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ピダハン 「言語本能」を超える文化と世界観
 [歴史・地理・民俗]

ピダハン――「言語本能」を超える文化と世界観
 
ダニエル・L・エヴェレット/〔著〕 屋代通子/訳
出版社名:みすず書房
出版年月:2012年3月
ISBNコード:978-4-622-07653-7
税込価格:3,740円
頁数・縦:390, 8p・20cm
 
 キリスト教の伝道のため、聖書をピダハン語に翻訳するため、アマゾンの奥地に入り込んでピダハンの言語を研究し、生活をつぶさに見てきたアメリカ人による、ピダハンの世界の紹介。
 ピダハンの文化、世界観を知るにつれ、著者は自身のイエス信仰と決別することになる。
 
【目次】
第1部 生活
 第1章 ピダハンの世界を発見
 第2章 アマゾン
 第3章 伝道の代償
 第4章 ときには間違いを犯す
 第5章 物質文化と儀式の欠如
 第6章 家族と集団
 第7章 自然と直接体験
 第8章 一〇代のトゥーカアガ―殺人と社会
 第9章 自由に生きる土地
 第10章 カボクロ―ブラジル、アマゾン地方の暮らしの構図
第2部 言語
 第11章 ピダハン語の音
 第12章 ピダハンの単語
 第13章 文法はどれだけ必要か
 第14章 価値と語り―言語と文化の協調
 第15章 再帰(リカージョン)―言葉の入れ子人形(マトリョーシカ)
 第16章 曲がった頭とまっすぐな頭
第3章 結び
 第17章 伝道師を無神論に導く
エピローグ 文化と言語を気遺う理由
 
【著者】
エヴェレット,ダニエル・L. (Everett, Daniel L.)
 1951年生まれ。言語人類学者。ベントレー大学Arts and Sciences部門長。1975年にムーディー聖書学院を卒業後、あらゆる言語への聖書の翻訳と伝説を趣旨とする夏期言語協会(現・国際SIL)に入会、1977年にピダハン族およびその周辺の部族への布教の任務を与えられ、伝道師兼言語学者としてブラジルに渡り調査を始める。以来30年以上のピダハン研究歴をもつ第一人者(その間、1985年ごろにキリスト教信仰を捨てている)。1983年にブラジルのカンピーナス大学でPh.D.を取得(博士論文のテーマは生成文法の理論にもとづくピダハン語の分析)。
 
屋代 通子 (ヤシロ ミチコ)
翻訳家。
 
【抜書】
●交感的言語使用(p22)
 主として社会や人間同士の関係を維持したり、対話の相手を認めたり和ませたりするといった働きをする。
 「こんにちは」「さようなら」「ご機嫌いかが」「すみません」「どういたしまして」「ありがとう」など。新しい情報を提供するものではなく、善意を示したり敬意を表したりするもの。
 ピダハン語には、交感的言語使用がみられない。ピダハンの文化は、こうしたコミュニケーションを必要としない。
 
●42時間(p112)
 ピダハンは、1日4~6時間漁をすれば、24時間、一家4人を食べさせるのに十分なたんぱく質が取れる。一家に一人前の息子がいる場合、男たちは漁の仕事を交代で行う。
 朝の3時に誰かが魚を獲ってきたら、家族の全員が起きてすぐさま魚を食べにかかる。
 収穫や採集は女の仕事。1週間に12時間くらいをこの仕事に充てる。
 漁や採集に費やされる時間は1週間当たり42時間。これを父親と母親、子供たち(時には祖父母)が分担し、誰もが1週間に15時間から20時間程度「働」けばいいということになる。
 ピダハンにとっては漁も採集も楽しい活動で、西洋文化でいう労働の概念とは相容れない。
 
●現在を楽しむ(p113)
〔 わたしは次第に、ピダハンは未来を描くよりも一日一日をあるがままに楽しむ傾向にあると考えるようになっていったが、ピダハンの物質文化には、その説を裏づけてくれる特徴がほかにも数々見られる。将来よりも現在を大切にするため、ピダハンは何をするにも、最低限必要とされる以上のエネルギーをひとつことに注いだりしない。〕
 
