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言語の七番目の機能
 [文芸]

言語の七番目の機能 (海外文学セレクション) 
ローラン・ビネ/著 高橋啓/訳
出版社名:東京創元社(海外文学セレクション)
出版年月:2020年9月
ISBNコード:978-4-488-01676-0
税込価格:3,300円
頁数・縦:478p・20cm
 
 ジャック・バイヤール警部と若き記号学者シモン・エルゾグ以外の主な登場人物のほとんどが実在の人物という、知的興奮に満ちた難解な謎解きミステリー。というのも、登場人物たちがロラン・バルト、ミッシェル・フーコー、フィリップ・ソレルス、デリダ、ジュリア・クリステヴァ、フンベルト・エーコといった、現代思想、現代文学の巨匠たちなのである。記号学的な言説、独白、会話などの部分が、当人たちの口から本当に出てきたのではないかと思わせるような、意味不明である。まさにバルト的な、小説。
 それにしても、巨匠たちの破廉恥な行動も随所に描かれており、名誉棄損で訴えられなかったのか心配になる。巻末の解説によると、大丈夫だったようであるが。
 また、二人の日本人の素性が気になる。その謎は解き明かされなかったような……。それとも、見落としか?? その点を確認するために読み返す気力はもはや残っていない。
 
【著者】
ビネ,ローラン (Binet, Laurent)
 1972年パリ生まれ。パリ大学で現代文学を修め、兵役でフランス語教師としてスロヴァキアに赴任、その後、パリ第三大学、第八大学で教鞭を執る。『HHhH―プラハ、1942年』でゴンクール賞最優秀新人賞、リーヴル・ド・ポッシュ読者大賞を受賞。わが国においても、本屋大賞・翻訳小説部門第1位、Twitter文学賞海外部門第1位となるなど話題を呼んだ。『言語の七番目の機能』は、アンテラリエ賞、Fnac小説大賞を受賞。次作のCivilizationsはアカデミー・フランセーズ小説大賞を受賞した。
 
高橋 啓 (タカハシ ケイ)
 1953年北海道生まれ。翻訳家。早稲田大学文学部卒業。
 
【抜書】
●ラ・ロシュフーコー(p89)
 ロラン・バルト最期の瞬間の描写。
〔 ラ・ロシュフーコーはいい、なんといっても。いずれにしろ、バルトは『箴言集〈マキシム〉』に多くを負っている。ラ・ロシュフーコーは早すぎた記号学者だった。われわれの行動の徴候〈シーニュ〉のなかに人間の魂を読み解くことができたという意味で……。フランス文学における大貴族、それ以外の何物でもない……。バルトは、テュレンヌ元帥の砲火に追われ、サン=タントワーヌ街の堀をコンデ公とともに馬で進む誇らしげなマルシヤック公(ラ・ロシュフーコー)の姿を思い描いている(フロンドの乱)。もちろん、ついにその日が来たかなどとつぶやきながら……。〕
 
(2024/1/28)NM
 
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ザ・パターン・シーカー 自閉症がいかに人類の発明を促したか
 [医学]

ザ・パターン・シーカー:自閉症がいかに人類の発明を促したか
  
サイモン・バロン=コーエン/著 篠田里佐/訳 岡本卓/監訳 和田秀樹/監訳
出版社名:化学同人
出版年月:2022年11月
ISBNコード:978-4-7598-2089-8
税込価格:2,640円
頁数・縦:312p・19cm
 
 偉大な発明者の脳に宿るシステム化メカニズムについて、自閉症との関係も含めて多角的に論じる。
 本省の要点は以下の通り(p.22)。
 1.唯一、ヒトは脳に特殊なエンジンを持つ。これは、システムの最小定義である、if-and-thenパターンを探索するものだ。私は、脳に存在するこのエンジンを「システム化メカニズム」と呼ぶ。
 2.システム化メカニズムは、7万年前~10万年前という人類の進化における特筆すべき時期に出来上がった。このとき、最初のヒトは、それまでの動物や現在のヒト以外の動物には成しえなかった方法で複雑な道具を作り始めた。
 3.システム化メカニズムの獲得によって、この惑星上でヒトだけが、科学、および技術を極めることができ、他のすべての種を凌駕することになった。
 4.システム化メカニズムは、発明者、STEM分野(科学、技術、工学、数学)の人びと、そしていかなるシステムであれ完璧を目指す人びと(ミュージシャン、職人、映画製作者、写真家、スポーツマン、ビジネスマン、弁護士など)のマインドのなかで、超高度なレベルに調整されている。こうした人びとは、正確さや細部にこだわらずにはいられない「高度にシステム化するマインド」を持ち、システムがどのように機能し、どのように構築され、そしてどのように改良されるのかを解明せずにはいられないのだ。
 5.システム化メカニズムは、自閉症マインドでも、非常に高く調整されている。
 6.最新の科学によれば、システム化能力は一部遺伝性を持つ。つまり、自然淘汰の影響を受けた可能性が高いのだ。自閉症の人たち、STEM分野の人たち、その他のハイパー・システマイザー(高度にシステム化するマインドを持つ人)たちは、その遺伝子を共有している、というとんでもないつながりを持つことになる。
 
【目次】
第1章 生まれながらのパターン・シーカー―アル(エジソン)の幼少時代
第2章 システム化メカニズム
第3章 5つの脳のタイプ
第4章 発明家のマインド
第5章 ヒトの脳に起きた革命
第6章 システム・ブラインドネス―なぜサルはスケートボードをしないのか?
第7章 巨人の戦い―言語vs.システム化メカニズム
第8章 シリコンバレーの遺伝子を探る
第9章 未来の発明家を育てる
付録1 SQとEQでわかるあなたの脳タイプ
付録2 AQでわかる自閉特徴の値
 
【著者】
バロン=コーエン,サイモン (Baron-Cohen, Simon)
 ケンブリッジ大学心理学・精神医学教授、自閉症研究センター所長。600本を超える科学論文を発表した自閉症研究の第一人者。三つの有力な学説、「マインド・ブラインドネス理論」「出生前性ステロイドホルモン理論」「共感‐システム化理論」を提唱。1999年、英国初のアスペルガー外来を開設、1000人以上の患者の診療に携わってきた。2017年、国連で基調講演者として自閉症啓発を行った。
 
