SSブログ

「うつ」の効用 生まれ直しの哲学
 [医学]

「うつ」の効用 生まれ直しの哲学 (幻冬舎新書) 
泉谷閑示/著
出版社名:幻冬舎(幻冬舎新書 い-28-2)
出版年月:2021年7月
ISBNコード:978-4-344-98626-8
税込価格:990円
頁数・縦:260p・18cm
 
 鬱病、鬱状態は、「心=身体」が「頭」に反逆を起こした状態、という前提に立って、「うつ」の原因と解決法、そして「うつ」の効用・必要性を語る。
 現代人が「うつ」になるのは当然である。まっとうな人間ほど「うつ」に罹りやすい。
 「うつ」になったら「心=身体」の声に耳を傾け、真の自分に戻るよう努力しよう……。いや、「努力」をしてはいけない、自然と「生まれ直し」が起きるようにならなければ。
 
【目次】
第1章 「うつ」の常識が間違っている
第2章 「うつ」を抑え込んではいけない
第3章 現代の「うつ」治療の落とし穴
第4章 「うつ」とどう付き合うか?
第5章 しっかり「うつ」をやるという発想
第6章 「うつ」が治るということ
 
【著者】
泉谷 閑示 (イズミヤ カンジ)
 1962年秋田県生まれ。精神科医、作曲家。東北大学医学部卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院、神経研究所附属晴和病院等に勤務したのち渡仏、パリ・エコールノルマル音楽院に留学。帰国後、新宿サザンスクエアクリニック院長等を経て、現在、精神療法専門の泉谷クリニック(東京・広尾)院長。
 
【抜書】
●精神療法(p9)
 〔そもそも「うつ」がその人に生じたのはなぜだったのかを共に探索し、そして、自然治癒力を妨げているものが何であるのかを明らかにしていくような、緻密で丁寧なアプローチ。〕
 
●頭、心=身体(p22)
 頭……物事の効率化を図るために発達してきた部分。理性の場。情報処理を行う場所。記憶・計算・比較・分析・推理・計画・論理的思考などの作業が行われる。シミュレーション機能を持っており、「過去」の分析や、「未来」の予測を行うのは得意だが、「現在」を把握するのが不得手。must/should(~すべきだ、~しなくてはならない、~に違いない)。
 心……感情・欲求・感覚・直観が生み出される場。「いま・ここ(現在)」に焦点を合わせる。want to/like(~したい、~したくない、好き、嫌い)。「頭」とは比べ物にならないほど高度な知性と洞察力を備えていて、直観的に対象についての本質を見抜き、瞬時に判断を下す。その理由をいちいち明かさないので、情報処理という不器用なプロセスを必要とする「頭」にはほとんど解析不能。「心」と「身体」は一体。「一心同体」。
〔 生き物として人間の中心にある「心=身体」に対し、進化的に新参者として登場してきた「頭」が、徐々にその権力を増加し、現代人はいわば、「頭」による独裁体制が敷かれた国家のような状態にあります。
 これに対して、国民に相当する「心=身体」側が、「頭」の長期的な圧政にたまりかねて全面的なストライキを決行します。もはや、「頭」の強権的指令には一切応じない。これが「うつ」の状態なのです。中には、過酷な奴隷扱いがあまりに長期にわたった結果、「心=身体」がすっかり疲弊してしまい、ストライキというよりも、潰れてしまって動けない状態になっている場合もあります。〕
 
●努力、熱中(p97)
 野球の適性の高い資質を持った少年は、野球の練習をさほど苦痛に思っていない。面白いものに思える。「熱中」している。
 資質の乏しい少年にとって野球の練習は苦行以外の何物でもない。「努力」してもあまり上達しない。
 〔「熱中」したがゆえに成功した人間を見て、周囲の人間がそれを「努力」と誤解したところに、今日の「努力」信仰が作り出されてきた大きな原因がるように私には思えてならないのです。〕
 
●生まれ直し(p110)
 「うつ」からの本当の脱出とは、元の自分に戻ることではない。モデルチェンジしたような、より自然体の自分に新しく生まれ変わること。
 repair(修理)のような治療では、どうしても再発のリスクを残してしまう。
 reborn(生まれ直した)あるいはnewborn(新生)とも言うべき深い次元での変化が、真の「治療」には不可欠。
 
●ハングリー・モチベーション(p207)
 人類は、その始まりから永らく、様々な欠乏や不足を補い、それをすこしでも満たそうという方向に動機づけられて生きてきた。衣食住、平和や安全、安定、快適性、娯楽、情報や利便性。これら諸々の状況が少しでも改善・向上するように、あるいはより多く手に入るようにと、心血を注いできた。
 〔このような行動原理で人類が動いてきた時代を、私は「ハングリー・モチベーションの時代」と名付けました。〕『仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える』(幻冬舎新書)。
 
●摂食障害(p232)
 拒食症と過食症。
 どちらか一方の状態だけで経過することは珍しい。拒食に始まり、途中から過食が主になるケースが多くみられる。
 摂食障害の人たちに共通してみられる特徴は、自己コントロール力の強さ。大概の人ならば挫折するはずの無理なダイエットでも継続できてしまったりして、それを契機に摂食障害を発症してしまうことも多い。
 ダイエットという「頭」による計算が強制的に介入して食行動にコントロールをかけてくると、ある限度を超えたところで「心=身体」側は、食欲のストライキ(拒食)か暴動(過食)という形で、レジスタンス運動(反逆)を始める。
 
●自己本位(p247)
 夏目漱石が、神経衰弱に罹って休学し、郷里の広島で療養生活を送っている門下生の鈴木三重吉に送った手紙。
 「……しかし現下の如き愚なる間違ったる世の中には正しき人でありさえすれば必ず神経衰弱になる事と存候。これから人に逢う度に君は神経衰弱かときいて然りと答えたら普通の徳義心ある人間と定める事に致そうと思っている。
 今の世に神経衰弱に罹らぬ奴は金持ちの愚鈍ものか、無教育の無良心の徒か、さらずば二十世紀の軽薄に満足するひょうろく玉に候。」
〔 この「神経衰弱」とは、現代で言えば、ほぼ「うつ病」に相当するものであったと考えられますが、漱石自身も英国留学中にこれにかかり、引きこもりがちの生活をしていたことがよく知られています。しかし、漱石はこの神経衰弱の時期を通して、「他人本位」で生きてきた自分の不甲斐なさと向き合い、「自己本位」こそが大切であることをつかんだのでした。そしてそこで得た境地が、その後の小説家・夏目漱石の精神的な出発点にもなったのです。〕
 
(2021/12/23)NM
 
〈この本の詳細〉


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

LIFE SCIENCE 長生きせざるをえない時代の生命科学講義
 [医学]

LIFE SCIENCE(ライフサイエンス) 長生きせざるをえない時代の生命科学講義
 
吉森保/著
出版社名:日経BP
出版年月:2020年12月
ISBNコード:978-4-8222-8866-2
税込価格:1,870円
頁数・縦:351p・19cm
 
