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第三の大国インドの思考 激突する「一帯一路」と「インド太平洋」
 [社会・政治・時事]

第三の大国 インドの思考 激突する「一帯一路」と「インド太平洋」 (文春新書 1401)
 
笠井亮平/著
出版社名:文藝春秋(文春新書 1401)
出版年月:2023年3月
ISBNコード:978-4-16-661401-1
税込価格:1,100円
頁数・縦:267p・18cm
 
 ついに中国を抜いて、人口世界一となった(と思われる)インドの、大国としての潜在力を探る。
 「一帯一路」の中国と、「自由で開かれたインド太平洋」を支持するインドを対比して叙述を進める。インドがテーマとはいえ、中国に割かれたページもけっこう多い。
 
【目次】
序章 ウクライナ侵攻でインドが与えた衝撃
第1章 複雑な隣人 インドと中国
第2章 増殖する「一帯一路」―中国のユーラシア戦略
第3章 「自由で開かれたインド太平洋」をめぐる日米印の合従連衡
第4章 南アジアでしのぎを削るインドと中国
第5章 海洋、ワクチン開発、そして半導体―日米豪印の対抗策
第6章 ロシアをめぐる駆け引き―接近するインド、反発する米欧、静かに動く中国
 
【著者】
笠井 亮平 (カサイ リョウヘイ)
 1976年愛知県生まれ。岐阜女子大学南アジア研究センター特別客員准教授。中央大学総合政策学部卒業後、青山学院大学大学院国際政治経済学研究科で修士号取得。専門は日印関係史、南アジアの国際関係、インド・パキスタンの政治。在インド、中国、パキスタンの日本大使館で外務省専門調査員として勤務後、横浜市立大学、駒澤大学などで非常勤講師を務める。
 
【抜書】
●カウティリヤ(p62)
 BC4-3世紀の人物。BC4世紀末、チャンドラグプタ王がナンダ朝を倒し、インド史上初の統一王朝となったマウリヤ王朝を興した際に、宰相として活躍した。チャーナキャ、ヴィシュヌグプタとも。
 『実利論(アルタシャーストラ)』を著した。「インドのマキャベリ」とも呼ばれている。
 マンダラ外交論……自国にとって直接境界を接する隣国は基本的に「敵対者」。その隣国の隣国は友邦になりえる国。その隣国は敵対者……という具合に同心円状に広がっていく。つまり、「敵の敵は味方」。また、「敵対者」以外に、「中間国」と「中立国」が存在する。「中間国」は、自国と敵対的な隣国の双方に接する国。「中立国」は、自国にも隣国にも接しない国。自国が隣国と敵対する状況下では、中間国と中立国との関係を効果的に活用することが重要であるとして、さまざまなケースに分けて対処策が示されている。
 
●グワーダル(p158)
 「中国・パキスタン経済回廊(CPEC)」の重要拠点として、「一帯一路」の中でも旗艦プロジェクトと位置付けられている。
 かつては小さな漁村だった。18世紀末から、オマーン(当時はマスカット・オマーン)が飛び地として領有していた。1958年に、パキスタンが買い戻した。
 
●コバクシン、コビシールド(p213)
 インドが開発・生産した新型コロナ・ワクチン。いずれもmRNAワクチンではない。超低温管理の必要がなく、冷蔵庫での保存が可能。
 コバクシン……不活性化ワクチン。バーラト・バイオテック社とインド医学研究評議会の国立ウイルス学研究所が共同開発した国産ワクチン。
 コビシールド……ウイルス・ベクター・ワクチン。イギリスのアストラゼネカとオックスフォード大学が共同開発したものを、世界最大のワクチンメーカーであるインド血清研究所(セラム・インスティテュート・オブ・インディア)がライセンス生産。
 2021年1月初旬、インド保健当局は、どちらとも緊急使用を許可。1月中旬、まず医療従事者を対象として全国で接種が始まり、順次拡大。
 また、約2年間で100か国以上に提供された。
 さらに、第3のワクチン開発にも成功。鼻から投与できる「経鼻ワクチン」。冷蔵庫での保存が可能。新たな変異株が出現しても、スパイク・タンパク質を置き換えるだけでよく、比較的迅速に更新が可能。
 インドでは、ジェネリック医薬品をはじめ製薬業が盛んで、「世界の薬局」と呼ばれている。
 
(2023/8/31)NM
 
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「諜報の神様」と呼ばれた男 情報士官・小野寺信の流儀
 [歴史・地理・民俗]

「諜報の神様」と呼ばれた男 情報士官・小野寺信の流儀 (PHP文庫)
 
岡部伸/著
出版社名:PHP研究所(PHP文庫 お86-1)
出版年月:2023年2月
ISBNコード:978-4-569-90297-5
税込価格:1,100円
頁数・縦:429p・15cm
 
 第二次世界大戦中、ポーランド、エストニア、スウェーデン、ドイツのインテリジェンス・オフィサーたちと情の通った深いつながりを作り、国家のために諜報活動を行った小野寺信の行動と人となりを描く。
 
【目次】
序章 インテリジェンスの極意を探る
第1章 枢軸国と連合国の秘められた友情
第2章 インテリジェンス・マスターの誕生
第3章 リガ、上海、二都物語
第4章 大輪が開花したストックホルム時代
第5章 ドイツ、ハンガリーと枢軸諜報機関
第6章 知られざる日本とポーランド秘密諜報協力
第7章 オシントでも大きな成果
第8章 バックチャンネルとしての和平工作
 
【著者】
岡部 伸 (オカベ ノブル)
 1959年、愛媛県生まれ。立教大学社会学部社会学科を卒業後、産経新聞社に入社。米デューク大学、コロンビア大学東アジア研究所に客員研究員として留学。外信部を経て、モスクワ支局長、社会部次長、社会部編集委員、編集局編集委員などを歴任。2015年12月から19年4月まで英国に赴任。同社ロンドン支局長、立教英国学院理事を務める。現在、同社論説委員。著書に、『消えたヤルタ密約緊急電』(新潮選書、第22回山本七平賞受賞)などがある。
 
【抜書】
●ブレッチリーパーク(p94、p99)
 ステーションX。第二次世界大戦期にイギリスの政府暗号学校(政府通信本部の前身)が置かれ、アラン・チューリングらがナチス・ドイツの暗号「エニグマ」の解読に成功した。
 MI6が、ロンドン郊外ミルトンキーンズにあった庭園とマナーハウス(邸宅)で女性や若い優秀な大学生を動員して各国の傍受電報を解読していた。
 現在、第二次大戦の暗号解読をテーマとした博物館となっている。
 
●浴風園(p99)
 日本陸軍の中央特殊情報部の本部はももと三宅坂の参謀本部にあったが、太平洋戦争開始と同時に市ヶ谷に移る。
 さらに赤坂に移転した後、昭和19年(1944年)春、イギリス、米国の暗号を解読する研究部が東京都杉並区高井戸の「浴風園」に移った。日本最古の養老院。
 数学や英語を専攻する学徒動員兵や勤労動員学生、女子挺身隊、旧制中学生、総勢512人が米国軍の各種暗号解読作業を行った。
 
●エシュロン(p100)
 米国は、イギリスからブレッチリーパークのノウハウの教示を受けた。
 戦後も、ソ連との対立を見越して、1948年にカナダ、オーストラリア、ニュージーランドを含むアングロサクソン5か国の諜報機関が世界中に張り巡らしたシギントの設備や盗聴情報を相互に共同利用するUKUSA協定を結んだ。
 現在、この通信傍受ネットワークは「エシュロン」と呼ばれ、米国の国家安全保障局(NSA)が中心となって世界中の電話・電子メールなどを違法に傍受し、情報の収集・分析を行っている。その活動実態は、CIAの元技術職員エドワード・スノーデンによって暴露された。
 
●エストニア(p102)
 宗教はプロテスタント、民族はアジア系。言語はフィン・ウラル語。フィンランド語に近く、ハンガリー語とも同系統。一般市民は、支配されていたドイツ語、ロシア語をよどみなく話す。
 ちなみに、ラトビアもプロテスタント、ポーランドに接するリトアニアはカトリック。
 
●愛国心(p197)
〔 語学、学識とともに、愛国心も優れたインテリジェンス・オフィサーの必須条件である。米中央情報局(CIA)でシギントと呼ばれる通信を傍受・解析するインテリジェンス活動に従事していた技術職員、エドワード・スノーデンはアメリカが世界中の市民を対象に地球規模で行なっているシギントを内部告発して、二〇一三年八月にロシアに一時亡命した。しかし、「国家がなくても人類は生きていくことができる」というアナーキズム思想を信じて、「アメリカ政府が世界中の人々のプライバシーやインターネット上の自由、基本的な権利を極秘の調査で侵害することを我が良心が許さなかった」など独特の❝正義感❞を語るハッカーをソ連国家保安委員会(KGB)で辣腕を振るったプーチン大統領は容易に受け入れようとせず、一言で切り捨てた。
「元インテリジェンス・オフィサーなど存在しない」
 そこには、「インテリジェンス機関に身を投じた者は、生涯を通じて『諜報の世界』の掟に従い、祖国のために一生尽くすべきだ。この約束事に背いた者は命を失っても文句は言えない」という、プーチン大統領の厳格な倫理観と哲学があった。国家のために全てを捧げるのがインテリジェンス・オフィサーの職業的良心である。だから国家に反逆して祖国を裏切り、愛国心のかけらもないアナーキストのスノーデンをプーチン大統領が嫌悪して、亡命を容易に認めなかったのである。やはりインテリジェンス・オフィサーには祖国に身を捧げる愛国心が必須だろう。〕
 
●第三次世界大戦(p269)
 ヤルタ会談から2か月後、45年4月27日の小野寺からの電報(HW35/95)。
 「(ドイツの敗北を目前にして)国際情勢に変化が出てきている。英米とソ連の間で政治的対立が生じて、今後、残念ながら武力衝突に発展する懸念すら出てきている。多分にドイツのプロパガンダの影響もあることは確かだが、バルト三国の人たちの間では、(ドイツが敗北して第二次大戦が終われば英米陣営とソ連陣営の間で)第三次世界大戦に発展すると懸念する声も出ている」
 
●マツヤマ(p281)
 日露戦争時、日本はヨゼフ・ピウスツキ将軍(ポーランド独立の英雄)の嘆願を受け、ロシア軍に徴兵されたポーランド人捕虜数千人の取り扱いに特別配慮した。愛媛県の松山にポーランド人捕虜だけの収容所を作り、ロシア人将兵と区別して、彼らの虐待を未然に防いだ。
 捕虜は礼拝所や学校の自主運営を認められ、自由に外出して温泉や観劇を楽しむこともできた。
 劣勢となったロシア軍では、ポーランド人将兵が「マツヤマ」と叫んで、次々と日本軍に投降してきた。司馬遼太郎『坂の上の雲』より。
 
●カリシュの法令(p299)
 1264年、ポーランド王国は「カリシュの法令」を発布、ユダヤ人の社会的権利を保護した。
 ユダヤ人に寛容なポーランドは、十字軍の時代から、欧州にユダヤ人にとって大変住みやすい国だった。
 第一次大戦後、ポーランドが再び独立を果たすとユダヤ人が押しかけ、再び世界最大のユダヤ人を抱える独立国家となった。その数300~400万人。
 軍人を脱出させるという、ポーランド陸軍参謀本部情報部アルフォンス・ヤクビャニェツ大尉の要請により、杉原千畝は、リトアニアに殺到したポーランド難民に日本通過のビザを発給した。ユダヤ人が多かったが、元来は、軍を再建するために軍人を脱出させるのが目的だった。
 その見返りとして、杉原はポーランドからソ連情報や旧ポーランド領でのドイツ情報を得た。
 
●情報(p408)
〔 情報とは「長く時間をかけて、広い範囲の人たちとの間に『情』のつながりをつくっておく。これに報いるかたちで返ってくるもの」(上前淳一郎『読むクスリ』第一巻 あとがき 文春文庫)といわれる。『諜報の神様」と小国の情報士官から慕われた小野寺氏は、リガ、上海、ストックホルムで「人種、国籍、年齢、思想、信条」を超えて多くの人たちと心を通わせた。これこそインテリジェンスの本質ではないだろうかと思えた。〕
 
(2023/8/30)NM
 
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江戸のフリーランス図鑑 出商いと町角の芸人たち
 [歴史・地理・民俗]

江戸のフリーランス図鑑: 出商いと町角の芸人たち
 
飯田泰子/著
出版社名:芙蓉書房出版
出版年月:2023年6月
ISBNコード:978-4-8295-0863-3
税込価格:2,530円
頁数・縦: 205p・21cm
 
