再読だけが創造的な読書術である
[ 読書・出版・書店]
永田希/著
出版社名:筑摩書房
出版年月:2023年3月
ISBNコード:978-4-480-81682-5
税込価格:1,980円
頁数・縦:222p・19cm
■
再読に関しては、うすうすその価値に気づいていたが、本書は改めてその効用を理論構築してくれる。
【目次】
第1章 再読で「自分の時間」を生きる
「自分の時間」が買いたたかれている
あなたにとって「良い本との出会い」とは何か
ほか
第2章 本を読むことは困難である
読書スランプに陥るとき
読書のためらい
ほか
第3章 ネットワークとテラフォーミング
バーンアウトする現代人
ネットワークとしての人間・言葉・書物
ほか
第4章 再読だけが創造的な読書術である
読書の創造性と不可能性
古典を再読する
ほか
第5章 創造的になることは孤独になることである
「読むこと」と「読み直すこと」には違いがない
魔法としての文学
ほか
【著者】
永田 希 (ナガタ ノゾミ)
著述家、書評家。1979年、アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。書評サイト「Book News」主宰。
【抜書】
●他人の頭で考える(p22)
ショウペンハウアー『読書について』。
読書とは、「他人が書いたものを読むことで、自分の頭で考える代わりに他人の頭で考えること」だと説いた。
●誤読、読み捨て(p32)
〔 読んでいる最中の本に何が書かれているのかわからないとき、ふとそこで立ち止まってよくよく吟味するのも大事なのですが、わからない部分を読み飛ばし、誤読したままでも仕方がないと割り切ることも重要です。何かの機会にまたその本を手にとるとき、その誤読を本の側が気づかせてくれるかもしれません。読者がその内容を忘れてしまっても消え去りはしないという書物の特性(物質性)が、読者に誤読や読み飛ばしを許しているからです。その寛容さに甘えて初めて、一冊一冊を少なくとも部分的には誤読しながら、内容を忘れながら、多読することが可能となるのです。
一冊一冊を大切に読まない態度は「読み捨て」と呼べるでしょう。しかし「読み捨て」が必ずしも悪である、というわけではありません。先述のとおり、良い本に出会うためには「読み捨て」を大量におこなうのが効率的です。ただひたすら「読み捨て」を続けていくのも悪くはないかもしれません。
読み捨てられた側の本は、こう書くとどこか残酷に思われてしまうかもしれませんが、再び読まれることをじっと、何も言わずに待ち続けているのです。たくさんの他の本を読んでからまたその本に戻ってきた読者を、その本は、そこに書かれている以上のことは何も言わず、再び迎えてくれます。そのとき、うまくすれば読者は自分が忘れていた内容に再び出会い、誤読や勘違いをただされ、そして新しい読書をすることができます。こうして読書は深められていくのです。〕
●読書スランプ(p45)
読書とは、いったん抽象化されてつくられた「言葉」を現実の体験のように解きほぐしていく行為。
読書スランプとは、「言葉の解きほぐし」という行為がやすやすとこなせないとき。
〔目を落とした紙の上に、または電子デバイスの上に表示されているものが見えているのに頭に入ってこない状態。目に見えているのであれば、その視覚情報は視覚神経を通して脳に届いてはいるので、文字通りには「頭に入っている」のに、その文字や言葉をかみ砕くことができない状態。〕
●読書好き(p72)
〔 ここに書いてあることがわかるのは自分だけだという実感はとても気持ちのいいものですが、客観的には単に「そうではない」ことが多いので程々にしておくのがいいでしょう。仮に本当に自分しか「わかる」ひとがいなかったとしても、それを証明するのはかなり難しいことになります。
それはさておき、読者に「自分しかわからない」と思わせるような絶妙な理解困難さというものがあるのです。困難には、パズルのように知的に作り出すことができるものだったり、ウェブサイトのリンクや辞書の項目の参照先のように枝分かれが多すぎて追いきれなかったり、プラトンにとっての「魂」のように信じるか信じないかの問題になったりといったいくつかの種類があります。
こうした複雑な困難を楽しめるようになったら、立派な面倒臭い読書好きの出来上がりです。もちろん読書好きが全員この種の厄介なタイプではないのでご安心ください。繰り返しますが、わからない記述に出会ったときに、その本を閉じて放り出すのは誰にでも許された自由なのですから。〕
●急がば回れ(p128)
新しいジャンルに挑戦するときこそ、これまで読んだ本を再読する。「急がば回れ」を採用し、迷宮の輪郭を眺めてみる。
これまで読んできたものの中でそれらしきことが書かれていたものが何だったのかを棚卸する。
●ルネッサンス(p142)
〔東方と南方からイスラム勢力の圧迫を受けつつ、自分たちヨーロッパ(キリスト教)の勢力は足並みが揃わず互いに争っているという情勢下で、キリスト教よりも古く、かつ東方に拮抗していた時代の哲学を「再読」しようとしたのがルネッサンスだったのです。〕
ルネッサンス期のイタリアは、半島を統一する国家が存在しなかった。さながら戦国時代。カトリック教会の中心バチカンがあったにもかかわらず。
●古典とベストセラー(p158)
古典の再読は、「知っている言葉」の棚卸と再構成。
ベストセラーから始まる再読は、「読んだことのある本」のネットワークをその都度ごとに再構築すること。
(2023/5/29)NM
〈この本の詳細〉
フォン・ノイマンの哲学 人間のフリをした悪魔
[コンピュータ・情報科学]
高橋昌一郎/著
出版社名:講談社(講談社現代新書 2608)
出版年月:2021年2月
ISBNコード:978-4-06-522440-3
税込価格:1,034円
頁数・縦:270p・18cm
■
米国における「コンピュータの父」、ジョン・フォン・ノイマンの伝記。彼の足跡が分かりやすく書かれている。
「哲学」と言われると難解に感じられが、そんな趣はなく、いろいろなエピソードを盛り込んだ、肩の凝らない読み物になっている。
【目次】
第1章 数学の天才
第2章 ヒルベルト学派の旗手
第3章 プリンストン高等研究所
第4章 私生活
第5章 第二次大戦と原子爆弾
第6章 コンピュータの父
第7章 フォン・ノイマン委員会
【著者】
高橋 昌一郎 (タカハシ ショウイチロウ)
1959年生まれ。ミシガン大学大学院哲学研究科修了。現在は、國學院大學教授。専門は、論理学・科学哲学。
【抜書】
●皇居(p13)
1945年5月10日の「標的委員会」で、米国空軍が原爆投下の目標リストとして、皇居、横浜、新潟、京都、広島、小倉を提案した。
フォン・ノイマンは、戦後の占領統治まで見通しして、皇居への投下に反対した。もし空軍があくまで皇居への投下を主張する場合、「我々に差し戻せ」と書いたメモが残されている。一方、京都への原爆投下を強く主張した。「歴史的文化的価値が高いからこそ京都に投下すべきだ」。これに対し、ヘンリー・スチムソン陸軍長官が、「それでは戦後、ローマやアテネを破壊したのと同じ非難を世界中から浴びることになる」と強硬に反対。京都も却下された。
すでに通常爆弾で破壊されていた横浜、情報が不足していた新潟がはずされ、最終的に広島、小倉、長崎の順に2発の原爆が投下されることになった。
●コンピュータの父(p188)
ミシガン大学大学院のアーサー・バークス教授。フォン・ノイマンの下でコンピュータを開発した情報科学者。ノイマンの死後に彼の「自己増殖オートメタ理論」を展開し完成させた。
「『コンピュータの父』といえば、もちろんアメリカではジョン・フォン・ノイマンですが、イギリスではアラン・チューリングになります。自分がどこの国で喋っているのか、くれぐれも忘れないように!」
退官する最終年度の秋学期の講義で。
●コロッサス(p204)
1943年12月、英国のブレッチリー・パークにて、世界最初の「全電子式暗号解読機」の試作品が完成した。「コロッサス(巨象)」。
入出力は穿孔テープで、制御回路、並列処理、割り込み、ループ、クロックパルスといった、現代のコンピュータで用いられている基本構造が組み込まれていた。
ウィンストン・チャーチルは、第二次世界大戦が終結すると、10機製造されたコロッサスのうち、2機だけを残して他をすべて解体するよう命令した。チャーチルは、「全電子式暗号解読機」の情報が他国(特にソ連)に流出することを極度に恐れていた。そのため、設計図や関連文書をはじめ、「残った部品は、それが何に使われたか分からないように徹底的に破壊せよ」と厳命した。
●スカート(p236)
フォン・ノイマンには、秘書のスカートの中を覗き込む「癖」があった。そのため、机の前を段ボールで目張りする秘書もいた。
〔 彼の助手を務めたスタニスワフ・ウラムによれば、ノイマンは、スカートをはいた女性が通ると、放心したような表情でその姿を振り返って見つめるのが常であり、それは、誰の目にも明らかな彼特有の「癖」だったと述べている。
常に頭脳を全力回転させていたノイマンの奇妙な「癖」は、彼の脳内に生じた唯一の「バグ」だったのかもしれない。〕
(2023/5/29)NM
〈この本の詳細〉
ヒッタイトに魅せられて 考古学者に漫画家が質問!!