 細胞の構造から説き起こして生命科学の基礎を解説し、現在の老化研究の最先端までを紹介する。
 
【目次】
#001 科学的思考を身につける
 「科学的思考」はこれからの時代に欠かせない
 病気も専門家任せではダメな理由
  ほか
#002 細胞がわかれば生命の基本がわかる
 すべての生命の基本は、細胞
 オードリー・ヘップバーンもオランウータンも細胞は一緒
  ほか
#003 病気について知る
 病気のときは、必ず「細胞が悪くなっている」
 体が昨日と今日で変わらないのは細胞のおかげ
  ほか
#004 細胞の未来であるオートファジーを知ろう
 オートファジーは、細胞を「若返らせる」機能
 細胞の中のものを分解するのがオートファジー
  ほか
#005 寿命を延ばすために何をすればいいか
 寿命を延ばす5つの方法
 寿命を延長することにはオートファジーの活性化が関わる
  ほか
 
【著者】
吉森 保 (ヨシモリ タモツ)
 生命科学者、専門は細胞生物学。医学博士。大阪大学大学院生命機能研究科教授、医学系研究科教授。2017年大阪大学栄養教授。2018年生命機能研究科長。大阪大学理学部生物学科卒業後、同大学医学研究科中退、私大助手、ドイツ留学ののち、1996年オートファジー研究のパイオニア大隅良典先生(2016年ノーベル生理学・医学賞受賞)が国立基礎生物学研究所にラボを立ち上げたときに助教授として参加。国立遺伝学研究所教授として独立後、大阪大学微生物病研究所教授を経て現在に至る。大阪大学総長顕彰(2012~15年4年連続)、文部科学大臣表彰科学技術賞(2013年)。日本生化学会・柿内三郎記念賞(2014年)、Clarivate Analytics社 Highly Cited Researchers(2014年、2015年、2019年、2020年)。上原賞(2015年)。持田記念学術賞(2017年)。紫綬褒章(2019年)。
 
【抜書】
●ロザリンド・フランクリン(p59)
 ジェームズ・ワトソンは、DNA結晶のX線解析の写真から二重螺旋の構造を思いついた。
 しかし、この写真はワトソン自身が実験して撮影した写真ではなかった。ノーベル賞を受賞するまで、二重螺旋を思いついたのはこの写真を見たからだ、とも決して言わなかった。
 この写真を撮影したのは、ロザリンド・フランクリンという女性研究者。ワトソンがこの写真を許可なく見たとも、フランクリンの共同研究者が見せたとも言われている。
 フランクリンは、ノーベル賞を受けることもなく、1958年に37歳で病死した。
 
●ウィリアム・T・サマーリン(p56)
 1974年、サマーリン事件というデータ捏造事件が起きた。
 ウィリアム・T・サマーリンは、黒いネズミと白いネズミの間で皮膚移植に成功し、白いネズミの皮膚の一部が黒くなったと発表した。しかし、この時の写真は捏造で、白いネズミの体の一部をマジックで黒く塗っただけだった。
 当時、皮膚移植は先進的な技術だった。ヒト(哺乳類)の体には拒絶反応があるので、皮膚を移植しても異物として攻撃され、うまく定着しない。
 
●サイトカイン(p192)
 血液中を流れて情報を知らせる小さなタンパク質の総称。様々な役割があるが、多くが免疫と関係がある。
 ホルモンとの違いは、ホルモンが決まった内分泌細胞から分泌されるのに対し、サイトカインは様々な細胞が出すことができ、比較的局所で作用することが多い点。
 
●ベニクラゲ(p205)
 ベニクラゲというクラゲは不死。
 直径は最大1cmで、北海道から沖縄まで広く生息している。
 
●ルビコン(p275)
 オートファジーが起こりすぎないよう、ブレーキをかけるタンパク質。2009年、吉森の研究室で見つかった。酵母にはルビコンがない。
 ルビコンは、脂肪細胞でだけは歳をとると減少する。ルビコンがなくなると、オートファジーが活性化しすぎて、ホルモンを作るのに必要なタンパク質を分解してしまう。その結果、ホルモンが出なくなる。ルビコンの量の変化は、動物の生殖年齢を超えたくらいで急速に増える。老化を促進するためかもしれない。(p305)
 
●スペルミジン(p323)
 オードファジーを活性化させる食品成分。
 豆類や発酵食品に多く含まれる。納豆、味噌、醤油、チーズ、シイタケ、など。
 
(2021/10/11)NM
 
〈この本の詳細〉


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

開かれたパンドラの箱 老化・寿命研究の最前線
 [医学]

開かれたパンドラの箱 老化・寿命研究の最前線  
今井眞一郎/著 瀬川茂子/構成
出版社名:朝日新聞出版
出版年月:2021年7月
ISBNコード:978-4-02-251686-2
税込価格:2,200円
頁数・縦:28p・19cm
 
 長寿、抗老化研究の最前線で活躍する研究者が、その最前線を案内してくれる。老化現象についてどの程度分かってきたのか。今後、高齢化社会はどのような方向に向かうのか、向かうべきなのか。総合的に長寿と老化について考える。
 
【目次】
1章 細胞の老化と不死化
2章 米国へ
3章 サーチュイン
4章 独立
5章 NAD合成酵素の不思議
6章 世界の老化研究最前線
7章 細胞老化
8章 食事と運動
9章 老化研究の難しさ
10章 日本の今後を考える
 
【著者】
今井 眞一郎 (イマイ シンイチロウ)
 ワシントン大学医学部発生生物学部門・医学部門教授/神戸医療産業都市推進機構先端医療研究センター・老化機構研究部特任部長。プロダクティブ・エイジング研究機構(IRPA)理事。専門は哺乳類の老化・寿命の制御のメカニズムの解明および科学的基盤に基づいた抗老化方法論の確立。1964年東京生まれ。89年慶應義塾大学医学部卒業、同大大学院で細胞の老化をテーマに研究。97年渡米、マサチューセッツ工科大学のレニー・ギャランテ教授のもとで、老化と寿命のメカニズムの研究を続ける。2000年にサーチュインというまったく新しい酵素の働きが酵母の老化・寿命を制御していることを発見。01年よりワシントン大学(米国ミズーリ州・セントルイス)助教授、08年より准教授(テニュア)、13年より現職。世界的に注目される抗老化研究の第一人者。
 
【抜書】
●ヘテロクロマチン(p37)
 細胞の中のDNAは、ヒストンというたんぱく質に巻き付いてコンパクトに折りたたまれている。この構造が凝集しているところがヘテロクロマチン。少しほどけているようになっているところをユークロマチンと呼ぶ。
 ヘテロクロマチン構造を取っている部分では、遺伝子の発現が抑えらえ、ユークロマチンの部分では遺伝子が発現する。
 クロマチン構造がユークロマチン構造になったり、ヘテロクロマチン構造になったりする際には、ヒストンにアセチル基がついたり外れたりすることが重要な役割を果たす。
 
●NAD(p56)
 ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド。
 呼吸など、細胞がエネルギーを作ったり使ったりするために欠かせない「補酵素」。
 補酵素とは、酵素が働くときに必要とされる物質。
 NADを使うSIR2(サーチュイン)というタンパク質の働きでヒストンが脱アセチル化され、それがヘテロクロマチン構造を変化させる。
 
●ビタミンB3、NAMPT(p107)
 ペラグラ……19〜20世紀に欧米で猛威をふるい、死亡率1位だった病気。下痢、皮膚炎、認知症がペラグラの三徴といわれた。トウモロコシを精製して食べていたのが原因。ビタミンB3が失われていた。治療する物質として、ニコチンアミドとニコチン酸が見つかった。この2つの総称がビタミンB3。
 ビタミンB3は、哺乳類のNAD合成の出発物質。NADは、ニコチンアミドとニコチン酸から合成される。
 ニコチン酸からNADを合成するときに必要な酵素がNAMPT(ニコチンアミド・フォスフォリボシルトランスフェラーゼ)。
 
●NMN(p118)
 ニコチンアミド・モノヌクレオチド。
 ニコチンアミドがNAMPTによってNMNになり、それにNMNATという酵素が働き、NAD合成が完了する。
 NMNは、枝豆、ブロッコリ、きゅうり、トマト、アボカド、などに多く含まれている。
 
●NADワールド(p142)
 様々な代謝に関わる哺乳類のサーチュイン、特にSIRT1と、NAD合成に必須の酵素NAMPTの二つが車の両輪のように協調的に働いて、老化のプロセスを生み出すのに重要な役割を果たしている、という説。
 NAMPTはNMNを作り出し、それが血液中をめぐり、様々な臓器に配られて、NAD合成とサーチュインの活性化を起こして、臓器の機能を制御する。しかし、加齢によりNAD合成が全身で落ちてくるために、NADワールドが機能しなくなって老化が起こる。
 全身でNADが低下するようなことが起こったとき、もともとNAMPTの量の少ない組織が機能低下を引き起こし、その影響がNADワールドのフィードバックの網目に従って広がっていく。
 その老化のトリガーとなるような組織が、脳の視床下部。老化の「コントロールセンター」。
 eNAMPTを含む細胞外小胞(EVs)を分泌している脂肪組織が、「モジュレーター」の役割を果たしている。
 視床下部のシグナルを他に伝えていく骨格筋が、「メディエーター」の役割を果たす。
 
●抗老化薬(p152)
 ラパマイシン……イースター島(ラパ・ヌイ)の土壌細菌から抗真菌作用のある物質が見つかり、「ラパマイシン」と名付けられた。水虫などの真菌の薬として期待されたが、免疫を抑制してしまう副作用があったので、開発を断念。その後、臓器移植の際の免疫抑制剤として開発された。また、ラパマイシンがTOR遺伝子に作用し、ハエやマウスの寿命を伸ばすことが証明された。ラパマイシンの毒性を弱めるための「誘導体」が開発され、「ラパローグ」と命名された。
 メトホルミン……糖尿病の治療薬。様々なタンパク質をリン酸化して活性化する、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)という酵素の働きを上げる。がん、心疾患、アルツハイマー病などの発症を遅らせるという報告がされている。
 NADブースター……体内のNADの量を増やすことで、サーチュインを活性化させる。
 
●インフラメイジング(p171)
 インフラメーション(炎症)とエイジング(加齢)の合成語。
 慢性炎症は、細胞や組織を痛める反応を起こし、長く続くと組織の働きのレベルを落としてしまう。老化の大きな原因ともなる。
 
●セノリティクス(p174)
 白血病治療薬の「ダサチニブ」と、ケールやレッドオニオンに含まれるポリフェノールの一種「ケルセチン」を組み合わせて、老化細胞を取り除くことができる。この組み合わせの薬剤を「セノリティクス」と名付けた。「D+Q」とも。
 老化細胞は、アポトーシスを起こさないようにブレーキがかかってる。このブレーキを切ってアポトーシスを誘導することで、老化細胞を取り除く。
 
●ホルミシス(p202)
 一定程度の弱いダメージやストレスが与えられると、体に備わった応答あるいは修復プロセスが働いて、かえって健康になる効果があるという現象。
 食餌制限が長寿に効果があるのは、栄養が足りない状況で、生き延びるための応答システムにスイッチが入り、老化を遅らせる「ホルミシス」と捉えることができる。
 
●プロダクティブ・エイジング(p240)
 老化のプロセスに人為的に介入して、加齢にともなうすべての病気のリスクを全体として下げる。健康寿命を「大幅に」のばし、最大寿命との差をなくすことを目指すのが、抗老化研究の大きな目標。
 〔人生の後半においてできるかぎり健康でいられるようにするばかりでなく、同時に個人の生活を十分に楽しみ、また社会にも貢献し続けていく、そういった個人と社会のかかわり方を考える意味でも、プロダクティブであり続けるエイジングを実現する、それが「プロダクティブ・エイジング』の概念なのです。〕
 
●日本のNMN(p243)
 2008年、世界で最初にNMNの生産技術を確立したのは、日本のオリエンタル酵母工業という会社。
 2015年に、世界で初めて高品質NMNの製品化を果たしたのは、日本の新興和製薬(現、ミライラボバイオサイエンス)。
 日本は、NMNの開発のリーダー的存在。
 現時点で、高品質で安全性が保証されているNMNの値段が非常に高い。価格を下げるための技術開発が課題。
 
●人生の叡智(p248)
〔 私は、抗老化技術の恩恵によって健康を保つ高齢者は、その人生の知恵を若い世代に、無理なく、有効に伝えていく術を学んでほしいと望んでいます。「歳を取る」ことが、「人生の叡智を蓄える」ことを意味するようにならなければ、抗老化技術は人間の社会に自分勝手な生き方をする人を増やすだけになるのではないかと懸念しています。抗老化物質や抗老化技術は、バラ色の未来を運んでくるように語られることが多い最新技術です。しかし、それが「自分さえよければそれでいい」という人間を世の中に溢れさせる結果となるのであれば、それは「人類の叡智に貢献した」ことにはならないのではないでしょうか。〕
 
(2021/10/4)KG
 
〈この本の詳細〉

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

牧師、閉鎖病棟に入る。
 [医学]

牧師、閉鎖病棟に入る。
 
沼田和也/著
出版社名:実業之日本社
出版年月:2021年6月
ISBNコード:978-4-408-33982-5
税込価格:1,430円
頁数・縦:226p・18cm
 
 自閉スペクトラム症の可能性が高いと診断され、境界性パーソナリティ障害、あるいは妄想性障害の疑いもあるということで、精神科病院の閉鎖病棟に「診断的加療」のために2ヶ月間(その後、開放病棟で1ヶ月間)入院した牧師によるエッセー。
 闘病記とはやや異なる。病院で出会った患者、主治医によって得られたさまざなま「気づき」が綴られている。それは、宗教者が自己を客観化して見つめ、他者への共感を身に着けていく過程であったようだ。
 
【目次】
序章 肩章を剥ぎ取られる
第1章 牧師が患者になる
第2章 少年たち
第3章 十字架
第4章 診断
第5章 過去
終章 こだわるのでもなく、卑下するのでもなく
 
【著者】
沼田 和也 (ヌマタ カズヤ)
 日本基督教団牧師。1972年、兵庫県神戸市生まれ。高校を中退、引きこもる。その後、大検を経て受験浪人中、1995年、灘区にて阪神・淡路大震災に遭遇。かろうじて入った大学も中退、再び引きこもるなどの紆余曲折を経た1998年、関西学院大学神学部に入学。2004年、同大学院神学研究科博士課程前期課程修了。そして伝道者の道へ。しかし2015年の初夏、職場でトラブルを起こし、精神科病院の閉鎖病棟に入院する。現在は東京都の小さな教会で再び牧師をしている。
 
【抜書】
●「きれい」の体験(p64)
 閉鎖病棟に入院している17歳の少年キヨシは、「夕日がきれいだね」の意味がわからなかった。
 「分かりません。『きれい』ってどういうことですかね」
〔 「きれい」という感情は本能ではない。それは誰かと共に「きれいだね」と言いあう体験をとおして、学習することなのだ。ところが、じっさいに「きれい」を体験したことのない人間が、わたしの目の前にいる。そんな彼らに「きれい」とはなにかを、どうやって説明したらいいのだろう。
 「きれい」を感じるという、理屈ではない体験を理屈で説明なんかできるものか。
 「いつか分かるよ」
 彼らから目をそらして、わたしはそう答えるしかなかった。〕
 
