SSブログ

「バカ」の研究
 [医学]

「バカ」の研究
 
ジャン=フランソワ・マルミオン/編 ジャン=フランソワ・マルミオン/〔ほか〕著 田中裕子/訳
出版社名:亜紀書房
出版年月:2020年7月
ISBNコード:978-4-7505-1650-9
税込価格:1,760円
頁数・縦:330p・19cm
 
 バカに関する論文(エッセー)とインタビューを23編収録。原書の著者は30人だが、日本の一般読者に分かりづらい記事は掲載しなかった、とのこと。
 
【目次】
・バカについての科学研究……セルジュ・シコッティ(心理学者、ブルターニュ・シュッド大学客員研究者)
・知性が高いバカ……イヴ=アレクサンドル・タルマン(自然科学白紙、心理学者、フリブール・サン・ミシェル学院教授)
・迷信や陰謀を信じるバカ……ブリジット・アクセルラッド(哲学者、心理学者、グルノーブル探究天文観測所所員)
・バカの理論……アーロン・ジェームズ(南カリフォルニア大学哲学教授)
・人間は決して合理的な生き物ではない……ジャン=フランソワ・マルミオン
・認知バイアスとバカ……エヴァ・ドロツダ=サンコウスカ(社会心理学者、パリ・デカルト大学教授)
・二とおりのスピードで思考する……ダニエル・カーネマン(心理学者、プリンストン大学名誉教授。2002年ノーベル経済学賞)
・なぜ人間は偶然の一致に意味を見いだそうとするのか……ニコラ・ゴーヴリ(心理学者、数学者、リール・ノール・ド・フランス教職教育大学院数学講師)
・バカのことば……パトリック・モロー(モントリオール・アウンツィック・カレッジ文学教授)
・感情的な人間はバカなのか?……アントニオ・ダマシオ(神経科学者、神経学者、心理学者、南カリフォルニア大学教授、同大学脳・創造性研究所所長)
・バカとナルシシズム……ジャン・コトロー(精神科医、リヨン第1大学元講師)
・フェイクニュースを作っているのはメディア自身だ……ライアン・ホリデイ(文筆家、メディア戦略家、コラムニスト、アメリカン・アパレル社元マーケティング部長)
・SNSにおけるバカ……フランソワ・ジョスト(パリ第3《新ソルボンヌ》大学名誉教授)
・インターネットのせいで人間はバカになる?……ハワード・ガードナー(パーバード教育学大学院認知学・教育学教授)
・バカとポスト真実……セバスチャン・ディエゲス(神経心理学者、スイス・フリブール大学認知学・神経科学研究所研究者)
・バカげた決定を回避するには?……クローディ・ベール(人間科学ジャーナリスト)
・なぜバカみたいに食べすぎてしまうのか?……ダン・アリエリー(行動経済学者、MITスローン経営大学院教授)
・動物に対してバカなことをする人間……ローラン・ベーグ(フランス大学研究院シニア会員、アルプ人間科学会館館長)
・子どもとバカ……アリソン・ゴプニック(UCLAバークレー校心理学・哲学教授)
・夢とバカの関係……デルフィーヌ・ウディエット(脳研究者、「動物・脳・行動」チーム脳脊髄研究所研究者)
・バカは自分を賢いと思いこむ……ジャン=クロード・カリエール(著述家、シナリオライター)
・バカなことをした自分を許す……ステイシー・キャラハン(心理学者、トゥールーズ第2ジャン・ジョレス大学臨床心理学・精神病理学教授)
・知識人とバカ……トビ・ナタン(心理学者、パリ第8ヴァンセンヌ・サン・ドニ大学名誉教授、民族精神医学提唱者)
 
【著者】
マルミオン,ジャン=フランソワ (Marmion, Jean-françois)
 フランスの心理学者。心理学専門マガジン『ル・セルクル・プシ』編集長。
 
田中 裕子 (タナカ ユウコ)
 フランス語翻訳者。
 
【抜書】
●ネガティブ・バイアス(p27、シコッティ)
 ヒトは、ポジティブなものより、ネガティブなものにより注意を向け、関心を抱き、重要視する傾向がある。
 
●仮釈放(p42、マルミオン)
 受刑者に仮釈放を認めるかどうかは、判事の満腹度にかかっている。
 判事が昼食や休憩をとった直後は、65%のケースで仮釈放が認められている。その後、時間の経過とともに割合が低下し、しまいにはほぼ0%となる。そこで判事が休憩を取ると、その割合は65%に回復する。
 
●ヒューリスティクス(p74、マルミオン)
 ヒトが日常的に行っている直観的思考。「論理」とは似て非なる思考方法。もっと適当で大雑把。
 カーネマンと、共同研究者のエイモス・トベルスキーによって命名。
 
●代表性ヒューリスティック(p96、ドロツダ=サンコウスカ)
 〈弁護士・エンジニア問題〉
 ある心理学者が、70人のエンジニア、30人の弁護士と面接をし、それぞれの特徴を紙に書き出した。ジャンは、エンジニアだろうか、弁護士だろうか? その確率は?
 「ジャンは39歳の男性。既婚者で、二人の子の父親だ。居住地の自治体の執行委員を務めている。趣味は希少本の蒐集。検定試験マニアで、他人との議論をしながら自分の考えを分かりやすく述べて、相手を説得するのが得意だ」
 殆どの人が、「ジャンは90%の確率で弁護士」と答える。
 これは、「基準値」より「人物描写(ステレオタイプとの類似性=代表性)を優先する認知バイアス。代表性ヒューリスティック。
 このような場合、基準値と個人情報によって判断すべき。
 ・基準値……全体における弁護士の比率(この場合、30%)。
 ・個人情報……ジャンの特徴が弁護士であることを示す可能性。
 設問の人物描写のいずれも、ジャンが弁護士であることを証明していない。
 
●温暖化(p110、カーネマン)
 〔民主主義が機能するのに、国民一人ひとりが完全に合理的になる必要などありません。自分の利益になるほうに投票すればよいだけのことです(これはあくまで一般論で、結果は保証しませんが)。むしろ民主主義は、抽象的で身近に感じられないリスクを扱う時に機能しなくなります。だからこそ、温暖化の問題は民主主義ではなかなか解決できないのです。システム1は実感のない脅威には反応しません。感情に訴えないと人々を行動に駆り立てることはできませんし、脅威が現実味を帯びないと人々の感情は動かせません。こうした問題を解決するには、システム2に訴えるやり方を見つける必要があります。たしかに温暖化の脅威については、今はまだ身近に大きな変化は感じないかもしれませんが、ある時点に達したら後戻りできなくなります。こうした未来の脅威はシステム2でないと実感できません。〕
 
●自己愛性パーソナリティ障害(p151、コトロー)
 自己愛性パーソナリティ障害……自分勝手で、自分を大きく見せたがり、他人から称賛されるのを好む一方で、他人に対する同情心に欠けている。人口の0.8~6%がこの障害を持っている。とりわけインターネット世代以降の若い人たちに多く見られる。
 タイプ1……攻撃的なタイプ。高圧的で、他人を操ったり、利用したり、だましたり、強引に押さえつけようとする。思いやりがない。自己評価が高すぎる。
 タイプ2……気が弱いタイプ。情緒不安定で、鬱気味で、心配性で、嫉妬深い。高すぎる目標を抱いて、完璧主義になりがち。
 タイプ3……ハードワークなタイプ。高圧的で、競争心が強く、目立ちたがりで、人たらしで、カリスマ性があり、権力を手に入れたがる。その一方で、エネルギッシュで、知的で、他人とのコミュニケーションがうまく、自己実現のために努力を惜しまないという長所を併せ持つ。
 
●ダークトライアド(p154、コトロー)
 三大邪悪パーソナリティ特性。
 ナルシシズム(自己愛傾向)、マキャベリズム(権謀術数主義)、サオコパシー(精神病質)。
 
●人生脚本(p136、コトロー)
 人生脚本……自分はこう生きてきた、生きるのだという筋書き。いったんはまってしまうとなかなか抜け出せず、生きている間ずっと同じことを繰り返す。たとえ違う結果を望んでも、いつも同じになってしまう。
 
●ポスト真実(p206、ディエゲス)
 ポスト真実……客観的な真実より、個人的な感情や信条に訴えるほうが、輿論の形成に大きな影響を与えやすい状況(オックスフォード英語辞典)。
 オックスフォード大学出版局によって、2016年の「今年のことば」に選ばれた。
 ポスト真実は、「直観」と「感情」によって形成される「知識」に基づいた信念を抱き、それに従って言動を行う者たちによって支えられている。(p218)
 
●メタルール(p225、ベール)
 メタルール……不測の事態に備えてあらかじめ定めておくルール。万一の場合に適切に対処できる可能性が高くなる。
 1990年代、大韓航空は立て続けに死亡事故を起こしていた。その最大の原因は、「コックピット内での行きすぎた上下関係」。解決策として、以下のようなメタルールを設定。その結果、世界で最も安全な航空会社の一つとなった。
 ・上下関係よりコミュニケーションを重視する。
 ・昇進は実力制とし、年功序列をやめる。
 ・すべての従業員がヒューマンスキルの研修を受ける。
 ・ミスをしても罰しない。
 
●タンパク質の生産量(p255、ベーグ)
 『米国科学アカデミー紀要』に掲載されたある論文で言及。
 牛肉、豚肉、家禽、卵を生産するための飼料の代わりに、同じ農地を使って人間の食用のための野菜を栽培すれば、たんぱく質の生産量が農地1haあたり2~20倍に増える。
 
●前頭前皮質背外側部(p274、ウディエット)
 夢の中では、しばしば「騙されやすいバカ」になる。奇妙なこと、驚くべきこと、あり得ないこと、非現実的なことが起こっても、夢の中では疑問に思わない。
 レム睡眠中は、「前頭前皮質背外側部」が活動していないため。論理的な思考をするのに最も重要な役割を果たすエリア。
 
