SSブログ

「諜報の神様」と呼ばれた男 情報士官・小野寺信の流儀
 [歴史・地理・民俗]

「諜報の神様」と呼ばれた男 情報士官・小野寺信の流儀 (PHP文庫)
 
岡部伸/著
出版社名:PHP研究所(PHP文庫 お86-1)
出版年月:2023年2月
ISBNコード:978-4-569-90297-5
税込価格:1,100円
頁数・縦:429p・15cm
 
 第二次世界大戦中、ポーランド、エストニア、スウェーデン、ドイツのインテリジェンス・オフィサーたちと情の通った深いつながりを作り、国家のために諜報活動を行った小野寺信の行動と人となりを描く。
 
【目次】
序章 インテリジェンスの極意を探る
第1章 枢軸国と連合国の秘められた友情
第2章 インテリジェンス・マスターの誕生
第3章 リガ、上海、二都物語
第4章 大輪が開花したストックホルム時代
第5章 ドイツ、ハンガリーと枢軸諜報機関
第6章 知られざる日本とポーランド秘密諜報協力
第7章 オシントでも大きな成果
第8章 バックチャンネルとしての和平工作
 
【著者】
岡部 伸 (オカベ ノブル)
 1959年、愛媛県生まれ。立教大学社会学部社会学科を卒業後、産経新聞社に入社。米デューク大学、コロンビア大学東アジア研究所に客員研究員として留学。外信部を経て、モスクワ支局長、社会部次長、社会部編集委員、編集局編集委員などを歴任。2015年12月から19年4月まで英国に赴任。同社ロンドン支局長、立教英国学院理事を務める。現在、同社論説委員。著書に、『消えたヤルタ密約緊急電』(新潮選書、第22回山本七平賞受賞)などがある。
 
【抜書】
●ブレッチリーパーク(p94、p99)
 ステーションX。第二次世界大戦期にイギリスの政府暗号学校(政府通信本部の前身)が置かれ、アラン・チューリングらがナチス・ドイツの暗号「エニグマ」の解読に成功した。
 MI6が、ロンドン郊外ミルトンキーンズにあった庭園とマナーハウス(邸宅)で女性や若い優秀な大学生を動員して各国の傍受電報を解読していた。
 現在、第二次大戦の暗号解読をテーマとした博物館となっている。
 
●浴風園(p99)
 日本陸軍の中央特殊情報部の本部はももと三宅坂の参謀本部にあったが、太平洋戦争開始と同時に市ヶ谷に移る。
 さらに赤坂に移転した後、昭和19年(1944年)春、イギリス、米国の暗号を解読する研究部が東京都杉並区高井戸の「浴風園」に移った。日本最古の養老院。
 数学や英語を専攻する学徒動員兵や勤労動員学生、女子挺身隊、旧制中学生、総勢512人が米国軍の各種暗号解読作業を行った。
 
●エシュロン(p100)
 米国は、イギリスからブレッチリーパークのノウハウの教示を受けた。
 戦後も、ソ連との対立を見越して、1948年にカナダ、オーストラリア、ニュージーランドを含むアングロサクソン5か国の諜報機関が世界中に張り巡らしたシギントの設備や盗聴情報を相互に共同利用するUKUSA協定を結んだ。
 現在、この通信傍受ネットワークは「エシュロン」と呼ばれ、米国の国家安全保障局(NSA)が中心となって世界中の電話・電子メールなどを違法に傍受し、情報の収集・分析を行っている。その活動実態は、CIAの元技術職員エドワード・スノーデンによって暴露された。
 
●エストニア(p102)
 宗教はプロテスタント、民族はアジア系。言語はフィン・ウラル語。フィンランド語に近く、ハンガリー語とも同系統。一般市民は、支配されていたドイツ語、ロシア語をよどみなく話す。
 ちなみに、ラトビアもプロテスタント、ポーランドに接するリトアニアはカトリック。
 