●「ふつうの」社会(p203)
〔 たしかにそこは郊外の病院で、設備や考え方も古く、いろいろ問題だらけではあった。それでも「ふつうの」社会がそこにはあったし、入院している人たちはモンスターでもなければ異常者でもない、「ふつうの」人々に過ぎなかった。その人々は、ビジネス社会や学歴社会との噛み合いが、ちょっとうまくいかなかっただけなのである。わたしは入院生活をとおして徹底的に自分を見つめなおしただけではなく、「ふつう」などどこにでもあるということにも気づかされた。〕
 
●「わたし」を手放す(p207)
〔 入院先でわたしは、一度「わたし」を手放した。わたしがわたしの主人であることから降りた。わたしはあらゆることを医療者たちの管理にゆだねた。生活全般をゆだねただけではない。思考の仕方さえ、主治医にゆだねた。思考の仕方を他人にゆだねることは、生活を預けることよりも苦労した。しかしそれが達成できたときの解放感は大きかった。
 退院したときにはまだぼんやりとしていたが、教会と幼稚園をじし、妻と共に郷里へ戻り、静かに暮らすなかで、わたしは「わたし」を手放した身軽さを実感できた。わたしは無職になったのだが、恐れはなにもなかった。すべてはどうにかなる。どうでもいいのとは違う。根拠はないのだが、どうにかなる自信があった。妻と夕日が沈みゆく畑を眺めながら、わたしは「いま死んでもいい」と思った。それは「今死にたい」とはまったく異なるということを読者の方々には分かっていただけると、わたしは信じている。〕
 
●診断的加療(p222)
 入院しながらいくつかの薬を試し、いちばん症状が改善した処方から、遡って診断名を確定するという方法。
 
(2021/7/27)KG
 
〈この本の詳細〉


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

ダチョウはアホだが役に立つ
 [医学]

ダチョウはアホだが役に立つ (幻冬舎単行本)
 
塚本康浩/著
出版社名:幻冬舎
出版年月:2021年3月
ISBNコード:978-4-344-03766-3
税込価格:1,540円
頁数・縦:191p・19cm
 
 ダチョウはアホだけど、病気や怪我に強く、とても丈夫で長生き。それは、免疫系の働きが優れているから。
 その特性を生かし、ダチョウの卵から取り出した抗体を、人間さまの医療と美容に役立てていこうという研究を紹介する。研究成果だけでなく、著者本人の人生の軌跡を京都弁交じりの軽妙な筆致で描いており、楽しく読ませる。
 ちなみにダチョウ抗体の製品開発の成果は、抗体マスク、アトピー性皮膚炎の治療、ニキビの治療、薄毛の解消、花粉症の緩和、歯周病の予防、などなど。癌の治療薬としても研究を進めている。
 ダチョウ抗体は熱に強く、酸にも強いとのこと。抗生物質として腸まで届き、腸内細菌を殺さずに狙った細菌やウイルスだけをやっつけることもできる。
 
【目次】
第1章 ダチョウってどんな鳥?そのすごさとアホさ
 ダチョウはアホだ
 常に行き当たりばったり、よく遭難する
  ほか
第2章 ダチョウ研究23年、その悲喜こもごも
 泡と消えたダチョウブーム
 世界一でかい鳥を飼ってみたい
  ほか
第3章 ダチョウ抗体が秘める無限の可能性
 普通のマスクではできない「予防」ができるわけ
 「免疫力を高める」とは「抗体を作る能力を高める」こと
  ほか
第4章 鳥少年がダチョウ博士になるまで
 鳥のウ○コは平気でも、人間のことは苦手
 小4になってもひらがなが怪しかった
  ほか
第5章 新型コロナウイルスに立ち向かうダチョウパワー
 発生後すぐに中国から問い合わせが相次ぐ
 ダチョウより先に自分の体で人体実験
  ほか
 
【著者】
塚本 康浩 (ツカモト ヤスヒロ)
 1968年京都府生まれ。京都府立大学学長。獣医師、博士(獣医学)、ダチョウ愛好家。大阪府立大学農学部獣医学科卒業後、博士課程を修了し、同大学の助手に就任。家禽のウイルス感染症の研究に着手する。同大学の講師、准教授を経て、2008年4月に京都府立大学大学院生命環境科学研究科の教授となり、2020年、同大学学長に就任。1998年からプライベートでダチョウ牧場「オーストリッチ神戸」でダチョウの主治医となる。2008年6月にダチョウの卵から抽出した抗体から新型インフルエンザ予防に役立つ“ダチョウマスク”を開発した。マスク以外にもダチョウ抗体をもとにがん予防から美容までさまざまな研究に取り組んでいる。
 
【抜書】
●ダチョウの脳(p35)
 ダチョウの眼球は、直径5cm、重さ60g。
 脳は40g程度しかない。
 
●ダチョウの涙(p39)
 ダチョウの涙はムコ多糖を多く含み、甘い。
 ムコの語源はラテン語のMucusで、粘液を意味する。魚の煮凝りやツバメの巣などにも含まれており、コンドロイチンもムコ多糖の一種。
 
●抗体の作り方(p105)
 ウイルスの遺伝子のなかで、ヒトの細胞に引っ付くタンパク質の遺伝子だけを、大腸菌のプラスミドという遺伝子のなかにドッキング(結合)する。
 大腸菌を培養液のなかで大量に増やす。
 増えた遺伝子を取り出して、哺乳類やカイコの培養細胞の中に入れる。タンパク質ができてくるので、そのタンパク質を培養液や細胞をすりつぶして取り出す。
 こうして作りだした抗原をダチョウに注射する。ダチョウの体内で作り出された抗体が卵に送り込まれる。
 卵を割って黄身と白身に分け、黄身を特殊な液体と混ぜて攪拌し、遠心分離器にかけて抗体が含まれている部分だけを取り出す。
 抗体溶液を濾過し、さらに純度を高める作業をする。
 
●ダチョウの抗体マスク(p108)
 ダチョウの卵から作る抗体は1g10万円程度。卵1個から約4g採取できる。これで抗体マスクを8万枚作れる。
 
(2021/6/2)NM
 
〈この本の詳細〉


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書
 [医学]

居るのはつらいよ: ケアとセラピーについての覚書 (シリーズ ケアをひらく)
 
東畑開人/著
出版社名:医学書院(シリーズケアをひらく)
出版年月:2019年2月
ISBNコード:978-4-260-03885-0
税込価格:2,200円
頁数・縦:347p・21cm
 
 臨床心理学で学位を取得した「ハカセさま」が、まずは現場でカウンセリング(セラピー)を実践することを優先し、精神科デイケアで働きはじめた。その4年間の奮戦記。
 しかしデイケアとは、何もしないで「ただ、いる、だけ」の世界だった。「居る」ことのつらさを味わいつつ、その意義を、ケアとセラピーのはざまで深く考察する。
 「精神科デイケア」という、一般人には「非日常」(?)の世界を生き生きと描いていて興味深い。
 
