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ウイルスとは何か 生物か無生物か、進化から捉える本当の姿
 [自然科学]

ウイルスとは何か 生物か無生物か、進化から捉える本当の姿 (中公新書)
 
長谷川政美/著
出版社名:中央公論新社(中公新書 2736)
出版年月:2023年1月
ISBNコード:978-4-12-102736-8
税込価格:990円
頁数・縦:266p・18cm
 
 ウイルスについて、これまでの研究で明らかになったことを総合的に論じる。
 
【目次】
第1章 ウイルスという存在
第2章 ウイルスの起源を探る
第3章 インフルエンザウイルスの進化
第4章 動物からもたらされる感染症
第5章 動物の行動を操るウイルス
第6章 進化の目で見るコロナウイルス
第7章 ヒトとともに進化するウイルス
 
【著者】
長谷川 政美 (ハセガワ マサミ)
 1944年(昭和19年)新潟県生まれ。進化生物学者。理学博士(東京大学)。統計数理研究所教授、復旦大学教授、国立遺伝学研究所客員教授などを歴任。統計数理研究所名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授。日本科学読物賞(1993年)、日本遺伝学会木原賞(1999年)、日本統計学会賞(2003年)、日本進化学会賞・木村資生記念学術賞(2005年)など受賞歴多数。
 
【抜書】
●ウイルスの種類(p10)
 《RNAウイルス》
  ・マイナス鎖一本鎖RNA……(-)RNAゲノム。インフルエンザ、麻疹
  ・二本鎖RNA……dsRNA。レオ、ロタ
  ・プラス鎖一本鎖RNA……(+)RNAゲノム。コロナ、C型肝炎
 《レトロウイルス》
  ・一本鎖RNA逆転写……(+)RNAゲノム。HIVなどのレトロウイルス
  ・二本鎖DNA逆転写……dsDNAゲノム。B型肝炎、カリフラワーモザイク
 《DNAウイルス》
  ・一本鎖DNA……ssDNAゲノム。パルヴォ
  ・二本鎖DNA……dsDNAゲノム。ヘルペス、天然痘
 
●プラス鎖RNA(p20)
 ゲノムがそのままmRNAとして働くことができるもの。
 マイナス鎖RNAは、いったん相補的なRNAに転写された後にmRNAとして働く。そのために、あらかじめ転写のための酵素である「RNA合成酵素」を備えている。
 
●三つの起源説(p32)
 (1)「細胞前の世界」の名残。そのころのRNAやDNAなどの核酸が「カプシド」というタンパク質を獲得してウイルスになった。
 (2)ウイルスは細胞生成物の退化したもの。「細胞後の世界」の出来事。
 (3)細胞生物のゲノムの一部あるいはRNAが独立してウイルスになった。
 三つのうちどれが正しいというのではなく、さまざまな起源をもったウイルスがいる、ということかもしれない。
 カプシド……ウイルス粒子(細胞に感染する前のウイルス)は、通常、RNAまたはDNAのゲノムがカプシドで囲まれた状態にある。ウイルスが感染して細胞内に入ると、この構造は消えてしまう。その外側が、さらに脂質二重膜の「エンベロープ」と呼ばれる外皮に覆われているウイルス粒子もある。エンベロープを持たないウイルス粒子は、裸のウイルスまたは「ヌクレオカプシド」と呼ばれる。ポリオウイルスやノロウイルスなど。コロナウイルスやインフルエンザウイルスはエンベロープを持つ。
 
●25万都市(p112)
 麻疹ウイルスが牛疫ウイルスから分かれたのが2500年前。
 両ウイルスが小反芻獣疫ウイルスから分かれたのが5200年前。小反芻獣疫ウイルスは、ウシ、ヤギ、ヒツジなどの家畜化(約1万年前)の後に出現。
 ヒトに感染する麻疹ウイルスは、人口25万~40万人以上の規模の都市がないと感染が持続しないと言われている。麻疹は一度感染すると一生の間免疫が持続するようなので、これくらいの規模の都市がないと持続的に感染が保たれない。
 
●ファージ療法(p137)
 1917年、パリのパスツール研究所にいたカナダ人微生物学者フェリックス・デレーユ(1873-1949)は、細菌に感染するウイルス「ファージ」を発見した。細菌の細胞内に感染し、赤痢菌の増殖を抑える。「赤痢菌に拮抗する不可視微生物について」と題する短報。
 赤痢患者に投与されると、1日に10回以上も血便のあった症状が翌日には快癒した。ファージ療法。
 デレーユはノーベル賞候補にもなったが、その後、抗生物質が登場した結果、ファージ療法は廃れてしまった。
 しかし、抗生物質は抵抗性をもった細菌が出現しているし、人にとって有益な細菌も一緒に除去してしまうというデメリットもある。
 ファージは特定の細菌にしか感染しないので、ほかの細菌にはダメージを与えることなく病原菌を退治できる。最近、ファージ療法が再び脚光を浴びている。
 
