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人間と宗教あるいは日本人の心の基軸
 [社会・政治・時事]

人間と宗教あるいは日本人の心の基軸
 
寺島実郎/著
出版社名:岩波書店
出版年月:2021年11月
ISBNコード:978-4-00-061505-1
税込価格:2,200円
頁数・縦:276p・20cm
 
 戦後日本人の空疎を、宗教との関連で考察する。根底には、国家神道再興に対する危惧がある。
 
【目次】
1 人類史における宗教―ビッグ・ヒストリーの誘い
2 世界化する一神教―現代を規定する宗教
3 仏教の原点と日本仏教の創造性
4 キリスト教の伝来と日本―日本人の精神性にとっての意味
5 神仏習合―日本宗教史の避けがたいテーマ
6 江戸から明治へ―近代化と日本人の精神性
7 現代日本人の心の所在地―戦後日本を問い直す
 
【著者】
寺島 実郎 (テラシマ ジツロウ)
 1947年北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了後、三井物産入社。米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産常務執行役員、三井物産戦略研究所会長等を経て、現在は(一財)日本総合研究所会長、多摩大学学長、(一社)寺島文庫代表理事。国土交通省・国土審議会計画部会委員、経済産業省・資源エネルギー庁総合資源エネルギー調査会基本政策分科会委員等を務める。
 
【抜書】
●利他愛(p36)
〔 世界中の多くの宗教者、信仰者と向き合ってきた私の体験を通じた直感だが、世界宗教の本質は「利他愛」だと思う。つまり、他者への配慮であり、心の寛さである。それが人間の内面的価値に訴え、民族を超えて受容される素地となったと思われる。一〇年を超えた米国生活の中で、また中東・アジアを動いてきた経験の中で、敬虔に宗教に向き合う人達が、ときに利害相反や緊張があっても、異邦人である私に見せた温かい配慮は、宗教性の希薄な戦後なる日本に生まれ育った私に、熱い思い出を残している。そのたびに宗教の持つ意味を再考させられたものである。〕
 
●クシャーナ帝国(p80)
 イラン系騎馬民族クシャーンは、AD1世紀後半に、それまで服従していた大月氏を倒してクシャーナ帝国を形成し、1世紀末には「パックス・クシャーナ」の時代を迎えた。
 インド西北部のガンダーラから中央アジア、敦煌など中国北西部を版図とし、最盛期の王カニシカが仏教に帰依し、中国に本格的に仏教を伝える触媒となった。ローマ帝国との交流でもたらされた金貨に王とブッダの姿を刻印し、シルクロードに仏像などの仏教美術を花開かせた。
 
●大秦寺(p116)
 635年、ペルシア人で景教僧のアロペン(阿羅本)が長安にネストリウス派キリスト教を伝え、638年には教会(景教寺院)として大秦寺を建てた。
 日本に景教が伝わったのは736年。入唐副使中臣名代が3人の景教僧を連れて帰国した。
 
●クラーク博士(p143)
 1885年(明治18年)にマサチューセッツ州アマースト大学に選科生として入学した内村鑑三は、その頃、札幌農学校の校長だったW・S・クラーク博士と面談している。第2期生だった内村は、農学校時代、直接クラーク博士の教えを乞う機会がなかった。
 クラークの印象について「彼ハ宗教家タル以上ニ軍人ナリ」という印象を持った。
 この時期のクラークは、鉱山投資会社を起こしたものの、パートナーが引き起こした詐欺事件に巻き込まれ、訴訟沙汰の最中だった。教育者としての名声は地に堕ち、俗臭漂う投機家として「失意の境遇」にあった。この面談の半年後にクラークは死去する。
 
●天海(p163)
 徳川家は、本来、浄土宗の檀家であった。三河岡崎の領主だった時代から、岡崎の大樹寺が菩提寺だった。そのため、浄土宗の増上寺が江戸における徳川の菩提寺となった。
 家康が天台宗の僧侶天海(1536-1643年、享年107歳)を重用したことが、三代家光までの徳川初期の宗教政策に大きく影響をもたらした。
 1616年、家康の死後、天海の「神仏習合神道」の基づき、家康を神格化して「東照大権現」として日光に祀り、天台宗の輪王寺が取り仕切った。
 1625年(寛永2年)には、上野寛永寺を開山。寺領・境内合わせて32万坪。
 三代家光は日光に、四代家綱、五代綱吉は寛永寺に葬られたが、以後、歴代将軍は増上寺と寛永寺が半数ずつ将軍家の菩提寺としての役割を分担した。
 御三家では、尾張が浄土宗、紀州が天台宗。水戸は二代光圀の影響で儒教にこだわり、葬祭に仏教の関与を許さなかった。水戸出身の慶喜は朝廷に配慮し、遺言で神式での葬儀を寛永寺で行い、谷中墓地に埋葬された。
 
●6万(p165)
 元禄期(17世紀末)、幕藩体制の日本において6万3,276の村が存在した。
 神社は全国に約8万。(p170)
 
●新党の三層構造(p176)
 日本精神史における神道の三層構造。
 第一層:民族的風習としての宗教……津田左右吉。山河から一木一草に至るまで神意が宿る。八百万の神々が宿る神社。
 第二層:神祇神道……天皇制を権威づける神道の萌芽。天武・持統期の律令体制の確立を目指す中で、「太政官」と並ぶ「神祇官」が設置された。右大臣として専権を握った藤原不比等(鎌足の次男)が、大宝律令、養老律令を関与・主導し、「アマテラスを祖として神武を初代天皇とする天皇制の神話」を創作した中心人物。
 第三層:宗教としての神道……圧倒的な体系性を有する仏教の影響を受けて、神仏習合の中から形成される。平安から鎌倉期に「本地垂迹説」に立つ仏教優位の神仏習合(仏本神迹)が浸透。そこから室町期における「神道の自立」という動きが胎動する。
〔 こうした三層が複雑に相関し、時代との関係性が絡み合って、近世神道、明治期の国家神道が表出するのであり、三層の濃淡をどう意識するかで、神道の捉え方は異なる。そこに神道の特異性があるといえる。とくに、戦後日本の「宗教なき状況」を生きた日本人は、至近にある神社神道(初詣、お祭りの氏神信仰)と、戦前期の強烈な「国家神道」(天皇制絶対主義の「国体」を護持する神道)の違いを意識することなく生きており、「国家神道」が国家権力のイデオロギーとして、強制力を持って迫る悲劇を忘却している。日本精神史における神道の三層の相関を解く視界が求められるのである。〕
 
●承久の乱(p180)
〔 鎌倉期における「承久の乱(一二二一年)は「天皇制」が廃絶になる可能性さえあった日本史の転換点であった。つまり、朝廷の実権を握る後鳥羽上皇をはじめとする三人の上皇(順徳上皇、土御門上皇)と仲恭天皇、すなわちオール朝廷が結束して討幕の院宣を出して鎌倉幕府の打倒を目指したが、執権北条泰時を支える母・北条政子(頼朝の妻)の「いざ鎌倉」の檄に刺激された東国武士団に大敗し、三上皇は隠岐、佐渡、土佐に流罪、近臣は斬首となった。幕府が天皇の選択権さえ握るという天皇制の危機であった。だが、天皇制の廃絶や、天皇の権威を否定する展開にはならなかった。天皇の権威を権力が利用するという意図が日本政治の深層に埋め込まれた瞬間であった。〕
 
●即位灌頂(p187)
〔 空海の偉大さは、人間の内奥の苦悩に向かいがちな仏教の視界を「宇宙」に拡張したことにある。大日如来を中心に据えた立体曼陀羅の世界観である。この世界観は「国家鎮護」の仏教の位相を変えた。真言密教的宇宙観の中に、現世における天皇の権威さえ相対化させたのである。その象徴が「即位灌頂」である。天皇が即位に当たって大日如来の印を結ぶという儀式で、地上の権力を宇宙観の中に位置付けるということであり、仏教による皇位の権威付けともいえる。京都の東寺に残る金剛界曼荼羅などを見つめると、空海の視界の大きさがわかる。即位灌頂は、平安後期の一〇六八(治暦四)年の後三条天皇の即位時から導入された。次第に儀礼的なものになったようだが、天皇の即位灌頂は江戸期最後の孔明天皇まで続いたという。〕
 
●神風特攻隊(p202)
  しき島の やまとごころを人とはば 朝日ににほふ山ざくら花
 本居宣長61歳の時、自画像一幅に書き添えた歌。
 神風特攻隊の部隊名に曲解・利用された。「敷島」隊、「大和」隊、「朝日」隊、「山桜」隊。
 
●PHP(p235)
 Peace and Happiness through Prosperity。豊かさを通じた平和と幸福。
 都市新中間層の宗教?
 1946年、松下幸之助が提起した概念。翌年、『PHP』という雑誌も創刊された。
 〔GHQからの追放指定を受け、解除嘆願に動いてくれた労働組合への熱い思いが「労使の共存共栄」の基本哲学としてPHPを強調したと感じられる。「労使対決」という戦後日本の新しい対立を克服する概念として、「まずは会社の安定と繁栄が大切」というPHP的志向は定着した。〕
 
●経済主義(p236)
〔 ひたすら「繁栄」を願う「経済主義」が戦後日本の宗教として、都市新中間層に共有されていった。だが、そこには、明治期の日本人が、押し寄せる西洋化と功利主義に対して「武士道」とか「和魂洋才」といって対峙した知的緊張はない。「物量での敗北」と敗戦を総括した日本人は、「敗北を抱きしめて」、アメリカに憧れ、アメリカの背中を「追いつけ、追い越せ」と走ったのである。そこには米国への懐疑は生まれなかった。資本主義と対峙しているかに見えた「社会主義」も、ある意味では形を変えた経済主義であった。階級矛盾にせよ、所有と分配の公正にせよ、経済関係を重視する視点であり、経済主義において同根であった。〕
 
(2023/4/24)NM
 
〈この本の詳細〉


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