【目次】
プロローグ それでいいのか?
第1章 ケアとセラピー――ウサギ穴に落っこちる
第2章 「いる」と「する」――とりあえず座っといてくれ
第3章 心と体――「こらだ」に触る
第4章 専門家と素人――博士の異常な送迎
幕間口上 時間についての覚書
第5章 円と線――暇と退屈未満のデイケア
第6章 シロクマとクジラ――恋に弱い男
第7章 治療者と患者――金曜日は内輪ネタで笑う
第8章 人と構造――二人の辞め方
幕間口上、ふたたび ケアとセラピーについての覚書
最終章 アジールとアサイラムーー居るのはつらいよ
 
【著者】
東畑 開人 (トウハタ カイト)
 1983年生まれ。2005年京都大学教育学部卒業。2010年京都大学大学院教育学研究科博士課程修了。2013年日本心理臨床学会奨励賞受賞。沖縄の精神科クリニックを経て、現在、十文字学園女子大学専任講師。博士(教育学)、臨床心理士。白金高輪カウンセリングルーム開業。
 
【抜書】
●居場所型デイケア(p42)
 デイケアには、「通過型デイケア」と「居場所型デイケア」がある。
 通過型……何らかの理由で社会生活が送れなくなったメンバーさんが、デイケアのさまざまなプログラムに参加することで、回復し、社会復帰していくのを助ける施設。
 居場所型は、〔「いる」ことを目的として「いる」。居場所型デイケアにはそういうトートロジー(同語反復)がある。ふしぎの国みたいだ。「いるためにいるためにいるためにいるためにいる」みたいに、混乱した帽子屋が歌いだしそうではないか。
 ここにデイケアの秘密があったと思うのだけど、僕にはそれがよくわかっていなかった。「いる」とは何か? とか、居場所とは何か? とか、そもそもそれでいいのか? という問いを深く考えないままに、働きはじめていたからだ。〕
 
●パックス・デイケアーナ(p166)
 デイケアの平和。
 
●アサイラム(p304)
 アサイラム(Asylum)は、アジール(Asyl)というドイツ語を英語に訳したもの。
 アジールは、罪人が逃げ込み、保護される場所。
 アサイラムは、罪人を閉じ込めて管理しておく場所。
〔 精神科病院は過去にアサイラムだった。そこでは苛烈な管理がなされ、人権が侵害された。そのことが批判されたことで、患者さんの退院が奨励され、地域で生きていくことが目指された。だけど、地域で生きるのはつらい。そのときに避難所として出現したのがデイケアだった。デイケアは地域で生きる患者さんの居場所になり、アジールとなった。だけど、それがふたたびアサイラムに頽落してしまうことがある。それがブラックデイケアだ。〕
 
(2021/5/12)KG
 
〈この本の詳細〉


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論
 [医学]

「色のふしぎ」と不思議な社会 ――2020年代の「色覚」原論 (単行本)
 
川端裕人/著
出版社名:筑摩書房
出版年月:2020年10月
ISBNコード:978-4-480-86091-0
税込価格:2,090円
頁数・縦:348p・19cm
 
 小学生の時に色覚異常と診断された著者が、ヒトの目が「物の色」を感じる仕組みと社会的な偏見を解明した書。
 ヒトの40%は、色覚異常である……。そうなると、これは「異常」というより「多様性」と言うしかない。ヒトの目は、まだまだ進化の途上にあり、その機能は固定されていない、ということか? あるいは、個々人の見え方の差は致命的な問題ではなく、それぞれの条件の下で頑張って生き抜いてきた、だから「多様性」としていまだに残っている、ということなのではないだろうか。つまり、淘汰されずに来た理由がある。
 
【目次】
先天色覚異常ってなんだろう
第1部 “今”を知り、古きを温ねる
 21世紀の眼科のリアリティ
 20世紀の当事者と社会のリアリティ
第2部 21世紀の色覚のサイエンス
 色覚の進化と遺伝
 目に入った光が色になるまで
第3部 色覚の医学と科学をめぐって
 多様な、そして、連続したもの
 誰が誰をあぶり出すのか―色覚スクリーニングをめぐって
残響を鎮める、新しい物語を始める
補遺 ヒトの4割は「隠れ色覚異常」という話
 
【著者】
川端 裕人 (カワバタ ヒロト)
 1964年兵庫県生まれ。千葉県育ち。文筆家。東京大学教養学部卒業。ノンフィクションの著作として、科学ジャーナリスト賞、講談社科学出版賞を受賞した『我々はなぜ我々だけなのか』(講談社ブルーバックス)のほか、小説がある。
 
【抜書】
●1色覚、2色覚(p34)
 標準的なヒトの錐体細胞は、S、M、Lの3種類。
 錐体の吸光分布を決めるのは、オプシンと呼ばれる視物質(たんぱく質)で、L錐体のオプシンとM錐体のオプシンの遺伝子は、X染色体上の「長腕(Xp28)」と呼ばれる部分にあり、隣に位置している。非常によく似た遺伝子が隣り合っているので、途中で交叉することで「非相同組み換え」(不等交叉)が起きやすい。
 MかLを欠いている状態を2色覚という。古い呼称で「色盲」。Dichromacy。
 MがM'に、LがL'になっている状態を異常3色覚という。「色弱」。Anomalous Trichromacy。SM'L、SML'、SMM'、SM'L'、SL'L'。
 1型色覚(Protan)……L錐体が欠けていたり、標準的なものとずれていたりするタイプ。
 2型色覚(Deutan)……M錐体が欠けていたり、標準的なものとずれていたりするタイプ。
 3型色覚(Tritan)……S錐体が欠けていたり、標準的なものとずれていたりするタイプ。先天性は少ない。
 
●脊椎動物の視覚オプシンのレパートリー(p115)
     赤型 緑型 青型  紫外線型 桿体型
 魚 類 ◎  ◎  ◎   ◎    ◎
 両生類 〇  ?  〇   〇    〇
 爬虫類 〇  〇  〇   〇    〇
 鳥 類 〇  〇  〇   〇    〇
 哺乳類 〇  ✕  ✕   〇    〇
 霊長類 ◎  ✕  ✕   〇    〇
    (L,M)        (S)
 ◎は、サブタイプあり。遺伝子重複、あるいは対立遺伝子多型。
 
●40%(p120)
 ヒトには、MオプシンとLオプシンの遺伝子の前半と後半が組み換わったL-M融合オプシンをもった変異3色型の個体が40%ほど存在する。
 日本人の場合、男性の5%、女性の0.2%が先天色覚異常と言われている。
 
●輪郭(p127)
 霊長類の赤-緑の色覚は、物の形を見る神経回路をそのまま使っていて、物の輪郭を見る機能を犠牲にしている。
 サルに丸いパターンを選ぶと餌がもらえるという訓練をして、それを緑だけ、赤だけで訓練を重ねていって学習をした後に、時々モザイクになっているやつを混ぜる実験。3色型色覚のサルは、餌が欲しくてすぐに手を出し、正答率が偶然レベルにまで落ちる。2色覚のサルは惑わされない。
 
●コピー数多型(p141)
 一塩基多型(SNP: Single Nucleotide Polymorphism)……ゲノムの塩基配列30億個の中で1,000か所に1か所くらい、つまり数百万か所は、標準的なものと入れ替わっている。
 コピー数多型(CNV: Copy Number Variation)……遺伝子のコピー数が違う。
 
●多型、変異(p143)
 頻度が1%より高いものは「多型」(polymorphism)と呼び、それより低いものを「変異」(mutation)と呼ぶ。
 頻度が高いものは既に定着した「多型」であり、本来持っている多様性の一部と考える。
 