篠田 里佐 (シノダ リサ)
 愛し野内科クリニック事務長・心理相談員。東京学芸大学卒業。ロンドン大学大学院修了。医学博士、教育神経科学修士、教育学修士。国立国際医療センター研究員、理化学研究所脳科学研究センター研究員などを経て現職。
 
岡本 卓 (オカモト タカシ)
 愛し野内科クリニック・院長。東京大学医学部卒業。東京大学病院、ハーバード大学医学部講師などを経て現職。医学博士。論文Cell他多数。
 
和田 秀樹 (ワダ ヒデキ)
 国際医療福祉大学特任教授・精神科医。東京大学医学部卒業。東京大学病院、アメリカ・カールメニンガー精神医学校国際フェローなどを経て現職。医学博士。
 
【抜書】
●過読症(p11)
 ハイパーレクシア。識字障害(ディスレクシア)の反対。
 過剰に読書する傾向?
 
●システム化メカニズム(p26)
 システム化メカニズムは4段階からなり、これらを総称して「システム化する(システマイジング)」と呼ぶ。
 第一段階 質問をする。「どうして?」「どうやって?」「なに?」「いつ?」「どこで?」
 第二段階 if-and-thenパターンで仮説を立てることによって質問に答える。何がある事象(インプット)を異なる事象(アウトプット)に変えてしまった可能性があるのかを探索する。
 第三段階 if-and-thenパターンをループの中で検証する。再現性を見極める。
 第四段階 あるパターンを発見したとき、このパターンに修正を加え、ループの中で検証を繰り返す。最初のif-and-thenパターンを分解し、ifとand両方、あるいはifかandに修正を加え、thenの変化を確認する。
 
●五つの脳のタイプ(p72)
 システム化指数(SQ)と共感指数(EQ)のスコアによって、人間の脳は五つのタイプに分かれる。
 エクストリームE型……共感力は超高度である一方、システム化能力は平均以下。女性の3%、男性の1%。
 E型……共感力が高く、システム化するのが苦手。全体の約三分の一、女性の40%、男性の24%。
 B型……バランスの取れたタイプ。共感力とシステム化能力の両方が同レベル。全体の約三分の一、女性の30%、男性の31%。
 S型……システム化を重視する一方で、共感力が低いタイプ。全体の約三分の一、女性の26%、男性の40%。
 エクスリームS型……システム化能力は超高度である一方、共感力は平均以下。男性の4%、女性の2%。
 
●エジソン人形(p120)
〔 エジソンの共感力がごく限られていたことを表すいくつかのエピソードがある。例えば彼の実験によって成し遂げられた数々の発明の中には、単純に誰も必要を感じていないものもあった。エジソンは、いつも孤独、かつ強迫観念的な状況に身を置いていたので、他人が何を欲しいと思っているかなど、察することができなかったのである。その一つにおしゃべりをするエジソン人形の発明がある。子どもたちはこの人形にまったく興味を示さなかった。エジソンは、子どもたちが楽しめるものなのかどうか試そうと実際に子どもたちを使って調べようともしなかったのだ。エジソン人形が童謡を歌うのも聞くためにはハンドルを回さなければならず、別の童謡を聞くには、いったん人形を開けて小さな蓄音器レコードを別のレコードに入れ替えるといった、とても面倒な作業を要したのだ。
 ほどんどの子どもは同じ童謡を何度も聞けばすぐに飽きてしまうと、親なら誰でもエジソンにアドバイスができただろう。しかし、エジソンは、子どもの好き嫌いといった感情をチェックしていなかった。つまり、彼らの反応を予測していなかったのだ。さらにエジソンは、レコードの交換方法を学ぶために、子どもたちには我慢強さが要求されるということも予想していなかった。高音で単調な人形の声は、魅力的なものではなく、気味が悪いとさえ受け取られることすら察しえなかった。こうしたエピソードはすべて、エジソンが相手の気持ちを想像しなかった――認知的共感力が低かった――という証拠だろう。この人形制作は商業的には大失敗に終わったことは驚きではなかった。店頭に配送された2千500体の人形のうち、販売されたのは500体だけで、数週間で生産終了となったのである。〕
 
●6σ(p124)
 シックスシグマ。平均値から6標準偏差という極端に外れた値。
 機械的なシステムを繰り返し使用した場合、99.999966%に欠陥を認めないこと。欠陥が発生しうる機会は100万回のうち3回か4回。
 
●神経多様性(p221)
 ニューロ・ダイバーシティ。生来の脳の型は多数ある、という考え方。
 〔知的障がいがなく、ハイパー・システム化能力を持つ自閉症の人のマインドは、進化を遂げ、神経多様性に富んだ脳を持つに至った。これは多数ある生来の脳の型の一つとして捉えられる。自閉症の人や、自閉症の確定診断には至らないハイパー・システマイザーは、多くの中のたった一つの脳の型を表しているにすぎず、彼らを取り巻く環境次第で、抜きんでる力を発揮したり、もがき苦しんだりするかもしれないのだ。〕
 
●スペシャリスタナ社(p225)
 自閉症の人が能力を発揮できる職場環境づくりに積極的に取り組んでいるデンマークの企業。自閉症の人だけを雇用する。
 創業者はトーキル・ソンネ。自身もハイパー・システマイザーであり、自閉症の息子がいた。
 自閉症の人にやさしい面接方法を開発。例えば、レゴでロボットを作る、など。
 
●9900部隊(p229)
 イスラエル軍の特殊部隊。自閉症の志願兵で構成され、彼らの細部に及ぶ優れた注意力とパターン探索の才能を、軍のニーズに適用。
 例えば、人工衛星によって撮影された地球の画像から、異常なパターンを検出する、など。定型ではない形や色、動きを検出し(if)、周囲の環境と異なっている(and)ならばテロに関する物体の可能性がある(then)。
 