●悪夢(p275、ウディエット)
 夢は、未来の不安に備える「バーチャル・リアリティ」としても役立っている。試験前に、試験に失敗する夢を見る、など。
 また、私たちの記憶の中のネガティブな感情を分析し、その感情を記憶から取り除いて、重要な情報だけを保管する作業を行っている。不安やトラウマを引き起こすネガティブな記憶の断片を、ニュートラルな状況と組み合わせながら再現することで、その記憶の持つイメージを和らげる。
 この働きを担うのは、「偏桃体」と「前頭前皮質内側部」。過去の記憶の不安要素が夢の中で再現されると、偏桃体が活性化して恐怖の感情を引き起こす。すると今度は、前頭前皮質内側部がこの不安要素を分析し、その不安要素を別のニュートラルな状況と組み合わせて再現させ、それほど怖いものではないと確認させる。
 悪夢……この時、恐怖の感情が強すぎたり、精神状態が弱っていたりすると、本人が目覚めることがある。これが悪夢。悪夢は、睡眠中に脳が感情を分析する作業が失敗したせいで起こる。
 
●哲学教授(p306、ナタン)
 〔大学の哲学教授のほとんどは哲学者ではありません。哲学史を教えているだけです。「プラトンはああ言った、デカルトはこう書いた」としか言えない。「わたしはこう考える」と、自分の意見をきちんと言える者はひとりもいません。そんなことをしたらバカがバレるからです。哲学史は、知性の欠如を隠すのにうってつけの隠れ蓑です。〕
 
(2020/10/3)KG
 
〈この本の詳細〉


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

脳と心の考古学 統合失調症とは何だろうか
 [医学]

脳と心の考古学---統合失調症とは何だろうか  
糸川昌成/著
出版社名:日本評論社
出版年月:2020年2月
ISBNコード:978-4-535-98486-8
税込価格:2,750円
頁数・縦:207p・20cm
 
 現役の精神科医、研究者による、ヒトの心に関するエッセー集。
 
【目次】
第1部 統合失調症とは何だろうか
 統合失調症は分子生物学で解明できるのか
 統合失調症は実体種か?
 言語の条件―人類にとって統合失調症とは何か
  ほか
第2部 精神医学とは何だろうか
 脳でない心―心の病は医療化できるか
 近代科学の死角―客観と主観の二分構造
 コトの科学とモノの世界―精神疾患はモノかコトか?
第3部 人間にとっての進化と病
 「科学」の歴史と病のメタファー
 「進歩」は廻る―螺旋の哲学
 家族と倫理の起源
  ほか
エピローグ 科学者の魂
 
【著者】
糸川 昌成 (イトカワ マサナリ)
 1961年東京都生まれ。埼玉医科大学卒業。東京医科歯科大学医学部精神神経科、東京大学脳研究施設、米国国立衛生研究所(NIH)研究員、理化学研究所分子精神科学研究チームなどを経て、現在、東京都医学総合研究所副所長、同病院等連携研究センターセンター長、同統合失調症プロジェクト参事研究員。分子生物学者として研究活動を行う傍ら、東京都立松沢病院等で精神科医として臨床に従事する。専門は精神医学、分子生物学。
 
【抜書】
●ハンチンチン(p10)
 ハーバード大学医学部の研究グループのジェームズ・グッセラらは、ベネズエラのマラカイボ湖畔に住む大家系のDNAを解析し、4番染色体の一部のごく狭い領域がハンチントン病と関連することを突き止めた。
 その論文発表の10年後、その部分から原因遺伝子ハンチンチンが発見された。
 家族集積性から遺伝子が確定されるまでの典型的な経過であった。
 
●敬語(p88)
 認知症では、徘徊、譫妄、ものとらえ妄想などの周辺症状が出る。
 東京と沖縄の調査で、両地域とも高齢者の4%で認知症が認められた。
 ところが、周辺症状に関しては、東京では過半数に症状が認められたが、沖縄では708人中1名にしか見られなかった。
 要因として考えらえるのは、沖縄地方独自の敬語体系。高齢者に対してしか使用されない敬語がある。相手が年下の場合には「とれ」、目上の人には「とみそーれ」、高齢者には「とてくみそーれ」となる。
 認知症の基本に不安がある。そんな時、周囲から敬意をもって接してもらうことで、不安が解消されると考えられる。
 
●緑(p96)
 外科の手術で用いられる手術着や術野を覆う布は緑色。
 手術中に出血した患部を長く見る外科医は、補色残効を起こしやすい。手術着や布が白色だと、患部から目を上げるたびに布の表面に残効の緑のシミがちらついてしまう。
 
●カミダーリ(p114)
 シャーマンは、急性精神病を経て、治療者や予言者としての能力を獲得する。
 宮古島では、ユタになる前の急性精神病状態(急性錯乱状態、急性多型精神病性障害)を「カミダーリ」と呼ぶ。
 また、将来ユタになりそうな子どもは見分けがつくらしく、「セジが高い」「サーダカウマレ」などと言われる。「霊的な水準が高い」といった意味。
 
(2020/4/23)KG
 
〈この本の詳細〉


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

奇妙な死体のとんでもない事情 2万人を検死した法医学者の事件ファイル
 [医学]

奇妙な死体のとんでもない事情: 2万人を検死した法医学者の事件ファイル
 
巽信二/著
出版社名:河出書房新社
出版年月:2020年1月
ISBNコード:978-4-309-24939-1
税込価格:1,540円
頁数・縦:198p・19cm
 
 法医学者であり、監察医でもある著者が、これまで出会ったご遺体について語り、死について考える。
 本書では、著者が検案し、解剖した「死体」のことを「ご遺体」と呼ぶ。死んだ人への敬意とヒューマニズムに溢れている。
 例えば、東日本大震災のご遺体の検案では、身元が分からない場合、DNA鑑定のために「指」を採取せよ、と国から指示が出ていた。しかし、彼は断固として拒み、手の爪をもってサンプルとした。鑑定にはそれだけで十分なのだ。あえて指を切らなくてもいい。ご遺体を損壊するような行為は必要ない、という主張である。「どうにもご遺体に対する畏敬の念が薄い、というか、そもそもたいへん失礼であることに腹がたった」(p.170)。
 毎日のように死体と対面し、頻繁にヒトを解剖しなければならない法医学者や監察医に、どんな人がなりたいと思うのだろうか。そんな年来の疑問に答えてくれる1冊であった。
 
【目次】
1章 死体に刻まれた記録。真実はひとつしかない
2章 事件を告発する遺体、犯罪を否定する遺体
3章 社会の病理に斃れた声なき犠牲者たち
4章 証人として出廷し被告人と対峙する
5章 法医学者としてどう遺族に寄り添うか
6章 阪神・淡路、東日本…震災という慟哭の現場
7章 もの言わぬ遺体から授けられた教え
 
【著者】
巽 信二 (タツミ シンジ)
 1954年、大阪府生まれ。近畿大学医学部法医学教室主任教授。医学博士(法医学者・監察医)。1980年、近畿大学医学部医学科を卒業後、同大講師、助教授を経て、2007年から現職。1985年より大阪府監察医事務所監察医。大阪府・大阪市被虐待児鑑定医も務める。2010年には法務大臣賞、大阪高等検察庁検事長賞を受賞。大阪府警を中心に捜査協力も行なっており、数々の事件を解決へと導いている。
 
【抜書】
●監察医、法医学者(p3)
 監察医……主治医の死亡診断書がないご遺体で、事件性のないものを扱う。病死・自然死が明白な場合、警察医または監察医が検案を行い、死体検案書を発行する。死因が不明であれば、それを特定するために、監察医が行政解剖を行う。自治体の監察医事務所に所属する。監察医制度があるのは、東京23区、横浜市、名古屋市、大阪市、神戸市のみ。
 法医学者……事件性が疑われるご遺体を扱う。身元不明の遺棄死体や、自殺か他殺かが不明のご遺体など。司法解剖を担当する。医学部の法医学教室に属する。司法解剖は裁判を前提としているので、行政から独立した立場で、公正かつ客観的に判断する必要がある。
 
●死体現象(p30)
 死んだ人間の体が変化すること。腐敗、自己融解、白骨化、屍蝋化、など。
 通常は、腐敗と自己融解が同時に進行する。
 自己融解……酵素が関与して、自分で自分を溶かすこと。例えば、胃酸の作用によって胃に穴があく。
 腐敗のスピードがもっとも速くなるのは、山中など、微生物や昆虫が多いところに放置された死体。夏場なら、3~5日で白骨化する。
 山中で地中に埋められると、腐敗速度が遅くなる。地表に置かれた時よりも8倍長持ちする。水中に沈めた場合でも、2倍長持ちする。
 
●ミイラ化、屍蝋化(p31)
 ミイラ化……高温で低湿度であれば、遺体は乾燥してミイラ化する。
 屍蝋化……低温で高湿度だと、遺体は屍蝋化する。内部の脂肪が変性して、遺体が蝋のように固まってしまった状態。全体が白い石鹸のようにパンパンに膨れている。
 
●シデロファージ(p83)
 窒息し、肺に空気を送り込めなくなると、肺が鬱血を起こす。「肺高血圧」となり、肺動脈末端の血管が切れて肺の中で出血し、血の中の鉄分を白血球が食べに来る。これをシデロファージという。
 シデロファージが検出されれば、窒息死と断定できる。
 
●餌やり係(p183)
 犬は、「ご主人」と「餌やり係」を区別して認識している。
 高齢の人が心疾患により、自宅で亡くなった。現場では、2匹の中型犬が、ご遺体の両側から寄り添うように餓死していた。
 別の高齢者の死亡案件では、〔ご遺体の周りを太った可愛い小型犬2匹がキャンキャンと元気に走り回っている。捜査員が入っていくと、久しぶりに人が来たと喜んで尻尾まで振っている。〕ところが、ご遺体は犬に食われていた。鼻や耳は食いちぎられ、顔面はところどころ白骨化していた。
 
