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言語の起源 人類の最も偉大な発明
 [言語・語学]

言語の起源 人類の最も偉大な発明
 
ダニエル・L・エヴェレット/著 松浦俊輔/訳
出版社名:白揚社
出版年月:2020年7月
ISBNコード:978-4-8269-0220-5
税込価格:3,850円
頁数・縦:446p・20cm
 
 言語を発明したのはホモ・サピエンスではなく、エレクトゥスの時代から人類は言語を操っていた。そして言語は遺伝子の突然変異によって生まれたのではなく、文化と共に発展していったのである。普遍文法は存在しない。
 ……といったことを、古人類学、脳科学、生物学、言語学などさまざまな学問領域から証拠を集めて論証する。
 
【目次】
第1部 最初のヒト族
 ヒト族の登場
 化石ハンターたち
 ヒト族の分離
 みな記号の言語を話す
第2部 人間の言語への生物学的適応
 人類、優れた脳を得る
 脳はいかにして言語を可能にするか
 脳がうまく働かなくなるとき
 舌で話す
第3部 言語形式の進化
 文法はどこから来たか
 手で話す
 まずまず良いだけ
第4部 言語の文化的進化
 共同体とコミュニケーション
 
【著者】
エヴェレット,ダニエル・L. (Everett, Daniel L.)
 言語人類学者。ベントレー大学アーツ&サイエンス部門長。言語をテーマとした著書を数多く発表している。
 
松浦 俊輔 (マツウラ シュンスケ)
 翻訳家、名古屋学芸大学非常勤講師。
 
【抜書】
●普遍文法(p25)
 言語は、5~10万年前に起きた、たった一度の遺伝子変異の結果であり、その変異によって、ホモ・サピエンスは複雑な文を組み立てられるようになったという説。その際に、遺伝子変異によって獲得したのが「普遍文法」。
 
●インデックス、アイコン、シンボル(p37)
 チャールズ・サンダース・パース、アメリカ人哲学者。記号論、プラグマティズムの分野で貢献。
 記号は、形式と意味を任意に組み合わせることでできる。
 インデックス(指標)……それが指し示すことの実際の物理的なつながりを明らかに示す。猫の足跡は猫のインデックス。
 アイコン(類像)……それが指し示すものを物理的に喚起する記号。彫像や肖像画は、描かれている対象を物理的な類似を通じて指し示すアイコン。
 シンボル(象徴)……それが指し示すものとの慣習による結びつきであり、シンボルが示すものとの類似も物理的関連も必要としない。その結びつきは、社会によって合意されたもの。
 
●ボールドウィン効果(p55)
 1896年に心理学者のジェームズ・マーク・ボールドウィンが提唱。文化が作用する進化的変化。①自然淘汰にとって表現型が重要であることを強調した。②文化と自然淘汰に相互作用がある。
 シベリアでは、遺伝子の突然変異によって親指を人差し指のほうへ曲げられるようになった人が、クマの毛皮を縫い合わせることを上手にできるようになった。そのため生きやすくなり、「器用さ遺伝子」が集団全体に広まるようになる。
 しかし、アフリカのような暖かい気候の土地では、この変異(上着を作る表現型)は中立的変異の一つにすぎない。
 文化が中立的変異を実体的変異に変えうる。二重継承説ともいわれ、文化と生物学を一体化し、いずれか一方で説明できない進化上の変化を説明しようとする。
 
●ヒトの特徴(p67)
 人を他の種から分ける特徴……二足歩行、大脳化、性的二形の縮小、隠れた発情、視覚優位と嗅覚の減退、腸の縮小、感染の発達、放物線のようなU字型の歯列弓、顎先の発達、茎状突起(耳のすぐ後ろにある細い骨片)、下がった喉頭、など。
 