(2024/1/25)NM
 
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賃金の日本史 仕事と暮らしの一五〇〇年
 [歴史・地理・民俗]

賃金の日本史: 仕事と暮らしの一五〇〇年 (575) (歴史文化ライブラリー 575)
 
高島正憲/著
出版社名:吉川弘文館(歴史文化ライブラリー 575)
出版年月:2023年9月
ISBNコード:978-4-642-05975-6
税込価格:2,200円
頁数・縦:309p・19cm
 
 古代から近代にかけて、主に職人の賃金の歴史を詳述する。
 政府発表の統計資料などない時代の、数量経済史の難しさについてもおおいに語る。
 
【目次】
歴史にあらわれた賃金―プロローグ
古代 日本の賃金のはじまり
 神話と貨幣
 古代の労働者たち
 律令官人の仕事と生活
 古代の格差
 銭の使い方
中世 職人の誕生とその時代
 浸透する銭貨
 職人の時代
 中世職人の賃金
近世 都市化の進展と職業の多様化
 近世都市の労働者たち
 都市に生まれた職業
 災害と賃金
 賃金に関係するもの
 長期の賃金を概観する
 新しい賃金史研究
近代へ
 変化する職人たち
 工業化のなかで
近代の職人はどのように描かれたのか―エピローグ
 
【著者】
高島 正憲 (タカシマ マサノリ)
 1974年、大阪府に生まれる。現在、関西学院大学経済学部准教授、博士(経済学)。
 
【抜書】
●頴稲(p30)
 えいとう。
 稲首で刈り取って稲穂が付いた状態の稲。布などと同じく、古代の日本では貨幣として流通していた。
 
●金属貨幣(p33)
 古代日本では、7世紀後半には金属貨幣が造られていた。
 『日本書紀』天武12年(683年)三月乙酉条、『続日本紀』文武3年(699年)十二月庚子条に、銭貨を作るための鋳銭司〈じゅせんし〉が設置されたという記録がある。
 1998年には、奈良県飛鳥池遺跡から、富本銭が鋳型などのさまざまな鋳造用語(ママ。用具?)とともに出土。
 
●律令官人の給与(p62)
 古代の律令官人に与えられる給与は、律令のうちの令によって詳細に定められた規程により、位階(身分的給与)と官職(職務的給与)それぞれに対して支給された。
 禄……絁〈あしぎぬ〉、糸、布などの現物を原則とする。支給の大部分を占める。
 禄以外に、位階・官職に応じて田地(位田、職田)、封戸(位封、職封)が支給された。
 
●中世の職人(p100)
 賃仕事……道具のみで原材料を持たず、注文と同時に原材料を与えられて、製品の制作・加工に従事し、その労働に対して報酬=賃金を得る仕事。おもに建物建築や高級品の注文に対する仕事。
 代金仕事……道具の他に原材料も持ち、消費者の注文の有無にかかわらず、製品を制作・加工し、完成品を商品として販売する仕事。主として日常的な手工業品の制作・販売。
 
●100文(p122)
 中世の京都の大工の賃金は、長い期間100~110文であった。14世紀後半から16世紀後半のデータより。
 
●大坂城(p145)
 豊臣秀吉は、織田信長と10年にわたる争いを繰り広げた石山本願寺の跡地に大坂城を建設した。
 大坂夏の陣(1615年)で焼け落ちた後、その地に徳川幕府によって新たに大坂城が造られた。
 
●猫の蚤取り(p159)
 江戸時代には、猫の蚤取り、耳垢とり、掃除屋、親孝行、すたすた坊主など、珍妙な職業があった。
 猫の蚤取り……猫をお湯をかけて洗い、濡れた身のまま狼の皮をかぶせ、蚤をそちらに移動させる。その皮を振るって蚤をはらう。『西鶴織留〈さいかくおりどめ〉』(元禄7年、1694年)。
 親孝行……「張りぬきの男人形を胸につり、衣服二つを上下に着し、手足も張りぬきを用ひ、孝子父を負ふに扮す」。『守貞謾稿』。
 すたすた坊主……願人〈がんにん〉坊主を装う乞食。人家や商店の入り口で歌い踊り、金品を受け取る。裸で縄の鉢巻き・蓑のついたしめ縄の腰巻、片手に扇や錫杖という出で立ち。
 
(2024/1/24)NM
 
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なぜ中国は台湾を併合できないのか
 [社会・政治・時事]

なぜ中国は台湾を併合できないのか
 
福島香織/著
出版社名:PHP研究所
出版年月:2023年9月
ISBNコード:978-4-569-85554-7
税込価格:1,870円
頁数・縦:388p・19cm
 
 大陸中国との関係を中心に、台湾の現代政治史を綴る。
 2024年台湾総統選挙の背景に関する理解が進む1冊。
 
【目次】
序章 台湾のコロナ対策はなぜ成功したのか
第1章 台湾民主化という「奇跡」
第2章 民進党政権が定着させた「台湾アイデンティティ」
第3章 蔡英文政権の変貌
第4章 2024年の総統選挙と台湾の未来
第5章 習近平「一つの中国」の失敗
 
【著者】
福島 香織 (フクシマ カオリ)
 ジャーナリスト・中国ウォッチャー・文筆家。1967年、奈良市生まれ。大阪大学文学部卒業後、産経新聞社に入社。上海・復旦大学に業務留学後、香港支局長、中国総局(北京)駐在記者、政治部記者などを経て2009年に退社。以降はフリージャーナリストとして活躍。ラジオ、テレビでのコメンテーターも務める。
 
【抜書】
●野百合学生運動(p106)
 1990年3月16日、台湾大学の周克任、何宗憲、楊弘任ら9人の学生たちが、集会やデモを禁止されている博愛特区、中正祈念堂前の広場で、万年国会(国民大会)の解散を求める座り込みを始めた。
 17日夕には、座り込みが200人に達した。18日には、全国から学生たちが集まり、数千人の規模に。
 
