動的平衡 3 新版 チャンスは準備された心にのみ降り立つ
[医学]
福岡伸一/著
出版社名:小学館(小学館新書 444)
出版年月:2023年2月
ISBNコード:978-4-09-825444-6
税込価格:1,100円
頁数・縦:269p・18cm
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動的平衡論第3弾。
2017年12月に木楽舎より刊行された書籍の新書化。修正や加筆に加え、第11章を追加した。
【目次】
第1章 動的平衡組織論
第2章 水について考える
第3章 老化とは何か
第4章 科学者は、なぜ捏造するのか
第5章 記憶の設計図
第6章 遺伝子をつかまえて
第7章 「がんと生きる」を考える
第8章 動的平衡芸術論
第9章 チャンスは準備された心にのみ降り立つ
第10章 微生物の狩人
第11章 動的平衡からコロナウイルス禍を捉え直す
【著者】
福岡 伸一 (フクオカ シンイチ)
1959年、東京都生まれ。京都大学卒業後、ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授・ロックフェラー大学客員教授。研究に取り組む一方、「生命とは何か」について解説した書籍や、絵画についての解説書、エッセイなどを発表している。
【抜書】
●自律分散(p17)
生命の動的平衡は自律分散型である。
個々の細胞やタンパク質は、ジグソーパズルのピースのようなもの。前後左右のピースと連携を取りながら絶えず更新されていく。ピース近傍の補完的な関係性(相補性)さえ保たれていれば、ピース自体が交換されても、ジグソーパズルは全体としてゆるく連携しあっており、絵柄は変わらない。
新しく参加したピースは、周囲との関係性の中で自分の位置と役割を定める。既存のピースは、寛容をもって新入りのピースのために場所を空けてやる。
絶えずピース自体は更新されつつ、組織もその都度、微調整され、新たな平衡を求めて刷新されていく。
そして、個々のピースは、いずれも鳥瞰的に全体像を知っている必要はない。ローカルで、自律分散型で、しかも役割が可変であること。これが生命体の強みである。
生命は自律分散的な細胞の集合体であり、各細胞はただローカルな動的平衡を保っているだけ。
脳は、生命にとって「中枢」ではない。むしろ知覚・感覚的情報を集約し、必要な部局に中継するサーバー的なサービス業務をしているに過ぎない。情報に対してどのように動くかはローカルな個々の細胞や臓器の自律性にゆだねられる。
〔 かつてサッカーの岡田武史元監督と対談したときのこと。読書家の岡田監督は、私の動的平衡論を読んで、高く評価してくださった。そして、これは組織論として応用可能だ、各選手が、自律分散的に可変性・相補性をもって状況に対応できれば最強のサッカーが実現される、という主旨のことをおっしゃってくださった。
この議論をさらに進めれば、自律分散的な動的平衡のサッカーにおいて、少なくとも試合のまっただ中においては、いちいち指示を出す必要のないゲームが実現するだろう。おそらく理想の組織とはそういうものではないだろうか。〕
●GP2(p30)
福岡伸一の発見した遺伝子。膵臓や消化管の細胞で活動している。
消化管の内腔側にやってきた病原体を事前に捕捉して、免疫システムに知らせる「細菌受容体(レセプター)」。
●ウェルナー症候群、コケイン症候群(p45)
老化現象が極端に早く進んでしまう早老症うちのの二種。
DNAの修復に関わる仕組みを担う遺伝子の欠如が原因だった。
●多分化能幹細胞(p53)
何にでもなりうる「万能細胞」は受精卵だけ。
人間の体は約37兆個の細胞から構成されている。そのほとんどは、役割が決定づけられた「分化細胞」である。筋肉細胞、神経細胞、など。
受精卵から少し先に進んだ段階の細胞は、多様な分化状態になりうるという意味で、「多分化能幹細胞」と呼ぶ。
●不安定化(p74)
ヒトが何かを考えたり体験したりすると、まず海馬でニューロンとシナプスが回路を作る。記憶の原型。短期的な記憶。
その後、海馬で作られた記憶の回路は、大脳皮質に書き写され、ここで新しいニューロンとシナプスの回路が形成される。長期的な記憶。
そして、海馬のほうの回路は消去される。
長期的な記憶は、ずっと一定に保存されているわけではない。思い出すたびにいったんシナプスが不安定化され、再度、固定化される。
記憶は、思い出すたびに揺らぎ、変容しているのである。
●the prepared mind(p188)
準備された心。ルイ・パスツールの言葉とされる。
Chance favors the prepared mind.という格言に基づく。チャンスは準備された心にのみ降り立つ。
●クワシオコア(p212)
もしくは、クワシオルコル。kwashiorkor。アフリカのガーナ沿岸の土地の言葉で、「上の子ども、下の子ども」という意味。
下の子どもができると上の子どもが強制的に乳離れを余儀なくされ、一種の栄養失調を起こした症状。
手足がガリガリに痩せているのに、お腹が膨満して見えること。キャッサバなどの炭水化物ばかりを与えられ、タンパク質が不足したことによって起きる。
お腹が膨れているのは肝臓が脂肪肝になって肥大しているため。炭水化物とタンパク質のアンバランスが原因。カロリーだけが過剰に摂取されると、肝臓はそれを脂肪に変えて蓄積しようとする。
クワシオコアの発症に、腸内細菌が関わっていることが、最近わかってきた。クワシオコアにかかった一卵性双生児の研究による。
●設計と発生(p222)
人間の脳の思考原理は「設計的」。設計ありきで組み立てていく。
生命本来の構築原理は「発生的」。まず発生させてから対応する。
例えば人間の脳におけるニューロンとシナプスの回路網は、過剰に生成され、時間とともに彫琢されている。
免疫システムも、B細胞ごとに100万通りもの抗体がランダムに準備され、彫琢されていく。
ヒトの遺伝子DNA(ゲノム)に書き込まれているタンパク質情報は2万種類程度。B細胞では、アミノ酸配列を決定するDNAは数個のブロックに分断されている。各ブロックのアミノ酸配列を決定する遺伝子は複数用意されている。全ブロックのそれらの組み合わせにより、100万種類の抗体が生み出される。
●ウイルスの起源(p251)
ウイルスとは、高等生物の遺伝子の断片がちぎれ、細胞膜の破片に包まれて、宿主細胞から飛び出したもの。
〔ウイルスとは宿主細胞から見れば、あるとき急に出奔してそのまま行方不明になった放蕩息子のようなものである。〕
その放蕩息子はもとは宿主細胞の一部だったから、親和性のあるタンパク質を介したり、細胞接着を補助したりして細胞内に迎え入れることが起きる。また、そのおかげで進化の促進剤の役割を果たすこともある。
●生命の定義(p248)
生命を、自己複製を唯一無二の目的とするシステムである、というように利己的遺伝子論的に定義すれば、生命と呼べる。宿主から宿主に乗り移って自らのコピーを増やし続けるから。
しかし、生命を〔絶えず自らを壊しつつ、常に作り変えて、「エントロピー増大の法則」に抗いつつ、あやうい一回性のバランスのうえに立つ動的システムである〕と定義すると、生命とは呼べない。ウイルスは、代謝も呼吸も自己破壊もしない。動的平衡の生命観。
●死=利他的行為(p255)
〔 そして、誤解を恐れずに言えば、個体の死は、その個体が専有していた地位、つまり食や空間を含むニッチ(生態学的地位)を、新しい生命に手渡すということ、すなわち、生態系全体の動的平衡を促進する行為である。つまり個体の死は最大の利他的行為なのである。ウイルスの存在はそれに手を貸している。パンデミックには、生態学的な調整作用があると言ってよい。人類史を眺めれば、私たちは絶えず、さまざまなウイルス(を含む病原体)とのせめぎ合いを繰り返してきたことがわかる。ウイルスは、その都度、生き延びるものと死ぬものを峻別し、生き延びるものには免疫を与え、人口を調整してくれた。つまり生命の動的平衡を維持してきた。〕
(2023/4/26)NM
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