SSブログ

物理学者のすごい思考法
 [自然科学]

物理学者のすごい思考法(インターナショナル新書) (集英社インターナショナル)
 
橋本幸士/著
出版社名:集英社インターナショナル(インターナショナル新書 067)
出版年月:2021年2月
ISBNコード:978-4-7976-8067-6
税込価格:924円
頁数・縦:221p・18cm
 
 物理学的思考法にて日常の疑問を解決する……、というか、物理学者が(著者が)日々どんなことを考えながら生活しているのかを綴ったエッセー。ギョーザの皮を残さずに具を使い切る方法とか、タコ焼きに最適な半径とか、スーパーマーケットの棚をくまなく見て回る経路とか……。一般人にはどうでもいいことばかりなのであるが、愛すべき物理学者の姿が絵が描かれていてほほえましい。
 にしても、理学部語は難解である。
 
【目次】
第1章 物理学者の頭の中
 エスカレーター問題の解
 無限の可能性
 数学の魔力
  ほか
第2章 物理学者のつくり方
 数学は数学ではなかった
 レゴと素粒子物理
 迷路を描き続ける
  ほか
第3章 物理学者の変な生態
 奇人変人の集合体
 理学部語
 雲
  ほか
 
【著者】
橋本 幸士 (ハシモト コウジ)
 大阪大学大学院理学研究科教授。1973年生まれ。大阪育ち。専門は理論物理学、超ひも理論、素粒子論。1995年京都大学理学部卒業。2000年京都大学大学院理学研究科修了、理学博士。東京大学、理化学研究所などを経て現職。
 
【抜書】
●現象の観察(p182)
 物理学の研究の進め方。
 (1)現象の観察
   ↓
 (2)現象の原因と発生に関する仮説の設定
   ↓
 (3)理論計算による予測
   ↓
 (4)予測の検証
 
●黒体輻射(p211)
 植物の葉は緑色。あまり光を吸収しすぎるとダメージがあるため、最も強い緑色の光を吸収しない仕組みになっている。
 太陽の光は、「黒体輻射」と呼ばれるルールで構成されている。温度だけで決まる光。
 太陽の表面温度は約6000度、黒体輻射の数式に表面温度を代入し、最も強い光の波長を計算すると、約500ナノメートルとなる。これは、緑色を示す波長である。
 
(2021/11/28)NM
 
〈この本の詳細〉

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

私は組長の息子でした
 [文芸]

私は組長の息子でした
 
若井凡人/著
出版社名:彩図社
出版年月:2020年12月
ISBNコード:978-4-8013-0477-2
税込価格:730円
頁数・縦:189p・15cm
 
 西日本某所の暴力団の組長の息子が綴る、父親やヤクザに関する回想録。
 その筆致には、父親に対する尊敬、そして同世代の組員に対する親近感が伝わってくる。ヤクザだって普通の人間なんだ、という感覚なのだろう。本人は、親の希望もあり跡を継がず、東京の大学に進学して堅気の仕事に就く。しかしながら傍目からは組の後継者とみなされ、何度か危険な目にあったり、東京では刑事の尾行にあったりする。その点に関する描写は淡々としており、さすがに「一般人」とは異なる肝の太さを感じさせる。親からの遺伝なのか、それとも幼いころからヤクザ社会と接していたために日常的なこととして捉えているからなのか。
 
【目次】
第1章 私の生い立ちについて
 一度はカタギになった父
 法廷で見た父の姿
 ほか
第2章 子どもの頃の思い出
 組長の息子になって生活が激変
 大卒新人の年収レベルのお年玉
 ほか
第3章 思春期の思い出
 中学校で感じた“色眼鏡”
 組長の息子はカッコいい?
 ほか
第4章 ヤクザ社会のリアル
 ヤクザの収入源
 組長の趣味とこだわり
 ほか
第5章 上京から現在に至るまで
 跡目を継ぐか、カタギでいるか
 猛勉強のすえに大学に合格
 ほか
 
【著者】
若井 凡人(ワカイ ボンド)
 1960年代後半生まれ。西日本某所で、ヤクザの組長の息子として育った。高校を卒業後、進学のために上京し、以後、関東在住。様々な職を経験したのち、現在は平凡な会社員生活を送っている。
 