●独裁から民主化(p117)
〔 台湾の民主化はいくつもの奇跡が重なっている。だが、最大の奇跡は、専制体制の中で順調に出世し、ついに独裁的権力を手に入れた男が、自らの独裁的権力を使い、独裁体制を打ち壊し民主化を進めようとしたことだろう。〕
 李登輝のこと。
 
●TAIWAN(p140)
 2002年、台湾正名運動が起こる。中華民国ではなく台湾を正名とする運動。在日台湾人の外国登録証明書の記載も、中国(昭和27年以来)から「台湾」に変更させることを目指した。
 2003年9月1日より、中華民国パスポートにTAIWANと付記されるようになった。台湾アイデンティティ、台湾ナショナリズムが広く浸透。
 2009年7月、日本も在日台湾人の外国人登録証明書の記載を「中国」から「台湾」に変更。
 
●92年コンセンサス(p180)
 1992年、共産党と国民党双方の中台窓口で非公式に口頭で確認された「一つの中国」原則。
 それぞれが「一つの中国」の解釈を述べることができるという認識を共有しているということで、これを中国語で「一中各表」と表現している。
 
●歴史教科書(p190)
〔 陳水扁政権時時代の歴史教科書では、台湾の日本統治時代については、日本が台湾の近代化に取り組んだ事業については肯定的な評価が行われている。ちなみに戒厳令下の国民党独裁政権時代の歴史教科書では中華民国の歴史によって万里の長城や長江については教えられても、17世紀初頭にスペインが建てた紅毛城の成り立ちは教えられなかった。日本統治時代の歴史が義務教育で教えられるようになったのは李登輝政権誕生以降だ。陳水扁政権8年の間に、チャイニーズでなくタイワニーズという意識は大きく広まった。〕
 
●産経新聞台北支局(p196)
〔 文化大革命のときに、世界中の新聞社が文革は素晴らしい革命であると絶賛していた中で、『産経新聞』が文革の本質は権力闘争であると報じたために、特派員・柴田穂〈みのる〉は強制退去処分となり、以降、産経新聞記者は中国入国禁止となった。代わりに台湾・台北に支局を置くことができた。中国は北京に支局を置いている新聞・通信社に対し、同時に台湾に支局を置くことは許さなかったので、産経は長らく台北に存在する唯一の日本新聞社だった。〕
 
●天然独立(p370)
 独立宣言などしなくても、独立した民主主義国、台湾人のアイデンティティを持つタイワニーズの国となること。
 
●統一の大義(p371)
 中華民国を樹立した国民党が消滅したり、党是から92年コンセンサスや一中原理を消してしまったら、中華民国の意味も変わる。
 中国にとっては、国共内戦の相手がいなくなり、和平統一の選択肢、統一の大義がなくなる。
〔 統一の大義がないならば、中国の選択肢としては統一を放棄するか、武力統一という名の侵略を行うかの二択しかない。中国・習近平政権が統一の選択肢を放棄すれば、それは体制の崩壊につながりかねないのだから、武力統一、台湾侵攻の選択肢しか残されない。〕 
 
●中国朋友圏(p374)
〔 好むと好まざるとにかかわらず、今後の国際社会は、よりはっきりと西側自由主義陣営と中国朋友圏陣営の対立という新冷戦構造のかたちになっていくだろう。〕
 
●日本に統一(p377)
 米軍事顧問団で資材管理をしていた台湾人の「黄」老人の意見。
 「台湾は日本に統一されるべきだ。日本はそうする責任があるはずだ」
 「馬関条約(下関条約)ではっきりと台湾、澎湖諸島は日本に割譲された。だがサンフランシスコ条約で日本国は、台湾および澎湖諸島に対するすべての権利、権限及び請求権を放棄する、としたが、では台湾がどこに帰属するかは明確にしていない」
 「日本は台湾の主権を放棄したが、誰に譲るとは決めていない。宙ぶらりんのままだ。だから台湾の帰属問題に関してまだ日本には発言権があるはずだ。日本が放棄した権利を取り戻すことだってできるはずだ」 
 
(2024/1/22)NM
 
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光明皇后 平城京にかけた夢と祈り
 [歴史・地理・民俗]

光明皇后 - 平城京にかけた夢と祈り (中公新書)
 
瀧浪貞子/著
出版社名:中央公論新社(中公新書 2457)
出版年月:2017年10月
ISBNコード:978-4-12-102457-2
税込価格:968円
頁数・縦:282p・18cm
 
 聖武天皇との関わりを中心に、光明皇后(光明子)の生涯をたどる。
 
【目次】
第1章 父不比等と母三千代
第2章 父、逝く
第3章 皇太子の早世
第4章 母の死
第5章 四兄弟の急死
第6章 夫との別れ
第7章 娘への遺言
 
【著者】
瀧浪 貞子 (タキナミ サダコ)
 1947年、大阪府生まれ。1973年、京都女子大学大学院文学研究科修士課程修了。京都女子大学文学部講師等を経て、1994年、同大学文学部教授。現在、京都女子大学名誉教授。文学博士(筑波大学)。専攻は日本古代史(飛鳥・奈良・平安時代)。
 
【抜書】
●変成男子(p110)
 へんじょうなんし。男子に生まれ変わり、仏になること。
 仏教では女性は成仏できないとされているが、『法華経』では、変成男子を説いたので、女性の信仰を集めた。
 『金光明最勝王経』でも同様の教えが説かれ、後宮の女性から注目された経典である。
 
●大養徳国(p131)
 天平9年(737年)12月27日、聖武天皇は「大倭国〈やまとのくに〉」の表記を改め、「大養徳国」とした。「大いに(天子としての)徳を養う」の意味。
 同年暮、猖獗を極めた天然痘がようやく沈静化したのを機に、国名表記を改めた。
 
●知識(結)(p153)
 知(智)識とは、仏の功徳にあずかるために浄財を喜捨すること。あるいは、喜捨した人を言う。
 河内国に知識寺があり、本尊は廬舎那仏。聖武天皇は、天平12年(740年)、光明子とともに礼拝した。この時の経験により、紫香楽での大仏造立には知識結を求めた。
 