●愛国心(p197)
〔 語学、学識とともに、愛国心も優れたインテリジェンス・オフィサーの必須条件である。米中央情報局(CIA)でシギントと呼ばれる通信を傍受・解析するインテリジェンス活動に従事していた技術職員、エドワード・スノーデンはアメリカが世界中の市民を対象に地球規模で行なっているシギントを内部告発して、二〇一三年八月にロシアに一時亡命した。しかし、「国家がなくても人類は生きていくことができる」というアナーキズム思想を信じて、「アメリカ政府が世界中の人々のプライバシーやインターネット上の自由、基本的な権利を極秘の調査で侵害することを我が良心が許さなかった」など独特の❝正義感❞を語るハッカーをソ連国家保安委員会(KGB)で辣腕を振るったプーチン大統領は容易に受け入れようとせず、一言で切り捨てた。
「元インテリジェンス・オフィサーなど存在しない」
 そこには、「インテリジェンス機関に身を投じた者は、生涯を通じて『諜報の世界』の掟に従い、祖国のために一生尽くすべきだ。この約束事に背いた者は命を失っても文句は言えない」という、プーチン大統領の厳格な倫理観と哲学があった。国家のために全てを捧げるのがインテリジェンス・オフィサーの職業的良心である。だから国家に反逆して祖国を裏切り、愛国心のかけらもないアナーキストのスノーデンをプーチン大統領が嫌悪して、亡命を容易に認めなかったのである。やはりインテリジェンス・オフィサーには祖国に身を捧げる愛国心が必須だろう。〕
 
●第三次世界大戦(p269)
 ヤルタ会談から2か月後、45年4月27日の小野寺からの電報(HW35/95)。
 「(ドイツの敗北を目前にして)国際情勢に変化が出てきている。英米とソ連の間で政治的対立が生じて、今後、残念ながら武力衝突に発展する懸念すら出てきている。多分にドイツのプロパガンダの影響もあることは確かだが、バルト三国の人たちの間では、(ドイツが敗北して第二次大戦が終われば英米陣営とソ連陣営の間で)第三次世界大戦に発展すると懸念する声も出ている」
 
●マツヤマ(p281)
 日露戦争時、日本はヨゼフ・ピウスツキ将軍(ポーランド独立の英雄)の嘆願を受け、ロシア軍に徴兵されたポーランド人捕虜数千人の取り扱いに特別配慮した。愛媛県の松山にポーランド人捕虜だけの収容所を作り、ロシア人将兵と区別して、彼らの虐待を未然に防いだ。
 捕虜は礼拝所や学校の自主運営を認められ、自由に外出して温泉や観劇を楽しむこともできた。
 劣勢となったロシア軍では、ポーランド人将兵が「マツヤマ」と叫んで、次々と日本軍に投降してきた。司馬遼太郎『坂の上の雲』より。
 
●カリシュの法令(p299)
 1264年、ポーランド王国は「カリシュの法令」を発布、ユダヤ人の社会的権利を保護した。
 ユダヤ人に寛容なポーランドは、十字軍の時代から、欧州にユダヤ人にとって大変住みやすい国だった。
 第一次大戦後、ポーランドが再び独立を果たすとユダヤ人が押しかけ、再び世界最大のユダヤ人を抱える独立国家となった。その数300~400万人。
 軍人を脱出させるという、ポーランド陸軍参謀本部情報部アルフォンス・ヤクビャニェツ大尉の要請により、杉原千畝は、リトアニアに殺到したポーランド難民に日本通過のビザを発給した。ユダヤ人が多かったが、元来は、軍を再建するために軍人を脱出させるのが目的だった。
 その見返りとして、杉原はポーランドからソ連情報や旧ポーランド領でのドイツ情報を得た。
 
●情報(p408)
〔 情報とは「長く時間をかけて、広い範囲の人たちとの間に『情』のつながりをつくっておく。これに報いるかたちで返ってくるもの」(上前淳一郎『読むクスリ』第一巻 あとがき 文春文庫)といわれる。『諜報の神様」と小国の情報士官から慕われた小野寺氏は、リガ、上海、ストックホルムで「人種、国籍、年齢、思想、信条」を超えて多くの人たちと心を通わせた。これこそインテリジェンスの本質ではないだろうかと思えた。〕
 
(2023/8/30)NM
 
〈この本の詳細〉


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ: