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闇の脳科学 「完全な人間」をつくる
 [医学]

闇の脳科学 「完全な人間」をつくる (文春e-book)  
ローン・フランク/著 赤根洋子/訳
出版社名:文藝春秋
出版年月:2020年10月
ISBNコード:978-4-16-391275-2
税込価格:2,200円
頁数・縦:326p・20cm
 
 ロバート・ガルブレイス・ヒース。いまや忘れ去られた、精神医学界の巨人である。ニューオリンズのチュレーン大学にスカウトされ、1949年から1980年まで、長期にわたって精神科と神経科の学科長を務めた。多くの精神疾患患者に「脳深部刺激療法」を施し、一定の効果を上げた。
 本書は、ヒースの評伝である。『闇の脳科学――「完全な人間」をつくる』というタイトルからは、マッド・サイエンティストを連想してしまうし、ヒースのことを知った当初は、著者もそうした人間像を思い描いたようだ。しかし、関係者へのインタビューを重ねるうちに、その予測は覆される。真摯に精神疾患と向き合い、患者のために緻密に周到に治療法を開発しようと試みる、研究者としての、そして医者としてのヒースの姿が浮かび上がってくる。むしろ、数十年も早く生まれすぎた先駆者だったのかもしれない。埋もれてしまったヒースの成果が、最近の研究者による「最新の」研究結果として蘇っているのである。
 そう、原書のタイトルは、『The Pleasure Shock: The Rise of Deep Brain Stimulation and Its Forgotten Inventor』(プレジャーショック――脳深部刺激法の始まりと忘れ去れたその考案者)なのである。「闇」をイメージさせる要素はまったくない。
 ロバート・ガルブレイス・ヒース、1999年、84歳で死去。 
 
【目次】
プロローグ 脳を刺激し、同性愛者を異性愛者へ作り変える
第1章 ゴー・サウス―野心に燃える若き医師
第2章 忘れ去られた“精神医学界の英雄”
第3章 一躍、時代の寵児へ―“ヒース王国”の完成
第4章 幸福感に上限を設けるべきか
第5章 「狂っているのは患者じゃない。医者のほうだ」
第6章 その実験は倫理的か
第7章 暴力は治療できる
第8章 DARPAも参戦、脳深部刺激法の最前線
第9章 研究室にペテン師がいる!
第10章 毀誉褒貶の果てに
エピローグ 七十六歳の老ヒース、かく語りき
 
【著者】
フランク,ローン (Frank, Lone)
 デンマークを代表するサイエンス・ジャーナリスト。神経生物学の博士号を持つ。米国のバイオテクノロジー業界でキャリアを積んだ後、『My Beautiful Genome』『Mindfield』(ともに未邦訳)を執筆し、高い評価を得る。「サイエンス」や「ネイチャー」などの学術雑誌やヨーロッパの有力紙に寄稿するかたわら、コメンテーターや制作者としてデンマークのテレビ、ラジオでも活躍。科学、テクノロジー、社会にまつわる議論をリードする存在である。
 
赤根 洋子 (アカネ ヨウコ)
 翻訳家。早稲田大学大学院修士課程修了(ドイツ文学)。
 
【抜書】
●視床、前頭葉(p86)
 「アイリーンはボブの視床だ」。
 情報通のアイリーンを視床にたとえた表現。視床は、脳内で処理されるあらゆる情報の中継地点。
 アイリーン・デンプシーは、ヒースが引退するまでの数十年間、秘書を務めた。
 〔彼女はすべての点で驚くべき女性だった。綺麗に調えられた黒髪、長い足、当時理想とされた、砂時計のようにくびれた細いウエスト、美しくエレガントであると同時に信じられないほど有能で、あらゆる内情に通じていた。〕
 〔彼女は時折、ヒースのために、冷静で思慮深い超自我の座である前頭葉の役割を果たすこともあった。ボブがかんしゃくを起こして学生を「何のとりえもないこの大馬鹿者」と怒鳴りつけたり、怒りにまかせて「クビにしてやる」とスタッフを脅したりしたとき、唖然としている学生やスタッフとの間を丸く収めるのはアイリーンだった。
「彼に悪気はないのよ。ボブには、実は反論してくれる人が必要なの。落ち着いて考えれば彼もわかるはずよ」〕
 
