〕
 2020年に判明したALS(筋萎縮性側索硬化症)患者に対する嘱託殺人事件についての感想。
 
●臨死体験(p112)
 臨死体験中の脳波は、エピソード記憶と同じパターンを示し、想像するときの脳波とは異なる。
 自己意識が保たれ、光景は詳細で、さらに感情情報を伴うことも、空想や夢とは異なる。
 
●NMDA受容体(p106 )
 二酸化炭素は、酸素よりも肺の中での拡散速度が遅い。
 呼吸がゆっくり停止すると、二酸化炭素が血液中に溜まる。溜まった二酸化炭素は血液を酸性に傾かせ、細胞に毒性のある状態となる。 ⇒ アシドーシス
 アシドーシスの環境では、細胞はエネルギーをうまく産生できないので、細胞の死に直結する。そうした環境で、神経細胞は一斉にシナプス内外にグルタミン酸を放出する。
 放出されたグルタミン酸は、「細胞死の連鎖」へのスイッチとして作動する。 ⇒ アポトーシス
 グルタミン酸……ドーパミン等と並ぶ「神経伝達物質」。シナプスでグルタミン酸をキャッチする受容体は、NMDA受容体、AMPA受容体、カイニン酸受容体の三種類。
 アポトーシス……ネクローシス(壊死)とは異なり、死んだ細胞を元にした炎症を起こさない。遺伝子の断片化や貪食細胞による取り込みのため、周囲の細胞への影響を最小限に食い止めることができる。
 高い二酸化炭素濃度が引き金になり、細胞がグルタミン酸を放出し、それを受容体(おそらくNMDA受容体)がキャッチすることで「細胞死の連鎖」が始まる。
 NMDA受容体をブロックすることで、「細胞死の連鎖」を食い止めることができる。
 仮説として、グルタミン酸放出でNMDA受容体が活性化されると、細胞を保護するための反動として、ケタミン様物質が出てNMDA受容体機能が低下するのではないか、と考察されている。
 NMDA受容体の機能低下作用が、臨死体験現象を引き起こしている可能性がある。「危機的状況で臨死体験が起きるのは、危機的状況に対する適応反応であり、生存可能性を高めるのではないか」という、進化学的な考察もある。
 アルコールや違法薬物の多くは、NMDA受容体機能を低下させる機能を持つ。
 
●ケタミン(p112)
 筋緊張や意識を保ったまま、完全に無痛とすることができる麻酔薬。幻覚作用と嗜癖性から、日本では臨床使用されていない。
 アメリカでは、幸福感と健忘という副作用があり、即効性のある抗鬱作用をもつことから、抗鬱薬として使用しようという動きがある。
 ケタミンは、NMDA受容体に作用し、その機能を低下させる。
 
●悲嘆幻覚(p164)
 親しい人や家族、家族同然に愛したペットを亡くした後、その気配を身近に感じたり、姿を観たり声を聞く現象。
 悲嘆幻覚によって、死別という苦しみに対して精神的な安定が得られる可能性が指摘されている。
 
●半側空間無視(p194)
 脳の右半球の障害で、世界の左半分を見逃してしまう現象。
 自分の身体の左半分をすっかり見逃してしまう現象は、「半側身体失認」と呼ぶ。
 右半球の脳卒中では最大で二人に一人に発症する。
 右半分を忘れる「半側空間無視」の頻度は、左ほど高くない。半分と呼べるほど範囲が広くなく、程度が軽いことが多い。右方向の注意が優勢? 右空間は左右の脳で認識され、左空間は右半球だけで認識されているため?
 
●統合失調症(p228)
 ドーパミンが過剰に作用してしまうことで幻覚・妄想が起こる。
 ドーパミン過剰放出の原因は、NMDA受容体の機能低下による可能性がある。「NMDA受容体機能低下仮説」。
 NMDA受容体は、海馬で記憶を担っている。
 
