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死の医学
 [医学]

死の医学(インターナショナル新書) (集英社インターナショナル)
 
駒ケ嶺朋子/著
出版社名:集英社インターナショナル(インターナショナル新書 092)
出版年月:2022年2月
ISBNコード:978-4-7976-8092-8
税込価格:968円
頁数・縦:246p, 8p・18cm
 
 脳に潜む体外離脱や臨死体験のメカニズムを探りつつ、人間の「生きようとする力」と、医師の「生かそうとする努力」を語る。
 
【目次】
まえがき―「死の医学」と「生きようとする力」
第1章 魂はさまよう―体外離脱体験は「存在」する
第2章 「暗いトンネル」を抜けて―臨死体験はなぜ起きるのか
第3章 譲り渡される命と心―誰が「生と死のボーダーライン」を決めるのか
第4章 生と死が重なる時―「看取り」と「喪」はつながっている
第5章 カゴの中の自由な心―私たちは「幻想」の中で生きている
第6章 擬死と芸術表現―解離症と「生き抜く力」
 
【著者】
駒ケ嶺 朋子 (コマガミネ トモコ)
 1977年生。早稲田大学第一文学部哲学科社会学専修・獨協医科大学医学部医学科・同大学院医学研究科卒。博士(医学)。獨協医科大学大学病院にて脳神経内科医として診療にあたる。2000年第38回現代詩手帖賞受賞(駒ヶ嶺朋乎名)。
 
【抜書】
●側頭頭頂接合部(p28)
 体外離脱体験は、側頭頭頂接合部が活動することで引き起こされる。
 側頭葉の後方、頭頂葉の下方、後頭葉の前方。三つの領域が境界を接する部分。
 体外離脱は、「自己像幻視」の一つに分類される。
 
●自己像幻視(p30)
 ドッペルゲンガー。医学的には、三つに分類される。
 (1)オートスコピー(autoscopy)……「あれは自分だ」と直感してしまう人物を目撃したという現象。臨床報告では、三つの中で最も少ない。後頭葉の脳腫瘍が原因となる事が多い。
 (2)ホートスコピー(heautoscopy)……自分が分裂して、確固たる自我を持つ自分自身がありながら、もう一人、まるっと自我を持つ自分が外部に存在することを目撃してしまう。どちらが本物か自分でも分からず、しかも互いに意識が侵入し合う。不快だと感じることが多い。側頭葉機能の変調が原因。側頭葉の内側に偏桃体がある(感情や快・不快をつかさどる)。
 (3)体外離脱体験。
 
●オラフ・ブランケ(p39)
 癲癇手術中に、右脳の角回という領域を含む側頭頭頂接合部に電極を通して脳を刺激したところ、体外離脱体験が誘発された。
 Blanke O et al. Stimulating illusory own-body perceptions. Nature 2002;41:269-270。
 
●金縛り(p44)
 睡眠麻痺。英語でsleep paralysis。
 医学用語では、kanashibariでも通じる。
 睡眠中は、脳幹でflip-flop switchと呼ばれるスイッチを切り替えて、筋肉の力を抜いたり、音や光、重力の感覚信号が意識に上らないようにしている。
 スイッチが睡眠状態のまま、意識の座である大脳などの脳の新しい部分だけが目覚めてしまうことがある。この時、金縛りとなり、脳の中で偽の知覚情報が生じる。
 
●前庭覚(p52)
 重力を感じる脳の最高司令部、前庭覚中枢は、側頭頭頂接合部に近接している。
 体外離脱体験でふんわりと浮かび上がったり飛んでいったりするのは、前庭覚中枢を巻き込むからかもしれない。
 前庭覚障害の患者では、体外離脱体験や離人症症状が多い。
 
●同行二人(p62)
 同行二人(どうぎょうににん)。
 四国のお遍路では、最も険しい山間部で「同行二人」という感覚が起きることがある。二人とは、自分と弘法大師。
 お大師様が寄り添って見守ってくれているような感覚に包まれ、人間は自分自身で生きるのではなく、大いなる慈愛によって生かされている小さな存在であることを体得する。この体験こそ、お遍路の一つの目的でもある。
 
●受容の五段階(p74)
 エリザベス・キューブラー=ロスによる。
 (1)否認
 (2)怒り
 (3)取引
 (4)抑鬱
 (5)受容
 
●「死にたい」(p80)
〔 「死にたい」という言葉は「なんでよりよい生活を提供してくれないのか」「よりよく生かしてくれ」という意味の、強烈なSOSであり、非難であり、抗議であり、生かしてその人の苦痛を遠ざけなければ、その救援要請に応えたことにならない。いわば最上級で「治せ、生きる希望を与えろ」と発しているわけである。〕
 2020年に判明したALS(筋萎縮性側索硬化症)患者に対する嘱託殺人事件についての感想。
 
●臨死体験(p112)
 臨死体験中の脳波は、エピソード記憶と同じパターンを示し、想像するときの脳波とは異なる。
 自己意識が保たれ、光景は詳細で、さらに感情情報を伴うことも、空想や夢とは異なる。
 
●NMDA受容体(p106 )
 二酸化炭素は、酸素よりも肺の中での拡散速度が遅い。
 呼吸がゆっくり停止すると、二酸化炭素が血液中に溜まる。溜まった二酸化炭素は血液を酸性に傾かせ、細胞に毒性のある状態となる。 ⇒ アシドーシス
 アシドーシスの環境では、細胞はエネルギーをうまく産生できないので、細胞の死に直結する。そうした環境で、神経細胞は一斉にシナプス内外にグルタミン酸を放出する。
 放出されたグルタミン酸は、「細胞死の連鎖」へのスイッチとして作動する。 ⇒ アポトーシス
 グルタミン酸……ドーパミン等と並ぶ「神経伝達物質」。シナプスでグルタミン酸をキャッチする受容体は、NMDA受容体、AMPA受容体、カイニン酸受容体の三種類。
 アポトーシス……ネクローシス(壊死)とは異なり、死んだ細胞を元にした炎症を起こさない。遺伝子の断片化や貪食細胞による取り込みのため、周囲の細胞への影響を最小限に食い止めることができる。
 高い二酸化炭素濃度が引き金になり、細胞がグルタミン酸を放出し、それを受容体(おそらくNMDA受容体)がキャッチすることで「細胞死の連鎖」が始まる。
 NMDA受容体をブロックすることで、「細胞死の連鎖」を食い止めることができる。
 仮説として、グルタミン酸放出でNMDA受容体が活性化されると、細胞を保護するための反動として、ケタミン様物質が出てNMDA受容体機能が低下するのではないか、と考察されている。
 NMDA受容体の機能低下作用が、臨死体験現象を引き起こしている可能性がある。「危機的状況で臨死体験が起きるのは、危機的状況に対する適応反応であり、生存可能性を高めるのではないか」という、進化学的な考察もある。
 アルコールや違法薬物の多くは、NMDA受容体機能を低下させる機能を持つ。
 
●ケタミン(p112)
 筋緊張や意識を保ったまま、完全に無痛とすることができる麻酔薬。幻覚作用と嗜癖性から、日本では臨床使用されていない。
 アメリカでは、幸福感と健忘という副作用があり、即効性のある抗鬱作用をもつことから、抗鬱薬として使用しようという動きがある。
 ケタミンは、NMDA受容体に作用し、その機能を低下させる。
 
●悲嘆幻覚(p164)
 親しい人や家族、家族同然に愛したペットを亡くした後、その気配を身近に感じたり、姿を観たり声を聞く現象。
 悲嘆幻覚によって、死別という苦しみに対して精神的な安定が得られる可能性が指摘されている。
 
●半側空間無視(p194)
 脳の右半球の障害で、世界の左半分を見逃してしまう現象。
 自分の身体の左半分をすっかり見逃してしまう現象は、「半側身体失認」と呼ぶ。
 右半球の脳卒中では最大で二人に一人に発症する。
 右半分を忘れる「半側空間無視」の頻度は、左ほど高くない。半分と呼べるほど範囲が広くなく、程度が軽いことが多い。右方向の注意が優勢? 右空間は左右の脳で認識され、左空間は右半球だけで認識されているため?
 
●統合失調症(p228)
 ドーパミンが過剰に作用してしまうことで幻覚・妄想が起こる。
 ドーパミン過剰放出の原因は、NMDA受容体の機能低下による可能性がある。「NMDA受容体機能低下仮説」。
 NMDA受容体は、海馬で記憶を担っている。
 
●抗NMDA受容体脳炎(p230)
 21世紀になって疾患概念が確立した新しい病気。2007年、卵巣の成熟奇形腫と呼ばれる良性腫瘍への自己免疫性の反応で起きる脳炎として最初に報告された。その後、原因が腫瘍の場合は半分ほどであることが明らかに。
 何らかのきっかけでできてしまった自己免疫性の抗体が脳のNMDA受容体に結合し、機能低下を起こす。
 ちょっとした風邪症状から数日後に突然、幻覚・妄想をきたす。幻覚期。
 幻覚期には神託の幻聴だったり、憑依妄想だったりを呈するため、統合失調症と類似していたり、解離症や変換症と診断された場合もある。
 その後、次第に受け答えができなくなり、身体をのけぞらせては床に頭を延々と打ち付けるような反復運動や、口をもぐもぐさせたり舌を出したり引っ込めたりという不随意運動を繰り返すようになる。全く話さなくなったり、逆に念仏や祈禱など、普段用いないような言葉を唱え続けたりなどの言語の異常も伴う。運動過剰期。
 運動過剰期が数日から数週間続いた後、血圧や呼吸や体温調節などの自律神経の機能制御ができなくなる。この時期には呼吸停止による死亡リスクが極めて高い。呼吸停止期。
 ここを人工呼吸器管理で乗り切り、腫瘍の切除や免疫治療を行うことで、後遺症なく回復できる。
 軽症である場合、呼吸停止期に至らず、幻覚や異常運動を数カ月呈して自然に治ることもある。
 変換症……無意識のうちの心的葛藤によって、さまざまな身体的症状が生じる障害。
 
【ツッコミ処】
・オートスコピー(p30)
 オートスコピー、ホートスコピーの意味がよく分からなかった。
〔「見た」とか、「見てはいけない」とかいう話で、修学旅行で盛り上がる有名な、あの「ドッペルゲンガー」に当たるのは、この三つのうち「オートスコピー」だ。〕
 と言われてもなぁ。そんな話、修学旅行で盛り上がるどころか、全く出なかったよな。
 
(2022/5/7)NM
 
〈この本の詳細〉

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