●死体検案書(p187)
 検案書は、A4判1枚の紙にすべてを収めると決まっている。資料の添付も認められていない。
 
●死ぬまで生きる(p195)
〔 法医学に携わっていると、悲しいこともいろいろ見てきた。そして今、思うのは、「死ぬまで生きる」ということだ。「全力で」とか「頑張って」とか余計な修飾語は必要ない。とにかく「死ぬまで生きる」。それしかないと思う。
 「生きざま」という言葉ある。かっこいい生きざま、美しい生きざま、壮絶な生きざま……その結果、何かを成し遂げたり、お金持ちになったりするかもしれない。あるいは成し遂げられず、貧しい生活を送るかもしれない。でも、それはどうでもいいことではないだろうか。
 命ある限り、死ぬまで生きる。それでいいと私は思う。少なくとも死ぬまでは、せいいっぱい生きる。立派なことをしなくても、死ぬまで生きることができれば、それでいい。これが私の命に対する考え方だ。〕
 
(2020/2/11)KG
 
〈この本の詳細〉


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

意識の川をゆく 脳神経科医が探る「心」の起源
 [医学]

意識の川をゆく: 脳神経科医が探る「心」の起源
 
オリヴァー・サックス/著 大田直子/訳
出版社名:早川書房
出版年月:2018年8月
ISBNコード:978-4-15-209784-2
税込価格:2,268円
頁数・縦:238p・19cm
 
 オリヴァー・サックスが死の直前に選定した10のエッセイ。これらの文章の多くは、『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』誌に掲載されたものである。
 
【目次】
ダーウィンと花の意味
スピード
知覚力―植物とミミズの精神生活
別の道―神経学者フロイト
記憶は誤りやすい
聞きまちがい
創造的自己
なんとなく不調な感じ
意識の川
暗点―科学における忘却と無視
 
【著者】
サックス,オリヴァー (Sacks, Oliver)
 1933年、ロンドン生まれ。オックスフォード大学を卒業後、渡米。脳神経科医として診療を行うかたわら、精力的に作家活動を展開し、優れた医学エッセイを数多く発表する。2007~2012年、コロンビア大学メディカルセンター神経学・精神学教授、2012年からはニューヨーク大学スクール・オブ・メディシン教授をつとめる。2008年に大英帝国勲章コマンダーを受章。2015年没。
 
大田 直子 (オオタ ナオコ)
 翻訳家。東京大学文学部社会心理学科卒。
 
【抜書】
●植物学者ダーウィン(p12)
 ダーウィンは、1859年以後、ダウン・ハウス(ダーウィンが後半生を過ごした家)の庭と温室で、植物の珍しい構造や習性を記述し、進化と自然選択を裏付ける証拠を山のように見つけた。
 〔妙なことに、この植物研究は六冊の本と七〇篇近くの論文を生み出したにもかかわらず、ダーウィンの研究家でさえあまり注意を払っていない。〕
 ケンブリッジ大学の学生だった時、必ず出席したのは植物学者J・S・ヘンズローの講義だけで、ダーウィンをビーグル号の職に推薦したものヘンズローだった。
 そして、訪れた場所の動植物相や地質についての見解を詳しく書き綴った手紙をヘンズローに送った。その手紙が印刷物となって広く回覧されたおかげで、ダーウィンはビーグル号がイギリスに戻る前に、科学界で名を知られることになった。
 ガラパゴス諸島で花が咲いている植物すべてを注意深く観察し、島ごとに同じ属の異なる種がいることを発見した。その植物標本は200種以上に及ぶ。(鳥の標本は、船員仲間たちが集めたものも含め、帰国後に鳥類学者のジョン・グールドによって分類された。)
 
●花の色とにおい(p20)
 花の色とにおいは、昆虫の感覚に適応している。
 ミツバチ……青や黄色の花に引き寄せられる。紫外線も見える。赤は見えない。
 チョウ……赤い花は見えるが、青や紫の花は無視する。
 ガ……夜に飛ぶガは、色はないが夜に香りを放つ花を受粉させる。
 ハエ……ハエに受粉される花は、腐った肉のような不快なにおいを出すものが多い。
 
●嗜眠性脳炎(p51)
 1917年~1928年に世界的に大流行した嗜眠性脳炎(眠り病)にかかった何百万人のうちの三分の一が、急性期に覚醒できないほど深い昏睡状態か、鎮静できないほど強い不眠状態で死亡した。
 生存者の中には、初期には動きが速くなり興奮していても、のちに重度のパーキンソン症候群を発症し、動きが緩慢になるか全く動かなくなる人もいて、それが何十年も続くことがあった。一部には動きが速いままの患者もいた。
 パーキンソン症候群では、正常な動作と思考の流れに欠かせない神経伝達物質のドーパミンが正常レベルの15%未満まで大幅に減少する。脳炎後遺症パーキンソン症候群の場合、ドーパミン・レベルはほとんど検出できなくなることがある。
 動けない患者に脳内のドーパミン・レベルを上げるL-ドーパ薬を投与すると、多くの患者が動作の正常なレベルのスピードと自由を取り戻した。しかしその後、最も重症だった人たちに、動作と発話が異常に早くなるという現象が起きた。
 
●トゥレット症候群(p55)
 トゥレット症候群……衝動脅迫、チック、不随意運動、叫び声を特徴とする病気。
 患者の中には、ハエの羽を捕まえられる人もいる。
 人が手を伸ばして何かに触れたりつかんだりする場合、通常は秒速1mくらい。素早く動かせば、4.5mくらいになる。トゥレット症候群の患者の中には、7mに達する人もいる。
 
●ダブル・フォルム(p60)
 カタトニア(緊張病)、パーキンソン症候群、トゥレット症候群は、躁鬱病と同じように「双極性」障害と考えられる。19世紀のフランスの用語を使うと、「ダブル・フォルムの」障害。
 緩慢から高速へと、一方の面や一方の状態から他方へと、即座に切り替わることがある二面性の障害。中間の状態や分極されていない状態、あるいは「正常性」が生じる可能性はとても低い。
 この病気をたとえると、一種のダンベルや砂時計の形になる。
 
●クリプトムネシア(p113)
 クリプトムネシア……ずっと忘れられていた記憶が新しい経験であるかのように再び現れる現象(訳注)。
 剽窃は意識的で意図的だが、クリプトムネシアはどちらでもない。「無意識の剽窃」というが、「剽窃」ではない。
 
●ミメーシス(p137)
 マーリン・ドナルド『現代人の心の起源(Origins of the Modern Mind)』。
 「ミミクリーは事実に忠実で、できるだけ正確に再現しようとする試みだ。したがって、顔の表情を正確に再現したり、オウムが別の鳥の音声を正確に再現したりするのは、ミミクリーである。……イミテーションはミミクリーほど忠実ではない。子どもが親の行動を手本にまねるのは、親の行動のイミテーションであってミミクリーではない。……ミメーシスはイミテーションに表象の次元を加える。ミメーシスは通常ミミクリーとイミテーションの両方を、出来事や関係を再現し表現するより高次な目的に組み入れる。」
 
(2019/9/4)KG
 
〈この本の詳細〉


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

40℃超えの日本列島でヒトは生きていけるのか 体温の科学から学ぶ猛暑のサバイバル術
 [医学]

40℃超えの日本列島でヒトは生きていけるのか―体温の科学から学ぶ猛暑のサバイバル術 (DOJIN選書)
 
永島計/著
出版社名:化学同人(DOJIN選書 82)
出版年月:2019年7月
ISBNコード:978-4-7598-1682-2
税込価格:1,728円
頁数・縦:198p・19cm
 
 体温調整のメカニズムを、さまざまな観点から考察する。
 
【目次】
第1章 環境と人の関係
第2章 カラダの温度とその意味
第3章 カラダを冷やす道具たち
第4章 温度を感じるしくみ
第5章 脳と体温調節―考えない脳の働き
第6章 フィールドの動物から暑さ対策を学ぶ
第7章 熱中症の話
第8章 運動と体温
第9章 発達、老化、性差など
第10章 温度や暑さにかかわる分子や遺伝子
おわりに 40℃超えの日本列島でヒトは生きていけるのか
 
【著者】
永島 計 (ナガシマ ケイ)
 1960年兵庫県宝塚市生まれ。85年京都府立医科大学医学部医学科卒、95年京都府立医科大学大学院医学研究科(生理系)修了。京都府立医科大学附属病院研修医、イエール大学医学部ピアス研究所ポスドク研究員、王立ノースショア病院オーバーシーフェローなどを経て、現在、早稲田大学人間科学学術院教授。博士(医学)。専門は生理学、とくに体温・体液の調節機構の解明。
 
【抜書】
●温度中性域(p27)
 暑くも寒くもない温度、体温調節のための反応が最小に抑えられている環境温度の範囲。身体から逃げていく熱が、自分の身体の中で作っている熱とバランスが取れている状態。
 ヒトにとっては、27~31℃の間の環境温度。年齢、人種、男女の差はあるが。
 
●不感蒸泄(p29)
 皮膚や気道から、水蒸気として、1日におよそ800mリットルの水が蒸発している。
 
●代謝(p35)
 ヒトの場合、食事などで摂取したエネルギーのおよそ80%は熱に置き換わり、外界に放出される。この熱の大部分は、体の中心臓器(およそ全体の50%)や筋肉(20%)で産生され、ヒトのコア温を高く維持することになる。
 ヒトの身体の60%は水。熱伝導性が高いので、身体の内部の温度は比較的均一に保たれる。血液は、熱を身体中に運搬する重要な役割を担う。
 筋肉の熱伝導率は、水に対して約70%、脂肪は30%。筋肉と皮膚の間にある脂肪は断熱材。
 
●クマの冬眠(p41)
 冬眠……体温を環境温度まで落として究極のエネルギー節約を行うもの。
 クマは、「冬眠」時、体温が通常より4~5℃低下する程度。厳密には「冬眠」ではない。
 クマやヒトなどの大きな動物では、環境温度近くまで体温を落とし、適切なタイミングで通常の体温まで上昇させる自発的な冬眠は不可能である。復温までのエネルギーコストが高すぎて、冬眠の意味がなくなってしまう。
 
