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逆襲する宗教 パンデミックと原理主義
 [哲学・心理・宗教]

逆襲する宗教 パンデミックと原理主義 (講談社選書メチエ)
 
小川忠/著
出版社名;講談社(講談社選書メチエ 780)
出版年月:2023年2月
ISBNコード:978-4-06-530973-5
税込価格:1,925円
頁数・縦:236p・19cm
 
 2020年の新型コロナ・ウイルスによるパンデミックにより、世界中で宗教の復興が目立つ。その実態を各宗派別に概観し、その功罪を論じる。
 
【目次】
序章 世界の宗教復興現象―コロナ禍が宗教復興をもたらす
第1章 キリスト教(プロテスタント)―反ワクチン運動に揺れる米国
第2章 ユダヤ教―近代を拒否する原理主義者が孤立するイスラエル
第3章 ロシア正教―信仰と政治が一体化するロシア
第4章 ヒンドゥー教―反イスラム感情で軋むインド
第5章 イスラム教―ジハード主義者が天罰論拡散を図る中東・中央アジア
第6章 もうひとつのイスラム教―宗教復興の多面性を示すイスラム社会、インドネシア
終章 コロナ禍で日本に宗教復興は起きるか
 
【著者】
小川 忠 (オガワ タダシ)
 1959年、神戸市生まれ。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士課程修了。博士(学術)。国際交流基金を経て、跡見学園女子大学文学部教授。専門は国際関係、アジア研究、文化交流政策。
 
【抜書】
●原理主義(p24)
〔 本書は、世俗ナショナリズムに敵対する宗教政治運動を「原理主義」、世俗ナショナリズムに協力するそれを「宗教ナショナリズム」と呼ぶことにする。
 またイスラム法に基づく統治という理念を実現するために一般市民を巻き込んだ無差別テロ等の暴力行為を厭わぬアル・カーイダやISは、「イスラム過激派」とも呼ばれる。しかし、この言葉は「イスラム=過激」という固定観念の強化につながる危険性があるので、学術的には「ジハード主義」等の表現に置き換えられることが増えている。本書でも「ジハード主義」を用いることにする。〕
 
●福音派(p42)
 「2020年米国宗教統計」(公共宗教研究所:PRRI)によると、米国民の約7割がキリスト教徒。
 国民の4割強を占めるのが白人キリスト教徒。福音派プロテスタント14%、主流派プロテスタント16%、カソリック12%、モルモン1%。
 黒人プロテスタント7%、ラテン系カソリック8%、ラテン系プロテスタント4%
 福音派と主流派のあいだには、「文化戦争」とまで呼ばれるほど深刻な亀裂が生じている。福音派は、「原理主義者」、「キリスト教右派」、「クリスチャン・ナショナリズム」の基層をなす。「個人はその理性を働かせて時代状況に合わせて教義を解釈する自由がある」という主流派の自由主義神学に反発する。
 福音派の中でも原理主義者は、彼らが選んだキリスト教の「原理」にこだわり、聖書を字義通りに読むべきとして、学校で進化論を教えることに反対し、世俗主義を敵視しする。
 
●世界教会協議会(p52)
 2020年3月、プロテスタントの世界教会協議会は、各国の教会に向けてパンデミックを乗り越えるためのガイダンスを発表した。
 ・パンデミックで社会機能が麻痺した世界を元に戻すために、信仰共同体は政府、医療従事者とともに大きな役割を果たすことができる。
 ・弱者への感染を防ぐために、当面、集団礼拝をすべてキャンセルすべしと勧告。
 ・従来の対面型集団礼拝に代わって、可能な限りデジタル技術を活用したオンライン方式での礼拝、ラジオやテレビ等による福音伝道、WhatsApp等のメッセージ・プラットフォームの活用を推奨。
〔 教会および教会コミュニティーができることとして、正確で信頼できる情報の流通を教会メンバ―に求めている。今は、デマ、非科学的情報、他者への憎悪を煽る扇動などがあふれている、歪んだ情報は社会的パニックを招くもととして、こうした状況を改善するために教会は声を上げなければいけないと説いている。〕
 
●ハレディーム(p58)
 「敬虔な人々」という意味。ユダヤ教の超正統派。ユダヤ教原理主義。
 イスラエル政府の指示に従わず、イェシヴァ(宗教学校)や集団礼拝を続けたため、新型コロナの集団感性が発生。他の地域に比べ、ハレディーム居住地区に高い率で感染が起きていた。
 
●ダティーム(p61)
 ユダヤ教の宗教派(現代正統派)。
 「ユダヤ人とはユダヤ教」という、宗教をアイデンティティの源とするユダヤ教の正統派の2グループのうちの一つ。世俗ナショナリズムに反発するユダヤ教原理主義。もう一つは超正統派ハレディーム。
 この一派から世俗的なシオニズムとは一線を画す「宗教シオニズム」が出現した。
 
●東方正教会(p80)
 ギリシャ正教会。
 東方正教会(ギリシャ正教会)は、独立・自治の地域教会の連合体。ローマ・カトリックの教皇にあたる地位は存在しない。
 コンスタンティノープル総主教は、「全地」総主教と呼ばれ、すべての正教会信者から尊敬を集める存在であるが、各独立・自治教会に指示・介入する権限はない。
 ロシア正教会は、規模において東方正教会最大の独立教会。1589年、コンスタンティノープル総主教エレミアス2世(1536-95年)により、モスクワ府主教イオフ(1525-1607年)が初代の「モスクワおよび全ルーシの総主教」に叙聖され、モスクワ正教会は「総主教座教会」の地位を獲得する。「府主教座」からの昇格。「第三のローマ=モスクワ」論。総主教座教会は、古代からの教会(コンスタンティノープル、アレクサンドリア、アンティオキア、エルサレム)のみであった。モスクワ総主教庁。
 
●東京復活大聖堂(p108)
 日本にある自治正教会。東京神田のニコライ堂が首座主教座教会。
 
●五行(p141)
 イスラム教には、六つの信仰箇条と五つの信仰の柱がある。「六信五行」。
 五行は、①信仰告白、②礼拝(1日5回の礼拝と金曜日の集団礼拝)、③喜捨、④断食(断食月の1か月)、⑤巡礼(一生に一度、定められた期間中のメッカ・カーバ神殿への巡礼)。
 メッカ巡礼には、「五行」の一つである大巡礼(ハッジ)と、巡礼期間外に随時行われる小巡礼(ウムラ)の2種類がある。メディナへのウムラもある。
 
●社会資本(p173)
〔 外から見ているとISの天罰論などセンセーショナルな教義解釈に目を奪われがちになり、「イスラムは狂信的ゆえに新型コロナウイルスとの戦いの足かせ」という見方に傾きがちだが、大方のイスラム解釈が、不安と闘う人々を勇気づけ、人と人とをつなぐ社会資本として機能し、国が十分に提供できていない公共サービスを人々に届け、新型コロナウイルス封じ込めの一役を担う機能を果たしている点を正当に評価しておきたい。〕
 
●ハラール、ハラーム(p179)
 イスラム法は、人間のすべての行いを義務・推奨・禁止・忌避・許容の五つに分類する。
 ハラールは許容、ハラームは禁止行為にあたる。
 クルアーン第7章第157節「一切の善い(清い)ものを合法〔ハラール〕となし、悪い(汚れた)ものを禁忌〔ハラーム〕とする。」
 クルアーン第2章第173節「かれがあなたがたに、(食べることを)禁じられるものは、死肉、血、豚肉、およびアッラー以外(の名)で供えられたものである。だが故意に違反せず、また法〈のり〉を越えず必要に迫られた場合は罪にはならない。」
 
●ハラール認証(p181)
 この30年間、ハラール市場拡大の牽引者の役割を果たしてきたのは、マレーシアやインドネシア。イスラムの本家である中東ではない。
 マレーシアは1994年に世界で初めて、政府がハラール認証を付与する制度を創設し、ハラールの国際統一基準制定のイニシアティブをとっている。
 インドネシアも、1999年、インドネシア・ウラマー評議会(MUI)が肩入れして「世界ハラール食品協議会」(WHFC)をジャカルタで創立、政府も2014年にハラール製品保証法を制定し、MUIとともにハラール認証を行う行政機関「ハラール製品保証実施機関」(BPJPH)を2019年に新設している。
 中東は国民の大半がイスラム教徒で、社会におけるハラールが当然であるのに対し、マレーシアはイスラム教徒のマレー系のほか、華人系、インド系が混在する多文化社会。インドネシアもイスラム教徒が多数派とは言え、経済・流通に関しては華人系資本の力が強い多文化社会。
 
●日本の宗教復興(p207)
〔 日本の宗教復興は、宗教と文化が混然一体で境界があいまいという日本特有の形態から、共同体の紐帯となる精神性を帯びた文化という形で社会的な存在感を増していくのではないか、と私は想定している。日本と同じく世俗性の強い現代中国社会において、儒教の復権が指摘されているが、これはナショナリズム強化を目論む国家が儒教の伝統文化的側面を利用するという構図で進行している。日本においても宗教とナショナリズムが結びつく可能性はある。しかしそうなった場合、戦前・戦時中の国家による宗教利用の弊害が記憶として残る日本では反発も強いであろう。
 これとは違った可能性があるかもしれない。より小さなサイズの地域共同体の再編と結びついた宗教の復興である。〕
 
(2024/4/15)NM
 
〈この本の詳細〉


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