●村八分と聖霊(p159)
 いわゆる「公的な」強制力というものはピダハン社会には存在しない。主な強制力は、村八分と聖霊。
 ある人物の行動が多数者にとって害を及ぼすほど常軌を逸してくると、その人物は程度の差こそあれ、社会から追放される。村八分。
 聖霊は、ああいうことはしてはいけなかったとか、こういうことをしてはいけない、と村人に告げる。村の中の誰か一人を名指しすることもあれば、全体に話しかけることもある。ピダハンは、おおむねkaoáíbógíカオアーイーボーギー(「早口」という名の聖霊)の忠告に従う。
 
●数(p167)
 ピダハンには、数がないらしい。ものを数えたり、計算したりしない。
 一、二、「たくさん」といった数え方もない。数と思っていたものは、相対的な量を示しているに過ぎない。
 (著者が)ピダハン語の「二」に当たると思っていた「hoiホイ」は、小さな魚二尾にも、もう少し大きな魚一尾を指すのにも使われる。
 
●色(p169)
 ピダハンには色名がない。
 前任者のスティーブ・シェルドンが作成した色名の一覧で、それぞれの色は、色そのものを指すのではなく、句だった。
 黒……血が汚い
 白……それは見える/それは透ける
 赤……それは血
 緑……今のところ未熟
 
●マイシ川(p216)
 ピダハンの母なる川マイシ。著者が多くの時間を過ごしたピダハンの村はポスト・ノヴァにあった。マイシ川とマルメロス川の合流点に近い場所。
 マイシ川は、アマゾン川の支流の支流の支流。アマゾンは上流でマデイラ川と名を変え、マニコレという都市を過ぎたあたりで支流がいくつか分かれるが、そのうちの一つがマルメロス川。(p388、訳者あとがき)
 
カボクロ(p224)
 アマゾン先住民の末裔。
 いまではポルトガル語しか話さず、地域経済に根を張って自分たちをブラジル人だと思っている。
 ピダハンはカボクロをアウウーイ・ギーイ(真正の外国人)と呼ぶ。アメリカ人や都市在住のブラジル人を含めた外国人のことは単に「アウウーイ」と呼ぶ。
 ピダハンとカボクロの関係は深い。出会う頻度が高く、同じ環境を共有していて、狩りや漁、カヌー、ジャングルの知識など、おおむね似通った技術を持っている。外の世界に関するピダハンの知識は、ほとんどカボクロから仕入れたもの。
 
●ピダハン語(p250)
 ピダハン語の音素は、男性の場合、母音が三つ(i、a、o)、子音が八つ(p、t、k、s、h、b、g、x〈声門閉鎖音〉)。
 女性は、子音が七つ。hがなく、sで代用する。
 音素の少なさを補うため、声調で単語の区別をしている。
 音素が11しかないのは、他にハワイ語とニューギニアのロトカ語だけ。
 
●ディスコースのチャンネル(p260)
 ピダハン語には、「ディスコースのチャンネル」(社会言語学者デル・ハイムズの用語)が五つある。
 口笛語り、ハミング語り、音楽語り、叫び語り、通常の語り。
 
●方向(p301)
 ピダハンには、右、左という語がない。
 方向は、川(マイシ川)を基準にしている。上流、下流、川に向かって、ジャングルの中に。彼らは、川がどの方向にあるかということを常に意識している。
 街へ出かけたとき、彼らは最初に「川はどこだ?」と尋ねてきた。
 
●リカージョン(p318)
 ピダハン語にはリカージョンがない。常に単文で構成される。形容詞も、一つの名詞に一つしか付かない。
 リカージョン……文のある構成要素を同種の構成要素に入れ込む力。名詞句や節など。
 チョムスキーの変形生成文法への反証。
 
(2022/10/26)NM
 
〈この本の詳細〉


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