●抗NMDA受容体脳炎(p230)
 21世紀になって疾患概念が確立した新しい病気。2007年、卵巣の成熟奇形腫と呼ばれる良性腫瘍への自己免疫性の反応で起きる脳炎として最初に報告された。その後、原因が腫瘍の場合は半分ほどであることが明らかに。
 何らかのきっかけでできてしまった自己免疫性の抗体が脳のNMDA受容体に結合し、機能低下を起こす。
 ちょっとした風邪症状から数日後に突然、幻覚・妄想をきたす。幻覚期。
 幻覚期には神託の幻聴だったり、憑依妄想だったりを呈するため、統合失調症と類似していたり、解離症や変換症と診断された場合もある。
 その後、次第に受け答えができなくなり、身体をのけぞらせては床に頭を延々と打ち付けるような反復運動や、口をもぐもぐさせたり舌を出したり引っ込めたりという不随意運動を繰り返すようになる。全く話さなくなったり、逆に念仏や祈禱など、普段用いないような言葉を唱え続けたりなどの言語の異常も伴う。運動過剰期。
 運動過剰期が数日から数週間続いた後、血圧や呼吸や体温調節などの自律神経の機能制御ができなくなる。この時期には呼吸停止による死亡リスクが極めて高い。呼吸停止期。
 ここを人工呼吸器管理で乗り切り、腫瘍の切除や免疫治療を行うことで、後遺症なく回復できる。
 軽症である場合、呼吸停止期に至らず、幻覚や異常運動を数カ月呈して自然に治ることもある。
 変換症……無意識のうちの心的葛藤によって、さまざまな身体的症状が生じる障害。
 
【ツッコミ処】
・オートスコピー(p30)
 オートスコピー、ホートスコピーの意味がよく分からなかった。
〔「見た」とか、「見てはいけない」とかいう話で、修学旅行で盛り上がる有名な、あの「ドッペルゲンガー」に当たるのは、この三つのうち「オートスコピー」だ。〕
 と言われてもなぁ。そんな話、修学旅行で盛り上がるどころか、全く出なかったよな。
 
(2022/5/7)NM
 
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「うつ」の効用 生まれ直しの哲学
 [医学]

「うつ」の効用 生まれ直しの哲学 (幻冬舎新書) 
泉谷閑示/著
出版社名:幻冬舎(幻冬舎新書 い-28-2)
出版年月:2021年7月
ISBNコード:978-4-344-98626-8
税込価格:990円
頁数・縦:260p・18cm
 
 鬱病、鬱状態は、「心=身体」が「頭」に反逆を起こした状態、という前提に立って、「うつ」の原因と解決法、そして「うつ」の効用・必要性を語る。
 現代人が「うつ」になるのは当然である。まっとうな人間ほど「うつ」に罹りやすい。
 「うつ」になったら「心=身体」の声に耳を傾け、真の自分に戻るよう努力しよう……。いや、「努力」をしてはいけない、自然と「生まれ直し」が起きるようにならなければ。
 
【目次】
第1章 「うつ」の常識が間違っている
第2章 「うつ」を抑え込んではいけない
第3章 現代の「うつ」治療の落とし穴
第4章 「うつ」とどう付き合うか?
第5章 しっかり「うつ」をやるという発想
第6章 「うつ」が治るということ
 
【著者】
泉谷 閑示 (イズミヤ カンジ)
 1962年秋田県生まれ。精神科医、作曲家。東北大学医学部卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院、神経研究所附属晴和病院等に勤務したのち渡仏、パリ・エコールノルマル音楽院に留学。帰国後、新宿サザンスクエアクリニック院長等を経て、現在、精神療法専門の泉谷クリニック(東京・広尾)院長。
 
【抜書】
●精神療法(p9)
 〔そもそも「うつ」がその人に生じたのはなぜだったのかを共に探索し、そして、自然治癒力を妨げているものが何であるのかを明らかにしていくような、緻密で丁寧なアプローチ。〕
 
