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メンヘラの精神構造
 [哲学・心理・宗教]

メンヘラの精神構造 (PHP新書)
 
加藤諦三/著
出版社名:PHP研究所(PHP新書1224)
出版年月:2020年6月
ISBNコード:978-4-569-84715-3
税込価格:968円
頁数・縦:219p・18cm
 
 メンヘラとは、メンタルヘルスのこと。精神的に病んでいる社員が増えている、ということの解説と対策について論じたいようなのだが、構成が散漫で、思いつくままに書き散らしている観が強く、言いたいことの焦点が曖昧である。それがこの著者のスタイルなのか。
 読み進めつつ感じる部分があったら自分に当てはめて納得したり、改善に努めたりするようにすればいいのだろう。
 
【目次】
第1章 なぜ、あの人はいつも不満なのか?
第2章 「ひどい目に遭った」という被害者意識
第3章 根底に潜むナルシシズムとは?
第4章 傷つきやすい私を大事にしてほしい
第5章 メンヘラの精神構造を分析
メンヘラ本人ができる四つの改善策
 
【著者】
加藤 諦三 (カトウ タイゾウ)
 1938年、東京生まれ。東京大学教養学部教養学科を経て、同大学院社会学研究科修士課程を修了。1973年以来、度々、ハーヴァード大学研究員を務める。現在、早稲田大学名誉教授、ハーヴァード大学ライシャワー研究所客員研究員、日本精神衛生学会顧問、ニッポン放送系列ラジオ番組「テレフォン人生相談」レギュラーパーソナリティ。
 
【抜書】
●何度も言い聞かせる(p60/324)
〔 被責妄想だの、自己関連妄想など、怖くないものを怖がって不幸な一生を終わる人のなんと多いことか。では、どうすればよいのか。
 詳しくは後述するが、なにかを誰かを恐れている時に、「これは、それほど恐れるものではない」と何度でも自分に言い聞かせることである。「私は恐くないものを怖がっている」と何度でも自分に言い聞かせる。〕
 
●自己関連妄想(p68/324)
 自分には全く関係ないことを、関係あると思ってしまうこと。
 被蔑視妄想……なにをしても勝手に「私を軽蔑した」と解釈してしまうこと。加藤の命名。
 
●感情的記憶(p85/324)
〔 無意識に蓄えられた感情的記憶には、人によって違うということを理解しないと、人を理解することができない。〕
 
●補足的ナルシシスト(p151/324)
 「ナルチストは補足的ナルチストを要求する。」チューリッヒ大学教授ユルク・ヴィリー(1934-)の言葉。
 「補足的ナルシシスト」をヴィリーは男女関係で説明しているが、最も典型的に表れるのは親子関係。親がナルシシストの場合、優しい心の子は補足的ナルシシストの役割を果たすことを親から強制される。
 親子の役割逆転。子どもが親の甘えを満たさなければならない。
〔 もともと配偶者の一方がナルシシストの場合、夫婦関係はうまくいっていない。相手に不満である。
 補足的ナルシシストの役割を背負わされた子どもの悲劇は深刻である。
 ナルシシストの親はその優しい子が、自分を全知全能の神であると信じるように操作する。全知全能の神であると信じることを子どもに強要する。
 その心の優しい子が、親を全知全能の神であると思うことで、親は心理的に安定する。〕
 
●不機嫌(p182/324)
〔 不愉快も、不機嫌も依存性抑うつ反応である。相手が自分の望む反応をしてくれない。相手に依存しつつ相手に怒りを感じている。〕
 不機嫌な人は、攻撃性を直接には表現できない。(p202/324)
 嫌われるのが怖い、見捨てられるのが怖い、対立するのが嫌だ、あるいは攻撃すべきではないという規範意識がある。
 相手に怒りを感じながら、それを表現できないでいる。それが重苦しい不機嫌となる。
 
【ツッコミ処】
・無責任(p274/324)
〔 そしてこの二つの心理(注:ナルシシストの自己陶酔と、他者への無関心)と傷つきやすさとも深く関わっている。つまり傷つきやすさと被害者意識と自己陶酔と他者への無関心は一つの塊である。そこに無責任が加わる。〕
  ↓
 「無責任」が唐突に出てくるのだが、無責任に関する記述がこの前後5頁の文章にはないので、無責任が加わるとナルシシストがどうなるのか不明。
 
(2021/11/25)EB
 
〈この本の詳細〉


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