●青色(p153)
 水晶体は加齢とともに徐々に着色していって、青みを生じさせる短波長の光を通しにくくなる。
 白内障などの手術で水晶体を人工レンズに入れ替えると、空はこんなに青かったのかと驚く人が多い。
 
●4色覚(p155)
 先天異常3色覚の男性の母親、つまり「保因者」たちは、標準的なLとMだけでなく、さらにL'あるいはM'の視物質の遺伝子を持っている。それらの遺伝子が実際に網膜上で発現すると、4色覚となる。
 実際に、3色覚よりも細かく色弁別する人たちがいるという実験結果が出ている。
 
●石原表(p193)
 学校の健診や町の医院などで、色覚検査の際に使われるカード。
 1916年(大正5年)、大日本帝国陸軍の軍医だった石原忍が「色覚検査表」を出版。まずは徴兵検査に使われ、後に学校健診にも取り入れられ、様々なバージョンが流通した。
 2013年に「石原色覚検査表Ⅱ国際版38表」が発売される。
 石原表は、世界的に最も普及し、もっとも信頼される色覚検査表だとされる。
 「第二次世界大戦で日本が敵国だったときにも、パイロット候補生の色覚検査には石原表を使っていた」(2017年の国際色覚学会で出会ったアメリカ空軍関係者の話)。
 
●アノマロスコープ(p200)
 日本眼科医会が推奨する検査手順で、アノマロスコープ検査が「確定診断」の手段とされる。
 単眼の顕微鏡のような接眼部から片方の目で覗き込み、「緑と赤をまぜて、黄色を作る」。
 しかし、町の医院ばかりでなく、大学病院のような医療機関でも色覚外来がない場合は所持していないところがほとんど。
 
●感度、特異度(p258)
 感度(sensitivity)……その検査が「病気の人を病気と判定する割合」。感度が低いと、偽陰性が多く出てしまう。
 特異度(specificity)……病気でない人(健康な人)を病気でないと判定する割合。特異度が低いと、偽陽性が多く出てしまう。
 
(2021/4/4)KG
 
〈この本の詳細〉

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間
 [医学]

うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間 (文春文庫)
 
先崎学/著
出版社名:文藝春秋
出版年月:2018年7月
ISBNコード:978-4-16-390893-9
税込価格:1,375円
頁数・縦:190p・19cm
※書影は文庫版
 ■
 NHKドラマ「うつ病九段」(2020年12月20日放送、BSプレミアム)の原作エッセー。
 鬱病の実体が赤裸々にしかし悲壮感なく描かれていて、非常に興味深い。鬱病当時の出来事、感じたこと、考えたことをちゃんと覚えていることに驚嘆した。一流の将棋指しの記憶力と感性は並大抵のものではない。
 
【著者】
先崎 学 (センザキ マナブ)
 1970年、青森県生まれ。1981年、小学五年のときに米長邦雄永世棋聖門下で奨励会入会。1987年四段になりプロデビュー。1991年、第四〇回NHK杯戦で同い年の羽生善治(現竜王)を準決勝で破り棋戦初優勝。棋戦優勝二回。A級在位二期。2014年九段に。2017年7月にうつ病を発症し、慶応大学病院に入院。8月に日本将棋連盟を通して休場を発表した。そして一年の闘病を経て2018年6月、順位戦で復帰を果たす。
 
【抜書】
●死にたがる病気(p10)
 〔頭の中には、人間が考える最も暗いこと、そう、死のイメージが駆け巡る。私の場合、高いところから飛び降りるとか、電車に飛び込むなどのイメージがよく浮かんだ。つまるところ、うつ病とは死にたがる病気であるという。まさにその通りであった。〕
 
●小銭(p36)
 7月ごろ、入院中の行動。外出は許されていた。1回の外出は1時間まで。
〔 お金といえば、ローソンやプロントで、私は千円札や小銭でいちいち払っていた。日頃は全部スイカで払っていたのだが、入院中は小銭入れをゴソゴソやって一円まで探すのが妙に楽しかったのである。お金を数えていると妙に落ち着くのだった。〕
 
●みんな待っています(p40)
〔 もっとも嬉しいのは、みんな待っていますという一言だった。うつの人の見舞いに行くときはこの一言で充分である。
 うつの人間は自分なんて誰にも愛されていないのだと思うので、みんなあなたが好きなんだというようなことをいわれるのが、たまらなく嬉しいのである。あとはできれば小さな声ではなし、暗い人間を元気づけようと明るいことをはなさないようにすれば完璧である。〕
 
●ヒマ(p65)
 退院後。
〔 翌日妻と一緒に書類の整理をしたり、お見舞いに来てくれた人たちに報告のラインをしたりして過ごした。私の前には膨大な時間があったが、ヒマだとはまったく考えられなかった。ヒマだ、あーどうしよう、という考えはうつの人間にはないのである。焦りとも違う。焦りは人の心が生み出すものだが、ヒマを感じないというのは、うつの症状そのものといってもよいのではないだろうか。〕
 
●詰将棋(p85)
〔 うつ病は脳の病気だ。だから自分は七手詰めもできないが、病気が治れば必ず前の自分に戻る。詰将棋だって詰む――。
 はじめは単純にそう考えた。だが、そのうちに脳が戻らなかったら、将棋が弱くなったままになるのかと思って、コワくなってきた。なんとしてもうつを治し、脳を元に戻す必要がある。今できることは詰将棋を解くよりなかった。〕
 
●過去との比較(p116)
〔 体験からいうと、回復しだしてからは健康だったころの自分と比べるのではなく、半月前、一カ月前と、今より悪かった時期と比べたほうが精神的によいと思う。うつ病はよくなっていると実感することがもっとも大切なのである。まあ人間の性としてどうしても短期的に考えてしまうのだが。〕
 
●感性(p168)
〔 よく、作家や音楽家、他にもいろいろあるがいわゆる感性を重んじる職業にうつ病が多いといわれる。もちろん統計はないが、俗っぽくそうした見方があるのはたしかだろう。しかし、棋士という職業でうつ病をやった者からすると、この感性が戻らなければその人間にとって「治った」ことにはなりえず、人によってはそのことでさらにうつになったりするだろう。医者と当人の間では完治の基準が違い、その結果うつの期間が長くなり(と、当人は感じる)世の中に目立つのではないかと。
 私が他の職種に就いていたら、十一月にすこしずつ現場に復帰して、疲れやすいにしても仕事をして、一月には完全に復帰できたのかもしれない。だが棋士では無理だ。感性が戻らず疲れやすい状態では勝負を戦えない。〕
 
●本物のうつ病(p177)
 優秀な精神科医である兄の言葉。
 「学が体験したことをそのまま書けばいい、本物のうつ病のことをきちんと書いた本というのは実は少ないんだ。うつっぽい、とか軽いうつの人が書いたものは多い。でも本物のうつ病というのは、まったく違うものなんだ。ごっちゃになっている。うつ病は辛い病気だが死ななければ必ず治るんだ」
 
【ツッコミ処】
・最悪期(p184)
〔 うつ病はさまざまな局面がありそれぞれ苦労が違う。最悪期はただ辛いだけだし、回復期は不安の波との闘いで、それを超えると今度は社会復帰に焦ることになる。〕
  ↓
 「最悪期」とあるが、これまでは主に「極悪期」と書いていたような……。たとえば、
〔 その時の私に分かるすべもなかったが、私はうつ病の極悪期から回復期へと移ろうとしていた。その後にはいずれ現役棋士として復帰しなければならない。だが、その時の私は将棋のことなどどうでもよかった。なんでもいいから頭の中の重しを取りたかった。〕(p64)
 多分、同じ意味だと思う。
 
