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当事者研究 等身大の〈わたし〉の発見と回復
 [医学]

当事者研究 等身大の〈わたし〉の発見と回復
 
熊谷晋一郎/著
出版社名:岩波書店
出版年月:2020年7月
ISBNコード:978-4-00-006337-1
税込価格:2,970円
頁数・縦:217, 43p・20cm
 
 
■「当事者」とは「自分」のこと
 日本独自の取り組みである当事者研究とは、2001年に北海道の浦河町にある「浦河べてるの家」で誕生したという。ここは、精神障害を持つ人々の生活拠点である。
 はて、「当事者研究」とは何であろう。何らかの事にあたる「当事者」を研究する学問であろうか。たとえば、大日本帝国陸軍の参謀本部の幹部たちは「当事者意識」が低く、すべて他人任せでそのために無謀な戦争に突き進んだ、という言われ方をするが、そのような「当事者」を扱うのであろうか。
 いや、「当事者研究」の「当事者」とは、まさにその状況に置かれた「当人」のことであり、「当人」が「自分の事」を「研究」することであるようだ。「定型発達者」とはやや異なる自分の事を知ることにより、よりよい生活を送れるようになることを目指すのが「当事者研究」なのである。「もっとも本人のことを長時間継続的に観察できるのは本人自身であり、次いで共同生活者ということは自明であるから、本人と身近な他者が研究主体にならなくてはならない」(p.108)。研究とはいいながら、「当事者研究においては、困難を前にまず専門家に丸投げをせず、当事者が自分で考えるという態度を大切にする」(p.212)。
 つまり、当事者研究とは、「『自分助け』の技法」(p.1)なのである。
 対象となる「自分」は、統合失調症、依存症、発達障害、慢性疼痛、双極性障害、レヴィ小体病、吃音、聴覚障害など、多岐に及ぶ。さらに、障害や病気だけではなく、生きづらさを抱えているあらゆる人々の間に広まりつつあるという。
 特に本書では、自閉スペクトラム症(ASD)の診断を持つ綾屋紗月(あややさつき:東京大学先端科学技術研究センター当事者研究分野所属の特任講師)と行ってきたASDをめぐる当事者研究を中心に扱っている。
 
【目次】
第1章 当事者研究の誕生
第2章 回復の再定義―回復とは発見である
第3章 当事者研究の方法
第4章 発見―知識の共同創造
第5章 回復と運動
終章 当事者研究は常に生まれ続け、皆にひらかれている
 
【著者】
熊谷 晋一郎 (クマガイ シンイチロウ)
 1977年生まれ。新生児仮死の後遺症で脳性まひになる。高校までリハビリ漬けの生活を送り、歩行至上主義のリハビリに違和感を覚える。中学1年時より電動車椅子ユーザーとなる。高校時代に身体障害者の先輩との出会いを通じて自立生活運動の理念と実践について学び、背中を押されて大学時代より一人暮らしを始める。大学時代に出会った同世代の聴覚障害学生の運動に深く共鳴する。「見えやすい障害」をもつ自分への「排除型差別」とは異なる、「見えにくい障害」に対する「同化型差別」の根深さを知る。東京大学医学部医学科卒業後、千葉西総合病院小児科、埼玉医科大学病院小児心臓科での勤務、東京大学大学院医学系研究科博士課程での研究生活を経て、東京大学先端科学技術研究センター准教授、小児科医。東京大学バリアフリー支援室長。専門は小児科学、当事者研究。主な著作に、『リハビリの夜』(医学書院、第9回新潮ドキュメント賞)など。
 
【抜書】
●自己決定(p19)
〔 障害者の当事者運動では、「何でも自分でできること」「お金を稼げるようになること」を自立とは考えない。運動における自立概念は、「自己決定をし、その結果について自己責任を負うこと」である。自己決定することが自立であり、実行することは自立にとって必要な条件ではない、と考えたのである。
 また自己決定の原則を徹底するために、支援者は、たとえ善意であっても先回りせず、障害者の指示に従う手足に徹するべきだと主張された。それは、施設や家庭の中での、先回りが前提となった介助/被介助関係に対する反省から生まれてきた考え方である。〕
 
●障害、ショウガイ(p52)
 障害(disability)……予期と現実との間に生じた誤差(期待誤差や予測誤差)。①〈生得的な期待〉と〈後天的な期待〉の間、②〈後天的な期待〉と〈予測(知識)〉の間、③〈予測(知識)〉と〈身体(現実)〉の間、の3か所に発生しうる。身体に内在せず、予期-身体-環境の「間」に生ずる。
 ショウガイ(impairment)……①〈生得的な〉期待(恒常性の維持など)と、〈後天的な〉期待(規範・欲望など)との間、②〈身体(現実つまり筋骨格・内臓)〉と〈環境(現実)〉との間、に生じる。身体に内在するものとして事後的に措定される。
 
●過剰一般化記憶(OGM)(p69)
 OGM:Overgeneral memory、過剰一般化記憶。
 トラウマ状態に陥った人によく認められる傾向。自分の過去の具体的な出来事を思い出して描写することの困難。とりわけ特定の時間と場所で起こった出来事としてうまく報告できない状態。
 OGMは、トラウマ後の鬱や心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発生が予測され、鬱の経過の悪さや社会的問題解決の効力低下に結びついている。
 摂食障害やパーソナリティ障害においてもOGMが認められる。
 フラッシュバック……PTSDの主症状ひとつ。極めて具体的なトラウマ記憶が、その記憶を連想させるような刺激を引き金にして不随意的に想起される。
 PTSDでは、OGMとフラッシュバックが併存するので、概念的自己とエピソード記憶とのリンク(自己整合性と現実対応性の両立)の不全が発生している。
 
●類似した者同士の共感(p89)
 ASD傾向の強い主人公が登場する物語を読んだ後の想起課題では、ASD者のほうが多数派よりも成績が良い。
 ASD者における帰属的推論の困難は、少数派の側に帰属されるショウガイに還元されるのものではなく、特徴や経験を共有できる類似した他者との出会いが少ないことや、少数派独自の経験を表現する語彙が支配的な言語体系の中に存在しないことによって引き起こされる。
 
●定型発達者(p98)
 発達障害を持たない、いわゆる健常者のこと。
 本書では、「定型的社会性」「神経定型者」「非定型性」という語も登場する。
 本書では、ASDとの対比において最初に使用している。
 
●コミックサンズ(p159)
 Comic Sans。異なるアルファベット間で同一のパーツが共有されていない、不揃いのフォントの一種。
 発達性識字障害の人にとっては、MSゴシック体よりもスムーズに読める。
 
(2020/12/19)KG
 
〈この本の詳細〉


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