●好気的な酸化能(p44)
 単位時間あたりにどれだけ酸素を取り込んで、細胞レベルで物質を酸化して、水と二酸化炭素に分解し、エネルギーを取り出せるかという能力。
 恒温動物と変温動物の違いは、酸化能の差にある。
 恒温動物の最大運動能の平均は54mW/g体重、変温動物では9mW/g体重。
 
●細動脈(p56)
 血液は、毛細血管に至るまえに細動脈という血管を通る。
 細動脈は、平滑筋によりその径がコントロールされている。平滑筋は、血管の真ん中の層、いわゆる中膜という部分に存在している。
 平滑筋……われわれの意思で収縮弛緩が可能な骨格筋と異なり、意識外で調整がなされいる筋肉。
 
●AVA(p58)
 arterio-venous anastomosis(動脈吻合)。動脈と静脈の間を連結する組織で、径は25~100μm。毛細血管の径は5~10μm。
 AVAは、体温の変化に従って大きく径が変化する。毛細血管にはこの仕組みがない。四肢末端の無毛部皮膚、口唇、耳介、耳の皮膚で発達している。
 体温が上がるとAVAが拡張し、血液はAVAを通って静脈に還流する。この時、四肢の中心部にある静脈ではなく、表在皮膚にある静脈に流れ、熱を体外に放出する。
 
●エクリン腺(p64)
 汗腺には、アポクリン腺とエクリン腺がある。
 アポクリン腺……毛嚢(毛穴)に開口しており、匂いの分泌(芳香腺)としての機能が主。もともと分泌能は少ない。ウマの汗は、アポクリン腺から出ている。ヒトでは腋窩や外陰部、乳輪に発達。乳輪は、アポクリン腺の変化したものと考えられる。
 エクリン腺……全身の皮膚に存在。ヒトで特に発達している組織。もともと手掌の滑り止めとして働いていたと考えられる。皮膚の単位面積当たりのエクリン腺数は、手掌や足底に多い。開口部は、手掌や足底の場合、掌紋の隆起部に存在する。他の部位では、皮膚上の溝に存在する。
 
●視床下部(p80)
 視床下部が、体温調節の中枢。
 前視床下部に、温度感受性ニューロンがある。同部に存在する神経の約20%を占める。
 温ニューロン(温度の上昇に対してインパルスが増加)と、冷ニューロン(温度が下降するとインパルスが増加)の2種類があるが、温ニューロンのほうが多い。わずか1℃以内の温度の変動に対しても、インパルスが増減する。
 
●夏眠(p108)
 砂漠の小動物は、夏眠(かみん)あるいは休眠と呼ばれる暑さ対策を行っている。食事制限や飲水制限によって誘導される。
 夏眠の間は代謝及び水分損失が極度に低下する。冬眠や日内休眠と呼ばれる現象に酷似。
 モハベリス(Mohave Ground Squirel)という、カリフォルニアの砂漠地帯に生息するリスは、数週から数か月に及ぶ夏眠を行う。
 カクタスマウス(Coctus Mouse)は1日数時間レベルの夏眠を行う。気温とコア温の差は3℃程度となる。
 
●熱波(p120)
 欧米では、32.2℃(90℉)以上の最高気温が3日以上続く気候を、熱波(heat vaves)という。
 
●熱中症のリスク(p130)
 熱中症のリスクを上昇させる医薬品、薬物……アドレナリンβ受容体遮断薬(高血圧の治療に使用)、利尿剤、抗ヒスタミン薬(花粉症やアトピー性皮膚炎などのアレルギー治療に用いられる)、24時間以内のアルコール摂取、NSAIDs(アスピリン、イブプロフェン、ロキソプロフェン:ステロイド薬でない抗炎症作用のある薬)。覚醒剤などの興奮性のある薬物は、強いリスク要因となる。
 
●運動(p145)
 運動をしていると、活動している筋肉へ大量の血液を流す必要がある。
 肝臓や腎臓など内臓への血流を節約して代償する。
 脳への血流は維持される。
 中程度以上の強度(息が切れるくらい)の運動を継続していると、 若い人なら心拍数が1分あたり140~150回へと増える。個人差が大きいが、心臓が1回拍動すると80ml程度の血液が拍出される。つまり、1分間で11~13リットルもの血液が拍出される。安静時では、4~5リットル程度。
 
●脱水症状(p152)
 人体の60%は水分。
 脱水は、体重の3%程度で明確な症状が出始め、5%になるとかなり重症。
 
【赤入れ寸評】
・機転(p29)
 〔夏の湿度の高さは不快感を増強し、暑さ感覚を高める。一方、冬の乾燥は唇や皮膚のカサカサ感を増やし、インフルエンザが流行していたりすると、鼻や咽頭の粘膜での免疫防御機転を阻害すると大騒ぎになる。〕
 機転とは、医学の専門用語?
 
・腋窩(p36)
 〔体温計の原型は、オリジナルのガリレオ温度計から遅れてサンクトロ(サンクトリウスと書いてある文献もあり名前がはっきりしない)が考案した、少し前の時代まで使っていた腋窩温度計に近い代物である。ガラスの細管に色付きのエタノールが入っていて、温度が上がれば膨張することを利用して計測する。しかしながら、読んで字のごとく測定部位は皮膚であり、測定されるのは皮膚温である。〕
 「読んで字のごとく」とあるが、「皮膚」とは「腋窩」(脇の下)のことか? 「字のごとし」とはちょっと遠いかな。
 また、「少し前」とあるのは、今から少し前の現代、ということらしい。最初、サンクトロにとって「少し前の時代」かと思ったのだが……。
 
・酵素(p42)
 〔筋肉などの組織や臓器の形をつくるタンパクは「構造タンパク」と呼ばれる。生体のタンパクには、水に溶けている可溶性タンパクもある。代表的な可溶性タンパクには酵素がある。酵素は生体にある触媒である。〕
 この後、酵素というものがどんな働きをするのかということに関する説明があるが、生体の中にどんな種類の酵素があり、どのように働いているのかという、最も知りたいことの説明がない。
 
・エストロジェン、プロゲステロン(p172)
 このページ以降、エストロジェン/エストロゲン、プロゲステロン/プロジェステロンの2通りの表記が出てくるが、エストロジェン=エストロゲン、プロゲステロン=プロジェステロン、つまりそれぞれ同じものを指しているのではないだろうか?
 
(2019/8/29)KG
 
〈この本の詳細〉


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

いまどきの死体 法医学者が見た幸せな死に方
 [医学]

いまどきの死体 法医学者が見た幸せな死に方
 
西尾元/著
出版社名:幻冬舎
出版年月:2019年4月
ISBNコード:978-4-344-03451-8
税込価格:1,296円
頁数・縦:187p・18cm
 
 
 日々、異状死体の解剖を行っている法医学者による、人の死についての解剖現場からの考察。
 
【目次】
第1章 法医学ができること
第2章 人は思いがけなく死に遭う
第2章 解剖で判明した事件・事故の真相
第4章 解剖台の遺体が語る現代日本の課題
第5章 遺体が教えるそれぞれの人生
第6章 法医解剖医として考えていること
 
【著者】
西尾 元 (ニシオ ハジメ)
 1962年、大阪府生まれ。兵庫医科大学法医学講座主任教授。法医解剖医。香川医科大学(現、香川大学医学部)卒業後、同大学院、大阪医科大学法医学教室を経て、2009年より現職。兵庫県内の阪神間の6市1町の法医解剖を担当している。突然死に関する研究をはじめ、法医学の現場から臨床医学へのアプローチも行っている。これまで行った解剖約3000体。年間の解剖数約200~300体。
 
【抜書】
●異状死体(p12)
 外因死や、はっきりと病死と言い切れない遺体。法医学、法医解剖の対象となる。交通事故や火災による死、自殺なども。
 異状死体は、警察により解剖の必要性が判断される。
 日本では、現在、全死亡者数のうち約15%が異状死体となっている。
 
●法医解剖(p14)
 ① 司法解剖……犯罪死体やその疑いがある死体について、犯罪捜査を目的として行う。「刑事訴訟法」に基づく。解剖には強制力があり、解剖の実施に遺族の承諾を必要としない。「被疑者不詳の殺人被疑事件」などとして、遺体は犯罪捜査の対象となる。
 ② 調査法解剖……身元不明の遺体や、当初は犯罪とは無関係と思われた遺体の、犯罪の見逃し防止を目的に行う。「死因・身元調査法」に基づく。基本的には遺族の承諾を必要としない。
 ③ 承諾解剖……監察医制度施行区域以外での、犯罪に関係ない遺体の死因究明を目的に遺族の承諾をもとに行う。全国の大学法医学教室が担当する。「死体解剖保存法」に基づく。
 ④ 監察医解剖……監察医制度施行区域(東京23区、大阪市、神戸市など日本のごく限られた地域)での犯罪に関係ない遺体の死因究明を目的とする。監察組織で行う(大学の法医解剖室で行うことはない)。「死体解剖保存法」に基づく。基本的には遺族の承諾を必要としない。
 
●急死の所見(p19)
 ① 溢血点(いっけつてん)……結膜などにできる点状の出血。
 ② 臓器の鬱血……肺や肝臓などに血液がたまる。
 ③ 流動性の血液……血液が死後も固まらない状態。
 
●右肺(p24)
 通常、右肺のほうが大きくて重い。右の肺は三つに分かれているが、左の肺は二つにしか分かれていない。
 
●敗血症(p57)
 全身を細菌で侵される病気。傷口などから血液に細菌が入り込み、全身に広がる場合など。
 
●ミオグロビン(p85)
 打撲されると筋肉が損傷を受け、皮下出血が起きる。筋肉からミオグロビンという蛋白質が漏れ出し、血液の流れに乗って全身を循環し、腎臓の機能に障害を与える。治療しなければ腎不全で死亡することもある。
 全身の面積の約30%以上の皮膚に皮下出血が起きた場合、死に至ることがある。
 