(2021/1/24)KG
 
〈この本の詳細〉

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

闇の脳科学 「完全な人間」をつくる
 [医学]

闇の脳科学 「完全な人間」をつくる (文春e-book)  
ローン・フランク/著 赤根洋子/訳
出版社名:文藝春秋
出版年月:2020年10月
ISBNコード:978-4-16-391275-2
税込価格:2,200円
頁数・縦:326p・20cm
 
 ロバート・ガルブレイス・ヒース。いまや忘れ去られた、精神医学界の巨人である。ニューオリンズのチュレーン大学にスカウトされ、1949年から1980年まで、長期にわたって精神科と神経科の学科長を務めた。多くの精神疾患患者に「脳深部刺激療法」を施し、一定の効果を上げた。
 本書は、ヒースの評伝である。『闇の脳科学――「完全な人間」をつくる』というタイトルからは、マッド・サイエンティストを連想してしまうし、ヒースのことを知った当初は、著者もそうした人間像を思い描いたようだ。しかし、関係者へのインタビューを重ねるうちに、その予測は覆される。真摯に精神疾患と向き合い、患者のために緻密に周到に治療法を開発しようと試みる、研究者としての、そして医者としてのヒースの姿が浮かび上がってくる。むしろ、数十年も早く生まれすぎた先駆者だったのかもしれない。埋もれてしまったヒースの成果が、最近の研究者による「最新の」研究結果として蘇っているのである。
 そう、原書のタイトルは、『The Pleasure Shock: The Rise of Deep Brain Stimulation and Its Forgotten Inventor』(プレジャーショック――脳深部刺激法の始まりと忘れ去れたその考案者)なのである。「闇」をイメージさせる要素はまったくない。
 ロバート・ガルブレイス・ヒース、1999年、84歳で死去。 
 
【目次】
プロローグ 脳を刺激し、同性愛者を異性愛者へ作り変える
第1章 ゴー・サウス―野心に燃える若き医師
第2章 忘れ去られた“精神医学界の英雄”
第3章 一躍、時代の寵児へ―“ヒース王国”の完成
第4章 幸福感に上限を設けるべきか
第5章 「狂っているのは患者じゃない。医者のほうだ」
第6章 その実験は倫理的か
第7章 暴力は治療できる
第8章 DARPAも参戦、脳深部刺激法の最前線
第9章 研究室にペテン師がいる!
第10章 毀誉褒貶の果てに
エピローグ 七十六歳の老ヒース、かく語りき
 
【著者】
フランク,ローン (Frank, Lone)
 デンマークを代表するサイエンス・ジャーナリスト。神経生物学の博士号を持つ。米国のバイオテクノロジー業界でキャリアを積んだ後、『My Beautiful Genome』『Mindfield』(ともに未邦訳)を執筆し、高い評価を得る。「サイエンス」や「ネイチャー」などの学術雑誌やヨーロッパの有力紙に寄稿するかたわら、コメンテーターや制作者としてデンマークのテレビ、ラジオでも活躍。科学、テクノロジー、社会にまつわる議論をリードする存在である。
 
赤根 洋子 (アカネ ヨウコ)
 翻訳家。早稲田大学大学院修士課程修了(ドイツ文学)。
 
【抜書】
●視床、前頭葉(p86)
 「アイリーンはボブの視床だ」。
 情報通のアイリーンを視床にたとえた表現。視床は、脳内で処理されるあらゆる情報の中継地点。
 アイリーン・デンプシーは、ヒースが引退するまでの数十年間、秘書を務めた。
 〔彼女はすべての点で驚くべき女性だった。綺麗に調えられた黒髪、長い足、当時理想とされた、砂時計のようにくびれた細いウエスト、美しくエレガントであると同時に信じられないほど有能で、あらゆる内情に通じていた。〕
 〔彼女は時折、ヒースのために、冷静で思慮深い超自我の座である前頭葉の役割を果たすこともあった。ボブがかんしゃくを起こして学生を「何のとりえもないこの大馬鹿者」と怒鳴りつけたり、怒りにまかせて「クビにしてやる」とスタッフを脅したりしたとき、唖然としている学生やスタッフとの間を丸く収めるのはアイリーンだった。
「彼に悪気はないのよ。ボブには、実は反論してくれる人が必要なの。落ち着いて考えれば彼もわかるはずよ」〕
 
●生物学的な疾病(p88)
 1995年に発売されたソラジンは、抗精神病薬として統合失調症患者に投与され、その後十年のあいだに欧米の精神病院では入院患者が激減した。
 ヒースは、「統合失調症は実際には生物学的な疾病であり、その原因は脳内にある」という信念を持っていた。ソラジンはその証明となった。
 ソラジン……フランスの製薬会社ローヌ・プーラン社が1950年に開発した薬の製品名。RP4560(クロルプロマジン)。
 
●ブロードマン25野(p114)
 米国エモリ―大学教授で神経科医のヘレン・メイバーグは、2005年、重篤な慢性鬱病患者の治療に脳深部刺激を応用したとする論文を発表した。
 報酬系……視床を取り巻く、偏桃体や海馬を含む領域の集合体。「感情脳」とも呼ばれる。
 一般的に、やる気、恐怖、学習能力、記憶、性欲、睡眠の調節や食欲といった、鬱病によって影響を受ける営みを司っている脳領域。
 ブロードマン25野……大脳皮質の膝下野とも呼ばれる。眼窩のほとんど真後ろの脳底部付近に位置する、人差し指の先ほどの大きさを持つ領域。報酬系や辺縁系の、脳全体のさまざまな領域とつながっている。
 鬱病患者のブロードマン25野は、健常者よりも小さい。鬱病患者の25野は過活動状態のようにも見える。鬱病を治療すると、25野の過活動も沈静化する。
 一種の「鬱病中枢」?
 メイバーグは、鬱病をネガティブなプロセスが活性化している状態だと考えている。快感とか喜びといったポジティブな要素が欠如した状態だとはみなさない。鬱病の治療には、常に心を苛んでいるネガティブな活動を取り除くことが必要。
 ちなみにヒースにとっては、快感が治療への鍵だった。鬱病とは「失快感症」。
 
●美容整形外科(p134)
〔 第一次大戦で手足や顔の一部を損傷した帰還兵のために開発された形成外科は、異常や変形を治療するための医療分野だった。長い間、それがこの分野の唯一の目的だった。だが周知のとおり、状況は変わった。現在、美容整形外科は世界的な巨大市場だ。高度に専門化したプロたちが、時代の流行や消費者のさまざまな要望に従って、鼻の高さや乳房の大きさ、果ては女性器の形までをも造り替えている。
 問題は、脳深部刺激が神経外科にこれと同じような結果をもたらすかどうか、である。我々現代人は、人体をバイオ・マシンと見なす時代に生きている。こうしたレンズを通して見ると、自分の持って生まれたハードウェアをグレードアップしようとすることが間違っているとはなかなか思えない。なぜなら、それはただのハードウェアなのだから。〕
 
●ヒースの悲劇(p169)
〔 現在、インターネットでロバート・ヒースを検索すると、たいていは、マインドコントロールやCIAの人体実験、精神外科に対する闘いに関するサイトがヒットする。一九七二年におこなわれた、患者B-19という仮名で呼ばれている若い男性同性愛者を異性愛者に転向させようとした実験が非難されていることも多い。〕
 
