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希望の教室
 [社会・政治・時事]

希望の教室 (THE BOOK OF HOPE)
 
ジェーン・グドール/著 ダグラス・エイブラムス/著 ゲイル・ハドソン/〔著〕 岩田佳代子/訳
出版社名:海と月社
出版年月:2022年5月
ISBNコード:978-4-903212-73-9
税込価格:1,760円
頁数・縦:301p・19cm
 
 数回にわたるインタビューをもとに、ジェーン・グドールのメッセージを対話風にまとめた書。
 
【目次】
希望をみつけてみませんか?
1 希望とは何か
 ウイスキーとスワヒリ料理
 希望は実在する?
 希望をなくしたことはありますか?
 希望は科学で説明できるか
 困難な時代にも希望を持つには)
2 希望を信じる4つの根拠
 人間のすばらしい知力
 自然の回復力
 若者の力
 人間の不屈の精神力
3 「希望のメッセンジャー」になる
 ジェーンの歩いてきた道
結論 ジェーンからのメッセージ
 
【著者】
グドール,ジェーン (Goodall, Jane)
 動物行動学者、環境保護活動家。1934年ロンドン生まれ。幼い頃から無類の動物好きだった。23歳で人類学の権威ルイス・リーキー博士と出会い、動物に対する情熱と知識に感銘を受けた博士から、野生のチンパンジーの生態調査を依頼される。1960年、アフリカのゴンベの森へ。そこでの研究で、チンパンジーも道具を使うことなど数々の新発見をする。1986年以降は、悪化する一方の環境破壊と貧困を食い止めるべく、世界中で積極的に講演活動をする。著書、ドキュメンタリー番組多数。国連平和大使。大英帝国勲位、京都賞、テンプルトン賞など数々を受勲、受賞。世界中の尊敬を集めつづける。
 
エイブラムス,ダグラス (Abrams, Douglas)
 作家、編集者。著作権エージェンシーにしてメディア開発会社の“アイディア・アーキテクツ”創始者。
 
岩田佳代子 (イワタ カヨコ)
  翻訳家。清泉女子大学文学部卒。訳書に『フェミニスト・ファイト・クラブ』(海と月社)、『幸運を呼ぶウィッカの食卓』(パンローリング)など。
 
【抜書】
●信仰(p24)
 「信仰は、宇宙のかなたに人智を超えた力があると心から信じること。その力は、神やアッラーに置き換えることもできる。創造主である神を信じたり、死後の世界やほかの教義を信じるのが信仰よ。それらは真実だと信じることはできても、知ることはできない。でも、自分が目指したい方向は知ることができるし、それが正しい方向だと希望を持つことはできる。つまり、誰にも未来がわからない以上、希望は信仰よりもはるかに謙虚なものだと言えるでしょうね」
 
●希望学(p44)
〔 ジェーンとこの本をつくろうと思ったとき、わたしは「希望学」という比較的新しい分野について調べてみた。すると、希望が願望や空想とはまったく別物であることがわかって驚いた。希望は未来の成功をもたらすが、願望にはそれができない。どちらも想像力を駆使して未来を考えるが、望みどおりのゴールを達成するための行動へとわれわれをかきたてるのは希望だけだという。この点についてはジェーンも、その後の対談で繰り返し強調している。〕(ダグラス)
 
●物語(p48)
 「希望を持っていれば、生活のいろいろな面がすこぶるよくなるのはたしかで、それは行動や結果にも影響してくるでしょう。ただ、人を行動へかりたてるのは、データより物語だってことも肝に銘じておくのが大事ね。たくさんの人に言われるのよ、あなたの話にはデータが登場しないから助かるって」
 
●自分がしてもらいたいこと(p76)
 人間がもっと善良で、もっと思いやりがって、もっと穏やかになれる方法。
 「必要なのは、新たな道徳規範ね、それも世界的な」
 「ねえ、世界の主な宗教が、口先だけでもいいから、いっせいに『自分がしてもらいたいことを人にしなさい』って唱えるようにしたらいいのに。そうしたら簡単に、それが世界的な道徳規範になる。あとは、みんなにその規範をきちんと守ってもらう方法を考えればいいだけ!」
 「でも、難しいでしょうね、人間には欠点があるから。欲だったり、身勝手なところだったり。権力や富への執着もあるし……」
 
●理性と感情(p79)
 「我々が完全な人間になるには、時間がかかるでしょう」
 「わたしたちは、理性と感情が一致しないかぎり、人間としての可能性を十二分に発揮することはできないし、それを理解するには、もっともっと時間をかけて進化をしなくちゃならないってことじゃないかしら。天才リンネは、わたしたち人間という種をホモ・サピエンス、“賢い”人間と名づけたわ」
 「さっき、理性と感情が一致しないかぎり難しいって言ったけど、賢明に使う気が本当にあるなら、それを証明するのはまさに今よ。だって、今賢明に行動して、地球温暖化や植物や動物の絶滅を食い止めなかったら手遅れになるんですもの。地上の生あるものを現在進行形で脅かしている問題を、人類は力を合わせて解決しなくちゃ。そのためには、四つの大きな問題を解決する必要がある。その四つとも、そらんじているわ。講演でよく話しているから。」
 貧困の軽減、富裕層の生活スタイルの見直し、汚職の一掃、人口と家畜数の増加。
 
●エコグリーフ(p96)
 エコ不安症とも。
 無力感や抑圧感、不安、甘受、あきらめ、など、気候危機がもたらす心理状態。
 
●ハラ―パーク(p113)
 ケニアの海岸近くに広がる2㎢の自然公園。多くの観光客が訪れる。
 バンブリ・セメントという会社が開発した採石場は、廃墟となり、何も育たなくなっていた。
この会社の創設者のフェリックス・マンドルは、園芸の専門知識がある社員ルネ・ハラーに、生態系の回復という任務を課した。
 そして、先駆植物であるモクマオウ属の木を植え、ヤスデを移入して針葉を食べさせて土に返した。10年後、最初に根付かせた木々は30mにまで成長し、180種を超える自生植物が育つまでになった。最終的にはキリンやシマウマ、カバまで連れてこられるようになった。
 
●タカリ(p127)
 1994年、JGI(ジェーン・グドール・インスティテュート)が始めたプロジェクト。
 タンザニアの村々を回り、困っていることを聞き出して問題解決を図った。マイクロクレジットなども立ち上げた。
 村を豊かにしていくことが、チンパンジーの捕獲を抑制し、保護につながる。
 
●子孫からの借り物(p143)
 「『地球は祖先から受け継いだものではなく、子孫から借りているものだ』という有名な言葉がある。だけど、わたしたちは子孫から借りてなんかいない、奪ったのよ。借りれば返す、それが当たり前。なのに、長い長い年月にわたって彼らの未来を奪いつづけ、積もり積もって、今や許容範囲をはるかに超えてしまった」
 
●ルーツ&シューツ(p144)
 根っこと新芽。1991年、ジェーンが始めた若者のためのプログラム。世界中で、気候変動や環境破壊に立ち向かうためのプロジェクトを、子供たち、若者たちが自主的に考えて実行する。この運動が世界中に広がっている。幼稚園から大学まで、68か国数十万人のメンバーが活動。
 タンザニアの八つの高校に通う12人の生徒が、ダルエスサラームのジェーンの自宅に訪ねてきたことがきっかけで始まった。
 
【ツッコミ処】
・ウイスキー(p82)
 「理性と感情」に関する抜き書きで示したとおり、四つの大きな問題の一つとしてジェーンは「富裕層の生活スタイルの見直し」について言及している。これには全く同意見なのだが……。
 しかしながらジェシーは、ウイスキーが大好物で、ときおりウイスキーをたしなみながらインタビューを受けていたようだ。ウイスキーの原料となる麦がもし貧困層の食料に回せるのなら、一つ目の問題の「貧困の軽減」にもつながるはずだが、その点はどう考えているのだろうか。たぶん、ここも私と同じ考えだろうが……。
 
(2023/2/28)NM
 
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江戸で部屋さがし
 [歴史・地理・民俗]

江戸で部屋さがし (The New Fifties)
 
菊地ひと美/著者・絵
出版社名:講談社(The New Fifties)
出版年月:2022年5月
ISBNコード:978-4-06-517077-9
税込価格:2,200円
頁数・縦:127p・21cm
 
 江戸の住居と暮らしを、町家、武家に分けてイラストで紹介。貸家を探す三味線の師匠、参勤のお供で江戸に来た武士に、それぞれ大家さんと旗本の息子が江戸を案内するというストーリー仕立て。
 
【目次】
第1章 町人―江戸へ、菊香深川に着く
 裏長屋
 裏長屋の住人 職人
 裏長屋の住人 商家
 裏長屋の住人 自由人
 江戸の女たち
  ほか
第2章 武家―真二郎、江戸参勤
 直参と拝領屋敷
 下級武士の組屋敷
 中級武士・旗本の家
 武家屋敷の特色 座敷
 武家屋敷の特色 夫人棟と水廻り
  ほか
 
【著者】
菊地 ひと美 (キクチ ヒトミ)
 江戸衣装と暮らし研究家。衣装デザイナーを経て、早稲田大学の一般講座や江戸東京博物館で10年間学びつつ、著作活動(文と絵)に入る。2002年から始まった日本橋再開発に作品が起用された。2004年、国立劇場より制作依頼を受けて描いた『伝統芸能絵巻』全4巻(10メートル)は、海外2ヵ国の国立美術館(ローマ・ブダペスト)で3ヵ月間展覧。2008年には、丸善・丸の内本店にて同絵巻の国内初披露を含む個展を開催。現在は絵本を含む著作を中心に活動中。
 
【抜書】
●江戸の三男(p78)
 えどのさんおとこ。同心、鳶、力士。女性にもてた。
 同心は、身なりも良く粋であったため。茶の縞の着物に袴は付けず、黒紋付の羽織に足元は雪駄。雪駄は、畳表の草履で、裏に鋲が付くので歩くと「カチッ」という音がした。
 三十俵二人扶持だが、藩や商家から付け届けがあり、生活は楽だった。
 
●内職(p81)
 御家人(二百石未満の下級武士)は、俸禄が少ないために「内職」が許されていた。
 組屋敷ごとに専門職のように仕事を請け負っており、組ごとに「特産品」が有名になっていた。
 染井の植木、下谷の大番組の朝顔栽培、青山の鉄砲組の番傘・提灯、代々木や千駄ヶ谷の鈴虫、など。
 
●書院造り(p99)
 床の間、床脇の違い棚、付書院〈つけしょいん〉を備えた座敷。
 本床〈ほんどこ〉は、向かって左(庭や縁側がある)に付書院を置き、右に違い棚を設ける。右を貴しとする考えから。また、床脇の貴重品を外部から遠ざける。その逆が「逆床」。
 書院造りは、大名屋敷から中級の武家屋敷まで必ずあった。後に、町家の上層商家にも取り入れられていく。
 
●数寄屋(p102)
 江戸初期、殿様たちは、上屋敷に幕府が定めた「正式な書院造り」を設け、下屋敷(私邸)に自分の好みに変化させた書院造りを個々に創造した。これを「数寄屋」(主に室内)と呼ぶ。
 床の間……「正式」は、床の板地に欅の厚い一枚板、床柱に真四角で柾目の角材を用いた。「数寄屋風」は、畳床、木の皮をはいだままの自然木や丸太や、節のある木材や竹を使った柱、など。
 違い棚……「正式」なほうは簡素だが、「数寄屋風」はさまざまに変化させた複雑な形が多い。
 付書院……「正式」は廊下に文机が張り出した付書院、「数寄屋風」は張り出さない「平書院」。
 天井……「正式」は格子状の複雑な格天井〈ごうてんじょう〉、「数寄屋風」はもっと簡素で一般的な棹縁天井〈さおぶちてんじょう〉。
 壁……「正式」は帳付〈ちょうつけ〉壁(紙や布の上に障壁画を描いて壁にはめ込む豪華なもの)、「数寄屋風」は色のある土壁(赤みを持つ黄土や紅殻色など)。
 障子の桟……「正式」は簡素で伝統的な直線の桟、「数寄屋風」は桟の間隔の広狭を変えたり、斜めにしたり、裏側に縄を這わせたり。
 屋根……「正式」は殿舎なので瓦、「数寄屋風」は茅葺きや杮葺きにし、むくりと言われる曲面の屋根が多くを占めている。
 
●戸山下屋敷(p118)
 尾張藩の下屋敷。現在の早稲田戸山公園。
 屋敷内に「ニセの宿場町」があり、店まで作り、来客の武士たちが町人の真似をして買い物をしたりした。店側の人は、園内の農地を耕しに来る近在の農民がつとめた。
 
●江戸勤番(p120)
 定府〈じょうふ〉……江戸に十年など長期間とどまって帰国しない。江戸家老、留守居役、など。
 江戸詰め……藩主に従って1年間勤務し、後に帰国。妻子は国元、単身赴任。
 立ち返り……藩主の参勤について来て江戸に到着したら、すぐに帰国。
 
(2023/2/27)NM
 
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人の心に働きかける経済政策
 [経済・ビジネス]

人の心に働きかける経済政策 (岩波新書 新赤版 1908)
 
翁邦雄/著
出版社名:岩波書店(岩波新書 新赤版 1908)
出版年月:2022年1月
ISBNコード:978-4-00-431908-5
税込価格:946円
頁数・縦:191, 35p・18cm
 
 行動経済学が「メインストリーム」の経済学に及ぼした影響を論じ、現在の経済政策の問題点をあぶり出す。さらに、現在の日銀の「異次元緩和」政策を批判する。
 
【目次】
第1章 自己実現的予言
第2章 ヒトはどのように判断・行動しているのか
第3章 マクロ的な社会現象へのフレーミングやナッジ
第4章 メインストリームの経済学の「期待への働きかけ」
第5章 「期待に働きかける金融政策」としての異次元緩和
第6章 物価安定と無関心
付録:金融政策に関するノート
 
【著者】
翁 邦雄 (オキナ クニオ)
 1951年東京生まれ。1974年東京大学経済学部を卒業し日本銀行入行。1983年シカゴ大学Ph. D.取得(経済学)、筑波大学社会工学系助教授、日本銀行金融研究所長、京都大学公共政策大学院教授などを経て、大妻女子大学特任教授、京都大学公共政策大学院名誉フェロー。専攻‐国際経済学、金融論。著書‐『期待と投機の経済分析―「バブル」現象と為替レート』(東洋経済新報社、日経・経済図書文化賞受賞)など。
 
【抜書】
●現在バイアス(p26)
 「今の満足」の価値と、「明日の満足」の価値、「明後日の満足」の価値を比較した場合、「今の満足」の価値が突出して高いこと。
 例えば、ダイエットの失敗。「明日の満足」と「明後日以降の満足」の価値の差は小さい。だから、現在バイアスが強い人は、今日はたっぷり食事をし、明日から我慢を始めることで明後日以降の体系改善を目指す。そして、「明日」になっても……。
 
●プライミング効果(p51)
 あらかじめ受けた刺激(先行刺激、先行情報)によって、人の行動が影響されること。プライムとは、「前もって教え込む」という意味。
 例えば、選挙の投票率を上げるために、選挙の前日に、投票するつもりかどうかのアンケートを実施すると、投票する確率を25%高めることができる、という研究結果がある。
 
●ナッジ(p52)
 罰金や補助金など金銭的なインセンティブ以外にも、行動経済学的知見を用いて人の心に働きかけることでその行動に影響を及ぼすことができる。そうした手法をナッジと呼ぶ。リチャード・セイラーによる。
 ナッジ……(注意をひくため、あるいは何かをさせるために)人をそっと押す、という意味。
 ナッジによる介入は、「個人の選択の自由を侵害しないで行動に影響を与えること」を目的としている。アムステルダム・スキポール空港の男性用便器の例。中心にハエが描かれており、使用者は思わずそれを目標にしてしまう。強制手段を用いずに飛散防止を実現。
 
●自然利子率(p96)
 「完全雇用が過不足なく実現できる需要」を引き出す実質金利水準。
 19世紀スウェーデンの経済学者クヌート・ヴィクセルの命名。
 
●2%インフレ(p177)
〔 ここまでの議論を総括したい。人々が希求する物価安定の本質は、グリーンスパンが定義するように、インフレ率に関心を持たなくてよい状態だ。二%というインフレ目標には、そうした本質的な意味はない。
 もし、別途、何らかの理由で二%のインフレ率達成が日本経済にとって不可欠なら(その理由は黒田総裁の三点セットにはないが)、そのための手段は、物価安定の正常性バイアスを壊さないこと、国民にとっても望ましいインフレであるというポジティブなフレーミングが説得力を持って作れること、の二点が必要であるはずだ。換言すれば、①正常性バイアスを壊さない方法で物価のアンカーをゼロ近辺から二%近辺に押し上げる、②物価上昇に対する忌避感を緩和するため物価上昇が実質所得の減少につながらないことが目に見えるフレーミングを作る、ということになるだろう。〕
 
(2023/2/24)NM
 
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海賊共和国史 1696-1721年
 [歴史・地理・民俗]

海賊共和国史 ──1696-1721年
 
コリン・ウッダード/著 大野晶子/訳
出版社名:パンローリング(フェニックスシリーズ 122)
出版年月:2021年7月
ISBNコード:978-4-7759-4251-2
税込価格:4,180円
頁数・縦:510p・20cm
 
 17世紀末から18世紀初頭にかけて、カリブ海で繰り広げられた海賊たちの物語を、史料をもとに丹念にたどって綴る。
 
【目次】
プロローグ 海賊の黄金時代
第1章 伝説(一六九六年)
第2章 海へ(一六九七年~一七〇二年)
第3章 戦争(一七〇二年~一七一二年)
第4章 和平(一七一三年~一七一五年)
第5章 海賊集合(一七一六年一月~六月)
第6章 沿岸の同胞(一七一六年六月~一七一七年三月)
第7章 ベラミー(一七一七年三月~五月)
第8章 黒ひげ(一七一七年五月~十二月)
第9章 恩赦を求めて(一七一七年十二月~一七一八年七月)
第10章 瀬戸際政策(一七一八年七月~九月)
第11章 海賊狩り(一七一八年九月~一七二〇年三月)
エピローグ 海賊の終焉(一七二〇年~一七三二年)
 
【著者】
ウッダード,コリン (Woodard, Colin)
 歴史家、ジャーナリスト。ポートランド・プレス・ヘラルド紙の記者。同紙の調査報道でジョージ・ポルク賞受賞。その他、スミソニアン、エコノミスト、ワシントン・ポスト、ガーディアン、クリスチャン・サイエンス・モニター、ポリティコなど、国内外の多くのメディアに寄稿している。メイン州ミッドコースト在住。
 
【抜書】
●カルロス2世(p75)
〔 王族の近親婚からくる遺伝的および政治的な問題が生じたため、戦争の機運は以前から高まりつつあった。二十年以上にわたり、ヨーロッパでもっとも力ある王座には、よだれを垂らす醜いスペイン国王カルロス二世が就いていた。彼は精神的かつ肉体的に障害があっただけでなく、性的に不能だった。スペイン当局は総力を挙げて国王の回復に努めたが、どれだけ悪魔払いをしたところで、国王は歩くこともしゃべることもほとんどできなかった。からだの大きな子どものようなもので、自身の排泄物の中で転げまわり、動物を銃で撃ち、廷臣に墓から掘り起こさせた先祖の腐乱死体をながめながら治世を過ごしていた。一七〇〇年十一月、カルロス二世の死にともない、スペイン・ハプスブルク家は途絶えた。すると、遠くにに《ママ》住む彼の親族が、すぐにその地位を受け継ぐべき者についての論争を開始した。その者が地位とともに受け継ぐのは、スペインのみならず、イタリア、フィリピン、そして西半球のほとんどの地域の支配権である。ヨーロッパの人々にとっては不幸なことに、フランスのルイ十四世と神聖ローマ皇帝レオポルト一世もまた、遠くに住む親族にふくまれていた。まもなく軍隊が衝突し、それぞれが持つさまざまな地政学的、系譜的理由により、ヨーロッパの支配者のほとんどがその争いに巻きこまれていった。一七〇二年の春、イングランドはオランダ、オーストリア、プロイセンとともに、フランスとスペインを相手取った戦争に突入した。それが、大西洋上に類を見ない海賊大発生の舞台をしつらえる結果となったのである。〕
 スペイン継承戦争は、海洋の覇権を争う国々のあいだで私掠船の暗躍を許し、彼らが海賊化していった。
 
●セルカーク(p108)
 ダニエル・デフォー『ロビンソン・クルーソー』のモデルになった人物。スコットランド人。
 1709年2月1日、デューク号(ウッズ・ロジャーズ船長)とダッチェス号(スティーブン・コートニー船長、エドワード・クック副船長)は、食料補給のためにファン・フェルナンデス島に上陸した。チリ沿岸沖400マイル。上陸のためのボート上で、医師のドクター・トーマス・ドーヴァーが、ヤギの皮を身にまとい、白旗を振りながら、英語で叫んでいる男(セルカーク)を発見。4年4カ月、無人島で孤独な生活を送っていた。
 無人島に残る選択をする原因となった、かつての指揮官ウィリアム・ダンピアが、水先案内人として参加していた。ダンピアの指揮する船団は、彼の統率力の欠如のため、フナクイムシの害で船が沈没する恐れがあったため。
 島には、何百匹ものヤギが生息していた。かつて、スペインが島を植民地化しようとして放っていたヤギの末裔。セルカークは、ヤギの皮で壁を、草で屋根を作り、2軒の小屋を建てた。台所と居間。
 小屋周辺に何百匹といた野良猫に餌をやり、寝ている間につま先をかじりに来るネズミを撃退。
 服が擦り切れて着られなくなると、ナイフと古い釘を使ってヤギの皮を縫い合わせた。
 靴がなくなったので、足の裏の皮は厚くなっていた。
 カブ、ヤギ、ザリガニ、野生のキャベツといった健康的なものばかりを食べていたので、めったに病気にかからなかった。
 スペイン上陸隊が現れたときには、木のてっぺんに隠れてやり過ごした。追跡者の何人かは、そうとは知らずにその木に向かって用を足していた。
 
●海賊共和国(p184)
 ニュープロヴィデンス島(首都ナッソー)は、無法者の国と化していた。
〔 ホーニゴールドは、バハマの急成長する海賊共和国の創立者ながら、バロウ率いる元難破船漁り軍団とハミルトンの私掠船に挟まれ、フライング・ギャングにおける統率力の衰えを感じはじめていたにちがいない。彼が抱える二百人の乗組員は、戦利品の大半を船主や船長に差しだす私掠船メンバーとはちがって、法的に認可された契約のもとで任務に就いているわけではなかった。強制された一部の乗組員を除けば海賊船ではたらくことは、基本的に自由意志の下になされている。バハマ諸島にいる海賊のほとんどは、海軍や商船で長年虐待され、搾取されてきた船乗りだ。だからそれと同じようなシステムを再現するつもりは毛頭なく、むしろそういうシステムを頭からひっくり返そうとしていた。彼らは船長を投票で選び、もしその結果に満足できなければ、やはり投票によって追放することができた。フライング・ギャングの海賊たちは、戦闘の場では船長に絶対的な権力を与えるが、そのほかの決定事項については、だいたいにおいて乗組員による総会の場で民主的に決めていた。たとえば、どこに針路をとるべきか、だれを襲撃すべきか、どの捕虜を手元に置き、どれを解放すべきか、そして海賊団の中に違反者が出たらどう罰するか。ホーニゴールドをはじめとする各海賊船の船長は、手下と食事も同じなら、船室も共同で使わなければならなかった。彼らの権限をさらにけん制するために、乗組員は、食料や戦利品や分け前が公平に分配されていることを確認する役目の操舵長についても、投票で選んでいた。通常、船長が平の船員より多く受け取ることのできる戦利品の割合は、五十パーセントだけだった。私掠船の場合、その割合が千四百パーセントにもなる。乗組員は、リーダーを信頼し、その手腕に満足していれば、死ぬまでそのリーダーについていく。しかしそうでない場合、彼らは瞬時にその人物をリーダーの座から引きずり降ろすことができるのだ。だからホーニゴールドは、結果を出す必要があった。さもないと、海賊のリーダーとしてすぐに終わりを迎えることになる。〕
 
(2023/2/24)NM
 
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進駐軍を笑わせろ! 米軍慰問の演芸史
 [エンターテインメント]

進駐軍を笑わせろ!: 米軍慰問の演芸史
 
青木深/著
出版社名:平凡社
出版年月:2022年10月
ISBNコード:978-4-582-83909-8
税込価格:4,180円
頁数・縦:359p・20cm
 
 第二次大戦後、進駐軍や駐留軍の将兵たちの前で演芸を披露した芸能者たちの13年あまりの足跡をたどる。
 日本語が理解できない彼らに受ける芸とはなにか? 日本の寄席で主流を占める落語や漫才ではなく、色物や曲芸やダンス。そして英語の歌。それらを極めた芸人たちの素性とその芸を可能な限り掘り起こし、今に伝える。
 
【目次】
第1章 米軍慰問ショーの草創と活況
 米軍将兵を慰問する
 占領軍への芸能「提供」
 米軍慰問ショーの時空間
 米軍慰問市場の繁栄
第2章 進駐軍で色物を
 モノとひとの七変化
 進駐軍を笑わせる
 奇術で生きた戦後
第3章 軽業曲芸の世界
 めくるめく曲芸
 おどろき軽業ここにあり
第4章 歌舞音曲とアメリカ
 女と男のダンス
 アメリカを歌い奏でる
第5章 米軍慰問ショーが衰退して
 
【著者】
青木 深 (アオキ シン)
 1975年生まれ。都留文科大学教授。歴史人類学、ポピュラー音楽研究。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。著書に、『めぐりあうものたちの群像―戦後日本の米軍基地と音楽1945-1958』(大月書店、2013年、サントリー学芸賞受賞“社会・風俗部門”)など。
 
【抜書】
●USO(p14)
 United Service Organization。米軍における慰問演芸のうち、米軍人でないアメリカの芸能関係者を動員したショー。USOは、米国内外の米軍将兵に様々な娯楽を提供する非営利団体のこと。1941年に結成、現在も活動を続けている。マリリン・モンローやダニー・ケイなどが来日した。
 ほかに、米軍人自身が運営し出演する兵隊ショー(Soldier Show)がある。
 日本人による「進駐軍慰問」は、米軍が自前で賄う慰問の来日や製作と並行して始まった。
 
●三浦環(p17)
 日本人による慰問が正式に始まったのは、1945年10月2日、連合軍最高司令部訓令第90号「占領軍が必要とする物資およびサービス」の「サービス」全19項目中10番目に挙げられた「特別の娯楽(Special entertainment)」がきっかけ。その例として、「音楽、演劇、レスリングなど」が載っている。
 日本人による最初の占領軍慰問の上演記録は、10月10日、第一騎兵師団の将兵を対象として大蔵省の講堂で開かれた、オペラ歌手の三浦環のコンサートだった。10月11日付読売新聞に「米軍将兵慰安初の音楽会」と報じられた。
 
●席画(p78)
 注文に応じて即座に絵を描く技芸。近世の日本では広く親しまれていた。
 中でも「書画会」(書家や画家を料理屋に集めて席画や席書を催すイベント)は、幕末や明治前半に興行化して全盛期を迎え、ユーモラスに速筆で仕上げていく技芸は来日外国人を驚かせた。
 春田美樹や木川かえるは、一種の席画を演じていた。
 
●尾藤イサオ(p162)
 尾藤イサオ、1943年生まれ。もとは落語家で百面相を演じていた父・三代目松柳亭鶴枝〈しょうりゅうていかくし〉と母が戦後に亡くなったため、10歳で鏡味小鉄の内弟子となり、彼の一行に加わって「子供の曲芸」を演じていた。
 
●神田正輝(p242)
 神田正輝の母親は、旭輝子。『てる日くもる日ふれ愛家族』の著者。進駐軍慰問の踊り子だった。
 朱里みさをは、朱里エイコの母親。自伝『人生はザ・オーディション』。
 
(2023/2/20)NM
 
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書籍修繕という仕事 刻まれた記憶、思い出、物語の守り手として生きる
 [ 読書・出版・書店]

書籍修繕という仕事: 刻まれた記憶、思い出、物語の守り手として生きる
 
ジェヨン/著 牧野美加/訳
出版社名:原書房
出版年月:2022年12月
ISBNコード:978-4-562-07243-9
税込価格:2,200円
頁数・縦:232p、図版48p・20cm
 
 韓国人書籍修繕家によるエッセー。本に対する愛情、仕事に対する自負にあふれている。2018年2月に工房を開いてから、本書執擱筆までの間に149冊の本や紙類を修繕してきたという。
 
【目次】
生き残る本『’89施行 改正ハングル正書法収録国語大辞典(上下)』
落書きという記憶装置『ガラスのくつ』
「修繕」と「復元」の違い『Great Short Stories of Detection, Mystery and Horror』
代々受け継がれる本、その思いを込めて『韓英聖教全書 改訳ハングル版』
亡きあとに残された本『カット図案集』
テーラーになった気持ちで『Breadfast at Tiffany’s』
時間の痕跡を観察する仕事『FOYERS ET COULISSES - OPÉRA Vol.1-3』
バターと小麦粉の跡が増えていきますように『Recipes from Scotland』
あなたの破れた一センチはどこですか?『Lego Hidden Side Issue 2』
ここはもうすぐサンシュユの花咲く季節です おばあちゃんの日記帳
〔ほか〕
 
【著者】
ジェヨン (ジェヨン)
 傷んだ本を修繕する「ジェヨン書籍修繕」作業室代表。書籍修繕家、ブックアート専門家。韓国の美術大学で純粋美術とグラフィックデザインを学ぶ。2014年、アメリカの大学院に進学しブックアートと製紙を専攻する。指導教授の勧めで、大学図書館付属の「書籍保存研究室」で働きながら書籍修繕のノウハウを一から学ぶ。3年半で1800冊の蔵書の修繕を担当した。帰国後、ソウル市内に「ジェヨン書籍修繕」を2018年2月にオープン。書籍修繕家として本だけでなく紙類(しおり、フォトスタンド、ポスター、LPジャケットなど)全般の修繕に携わっている。
 
牧野 美加 (マキノ ミカ)
 韓国語翻訳家。
 
【抜書】
●かばん(p22)
〔 今あの本を読まないといけないのだけど、読みたいのだけど、どうにも手に取るのがためらわれるほどきれいな新しい本。実際に読みはじめるまで、新しい本と私の関係はいつも少々ぎこちない。いい物を買ったのに、傷をつけていまいそうで使うに使えずただ眺めているばかり、というときの感じに似ている。だから一時は、読みたい本があれば中古で買う、という時期もあった。
 そんなわけで、本を買うと最初の何日かは、読まなくてもかばんに入れて持ち歩くことにしている。かばんの中であっちに転がりこっちに転がりしているうちに表紙が少しずつ汚れ、角が擦れてきたら、そのときこそ、気楽に読める私にとってのベストタイミングだ。こういうプレッシャーは、「読みたい本」ではなく「読まなければならない本」であるほど強くなる。そういうときはいっそう気合を入れて「親しくなろう」と努力する。
 下線をがんがん引き、落書きもたくさんして、菓子の油のついた指でページをめくる。するとある瞬間からそういう落書きや目を通して本と対話するようになり、急ぐときは鍋敷きにもしながら親しみを覚えていく。どうやらわたしは、自分の痕跡をたくさん残すほどその本と親しくなれると考えるタイプらしい。〕
 
●『The Manchester United Opus』(p144)
 1878年に鉄道員の組織からスタートした「マンチェスター・ユナイテッド」128年の歴史を1冊にまとめた豪華本。2006年刊行。
 縦横60cm、厚さ14cm、重さ37㎏。厚さ8mmの木製のケース付き。
 850ページ、6色カラー印刷、人の手による製本、革の表紙、シルクコーティングされた200gの本文用紙。光沢コーティングが個別に施された2000枚以上の写真。
 9,500部限定、5,870ドル。刊行当時の監督アレックス・ファーガソンと、ボビー・チャールトンの直筆サイン入り。9,500冊すべてにサインするのに2、3カ月かかった。
 
●チョコレートクリームパイ(p162)
〔 わたしの大好きな映画「ジュリー&ジュリア」にこういう台詞が登場する。ついてない一日を過ごして帰宅した主人公ジュリーがチョコレートクリームパイを作りながら、いかにひどい一日だったかを夫の愚痴りつつ自分がなぜ料理が好きなのかを語るシーンだ。「何もうまくいかない日ってあるでしょ? 虚しい日が。そんな日でも家に帰って、チョコと砂糖とミルクと卵の黄身を混ぜると、確実にクリームになってホッとするの」という台詞だ。わたしもその気持ちが手に取るようにわかる。
 紙のしわを伸ばしたり、外れたページをくっつけたり、本を解体したりするのはとても慣れた作業なので、わたしにとっては一番手っ取り早く確実に満足感を得られる方法だ。緊張感の高い作業をしていて不安が大きくなると作る、わたしのチョコレートクリームパイだ。これを読んでいるみなさんの中にも、もし仕事中にふと言いようのない不安に襲われてつらいという人がいるなら、自分にとってのチョコレートクリームパイを見つけられますように。一番手っ取り早くて確実な慰めを得られますように。〕
 
(2023/2/12)NM
 
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弁護士のすゝめ 最強資格のリアル。そして令和版司法改革へ
 [社会・政治・時事]

弁護士のすゝめ─最強資格のリアル。そして令和版司法改革へ─
 
宮島渉/著 多田猛/著
出版社名:民事法研究会
出版年月:2022年6月
ISBNコード:978-4-86556-509-6
税込価格:1,540円
頁数・縦:303p・19cm
 
 2004年に法科大学院が創設され、2006年から新司法試験が実施されているが、合格者数は当初の3,000人に遠く及ばず、弁護士は不足している……。
 そう、これまで喧伝されてきた「食えない弁護士」というのは嘘っぱちで、もっと弁護士を増やし、社会のあらゆる場面で必要となる弁護士の需要に応えなければならない。それが本書の主張である。弁護士の魅力を語り、弁護士が少なすぎることによる日本の問題点を論じる。
 
【目次】
第1章 今、弁護士が狙い目!?
第2章 売手市場で魅力的な弁護士業界の今
第3章 広がる活動領域!活躍する弁護士たち
第4章 コスパ最強!弁護士への道
第5章 合格率を下げるな!合格者数を増やせ!
第6章 法曹養成制度の課題と改革案
第7章 世界に後れる日本の司法を変えよう―令和版司法制度改革をめざして
 
【著者】
宮島 渉 (ミヤジマ ワタル)
 法律事務所フロンティア・ロー代表弁護士。働きながら夜間のロースクール(大宮法科大学院)に通って弁護士になる。モットーは、「勇気・優しい心・柔らかい頭」。世界に後れる日本の司法を変えるため「ロースクールと法曹の未来を創る会」と「久保利塾」の事務局長としても活動。
 
多田 猛 (タダ タケシ)
 イーリス総合法律事務所代表弁護士。弁護士として、スタートアップ・中小企業の支援を行う中、自らも起業。起業家弁護士として活躍中。企業と弁護士をつなげるリーガル事業に携っている。司法制度改革・法曹養成のための活動は、ライフワークとしており、「ロースクールと法曹の未来を創る会」の事務局次長を創設以来務める。
 
【抜書】
●明石市、姫路市(p36)
 2012年、全国で初めて、明石市では5年の任期付き職員として弁護士職員の採用を開始した。現在では、正規職員としても弁護士枠を設けている。
〔 明石市の泉房穂市長は、大学卒業後、テレビ局のディレクターや国会議員秘書を経て弁護士資格を取得。衆議院議員も2年間経験している。採用後に弁護士に担当させる業務の説明会を自ら開催。同市における弁護士の配属先は幅広く、採用されると議会にも出席し、市の政策立案にも関与する。〕
 採用された弁護士は、泉市長の重要な政策を支えている。
 姫路市では、総務局内にある法制課で二人の弁護士を法務専門家として採用している。法制課の総勢は8名。
 
●ブティック系(p40)
 ブティック系法律事務所……一般に、少数精鋭で、特定の分野の企業法務に特化した法律事務所。
 
●魅力にあふれた仕事(p76)
〔 ただ、稼げる、稼げないということ以上に重要なことがある。それは、弁護士というプロフェッションゆえの魅力だ。弁護士という仕事は、社会から頼りにされ、世の中のため、人のためにダイレクトに役立つことができ、しかもある程度は稼げる(才覚があればものすごく稼げる)。弁護士は魅力に溢れた職業だということを、若い人たちに強くアピールしたい。〕
 
●過疎地型公設事務所(p97)
 日弁連が設立した基金で資金調達をし、その資金で弁護士過疎地に設置する事務所。
 1999年に基金が設立され、2000年6月、第1号の「石見ひまわり基金法律事務所」が島根県浜田市に開設された。
 2001年4月には、第2号事務所として「石垣ひまわり基金法律事務所」が、第3号として「紋別ひまわり基金法律事務所」が開設された。
 公設事務所……日弁連や所在地を管轄する地域弁護士会の支援のもと、弁護士自身が経営する。「過疎地型」では、開設資金の援助を受けられるほか、年間の手取りが720万円に届かなければ、差額分を補償してもらえる。着任する弁護士は日弁連が募集し、任期は概ね2~3年、再任・定着も妨げない。必ず「ひまわり基金」という名称が入る。「都市型」は、各地の単位弁護士会が基金を設けて設置、法テラスや過疎地型公設事務所で働く弁護士の養成が目的。一般の法律事務所同様、法律相談や事件の受任も行い、事件処理を通じて若手の養成を行う。全国に11か所しかなく、うち5か所は東京の三つの弁護士会が設置したもの。(p110)
 
●法テラス(p110)
 広く社会に法の支配を行き渡らせることを目的に、都市部、地方を問わず全国に設置されている。働く弁護士は給与制で雇われている。法務省の外郭団体が運営。
 
●10万人(p261)
 日本の弁護士人口は約4万3000人(2021年)。直近2年の司法試験合格者数は1500人未満。
 フランスの弁護士は約7万人。先進国の中では少ない。総人口は6500万人で日本の52%。
 せめてフランス並みにするには、日本も10万人が必要。
 
●ルールメーカー(p264)
 日本でも世界に通用するルールメーカーが必要。そのためにも、弁護士を増やすべき。
 〔ルールメーカーとしての資質がある職業は弁護士だ。何しろ「法律=ルール」の使い方を知っているのだから。未知の法律やルールがあったとしても、リーガルマインドをもっているため、それらがどんな趣旨で何を規制しようとしているかなど、一定水準の「土地勘」がある。〕
〔 世界で活躍する弁護士、世界でルールを作る弁護士、ルールメーカーたりうる人をサポートする弁護士をもっと育てなければ、日本はいつまでも政治、外交、経済、スポーツ、ありとあらゆる場面で、ルールを守る側に甘んじ続けなければならなくなる。〕
 
●ディスカバリー(p284)
 米国には、訴訟前に相手にすべての証拠を徹底的に開示させる「ディスカバリー」という証拠開示制度がある。証拠を隠すと、法廷侮辱罪などの重い制裁が科され、不利な判決が言い渡されることになる。
 日本の民事裁判では、事実上、自分に不利な証拠を隠すことが可能になっている。一応、裁判所が証拠種類の提出を命じる制度(文書提出命令)や、虚偽の証言に対する偽証罪(刑事罰)や過料といった制裁はあるが、十分に機能していない。
 文書提出命令は、事前に書類を特定する必要があるため、相手がどんな書類を隠し持っているか分からないと使えないし、例外規定が多く、申し立てをしても命令自体が出ない場合も多い。
 虚偽の証言も、証明が難しいうえ、実際に偽証罪や過料の制裁が下されるケースはごく稀。
 
●期間制限訴訟(p287)
 法制審議会は、新たな訴訟手続きとして、「期間制限訴訟」という新たな手続きの創設を提示し、2025年度の施行を目指している。
 当事者の申し出や同意に基づき、民事裁判の審理を6カ月以内に終わらせ、その後1カ月以内に判決を言い渡す。「申述に基づく法定審理期間訴訟手続」という仮称で、民事訴訟法の改正案が、現在、国会で審議されている。
 
●法曹一元(p292)
 米国や英国などでは、弁護士経験者のなかから裁判官を命名することになっている。「法曹一元」と呼ばれている。裁判官になった人が、その経験や名声を活かして再び弁護士として活躍する場合も多い。
 日本は、司法修習を修了した直後の者の中から裁判官が任命され、定年退官するまで勤める。キャリア裁判官制度。浮世離れした裁判官となりやすい。弁護士任官もあるが、その数は少なく、常勤の任官者については、年にわずか数名程度しか採用されていない。
 
【ツッコミ処】
・税理士、弁理士(p18)
 弁護士は、法廷業務のすべてができる唯一の資格であると同時に、登録さえすれば税理士、司法書士、社会保険労務士などの士業の業務もできてしまう。ある意味最強の資格だ。〕
  ↓
 〔弁護士は、税理士や弁理士の登録ができる。司法書士や行政書士の業務は弁護士業務に含まれるから、それらもできる。〕(p147)とあるのだが、登録しなければならないのは税理士、弁理士のみ? 司法書士、行政書士は登録不要? では、社会保険労務士は??
 どうやら行政書士は、登録が必要らしい。
 「行政書士試験研究センターが毎年1回行う行政書士試験に合格した者のほか、弁護士、公認会計士、弁理士、税理士の資格を有する者、および公務員(あるいは特定独立行政法人や特定地方独立行政法人の役員または職員)として、高卒であれば通算17年間以上行政事務を担当した者は行政書士となる資格を有するが、開業するには、開業する都道府県の行政書士会を経由して日本行政書士会連合会に登録しなければならない。」
"行政書士", 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2023-02-11)
 
●プロボノ活動(p99)
 「プロボノ活動」とは?
 残念ながら、ジャパンナレッジ( https://japanknowledge.com  )にも立項されていなかった。専門用語や最新用語には、説明を付けてほしいものだ。
 
(2023/2/11)NM
 
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ヤバい神 不都合な記事による旧約聖書入門
 [哲学・心理・宗教]

ヤバい神: 不都合な記事による旧約聖書入門
 
トーマス・レーマー/著 白田浩一/訳
出版社名:新教出版社
出版年月:2022年3月
ISBNコード:978-4-400-11908-1
税込価格:2,420円
頁数・縦:252p・19cm
 
 旧約聖書に現れる理不尽な神に対する解釈を論じる。タイトルから連想されるものとは異なり、真面目な宗教論である。
 
【目次】
序論 人間に挑みかかる旧約聖書の神
第1章 神は男性か
第2章 神は残忍か
第3章 神は好戦的な暴君か
第4章 独善的な神の前に人間は罪人に過ぎないのか
第5章 神は暴力と復讐の神なのか
第6章 神は理解可能か
結論 旧約の神と新約の神
 
【著者】
レーマー,トーマス (Römer, Thomas)
 1955年、ドイツ・マンハイム生まれ。1984~1993年、ジュネーヴ大学講師、准教授(ヘブライ語およびヘブライ語聖書担当)。1993~2020年、ローザンヌ大学神学・宗教学部教授。2008年よりコレージュ・ド・フランス教授、「聖書とその文脈」講座担当。現在は学長も務める。著書多数。
 
白田 浩一 (ハクタ コウイチ)
 1977年、茨城県下館市(現・筑西市)生まれ。国際基督教大学教養学部人文科学科卒業、同大学大学院中退。
 
【抜書】
●ヤホ(p27)
 ヤハウェあるいはヤホが、イスラエルの神の名。
 
●エル(p27)
  いと高き方[エル・エリオン]が国々を割り当てた時、
  彼が人類を分配した時、
  彼は神[エルの息子]の数に従って人々の境界線を定めた。
  主の[ヤハウェ]自身の取り分は彼の民、
  彼が引いたヤコブがその取り分。
 『申命記』32章「モーセの歌」の最初の版。エルと呼ばれる主神はその息子の数に従って世界を分割した。そしてヤハウェはイスラエルの民を取り分として受け取った。
 偉大なる神「エル」の保護の下に諸国の神が万神殿(パンテオン)をなしているという考え方を表している。イスラエルの神、モアブ人の神、エドム人の神、そして他の神々は兄弟であると考えられている。それぞれが自らの民の君主、保護者であった。
 
●アシェラ(p62)
 王国時代、ヤハウェは国家神として崇拝されていた。王国内の各所に「高き所=丘の上にある聖所」があり、3メートル以上の高さの石が置かれている。これらの石はマッツェボートと呼ばれ、はっきりと男性器の形をしており、男性神を象徴していた。
 これにはアシェロートと呼ばれる木製の柱が伴っており、女性神を象徴していた。
 アシェラとはアシラのヘブライ語形。アシラはカナン(特にウガリット)の神々の神殿において強い存在感を持つ女神。
 かつてのイスラエルには、女性神も存在した。
 
●イスラエル(p110)
 アブラハムの子イサクの子ヤコブ。
 裕福になって自らの一族を形成し、義理の父ラバンからの独立を果たした。そして家に帰ることに。
 「だが彼は夜中に起きて、二人の妻、二人の召し使いの女、それに十一人の子どもを引き連れ、ヤボクの渡しを渡って行った。ヤコブは彼らを引き連れ、川を渡らせ、自分の持ち物も一緒に運ばせたが、ヤコブは一人、後に残った。すると、ある男が夜明けまで彼と格闘した。ところが、その男は勝てないと見るや、彼の股関節に一撃を与えた。ヤコブの股関節はそのせいで、格闘しているうちに外れてしまった。男は、「放してくれ。夜が明けてしまう」と叫んだが、ヤコブは、「いいえ、祝福してくださるまでは放しません」と言った。男が、「あなたの名前は何と言うのか」と尋ねるので、彼が、「ヤコブです」と答えると、男は言った。「あなたの名はもはやヤコブではなく、これからはイスラエル〔「神は闘う」「神と闘う」の意〕と呼ばれる。あなたは神と闘い、人々と闘って勝ったからだ。」ヤコブが、「どうか、あなたの名前を教えてください」と尋ねると、男は、「どうして、私の名前を尋ねるのか」と言って、その場で彼を祝福した。ヤコブは、「私は顔と顔とを合わせて神を見たが、命は救われた」と言って、その場所をペヌエル〔「神の顔」の意〕と名付けた。
 ヤコブがペヌエルを立ち去るときには、日はすでに彼の上に昇っていたが、彼は腿を痛めて足を引きずっていた。」『創世記』32.23~32
 
●追放(p121)
 ティグラト・ピレセル3世(BC745-727)の時代に、レバントはアッシリア帝国の一部となった。
 BC738年から北イスラエル王国はアッシリアに朝貢。BC722年にサマリア陥落、独立を失ってアッシリアの属州に。
 BC734年、南ユダ王国がアッシリア王の家臣に。「アッシリアの平和(pax assyrica)」に膝を屈した。
 アッシリアの平和は、一種の共通市場を形成していた。経済基盤の整備は、メソポタミアの歴史においてそれまでなかった流動性をもたらした。
 征服した国の兵士たちをアッシリア軍に編入し、征服した国の住民の一部を国外へと追放した。追放された者の大半は、知識人(役人、書記官、主要な軍人、祭司、熟練の職人)だった。追放の目的は、彼らが住民たちを組織して反乱を起こすことがないようにするためだった。
 
●ハピル(p129)
 イスラエルは、エジプトの王に依存するカナンの都市国家の王と対立した周辺の部族から生まれた。
 これらの反逆者集団は、エジプトの資料においてハピルまたはハビルと呼ばれており、この表現はヘブライという言葉と結びつけられてきた。
 
●カウンターヒストリー(p133)
 抑圧された少数派のグループが抑圧する者自身の主張を取り上げ、それを嘲笑したり、抑圧する者に向けて投げ返すこと。ユダヤ教研究に由来する表現。
 〔従ってヨシュア記には、アッシリアとその神々に対するヤハウェの優位性を確認する論争的なメッセージがある。だが、このメッセージを展開するには、ヤハウェをアッシュルと同じように残忍で好戦的な神として描くという代償が伴った。〕
 
●商取引(p162)
 聖書のテクストが書かれた時代、婚姻とは恋愛によるものではなく、二つの家族ないし氏族の間で行われる商取引であった。
 姦淫の禁止は性倫理を第一の目的とした規定ではなく、法的な問題だった。古代の中近東では、妻をめとることは彼女を「所有」することだった。したがって、姦淫とは別の男性の「所有」を侵害する行為である。
 姦淫の被害者となる事に対する恐怖は、血統の重要性からも説明できる。血統は最大の関心事だった。子どもは、女性と夫との間に生まれた者でなければならなかった。そうでなければ家族や氏族の継続性を保証できない。この不安を解消するため、ユダヤ教は後に母系、すなわち母親の祖先をたどる考え方を採用した。
 
(2023/2/9)NM
 
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教養としての仏教思想史
 [哲学・心理・宗教]

教養としての仏教思想史 (ちくま新書)
 
木村清孝/著
出版社名:筑摩書房(ちくま新書 1618)
出版年月:2021年12月
ISBNコード:978-4-480-07430-0
税込価格:1,265円
頁数・縦:395p. 19p・18cm
 
 放送大学用のテキスト『仏教の思想』(放送大学教育振興会、2005年)を改訂・補筆。
 
【目次】
第1章 仏教の成立
第2章 部派仏教の展開
第3章 仏教の革新―大乗仏教
第4章 中観派とその思想
第5章 瑜伽行派の形成と展開
第6章 大乗から密教へ
第7章 テーラヴァーダ仏教の伝統
第8章 仏教東漸―中国仏教の形成
第9章 「新仏教」の展開
第10章 韓国(朝鮮)の仏教
第11章 日本仏教の濫觴
第12章 平安仏教の形成と展開
第13章 「鎌倉新仏教」の出現
第14章 近世・近代の日本仏教
第15章 仏教の現在と未来
 
【著者】
木村 清孝 (キムラ キヨタカ)
 1940年生まれ。仏教学者、僧侶、専攻は華厳思想を基にした東アジア仏教研究。曹洞宗龍宝寺(函館市)住職、(公財)仏教伝道協会会長、東京大学名誉教授。東京大学大学院博士課程満期退学。文学博士。東京大学文学部教授、国際仏教学大学院大学教授・学長、鶴見大学学長等を歴任。
 
【抜書】
●ラーフラ(p17)
 ゴータマ・シダッタ(ガウタマ・シッダールタ。BC566-486あるいはBC463-383)は、釈迦族の国の王子として生まれた。父はスッドーダナ(浄飯王:じょうぼんのう)、母はマーヤー(摩耶夫人:まやぶにん)。母はゴータマを生んで1週間後になくなり、母の末の妹のマハーパジャーパティーが養育に当たった。
 16歳でヤソーダラー(耶輪陀羅:やしゅだら)と結婚し、息子ラーフラをもうけた。他に二人の妃があったともいう。
 
●スジャータ(p21)
 ゴータマは、6年(または12年)の苦行の末、修行を放棄し、垢まみれになった体をガヤーの町の近くを流れるネーランジャラー河(尼連禅河〈にれんぜんが〉)の水で清め、スジャータという若い娘から乳粥などの供養を受けて衰弱した体の回復に努めた。
 スッドーダナ王の命令で彼に付き従っていた5人の比丘たちは、「ゴータマは贅沢になり、そのため修行に努めることから離れてしまった」と考え、遠くへ去ってしまった。
 
●十二縁起(p24)
 「無明(むみょう:無知)によって行(ぎょう:意思作用)が生じ、行によって識(識別作用)が生じ、識によって名色(みょうしき:認識されたものとしての名称と形態)が生じ、名色によって六入(ろくにゅう:六つの感覚・意識機能)が生じ、六入によって触(そく:接触)が生じ、触によって受(じゅ:感覚作用)が生じ、受によって愛(愛着)が生じ、愛によって取(しゅ:執〈とら〉われが生じ、取によって有(う:生存)が生じ、有によって生(しょう:出生)が生じ、生によって老いと死と、愁いと悲しみと苦しみと憂さと悩みが生じる。このようにして、この苦しみの集合がすべて現れる。
 しかし、まさしく貪りを離れて無明が消滅すれば、行が消滅する。行が消滅すれば、識が消滅する。識が消滅すれば、名色が消滅する。名色が消滅すれば、六入が消滅する。六入が消滅すれば、触が消滅する。触が消滅すれば、受が消滅する。受が消滅すれば、愛が消滅する。愛が消滅すれば、取が消滅する。取が消滅すれば、有が消滅する。有が消滅すれば、生が消滅する。生が消滅すれば、老いと死と、愁いと悲しみと苦しみと憂さと悩みが消滅する。」
 
●四諦、八正道、十二縁起(p28)
 基本的なゴータマの教説は、四諦・八正道・十二縁起。
 さらに、我々人間という存在を五蘊の集合体とみて、それらに対するとらわれを捨てよと説いた。
 四諦……四つの真理。苦諦(くたい:苦しみの真理)、集諦(じったい;苦しみの原因の真理)、滅諦(めったい:苦しみの消滅=安らぎの真理)、道諦(どうたい:安らぎに至る道の真理)。
 八正道……中道の内容。
  正見(しょうけん:正しい見方)
  正思(しょうし:正しい考え)
  正語(しょうご:正しい言葉)
  正業(しょうごう:正しい行い)
  正命(しょうみょう:正しい生活)
  正精進(しょうしょうじん:正しい努力)
  正念(しょうねん:正しい注意)
  正定(しょうじょう:正しい瞑想)
 五蘊……人間の存在に備わる要素。色( しき:物質)、受(感受作用)、想(表象作用)、行(ぎょう:意思)、識(認識作用)。 
 
●対機説法(p32)
 相手の性質・能力に応じて、教えを説くこと。
 
●結集(p45)
 結集(けつじゅう)……ゴータマがなくなった後、弟子たちが集まって、バラバラだった教えと修行上の約束をまとめた。それまで、対機説法ゆえにゴータマの教えはバラバラだった。前後4回行われた。
 第1回目の結集は、高弟のマハーカッサパ(摩訶迦葉〈まかかしょう〉、大迦葉)によって招集され、ラージャガハ(ラージャグリハ、王舎城)郊外の七葉窟〈しちようくつ〉で開かれた。500人の比丘が集まり、アーナンダ(阿難、阿難陀)とウパーリ(優婆離〈うぱり〉)を中心に、ゴータマの教えである「経(スッタ、スートラ)」と、教団に属する者たちの約束である「律(ヴィナヤ)」の編纂が行われた。
 経……所伝に応じて最終的に五つの「ニカーヤ(部類)」、あるいは五つの「阿含(アーガマ:伝承されたもの)」に分類された。また、教説の内容から九部経(九分教)、あるいは十二部経(十二分教)に分類された。
 
●根本分裂、枝末分裂(p47)
 2回目の結集は、ゴータマの没後100年の頃にヴァーサーリー(毘舎利〈びしゃり〉)において700人の比丘を集めて開催された。律のいくつかについて議論された。
 主なものは……。
 (1)前日に布施された塩を保存しておいて、次の日に使ってよいか。
 (2)病気のときに酒を飲んでも良いか。
 (3)信者から布施された金銭を受け取ってよいか。
 すべて「非事(正しくないこと)」と判定された。
 一部の比丘たちはこの判定に承服せず、独自のグループを結成した。大衆部(だいしゅぶ:マハーサンギカ)。保守・伝統派の上座部(テーラヴァーダ)と分裂。
 両派は、その後数百年の間にさらに分裂・分派を繰り返す。これを総称して「枝末分裂〈しまつぶんれつ〉」と呼ぶ。
 枝末分裂……大衆部は、百年の間に一説部など三派が分立し、分派がさらに進んで合計九派になった。上座部は数百年間は統一を保っていたが、まず説一切有部(説因部)と本上座部(雪山部〈せつざんぶ〉)に分かれ、さらに200年ほどの間に六次にわたって分裂が起こり、結局11部になった。ヴァスミトラ(世友)『異部宗輪論〈いぶしゅうりんろん〉』による。
 
●六波羅蜜(p62)
 波羅蜜(パーラミター)とは、究極的実践のこと。大乗経典最初期の『六波羅蜜経』にて説かれた。
 《六波羅蜜》
  ① 布施……困難や苦悩を抱える衆生に、執着心を離れて財物を与えること。教えを説き伝えること。
  ② 持戒……正しい生活の規範をしっかりと守ること。
  ③ 忍辱〈にんにく〉……悪口などに対して怒らず、耐え忍ぶこと。
  ④ 精進……勇気をもって、悪から離れ、善を行う努力をすること。
  ⑤ 禅定……心を静め、統一し、安定させること。
  ⑥ 般若……ブラジュニュアー。根本の智慧のことで、物事の本質をありのままに正しく観察し、理解すること。
 般若波羅蜜を菩薩の実践の根幹とみなして登場したのが、一群の般若経典である。
 
●パンチェン・ラマ(p134)
 チベットでは、8世紀頃、最終段階に達しつつあった大乗仏教を受容した。
 17世紀以降、チベットは観音菩薩の化身といわれるダライ・ラマが宗教と政治の中心の座を占める政教一致の体制をとる。中国の「解放」によってこの体制は崩壊し、ダライ・ラマ14世は、1959年にインドに亡命。インド北部のダラムサーラに逃れる。
 1965年、チベットの地は中国の西蔵〈せいぞう〉自治区となる。
 ダライ・ラマに次ぐ地位として、パンチェン・ラマがいる。無量光仏〈むりょうこうぶつ〉の化身とされる。ダライ・ラマ14世が認定した11世が、1995年、突然行方不明となる。別に中国政府が指名した人物が、2021年現在、パンチェン・ラマとして活動している。
 
●テーラヴァーダ(p141)
 上座部(小乗仏教)のことを、本来はテーラヴァーダ仏教という。タイやスリランカの仏教。欧州や米国でも布教活動が行われており、一定の土着化を果たしている。
 テーラヴァーダとは、「長老の教え」の意味。ゴータマの時代からの伝統を大切にしつつ現代まで続いている。
 
●尼僧(p242)
 敏達天皇6年(577年)、百済の威徳王は、日本の使者に託して、経論若干と律師、禅師、比丘尼、呪禁師〈じゅごんし〉、造仏工、造寺工の6人を送った。その2年後、新羅も調(貢物)とともに仏像を献上した。
 同13年(584年)、蘇我馬子は、ある帰化人から弥勒の石像と、佐伯連が所有していた仏像一体を請い受けて祀り、還俗していた高麗の僧・恵便〈えびん〉を探し出させ、この僧を師として司馬達等の娘、嶋と二人の女性を得度させ、法会を行った。嶋は出家して善信尼と称した。
 『日本書紀』による。日本で最初の出家者は女性だった。
 司馬達等……しばたっと。達止とも。中国より、継体天皇16年(522年)に来朝。大和国坂田原に草堂を結んで仏像を安置し、礼拝した。『扶桑略紀』による。
 
●戒壇(p257)
 天平勝宝5年(753年)、中国揚州の大明寺〈だいめいじ〉の僧、鑑真が来日。律宗。精力的に戒律思想の普及と授戒儀礼の定着に努める。日本でも、正規の僧尼が誕生することになる。
 その後、下野と筑紫にも律宗の戒壇ができる。
 最澄の請願によって、弘仁13年(822年)、天台宗の授戒が公認され、比叡山にも戒壇院が設けられた。
 
(2023/2/6)NM
 
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