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寝る脳は風邪をひかない
 [自然科学]

寝る脳は風邪をひかない (扶桑社BOOKS)
 
池谷裕二/著
出版社名:扶桑社
出版年月:2022年2月
ISBNコード:978-4-594-09064-7
税込価格:1,760円
頁数・縦:253p・19cm
 
 『週刊エコノミスト』(毎日新聞出版)に月1回連載された巻頭エッセーをテーマ別にまとめて再構成。
 毎月、よくこれだけのネタを集められたものだと感心する。論文などもこまめにチェックしている成果か。
 ただ、14年間に及ぶというが、そうであるならば、各記事に公開日(掲載号)を明示してもらいたかった。だいたい、いつ頃の情報なのか知りたい。長い期間のうちに古くなった情報もあるだろうから。各記事に付された参考文献、URLを見れば、ある程度は分かるようになっているのだが、記載のない記事もある。
 
【目次】
1章 脳は「慣れる」のが得意
2章 ヒトは「因果応報」を好む!?
3章 「村八分」を数学的に証明する
4章 「ヒト度」を高めてみませんか
5章 遺伝子(DNA)は、高密度の情報保管庫
6章 ヒトの脳と「人工知能(AI)」
7章 「環境に利する」という難題
8章 インターネットの功績と罪
9章 「病気」でなく「健康」の原理解明
10章 薬―よく効いて安全、であればよいか
 
【著者】
池谷 裕二 (イケガヤ ユウジ)
 1970年静岡県藤枝市生まれ。薬学博士。東京大学薬学部教授。2002~2005年にコロンビア大学(米ニューヨーク)に留学をはさみ、2014年より現職。専門分野は神経生理学で、脳の健康について探究している。また、2018年よりERATO脳AI融合プロジェクトの代表を務め、AIチップの脳移植によって新たな知能の開拓を目指している。文部科学大臣表彰若手科学者賞(2008年)、日本学術振興会賞(2013年)、日本学士院学術奨励賞(2013年)などを受賞。また、老若男女を問わず、これまで脳に関心のなかった一般の人に向けてわかりやすく解説し、脳の最先端の知見を社会に有意義に還元することにも尽力している。
 
【抜書】
●ツァイガルニク効果(p24)
 旧ソビエト連邦の心理学者ブルーマ・ツァイガルニク博士が発見した記憶の性質。
 完了していない課題は、完了した課題よりも2倍も思い出しやすい。
 ツァイガルニク博士の実験。パズルを解く、粘土細工で犬を作る、計算をする、厚紙で箱を作る、など、20種類の課題を1時間のあいだに次々と行ってもらった。このうち、無作為に選ばれた10種類の課題については最後までやり通してもらい、残りの10個は未完成のまま中断してもらった。どんな課題を行ったのかを、その後に思い出してもらった。
 途中で放置された課題は、放置されている最中にも無意識で脳が代理で作業してくれているため、再開した後の仕事の効率が高まる。
 
●ICD-11(p55)
 国際疾病分類(ICD)11版。32年ぶりに刷新され、2022年に第11版が公開された。病気や死因の判定基準や名称を統一するための指針。
 「ゲーム障害」が新たな診断カテゴリーとして収載された。ゲームに夢中になるあまり睡眠や食事などの日常の活動が疎かになる状態を、正式に病気と認定し、治療の対象とする。
 
●O型(p57)
 スウェーデンのカロリンスカ研究所が発表。
 O型の血液はマラリアに罹っても劇症化しにくい。感染時の脳血流の減少が、O型では少ない。
 ナイジェリアではO型が人口の多数を占める。マラリアによる淘汰の結果?
 
●ピーターの原理(p62)
 「会社の上層部は無能な人材で埋まる。」カナダの心理学者ローレンス・ピーターらが1969年に発表した説。
 各人の能力には限界がある。自由競争の世界では、才能が認められれば昇進できる。次々に昇進していき、その限界が顕になった時点で出世が止まる。結局、すべての社員は、自分の無能さが露呈する地位に滞留することになる。
 
●犬の嗅覚(p68)
 イヌの嗅覚の鋭さは、ヒトと同程度。2017年、ルッガー大学のマクガン博士の研究。
 犬の嗅覚は、ヒトの1億倍と言われて、感度が非常に高いとされてきたが、解剖学者ブローカが1879年に著した記述が無批判に伝承された都市伝説。イヌもヒトも、鼻の上皮細胞にある「嗅覚センサー」は同じタイプのもの。
 イヌが空港で違法ドラッグを嗅ぎ分けることができるのは、鼻を近づけるから。
 2021年、米国科学誌『サイエンス』で、「警察犬による捜索で冤罪が多発している」という事実が指摘された。
 
●コントラフリーローディング効果(p88)
 ネズミに、二つの餌を同時に与える。一つは皿に入った餌、もう一つはレバー押しで出る餌。得られる餌はどちらも同じ。
 ネズミは、レバー押しを選ぶ率が高い。「コントラフリーローディング効果」。苦労せずに得られる餌よりも、タスクを通じて得る餌のほうが価値が高い。
 イヌやサルはもちろん、鳥類や魚類に至るまで、動物界に普遍的に見られる現象。唯一の例外はネコ。
 
●小説(p104)
 心を読む能力(対人対応)を鍛えるには、小説を読むとよい。2013年10月、『サイエンス』に掲載された、ニュースクール大学のキッド博士らの研究。
 さまざまな状況に置かれた人を想像し、その時の感情を推測するテストにおいて、直前に短編小説を読んでもらうとテストの点数が5〜10%上昇した。
 しかし、平易な文章で綴られた探偵小説や恋愛物語ではだめで、文学賞を取るような格調高い文学作品でないと効果がない。隠喩や多義的表現など、「芸術的」なスタイルが多く、読者に場面をイメージしながら読むことを強いるため。
 
●DNA記憶媒体(p134)
 ヒトの染色体には30億対の塩基対がある。コンパクトディスクを満杯にする情報量。染色体は三次元に折りたたむことができるため、100分の1ミリメートル以下に格納できる。
 DNAは物理的に安定しており、二重螺旋によるエラーのダブルチェックも備える。
 2012年9月の『サイエンス』に、ジョン・ホプキンス大学のコスリ博士らの論文が掲載された。5万3,426の単語と11の図からなる分厚い本1冊まるごとをデジタル変換し、この情報を元に次世代DNA合成装置を用いて、高速DNA合成を行った。500万塩基を超える大規模な合成。
 このDNAを、次世代DNAシークエンサーを用いて解読し、全情報を復元することにも成功。ただし、合成と解読のプロセスで全10箇所のエラーが生じた。
 
●90%の空白(p148)
 東京のラッシュ時間帯の道路を上空から眺めると、表面積の90%以上に車が存在しない。道路は効率的に活用されていない。
 理由は、信号機や白線。ヒトの脳には必要だが、AIには無用の長物。すべての車が完全自動運転になれば、都心の交通網は現在の数倍の交通量にも耐えられるようになる。
 大手メーカーの自動運転技術者によると、現時点でほぼ事故が生じないレベルに開発が進んでいる。「ただし人間がいなければ」という条件付き。人が運転する車や歩行者は、AIの効率を下げる邪魔な存在。
 
●ナノプラスティック(p177)
 直径1ミクロン以下のプラスティック粒子。ヒトの体内にも吸収され、細胞への傷害も生じる。
 マイクロプラスティックは5ミリ以下。世界中の地表には数十兆個のマイクロプラスティック粒子が浮遊している。一人当たり毎日数万個を摂取している可能性があり、週間量ではクレジットカード1枚分に相当する。
 
●フェルフルスト=パール方程式(p180)
 生物の個体数は、環境に対して多すぎれば減少し、少なすぎれば増加する。
 
●コロナウィルスOC43(p222)
 19世紀後半に世界的に流行したコロナウィルス。人類が初めて経験したコロナウィルスによるパンデミック。
 当時の記録によれば、全世界で100万人が死亡。重症患者は高齢者に多かった。
 OC43は、何度も感染の拡大と縮小を繰り返した。しかし、当初4%ほどあった死亡率は年々低下し、現在では毎年冬に流行する「ただの風邪」となった。成人の90%以上が抗体を持っている。
 
(2022/4/23)NM
 
〈この本の詳細〉


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