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中二階の原理 日本を支える社会システム
 [経済・ビジネス]

中二階の原理 日本を支える社会システム
 
伊丹敬之/著
出版社名:日経BP 日本経済新聞出版
出版年月:2022年8月
ISBNコード:978-4-296-11495-5
税込価格:1,980円
頁数・縦:292p・20cm
 
 二階の「原理原則」だけだと、一階の「現場」にはねじれが生じ、思うように成果が上がらないし、社会が不安定になる。そこで必要になってくるのが、二階と一階をつなぐ「中二階の原理」である……。
 
【目次】
序章 空間を豊かにする中二階
第1章 日本という国の中二階
第2章 革命と変動を受容する社会構造の中二階
第3章 現場の情報と感情へ配慮―経営戦略の中二階
第4章 タテ・ヨコともに距離を短く―組織マネジメントの中二階
第5章 現場のエネルギーを引き出す―企業統治の中二階
第6章 ヒトのネットワークの重視―市場経済システムの中二階
終章 中二階発想のすすめ
 
【著者】
伊丹 敬之 (イタミ ヒロユキ)
 国際大学学長、一橋大学名誉教授。1969年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了、72年カーネギーメロン大学経営大学院博士課程修了(Ph.D.)、その後一橋大学商学部で教鞭をとり、85年教授。東京理科大学大学院イノベーション研究科教授を経て、2017年9月より現職。この間スタンフォード大学客員准教授等を務める。
 
【抜書】
●天皇の在位年数(p42)
 江戸幕府が天皇家に与えた経済的待遇は、2万石の大名相当の予算だった。
 戦国時代には在位期間が長い天皇が何人もいて、20年を超すのも珍しくなかった。譲位したくても次の天皇が即位の儀式を行う費用を出す人がいなかったため。そのため、先代の死によっていやおうなしに新しい天皇が皇位につくことになった。
 後柏原天皇(在位1500-1526年)の場合、後土御門天皇が崩御して即位したものの、将軍などの寄付によって即位の儀式をあげられたのは、即位の21年後だった。
 
●マクロとミクロの中二階の原理(p95)
 ・廃藩置県
  マクロの共同体の中二階:国家近代化への危機感
  ミクロ共同体の中二階:藩共同体の維持
 ・農地改革
  マクロ共同体の中二階:農業民主主義への理念
  ミクロ共同体の中二階:村落共同体の平和
 ・コロナ自粛
  マクロ共同体の中二階:国全体の感染拡大への危機感
  ミクロ共同体の中二階:周囲への一配慮・一手間
 
●神の隠す手(p112)
 アルバート・ハーシュマンの「神の隠す手の原理」、『development Projects Observed』(1967年)。普通の人間の困難予測能力と、自分たちが実は秘めている問題解決能力の間にはギャップがある。
〔 そのギャップとは、挑戦的な企てから「どんな困難が生まれるか」を予想する能力については多くの人がかなりすぐれているが、いったん困難に遭遇してしまった後の自分たちの問題解決能力をきちんと予測する能力は意外に小さい。つまり、困難だけは予測できるが、それを解決する知恵と努力が事後的に出てくることを事前には予測できない人が多い、というギャップである。〕
 「神の隠す手」とは、「想定外の困難の発生の可能性」と「その困難に対応する人間の解決能力の可能性」の二つをともに人間の目から隠している神の手。しかし、想定内の困難の発生の可能性については、人間の目から隠されないことが多いので、多くの人が挑戦的な企てがもたらす困難をあれこれと指摘できる。そのため、「危険なことが多いからそんな企てはやめよう」という結論になる。
 しかし、ハーシュマンが世界銀行が援助した経済発展プロジェクトを1960年代に現地調査。成功したプロジェクトの多くが、「想定外の困難にプロジェクト開始後にぶつかり、しかしそれを克服して事前の想定とは少し違う形で成功する」という共通のパターンを持っていた。
 
●シェアリングの平等(p142)
 デロイトトーマツが公表した2018年度のCEOの報酬の国際比較。中央値。
 米国15.7億円、日本1.4億円、英独仏8.8億円。
 日本企業のシェアリングは、「平等性」が米国よりかなり大きい。典型的な米国企業では、階層上位の人間にカネだけでなく権力も情報も集中することが多い。
 