●頭、心=身体(p22)
 頭……物事の効率化を図るために発達してきた部分。理性の場。情報処理を行う場所。記憶・計算・比較・分析・推理・計画・論理的思考などの作業が行われる。シミュレーション機能を持っており、「過去」の分析や、「未来」の予測を行うのは得意だが、「現在」を把握するのが不得手。must/should(~すべきだ、~しなくてはならない、~に違いない)。
 心……感情・欲求・感覚・直観が生み出される場。「いま・ここ(現在)」に焦点を合わせる。want to/like(~したい、~したくない、好き、嫌い)。「頭」とは比べ物にならないほど高度な知性と洞察力を備えていて、直観的に対象についての本質を見抜き、瞬時に判断を下す。その理由をいちいち明かさないので、情報処理という不器用なプロセスを必要とする「頭」にはほとんど解析不能。「心」と「身体」は一体。「一心同体」。
〔 生き物として人間の中心にある「心=身体」に対し、進化的に新参者として登場してきた「頭」が、徐々にその権力を増加し、現代人はいわば、「頭」による独裁体制が敷かれた国家のような状態にあります。
 これに対して、国民に相当する「心=身体」側が、「頭」の長期的な圧政にたまりかねて全面的なストライキを決行します。もはや、「頭」の強権的指令には一切応じない。これが「うつ」の状態なのです。中には、過酷な奴隷扱いがあまりに長期にわたった結果、「心=身体」がすっかり疲弊してしまい、ストライキというよりも、潰れてしまって動けない状態になっている場合もあります。〕
 
●努力、熱中(p97)
 野球の適性の高い資質を持った少年は、野球の練習をさほど苦痛に思っていない。面白いものに思える。「熱中」している。
 資質の乏しい少年にとって野球の練習は苦行以外の何物でもない。「努力」してもあまり上達しない。
 〔「熱中」したがゆえに成功した人間を見て、周囲の人間がそれを「努力」と誤解したところに、今日の「努力」信仰が作り出されてきた大きな原因がるように私には思えてならないのです。〕
 
●生まれ直し(p110)
 「うつ」からの本当の脱出とは、元の自分に戻ることではない。モデルチェンジしたような、より自然体の自分に新しく生まれ変わること。
 repair(修理)のような治療では、どうしても再発のリスクを残してしまう。
 reborn(生まれ直した)あるいはnewborn(新生)とも言うべき深い次元での変化が、真の「治療」には不可欠。
 
●ハングリー・モチベーション(p207)
 人類は、その始まりから永らく、様々な欠乏や不足を補い、それをすこしでも満たそうという方向に動機づけられて生きてきた。衣食住、平和や安全、安定、快適性、娯楽、情報や利便性。これら諸々の状況が少しでも改善・向上するように、あるいはより多く手に入るようにと、心血を注いできた。
 〔このような行動原理で人類が動いてきた時代を、私は「ハングリー・モチベーションの時代」と名付けました。〕『仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える』(幻冬舎新書)。
 
●摂食障害(p232)
 拒食症と過食症。
 どちらか一方の状態だけで経過することは珍しい。拒食に始まり、途中から過食が主になるケースが多くみられる。
 摂食障害の人たちに共通してみられる特徴は、自己コントロール力の強さ。大概の人ならば挫折するはずの無理なダイエットでも継続できてしまったりして、それを契機に摂食障害を発症してしまうことも多い。
 ダイエットという「頭」による計算が強制的に介入して食行動にコントロールをかけてくると、ある限度を超えたところで「心=身体」側は、食欲のストライキ(拒食)か暴動(過食)という形で、レジスタンス運動(反逆)を始める。
 
●自己本位(p247)
 夏目漱石が、神経衰弱に罹って休学し、郷里の広島で療養生活を送っている門下生の鈴木三重吉に送った手紙。
 「……しかし現下の如き愚なる間違ったる世の中には正しき人でありさえすれば必ず神経衰弱になる事と存候。これから人に逢う度に君は神経衰弱かときいて然りと答えたら普通の徳義心ある人間と定める事に致そうと思っている。
 今の世に神経衰弱に罹らぬ奴は金持ちの愚鈍ものか、無教育の無良心の徒か、さらずば二十世紀の軽薄に満足するひょうろく玉に候。」
〔 この「神経衰弱」とは、現代で言えば、ほぼ「うつ病」に相当するものであったと考えられますが、漱石自身も英国留学中にこれにかかり、引きこもりがちの生活をしていたことがよく知られています。しかし、漱石はこの神経衰弱の時期を通して、「他人本位」で生きてきた自分の不甲斐なさと向き合い、「自己本位」こそが大切であることをつかんだのでした。そしてそこで得た境地が、その後の小説家・夏目漱石の精神的な出発点にもなったのです。〕
 
(2021/12/23)NM
 
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