●電子スーパーエゴ(p223)
 2013年、DARPA(国防高等研究計画局)では、小脳に埋め込むことのできる小さな電気系統装置の開発開始を発表した。脳深部刺激により、脳の状態を常時読み取ってそれを修正し、特定の感情や特定の種類の行動が最初から起きないようにする装置。
 ハーバード大学と同大の関連医療機関マサチューセッツ総合病院、ドレイパー研究所が共同研究として3,000万ドルの予算を獲得した。
 
●鬱病(p230)
 鬱病は、単独の疾患ではない。〔精神科医たちの内輪話では、「鬱病として一括りにされている疾患は、実は、器質的原因も生物学的メカニズムも異なる複数の別々の疾患なのではないか」という声が次第に強まっている。〕
 
(2020/12/25)KG
 
〈この本の詳細〉


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

当事者研究 等身大の〈わたし〉の発見と回復
 [医学]

当事者研究 等身大の〈わたし〉の発見と回復
 
熊谷晋一郎/著
出版社名:岩波書店
出版年月:2020年7月
ISBNコード:978-4-00-006337-1
税込価格:2,970円
頁数・縦:217, 43p・20cm
 
 
■「当事者」とは「自分」のこと
 日本独自の取り組みである当事者研究とは、2001年に北海道の浦河町にある「浦河べてるの家」で誕生したという。ここは、精神障害を持つ人々の生活拠点である。
 はて、「当事者研究」とは何であろう。何らかの事にあたる「当事者」を研究する学問であろうか。たとえば、大日本帝国陸軍の参謀本部の幹部たちは「当事者意識」が低く、すべて他人任せでそのために無謀な戦争に突き進んだ、という言われ方をするが、そのような「当事者」を扱うのであろうか。
 いや、「当事者研究」の「当事者」とは、まさにその状況に置かれた「当人」のことであり、「当人」が「自分の事」を「研究」することであるようだ。「定型発達者」とはやや異なる自分の事を知ることにより、よりよい生活を送れるようになることを目指すのが「当事者研究」なのである。「もっとも本人のことを長時間継続的に観察できるのは本人自身であり、次いで共同生活者ということは自明であるから、本人と身近な他者が研究主体にならなくてはならない」(p.108)。研究とはいいながら、「当事者研究においては、困難を前にまず専門家に丸投げをせず、当事者が自分で考えるという態度を大切にする」(p.212)。
 つまり、当事者研究とは、「『自分助け』の技法」(p.1)なのである。
 対象となる「自分」は、統合失調症、依存症、発達障害、慢性疼痛、双極性障害、レヴィ小体病、吃音、聴覚障害など、多岐に及ぶ。さらに、障害や病気だけではなく、生きづらさを抱えているあらゆる人々の間に広まりつつあるという。
 特に本書では、自閉スペクトラム症(ASD)の診断を持つ綾屋紗月(あややさつき:東京大学先端科学技術研究センター当事者研究分野所属の特任講師)と行ってきたASDをめぐる当事者研究を中心に扱っている。
 
【目次】
第1章 当事者研究の誕生
第2章 回復の再定義―回復とは発見である
第3章 当事者研究の方法
第4章 発見―知識の共同創造
第5章 回復と運動
終章 当事者研究は常に生まれ続け、皆にひらかれている
 
【著者】
熊谷 晋一郎 (クマガイ シンイチロウ)
 1977年生まれ。新生児仮死の後遺症で脳性まひになる。高校までリハビリ漬けの生活を送り、歩行至上主義のリハビリに違和感を覚える。中学1年時より電動車椅子ユーザーとなる。高校時代に身体障害者の先輩との出会いを通じて自立生活運動の理念と実践について学び、背中を押されて大学時代より一人暮らしを始める。大学時代に出会った同世代の聴覚障害学生の運動に深く共鳴する。「見えやすい障害」をもつ自分への「排除型差別」とは異なる、「見えにくい障害」に対する「同化型差別」の根深さを知る。東京大学医学部医学科卒業後、千葉西総合病院小児科、埼玉医科大学病院小児心臓科での勤務、東京大学大学院医学系研究科博士課程での研究生活を経て、東京大学先端科学技術研究センター准教授、小児科医。東京大学バリアフリー支援室長。専門は小児科学、当事者研究。主な著作に、『リハビリの夜』(医学書院、第9回新潮ドキュメント賞)など。
 
【抜書】
●自己決定(p19)
〔 障害者の当事者運動では、「何でも自分でできること」「お金を稼げるようになること」を自立とは考えない。運動における自立概念は、「自己決定をし、その結果について自己責任を負うこと」である。自己決定することが自立であり、実行することは自立にとって必要な条件ではない、と考えたのである。
 また自己決定の原則を徹底するために、支援者は、たとえ善意であっても先回りせず、障害者の指示に従う手足に徹するべきだと主張された。それは、施設や家庭の中での、先回りが前提となった介助/被介助関係に対する反省から生まれてきた考え方である。〕
 
●障害、ショウガイ(p52)
 障害(disability)……予期と現実との間に生じた誤差(期待誤差や予測誤差)。①〈生得的な期待〉と〈後天的な期待〉の間、②〈後天的な期待〉と〈予測(知識)〉の間、③〈予測(知識)〉と〈身体(現実)〉の間、の3か所に発生しうる。身体に内在せず、予期-身体-環境の「間」に生ずる。
 ショウガイ(impairment)……①〈生得的な〉期待(恒常性の維持など)と、〈後天的な〉期待(規範・欲望など)との間、②〈身体(現実つまり筋骨格・内臓)〉と〈環境(現実)〉との間、に生じる。身体に内在するものとして事後的に措定される。
 
●過剰一般化記憶(OGM)(p69)
 OGM:Overgeneral memory、過剰一般化記憶。
 トラウマ状態に陥った人によく認められる傾向。自分の過去の具体的な出来事を思い出して描写することの困難。とりわけ特定の時間と場所で起こった出来事としてうまく報告できない状態。
 OGMは、トラウマ後の鬱や心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発生が予測され、鬱の経過の悪さや社会的問題解決の効力低下に結びついている。
 摂食障害やパーソナリティ障害においてもOGMが認められる。
 フラッシュバック……PTSDの主症状ひとつ。極めて具体的なトラウマ記憶が、その記憶を連想させるような刺激を引き金にして不随意的に想起される。
 PTSDでは、OGMとフラッシュバックが併存するので、概念的自己とエピソード記憶とのリンク(自己整合性と現実対応性の両立)の不全が発生している。
 
●類似した者同士の共感(p89)
 ASD傾向の強い主人公が登場する物語を読んだ後の想起課題では、ASD者のほうが多数派よりも成績が良い。
 ASD者における帰属的推論の困難は、少数派の側に帰属されるショウガイに還元されるのものではなく、特徴や経験を共有できる類似した他者との出会いが少ないことや、少数派独自の経験を表現する語彙が支配的な言語体系の中に存在しないことによって引き起こされる。
 
●定型発達者(p98)
 発達障害を持たない、いわゆる健常者のこと。
 本書では、「定型的社会性」「神経定型者」「非定型性」という語も登場する。
 本書では、ASDとの対比において最初に使用している。
 
●コミックサンズ(p159)
 Comic Sans。異なるアルファベット間で同一のパーツが共有されていない、不揃いのフォントの一種。
 発達性識字障害の人にとっては、MSゴシック体よりもスムーズに読める。
 
(2020/12/19)KG
 
〈この本の詳細〉


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ: