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カルロ・ロヴェッリの科学とは何か
 [哲学・心理・宗教]

カルロ・ロヴェッリの 科学とは何か   
カルロ・ロヴェッリ/著 栗原俊秀/訳
出版社名:河出書房新社
出版年月:2022年2月
ISBNコード:978-4-309-25441-8
税込価格:2,310円
頁数・縦:275p・20cm
 
 2009年に、フランスで刊行されたAnaximandre de Milet ou la naissance de la pensée scientifique(ミレトスのアナクシマンドロス、または科学的思考の誕生)の、イタリア語版(2011年)の翻訳である。「七つの短い物理学講義」(2014年。邦訳『すごい物理学入門』)でベストセラー作家(?)となったロヴェッリの第一作に相当する。
 牽強付会な論述もある。たとえば、第6章、タレスとアレクシマンドロスの師弟関係。これはおそらく史実として実証されていないと思われる。すなわちたくましい想像力を駆使して師弟関係が描かれており、そこから「共同で知的探求に取り組む際の、先人の思考の継承・発展と、それに対する批判の組み合わせ」(p.121)という結論を導いているようなのである。アナクシマンドロスに対する強力な思い入れがそうさせたのか。
 とはいえ、全編を通じて知的興奮を味わえる。
 
【目次】
紀元前六世紀 知の天文学
アナクシマンドロスの功績
大気現象
虚無のなかで宙づりのまま空間を浮遊する大地
目に見えない実体と自然法則
反抗が力となる
文字、民主制、文化の混淆
科学とは何か?アインシュタインとハイゼンベルク後の世界でアナクシマンドロスを考える
文化的相対主義と「絶対」的な思想のあいだ
神を抜きにして世界を理解できるか?
前-科学的な思考
結論-アナクシマンドロスの遺産
 
【著者】
ロヴェッリ,カルロ (Rovelli, Carlo)
 1956年、北イタリアの古都ヴェローナ生まれ。ボローニャ大学の物理学科を卒業後、パドヴァ大学で博士号を取得し、アメリカの物理学者テッド・ニューマンの招きに応じて、ピッツバーグ大学で10年におよぶ研究生活を送る。アメリカで最も重要な科学哲学の研究所を擁する同大学で、アドルフ・グリュンバウムやジョン・イアーマンなどの著名な哲学者と親交をもつ。2000年から現在までは、南仏のエクス=マルセイユ大学で理論物理学の研究に取り組んでいる。専門とする「ループ量子重力理論」は、20世紀の物理学が成し遂げた2つの偉大な達成、一般相対性理論と量子力学の統合を目的とした理論である。2014年、「七つの短い物理学講義」(『すごい物理学入門』河出書房新社)という小さな本がイタリアの内外でベストセラーとなり、一躍「時の人」となる。その後、『すごい物理学講義』(河出書房新社)で「メルク・セローノ文学賞」「ガリレオ文学賞」を受賞。いまや、理論物理学の最前線で活躍する研究者であるだけでなく、最も期待されるサイエンスライターのひとりでもある。
 
栗原 俊秀 (クリハラ トシヒデ)  
 翻訳家。1983年生まれ。C・アバーテ『偉大なる時のモザイク』(未知谷)で、第2回須賀敦子翻訳賞、イタリア文化財文化活動省翻訳賞を受賞。
 
【抜書】
●無知の広がり(p9)
 〔科学的に考えるとは、まずもって、世界について考えるための新たな方法を、絶え間なく、情熱的に探求することにほかならない。科学の力は、すでに打ち立てられた確実性のなかに宿るのではない。そうではなく、わたしたちの無知の広がりにたいする根本的な自覚こそが、科学の力の源になる。この自覚があればこそ、知っていると思っていた事柄を絶えず疑うことができるようになり、ひいては、絶えず学びつづけることができるようになる。知の探求を養うのは確かさではなく、確かさの根本的な欠如なのだ。〕
 