(2021/11/27)NM
 
〈この本の詳細〉


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

メンヘラの精神構造
 [哲学・心理・宗教]

メンヘラの精神構造 (PHP新書)
 
加藤諦三/著
出版社名:PHP研究所(PHP新書1224)
出版年月:2020年6月
ISBNコード:978-4-569-84715-3
税込価格:968円
頁数・縦:219p・18cm
 
 メンヘラとは、メンタルヘルスのこと。精神的に病んでいる社員が増えている、ということの解説と対策について論じたいようなのだが、構成が散漫で、思いつくままに書き散らしている観が強く、言いたいことの焦点が曖昧である。それがこの著者のスタイルなのか。
 読み進めつつ感じる部分があったら自分に当てはめて納得したり、改善に努めたりするようにすればいいのだろう。
 
【目次】
第1章 なぜ、あの人はいつも不満なのか?
第2章 「ひどい目に遭った」という被害者意識
第3章 根底に潜むナルシシズムとは?
第4章 傷つきやすい私を大事にしてほしい
第5章 メンヘラの精神構造を分析
メンヘラ本人ができる四つの改善策
 
【著者】
加藤 諦三 (カトウ タイゾウ)
 1938年、東京生まれ。東京大学教養学部教養学科を経て、同大学院社会学研究科修士課程を修了。1973年以来、度々、ハーヴァード大学研究員を務める。現在、早稲田大学名誉教授、ハーヴァード大学ライシャワー研究所客員研究員、日本精神衛生学会顧問、ニッポン放送系列ラジオ番組「テレフォン人生相談」レギュラーパーソナリティ。
 
【抜書】
●何度も言い聞かせる(p60/324)
〔 被責妄想だの、自己関連妄想など、怖くないものを怖がって不幸な一生を終わる人のなんと多いことか。では、どうすればよいのか。
 詳しくは後述するが、なにかを誰かを恐れている時に、「これは、それほど恐れるものではない」と何度でも自分に言い聞かせることである。「私は恐くないものを怖がっている」と何度でも自分に言い聞かせる。〕
 
●自己関連妄想(p68/324)
 自分には全く関係ないことを、関係あると思ってしまうこと。
 被蔑視妄想……なにをしても勝手に「私を軽蔑した」と解釈してしまうこと。加藤の命名。
 
●感情的記憶(p85/324)
〔 無意識に蓄えられた感情的記憶には、人によって違うということを理解しないと、人を理解することができない。〕
 
●補足的ナルシシスト(p151/324)
 「ナルチストは補足的ナルチストを要求する。」チューリッヒ大学教授ユルク・ヴィリー(1934-)の言葉。
 「補足的ナルシシスト」をヴィリーは男女関係で説明しているが、最も典型的に表れるのは親子関係。親がナルシシストの場合、優しい心の子は補足的ナルシシストの役割を果たすことを親から強制される。
 親子の役割逆転。子どもが親の甘えを満たさなければならない。
〔 もともと配偶者の一方がナルシシストの場合、夫婦関係はうまくいっていない。相手に不満である。
 補足的ナルシシストの役割を背負わされた子どもの悲劇は深刻である。
 ナルシシストの親はその優しい子が、自分を全知全能の神であると信じるように操作する。全知全能の神であると信じることを子どもに強要する。
 その心の優しい子が、親を全知全能の神であると思うことで、親は心理的に安定する。〕
 
●不機嫌(p182/324)
〔 不愉快も、不機嫌も依存性抑うつ反応である。相手が自分の望む反応をしてくれない。相手に依存しつつ相手に怒りを感じている。〕
 不機嫌な人は、攻撃性を直接には表現できない。(p202/324)
 嫌われるのが怖い、見捨てられるのが怖い、対立するのが嫌だ、あるいは攻撃すべきではないという規範意識がある。
 相手に怒りを感じながら、それを表現できないでいる。それが重苦しい不機嫌となる。
 
【ツッコミ処】
・無責任(p274/324)
〔 そしてこの二つの心理(注:ナルシシストの自己陶酔と、他者への無関心)と傷つきやすさとも深く関わっている。つまり傷つきやすさと被害者意識と自己陶酔と他者への無関心は一つの塊である。そこに無責任が加わる。〕
  ↓
 「無責任」が唐突に出てくるのだが、無責任に関する記述がこの前後5頁の文章にはないので、無責任が加わるとナルシシストがどうなるのか不明。
 
(2021/11/25)EB
 
〈この本の詳細〉


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

神楽坂つきみ茶屋3 想い人に捧げる鍋料理
 [文芸]

神楽坂つきみ茶屋3 想い人に捧げる鍋料理 (講談社文庫) 
斎藤千輪/〔著〕
出版社名:講談社(講談社文庫 さ123-3)
出版年月:2021年10月
ISBNコード:978-4-06-525730-2
税込価格:715円
頁数・縦:265p・15cm
 
 ついに新装オープンした「つきみ茶屋」。風間翔太の作る創作江戸料理が予約客たちをもてなす。
 玄さんはお雪さんと「再会」できるのか? 月見剣士の従姉の桃代につきまとう黒内武弘とは何者なのか?
 そして、白金の盃の行方が気になる。次回作のお楽しみ!
 
【目次】
プロローグ 江戸時代の料理人、復活
第1章 現れた青銅の盃、消えた金の盃
第2章 オープンの献立“十五夜の月見膳”
第3章 誕生日会の特製バイキング
第4章 美食家を満足させる究極の逸品
第5章 想い人に捧げる鍋料理
エピローグ 味噌汁が香る非日常の朝
 
【著者】斎藤 千輪 (サイトウ チワ)
 東京都町田市出身。映像制作会社を経て、現在放送作家・ライター。2016年に「窓がない部屋のミス・マーシュ」で第2回角川文庫キャラクター小説大賞・優秀賞を受賞しデビュー。
 
(2021/11/22)
 
〈この本の詳細〉



nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

サッカーアナリストのすゝめ 「テクノロジー」と「分析」で支える新時代の専門職
 [スポーツ]

サッカーアナリストのすゝめ 「テクノロジー」と「分析」で支える新時代の専門職 (footballista)
 
杉崎健/著
出版社名:ソル・メディア(footballista)
出版年月2:021年4月
ISBNコード:978-4-905349-55-6
税込価格:1,870円
頁数・縦:254p・19cm
 
 日本のサッカー界では定着しているとは言い難い「アナリスト」について、その仕事内容や試合の分析の仕方、そのためのツールなどについて解説。アナリストを目指す人でなくても、サッカーの見方の参考になる。
 
【目次】
Introduction アナリストとは何か?
Method 1 アナリストに求められるスキル
Method 2 アナリストが担う役割
Special Dialogue 1 特別対談:渡邉晋×杉崎健 監督が新時代のアナリストに求める力
Method 3 アナリストの試合の見方
Method 4アナリストが活用するデータ
Method 5 アナリストとコミュニケーション
Special Dialogue 2 特別対談:森岡亮太×杉崎健 選手目線で迫るアナリストの実像
Method 6  ナリストが過ごす1週間のスケジュール
Method 7 アナリストが駆使するデジタルツール
Case Study 第100回天皇杯決勝分析
 
【著者】
杉崎 健 (スギザキ ケン)
 プロサッカーアナリスト。日本大学卒業後、データスタジアム株式会社に入社。サッカーのデータ分析やソフトウェア開発に携わる。同時に、Jリーグ各クラブへの分析ソフトウェアの販売や、データ分析のサポート、東大ア式蹴球部分析チームの立ち上げに寄与したのち、2014年にヴィッセル神戸の分析担当としてクラブ入りし、2016年にはベガルタ仙台の分析担当に就任。2017年から2020年まで横浜F・マリノスのテクニカルスタッフを務め、2019年にはビデオアナリストとして同クラブの15年ぶりのJリーグ制覇に貢献した。2021年よりアナリストとして培った知識や技術を日本サッカーに還元するため、フリーランスとして活動を開始。Jリーガーのパーソナルアナリストや東大ア式蹴球部のテクニカルアドバイザーとして活動しながら、自身が運営するオンラインサロン“Cip”でアナリスト養成に注力している。
 ちなみに、アナリストに求められる能力とは、複雑なものを分解し(分析)、それをまとめて伝達する力、ということになるらしい。
 
【抜書】
●時間帯ごとの注意点(p95)
 サッカーの試合を分析するとき、時間帯ごとに局面の見方がある。
 0~15分……システムの確認。チームの狙いを読み解く。
 15~30分……ビルドアップ。「自陣での攻撃」「敵陣での守備」。
 30~45分……「敵陣での攻撃」「自陣での守備」。ピッチのどのエリアを攻略しようとしているか。
 45~60分……「変化」の確認。「ビルドアップ」の確認。
 60~75分……「選手交代による変化」、ベンチワークを見る。「スピードの変化」。
 75~90分……各選手のメンタリティやバイタリティ。特に声掛け。「四つの局面」を重要視しない。
 
(2021/11/22)NM
 
〈この本の詳細〉


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

こんな政権なら乗れる
 [社会・政治・時事]

こんな政権なら乗れる (朝日新書)
 
中島岳志/著 保坂展人/著
出版社名:朝日新聞出版(朝日新書  826)
出版年月:2021年7月
ISBNコード:978-4-02-295134-2
税込価格:869円
頁数・縦:221p・18cm
 
 中島岳志と保坂展人との対談。民主主義、地方自治に関して語り合う。とくに、区長として保坂が実現した世田谷区政について多くを語る。「世田谷ヤネルギー」、空き家対策など、先進的な取り組みが目を引く。
 
【目次】
第1章 今の野党に何が足りないのか
 もう一隻の船をうかべる
 リスクの社会化とリベラル
  ほか
第2章 主体を引き出す民主主義
 教育ジャーナリストから衆議院議員へ
 与党性と野党性が共存している
  ほか
第3章 「くらし」と「いのち」を守る
 福祉のワンストップサービス
 「たらい回し」は気持ちが折れる
  ほか
第4章 これからの日本へ
 コロナ対策から見えた日本の脆弱性
 PCR検査を増やす ほか
 
【著者】
中島 岳志 (ナカジマ タケシ)
 1975年大阪生まれ。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。大阪外国語大学卒業。京都大学大学院博士課程修了。北海道大学大学院准教授を経て現職。2005年、『中村屋のボース』で大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞受賞。
 
保坂 展人 (ホサカ ノブト)
 1955年仙台市生まれ。東京都世田谷区長。都立新宿高校定時制中退。中学校卒業時の「内申書」をめぐり内申書裁判の原告となり、そこから教育問題を中心に取材するジャーナリストになる。1996年、衆議院議員初当選。2009年まで3期11年務める。社民党副幹事長、総務省顧問を歴任。11年、無所属で世田谷区長選挙で初当選。19年、3選される。
 
【抜書】
●世田谷ヤネルギー(p90、保坂)
 区内で自然エネルギーを作り、地産地消するための政策。ソーラーパネルを希望する民家に設置する。
 150~200万円の設置費用を、一括発注をかけることによって4割くらい安くした。2012年当時、220件近い家に設置された。
 
●みうら発電所(p91、保坂)
 世田谷区営の太陽光発電所。
 神奈川県三浦海岸にあった区立三浦健康学園が廃止されて売却しようとしていたが、接続道路の狭さや建築条件等の問題で長らく売れなかった。
 南斜面の日当たりの良いところだったので、メガ発電の半分くらいの発電所を作り、売電して区民に使ってもらっている。
 
●ボンディングとブリッジング(p107、中島)
 ソーシャル・キャピタルという考え方に基づく。共同性をリニューアルしなくてはならない。アメリカの政治学者R・D・パットナム『孤独なボウリング』。
 ボンディング……強い絆、結束力を持つ古い共同体。ボンディングにはどうしても排除の論理が働いてしまう。ヒエラルキーを順守するような人たち、「話のわかる人」は包摂されるが、異を唱えるような人は排除される。インクルージョンの中にエクスクルージョンが働く。
 ブリッジング……外に向けてはしごを架け、出入りが可能であるというネットワーク型のつながり。現代社会では、もう一つの絆、「ブリッジング」が重要。
 〔私はけっして町内会が悪いと言っているのではないのですが、町内会「しかない」社会は悪い。町内会「もある」社会というのがよいということです。〕(中島)
 
●時間(p116、中島)
〔 私は民主主義にとって、「時間」という問題が重要だと思っています。いまはなんでもかんでも「スピード感」が重視され、ビジネスや政治の世界では、即断即決して解決するのがリーダーシップとといわれています。しかし、それって逆なんじゃないかと思います。民主主義にとってのリーダーシップは、時間をかける忍耐力だと思います。そうでないとかならず誰かを切り落とす。一方の意見を無視する。そして、一方の者だけの利益が優先される。民主主義にはまどろっこしさが重要です。これを世界中がどんどん忘れていっている。なかなか決まらないもどかしさの中に、民主主義の大切な「熟議」や「合意形成」の要素があるのです。〕
 
●みなし仮設(p136、保坂)
 東日本大震災の際、空き家・空き室などを区民から募集して、「みなし仮設」として避難者に提供した。
 区民に呼びかけると、200人くらいのオーナーから物件提供の申し込みがあった。
 20~25万円で流通する物件を、国の基準値である7万5千円に抑えて提供した。
 〔この時にわかったのは、不動産物件を持つ方でも、経済的な収入になるというよりも、社会に喜ばれることをしたいと思っている方が多くいらっしゃるということでした。〕
 
●子供の声(p156、保坂)
 〔ドイツでは、かつて騒音規制が非常に厳しく、ハンブルクの幼稚園がうるさいという訴訟で裁判所から閉鎖命令(2008年10月)を受けたことがありました。この時、ドイツでは親が座り込んで「子どもの声は騒音じゃない」「未来を告げる鐘の音なんだ」と主張した。これを受けて、ベルリン市が条例で、環境騒音から子どもに関わる音を除外しました(10年)。施設の扉が閉まる音とか、足音とか、声などいろいろありますよね。これは騒音ではないと認定し、条例を改正しました。その後、連邦法(11年)にも反映され、ドイツにおいては子どもの声を騒音から除外していくんですね。以降は、騒音規制違反で提訴できないようになっていった。〕
 
●統治機構(p221、保坂)
〔 今日、統治機構を権威主義化させ、異議を封じる言論統制を強めようという動きが活発になろうとしている。私は、「強いリーダーシップ」という言葉に空疎な危うさを感じる。まず、統治機構に求められるのは一方的な決断ではなく、「事態を正確に読み解く力」「現場からの声を傾聴する力」「自らと異なる主張や分析が正しければ受け入れる力」であり、その上での決断なのだ。私たちは絶望や無力感にとらわれがちだが、誰もが変革への熱意を捨ててあきらめた時は、さらに政治や社会の劣化はとめどなく進み奈落へと向かう。〕
 
(2021/11/17)NM
 
〈この本の詳細〉


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

それでも選挙に行く理由
 [社会・政治・時事]

それでも選挙に行く理由
 
アダム・プシェヴォスキ/著 粕谷祐子/訳 山田安珠/訳
出版社名:白水社
出版年月:2021年9月
ISBNコード:978-4-560-09863-9
税込価格:2,090円
頁数・縦:180, 15p・19cm
 
 選挙の意義とは、民主主義とは、について考察した書。
 選挙という制度が歴史に登場してから200年しかたっていないが、それは瞬く間に世界中に広まった。それほど好ましい制度だということだろう。しかしながら、選挙が必ずしも民主主義を実現していない現実もある。では、選挙とは何なのか。
 一言で言えば、平和裡に政権を移行できるようにするための制度、ということになろうか。民主主義を担保するのは「競合的な選挙」なのだが、独裁国家では「平和を演出」するために「選挙」という形式が用いられている。
 
【目次】
序論
第1部 選挙の機能
 政府を選ぶということ
 所有権の保護
 与党にとどまるための攻防
 第1部の結論 選挙の本質とは
第2部 選挙に何を期待できるのか
 第2部への序論
 合理性
 代表、アカウンタビリティ、政府のコントロール
 経済パフォーマンス
 経済的・社会的な平等
  ほか
 
【著者】
プシェヴォスキ,アダム (Przeworsky, Adam)
 1940年生まれ。ポーランド出身の政治学者。専門は、政治経済学、政治体制論、民主化研究。ワルシャワ大学卒業、1966年にノースウェスタン大学で博士号取得。ポーランド科学アカデミー研究員。ワシントン大学准教授、シカゴ大学教授を経て、ニューヨーク大学政治学部教授。1991年にアメリカ芸術科学アカデミーの会員に選ばれ、2010年には「ヨハン・スクデ政治学賞」を受賞。
 
粕谷 祐子 (カスヤ ユウコ)
 1968年生まれ。1991年、慶應義塾大学法学部政治学科卒業、1996年、東京大学法学政治学研究科博士課程単位取得退学、2005年、カリフォルニア大学サンディエゴ校で博士号取得。現在、慶應義塾大学法学部政治学科教授。専門は比較政治学、政治体制変動論、政治制度論、東南アジア政治。
 
山田 安珠 (ヤマダ アンジュ)
 1993年生まれ。2016年、慶應義塾大学法学部政治学科卒業、2018年、東京大学公共政策大学院公共管理コース卒業、公共政策修士(専門職)取得。現在、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻相関社会科学コース博士課程およびエバーハルト・カール大学テュービンゲン経済・社会科学部政治学科博士課程在学中。研究の関心は福祉国家と家族政策の変化、公共政策の比較分析、地方自治。
 
【抜書】
●平和裡に闘う(p20)
 〔結局のところ選挙とは、ある程度平等で、知識があり、自由な人びとが、それぞれのビジョン、価値観、利益に従って、社会をより良いものにするため平和裡に闘うことを可能にする枠組みにすぎないのである。〕
 
●競合的な選挙(p21)
 民主的な選挙とは、競合的な選挙である。選挙が実際に政府を選択する機会になっていて、有権者がもしそう望めば現職ではなく新人を当選させることができる場合である。
〔 競合的な選挙、すなわち、有権者の過半数が望んだときに現職が負ける選挙は、人類の歴史においては非常に短い期間しか存在していない。クーデタと内戦という武力の行使による権限獲得のほうが長い歴史をもち、また貧しい国では依然としてそれが起こっている。一七八八年から二〇〇八年の期間、選挙で政府が代わったのは五四四回、クーデタで代わったのは五七七回であった。選挙で政府を選択するという理念そのものはごく最近のものであり、定着しているとはまだいえない。歴史上初めてすべての成年男子が選挙権を持って任期付きの代表を選ぶ国政レベルの選挙が実施されたのは、一七八八年であった。歴史上初めて選挙で政権交代が実現したのは一八〇一年であった。どちらもアメリカでの出来事である。それ以降、世界では約三〇〇〇回の国政レベルの選挙が実施されている。しかし、現職が選挙で負けることは近年になるまで稀であり、平和な政府の交代はさらに稀であった。現職が負けるのは五回に一回であり、平和な政権交代の頻度はさらに低い。それでも、二〇〇八年の時点で、中国とロシアの二つの大国を含む六八ヵ国では、選挙の結果として政権交代が起こったことはない。〕
 
●賭け金(p24)
 〔選挙における重要な問題は、負けるかどうかだけではなく、負けたら何を失うかという点である。現職が敗北したときに失うものが、命や自由、あるいは財産だけの場合だったとしても、負けるリスクは許容しがたいほど高くなる。〕
 〔現職が敗北の可能性に身をさらすような選挙が可能なのは、野党が支配者になったときも次の選挙では同様に危険に身をさらすだろうと現職が考える場合にのみ可能である。負けは常に嫌なものだが、次の選挙で捲土重来を果たすまでの間の身の安全が保証されるのであれば、このリスクは許容できる。〕
 〔賭けの対象は次の数年間政権の座に誰がつくのかであり、それによってその政権に投票した人びとの利益になる政策が実施されても、野党側にまわった人びとが死守したい利益や価値が脅かされない状況である。〕
 
●選挙の広がり(p33)
 選挙というアイディアが歴史の地平線に現れるや否や、それは瞬く間に広まった。
 1788年、アメリカ合衆国で初の全国レベルの議会選挙。
 1800年以前に、革命期フランス、バタヴィア共和国(オランダ)で選挙が行われた。
 1809年、スペイン帝国が最高中央評議会選挙を実施。
 1814年、ノルウェー、
 1820年、ポルトガル、
 1823年、新たに独立したギリシャ、
 1831年、ベルギーとルクセンブルクが選挙を実施した。
 1814年のパラグアイに始まり、1848年までにすべてのラテンアメリカ諸国が選挙を経験。
 1850年までに、少なくとも31の独立国と属領(イギリスとカリブ海のイギリス植民地を含む)が、少なくとも1回は議会選挙を経験した。
 1900年には、その数は43になる。
 21世紀の初頭までに、ごく一部を除いたすべての国で、普通選挙によって立法府議員が選ばれ、直接選挙で、または議会によって間接的に、執政府首長が選ばれるようになっていた。
 
●崩れ行く進歩神話(p135)
〔 先進国における選挙に対する現状の不満の多くは、国民の大半の所得の低迷、欧州ではとくに長引く高い失業率に起因する。その結果、人びとが持つ自分の人生に対する予測は、画期的といえる転換点を迎えている。おそらく二〇〇年ぶりに、多くの人は自分の子孫が自分よりも良い生活を送ることはないと考えている。さらに、少なくともアメリカでは、この信念は事実に裏づけられている。三〇歳になったときに、親が同じ年齢だったときの収入よりも高い収入を得ている人の割合は、過去五〇年間で着実に、そして急激に減少している。これに関するデータが存在するアメリカでは、この減少は成長の鈍化というよりも、不平等の急激な拡大によるものであることがわかっている。しかし欧州諸国では、成長の鈍化が不平等の増加よりも大きな要因になっている可能性がある。だが、原因が低成長であろうと、所得の不平等であろうと、世界は徐々に進歩するという信念が崩れていることは未曾有の経験であり、その政治的な影響は非常に深刻である。〕
 
●人口動態(p137)
 平均的に見て、独裁国家は、競合的な選挙を持つシステムよりも経済パフォーマンスが優れていない。
 データ分析によれば、国民総所得の平均成長率は独裁国家がわずかにリードする。
 しかし、民主主義国家では平均的に人口増加率が低いため、一人当たりの所得では民主主義のほうが増加速度はやや速い。
 政治体制は経済よりも人口動態に影響をより多く与えている。
 民主主義における老齢年金政策の存在は出生率を低下させる。
 独裁では、政策が変わりやすいという恐れがあり、人びとは最も安全な資産である子供を確保するようになる。
 
●紙でできた石つぶて(p157)
〔 結局、民主主義の奇跡とは、対立する政治勢力が投票結果に従うということである。銃を持っている人が、持っていない人に従う。現職は、選挙により野党に政権の座を奪われるリスクを負う。敗者は、政権を獲得するチャンスを待つ。紛争は規制され、ルールに従って処理されるため、限定的になる。これは合意とはいえないが、暴力的ではない。いわばルールのある紛争、すなわち殺戮のない紛争である。投票用紙とは「紙でできた石つぶて」なのである。〕
 
●選挙の意義(p175)
〔 結局のところ、現在の危機は当分のあいだくすぶることになりそうだ。政治的分極化の進展、紛争の激化、ときおり起こる国家と反体制側のあいだでの暴力のスパイラルを除けば、多くのことは変わらないだろう。私がこの本を書きはじめた時点では、つまりブレグジット、ドナルド・トランプの当選、イタリア国民投票の失敗よりも前の時点では、このような憶測でこの本を終えることになるとは予想していなかったと認めなければならない。民主主義が崩壊する過程についてはまだ限られた理解しかなく、後退する過程についてはいっそうわからないことが多い。私たちが今後学ぶ教訓がどこまで苦いものになるかは、まだわからない。つまるところ、誰が勝ったのか、誰が選挙に勝つだろうかということは、それほど重要ではない。重要なのは、激しく分断された社会においてさえも、選挙が紛争を平和裡に処理できるかどうかである。〕
 
(2021/11/15)KG
 
〈この本の詳細〉

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

マスクをするサル
 [哲学・心理・宗教]

マスクをするサル (新潮新書)
 
正高信男/著
出版社名:新潮社(新潮新書 904)
出版年月:2021年4月
ISBNコード:978-4-10-610904-1
税込価格:792円
頁数・縦:188p・18cm
 
 マスクがパンツの代わりになる?
 