●善信尼(p159)
 日本で最初に出家したのは善信尼という女性(尼)だった。6世紀後半。司馬達等〈しばたっと〉の娘の島、当時11歳。
 島が選ばれたのは、日本では神社に仕える巫女は純粋無垢な童女とされていたから。司馬達等(中国南梁の人)が故国から持参した仏像を人々は「大唐神〈おおからがみ〉」と称し、仏像は異国の「神」と認識されていた。そのため、出家第一号は僧ではなく、尼が選ばれた。
 そうした経緯があったので、国分寺とは別に国分尼寺が設けられた。
 
●尊号聖武(p197)
 「聖武」は諡ではない。生前出家して仏に帰依しているので、「更に諡を奉らず」と孝謙天皇が勅の中で述べている。
 諡(漢風諡号、和風諡号)のない天皇は、聖武が初めて。「三宝の奴」と称した聖武の強い遺志であった。
 天平宝字2年(758年)8月、孝謙天皇が仲麻呂に勧められて、聖武の偉業と徳を称え、「勝宝感神聖武皇帝」という尊号を追贈する。このうちの2字を取って「聖武」と呼ばれるようになった。
「勝宝感神」は天(神)をして黄金を出土せしめるに至った聖武の信仰心、「聖武」はいかなる賊臣をも屈服させる神聖な徳と武威、に由来する。
 
●改元(p247)
 淳仁天皇の即位には、不自然なことが多い。その一つが、即位後の代始め改元が行われていないこと。孝謙天皇時代の「天平宝字」をそのまま継承している。しかも、在位6年の間、一度も改元されていない。
〔 孝謙天皇が意図的に改元を拒んだ結果としか考えられない。納得したうえでの譲位でなかったことを示している。〕
 
(2024/1/18)NM
 
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最初の神アメノミナカヌシ 海人族・天武の北極星信仰とは
 [歴史・地理・民俗]

最初の神アメノミナカヌシ: 海人族・天武の北極星信仰とは
 
戸矢学/著
出版社名:河出書房新社
出版年月:2023年8月
ISBNコード:978-4-309-22892-1
税込価格:2,145円
頁数・縦:219p・20cm
 
 『古事記』では最初に登場する神であるのに、『日本書紀』には言及がないアメノミナカヌシ(実は一書第四に天御中主尊として出てくる)。その理由を、天武天皇の思想と事績とともに解き明かす。
 アメノミナカヌシノカミ(天之御中主神)とは、北極星であり、海人族の神であった。海人族の凡海〈おおあま〉氏に養育され、道教と陰陽道に精通した天武天皇(大海人〈おおしあま〉皇子)が、日本神話(古事記)に差し込んだ神なのである、という。
 
【目次】
第1章 北極星信仰の実相…海に生きる者に唯一の指針(北極星(北辰)の顕現
 神名の原理
 本居宣長の神名解釈
 ヤマト言葉の由来
 アメノミナカヌシを祭神とする神社
 北極星と道教
 伊勢に定着した「太一」
 北極星は海洋民族の指針
 星宮・星神社の系統
 北辰信仰
 記・紀に見える「星」
 宮中祭祀と北辰・北斗
 北極星と四方拝
 四神相応が解き明かす「北に君臨する神」
第2章 北極星が統合した呪術と科学…天武帝が企図した陰陽道国家(始めて占星台を興つ
 天武帝が目指したもの
 諱と海部
 飛鳥を拓いた渡米氏族・東漢氏
 乙巳の変と東漢氏
 神格化された天皇
 天文遁甲
 陰陽寮と陰陽道
 「八色の姓」が明示する古代日本の支配層
 皇別の実態
 「神別」の底力と「諸蕃」の実態
 陸の民の指針になった北極星
第3章 北極星の天下取り…坂東武者は関東平野を馬で泳ぐ(東照宮と陰陽道
 螺旋の呪術
 江戸の四神相応
 よみがえる「海人族の科学」
 二社一寺による江戸の守護
 坂東武者たちの北極星
 神道の起源
 幻の大和心
 復古神道の真相
 新たな蠢動
 「尾張神宮法案」廃案の真相
 尾張氏はなぜ〈剣〉を返納しなかったか
 「宇斯波久」が真相を解き明かす
 「うしはく」と「しらす」
 諡号に隠された真相
 真の「復古」とは
 
【著者】
戸矢 学 (トヤ マナブ)
 1953年、埼玉県生まれ。神道・陰陽道・古代史研究家、作家。國學院大学文学部神道学科卒。
 
【抜書】
●天武天皇の九大功績(p81)
 (1)「天皇」という尊号の創唱……道教の「天皇大帝〈てんおうだいてい〉」(北極星を意味する天の支配者)から天皇を採り、その論拠用法を記紀によって展開。
 (2)『古事記』と『日本書紀』の編纂を勅命。
 (3)三種の神器の制定……鏡は太陽(収穫)、勾玉は月(祭祀)、剣は武力(軍事)を象徴。
 (4)践祚大嘗祭を始めとする宮中祭祀の制定。
 (5)伊勢神宮を頂点とする国家神道の確立。
 (6)陰陽寮および占星台を設置。
 (7)宮都の選定および建設。
 (8)八色の姓の制定……真人(道教で、天の神の命を受けた地上の支配者。皇族のみ)、朝臣、宿禰(武人、少将。<おおね:大将)、忌寸、道師(技術者・技能者)、臣、連、稲置(地方官)。(p125)
 (9)飛鳥浄御原律令の制定。
 
●式年遷宮(p87)
〔 ここに天武天皇の計画の一つが「式年遷宮」という形で結実することになる。二十年に一度必ず実施するためには、少なくともそれ以前の数年間は準備に取り組まなければならない。そして二十年という年月は、おおよそ一世代に当たる。これを国家儀礼として定め置くことによって、日々継続的に神道教化活動をおこなわせることとなり、遷宮の際にはあらためて神道を国家国民の信仰として印象づけることができることになる。それが天武天皇の政策であろう。
 そしてこの時に、アマテラス神は日神(太陽神)になったのだと、私は推測している。それまでアマテラス神はヤマトの人々に信仰も崇拝もされてはおらず、氏神とする氏族も存在しない。しかし稲作を国家施策とする日本にとって、太陽崇拝こそは最もわかりやすい信仰対象である。天武天皇は、アメノミナカヌシ神(北極星崇拝)に続いて、アマテラス神(太陽崇拝)をここに打ち立てたのだ。
 勅命によって始まったこのシステムは、まことに示唆に富んでいる。天武天皇によって開始された「再生〈リフレッシュ〉による永続」は、その後の日本文化の根元の思想になった。〕
 