●アナクシマンドロスの思想(p55)
 (1)天候は自然現象として理解できる。雨水はもともとは海や川の水である。それらが太陽の熱によって蒸発し、風に運ばれ、雨となって大地を濡らす。雷鳴や稲光は雲がぶつかったり砕けたりすることで生じる。地震は、たとえば酷暑や豪雨が引き金となって大地が割れることによって生じる。
 (2)大地は有限な寸法をもつ物体であり、宙に浮遊している。大地が落下しないのは、落下する方向をもたないためであり、言い換えるなら、「ほかの物体に支配されて」いないからである。
 (3)太陽、月、星々は、地球のまわりを完全な円を描いてまわっている。これらの天体は、「馬車の車輪」にも似た、巨大な輪に沿って回転している。
 その輪の内部は(自転車の車輪のように)空洞になっている。輪の内部では炎が燃えさかり、内側にむかって穴があいている。天体とは、この穴を通じて見える炎のことである。この輪はおそらく、天体が落下してくるのを防ぐ役割を果たしている。星々はもっとも近い円に、月は中間の円に、太陽はいちばん遠い円に沿ってまわっており、その距離の比率は「9:18:27」である。
 (4)自然を形づくる事物の多様性はすべて、唯一の起源から、すなわち、「アペイロン」と呼ばれる「根源」から生じている。アペイロンとは、「限界をもたないもの」の意である。
 (5)ある事物が別の事物に変化する過程は、「必然」に支配されている。この「必然」が、時間のなかで現象がいかに展開していくかを決めている。
 (6)この世界は、アペイロンから「熱さ」と「冷たさ」が分かれたときに生じた。
 これにより世界に秩序がもたらされた。炎の球体のような物質が、空気や大地のまわりで、「樹皮のように」成長していった。やがて、この球体はばらばらに砕け、太陽、月、星々を形づくる円のなかに追いやられた。はじめのうち、大地は水に覆われていたが、次第に乾燥していった。
 (7)あらゆる動物は、海か、かつて大地を覆っていた原初の水に起源をもつ。したがって、最初の動物は魚(あるいは魚に似た生き物)である。やがて大地が乾燥したとき、最初の動物は陸にあがり、そこでの暮らしに適応した。数ある動物のなかでも、とりわけ人間は、現在の形態で誕生したとは考えにくい。というのも、人間の子供は独力では生きていけず、かならず養育者を必要とするからである。人間はほかの動物から生じ、もとをたどれば、魚のような形態を有していた。
 
●神の気まぐれ(p64)
〔 雷雨、暴風、高波といった現象の関係性、原因、結びつきを理解するのに、神の気まぐれを勘定に入れる必要はないことを、長い歴史のある時点で人類は洞察した。この途方もない転回を引き起こしたのが、紀元前六世紀のギリシア思想だった。そして、わたしたちの手もとにある古代の資料はことごとく、その立役者はアナクシマンドロスであったと証言している。〕
 
●起源の探求(p94)
 イオニア学派(ないしミレトス学派)の中心人物である3名が、自然現象の根拠となる「唯一の起源」(アルケー)の探求に答えを出した。
 タレス……「すべては水でできている。」
 アナクシマンドロス……アペイロン。
 アナクシメネス……空気。圧縮と希釈。空気を圧縮すると水が得られ、水を希釈すると空気が得られる。水をさらに圧縮すれば大地となる。
 
●読み書き能力(p112)
 BC6世紀ごろのギリシアは、読み書き能力が専門的な筆記者の狭いサークルの外にまで普及した、人類史上初めての社会。
 とりわけ支配階級の貴族にとって、読み書きは社会生活を営む上で必須の能力だった。
 
●第三の道(p115)
〔 一方には、キリストにたいする聖パウロの、孔子にたいする孟子の、ピタゴラスにたいする学徒たちの絶対的な恭順があり、もう一方には、自分とは違う考え方をする人物への断固とした否定がある。だが、アナクシマンドロスは、そのどちらとも異なる第三の道を発見した。アナクシマンドロスのタレスへの恭順は明らかであり、タレスの知的達成にアナクシマンドロスが全面的に依拠していることは疑いの余地がない。それでも、いくつかの点でタレスは間違っていること、タレスの説より優れた解決策がありうることを、アナクシマンドロスはためらいなく指摘した。孟子も、聖パウロも、ピタゴラス学派の教え子たちも、この窮屈な第三の道こそが、知の発展への扉を開くまたとない鍵であることに気づかなかった。〕
 