[歴史・地理・民俗]
大村幸弘/著 篠原千絵/著
出版社名:山川出版社
出版年月:2022年11月
ISBNコード:978-4-634-15190-1
税込価格:1,980円
頁数・縦:285p・21cm
■
古代オリエントに勃興したヒッタイト帝国の魅力と発掘調査の醍醐味について、考古学者と漫画家が対談形式で語る。
【目次】
1章 考古学青年、アナトリアの大地へ“立志編”
2章 大村博士、カマン・カレホユック遺跡を掘る“奮闘編”
3章 「文化編年の構築」と地域にやさしい考古学“開拓者編”
4章 ヒッタイト帝国の謎にせまる!“前編”
5章 ヒッタイト帝国の謎にせまる!“後編”
6章 「鉄」を生み出したのはだれ?ヒッタイトと鉄の謎にせまる
7章 ヒッタイトよりも謎に包まれた幻の王国 ミタンニにせまる!
【著者】
大村 幸弘 (オオムラ サチヒロ)
岩手県生まれ。1972年以来、トルコ各地の発掘調査に参加、現在、アナトリア考古学研究所所長。著書・訳書に『鉄を生みだした帝国―ヒッタイト発掘』(講談社ノンフィクション賞受賞)、『アナトリア発掘記―カマン・カレホユック遺跡の二十年』、『ヒッタイト王国の発見』、『トロイアの真実―アナトリアの発掘現場からシュリーマンの実像を踏査する』など。
篠原 千絵 (シノハラ チエ)
神奈川県生まれ。1981年に『赤い伝説』で漫画家としてデビュー。『闇のパープル・アイ』、『天は赤い河のほとり』で小学館漫画賞受賞。
【抜書】
●カマン・カレホユック(p66)
アンカラの南東100kmの小都市カマンのはずれにある、人口1,000人足らずのチャウルカン村の北約1.5kmにある円形の遺丘。直径280m、高さ16m。クズルウルマック河に囲まれた、ヒッタイト古王国の範囲内にある。
カレ=城壁、ホユック=遺丘。
中近東文化センター附属アナトリア考古学研究所にて、1985年から発掘調査を行っている。
●へテ人(p144)
へてびと。ヒッタイトの人々のこと。旧約聖書に出てくる。
●ボアズキョイ文書(p145)
20世紀初頭、ドイツの言語学者ヴィンクラーが、アンカラの東約150kmにあるボアズキョイという村の遺跡で発見した膨大な数の粘土板。そこがヒッタイト帝国の首都ハットゥシャ(ハットゥサ)であったことが判明。
●キュルテペ文書(p155)
かつてはカッパドキア文書と呼ばれていた。
アッシリア商人の居留区の中心であったキュルテペのカールムから出土した文書。彼らの活動、歴史を知ることができる。
カールム……アッシリア人の商業居留地。(p150)
●シュッピルリウマ1世(p159)
在位BC1380-1346年。ヒッタイトを一王国からエジプト王国と比肩する大帝国の地位にまで引き上げた。
カルケミシュで、エジプトのアンケセナーメン妃(ツタンカーメンと死別)から、ヒッタイト王の息子を夫として迎えたいという申し出を受ける。シュッピルリウマはエジプトに息子ザナンザを送ったが、途次に暗殺されてしまう。
●カデシュの戦い(p166)
ヒッタイト帝国とエジプト王国(ラムセス2世)の戦争。シリアをめぐってBC1274年頃に勃発。ラムセス2世と、ムワタリ2世の弟にあたるハットゥシリ3世との間で結ばれた和平条約(BC1259年)によって終結。
文献に残る、世界史上最古の大国同士の戦争。
●パンクス、タワナンナ(p174)
ヒッタイト帝国において、王族で構成される「元老院」。
国家としての決断が、パンクスとタバルナ(王)、タワナンナ(王妃)の承認があって可決される仕組みとなっている。
ヒッタイトでは、議会と王妃というポジションが、政治システムのなかにしっかり存在していた。
●賠償(p182)
古代オリエント世界には、ハンムラビ法典に見られるような「目には目を、歯には歯を」という考え方が広がっている。
しかし、ヒッタイトでは「賠償による償い」が基本。
●古ドイツ語(p182)
ヒッタイト民族は印欧語族。古ドイツ語とも結びつきがある。
●ギリシャ、ローマ(p189)
ヒッタイト帝国が滅亡した時期、BC12世紀頃にエーゲ海周辺に古代ギリシャの都市国家ポリスが形成され始める。ヒッタイトの文化的影響がその後のギリシャ文明に引き継がれ、ローマ、ヨーロッパへと流れていった。
●ホルス(p197)
オルタキョイ遺跡(中央アナトリア北部のチョルム県)で、エジプト新王国の装身具類や、青銅製板をくり抜いてかたどったホルスが見つかっている。
ホルス……鷹の姿をした古代エジプトの男神。原語は「遠くにあるもの」を意味し、天空神、太陽神として崇拝を集めた。その両目は太陽と耳とみなされ、「ホルスの瞳」を表した護符も用いられた。(注より)
【ツッコミ処】
・カデシュの戦い(p166)
篠原〔ムルシリ二世の息子がムワタリ二世(在位前一三一五~一二八二頃)として王位を継承しますが、ムワタリ二世の時代の出来事といったら、なんといってもエジプトとの間に起こった「カデシュの戦い」でしょうか。〕
大村〔シリアをめぐって前一二七四年頃にカデシュ(シリア)で勃発したのが「カデシュの戦い」で、文献に残るものとしては世界史上、最古の大国同士の戦争といわれています。〕
↓
BC1274年は、すでにムワタリ2世の後の世になっている? 篠原さんの勘違いか。
(2023/5/22)NM
〈この本の詳細〉
キツネ潰し 誰も覚えていない、奇妙で残酷で間抜けなスポーツ
[スポーツ]
キツネ潰し 誰も覚えていない、奇妙で残酷で間抜けなスポーツ
エドワード・ブルック=ヒッチング/著 片山美佳子/訳
出版社名:日経ナショナルジオグラフィック
出版年月:2022年8月
ISBNコード:978-4-86313-551-2
税込価格:2,200円
頁数・縦:318p・19cm
■
現在ではすっかり忘れ去られ、ほとんど行われていない「残酷」、「危険」、「ばかばかしい」スポーツの数々を資料に基づいて紹介する。その数なんと100あまり。絵画や写真、古書からとってきた挿絵など、図版も豊富である。よくぞ発掘してきたと感心する。
中でも目を引くのは、「キツネ潰し」や「猫焼き」、「ライオンいじめ」、「カワウソ狩り」といった、動物を虐待する「残酷」なスポーツ群である。食料や毛皮などを得るための狩猟とは異なり、娯楽や賭けのために人々が夢中になっている姿が恐ろしい。
【目次】
空中ゴルフ
水上三脚―アメンボ式水鳥狩り
オートポロ
ベビーボクシング
バルーン・ジャンピング
リス落とし
氷上の樽飛び
ピッチングマシン砲
バトルボール
クマいじめ
〔ほか〕
【著者】
ブルック=ヒッチング,エドワード (Brooke-Hitching, Edward)
英国王立地理学協会フェローにして、不治の域に達した地図偏愛家。BBCの人気クイズ番組「QI」にも携わる。古書店の息子として生まれ、現在もロンドンでほこりまみれのアンティーク地図と古本の山に囲まれて暮らしている。
【抜書】
●ベロシペード(p170)
1860年代、ヨーロッパとアメリカ大陸の人々が夢中になった乗り物。現在の自転車の先駆け。
「ダンディホース」(町のおしゃれな男性に人気があったため)、「ホビーホース」、「速足」といった愛称で呼ばれていた。
自転車の黎明期には、ペダル付き二輪車以外にも様々なタイプのベロシペードが登場した。車輪の数を増やしたり減らしたりした。一輪車タイプの代表はモノホイール。
氷上ベロシペードも作られた。前輪についたペダルをこいで、後ろに付いている金属製の鋭いスケート2本を引っ張るタイプ。ほぼすべての部品が金属製だった。車輪には鋲が打たれていた。重すぎて、氷の薄い部分を通ればいつ割れて水の中に落ちてもおかしくなかった。
●モブフットボール(p190)
中世初期のサッカーは、「モブフットボール(群衆のサッカー)」と呼ばれていた。
試合は、多くの人々が集まる祭日「告解の火曜日」に開催されることが多かった。教会の礼拝が終わると、人びとは豚の膀胱を膨らませたボールを手に、町や村の周辺の野原に繰り出した。人数制限はなく、村中が総出で別の村と対戦した。
ゴールだけが決められ、競技場の範囲は決まってなかった。地元教会のバルコニーや庭がゴールとして使われることも多く、聖職者の怒りを買った。
フランスにも「ラ・スール」と呼ばれる同じようなスポーツがあり、人気があったが、同じように危険だった。
イタリアでは、「ジョッコ・デル・カルチョ(サッカーの試合)」もしくは「カルチョ・フィオレンティーノ(フィレンツェのサッカー)」と呼ばれていた。主に冬場、サンタクローチェ広場、サントスピリト広場、サンタマリアノベッラ広場などで柵囲いした競技場を使って開催された。両チーム27人ずつで、審判がボールを近くの家の壁にぶつけ、ゲームが始まる。足やこぶしを使ってボールをゴールへ運ぶ。初期のイングランドのサッカーとは異なり、試合に参加できるのは貴族だけだった。1555年、ベネチアのアントニオ・スカイノが著した最古の球戯の専門書『球戯論』では、ゴールを決めることは「輝かしい行い」として称賛された。
●消滅したオリンピック種目(p222)
ゲーリック・フットボール(1904)
距離飛込(1904年)
ハーリング(1904年)
ローク(アメリカ式クロッケー。チームを派遣したのは米国のみだった。1904年)
サイクルポロ(1908年)
グリーマ(バイキングのレスリング。1912年)
芸術のコンテスト(建築、文学、音楽、絵画、彫刻のうちスポーツに着想を得たもの。1912~48年)
コーフボール(1920年、1928年)
ラ・カン(杖を使うフランスの武道。1924年)
サバット(フランス式キックボクシング。1924年)
フリージアン・ハンドボール(1928年)
アメリカン・フットボール(1932年)
グライダー(1936年)
ペサパッロ(フィンランド式野球。1952年)
オーストラリアン・フットボール(1956年)
武道(剣道、弓道、相撲。1964年)
水上スキー(1972年)
ボウリング(1988年)
ローラーホッケー(1992年)
(2023/5/21)NM
〈この本の詳細〉
人新世の経済思想史 生・自然・環境をめぐるポリティカル・エコノミー
[経済・ビジネス]
桑田学/著
出版社名:青土社
出版年月:2023年2月
ISBNコード:978-4-7917-7534-7
税込価格:3,080円
頁数・縦:327, 25p・19cm
■
「エコノミー」という学が、元来、人間の活動のみを対象とするものではなく、もっと広い概念であったことを歴史的にひもとく。しかし、結局のところそれらの研究は、現代の経済学において主流とはならなかったようだ。
【目次】
序章 エコノミーの脱自然化、人新世の起源
第1章 化石経済と熱力学の黙示録
第2章 生命と富のオイコノミア
第3章 植物学者が見た生命都市のエコノミー
第4章 富のエコノミー/負債の反エコノミー
終章 人間以上のエコノミーに向けて
【著者】
桑田 学 (クワタ マナブ)
1982年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科特任研究員などを経て、福山市立大学都市経営学部准教授。
【抜書】
●オイコノミア(p20)
〔 エコノミーという語は、古代ギリシャの「オイコノミアOikonomia」に由来し、それはクセノフォンやアリストテレスのテクストに典型的に現れるように、家長による家oikos(奴隷、家畜、農作業用具を含む生存の場)の秩序ある管理運営、すなわち「家政」を意味した。ただし、クセノフォンにおいてオイコノミアはすでに、家と財産の善き管理にとどまらない意味――神による宇宙の万物の管理運営――をもっており、その後、中世にはストア派の哲学やキリスト教の思想、弁論術・修辞学において固有の意味づけがなされ、さらに初期近代の博物学や生理学など自然哲学の領域における「アニマル・エコノミー」(動物の身体組織の秩序)や「ネイチャーズ・エコノミー」(自然の秩序・摂理)への拡張を経て、ようやく一八世紀後半以降、「ポリティカル・エコノミー」(政治経済学)へいたりついた、といわれる。麻生博之はこうした歴史的に複雑な経緯をエコノミー概念に通底する意味を、(その難しさを踏まえつつ)次のように要約している。「エコノミーとは、いわば、「家長」(家父であれ、神であれ、統治者であれ、個々人が有するとみなされるある種の「合理性」であれ)による、「家」の境界内のものごと、そして時間的な、あるいは有限なものごとに対する秩序だった「統治」を、またそれらのものごとを無駄なく巧妙に配置する調和した「秩序」そのものを、さらにはそうした統治が可能であり、そうした秩序が存在すると見なしたうえで、そのありようを探ろうとする実践的/理論的な「学」の形態を、意味するものといえる」。ここからもわかるように、歴史的に見れば、エコノミーは、①対象に内在する原理にそくした統御・統治、②統御・統治の対象となる秩序ないし配置、③統御する学ないし実践的な術、という複合的な意味をもつ概念であることをまず押さえておく必要がある。〕
麻生博之編『エコノミー概念の倫理思想史的研究』二〇〇七年度-二〇〇九年度科学研究費補助金研究成果報告書・補足論集、2010年、p.ⅰ。
(2023/5/16)NM
〈この本の詳細〉
師弟百景 “技”をつないでいく職人という生き方
[社会・政治・時事]
井上理津子/著
出版社名:辰巳出版
出版年月:2023年3月
ISBNコード:978-4-7778-2825-8
税込価格:1,760円
頁数・縦:215p・19cm
■
さまざまな職人たちの仕事を紹介しながら、職人の世界における師匠と弟子との関係の機微を伝える。茶の湯の文化を中心に紹介する月刊誌『なごみ』(淡交社)に掲載された連載記事11本に、追加取材した5本を収録。
師匠たちの世代は、「俺の背中を見ろ」「技は盗め」という環境で育った人が多いが、その弟子たちは言葉を介して技術を教わり、師匠に丁寧に接してもらっている例が多いようだ。時代が変わった。その背景には、伝統技術を後世に伝えたいという職人たちの切実な思いと、弟子入りする人たちの年齢層の上昇があるらしい。以前は10代半ばくらいで弟子入りしていたが、いまでは大学・大学院卒、社会人経験者など、職人の世界に入ってくる年齢が上がっているのである。
【目次】
庭師
釜師
仏師
染織家
左官
刀匠
江戸切子職人
文化財修理装潢師
江戸小紋染織人
宮大工
江戸木版画彫師
洋傘職人
英国靴職人
硯職人
宮絵師
茅葺き職人
【著者】
井上 理津子 (イノウエ リツコ)
日本文藝家協会会員。1955年、奈良市生まれ。ライター。大阪を拠点に人物ルポ、旅、酒場などをテーマに取材・執筆をつづけ、2010年に東京に移住。現代社会における性や死をテーマに取り組んだノンフィクション作品を次々と発表し話題となる。
【抜書】
●江戸切子(p98)
江戸切子の発祥は江戸時代後期。約180年前。
日本橋大伝馬町のビロード屋(ガラス屋)の主人がガラスの表面に彫刻したのが始まり。今につながるカットの技法は明治期にイギリス人がもたらした。江東区、墨田区など東京東部地区で作られ、庶民の日用品として愛用されてきた。
単に「切子」と呼ばれていたが、1985年に東京都伝統工芸品に指定されたころから「江戸切子」とブランディングされるに至った。2002年には、国の伝統的工芸品に指定された。
業界団体の江戸切子協同組合(江東区)が定める江戸切子の条件は、① ガラス、② 手作業、③ 主に回転道具を使用、④ 関東一円で生産、の4点。
●ビスポーク(p167)
bespoke。
依頼者と話をし、使用目的やファッションの全体的は嗜好などをヒアリングし、最適な素材やデザインを提案して商品を作る。作り手の特色が前面に出る点が「フルオーダー」と異なる。作り手のテイストを気に入った人のみを対象とする。
●鋒鋩(p179)
ほうぼう。硯の表面にある、目に見えないほどの大きさの凸凹のこと。墨をすりおろすときに威力を発揮する表面の極小のギザギザ。
もともとは、刀の切っ先を意味する。
山梨県早川町の雨畑(あめはた)硯は、この鋒鋩ゆえにすり味が滑らかで、水分の吸収が少ないため水持ちがよいらしい。
(2023/5/6)NM
〈この本の詳細〉
教養としての上級語彙 知的人生のための500語
[言語・語学]
宮崎哲弥/著
出版社名:新潮社(新潮選書)
出版年月:2022年11月
ISBNコード:978-4-10-603891-4
税込価格:1,650円
頁数・縦:271p・20cm
■
著者のいう上級語彙を、「理解語彙」にとどまらずに「使用語彙」へと昇華させるための実用書。「すぐさま理解し、いきなり使用(=表現)できるように、自分自身が語彙を習得し、使用に耐えるくらいに習熟した過程をそのまま〈追体験〉してもらうことに主眼を」置いている(p.226)。
十代半ばから書き留めていた単語帳、語彙ノートが、本稿の元になっているという。本書に登場する上級語彙を自家薬籠中のものとするまでには、何度も熟読する必要があるだろう。
高校で漢文や古文の授業があるものの、なおざりにされて力を入れてこなかったことが、私たちの「ボキャ貧」につながっているのかもしれない。文章で描写するよりも動画で自己表現することが主流になりつつある現在、その傾向はさらに強まっていいると言えよう。
【目次】
第1章 イントロダクション―上木と忖度
第2章 世間の交らい―友愛・感化・恥・地位・男と女
第3章 聞こえる、見える―「私」が感受する上級表現
