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気候崩壊後の人類大移動
 [社会・政治・時事]

気候崩壊後の人類大移動
 
ガイア・ヴィンス/著 小坂恵理/訳
出版社名:河出書房新社
出版年月:2023年8月
ISBNコード:978-4-309-25461-6
税込価格:2,970円
頁数・縦:298, 18p・19cm
 
 待ったなしの地球温暖化、気候崩壊。その対策として、高緯度地方への移住を提案する。また同時に、ジオエンジニアリングによる寒冷化対策についても言及。
 温暖化によって住みやすくなる寒冷地に新しい都市を建設し、そこに人類大移動を促す。しかし、食糧供給地となる農村はどのように維持されていくのだろうか。また、移住先や食糧生産地として想定される高緯度地方は、冬の日照時間が短い。人々の健康や食糧生産に関して、不都合な点もあるだろう。これに関してあまり触れていないが、いろいろと大丈夫なのだろうか。
 
【目次】
第1章 嵐
第2章 人新世の四騎士
第3章 故郷を離れる
第4章 移民を締め出す愚行
第5章 移民は富をもたらす
第6章 新しいコスモポリタン
第7章 安息の地、地球
第8章 移民の家
第9章 人新世の居住地
第10章 食料
第11章 エネルギー、水、材料
第12章 回復
 
【著者】
ヴィンス,ガイア (Vince, Gaia)
 サイエンス・ライター。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン人新世研究所名誉シニア・リサーチ・フェロー。『ネイチャー』誌や『ニュー・サイエンティスト』誌の元シニア・エディター。関心の対象は、人類と地球環境の相互作用。2015年、初の著書『人類が変えた地球―新時代アントロポセンに生きる』(化学同人)で、英国王立協会科学図書賞を女性ではじめて受賞。2020年、第二作『進化を超える進化―サピエンスに人類を超越させた4つの秘密』(文藝春秋)も、同賞の最終候補に選出。
 
小坂 恵理 (コサカ エリ)
 翻訳家。
 
【抜書】
●人類アイデンティティ(p18)
 限られた都市に人口を集中させて、人類運命共同体を構築するために、人口過密に伴うリスクの軽減に努めることが課題になる。停電、衛生問題、息苦しいほどの暑さ、汚染、伝染病の問題に取り組む必要がある。
〔 そしてもうひとつ、少なくともそれと同程度に難しい問題が残っている。それは地政学的なマインドセットの克服で、自分は特定の場所に帰属しており、そこが自分の居場所だという発想を手放さなければならない。要するに、住み慣れた国を追われた難民として、誰もが地球市民という自覚を持つのだ。種族としてのアイデンティティの代わりに、人類という生物種としてのアイデンティティを持つべきだ。これからは国境に制約されない多様な社会への同化が必要で、極地に新たに建設された都市に住む可能性もある。必要とあれば、いつまでも再び移動する準備を整えておかなければならない。〕
 
●世界を一変させる四つの問題(p35)
 火事……人々が立ち退きを迫れる。
 猛暑……熱波が人命を奪う。
 旱魃……農業が不可能になる。
 洪水……人類の大部分の生活が脅かされる。
 
●3200年前(p70)
 およそ3200年前、中東が異常気候に見舞われて旱魃が300年間続いた結果、文明のネットワーク全体が崩壊した。
 エジプト新王国時代の最後の偉大なファラオ、ラムセス3世の埋葬殿の壁には、陸からも海からも大移動の波が押し寄せ、遠方からの謎の侵略者と武力衝突があったことが記されている。
 シュメール人は、気候難民の侵入を防ぐために全長100kmに及ぶ壁を設けるが、効果はなかった。難民の一部はさらに北の地域に定住し、バビロンという都市を建設し、新しい文明を生み出した。
 数十年のうちに、青銅器文化を持つ世界全体が崩壊した。この崩壊の恩恵を受けたのが、平原を移動して暮らす遊牧民だった。
 
●パレオ・エスキモー(p76)
 パレオ・エスキモーは、6000年前に、厚い氷に覆われた荒海を越えてシベリアから北米まで航海し、カナダに定住した。
 カナダ南部で高度に発達した文化を持つアメリカ・インディアンの先住民と縄張りを共有したが、意識的に孤立状態を選んだ。やがて、時間の経過とともに困難に見舞われ、絶滅した。
 近親相姦のせいで健康が悪化した可能性があり、文化も退化した。よその集団とのコミュニケーションが不足したため、跡形もなく消えてしまった。
 
●15億人(p103)
 国際移住機関によると、気候変動などの影響で、2050年までに最大で15億人が住み慣れた家を離れなければならないと推計。
 別の科学者チームによる最近の分析では、2070年までに最大で30億人に達すると予想。
 
●格上げ(p117)
 移民の未熟練労働者が肉体労働に従事するようになると、現地の言葉を話して経験の豊かな現地の労働者は、優れたコミュニケーション能力が必要とされる職種に格上げされ、賃金も上昇する。
 こうした職業のグレードアップはデンマークの研究でも確認された。20世紀初めにヨーロッパから移民が米国に押し寄せたときにも見られた現象である。
 移民が加われば能力やスキルや知識の多様性が高まるので、労働力全般の生産性が向上し、すべての人が恩恵にあずかる。
 
●ナンセン・パスポート(p129)
 無国籍の難民に発行されたパスポート。実現に貢献したノルウェーの探検家フリチョフ・ナンセンにちなむ。
 第一次世界大戦後の1922年から38年にかけて50万通発行された。その大半はアルメニアとロシアの難民が対象だった。ハンガリー出身のロバート・キャパもその一人。
 ナンセン・パスポートの有効期限は最大で1年だが、更新も可能だった。所持していれば別の国に移住しても仕事を探すことができ、難民は狭い場所に押し込められる境遇から解放され、当時の国際連盟の加盟国の間で「公平に」割り当てられるようになった。
 受入国は、国境からの避難民の出入りの追跡が可能。
 難民は、保護を受ける亡命先の当局から新しい市民権を与えられるまでの間、新しい形で国際的に身分が保証された。
 
●6%(p131)
 EU域内の移動の自由が保障されたおかげで、ヨーロッパの平均失業率は6%低下した。
 
●ヌサンタラ(p202)
 1年に25cm、地面が沈み込んでいるジャカルタでは、集団での移動を目指している。何十億ドルものを資金を費やし、ジャカルタ市民(2050年までに1,600万人になると推定)を波の被害から守る。
 インドネシア政府は、熱帯雨林が生い茂るカリマンタン島の高台に新しい都市を建設し、そこを新たな首都に定めることにした。ヌサンタラと名付けた。
 しかし、今後数十年を費やす建設工事は、地球で最も重要な生態系の一つに深刻な被害をもたらす。しかも、完成しても市民は熱波や火災の影響を受けやすい。
 
●キリバス(p205)
 経済は漁業とココナツ生産に依存。海抜が低く、水没の危険がある。
 アノテ・トン大統領は、フィジーに土地を購入し、危機が訪れたときには国民を移住させる計画。10年前から、「尊厳ある移住」プログラムを始め、まずは就労目的で国民を徐々に海外へ送り出した。ニュージーランドには看護師を派遣。国民が大量の難民となって人道支援に頼る事態を避けるため。
 
●20%(p208)
 冷房は、現在、世界のエネルギー生成の20%を占める。
 2050年までには3倍に増えると予想される。
 
●海洋肥沃化(p269)
 海は砂漠の土壌から運ばれてきたミネラルによって、自然に肥沃化する。こうして獲得された栄養素のおかげで、植物プランクトンの生長が促される。光合成の過程で、二酸化炭素全体の40%を吸収すると推測される(アマゾン熱帯雨林の吸収量の4倍)。
 海洋肥沃化によって植物プランクトンが増えれば、クジラの生息数も回復する。クジラは、深海で餌を食べてから、呼吸するために海面に戻って排泄する。そこには鉄分が多く含まれているので、植物プランクトンが増える。植物プランクトンを餌にするオキアミが増え、オキアミを食べるクジラの生息数も回復する。
 
●太陽放射(p276)
 2021年の研究によれば、炭素排出量を減らすより、ジオエンジニアリングで太陽放射を管理するほうが、作物の収穫に良い効果がもたらされる。二酸化炭素は、光合成の過程で植物が利用しているため。
 たとえば、硫酸塩を成層圏に噴霧すれば、冷却効果はすぐに現れる。ただし、長続きしないので、継続的に行う。
 ただし、ジオエンジニアリングと二酸化炭素削減は同時に実施すべき。
 
【ツッコミ処】
・社会的包容力(p138)
〔 ヨーロッパのニ十カ国を対象にした調査によれば、移民を受け入れる規模と移民への好意的な態度のあいだには、相関関係が成り立つ。「移民の割合がごくわずかな国は最も敵対的で、移民の存在が社会で大きな国は最も寛容である」ことを研究者は明らかにした。
 一方、移民危機は、移民とは無関係な要因から生まれることが確認されている。制度への信頼が揺らいでいるとき、社会が閉鎖的なとき、政治への不満が募ったときなどに発生する。制度への信用や社会的包容力のレベルが低い国は、移民への不安が最も大きいことを研究者は明らかにした。極右のポピュリスト集団は、従来は左派が掲げてきた経済的・社会的政策――雇用維持や福祉国家への支持――を反移民のレトリックで脚色する。そこからは、労働者階級のコミュニティが直面する社会的問題の責任は移民にあるという認識が育まれる。「移民への敵対的な態度は、移民本人とはほとんど無関係だ」と研究は結論している。〕
  ↓
 移民・難民の受け入れに消極的な日本は、社会的包容力のレベルが低い??
 
(2023/11/10)NM
 
〈この本の詳細〉


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