●中国の思想(p119)
〔 何世紀ものあいだ、さまざまな領野において、中国文明は西洋よりはるかに優越していた。それにもかかわらず、西洋で起きた科学革命に比する変革は、中国では起こらなかった。伝統的な見方に従うなら、その原因は、中国の思想において師がけっして批判されず、その言葉にけっして疑義が呈されなかったという事実に求められる。中国の思想は、知的権威の問い直しではなく、既存の思想の深化、肥沃化に向かって成長した。私見では、これは納得のいく説に思える。むしろ、この説を採用しないことには、あの偉大な中国文明が、イエズス会がやってくるまで大地は球体であるという理解に到達していなかったという、およそ信じがたい事実を受け入れる気になれないのだ。おそらく、中国には、ひとりのアナクシマンドロスも生まれなかったのだろう。あるいは、仮に生まれていたとしても、皇帝が首を刎ねていたのだろう。〕
 
●フェニキア文字(p127)
 フェニキア文字とギリシア文字は、ともに30に満たない数のアルファベットで構成されている。
 フェニキア文字のアルファベットは、子音だけから構成されている。
 ギリシア文字のアルファベットには、母音もある。フェニキア文字がギリシア語に転用される際に、子音の少ないギリシア語で利用されずに残るアルファベットがあった。α、ε、ι、ο、ν、ωである。これらを母音にあてた。
 楔形文字やヒエログリフは、少数の表音文字と、何百もの表意文字から形成されていた。これらの文字を用いて文章を書いたり読んだりするには、実質上、すべての文字について知っている必要があった。長年の修練が必要だった。
 
●イオニア同盟(p139)
 アナクシマンドロスの時代、ミレトスは、ほかのギリシア都市とともに「イオニア同盟」を形成していた。
 同盟の目的は、ある都市の、ほかの都市に対する優越を示すことではない。共通の関心や、共通の関心に基づく決定について、代表者が討論を交わす場を提供することが、この同盟の存在理由だった。
 〔同盟の代表者が集った建物、イオニア同盟の「議会」はおそらく、世界史上もっとも古い議事堂のひとつである。ギリシア人が、神のごとき君主の宮殿の代わりに議会を設置し、みずからを取り巻く世界を見渡したまさしくそのとき、人びとは神話的、宗教的な思考の暗がりを脱し、自分たちの生きる世界がどのようにできているかを理解しはじめた。大地は巨大な平面ではない。それは、宙を浮遊する岩山である。〕
 神権政治からの解放。
 
●科学が存在する理由(p158)
〔 科学が存在する理由は、わたしたちがかぎりなく無知であり、抱えきれないほどの誤った先入観にとらわれているからである。「知らない」という現実、丘の向こうにはなにがあるのかという好奇心、知っていると思っていたことの問い直し……これが、科学の探究の源泉である。一方で、科学は明白な事実に抗ったり、論理的な批判の言説を拒んだりはしない。人はかつて、大地は平らであると信じ、自分たちは世界の中心にいると信じていた。バクテリアは無機質物質から自然に生まれてくるのだと信じていた。ニュートンの法則は正確無比だと信じていた。新たな知が獲得されるたび、世界は描き直され、わたしたちの目に映る世界の相貌は移ろっていった。昨日とは異なる、昨日よりも優れた仕方で、今日のわたしたちは世界を認識している。
 科学とは、より遠くを見つめることである。自分の家の小さな庭を出たばかりのときには、わたしたちの考えは往々にして偏っているものだと理解することである。科学とは、わたしたちの先入観を明るみに出すことである。世界をより的確に捉えるために、新しい概念的手段を構築し発展させることである。〕
 
●最良の解答(p173)
〔 つまり、「科学は発展途上だから信じられない」のではなく、「発展途上だからこそ、科学は信頼に値する」のである。科学が提供するのはかならずしも、決定的な解答ではない。むしろ、科学という営みの本質からして、それは「今日における最良の解答」と呼ぶべきである。〕
 
●冒険(p181)
〔 科学とは、世界について考えるための方法を探求し、わたしたちが大切にしているいかなる確かさをも転覆させて倦むことのない、どこまでも人間的な冒険である。人間がなしうるなかで、もっとも美しい冒険のひとつ、それこそが科学である。〕
 
●『神々の沈黙』(p221)
 ジュリアン・ジェインズ『神々の沈黙――意識の誕生と文明の興亡』。1970年代。
 神の観念が誕生したのは、およそ1万年前、新石器革命のころ。
 原始の社会においては、人間集団は血縁を軸にして構成され、支配者の地位にある男性が、グループの成員に直接に指示を下していた。
 新石器革命がおこり、農耕文化が普及して、人口が増加して定住化が進行するにつれ、集団の規模も増大した。支配者はグループの成員とじかに接することができなくなった。人間は、住人の全員が顔見知りではない規模の都市で生きるために、「文明」という技術を生み出した。
 集団の崩壊を避けるために、支配者の「声」が、当人が不在であっても臣民の耳に「聞こえる」ように、「人物像」を作った。君主の声はその死後も、生前と変わらずに聞かれ、崇められ続けた。なおも「語る」亡骸を、残された人びとは可能な限り長く保存しようと努め、それが神の像に発展し、古代のあらゆる都市の中心で崇拝の対象になった。
 君主の家、すなわち神像の家は、時の経過とともに神殿に発展し、地理的にも象徴的にも、古代都市の中心として機能するようになった。このシステムは数千年にわたって維持され、古代文明の社会的、心理的な構造を決定づけた。
 〔こうした文明において、神とは君主であり、その父であり、その祖先だった。神々とは、すでに没し、しかしなおも語っている君主たちの、いまだ生き生きとした記憶のことだった。〕
 このシステムは、BC1000年頃、政治的、社会的な激しい動乱が起こった時代に危機を迎えた。広範な地域に及ぶ大規模な移住現象、商業の発展、史上初めての他民族帝国の形成。神々の退場。
 神々の「声」は、ひと握りのピュティア(アポロンの神託を授けるデルポイの巫女)や、さらにのちにはマホメットやカトリックの聖人にしか聞こえなくなった。独り取り残された人間は、変革を蒙る世界での漂流を余儀なくされる。
 
●『世界の脱魔術化』(p224)
 マルセル・ゴーシェ『世界の脱魔術化』。
 神話-宗教的思想から、人間が徐々に離脱していく過程を描く。
 一神教は、宗教的な思想が発展を遂げた末に、多神教よりも「上位の」思想として生じたのではない。古代社会で宗教が一貫して担っていた、思想の組織化における中心的な役割が、ゆっくりと崩壊に向かう局面で生じた。
 最初期の帝国は、異なる民族を混ぜ合わせ、原始的な社会集団、みずからの地域神に自己を同一化している部族から権限を奪い取り、臣民から隔絶した巨大な中央権力という観念を作り出した。こうして、それまで土地ごとに存在していた神々や教団が、一個の神によって駆逐されていく。
 エジプトでは、第四王朝の時代から、太陽神ラーが主神として他を圧倒し始めた。メソポタミアでは、バビロニアに権力が集中するやいなや、同地の主神であるマルドゥクが、王国内の林立する数多くの神々を屈服させた。
 
●撤退の遊戯(p236)
 〔ほとんどの宗教は、「撤退の遊戯」とでも呼ぶべき振る舞いを共有している。つまり、それぞれが掲げる宗教的な真理が、どう見ても道理に合わないことが明るみ出るやいなや、その真理をより抽象的な言葉で表現しなおすのである。白いひげを生やした神は、いつの間にか顔のない神となり、やがて精神的な原理となり、ついには、それについてはなにも語ることのできない、「曰く言いがたいもの」となる。〕
 
●科学的思考(p244)
〔 最後に、アナクシマンドロスは科学史における、最初の概念上の革命を実現した。世界の見取り図は、はじめて根底から書き換えられた。世界の新たな見方のもとで、落下という現象の普遍性が問いに付された。空間に絶対的な「高低」は存在せず、大地は宙に浮かんでいる。それは、西洋の思想を何世紀にもわたって特徴づけるであろう世界像の発見であり、宇宙論の誕生であり、最初の偉大な科学革命だった。だが、それはなによりも、科学的な革命を成し遂げることは可能であるという発見だった。わたしたちが胸に抱いている世界像は、間違っていることもあれば、描き直されることもある。世界をよりよく理解するためには、そのことに気づかなければならない。
 わたしの考えでは、これこそが、科学の思想の中心に位置する性格である。ほかのなにより明白に思えるような事柄でさえ、間違っていることがある。科学的思考の実践とは、世界を概念化する新たな手法の絶え間ない探求である。現行の知に対する、敬意ある、それでいて徹底的な反抗の身振りから、新しい知識が生まれる。これは、目下形成されつつある世界文明に西洋がもたらした、もっとも豊かな遺産であり、もっとも優れた貢献である。〕
 
(2022/4/25)NM
 
〈この本の詳細〉



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