第4章 行う、行く、戦う―「私」が行為する上級表現
第5章 笑う、怒る、泣く―「私」が叙情する上級語彙
第6章 読む、聞く、叙説する―知的活動に関わる上級語彙
【著者】
宮崎 哲弥 (ミヤザキ テツヤ)
1962年、福岡県生まれ。慶應義塾大学文学部社会学科卒業。テレビ、ラジオ、雑誌などで、政治哲学、生命倫理、仏教論、サブカルチャー分析を主軸とした評論活動を行う。
【抜書】
●ボキャ富(p28)
ぼきゃふ。「ボキャ貧」の対義語。本著者の造語。
ボキャ富が重要なのは、〔どれだけ多くの言葉を使いこなせるかが、その人の認識や感覚の細やかさ、思考の分明さや複雑さ――総じて生きてある世界の豊かさを表すからだ。使っている語彙の質によって、その人が、どんな世界と向き合い、いかに世界を味わい、いかなる世界で思惟しているかを窺い知ることができるからだ。〕
●高級語彙(p33)
基本語彙……日常生活の中で誰もが普通に使う易しい言葉。
高級語彙……主として学者や専門家が用いる難しい言葉。
鈴木孝夫『日本語と外国語』(岩波新書)による。
●上級語彙(p37)
〔 日本語の日常的な基本語彙と専門的な高級語彙とのあいだには、英語ほどの隔たりはみられない。しかし、別の格差が生じようとしているように思う。
それは高級語彙(学術用語、専門語)と基本語彙(日常語)との中間辺りに位置する言葉の衰えによる。日常語というほど頻繁には使われないが、意義としては日常語の範囲に属することの多い、やや難しい言葉や表現(言回し)。本や硬めの文書、畏まったスピーチや講演などには登場するが、日常会話ではあまり話されない語彙。本書ではこうした言葉の群れを「上級語彙」と呼ぶ。〕
(2023/5/5)NM
〈この本の詳細〉
ムラブリ 文字も暦も持たない狩猟採集民から言語学者が教わったこと
[言語・語学]
伊藤雄馬/著
出版社名:集英社インターナショナル
出版年月:2023年2月
ISBNコード:978-4-7976-7425-5
税込価格:1,980円
頁数・縦:255p・19cm
■
ムラブリ語を研究する言語学者が、ムラブリとの生活の果てにムラブリの「身体性」を得てムラブリ的生活への改革を目指す足跡を語る。
【目次】
第1章 就活から逃走した学生、「森の人」に出会う
第2章 駆け出し言語学者、「森の人」と家族になる
第3章 ムラブリ語の世界
第4章 ムラブリの生き方
第5章 映画がつなぐムラブリ、言語がつなぐ人間
第6章 ムラブリの身体性を持った日本人
【著者】
伊藤 雄馬 (イトウ ユウマ)
言語学者、横浜市立大学客員研究員。1986年、島根県生まれ。2010年、富山大学人文学部卒業。2016年、京都大学大学院文学研究科研究指導認定退学。日本学術振興会特別研究員(PD)、富山国際大学現代社会学部講師、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所共同研究員などを経て、2020年より独立研究に入る。学部生時代からタイ・ラオスを中心に言語文化を調査研究している。ムラブリ語が母語の次に得意。2022年公開のドキュメンタリー映画『森のムラブリ』(監督:金子遊)に出演し、現地コーディネーター、字幕翻訳を担当。本作が初の著書。
【抜書】
●ムラブリ(p3)
タイやラオスの山岳地帯に住む少数民族。ムラ( ヒト)、ブリ(森)、つまり「森の人」。狩猟採集民。人口は500人前後と考えられている。ムラブリ語は消滅の危機に瀕する「危機言語」に指定されている。
農耕をすると「大地が裂ける」と信じられており、畑仕事はしない。
服はふんどし。定住をせず、森の中で竹とバナナの葉っぱなどを使った風よけをつくって寝泊まりする。
文字を持たず、暦もない。
タイ側で定住化が進んでいる。
●Ethnologue(p4)
7,151の言語が登録されている言語データベース(2022年現在)。そのうち、2,982は文字を持たない。
●挨拶(p95)
ムラブリ語には、「おはよう」「こんにちは」などの挨拶がない。「ご飯食べた?(アウッユクレェ)」「どこ行くの?(ジャカレーン)」などの質問があいさつ代わりとなる。
●数詞(p117)
ムラブリ語には、数詞は1から10までしかいない。「4」が「たくさん」の意味になるので、1から10まで数えられる人は稀。