●カツオブシムシ(p91)
 乾燥してミイラ化した遺体を好む。ミイラ化した遺体を解剖すると、胸や腹の中には成虫や幼虫とその死骸、カツオブシムシが食べたヒトの組織が茶褐色の粉になって、かつお節の粉のようにたまっている。
 
●家族内殺人(p116)
 法医学の現場で扱う殺人事件の約50~60%が家族内で起きている。
 外国と比べ、日本は家族内で殺人が起きる割合が高い。
 
●A型(p123)
 B型とO型の両親からA型の子が生まれた例。
 O遺伝子はA遺伝子の一部が欠けただけの構造となっている。
 B型の母の卵子形成の際に組み換えという現象が起こって遺伝子の一部が交換され、O遺伝子の欠けた部分が補われてA遺伝子と同じ構造になっていた。
 子どもは、父からO遺伝子、母からもO遺伝子を受け継いだのに、母から受け継いだはずのO遺伝子は見かけ上A遺伝子となっていた。
 
●溺死肺(p128)
 溺死した人の遺体の肺は、普通、膨らんでいる。
 空気は、気管、気管が二つに分かれた気管支を通って左右に肺に入っていく。さらに細い細気管支に、どんどん二つに分かれていく。いちばんの奥は、気管から最も遠いところで、肺の表面となる。
 溺死するとき、もともと肺にあった空気の一部は鼻や口から飲み込んだ水の勢いで肺の奥の方へ入っていく。
 水に押された空気が肺の表面を満たし、膨らむことになる。
 
●土左衛門(p142)
 水中死体を「土左衛門」と呼ぶのは、江戸時代の成瀬川土左衛門という大きな体の力士にちなんで名付けられた。
 水中死体は、体が大きく膨らんでいることがある。死後、細菌の働きによって発生したガスが腹の中にたまるから。
 こうした遺体にメスを入れるときには注意が必要。メスで腹を開けると、ガスが爆発したような音を発して、強烈な臭いとともに勢いよく体の外へ噴き出す。
 
●最後まで生きる(p164)
〔 私は、亡くなった人を解剖する法医解剖医です。死因は何か。亡くなったのはいつか。そういったことを診断する医師です。私は、哲学者でもなければ思想家でもありません。「人はどう生きるのがよいのか」などといったことについて深く思索をめぐらしたことはありません。しかし、毎日のように亡くなった人の死の状況を知ると、そのときどきに生きることについて思うことはあります。ヒトの死にざまを目にするという経験をすると、生死について考えさせられるのです。解剖するときに思うことは、解剖されることになった人の死の状況によって違うのですが、共通した思いがあります。それは、「人間は最後まで生きることしかできない」ということです。〕
 
●命の値段(p180)
 命の値段は500万円。
 自殺した人の借金の額は、たいてい500万円くらい。とりあえず、500万円くらいあれば、人が一人自殺するのを防ぐことができる。
 〔法医学の現場での経験から言うと、人の命の値段はせいぜい500万円くらいということになります。1億円もするということはありません。〕
 
(2019/7/22)KG
 
〈この本の詳細〉


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

天才と発達障害
 [医学]

天才と発達障害 (文春新書)
 
岩波明/著
出版社名:文藝春秋(文春新書 1212)
出版年月:2019年4月
ISBNコード:978-4-16-661212-3
税込価格:886円
頁数・縦:255p・18cm
 
 
 天才たちの創造的な仕事には、ADHDやASDといった発達障害や、鬱病などの精神疾患が大きく寄与していた……。
 ADHDが疑われる天才……野口英世、南方熊楠、モーツァルト、マーク・トウェイン、黒柳徹子、水木しげる
 サヴァン症候群が疑われる天才(驚異的な記憶力)……山下清、フランコ・マニャーニ(1934-)
 ASDが疑われる天才……大村益次郎、チャールズ・ダーウィン、アルベルト・アインシュタイン、ルートヴィッヒ・ヴィトゲンシュタイン、コナン・ドイル、江戸川乱歩
 鬱病もしくは躁鬱病に罹患した天才……ウィンストン・チャーチル、アーネスト・ヘミングウェイ、テネシー・ウィリアムズ、ヴィヴィアン・リー、夏目漱石、芥川龍之介、中島らも
 統合失調症と診断されたが……ジョン・フォーブス・ナッシュ(ASD?)、中原中也
 
【目次】
はじめに 天才と狂気
第1章 独創と多動のADHA
第2章 「空気が読めない」ASDの天才たち
第3章 創造の謎と「トリックスター」
第4章 うつに愛された才能
第5章 統合失調症の創造と破壊
第6章 誰が才能を殺すのか?
 
【著者】
岩波 明 (イワナミ アキラ)
 昭和大学医学部精神医学講座主任教授(医学博士)。1959年、神奈川県生まれ。東京大学医学部卒業後、都立松沢病院などで臨床経験を積む。東京大学医学部精神医学教室助教授、埼玉医科大学准教授などを経て、2012年より現職。2015年より昭和大学附属烏山病院長を兼任、ADHD専門外来を担当。精神疾患の認知機能障害、発達障害の臨床研究などを主な研究分野としている。
 
【抜書】
●マインド・ワンダリング(p18)
 現在行っている課題や活動から注意がそれて、無関係な事柄についての嗜好が生起する現象。心理学における概念。
 身近で日常的な現象であり、目が覚めている時間のうち30~50%がこの状態にあるという指摘もあるほど。
 従来、マイナス面にのみ関心が寄せられていた。たとえば、ADHDとの関連など。
 最近は、ポジティブな側面が注目を集めている。たとえば、マインド・ワンダリングと創造性の関連。ほどよくマインド・ワンダリングが行われていることが創造性につながる。マインド・ワンダリングが少なすぎても多すぎても、創造性への寄与は減少。
 
●ADHD(p46)
 ADHD(注意欠如多動性障害)の人は、「静かな」デスクワークは苦手。特にマルチタスク状況になると混乱しやすい。
自分の裁量で仕事を企画し、自分のペースで作業を行うことが向いている。イラストレーター、作家、コピーライター、プログラマーなど。
 
●ASD(p46)
 ASD(自閉症スペクトラム障害)の人は、黙々と定型的な作業を継続することは得意なことが多いが、途中で話しかけられたり、新しく指示されたりすると混乱しやすい。
 比較的変化の少ない事務的な作業が向いている。
 
●ADHDと依存症(p93)
 ADHDには依存症が高率に見られる。アルコール依存、ギャンブル依存、薬物依存、インターネット依存、など。
 ADHD特有の衝動性の症状との関連が深い。
 
●ロンブローゾ(p104)
 チェーザレ・ロンブローゾ(1835-1909)、骨相学で有名なイタリアの精神科医。「犯罪を起こす人物には、何らかの身体的な特徴が存在する」という考えを主張。そうした特徴を持つ人物は、「生来的犯罪者」であると定義した。その「変質徴候」として、小頭症、斜視、左利きなどが含まれるが、脳の形態異常が犯罪の原因であったと結論。
 「天才」についても独自の研究を行った。
 「偉大なる天才が精神病者であったということは今では疑いのない事実になっている。(中略)天才というものは度合こそ違えみな多少精神病的素質を有しているものであると考えることが出来る」(辻潤訳、『天才論』、改造社)。
 
●ターマン(p106)
 ルイス・ターマン(1877-1956)、米国の心理学者。今日の「知能テスト」の原型を作成した。
 高い知能をもつ子どもたち1,500例以上を対象とし、70年以上にわたって生活状況の変化、職業における達成度などを検討した。
 対象者たちは、健康面では頑健で、おおむね経済的にも社会的にも成功していた。しかし、創造性という面では、必ずしも傑出した成果は得られなかった。長期追跡が可能であった757例の中で、創造的な分野で成功したのは、作家として成功した二人と、アカデミー賞を受賞した映画監督一人。
 「知能」と「創造性」はパラレルではない。創造的な人々は、平均以上の知能を持っている場合が多いが、際立って高い知能を示すわけではない。
 
●作家(p115)
 米国の精神科医ナンシー・C・アンドレアセンが、アイオワ大学の作家ワークショップに参加した作家を分析。30人中、躁鬱病43%、鬱病37%。健常群では、それぞれ10%、17%。
 作家においては、アルコール依存症の比率が高かったが、統合失調症は見られなかった。
 気分障害と創造性の関連……創造的な思考のためには脳内で連想が自由に飛び交うことが必要であり、これは気分障害、特に躁状態などで見られる思考のプロセスと一致している。さらに、気分障害などの精神疾患においては感覚的な刺激に対する感受性が亢進しているが、それが創造性の源泉になる。
 
●躁鬱病とADHA(p182)
 最近の研究では、躁鬱病とADHDは診断的に重なりが多いことが示されている。
 ADHDに気づかず、鬱病などと診断されて誤った治療を長期間続けているケースも珍しくない。
 
●アットリスク精神状態(p185)
 統合失調症の慢性期には、日常生活や社会的な機能が低下し、いわゆる「欠陥状態」になるので、創造的な作業は望めない。
 芸術や科学における創造性が発揮されるとすれば、それはアットリスク精神状態の時。
 アットリスク精神状態……一過性の精神病的な症状を経験していたり、精神病の家族歴があったり、何らかの社会的機能の低下がみられる者において、将来の精神病(統合失調症)の発症のリスクが高いと予想される状態。
 
●ASDと統合失調症(p193)
 ASDで見られる対人関係の希薄さ、コミュニケーションの稚拙さ、こだわりの強さなどの症状は、顕在的に発症していない、あるいは潜伏期の統合失調症に類似している。
 ASDの概念が浸透していなかった過去の時代においては、ASDの当事者が統合失調症と診断されたことが多かったと考えられる。
 
●ナッシュ(p199)
 米国の数学者ジョン・フォーブス・ナッシュ(1928-2015)は、統合失調症ではなく、ASDがベースに存在し、併存状態として「精神病」の症状が出現したものと考えられる。
 統合失調症の場合、寛解期という状態はあるが、慢性で進行性の病気なので、治癒することはめったにない。
 
●モルヒネ(p235)
 ヘロインは、アヘン類の麻薬。
 アヘンはケシの実から製造され、主成分はモルヒネ。
 モルヒネは、癌の末期の痛みに対する鎮痛薬として使用され、医療現場では欠かせない薬剤。
 ヘロインは、モルヒネの官能基を置換した化合物で、さらに強力な作用を持つ。
 アヘンの歴史は古く、メソポタミアやエジプトの古代文明にも記録がある。
 
●ほめる(p248)
 イスラエルでは、才能のある生徒に対する「特別支援」教育が行われている。
 「徹底的にほめる」ことがイスラエルの教育の特徴。
 
(2019/6/29)KG
 
〈この本の詳細〉


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

10億分の1を乗りこえた少年と科学者たち 世界初のパーソナルゲノム医療はこうして実現した
 [医学]

10億分の1を乗りこえた少年と科学者たち――世界初のパーソナルゲノム医療はこうして実現した
 
マーク・ジョンソン/著 キャスリーン・ギャラガー/著 梶山あゆみ/訳
出版社名:紀伊國屋書店
出版年月:2018年11月
ISBNコード:978-4-314-01165-5
税込価格:1,944円
頁数・縦:321p・19cm
 
 
 これまで症例の報告されたことのない難病にかかったニコラス・フェルナンド・サンティアゴ・ヴォルカー(ニック・ヴォルカー)を救うために家族や医師たちが奔走する医療ドキュメント。そして、世界初のパーソナルゲノム医療がどのようにして開発され、どんなきっかけで臨床に導入されたのかを明かす物語である。
 ニックは、2004年、2歳の時に、物を食べると腸壁に穴のあく奇病にかかり、2年間、原因がわからずに入退院を繰り返してきた。彼を救ったのが、当時まだ実用化されていなかった個人のDNA解析(エクソーム解析)だった。一つの塩基のエラーにより、免疫機能が誤動作していることを突き止めた。原因がはっきりしたことで骨髄移植(臍帯血移植)の許可がおり、「Dのつく言葉」すなわち「死」を免れることができた。人工肛門を携えてではあるが、小学校に通うことができるようになったのである。
 DNA解析に踏み切る決断をしたのが、母親アミリンの要望であらたに担当医となったウィスコンシン小児病院のアラン・メイヤーであり、実施の指揮を執ったのがウィスコンシン医科大学ヒト・分子遺伝学センター所長のハワード・ジェイコブ教授である。
 
【目次】
越えられない一線―二〇〇九年六月
四文字の向こうにあるもの―一九九三年四月
大きな決断―一九九三~九六年
ハーメルンの笛吹き―一九九六~二〇〇四年
尋常ならざる患者―二〇〇四年秋~〇七年初頭
診断を求める終わりなき旅―二〇〇七年五~九月
天井のクモ―二〇〇七年九~一〇月
一歩を踏みだすなら大きく速く―二〇〇七年一一月~〇八年一月
患者X―二〇〇八年二~八月
隠し事はもうおしまい―二〇〇八年
生きのこり―二〇〇九年二~三月
ドラゴン―二〇〇九年二~六月
ゲノムのジョーク―二〇〇九年六月
自分たちがここにいる理由―二〇〇九年七~八月
未知の領域―二〇〇九年七月
聞いてもらいたいことがある―二〇〇九年八月
細く白い糸―二〇〇九年八~九月
数千の容疑者―二〇〇九年秋
犯人―二〇〇九年一一~一二月
確信と疑念―二〇一〇年一月
クリームドコーンの匂い―二〇一〇年六月
遺伝子に刻まれていたもの―二〇一〇~一四年
さあ、ついてこい―二〇一〇~一五年
 
【著者】
ジョンソン,マーク (Johnson, Mark)
 アメリカのジャーナリスト。2000年から『ミルウォーキー・ジャーナル・センティネル』紙で健康・科学関連の記事を担当。ニック・ヴォルカーに関する一連の記事で、2011年に「ピューリッツァー賞・解説報道部門」を受賞した同紙チーム五人のうちのひとり。過去、同賞最終選考に残ったことが三度あり、ほかにも数々の賞を受賞している。「ブラディ・スタンプス」というパンクバンドのギタリストでもある。
 
ギャラガー,キャスリーン (Gallagher, Kathleen)
 アメリカのジャーナリスト。1993年から『ミルウォーキー・ジャーナル・センティネル』紙でビジネス関連の記事を担当。2011年にマーク・ジョンソンとともにピューリッツァー賞を受賞。また、2006年にインランド・プレス・アソシエーション賞を受賞したときのチームメンバーでもあり、ほかにも受賞は数多い。現在はミルウォーキー・インスティチュートで事務局長をつとめている。
 
梶山 あゆみ (カジヤマ アユミ)
翻訳家。訳書多数。
 
井元 清哉 (イモト セイヤ)
 東京大学医科学研究所ヘルスインテリジェンスセンター教授。九州大学大学院数理学研究科数理学専攻博士課程修了。統計科学、ゲノム情報学、システム生物学を専門として、ゲノムデータに基づく生体内分子ネットワークの統計科学的推測と個別化医療への応用に関する研究を続けている。
 
【抜書】
●リフィーディング症候群(p100)
 重度の栄養不良のあとで急に食物を摂取すると、代謝に異常が生じる。脳や心臓、肺などに合併症が現れることもる。
 第二次大戦後に初めて報告された症状。フィリピンで敗戦を迎え、飢餓状態にあった日本軍の兵士が、投降後再び栄養を摂った時に起きた。
 
(2019/3/16)KG
 
〈この本の詳細〉


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

ウイルスは悪者か お侍先生のウイルス学講義
 [医学]

ウイルスは悪者か―お侍先生のウイルス学講義  
高田礼人/著
出版社名:亜紀書房
出版年月:2018年11月
ISBNコード:978-4-7505-1559-5
税込価格:1,998円
頁数・縦:358p・19cm
 
 
 日本では、今冬、インフルエンザが猛威を振るっているが、それを見越して出版したのか、タイムリーな内容である。ウイルスの基礎知識が得られると同時に、エボラウイルス、インフルエンザウイルスに対する著者の研究奮闘記を楽しむことができる。
 
【目次】
プロローグ エボラウイルスを探す旅
第1部 ウイルスとは何者なのか
 ウイルスという「曖昧な存在」
 進化する無生物
 ウイルスは生物の敵か味方か
第2部 人類はいかにしてエボラウイルスの脅威と向き合うか
 史上最悪のアウトブレイクのさなかに
 研究の突破口
 最強ウイルスと向き合うために
 長く険しい創薬への道程
 エボラウイルスの生態に迫る
第3部 厄介なる流行りもの、インフルエンザウイルス
 1997年、香港での衝撃
 インフルエンザウイルスの正体に迫る
 インフルエンザウイルスは、なぜなくならないのか
 パンデミックだけではない、インフルエンザの脅威
エピローグ ウイルスに馳せる思い―ウイルスはなぜ存在するのか
 
【著者】
高田 礼人 (タカダ アヤト)
 1968年東京都生まれ。北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター教授。93年北海道大学獣医学部卒業、96年同大獣医学研究科修了、博士(獣医学)。97年同大獣医学研究科助手、2000年東京大学医科学研究所助手を経て、05年より現職。07年よりザンビア大学獣医学部客員教授、09年より米NIHロッキーマウンテン研究所の客員研究員。専門は獣医学、ウイルス学。エボラウイルスやインフルエンザウイルスなど、人獣共通感染症を引き起こすウイルスの伝播・感染メカニズム解明や診断・治療薬開発のための研究を行っている。ザンビア、コンゴ、モンゴル、インドネシアなど研究のフィールドは世界各地に及ぶ。
 
萱原 正嗣 (カヤハラ マサツグ)
 1976年大阪府生まれ神奈川県育ち。大学卒業後、会社員を経て2008年よりフリーライターに。理系ライター集団「チーム・パスカル」所属。人物ルポから人文・歴史、社会科学、自然科学まで幅広いテーマを執筆。
 
【抜書】
●自然宿主(p11)
 「ヒトに対して病原性や致死性を示すウイルスに感染しても、重い病気を発症することも死に至ることもない自然界の動物」。
 自然宿主が人にウイルスを感染させるキャリアになる。
 
●生物の三要件(p27)
 (1) 自己と外界との「境界」がある。
 (2) 自己を「複製」して増殖する。
 (3) 自身で「代謝」を行い、生命維持や増殖に必要なエネルギーを作り出す。
 
●カプシド(p28)
 ウイルスの「境界」は、カプシドと呼ばれるタンパク質でできている。細胞膜に相当。
 カプシドの外側に「エンベロープ」と呼ばれる膜構造を持つウイルスもいる。 ⇒ エンベロープウイルス。
 カプシドのみのものを「ノンエンベロープウイルス」と呼ぶ。
 
●原核生物(p27)
 真核生物は、細胞に「核」を持ち、その中にDNAを含む。
 原核生物(真正細菌、古細菌)は「核」を持たず、DNAが細胞内にバラバラに存在し、自己複製の際にDNAが集まってくる。
 
●ヌクレオチド(p31)
 ヌクレオチド……糖、リン酸、塩基によって構成される。DNA、RNAの基本単位となる。
 核酸……ヌクレオチドが長く連なった化合物。
 DNA……糖の部分が「デオキシリボース」である核酸。
 RNA……糖の部分が「リボース」である核酸。
 DNAの塩基……A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の4種。
 RNAの塩基……A(アデニン)、U(ウラシル)、G(グアニン)、C(シトシン)の4種。
 
●仮死状態(p40)
 〔ウイルスは、細胞内では「生きて」いて、細胞外では生き延びるために「仮死状態」をとっている〕。
 ただし、細胞内では、ウイルス自身を外界と隔てる「境界」は失われている。ウイルスを構成している部品はバラバラになっており、生物の要件(1)を満たさなくなっている。
 ウイルスは、生物と無生物の中間に位置する「曖昧な存在」。
 
●ウイルスの三要件(p42)
 ウイルスの「生命体」としての三要素。
 (1) 自己と外界との「境界」によって定められる個体が存在する。
 (2) 「遺伝情報」として核酸(DNA・RNA)を持ち、その塩基配列によって決定されるタンパク質を個体の構成要素の一部としている。
 (3) 遺伝情報が「複製」され、子孫に伝達される。
 
●不顕性感染(p78)
 感染しても病気を発症しない状態。病気を発症した状態は「顕性感染」。
 感染症対策が難しいのは、「潜伏期間」と「不顕性感染」の二種類のキャリアがいること。
 「天然痘」の根絶に成功したのは、不顕性感染がほとんどなく、感染すると非常に高い確率で発症することが大きな要因だった。
 
●フロアファイリング(p127)
 米国テネシー州メンフィスにあるセント・ジュード小児研究病院で研究室を構えていた河岡義裕准教授(1996年6月時点)のオフィスは、乱雑に散らかっていた。
 〔机の上や棚は言うに及ばず、床にも書類が敷き詰められている。聞くと、「フロアファイリングだよ」との返答。〕
 机の上には、「A messy desk is a sign of genius.(乱雑な机は天才のしるし)」と書かれた石の置物があった。
 
●インフルエンザ菌(p246)
 「インフルエンザ」という病名は、16世紀にイタリアで付けられた。語源は、「influentia coeli(天の影響)」というイタリア語。
 1892年、インフルエンザの病原体として、ある細菌が候補にあがった。「インフルエンザ菌」。 1889-91年、ロシアやヨーロッパで流行していたインフルエンザ(100万人が死亡)の患者から分離された。分離したのは、リヒャルト・プファイファー(ロベルト・コッホの弟子)と北里柴三郎。
 しかし、後の研究でインフルエンザとの関係は否定された。名前はそのまま残っている。
 1892年は、タバコモザイク病の研究において、細菌よりも小さな病原体の存在が最初に発見された年。ウイルスに対する知見はなかった。
 
●スペインかぜ(p248)
 1918年に発生したインフルエンザのパンデミック。第一次世界大戦を終わらせる要因の一つになった?
 世界で5億人が罹患、4,000~5,000万人が死亡。一説では1億人。
 感染者の致死率2~2.5%。
 季節性インフルエンザの致死率は0.1%以下。
 1930年にインフルエンザ症状を示したブタから、細菌でない病原体の存在が検出され、ウイルスであることが判明。
 1933年には、ヒトからインフルエンザウイルスが初めて分離された。
 1997年、スペインかぜの犠牲者の病理標本から、H1N1亜型のインフルエンザウイルであることが推測される。
 2005年、アラスカの永久凍土に埋葬されていた犠牲者の遺体から、ウイルスRNAの全配列を解読、H1N1亜型であることが確定。何らかの形で鳥から感染した可能性が高い。
 
●パンデミック(p252)
 スペインかぜ以外の、インフルエンザの主なパンデミック。
 アジアかぜ……1957年、H2N2亜型。中国南部で流行が始まり、世界で100万人以上が死亡。致死率0.4%。
 香港かぜ……1968年、H3N2亜型。香港では、発生から数週間で50万人(人口の15%)が罹患する伝播力。世界で100万人以上が死亡。
 ソ連かぜ……1977年、H1N1亜型。小さな流行。1933年に分離されたウイルスに遺伝子配列が似ており、冷凍保存していた研究室から漏れ出た疑いがもたれている。
 毎年流行する季節性インフルエンザは、「A型H1N1亜型(Aソ連型)」「A型H3N2亜型(A香港型)」「B型」の三種類。
 
●インフルエンザウイルス(p258)
 A型……幅広い動物への感染が確認されている人獣共通感染症ウイルス。感染力、病原性とも高い。1933年にヒトから分離された。
 B型……ほぼヒトだけに感染が確認されている。ヒトが「自然宿主」。例外はアザラシ。A型に次いで感染力、病原性が強い。1940年、A型に対する血清とは抗原抗体反応を起こさないウイルスが発見された。
 C型……ほぼヒトだけに感染が確認されている。ヒトが「自然宿主」。例外はブタ。感染力、病原性はさほど高くない。1947年に分離。
 D型……ウシやブタでの感染が確認されている。
 日本で毎年冬に流行し、ワクチンの対象となるのはA型、B型の二つ。
 
●HA、NA(p260)
 インフルエンザウイルスの粒子は、直径80~120ナノメートルの球状のエンベロープウイルス。長さ1~2マイクロメートルの紐状のものもある。
 エンベロープ表面には、棘のような突起(「スパイクタンパク質」と呼ばれる糖たんぱく質)がいくつもある。
 A型、B型は、HA(ヘマグルチニン)、NA(ノイラミニダーゼ)と呼ばれる2種類のスパイクを持つ。
 エンベロープウイルスは、細胞膜への「吸着」 → 細胞内への「侵入」 → 「膜融合」 → 「脱殻」(カプシドの解体) → ウイルス遺伝子の「複製」・たんぱく質の「合成」 → 「集合」 → 「出芽(放出)」という流れで増殖する。
 HAは、細胞膜への吸着の際、宿主細胞のレセプター(受容体)と結合する役割。
 NAは、出芽(放出)の際に細胞膜のレセプターからウイルス自身を切り離す酵素として機能。
 C型は、HAとNA両者の役割を兼ね備えたHE(ヘマグルチニン-エステラーゼ)というスパイクの一種類を持つ。
 
●分節型(p261)
 インフルエンザウイルスは、ウイルス粒子内でRNAが物理的に複数本に分かれて存在している。 ⇒ 分節型
 A型、B型は8本。C型は7本。
 それぞれのRNA分節は、一つないし複数のタンパク質をコードしている。
 エボラウイルスの場合はRNAが1本につながっている。
 
●A型の亜型(p265)
 A型ウイルスは、「H●N〇」と表記される亜型に分類される。
 HはHA、NはNAのこと。Hは1~16の16種類、Nは1~9の9種類、掛け合わせると144種類になる。
 高病原性鳥インフルエンザを引き起こすのは、H5とH7。
 ヒトの流行が確認されているのは、H1~H3、N1とN2。H1N1、H2N2、H3N2。
 
●抗原ドリフト(p281)
 宿主の免疫システムとのせめぎ合いを通じて、抗原性が徐々に変化すること。
 
●抗原シフト(p295)
 それまで存在していたウイルスとは全く異なるRNA分節の組み合わせを持った、新たなウイルスが誕生すること。
 インフルエンザの場合、宿主の細胞に2種類以上のウイルスが感染し、「集合」の際にRNA分節を交換することによって起こる。
 
●AH1pdm09(p301)
 2009年にパンデミックを引き起こしたH1N1亜型ウイルス。ブタ由来。
 現在では、H1N1(ソ連型)を駆逐し、「AH1pdm09」「A型H3N2亜型(A香港型)」「B型」の三種類が、季節性インフルエンザの原因となっている。
 
●IgA(p326)
 粘膜免疫系……口腔から肛門までの粘膜表面では、「免疫グロブリンA(IgA)」と呼ばれる抗体が分泌され、異物が体内へ侵入するのを拒む。
 全身免疫系……血液やリンパ液で働く免疫システム。血液中やリンパ液中の抗体は、「免疫グロブリンG(IgG)」が中心。
 
(2019/2/6)KG
 
〈この本の詳細〉


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

「こころ」はいかにして生まれるのか 最新脳科学で解き明かす「情動」
 [医学]

「こころ」はいかにして生まれるのか 最新脳科学で解き明かす「情動」 (ブルーバックス)
 
櫻井武/著
出版社名:講談社(ブルーバックス B-2073)
出版年月:2018年10月
ISBNコード:978-4-06-513522-8
税込価格:1,080円
頁数・縦:234p・18cm
 
 
 「こころ」がテーマということであるが、むしろ「情動」の機能や発生の原因について、脳科学的に解き明かすことが主眼となっている。「情動」とは、喜び、高揚、多幸感、快感、悲しみ、落胆、鬱、恐怖、不安、怒り、敵愾心、穏やかな気持ちなどの「感情」が、顔の表情や行動に現れたものである(p.44)。「感情≒こころ」は客観的に観察できないので、その手掛かりとして、科学的な考察には「情動」を利用する。
 ことほど左様に「こころ」とは何かということを、包括的に説明するのは難しい、ということなのであろう。ただし、図版を多用して平易に書かれているので、これまで断片的に頭の中に詰め込んできた脳の構造を整理し、理解するのにうってつけであった。
 
【目次】
第1章 脳の情報処理システム
第2章 「こころ」と情動
第3章 情動をあやつり、表現する脳
第4章 情動を見る・測る
第5章 海馬と扁桃体
第6章 おそるべき報酬系
第7章 「こころ」を動かす物質とホルモン
終章 「こころ」とは何か
 
【著者】
櫻井 武 (サクライ タケシ)
 1964年東京都生まれ。筑波大学大学院医学研究科修了。医師、医学博士。日本学術振興会特別研究員、筑波大学基礎医学系講師、テキサス大学ハワード・ヒューズ医学研究所研究員、筑波大学大学院准教授、金沢大学医薬保健研究域教授を経て、筑波大学医学医療系および国際統合睡眠医科学研究機構教授。1998年、覚醒を制御する神経ペプチド「オレキシン」を発見。平成12年度つくば奨励賞、第14回安藤百福賞大賞、第65回中日文化賞、平成25年度文部科学大臣表彰科学技術賞、第2回塩野賞受賞。
 
【抜書】
●脳幹(p22)
 脳の最も内側にある。脊髄と連続しており、下から延髄、橋(きょう)、中脳となる。
 生命維持装置。循環や呼吸の中枢がある。覚醒や自律神経の制御も行い、行動の制御にかかわる様々なシステムを持っている。
 
●視床下部(p22)
 中脳(脳幹の最上部に位置する)と連続して、脳の最も深部に位置する。
 生体の恒常性を統御する。
 
●前頭前野(p35)
 前頭葉は、前頭前野と運動野からなる。
 前頭前野は、五感からバラバラに入ってくる情報を整理し、いま起こっている現実を「構築」している。さまざまな種類の情報を最終的に統合する。
 (1) 注意……重要な情報を優先して処理する機能。前頭前野が感覚野に命令を行うことによってなされる。視覚であれば、第四次視覚野に命令を送り、対象をより精細に見ることを可能にする。
 (2) ワーキングメモリー……作業記憶。
 (3) メタ認知……自分が今、「何かを認知しているということを認知する」機能。
 (4) 未来のシミュレート……「実行機能」と呼ばれる、前頭前野が担っている重要な機能。ヒトの脳において著しく発達している。
 
●大脳辺縁系(p76)
 脳梁の周辺の大脳皮質(帯状回など)と、側頭葉内側面の皮質である「海馬」といった構造を総称して、「辺縁系」と呼ぶ。フランスの医師・解剖学者、ポール・ピエール・ブローカ(1824-1880)による命名。
 大脳皮質より深部にある。
 大脳辺縁系は、情動の発生に関わっている。大脳辺縁系がさまざまな脳のシステムや全身に働きかけ、前頭前野がそれを認知することによって、完成した情動が生まれる。
 前頭前野は、情動の制御にも関わっている。
 また、大脳辺縁系は、記憶にも重要な働きをしている。
 
●嗅覚(p85)
 嗅覚は、他の感覚と異なり、視床を経由せずに大脳辺縁系と接続している。
 嗅覚は、記憶や情動に大きな影響を与える。
 
●情動記憶(p88)
 条件付けによって成立した記憶。歯科医のドリル音を不快に感じる、など。
 情動記憶は非常に強固で、一度成立すると非常に長時間にわたって保持される。
 強い恐怖体験は記憶を強固にするが、あまりに強すぎる恐怖は、逆にその時の陳述記憶を消してしまったり、曖昧にしてしまったりする場合がある。恐怖体験のもとになった原因を覚えておらず、理由もわからずに強い恐怖だけを感じる。
 
●記憶の種類(p91)
 作業記憶……前頭前野
 陳述記憶
  エピソード記憶……海馬、大脳皮質
  意味記憶……海馬、大脳皮質
 非陳述記憶
  手続き記憶……大脳皮質、大脳基底核、小脳
  情動記憶……偏桃体、海馬
 
●無痛無汗症(p105)
 C線維……痛みを伝える経路は、末梢神経のレベルで二系統に分かれている。太い有髄神経(Aβ線維)と、細いC線維。C線維は、視床の髄板内核という部分を経て、偏桃体に入力してくる。ゆっくりした速度を持ち、痛みの不快さを伝える。鈍い痛み、二次痛。
 Aβ線維は、脊髄の後ろ側(後根)から中枢神経に入り、脊髄視床路という経路を通って、視床を経て、大脳皮質の一次体性感覚野に入力する。早い伝達速度を持ち、素早く脳に情報を伝える。つまり、知覚した体の部位を知らせる役目。鋭い痛み、一次痛。
 無痛無汗症の患者は、先天的にC線維を持っていない。二次痛を感じない。痛みに不快を感じないので、痛みを避けることを学習できず、頻繁に怪我をする。
 
●報酬系の神経伝達物質(p165)
 ドーパミン……腹側被蓋野(VTA)という部分に存在するドーパミン作動性ニューロンによって作られる。これらのニューロンは、前頭前野、前帯状回、偏桃体、海馬、側坐核といった部分に軸索を伸ばしている。
 ドーパミンが前頭前野や前帯状皮質に放出されると、「気持ち良い」という情動認知、つまり快感が生まれる。
 ドーパミンが側坐核に放出されると、その放出に至った原因となった(と脳が認知した)行動が強化される。覚醒レベルも上がる。
 
●アミノ酸類(p181)
 神経伝達物質には、アミノ酸類とモノアミン類がある。
 アミノ酸類は、アミノ基とカルボキシル基を持つ。グルタミン酸、GABA(γアミノ酪酸)、グリシンなど。
 速く、狭い範囲に情報を伝えていて、時間的・空間的にくっきりとした、分解能の高い神経伝達を行っている。
 グルタミン酸作動性ニューロンの神経末端は、樹状突起状の少数の突起に作られ、その周りをアストロサイトと呼ばれるグリア細胞が取り囲むことによって、分泌されたグルタミン酸が非常に局所的に作用するようになっていて、「情報漏れ」を防ぎ、精度を高めている。
 精度の高さやスピードの速さによって、認知機能や記憶などを受け持っている。
 グルタミン酸……受け手側のニューロンを興奮させる。ナトリウム・イオンチャンネル型の受容体に作用する。
 GABA、グリシン……受け手側のニューロンを抑制させる。塩化物イオンを通す受容体に作用する。
 
●モノアミン類(p181)
 アミノ酸からカルボキシル基が外れ、アミノ基を一つ持つ。
 ゆっくりと広範囲に情報を伝える。
 モノアミン作動性ニューロンは、軸索の末端が数珠状のふくらみを多数持った形態をしており、そのふくらみからモノアミンが分泌される。これにより、軸索の周辺の多数のニューロンに影響を与えることができる。シナプスそのものの構造もルーズにできており、小さな領域から発生した情報を、脳の広範なニューロンに伝えることができる。
 作用が持続的で、脳の広範囲の状態を変容させることができるので、気分や感情、あるいは睡眠や覚醒などにメリットを発揮する。
 ほとんどの場合、Gタンパク質共役型受容体と呼ばれる受容体に作用する。
 
●ノルアドレナリン(p187)
 チロシンというアミノ酸から作られ、カテコールという構造を持つ。カテコールアミンと総称されるものの一つ。
 主に覚醒中に活動する。さらに、強い情動によって大きく活動を高め、とくに偏桃体への放出が増える。
 情動記憶をより強くすることに関わっている。
 脳幹にある青斑核に存在するニューロンから作られる。このニューロンは、前頭前野、偏桃体、海馬など、広範囲に軸索を伸ばしている。
 自律神経系では、交感神経系の神経伝達物質として働く。末梢では、交感神経の末端から分泌されている。(p199)
 大脳皮質に作用することで、覚醒レベルが上がる。
 感覚系や運動系にも作用。非常事態に興奮状態へと切り替える。
 気分を「ハイな」状態にする物質。
 
●ドーパミン(p188)
 チロシンというアミノ酸から作られ、カテコールという構造を持つ。カテコールアミンと総称されるものの一つ。
 脳幹の上部の中脳に位置する腹側被蓋野および黒質に存在するニューロン群によって産生される。
 
●ヒスタミン(p189)
 ヒスジンから作られ、「覚醒」に深く関わっている。
 視床下部の最も後方に位置する結節乳頭体という部分に存在するヒスタミン作動性ニューロンが産生する。
 末梢の器官では、炎症を起こす作用などに関わっている。風邪薬「抗ヒスタミン薬」には、ヒスタミンの作用を阻害する物質が入っている。
 
●セロトニン(p189)
 トリプトファンから生成される。
 脳幹の縫線核という部分に存在するニューロンによって産生される。
 気分に大きな影響力を持っている。気分を向上させたり、不安や恐怖を増強させたり、いろいろな作用を及ぼす。
 脳内のきわめて広範な領域に投射されており、多くの受容体に作用している。
 
●アセチルコリン(p192)
 アミノ酸類、モノアミン類以外の、代表的な神経伝達物質。
 自律神経系では、副交感神経の神経伝達物質として用いられている。
 脳内においては、おもに大脳の基底部と脳幹(特に橋の背側部)で作られている。
 大脳基底核のアセチルコリン産生神経(コリン作動性ニューロン)は、認知機能や注意と深い関係がある。アルツハイマー型認知症では、このニューロンが失われて認知に問題が生ずる。
 脳幹のコリン作動性ニューロンは、レム睡眠の制御と深い関係がある。
 
●神経ペプチド(p193)
 ペプチド……アミノ酸が数個から数十個、ペプチド結合によりつながったもの。細胞間の情報伝達のために働くペプチドを「生理活性ペプチド」と呼ぶ。
 神経ペプチド……生理活性ペプチドのうち、神経系で働くもの。
 オキシトシン……視床下部の室傍核で作られ、下垂体後葉から血液中に分泌されるホルモン(血液中に分泌され、遠隔の臓器に働く生理活性物質)。出産のときに子宮を収縮させ、母乳を出す作用がある。「信頼」や「愛情」に関わる。
 バソプレッシン……視床下部の室傍核などで作られ、下垂体後葉から血液中に分泌される。出血や脱水などで体液を失ったとき、血管を収縮させて血圧をあげ、腎臓に働いて利尿を抑制し、体液を維持する。交尾のパートナーの選択にも関わっている。
 エンドルフィン……オピオイド受容体に作用するペプチドの総称。ケシの実由来のアルカロイド、モルヒネ(アヘン)と同じ作用を持つ。痛覚に対する嫌悪や不快感を強く阻害し、多幸感をもたらす。
 オレキシン……視床下部外側野に存在するオレキシン産生ニューロンによって産生させる。覚醒維持に必須の役割を演じる。このニューロンがなくなると、ナルコレプシーを発症する。
 
●一夫一婦制(p195)
 一夫一婦制は、哺乳類全体の3%に過ぎない。
 プレーリーハタネズミは、脳内でのバソプレッシンの放出がオキシトシンと協働的に働いて、オスが交尾をしたメスと一緒にいることを好むように作用し、一夫一婦制をとる。
 近縁種のサンガクハタネズミのバソプレッシンはそのように働かず、乱婚。
 
●アドレナリン(p199)
 ノルアドレナリンと似た物質。腎臓の上にある副腎の髄質から血液中に分泌される。
 心臓の収縮力を上げたり、心拍数を上げたりする。全身の臓器に影響。
 迷走神経の末端に作用し、脳にも影響を与える。
 
(2019/1/27)KG
 
〈この本の詳細〉


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ: