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ひきこもりはなぜ「治る」のか? 精神分析的アプローチ
 [哲学・心理・宗教]

ひきこもりはなぜ「治る」のか?―精神分析的アプローチ (ちくま文庫)
 
斎藤環/著
出版社名:中央法規出版(シリーズCura)
出版年月:2007年10月
ISBNコード:978-4-8058-3006-2
税込価格:1,430円
頁数・縦:214p・19cm
 
 精神分析理論と臨床を通して「ひきこもり」治療に取り組む医師の実践の書。
 2006年9月~11月に行われた、(社)青少年健康センター主宰の理論講座「不登校・ひきこもり援助論」の全6回の講義記録を基に大幅加筆修正。
 
【目次】
第1章 「ひきこもり」の考え方―対人関係があればニート、なければひきこもり
第2章 ラカンとひきこもり―なぜ他者とのかかわりが必要なのか
第3章 コフート理論とひきこもり―人間は一生をかけて成熟する
第4章 クライン、ビオンとひきこもり―攻撃すると攻撃が、良い対応をすると良い反応が返ってくる
第5章 家族の対応方針―安心してひきこもれる環境を作ることから
第6章 ひきこもりの個人精神療法―「治る」ということは、「自由」になるということ
 
【著者】
斎藤 環 (サイトウ タマキ)
 爽風会佐々木病院診療部長。1961年岩手県生まれ。筑波大学医学専門群(環境生態学)卒業。思春期・青年期の精神病理、病跡学を専門とする。
 
【抜書】
●議論を控える(p17)
〔 引きこもりに対しては、人間関係そのものが治療的な意味をもちます。治療者が本人と安定した関係をもつこと自体に治療効果があるのです。だから、本人の言い分を頭ごなしに否定したり、叱ったり批判したりすべきではありません。議論や説得もできるだけ控えて、とりあえず言い分をちゃんと聞くという姿勢を示すこと。そうすることによって信頼関係を築かなければなりません。〕
 
●感情のコミュニケーション能力(p21)
 成熟の定義……自分の行為に自分で責任がとれる状態。
 精神医学的には、①コミュニケーション能力、②欲求不満耐性。
 コミュニケーション能力とは、単なる情報伝達能力だけではない。情報よりも感情のほうが重要。相手の感情を適切に理解し、相手に自分の感情を十分に伝達する能力のこと。
 〔感情のコミュニケーション能力というのは一つの成熟度の指標となります。〕
 
●他者と出会うこと(p68)
〔 身近に他者がいると、義務と欲望の区別をつけやすくなります。それに気づくことができれば、行動することも可能になります。最初は義務感よりも、欲望から動くことを優先するほうが現実的でしょう。こんなふうに、自分の欲望のありようをしっかりと認識するためにも、他者の存在が必要なのです。
 ひきこもっている人が自分の欲望をしっかりと認識し、それを行動に移したければ、家から出て他者と交わっていくしかありません。ですから私の考えでは、ひきこもりの人が現状から抜け出そうと思うなら、最初の課題は「仕事」ではありません。まず他者に出会うことからです。〕
〔 例えば、もし本人にもっと他者と付き合ってほしいと思うなら、まず両親が、人付き合いに積極的に取り組むべきなのです。もっと外出したり旅行に行ったりしてほしいと願うなら、両親が頻繁に出かけるようにすることです。こんなふうに、親がまず「欲望する他者」として振る舞うことが、本人にもさまざまに、好ましい影響をもたらすことでしょう。〕
 
●投影性同一視(p116)
 Projective Identification。自分の一部を対象に投影した結果、生まれる感覚。対象が自己から投影された部分のもつさまざまな特徴を獲得したと知覚される。
 例えば、自分が怒っているときに、まるで相手が怒っているように感ずる場合など。「下衆の勘繰り」等にも通ずる感覚。
 投影性同一視も、ひきこもりでは非常に起こりやすい。同じ空間で一緒に暮らしているのに、会話がない状態こそが、投影性同一視、すなわち勘繰りの温床となる。
 普段から活発に会話をしていれば、投影性同一性はかなり予防できる。
 
●基底的想定グループ(p124)
 グループ(集団)には、個人の心理過程と同様に、意識的な過程と無意識的過程が共存している。
 意識に当たるものが「作業グループ」。
 無意識に当たるものが「基底的想定グループ」。
〔 われわれが普通、グループと考えるときは、このグループは何を目的として、どういった期間、どのような活動をするのだろうか、ということをまず考えるわけですが、この部分に該当するのが作業グループというわけです。
 ところが、この作業グループが作られていくと、同時に並行してその根本的な部分、まさに基底的な部分において、無意識な過程が出てきます。〕
 集団も退行する。原始的で病的な状態に変わり得る。
 集団が退行すると、集団が持っている象徴化や言語的コミュニケーションの能力が損なわれてしまう。こうなると、その集団は「基底的想定レベル」に退行しているということができる。
 基底的想定のレベルでは、言語を用いたコミュニケーションが減っていって、代わりに非言語的交流が活用される。無意識のほうが優位になる。
 集団の無意識的過程で用いられるのが、投影、取り入れ、否認、分裂、投影性同一視などのメカニズム。
 以上、ウィルフレッド・ビオンの理論。
 
●安心⇒自立(p136)
〔 まずは本人との信頼関係を作るなかで、安心できる環境を整え、そのうえで少しずつ、受け入れ可能な範囲で自立への働きかけを試みる。これは、私の治療相談における基本的な考え方でもあります。〕
 
●友達のお子さん(p160)
 適切に気持ちを伝えるには、本人との適切な距離感を保たなくてはならない。
 ある家族会の親が言っていた言葉。「友達のお子さんを一人預かっている」と考えるのがいい。
 邪険には扱えないし、むやみに叱るわけにもいかないし、遠慮も生ずるし、ほどほどの距離間で接することができる。
 
●2~3年(p168)
 ひきこもりの治療は、どんなに順調でも2年から3年はかかる。人間は促成栽培できない。
 
●○○能力(p177)
 患者の中には、一見「欠点」と思われるような部分にすら、立ち直りのヒントが隠されている。「患者が立ち直っていく力の主要部分は、病状を際立たせている部分、例えば厄介さを作っている要素にしかない」。
 病気に「○○能力」という言葉を付けてみようと提案。
 人を責めてばかりいる人は「批判能力が高い」、拒食症の患者に対しては「断食能力が高い」、ひきこもりの人は「ひきこもり能力」が高い。
 神田橋條治氏の発想。
 
●精神療法(p181)
〔 人間の精神に一番影響を及ぼすことをできるのは精神療法で、その次が薬物です。その分精神療法の「破壊力」は薬物療法の比ではありません。マインドコントロールの一部は精神療法の応用であることを思い出しておきましょう。〕
 
(2021/11/9)NM
 
〈この本の詳細〉
※書影はちくま文庫版(2012年10月発行)。

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