●持久狩猟(p69)
 獲物が疲れて狩猟民が石斧や棍棒で殺せるようになるまで、あるいは消耗や体温の過熱で死んでしまうまで追い続ける狩猟法。
 
●ダークマター(p85)
〔 ホモ・エレクトゥスには、地球史上、他のどの種も経験していない変化があった。エレクトゥスは、自己を意識する認知に達したことでおそらく、自分の感情――愛、憎しみ、恐れ、欲望、孤独、幸福――について語り、規定し、前後関係を把握し、分類することが(いずれは)できるようになった。このわれわれの先祖はほぼ確実に、移動中の親類縁者のことを把握するようになっただろう。発達する文化や移動からこうした知識が生まれ、増えていくうちに、エレクトゥスはいずれ何らかの言語を(その比較的大きな脳を使って)発明せざるをえなくなったのだろう。そして文化の高まりはエレクトゥスに、言語能力をより効果的かつ効率的なものにし、それに伴って、そうした能力を最大限活用するのに必要な脳、体、発声器官を徐々に発達させる淘汰圧をかけた。同時にエレクトゥスは、文化と言語の隙間で、「心のダークマター(dark matter of the mind)」と呼べるもの――暗黙の構造化された知識、優先される価値、社会的役割――を発達させただろう〔「ダークマター」は宇宙物理学に由来する言葉で、光などの電磁的作用で「見る」ことはできないが、その重量によって宇宙の構造に影響を及ぼしている(そう考えないと現象を説明できない)とされる物質。観測が試みられているものの、まだ特定されていない〕。ダークマターは人間の統覚(われわれの発達に作用する経験のことで、無意識に蓄えられ、個々人の心理を生み出すもとになる)の解釈や配置を左右する。〕
 
●サハラ・ポンプ(p86) 
 サハラ砂漠が温順だった当時の、川や湖沼の多い地形や、それに伴う水循環。サハラは砂漠ではなく、北アフリカ全体が緑の森で覆われていた。
 200万年前、ホモ・エレクトゥスが移動を始めたころも、そうだった。
 
●第一次文化革命(p90)
 200万年以上前。オルドワン石器群が登場した。
 ホモ・エレクトゥスは、種子を割るのに歯ではなく石を使い、それによって道具を改良するために、さらに進化して知能を高めようという文化的な圧力が増した。
 オルドワン石器……リーキー夫妻が初めて発見したオルドバイ峡谷の名がついた剥片石器。〔この石器群は、もともとアウストラロピテクスも用いていたのかもしれない(あるいはそうでないかもしれない)。
 
●文法、シンボル(p162)
 文法が言語の中心であるという考えを退ける理由。
 ① ピダハン語やリアウ語(インドネシア)のような言語は、(おそらく)階層的文法を持たない。
 ② 人間の言語史において、シンボルが文法のはるか前に進化したという証拠が大量にある。
 ③ 階層的文法は、副産物でしかない。
 ④ 人間以外の生物も、統辞(何らかの形の言語構造)を用いているように見える。
 ⑤ 人類が認知の硬直性から離れるように進化した。動物は、柔軟な認知に欠けるために本能を必要とする。言語は、そうした本能とは異なる働きを有する。
 ホモ・エレクトゥスが発明したのは、シンボル。シンボルは、言語まであと一歩のところにある。
 
●脳の進化の4段階(p174)
 古人類学者ラルフ・ホロウェイによる。
 第0段階……チンパンジーとヒトの分化の段階。600~800万年前より。サヘラントロプス、アルディピテクス、オロリンの時代。①脳後部に、正面(前部)に向かう月状溝(脳の中の三日月形をした溝)があった。この溝は、脳の前頭葉皮質から視覚皮質を分けている。前頭葉皮質の大きさは、思考力の相対的な高さの指標となる。月状溝が後ろにあるほど、知能が高い。②サヘラントロプスは、おそらく「後頭連合野」があまり発達していなかった。③脳の容積は350~450cm³ほど。
 第1段階……アウストラロピテクス・アフリカヌスと、アファレンシスの登場した350万年前。月状溝が後退。後頭連合野が拡大。容量は500cm³ほど。左右の半球の非対称の兆候が表れる。
 第2段階……ホモ・エレクトゥスの登場、190万年前。脳の体積と大脳化が増大。左右の半球の非対称が顕著に。特にブローカ野周辺の領域が目立つようになる。言語能力も高まっていたと考えられる。
 第3段階……約50万年前。脳が最大のサイズに達し、各半球の特化も進む。
 
●舌骨(p177)
 エレクトゥスには、現代人が持つ舌骨(hyoid=「U字形」を意味するギリシャ語による)がなかった。つまり、サピエンスの言葉に比べると雑音が混じって、単語の違いが聞き取りにくかったと思われる。
 舌骨……喉頭を留める、咽頭にある小さな骨。舌骨を喉頭につなぐ筋肉は、舌骨を支えにして喉頭を上下させ、幅広い種類の言語音を生み出す。
 
●FOXP₂遺伝子(p177)
 FOXP₂遺伝子は、エレクトゥスの時期から人類の中で進化したらしい。
 FOXP₂遺伝子は、言語遺伝子ではないが、言葉の制御能力を高める。ニューロンを長くし、認知を速く、効果的にする。現代人類にあるFOXP₂は、大脳基底核の長さとシナプス可塑性の増加ももたらし、運動学習と複雑な作業の実行を助けている。
 
●超大型化(p182)
 〔哲学者のアンディ・クラークが以前から言っているように、文化はわれわれの脳を「超大型化」する。脳という器官は、文化の海の中で他の脳器官とつながる。〕
 つまり、脳は個人の体の中でネットワーク化されているだけでなく、他の脳(他人)ともネットワーク化されている。
 
●ホモ・フローレシエンシス(p193)
 ホモ・フローレシエンシスの脳は、426cm³程度。多くのアウストラロピテクスの脳より小さい。身長はともに1.19m程度。
 道具の使用、フローレス島への航海のことを考えると、知能はエレクトゥスと同程度だったと考えられる。
 
●大脳基底核(p202)
 脳には言語専用の領域はないが、大脳基底核と呼ばれる皮質の下の領域が、言語にとって重要である。
 大脳基底核……一個の単位として機能するように見える脳組織の集まり。随意運動の制御、手続き学習(定型作業や習慣)、眼球運動、情緒機能など、様々な一般的機能に対応している。「爬虫類の脳」と呼ばれることもある。
 大脳基底核は、話し言葉や言語全体に関係している皮質と視床などの脳の領域と強く結びついている。言語を生み出す脳の全く別々の部分をまとめているので、フィリップ・リーバーマンは「機能上の言語系(Functional Language System)」と呼ぶ。
 
●音(p229)
 短期記憶(作業用記憶、ワーキングメモリー)は、音に依拠する記憶に偏っている。発話を記憶して解読することにとって重要。
 短期記憶は、ヒトの進化の形成を助ける言語のために進化した部分があるらしい。
 
●情報時代(p287)
 〔情報時代の到来を告げたのはコンピュータではなく、言語である。そして、情報時代が始まったのは二〇〇万年近くも前のことで、ホモ・サピエンスはそれをすこし手直ししただけだ。〕
 
●G₃言語(p320)
 G₁言語……線形文法にシンボル、イントネーション、ジェスチャーが加われば、G₁言語が成立する。もっとも単純な一人前の人間の言語。
 G₂言語……階層構造があるが、再帰はない。ピダハン語やリアウ語。
 G₃言語……階層と再帰の両方を持っている。
 〔ノーム・チョムスキーのような一部の言語学者は、人間の言語はすべてG₃言語であり、言い換えれば、すべての言語は階層と再帰を持つと説く。チョムスキーは、再帰なしには人間の言語はあり得ないとさえ主張する。要するに、チョムスキーの考えでは、初期人類や他の動物のコミュニケーション方式とホモ・サピエンスの言語を区別するのは再帰なのだ。再帰のない、初期の人類の言語は、チョムスキーによれば、人類未満の「原型言語」ということになる。〕
 
●ノルマン侵攻(p357)
 英語はもともと、ドイツ語と同じように「主語・動詞・目的語」という順番だった。
 1066年のノルマン人の侵攻の後、フランス語と同じ「主語・動詞・目的語」の順番に切り替わった。
 
(2020/12/29)KG
 
〈この本の詳細〉


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