●ウイルスの家畜化(p144)
 ヒメバチ科のベッコウアメバチモドキという寄生バチは、ヤママユという蛾の幼虫の体内に産卵し、そこで孵化した幼虫は、ヤママユの幼虫を内側から食べながら育つ。
 ベッコウアメバチモドキには、ポリドナウイルスの一種イクノウイルスが寄生(内在化)している。宿主の蛾の幼虫の生理状態をコントロールしている。まず、寄生バチの卵表面がメス蜂のカリックス細胞で増殖したポリドナウイルス粒子で覆われていることで、蛾の幼虫の免疫を回避することができる。さらに、蛾の幼虫のホルモン系を攪乱して、蛹化することを妨げる。蛹になると体表が硬くなって寄生バチの幼虫が体内から出られなくなる。
 宿主がウイルスを利用して自身の生き残りを図っているように見えることを、「ウイルスの家畜化(Viral domestication)」という。
 さらに、寄生バチの宿主となるカイコガなどの蛾のゲノムに、ポリドナウイルスの「配列」が組み込まれていることが発見された。「内在性ウイルス様配列」。幼虫に卵を産み付けるタイミングが遅れて、寄生が失敗し、ウイルスの配列が蛾のゲノムに組み込まれたと考えられる。蛾にとって、内在化された配列が何かの役に立っているのかどうかは分かっていない。
 
●ハリガネムシ(p147)
 類線形動物門に分類される寄生虫。水中で交尾産卵し、孵化した幼虫はカゲロウやユスリカなど水生昆虫の幼虫に捕食され、体内で成長し、「シスト」という休眠状態に入る。
 カゲロウやユスリカは成虫になるとカマキリなどに食べられる。ハリガネムシはカマキリなどの体内で大きく成長し、宿主の行動を操作して、入水自殺するように仕向ける。
 
●ボルバキア(p163)
 多くの節足動物の細胞内に共生する真正細菌。Wolbachia。
 ボルバキアの共生が、宿主のウイルス感染症に抵抗力を与える。共通の資源をめぐってウイルスと競い合うために、結果的に宿主にウイルスに対する抵抗性をもたらすのかもしれない。
 ヤブカ属のネッタイシマカにボルバキアを共生させると、デングウイルスやジカウイルスの増殖が抑えられる。蚊の卵にボルバキアを感染させて共生個体を作り出し、野外に放つことによってデング熱やジカ熱の流行を抑える試みが始まっている。ボルバキアは、母親から子どもに受け継がれる。
 不妊虫放飼法……似たような方法に、放射線などで不妊にしたオスを大量に放す「不妊虫放飼法」という方法がある。沖縄では、キュウリやゴーヤなどウリ類の害虫ウリミバエがこの方法で駆除された。
 
●プロウイルス(p214)
 宿主のゲノムに組み込まれた状態のレトロウイルス。
 プロウイルスから遺伝情報が発現され、ウイルスRNAやmRNAが合成される。mRNAからウイルスたんぱく質が合成され、それと新たに合成されたウイルスRNAから作られる新しいウイルスが宿主細胞から出ていく。
 
●レトロトランスポゾン(p216)
 ヒトゲノム30億塩基対のうちの98%が、たんぱく質をコードしない「非コードDNA領域」。
 その中で最も多かったのが「レトロトランスポゾン」というDNA。ゲノム全体の42%を占める。
 レトロトランスポゾンは、「DNA→RNA→DNA」と、転写と逆転写を繰り返してゲノム中で転移・増殖する。このような転移は遺伝的な変異であり、有害な影響を及ぼすこともある。
 LTR型レトロトランスポゾン……LTR=long terminal repeat。末端に長い反復配列を持つ。同じ配列を数百から数千回繰り返す。レトロウイルスのプロウイルスとそっくりだが、活性を保つために必須のエンベロープたんぱく質「env遺伝子」を失っている。他の細胞へ感染できなくなったプロウイルスが生殖細胞に残ったものに見える。
 非LTR型レトロトランスポゾン……逆転写酵素を使って増殖するが、ウイルスとは異なるもの。SINE(short interspersed elements:短い散在性反復配列。ヒトゲノムの13.5%)と、LINE(long interspersed elements:長い散在性反復配列)の2種類がある。
 哺乳類(もしくはヒト?)のAmn SINE1は124個ある。そのうちの一つは「SATB2」という遺伝子の上流にある。SATB2は、哺乳類の脳の形成に関わっており、Amn SINE1が発現量の上昇に役立っている。ゲノムへのSINEの挿入が、哺乳類の脳の進化に重要な働きをしてきたと考えれらえる。
 エンハンサー……遺伝子の発現量を上昇させる働きをする配列。
 Amn……Amniota(羊膜類)の略。
 
●ゲノム刷り込み(p222)
 ゲノム・インプリンティング。哺乳類は父親と母親とからゲノムをそれぞれ一揃いずつ受け継ぐが、いくつかの遺伝子は片方の親から受け継いだほうだけが発現する。このように、どちらの親から由来した遺伝子なのかが記録されていることを「ゲノム刷り込み」という。
 哺乳類の胎盤で発現するゲノム刷り込み遺伝子15個のうち、10個が父親由来。胎児の「母子の対立」(父母の対立)において、父親が勝利した結果。胎児の成長因子は父親由来のものが発現し、成長を抑制する因子は母親由来のものが発現するような選択圧がかかっていると考えられる。
  
(2023/3/10)NM
 
〈この本の詳細〉


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