 江戸時代の出商人〈であきんど〉や振売〈ふりうり〉、出職〈でしょく〉、大道芸人、門付〈かどづけ〉などを、当時の本からとってきた図版をもとに紹介する。江戸初期に刊行された『人倫訓蒙図彙』、後期の風俗誌『守貞謾稿』を中心に選んだ二百余の職種で構成されている。(p.9)
 図版は、モノクロで画質が荒いので細部が分かりづらい。イラストを楽しむというより、江戸時代の庶民の生活全般を知るための書というべきか。以後、時代劇などを見る時に役立ちそう。
 
【目次】
第1章 暮らしを支える出商い
 食べ物商売
 住まいの道具
 装いと小物
 健康を保つ
 商いの道具
 リサイクルの担い手
第2章 楽しみをもたらす町角の人びと
 遊びの出商い
 盛り場の楽しみ
 門付の芸人たち
 祈りとお祓い
 
【著者】
飯田 泰子 (イイダ ヤスコ)
 東京生まれ、編集者。企画集団エド代表。江戸時代の庶民の暮らしにかかわる書籍の企画編集に携わる。
 
【抜書】
●品川東海寺(p26)
 沢庵は、品川東海寺の沢庵禅師が初めて作ったのが名前の由来。
 
●石見銀山( p56)
 殺鼠剤の異称。鼠捕〈ねずみとり〉薬。 
 
●臭水(p62)
 大昔から、日本にも石油はあった。越の国(越後)で古来、臭水〈くそうず〉と呼ばれ、朝廷に献上していた。石油の産地では風泉水(天然ガス)も出た。
 
●切絵図(p102)
 寺社名、町名、武家屋敷を網羅した、江戸時代の区分地図。
 表札など一切なかった武家屋敷の所在を確認するため、商人たちが重用した。
 
●唐津物(p108)
 瀬戸物。西日本では、瀬戸物のことを唐津物と呼んだ。
 
●献残物(p120)
 けんざんや。武家が互いに進物しあったものや、町人からの献上品の残りを買い取って売る商売。
 日持ちのする贈答品の熨斗鮑〈のしあわび〉や、干し魚、干し貝、塩鳥、昆布など。
 江戸城の周辺にたくさんあった。
 
●羅宇(p112)
 煙管の吸い口と火皿をつなぐ部分。細長い竹の管で作る。
 ラオス産の黒斑竹を使ったのが名前の由来。
 
●浅草紙(p118)
 紙屑買いが集めた諸々の紙類は、専門の漉返〈すきかえ〉し屋に売られ、鼻紙や落し紙(ちり紙)に生まれ変わる。
 ちり紙は「浅草紙」とも呼ばれた。
 
●払扇箱売り(p120)
 江戸の市民は年始の挨拶に箱か袋入りの扇をお年玉として先方に出す。使用済みの扇箱を買い取って売るのが払扇箱〈はらいおうぎばこ〉売り。
 箱は形だけのもので、中は空。竹の串を入れて音だけ出るようにしてある。名付けて「がらがら」。
 
●猿若(p154)
 滑稽な一人狂言(芝居)をする大道芸人。
 一説によると、桃山時代の傾奇者〈かぶきもの〉、名古屋山三に猿若なる鈍者〈うつけもの〉の従者がおり、芝居にしたところ受けたのが名前の由来。加賀藩士だった名古屋山三は、出雲阿国とともに歌舞伎の始祖といわれる人物。
 
●庚申(p190)
 ヒトの体内に潜むという三尸〈さんし〉という虫が、庚申の日の夜に天に昇り、宿主の悪行を天帝に告げると信じられていた。そのため、庚申の夜は、虫が天に昇らないように夜通し宴などをして夜明けを待った。
 庚申信仰が盛んな大坂では、四天王寺の庚申堂に群衆が参詣に詰めかけた。また、代願を旨とする「願人坊主〈がんにんぼうず〉」が「庚申の代待〈だいまち〉」と称して町を歩いた。
 
●荒神(p190)
 火を防いで竈を守る神。
 毎月晦日近くになると、竈に供える松の枝を売り歩く「荒神松売り」が町に出た。
 江戸では、「鶏の絵馬」も同時に売った。荒神様に供えればアブラムシが出ないと言い伝えがある。
 
(2023/8/25)NM
 
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戦後日本政治史 占領期から「ネオ55年体制」まで
 [社会・政治・時事]

戦後日本政治史-占領期から「ネオ55年体制」まで (中公新書 2752)
 
境家史郎/著
出版社名:中央公論新社(中公新書 2752)
出版年月:2023年5月
ISBNコード:978-4-12-102752-8
税込価格:1,056円
頁数・縦:304p・18cm
 
 戦後から現在(安倍元首相の暗殺にも言及)までの、日本の政治史・政党史をたどる。
 この時期の要諦は、なんといっても「55年体制」である。しかし、その体制は、平成以降に変革されたように見えたが、ここにきて再来しているという。「ネオ55年体制」である。
 生まれてからこれまで、政界でもいろいろな事件が起きたが、曖昧な記憶しかない事柄も多い。それらをある程度整理できた。
 
【目次】
第1章 戦後憲法体制の形成
第2章 55年体制1―高度成長期の政治
第3章 55年体制2―安定成長期の政治
第4章 改革の時代
第5章 「再イデオロギー化」する日本政治
終章 「ネオ55年体制」の完成
 
【著者】
境家 史郎 (サカイヤ シロウ)
 1978年、大阪府生まれ。2002年、東京大学法学部卒業。08年、東京大学博士(法学)取得。専攻は日本政治論、政治過程論。東京大学社会科学研究所准教授、首都大学東京法学部教授などを経て、20年11月より東京大学大学院法学政治学研究科教授。
 
【抜書】
●保守本流(p71)
 池田隼人、佐藤栄作は、意図的な政権運営によって国内の政治的安定を保ち、1950年代に形成された戦後憲法体制を固定させる役割を果たした。
 〔この二つの政権によって定着した、吉田あるいは旧自由党の流れを汲む自民党政権の路線を、しばしば「保守本流」と呼ぶ。保守本流の政治とは、政策的には、いわゆる「吉田ドクトリン」(永井陽之助)、すなわち経済中心主義、軽武装、日米安保機軸を旨とする。憲法問題を未決のままに置くことで、当面の政治的安定を優先する立場とも言えよう。〕
 〔自民党の派閥のうち、特に宏池会(池田派→前尾派→大平派→鈴木派→宮澤派)は保守本流を自認した。しかし、他の派閥の領袖たちも――しばしば「傍流」に位置付けられた三木や中曽根も――政権を担った際には、(レトリックはともかく)池田・佐藤路線を実質的に転換することはなかった。要するに、保守本流の政治は、55年体制を通して自民党政権の基本路線となったのである。〕
 
●自民党派閥の系譜(55年体制期)(p87)
 1955   60   65   70   75   80   85   90
 池田―――――――前尾―――大平―――――鈴木―――宮澤―――――― (宏池会)
 佐藤―――――――――――――田中――――――――――竹下――小渕― (経世会)
                           └二階堂└羽田
      ┌ …
 岸―――――福田――――――――――――――――――安倍――三塚―― (清和会)
   └藤山                        └  …
 河野――――――――中曽根――――――――――――――――渡辺―――
          └ …
 三木・松村―――三木――――――――――――河本―――――――――――
         └松村
 
●1989年―昭和の終わり(p151)
〔 1989年は、55年体制の「終わりの始まり」の年と見なせる。あるいは、本書の用語でいうところの、「実質的意味の55年体制」終焉の年にあたる。同年1月に昭和天皇が崩御したが、奇しくも、改元とともに日本政府は激動の時代に入るのである。7月の参院選における自民党の大敗は、その一つの表れにすぎない。〕
〔 他方で、革新政党の基盤も急速に弱体化しつつあった。1989年6月の天安門事件は社会主義国・中国への信頼感を国民から失わせ、11月にはベルリンの壁崩壊、12月には米ソ首脳の「冷戦終結」宣言(マルタ会談)があり、いよいよ東側陣営の解体が現実化していく。国内では11月に総評がついに解散し、民間労組主導の下、新たなナショナルセンター・日本労働組合総連合会(連合)が発足した。社会党=総評ブロックの、文字通りの終焉であった。社会党にとって、参院選の勝利がいっときの夢にすぎなかったことは、この後まもなく明らかとなる。〕
 
●小沢不出馬(p162)
 1991年10月初旬、海部首相が退陣を表明。自民党総裁選へ。
 竹下派では独自候補擁立の動きがあったが、有力候補の小沢一郎会長代行が健康問題などを理由に辞退したため、頓挫した。
 その結果、候補者は宮澤喜一、渡辺美智雄、三塚博の三者となり、久しぶりに派閥領袖が相争う総裁選となった。
 
●自民党派閥の系譜(ポスト55年体制期)(p220)
    1995   2000    05    10    15    20
           ┌ … ――谷垣┐  
 宮澤――――加藤――       ―古賀――岸田――――――――― (宏池会)
      │    └ … ――古賀┘
      └河野―――――――麻生――――――――――――――――
 河本―――――高村――――――――――――― … ――┘
 小渕――――綿貫―橋本―――津島―――額賀――――――竹下―茂木― (経世会)
 三塚――――森――――――――町村――――――細田―――――安倍― (清和会)
      └亀井┐
         │─   …  ――伊吹――――――二階―――――――――
 渡辺――――村上┘
      └山崎――――――――――――――石原――――――森山―
                            石破―――
 
●ネオ55年体制(p281)
〔 第二次安倍政権発足以降、とりわけ2017年に立憲民主党が結成されて以降の政治状況がいかに55年体制的であるかという点は、すでに前章で述べた。政党間競争の構図という面で新旧55年体制に共通するのは、(1)保守政党が優位政党である、(2)与野党第一党がイデオロギー的に分極的な立場を取っている、という2点であった。言い換えれば、戦後日本では今も昔も、圧倒的に強い右派政党の自民党が政権を取り続け、それと対峙する社会党/立憲民主党が(平均的な有権者から見て極端な)左派路線に傾斜している。
 もっとも、55年体制期と今日の政治のあり方が完全に同質であるわけではもちろんない。一つの明らかな違いは、二つの時代で政治制度が大きく異なっているという点である。新旧55年体制の間には、大規模な政治制度改革が行われた時代が挟まっている。〕
 
【ツッコミ処】
・転じるなるなど(p142)
〔 まず民社党は、春日一幸委員長の指導の下、1970年代後半に入り、反共姿勢を一層露わにし、日米安保条約を評価する方向に転じるなるなど、右傾化の度を強めた。防衛政策では80年に政府提出の防衛関係二法に賛成し、ついには防衛費GNP1%枠撤廃を要求するなど、「自民党より右」とさえ評されるようになる。〕
  ↓
 「転じるなるなど」! 新書としては(しかも老舗の中公新書!)珍しい誤植。
 
(2023/8/24)NM
 
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妻はサバイバー
 [医学]

妻はサバイバー
 
永田豊隆/著
出版社名:朝日新聞出版
出版年月:2022年4月
ISBNコード:978-4-02-251819-4
税込価格:1,540円
頁数・縦:141p・20cm
 
 幼少期の虐待や、大人になってからの性被害によって摂食障害、アルコール依存症、解離性障害などの精神障害に陥っていく妻との闘病記。最後はアルコール性認知症に。
 単なる個人的な闘病記ではなく、精神疾患に対する偏見や、医療体制の問題点を当事者の立場から鋭くえぐる。夫が新聞記者だからこそ書けたルポルタージュである。
 
【目次】
第1章 摂食障害の始まり
 食べて吐く日々
 予兆
  ほか
第2章 精神科病院へ
 サラ金か離婚か
 性被害
  ほか
第3章 アルコール依存
 依存の始まり
 カウンセリング
  ほか
第4章 入院生活
 依存症患者の家族
 妄想
  ほか
第5章 見えてきたこと
 新しい生活
 社会の障壁
  ほか
 
【著者】
永田 豊隆 (ナガタ トヨタカ)
 1968年生まれ。読売新聞西部本社を経て、2002年に朝日新聞社入社。岡山総局、大阪本社生活文化部、大阪代表室、地域報道部、声編集で勤務し、現在はネットワーク報道本部。生活保護関連の報道で、07年と09年に貧困ジャーナリズム賞を受賞。
 
(2023/8/18)NM
 
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失踪願望。 コロナふらふら格闘編
 [文芸]

失踪願望。 コロナふらふら格闘編
 
椎名誠/著
出版社名:集英社
出版年月:2022年11月
ISBNコード:978-4-08-781724-9
税込価格:1,760円
頁数・縦:285p・19cm
 
 椎名誠の「日記ブンガク」+エッセー2本。日記のほう(「失踪願望。」)は、集英社学芸編集部ウェブサイト(現「ウェブマガジン集英社学芸の森」)に掲載されたもので、2012年4月から2022年6月まで(2021年7月7日~2022年10月12日更新分)。シーナが新型コロナに感染したのは2021年6月で、その前後の奮闘(格闘?)が主な題材。
 仙台文学館で開催された「椎名誠 旅をする文学館in仙台 2022」でのトークショーに参加した際、「どこかで旅を億劫に感じている自分に気づく」(p.273「新型コロナ感染記」)。新型コロナ感染の影響だろうか。むしろこちらは、本書を読んで、旅に行きたい、キャンプをしたい、と思ってしまったのだが……。
 
【目次】
失踪願望。
 カニカマ、骨折、コルセット 二〇二一年四月と五月
 海苔弁、コロナ、Xデー 二〇二一年六月
 禁酒、漂流、金メダル 二〇二一年七月
 相棒、オアシス、後遺症 二〇二一年八月
 返納、お帰り、おとなり座 二〇二一年九月
  ほか
三人の兄たち
新型コロナ感染記
 
【著者】
椎名 誠 (シイナ マコト)
 1944年東京生まれ、千葉育ち。1980年頃より執筆活動開始。89年『犬の系譜』で第一〇回吉川英治文学新人賞、90年『アド・バード』で第一一回日本SF大賞を受賞。
 
(2023/8/14)NM
 
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まくらの森の満開の下
 [文芸]

まくらの森の満開の下
 
春風亭一之輔/著
出版社名:朝日新聞出版
出版年月:2023年1月
ISBNコード:978-4-02-332276-9
税込価格:1,750円
頁数・縦:284p・19cm
 
 『週刊朝日』の連載をまとめた単行本第3弾。編集者から出された「お題」をもとに、ゆるく語る。三題噺感溢れるこじつけエッセー満載。
 笑点のレギュラーになってから知った噺家だけど、落語は聞いたことがない。噺のまくらも面白いんだろうな、きっと。
 
【目次】
第1章 落語のまくら
第2章 時事のまくら
第3章 五輪とスポーツのまくら
第4章 風物詩のまくら
第5章 芸能界のまくら
第6章 日常生活のまくら
 
【著者】
春風亭 一之輔 (シュンプウテイ イチノスケ)
 1978年、千葉県生まれ。落語家。日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。2012年、二十一人抜きの抜擢で真打昇進。2010年、NHK新人演芸大賞、文化庁芸術祭新人賞を受賞。2012年、2013年に二年連続して国立演芸場花形演芸大賞の大賞を受賞。寄席を中心にテレビ、ラジオなどでも活躍。現在も、年間九百席の高座をこなしている。
 
(2023/8/10)NM
 
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世界正義論
 [社会・政治・時事]

世界正義論 (筑摩選書)
 
井上達夫/著
出版社名:筑摩書房(筑摩選書 0054)
出版年月:2012年11月
ISBNコード:978-4-480-01558-7
税込価格:1,980円
頁数・縦:390, 8p・19cm
 
 難解な内容であった。やがて世界が一つになり、世界政府ができて人類の幸福が訪れるという理想郷は幻想であり、世界政府が民主的に機能しないという指摘は目から鱗。
 そもそも、世界正義論には五つの主要な問題系があり(第2章から第6章のテーマ)、本書は世界正義の概説書ではないものの、それらすべてを網羅している、とのことである(p.386、あとがき)。
 
【目次】
第1章 世界正義論の課題と方法
第2章 メタ世界正義論―世界正義理念の存立可能性
第3章 国家体制の国際的正統性条件―人権と主権の再統合
第4章 世界経済の正義―世界貧困問題への視角
第5章 戦争の正義―国際社会における武力行使の正当化可能性
第6章 世界統治構造―覇権なき世界秩序形成はいかにして可能か
 
【著者】
井上 達夫 (イノウエ タツオ)
 1954年、大阪生まれ。77年、東京大学法学部卒業。現在、東京大学大学院法学政治学研究科教授。法哲学を専攻。著書に『共生の作法―会話としての正義』(創文社、サントリー学芸賞受賞)、『法という企て』(東京大学出版会、和辻哲郎文化賞受賞)などがある。
 
(2023/8/9)NM
 
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会社がなくなる!
 [社会・政治・時事]

会社がなくなる! (講談社現代新書)
 
丹羽宇一郎/著
出版社名:講談社(講談社現代新書 2632)
出版年月:2021年9月
ISBNコード:978-4-06-524959-8
税込価格:924円
頁数・縦:204p・18cm
 
 「会社がなくなる」という漠然としたタイトルであるが、内容的には現状の日本を憂い、将来の日本の方向性を示す提言である。現在のような大企業を中心とした会社組織がなくなり、人々の働き方が変わる、という展望はごく一部。今後、世界に伍していくための日本の処方箋を示す、といった内容が主である。
 
【目次】
序章 すぐそこにある「コロナ以上の危機」―会社が成長し続けるために必要なこと
第1章 「SDGs」「ESG」の看板にだまされるな!―会社にとって大事なのは「中身」と「実行力」
第2章 GAFAも長くは続かない!―これから世界を支配するのは中小企業だ
第3章 いつまで上座・下座にこだわっているのか!―「タテ型組織」を変革して会社を新生せよ
第4章 アメリカと中国、真の覇権国はどっちか?―米中衝突時代に求められる日本企業の役割
終章 中小企業が世界を翔ける!―「信用・信頼」こそ日本の力
 
【著者】
丹羽 宇一郎 (ニワ ウイチロウ)
 元伊藤忠商事株式会社会長。元中華人民共和国特命全権大使。1939年、愛知県生まれ。名古屋大学法学部を卒業後、伊藤忠商事に入社。1998年、社長に就任。1999年、約4000億円の不良資産を一括処理し、翌年度の決算で同社史上最高益(当時)を記録。2004年、会長に就任。内閣府経済財政諮問会議議員、内閣府地方分権改革推進委員会委員長、日本郵政取締役、国際連合世界食糧計画(WFP)協会会長などを歴任し、2010年、民間出身では初の駐中国大使に就任。現在、公益社団法人日本中国友好協会会長、一般社団法人グローバルビジネス学会名誉会長、福井県立大学客員教授、伊藤忠商事名誉理事。著書多数。
 
【抜書】
●フリードマン(p40)
 ミルトン・フリードマン「企業の社会的責任は利益を増やすこと」(『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』、1970年)。
〔 要約すれば、企業の経営者は雇い主たる株主の代理人として、その利益に奉仕する責任以外は持たなくていい。企業に人種問題や環境保全などの社会的責任を求めるのは、経営者に政府と同様の働きを求めることだ。それは資本主義ではなく社会主義だ――そう主張しました。〕
 以後、「企業経営者の使命は株主利益の最優先と最大化」という経営理念が米国の資本主義の中核をなし、1980年代からは大幅な規制緩和と市場原理主義の重視を特徴とする「新自由主義」に基づく経営が世界を席巻する。
 
●新修正資本主義(p68)
〔 株価が最高値を付けるような経営を求める株主資本主義は、そのまま放置すれば資本主義そのものを破壊させるのではなか、と私は思います。
 これからの世界は資本主義の暴走を食い止める経済体制、資本主義と社会主義の長所を取り込んだ経済システム、いわゆる「新修正資本主義」が必要なのではないでしょうか。「社会主義」といういと、すぐさま旧ソ連や中国のような一党独裁による強権国家を思い浮かべる人がいるかもしれませんが、もちろんそうではなりません。
 ここでの社会主義は、個人主義的な自由主義経済に対して、より平等で公正な社会を目指す思想、運動、体制です。平たくいえば「自分のためだけではなく、社会全体のために、さまざまな意見に耳を傾け、議論を尽くし、権限と責任を明確にして決定する」という考えに基づく体制です。
 資本主義にもいろいろあり、社会主義にもいろいろあって、呼ぶ名前はどうでもいい。いずれにしても「これまでの資本主義では世界はもうやっていけない」ということは確かでしょう。〕
 
●三つの条件(p178)
 米中のはざまで日本が今後取るべき方向性。
 (1)日本が大国に影響しうる力(存在感)を持つこと。それは人間力。人としての信用・信頼。
 (2)相手について十分に理解すること。互いに理解し、絶えず顔を合わせていれば、相互信頼が生まれる。
 (3)他国と異なる最も重要な役割として、「戦争に近づかない」こと。
 
●衰退途上国(p186)
〔 人口は国力の源です。人口が急速に減りつつある日本は「先進国」ではなく、残念ながら「衰退途上国」と位置付ける人もいます。〕
 
●信頼(p198)
〔 日本人は信用・信頼を得るためのすぐれた国民性を持っていると思います。勤勉さ、やさしさ、モラルの高さは、他国に引けを取らない日本の強みです。〕
 
(2023/8/3)NM
 
〈この本の詳細〉


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