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ムラブリ 文字も暦も持たない狩猟採集民から言語学者が教わったこと
 [言語・語学]

ムラブリ 文字も暦も持たない狩猟採集民から言語学者が教わったこと
 
伊藤雄馬/著
出版社名:集英社インターナショナル
出版年月:2023年2月
ISBNコード:978-4-7976-7425-5
税込価格:1,980円
頁数・縦:255p・19cm
 
 ムラブリ語を研究する言語学者が、ムラブリとの生活の果てにムラブリの「身体性」を得てムラブリ的生活への改革を目指す足跡を語る。
 
【目次】
第1章 就活から逃走した学生、「森の人」に出会う
第2章 駆け出し言語学者、「森の人」と家族になる
第3章 ムラブリ語の世界
第4章 ムラブリの生き方
第5章 映画がつなぐムラブリ、言語がつなぐ人間
第6章 ムラブリの身体性を持った日本人
 
【著者】
伊藤 雄馬 (イトウ ユウマ)
 言語学者、横浜市立大学客員研究員。1986年、島根県生まれ。2010年、富山大学人文学部卒業。2016年、京都大学大学院文学研究科研究指導認定退学。日本学術振興会特別研究員(PD)、富山国際大学現代社会学部講師、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所共同研究員などを経て、2020年より独立研究に入る。学部生時代からタイ・ラオスを中心に言語文化を調査研究している。ムラブリ語が母語の次に得意。2022年公開のドキュメンタリー映画『森のムラブリ』(監督:金子遊)に出演し、現地コーディネーター、字幕翻訳を担当。本作が初の著書。
 
【抜書】
●ムラブリ(p3)
 タイやラオスの山岳地帯に住む少数民族。ムラ( ヒト)、ブリ(森)、つまり「森の人」。狩猟採集民。人口は500人前後と考えられている。ムラブリ語は消滅の危機に瀕する「危機言語」に指定されている。
 農耕をすると「大地が裂ける」と信じられており、畑仕事はしない。
 服はふんどし。定住をせず、森の中で竹とバナナの葉っぱなどを使った風よけをつくって寝泊まりする。
 文字を持たず、暦もない。
 タイ側で定住化が進んでいる。
 
●Ethnologue(p4)
 7,151の言語が登録されている言語データベース(2022年現在)。そのうち、2,982は文字を持たない。
 
●挨拶(p95)
 ムラブリ語には、「おはよう」「こんにちは」などの挨拶がない。「ご飯食べた?(アウッユクレェ)」「どこ行くの?(ジャカレーン)」などの質問があいさつ代わりとなる。
 
●数詞(p117)
 ムラブリ語には、数詞は1から10までしかいない。「4」が「たくさん」の意味になるので、1から10まで数えられる人は稀。
 特に男たちは、酔っぱらうとこぞって数を数えたがる。〔そしてほとんど失敗に終わる。途中が抜けたり、同じ数字を二度繰り返したりしていて、最後までたどり着くことは少ない。ムラブリ語の数字はなにかを数えるものというよりも、宴会芸の一種と考える方が正確な理解だろう。〕
〔女性には数字を10まで数えたり、時計を見せびらかす人はまずいない。一度、あるムラブリ女性に数詞を尋ねたら、タイ語で言えばいいだろう、と返された。〕
 
●玉鋼(p173)
 ムラブリは、アイヌやアボリジニのような高度な文化や精神世界をもたない。
 しかし、ムラブリは、製鉄技術をもっている。地面に穴を掘り、竹によってふいごを用意し、玉鋼を作る。
 アイヌやアボリジニは製鉄技術を持っていない。
 DNAなどの調査や言語学の研究から、ムラブリはもともと農耕民であり、そこから森に入って狩猟採集民になったと考えられている。60名あまりのミトコンドリアDNAの調査では、500~800年前に生きていた一人の女性に行きつく。2005年のOhtaらの研究。
 そのため、狩猟農耕民としての歴史が浅く(文化が十分に育っていない)、一方で農耕民の名残ともいえる製鉄技術をもっている。
 遺伝的にも言語学的にも最も近いティンという農耕民族の民話に、「昔、村を追われた若い男女が、のちに森で暮らすようになった」というものがある。
 
●オーストロアジア語族(p176)
 言語系統的には、ムラブリ語はオーストロアジア語族に属する。
 しかし、他のオーストロアジア語とは異なり、所有表現が「人-モノ」の語順で表わされる。日本語は、「私の本」=「人-モノ」の語順。「主語-目的語-動詞(SOV)」という基本語順を示す言語の特徴。
 ムラブリ語も含むオーストロアジア語の基本語順は、「主語-動詞-目的語(SVO)」。
 
●ゾミア(p178)
 アジア大陸部の山岳部は「ゾミア」と呼ばれ、さまざまな山岳民が点在している。平野部に比べてコメの生産が難しく、大きな王朝は築かれなかった。
 平野部に君臨する中央集権的な支配から逃れるために、文字を捨て、所有を嫌い、自由を求めて山岳部に主体的に移住した人々が「ゾミア」の民である。歴史学者ジェームズ・C・スコットの説(2013年)。
 「森で人々から離れて生活している人たちがいるらしい」という噂に共感した人々が森に入り、民族を問わず合流していく。遺伝学的にも、ムラブリはクム族やタイ族などの多様な民族と混血した形跡がある。
 そのため、ムラブリ語はクレオールである。
 
●ピジン、クレオール(p179)
 ピジン……いろいろな言葉を話す人々が集まると、その場で通じる言葉を作りあげていく。その場限りの必要性から生まれたのがピジン。不完全な文法しか持たず、語彙も限定的。
 クレオール……集団内で子供が生まれ、ピジンを母語として学ぶと、子供たちは不完全な言語から「完全な」言語体系を作り出す。クレオール。
 世界各地のクレオールは、似た特徴を持つ。① 所有表現の語順が「人-モノ」であること、② 「なに?」という疑問詞が二つの要素からなっていること、など。ムラブリ語も同様の特徴を持つ。
 
●秘儀化(p208)
 相手と自分の言語を異なるものにしようと意図的に変化させること。esoterogeny。
 業界用語や若者言葉などがその例。
 ムラブリ語の方言で男言葉と女言葉が逆転していたりするのは、秘儀化のため。
 
●自活器(p237)
 バックミンスター・フラー、「宇宙船地球号」という言葉を作った人。
 戦争に用いられる「殺戮器(killingry)」を作るために消費している資源を、生きるために用いられる「生活器(livingry)」を作るために用いれば、すぐさま食料問題もエネルギー問題も解決すると提唱。包括的な計算によって算出。それが行われないのは、政治や利権が邪魔をしているから。
 フラーは、ドーム型の構造物を発明。ドーム型の自律型シェルターを工場で大量生産し、それを空輸して人々に届ける計画を20世紀初頭に計画していた。
 フラーの「生活器」のコンセプトを、自身のために応用し、「自活器」というコンセプトを打ち立てる。2022年1月に、フラー式ドームの簡単な施工方法を発明した。瓦を支えるための薄く細い木材と、サッカーゴールの網に使われるポリエチレンのひも、結束バンドを用いてドームを建てる。直径3mほどのドームを大人二人で30分程度で施工できた。
 
(2023/5/4)NM
 
〈この本の詳細〉


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