●淡海三船(p99)
 722-785年。
 天智天皇の直系、大友皇子の曽孫。現存最古の漢詩集『懐風藻』の選者。大学頭であり、文章博士であって、当時最高の知識人だった。
 神武天皇から元正天皇までの全天皇の漢風諡号は、淡海三船が一括撰進した。ただし、弘文と文武を除く。
 
●岩船(p113)
 『大和名所図会』に載る「益田岩船」が、天武天皇の設置した占星台(わが国最初の天文台)?
 岩船は高台にあり、飛鳥を見渡すことができる。
 この地域は東漢〈やまとのあや〉氏一族の拠点。天文を観測できる技術を有する人材は、東漢氏をおいて他にいなかった。
 
●諸蕃(p121)
 しょばん。
 『新撰姓氏録〈しんせんしょうじろく〉』、弘仁6年(815年)編纂。京を含む畿内全域に居住する有力氏族1182氏が列挙されている。
 (1)皇別……神武天皇以後、天皇家から派生した氏族。
 (2)神別……神武天皇以前の神代に生じた氏族。① 天神(ニニギが天孫降臨した際に付き従った神々の子孫)、②天孫(ニニギから三代の間に分かれた子孫)、③地祇(天孫降臨以前から土着していた神々の子孫)。
 (3)諸蕃……渡来人系の氏族。渡来して間もない人々。
  海人族〈あまぞく〉は、本来であれば諸蕃に当たるはずだが、古くに渡来して定住しており、日本各地で首長的氏族となって国造となり、地祇を奉斎することによって神別に組み込まれた。尾張氏、海部〈あまべ〉氏、紀氏、熊野氏、宇佐氏、など。彼らの一部は、渡来氏族であるにもかかわらず、信仰する氏神ともども「ヤマトの神々の子孫」として公式に列せられた。
 
●伏見稲荷大社(p137)
 通称「おいなりさん」。京都府京都市伏見区深草藪之内。
 祭神:宇迦之御霊〈うかのみたま〉大神。
 配祀:佐田彦大神、大宮能賣大神、田中大神、四大神。
 全国最多、4,000社ある神社「稲荷神社」の総本社。
 稲荷は、もともと「稲なり」で、農耕豊作の神。祭神の宇迦之御霊大神は、穀物とりわけ稲の神霊を意味するもので、典型的な弥生神。
 しかし、農耕には無縁の秦氏が信仰するようになって、また、都という土地柄もあって商業神に変貌した。
 
●文氏(p139)
 文〈ふみ〉氏(宿禰、忌寸など)は、最も古い漢系の帰化氏族。後漢霊帝の子孫を称する。秦始皇帝の裔と称する秦氏と並び称される。
 応神天皇時代に渡来し、朝廷に文筆で仕えた。
 阿知使主〈あちのおみ〉は、東漢氏の祖に。王仁〈わに〉は、西漢氏〈かわちのあやうじ〉の祖となった。
 
●日本神話のスタンダード(p146)
〔 日本人の神話観の歴史は、平安時代初頭から第一に『日本書紀』によって形成され、次いで『旧事紀(先代旧事本紀)』に影響されている。『古事記』が日本神話のスタンダードとされるようになるのは、この二書から大きく遅れて江戸時代も後半に入ってからのことで、もっぱら本居宣長の評価によるところが大きい。
 明治に入って『古事記』第一になるのも、国学者たちによる復古神道が維新の原動力の一つになったからで、いまでこそ『古事記』神話がスタンダードであるかのようになっているが、朝廷が『古事記』を秘匿したのは当然ながら理由あってのことだろう。しかしその理由が何なのかは今もって定説はない。〕
 
●縄文(p172)
〔 しかし実は、そのような万華鏡のような「神道」にも、不変の一貫する本質があって、「神道」を論ずるのであれば、そこにこそ焦点をあてなければならないだろう。それは、何かといえば、「縄文人の信仰(縄文時代の神信仰)」である。これこそが「随神道〈かんながらのみち〉」であって、古代より現代に至るまでのすべての時代の神道にも引き継がれている本質であり原形である。これに比べれば、社殿建築や儀礼祭祀などは二義的な要素にすぎない。そして、「かんながら」とは和訓であり、ヤマト言葉である。これに対して「しんとう」は漢語であり、漢音である。〕
 
●アメノミナカヌシ(p211)
〔 天皇なるものはすべて死すればアメノミナカヌシ神に統合される、というのが天武天皇が到達した思想である。したがって、地上に存する神社でアメノミナカヌシ神を祭神として祀るのは不敬であって、『延喜式』の「神名帳」にアメノミナカヌシ神を祀る神社がまったく見当たらないのは当然であろう。アメノミナカヌシ神の依り代(神体)は天に輝く北極星そのものであって、他にはありえない。だから、それを祭神とする神社が地上に存在することなどありえないのだ。
 ところが第一章で見たように、星神社を始めとする多くの神社に祀られている。その理由は、少なからぬ星神社がすでにあって、江戸時代になってからその祭神をアメノミナカヌシ神に変更したか、または追加合祀したものであるだろう。その罪深い所業をおこなわせた者は徳川家康と天海であろう。家康・天海は、アメノミナカヌシ神を我が物にしようとして失敗した。東照宮が維新によって激減したのはその証である。〕
 
(2024/1/12)NM
 
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海色の壜
 [文芸]

海色の壜 (双葉文庫)
 
田丸雅智/著
出版社名:出版芸術社
出版年月:2014年10月
ISBNコード:978-4-88293-471-4
税込価格:1,430円
頁数・縦:237p・19cm
 