●生物学的な疾病(p88)
 1995年に発売されたソラジンは、抗精神病薬として統合失調症患者に投与され、その後十年のあいだに欧米の精神病院では入院患者が激減した。
 ヒースは、「統合失調症は実際には生物学的な疾病であり、その原因は脳内にある」という信念を持っていた。ソラジンはその証明となった。
 ソラジン……フランスの製薬会社ローヌ・プーラン社が1950年に開発した薬の製品名。RP4560(クロルプロマジン)。
 
●ブロードマン25野(p114)
 米国エモリ―大学教授で神経科医のヘレン・メイバーグは、2005年、重篤な慢性鬱病患者の治療に脳深部刺激を応用したとする論文を発表した。
 報酬系……視床を取り巻く、偏桃体や海馬を含む領域の集合体。「感情脳」とも呼ばれる。
 一般的に、やる気、恐怖、学習能力、記憶、性欲、睡眠の調節や食欲といった、鬱病によって影響を受ける営みを司っている脳領域。
 ブロードマン25野……大脳皮質の膝下野とも呼ばれる。眼窩のほとんど真後ろの脳底部付近に位置する、人差し指の先ほどの大きさを持つ領域。報酬系や辺縁系の、脳全体のさまざまな領域とつながっている。
 鬱病患者のブロードマン25野は、健常者よりも小さい。鬱病患者の25野は過活動状態のようにも見える。鬱病を治療すると、25野の過活動も沈静化する。
 一種の「鬱病中枢」?
 メイバーグは、鬱病をネガティブなプロセスが活性化している状態だと考えている。快感とか喜びといったポジティブな要素が欠如した状態だとはみなさない。鬱病の治療には、常に心を苛んでいるネガティブな活動を取り除くことが必要。
 ちなみにヒースにとっては、快感が治療への鍵だった。鬱病とは「失快感症」。
 
●美容整形外科(p134)
〔 第一次大戦で手足や顔の一部を損傷した帰還兵のために開発された形成外科は、異常や変形を治療するための医療分野だった。長い間、それがこの分野の唯一の目的だった。だが周知のとおり、状況は変わった。現在、美容整形外科は世界的な巨大市場だ。高度に専門化したプロたちが、時代の流行や消費者のさまざまな要望に従って、鼻の高さや乳房の大きさ、果ては女性器の形までをも造り替えている。
 問題は、脳深部刺激が神経外科にこれと同じような結果をもたらすかどうか、である。我々現代人は、人体をバイオ・マシンと見なす時代に生きている。こうしたレンズを通して見ると、自分の持って生まれたハードウェアをグレードアップしようとすることが間違っているとはなかなか思えない。なぜなら、それはただのハードウェアなのだから。〕
 
●ヒースの悲劇(p169)
〔 現在、インターネットでロバート・ヒースを検索すると、たいていは、マインドコントロールやCIAの人体実験、精神外科に対する闘いに関するサイトがヒットする。一九七二年におこなわれた、患者B-19という仮名で呼ばれている若い男性同性愛者を異性愛者に転向させようとした実験が非難されていることも多い。〕
 
●電子スーパーエゴ(p223)
 2013年、DARPA(国防高等研究計画局)では、小脳に埋め込むことのできる小さな電気系統装置の開発開始を発表した。脳深部刺激により、脳の状態を常時読み取ってそれを修正し、特定の感情や特定の種類の行動が最初から起きないようにする装置。
 ハーバード大学と同大の関連医療機関マサチューセッツ総合病院、ドレイパー研究所が共同研究として3,000万ドルの予算を獲得した。
 
●鬱病(p230)
 鬱病は、単独の疾患ではない。〔精神科医たちの内輪話では、「鬱病として一括りにされている疾患は、実は、器質的原因も生物学的メカニズムも異なる複数の別々の疾患なのではないか」という声が次第に強まっている。〕
 
(2020/12/25)KG
 
〈この本の詳細〉


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