●産業民主主義(p201)
 戦後の経済的混乱の中で必死に生き残りと復興を目指していた日本企業にとって、労使対立などしている余裕はなかった。労使協調路線が自然に生まれてきた。「現場の従業員の声を重視する経営」を実現させ、当時の時代の潮流であった「産業民主主義」の具体化でもあった。現場の声を民主的に経営に反映させる、ということ。
 
●三井組(p201)
 江戸末期の代表的商家であった三井組(越後屋呉服店を源流とする三井財閥の原点企業)が、明治初期に日本で2番目の株式会社として法人化された。
 その会社の株式の4分の1を番頭・手代が持つこととなった。かなりの比重の従業員持ち株会社が、日本の株式会社の出発点だった。
 〔従業員中二階は、日本企業の共同体意識の自然の発露ともいえそうである。〕
 
●ドイツの労働共同決定法(p196)
 1976年制定。
 株式会社で従業員2000人以上の企業は、監査役会と執行役会を設け、執行役会がマネジメントを担当し、その執行役の任免権と企業の基本方針の決定権を監査役会がもつ。監査役会のメンバー構成は、株主代表と従業員代表を同数にしなければならない。
 従業員2000人未満の企業では、従業委代表の比重は三分の一。
 
●参加と所属(p2127)
 日本の雇用は「組織への所属」。正確には、「組織への参加から始まり、多くの場合に所属に移行する」。
 米国の雇用は「仕事への参加」。
 参加……意図をもって(その意味で限定された目的を達成するために)起きる。関係の期間は長期になる必然性は小さく(目的を達成すれば参加をやめてもいい)、関係も浅い。
 所属……長い期間にわたる関係。目的は明確に意識された単一のものというわけではなく、関係は深くなり、組織に属する他の人びととの付き合いも深くなる。その結果、しがらみも生まれるが、その一方で人間的な居心地の良さも生まれやすい。
 日本の演劇は、「劇団に所属」。
米国の演劇は、「公演に参加」。プロデューサー方式。プロデューサー・演出家・作家というトップを構成する少数のメンバーが一つの演劇公演のために俳優やスタッフを採用する。
 
●人本主義(p234)
 日本の市場経済システムでは、三つの基礎概念で共同体的側面が色濃く存在する。
 1.企業の概念
 2.市場取引の概念
 3.企業内組織編成の概念
〔 共同体原理のエッセンスは、おそらく二つある。一つは、その共同体に属するヒトのネットワークの安定性が高いということ。そして第二に、そこでのヒトとヒトとの関係性のあり方がたんに個々の利害追求だけでなく、互恵的・利他的色彩がかなりあること。
 こうした日本の市場経済システムの原理を、私はあえて「人本主義」と呼んできた。資本主義に対比する意味の私の造語である。それは、ヒトのネットワークの関係性の安定という側面に注目して、ヒトのネットワークを共同体的につくるようにする、「人が本」という原理を大切にしてきた日本の市場経済システム、という意味での造語である。〕
 
●経営者(p239)
 二階のカネの原理と、中二階のヒトの原理、その二重がさねが人本主義市場経済の原理的特徴。
 そこには、「人間の顔をした資本主義」というメリットがある一方、「人間の弱さを秘める資本主義」になってしまうという危険性もある。
 副作用として、⓵ヒトのネットワークの安定がぬるま湯をもたらす、②二階の原理と中二階の原理の衝突、といった危険がある。
 人本主義の弱さを退治するための鍵は、「経営者の強さ」が握っている。人間関係のしがらみ、安住への願望、思考停止、決断の空白、後ろめたさ、などを断ち切る強さをトップが持たなければ、システム全体はきちんと動かない。
 
●人本主義市場経済の世界的意義(p247)
〔 人本主義の中二階をなぜ維持した方が望ましいかについての基本の論理は、すでに説明した経済合理性の論理であるが、もう少し視野を広げると、さらに二つの「世界的意義」が日本の人本主義市場経済にはあると私は思う。
 一つの世界的意義は、日本の人本主義市場経済モデルが「純粋な市場経済」の崩壊の危機への防波堤となりうる、という意義である。第二の世界的意義は、アメリカ型市場経済と中国型市場経済の間の第三の道を日本の人本主義経済モデルが提供できる、つまり世界的に市場経済の多様なありかたの候補の一つを日本が提供できる、という意義である。〕
 
(2023/11/30)NM
 
〈この本の詳細〉


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