 海を題材にした作品を主に集めたショートショート集。SFというか、独特の妄想的な内容が特徴。
 
【目次】
ふぐの恩返し
魚屋とぼく
ほくろ
月工場
年波
O型免許
壁画の人々
修正駅
部屋釣り
似豆
たまご顔
砂童子
アドネコ
夕暮れコレクター
ジンベノット
カーライフ
コンロ
海酒
 
【著者】
田丸 雅智 (タマル マサトモ)
 1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。11年12月、光文社文庫『物語のルミナリエ』に「桜」が掲載され作家デビュー。12年3月には、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。
 
(2024/1/9)NM
 
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図書館逍遙 新版
 [ 読書・出版・書店]

新版 図書館逍遙
 
小田光雄/著
出版社名:論創社
出版年月:2023年6月
ISBNコード:978-4-8460-2286-0
税込価格:2,200円
頁数・縦:228p・19cm
 
 図書館に関する論考を集めたエッセー集。2001年発行の旧版に、単行本未収録の3編を追加した。
 
【目次】
図書館大会の風景
ある国書館長の死
悪魔とよばれた図書館長
コミックのなかの図書館
発禁本図書館
亡命者と図書館
CIE図書館
山中共古と図書館
燃える図書館
円本と図書館
古本屋、限定本、図書館
大橋図書館
江戸時代の文庫
貸本屋と図書館
図書館員と批評家
菊池寛と図書館
私立図書館の時代
永井荷風と南葵文庫
砂漠の図書館
贈与としての図書館
財閥と図書館
ネモ船長と図書室
死者のための図書館
戦争と図書館
地震と図書館
図書館長とアメリカ社会学
SFと図書館
アニメーションのなかの図書館
図書館での暗殺計画
ハードボイルドと図書館
出版社と図書館
現代風俗の場所としての図書館
図書館の出版物1
図書館の出版物2
悪魔学と図書館
黒死館と図書室
探偵小説のなかの図書室
『嘔吐』と図書館
小学校と図書室
写真のなかの文学館
不思議図書館と幻想図書館の司書
図書館で書かれた小説
古書目録と図書館
移民の町の図書館
ホラー小説と図書館
実用書と図書館
図書館員の生涯を賭けた一冊
植民地と図書館
詩人と図書館
盲学校と点字図書館
松本清張と図書館
大きな図書館から小さな図書館へ
対談・昭和二〇年代生まれの回想―『古本屋散策』刊行を記念して
 
【著者】
小田 光雄 (オダ ミツオ)
 1951年、静岡県生まれ。早稲田大学卒業。出版業に携わる。『古本屋散策』(論創社)で第29回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。
 
【抜書】
●地獄棚(p14)
 澁澤龍彦「『地獄』棚の魅力」(『澁澤龍彦集成』第Ⅶ巻、桃源社)収録のエッセー。
 パリ国立図書館には公開禁止のエロティックな文学の並んでいる棚を「地獄」棚と称している。欧米の図書館には、「地獄」棚に類する書物がかなり所蔵されていて、それぞれ「アルカナ」(秘密の棚)、「デルタ」、「地獄の穴」、「宝物庫」と呼ばれているという。
 
●集古会(p24)
 「組織的研究を目的とする学会では無くして趣味を生命とする好事家の寄合」。明治29年に会誌『集古』を創刊、約50年、189冊が発行された。山中共古の主たる寄稿雑誌であった。
 山中共古……1850年生まれ。旧幕臣でメソジスト教会の牧師であり、牧師を引退してから青山学院の図書館に勤務し、図書館長として晩年を終えた。柳田國男によって日本民俗学の祖と仰がれ、柳田國男の初期の著作『石神問答』は山中共古との共著といってもいい。
 
●大惣(p47)
 尾張名古屋で明和4年創業、約150年間、明治32年廃業。
 全国一の貸本屋。名古屋府下の武士階級はもとより、町人の文庫として一般庶民にまで親しまれた。
 文化文政期の江戸の文人たちも出入りした。滝沢馬琴や十返舎一九もしばしば大惣を訪ねた。
 坪内逍遥も、少年時代に「恰も図書館代わりに」利用し、弁当持ちで通い、その蔵書をすべて読んでしまった。日本近代文学の揺籃の地?
 「ニ三代前から貸本を始め、家の掟として買ふことはあるも、決して売らぬ」ことによって、2万部以上に及んだ蔵書は、廃業後、その大部分は国会図書館、東大、京大図書館に納められた。
 
●上質な図書館員の知識(p49)
〔 図書館員、あるいは図書館司書であった経歴を持つ作家や批評家がいる。管理職としての図書館長ではなく、実際に現場の図書館員であったという体験は、彼らの小説や批評にどのように反映されているのだろうか。
 ひとつ例をあげれば、国会図書館員だった阿刀田高は、新書版のコラムニストとして出発した。その広範な雑学コラムはジャーナリズムにも、アカデミズムにもない上質な図書館員の知識の香りがあった。その後短編作家に転身し、ゲーテ文献収集家で粉川ゲーテ文庫の館長であった粉川忠をモデルにした『夜の旅人』(文春文庫)を書いた。元図書館員が収集家の私立図書館長を描いたことになる。〕
 
●私立図書館1,385館(p57)
 坪内善四郎『大橋図書館四十年史』によると、昭和13年、全国に私立図書館が1,385館あった。昭和17年頃には、官立、公立、私立を合わせて4千館の図書館があった(p41)。
 最大の成田図書館(明治34年創立、千葉市)には、11万冊を超える蔵書。
 南葵文庫は、紀州徳川家の蔵書を麻布飯倉の徳川頼倫の私邸に移して、明治35年に開庫、明治40年に新館を建設して一般への公開を開始。蔵書数は13万冊を超えていた。大正末期に東大図書館に蔵書を移贈し、その活動を閉じた。
 徳川頼倫……明治5年生まれ。紀州徳川家を継ぎ、学習院を卒業後、ケンブリッジ大学に留学、欧米の手図書館をつぶさに視察して帰国。明治41年に日本図書館協会初代総裁に就任、図書館事業に多大の貢献をなす。
 
●カーネギー(p68)
 鉄鋼王カーネギーは、米国全土に2,800余、米国以外の英語圏に300、図書館の建物と図書を寄贈した。特にピッツバーグはカーネギーの事業の発祥の地。
 1875年に、米国に公共図書館は188しかなかった。
 
●レーベンスボルン(p100)
 ドイツ語の「レーベン=生命」と、中世語の「ボルン=泉」の合成語。
 1931年、ナチスは純粋なアーリア系ドイツ人のために、ユダヤ人種族との混血から国民を守るというスローガンのもとに、「種族、植民総局(RuSHA)」を創設した。種族の健康、選別という手段による種族の改良、純血な人間のための結婚コントロール、国家施設内での子供の養育を目的としたレーベンスボルンを設置、を行った。
 レーベンスボルンは、ドイツだけでなく、ヨーロッパ各地に設置された。未婚の母たちが収容され、多くの子供たちが誕生し、育てられた。また、ヨーロッパ各地から何十万人もの子供たちが誘拐され、レーベンスボルンに収容された。
 〔人種改造の名のもとに、国を、親を、過去を失った子供たちは、戦後になってもヨーロッパをさまよっている。〕
 
●東京堂(p149)
 明治初年の出版業界は、江戸時代から続く書林組合によって形成されていた。
 書林組合仲間は、出版、仲間の出版の取次、小売り、古書の取り扱いも行っていた。出版、取次、新刊小売、古書売買の四つを兼ねていた。著者もまた兼業であり、著者、出版社、取次、書店、古本屋は分業化していなかった。
 明治20年代になって、博文館が取次の東京堂を設立。出版社・取次・書店という、近代出版流通システムを誕生させた。
 明治30年代になると、通称上野図書館が帝国図書館として開館、府立図書館として日比谷図書館が設立される。一方、南葵文庫、大橋図書館が開館し、私立図書館の時代を迎える。
 
(2024/1/8)NM
 
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武家か天皇か 中世の選択
 [歴史・地理・民俗]

武家か天皇か 中世の選択 (朝日選書1038)
 
関幸彦/著
出版社名:朝日新聞出版(朝日選書 1038)
出版年月:2023年10月
ISBNコード:978-4-02-263123-7
税込価格:1,870円
頁数・縦:254p・19cm
 
 中世期の朝廷と武家との関係について考える。
 
【目次】
序 謡曲『絃上』の歴史的回路―虚構を読み解く、「王威」そして「武威」
1 武家か天皇か
 「本朝天下ノ大勢」と天皇
 「本朝天下ノ大勢」と武家
2 内乱期、「王威」と「武威」の諸相
 東西両朝と十二世紀の内乱
 南北両朝と十四世紀の動乱
3 近代は武家と天皇をどう見たか
 近代日本国の岐路
 武家の遺産
 再びの武家か、天皇か
 
【著者】
関 幸彦 (セキ ユキヒコ)
 日本中世史の歴史学者。1952年生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科史学専攻博士課程修了。学習院大学助手、文部省初等中等教育局教科書調査官、鶴見大学文学部教授を経て、2008年に日本大学文理学部史学科教授就任。23年3月に退任。
 
【抜書】
●九変五変(p32)
 新井白石『読史余論〈とくしよろん〉』より。天皇の流れ「本朝大勢の九変観」と、武家を主軸とした「当代に及ぶ五変観」。
《九変》
 一変……藤原義房、摂政就任(幼帝・清和天皇:在位858-876)。外戚政治の始まり。
 二変……藤原基経、関白就任(宇多天皇:在位887-897)。藤原氏の外戚専権。
 三変……冷泉(在位967-969)~後冷泉(在位1045-1068)の八代、藤原氏による外戚専権の定着。
 四変……後三条天皇(在位1068-1073)の政治(親政)。
 五変……白河上皇の政治(院政)。
 六変……武家(鎌倉殿)による兵馬権の分掌。
 七変……北条氏の政治。
 八変……後醍醐天皇の政治(親政)[建武の新政]。
 九変……南北朝、分立の時代。
《五変》
 一変……源頼朝の鎌倉開府。
 二変……北条義時の執権政治。
 三変……足利尊氏の室町開府。
 四変……織田信長・豊臣秀吉の治世。
 五変……当代=徳川家康の江戸開府。
 本朝の六変と武家の一変、本朝七変と武家二変、本朝九変と武家三変が対応。 
 光孝天皇(在位884-887)以前の上古は、天皇が文武を兼ねる理想の時代として解されている。上古聖代観。
 
●天皇名の変化(p43)
 宇多天皇以下、醍醐、村上といった京都の地名や御所名を冠する天皇が続く。諡号から追号へ。50代桓武天皇までが大枠では漢風諡号、51代の平城は、縁の深い場所が天皇名に付された。52代嵯峨および53代淳和も別邸や後院に由来。54代仁明〈にんみょう〉および55代文徳は漢風諡号、56代清和および57代陽成の幼帝が追号、となっている。
 当該期の律令システム(中国的グローバリズム)から王朝システム(日本的ローカリズム)への推移と対応。摂政・関白の登場とも関係している。
 三変の冷泉院の号に示されるように、天皇に対しても「~院」の表現が一般化する。
 
●健全なる野党(p164)
〔 そもそも武家とは武力を職能とした権門の呼称で、武士の個々を統括する役割を担っていた。その点では武家の使命の一つは、京都王朝と対峙しつつ、武家に結集する個々の武士たちの権益を保護することだった。武家が朝家との関係で公的に認知された幕府は、その限りでは武士たちの剝き出しの暴力的欲望を統御する役割も担った。武家とは個々の武士にとって、敵とも味方ともなり得る存在だった。そこに“健全なる野党”としての武家の存在意義があった。武家はかくして自己の存在意義をかけて闘うことになった。道理主義と対峙する、綸旨主義に対してである。〕
 
(2024/1/4)NM
 
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