特に男たちは、酔っぱらうとこぞって数を数えたがる。〔そしてほとんど失敗に終わる。途中が抜けたり、同じ数字を二度繰り返したりしていて、最後までたどり着くことは少ない。ムラブリ語の数字はなにかを数えるものというよりも、宴会芸の一種と考える方が正確な理解だろう。〕
〔女性には数字を10まで数えたり、時計を見せびらかす人はまずいない。一度、あるムラブリ女性に数詞を尋ねたら、タイ語で言えばいいだろう、と返された。〕
●玉鋼(p173)
ムラブリは、アイヌやアボリジニのような高度な文化や精神世界をもたない。
しかし、ムラブリは、製鉄技術をもっている。地面に穴を掘り、竹によってふいごを用意し、玉鋼を作る。
アイヌやアボリジニは製鉄技術を持っていない。
DNAなどの調査や言語学の研究から、ムラブリはもともと農耕民であり、そこから森に入って狩猟採集民になったと考えられている。60名あまりのミトコンドリアDNAの調査では、500~800年前に生きていた一人の女性に行きつく。2005年のOhtaらの研究。
そのため、狩猟農耕民としての歴史が浅く(文化が十分に育っていない)、一方で農耕民の名残ともいえる製鉄技術をもっている。
遺伝的にも言語学的にも最も近いティンという農耕民族の民話に、「昔、村を追われた若い男女が、のちに森で暮らすようになった」というものがある。
●オーストロアジア語族(p176)
言語系統的には、ムラブリ語はオーストロアジア語族に属する。
しかし、他のオーストロアジア語とは異なり、所有表現が「人-モノ」の語順で表わされる。日本語は、「私の本」=「人-モノ」の語順。「主語-目的語-動詞(SOV)」という基本語順を示す言語の特徴。
ムラブリ語も含むオーストロアジア語の基本語順は、「主語-動詞-目的語(SVO)」。
●ゾミア(p178)
アジア大陸部の山岳部は「ゾミア」と呼ばれ、さまざまな山岳民が点在している。平野部に比べてコメの生産が難しく、大きな王朝は築かれなかった。
平野部に君臨する中央集権的な支配から逃れるために、文字を捨て、所有を嫌い、自由を求めて山岳部に主体的に移住した人々が「ゾミア」の民である。歴史学者ジェームズ・C・スコットの説(2013年)。
「森で人々から離れて生活している人たちがいるらしい」という噂に共感した人々が森に入り、民族を問わず合流していく。遺伝学的にも、ムラブリはクム族やタイ族などの多様な民族と混血した形跡がある。
そのため、ムラブリ語はクレオールである。
●ピジン、クレオール(p179)
ピジン……いろいろな言葉を話す人々が集まると、その場で通じる言葉を作りあげていく。その場限りの必要性から生まれたのがピジン。不完全な文法しか持たず、語彙も限定的。
クレオール……集団内で子供が生まれ、ピジンを母語として学ぶと、子供たちは不完全な言語から「完全な」言語体系を作り出す。クレオール。
世界各地のクレオールは、似た特徴を持つ。① 所有表現の語順が「人-モノ」であること、② 「なに?」という疑問詞が二つの要素からなっていること、など。ムラブリ語も同様の特徴を持つ。
●秘儀化(p208)
相手と自分の言語を異なるものにしようと意図的に変化させること。esoterogeny。
業界用語や若者言葉などがその例。
ムラブリ語の方言で男言葉と女言葉が逆転していたりするのは、秘儀化のため。
●自活器(p237)
バックミンスター・フラー、「宇宙船地球号」という言葉を作った人。
戦争に用いられる「殺戮器(killingry)」を作るために消費している資源を、生きるために用いられる「生活器(livingry)」を作るために用いれば、すぐさま食料問題もエネルギー問題も解決すると提唱。包括的な計算によって算出。それが行われないのは、政治や利権が邪魔をしているから。
フラーは、ドーム型の構造物を発明。ドーム型の自律型シェルターを工場で大量生産し、それを空輸して人々に届ける計画を20世紀初頭に計画していた。
フラーの「生活器」のコンセプトを、自身のために応用し、「自活器」というコンセプトを打ち立てる。2022年1月に、フラー式ドームの簡単な施工方法を発明した。瓦を支えるための薄く細い木材と、サッカーゴールの網に使われるポリエチレンのひも、結束バンドを用いてドームを建てる。直径3mほどのドームを大人二人で30分程度で施工できた。
(2023/5/4)NM
〈この本の詳細〉