【目次】
1 マスクをするサル―ポスト・コロナの新しい感性
2 マスクと女らしさ―陰部を隠すという歴史的決断
3 マスクは異性を誘引するか?―口唇部とコミュニケーション
4 マスクと男らしさ―顔面装飾・形質置換、髭の進化史
5 乱婚から一夫一婦制への人類史―サルとヒトの性行動
6 性の解放と人類の動物化―社会的交換・抑圧・不倫
7 デファクト化するマスク―新たな共同体の感性
 
【著者】
正高 信男 (マサタカ ノブオ)
 1954(昭和29)年大阪府生まれ。霊長類学・発達心理学者。大阪大学大学院人間科学研究科博士課程修了。京都大学霊長類研究所教授を務めた。著書多数。
 
【抜書】
●子宮内膜(p32)
 月経現象がある動物は、ヒト近縁のサルと、数種のコウモリと齧歯類のみ。メスの子宮に子宮内膜という組織があり、それが定期的出血に関与している。
 受精しなかった卵子を体外に排出する際に、子宮の一番内側の膜組織が子宮壁から剝がれて、一緒にそっくり体外へ出てくる。
 剝げ落ちた子宮壁は、出血を止めるなかで新たな子宮内膜の形成を行う。
 これらの哺乳類は、体全体のうち脳の占める割合が異常なまでに肥大したから?
 胎児期に脳が最も成長する。子宮の中で脳が体の半分以上を占める。子宮壁に食い込んでいる。子宮内膜がないと、胎児とともに子宮壁が壊れてしまう。
 
●原猿(p73)
 真猿=monkey。
 原猿=prosimian。
 原猿類は、一種を除いて夜行性。しかし、食虫類や齧歯類と異なり、指が長く、手先が器用。親指が他の4本と対向しており、モノを持ったり摑んだりすることができる。
 原猿類が地球上に登場したのは、現在の北米に当たる地域であったろうと推測される。そのころアメリカ大陸とユーラシア大陸は地続きだった(=ローラシア大陸)。
 真猿類の誕生の地はアフリカ。進化して間もない時期に南アメリカに進出した。浮島が南アメリカに漂着し、そこにサルがいた?
 
●咀嚼筋(p82)
 ヒトの頭蓋で男女の差が大きいのは顎のサイズ。男性のほうが大きく、咀嚼筋(側頭筋)が発達している。
 顎は男らしさの象徴。そこに髭が生えるべく進化した?
 
●マスクの効用(p170)
 性の解放が唱えられだして以降、人類男女は身体を覆っていたものを捨て去る方向でやってきた。
〔 ところが今日に至って、それに逆行するトレンドが外圧の形で出現したのだ。それが、新型コロナウイルスの流行によるマスクの着用である。
 好むと好まざるとにかかわらず、世界中で人々が顔の下半分を覆って外出するようになったことは、人類が失いかけている生活の二面性を取り戻す、あるいは人類の動物化を食い止める稀有の機会だろういうのが私の意見である。
 覆うことは、当人にとって負担、すなわち抑圧であるに違いない。しかし覆うことによって初めて、覆いを取ることの喜びや覆いを取られることの羞恥という性的感情が喚起されることを失念してはならないだろう。〕
 
●マスクによる発信(p181)
〔 実のところ、マスクを着けていると相手が誰だかわからなくて苦労することがある。マスクが着け手のアイデンティティの認識に、何ら貢献していない証拠である。それどころか認識の足を引っ張ているのだ。
 そうではなく大坂なおみ選手のように、マスクを自分がメッセージを発する媒体として利用するような、そういう自分らしさの発信源として活用する、発想の転換が求められている。その上で、マスクに隠蔽された身体部位に、想像力を飛翔させる感性を持つことができたなら、そこから新たな人と人とのコミュニケーションが生まれるのではないか。今までになかった形式の共同体がそこから発達する基盤が、形成されるのではと想像する次第である。〕
 
(2021/11/11)NM
 
〈この本の詳細〉


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

ミャンマー政変 クーデターの深層を探る
 [社会・政治・時事]

ミャンマー政変 ――クーデターの深層を探る (ちくま新書)  
北川成史/著
出版社名:筑摩書房(ちくま新書 1587)
出版年月:2021年7月
ISBNコード:978-4-480-07412-6
税込価格:924円
頁数・縦:254p・18cm
 
 2021年2月1日に国軍によるクーデターの発生したミャンマーの現状を、ロヒンギャ問題や、コロナ禍前の現地取材のレポートも交えながら報告する。
 
【目次】
第1章 クーデターの衝撃
 未明の急襲
 暴挙の前兆
 広がるデモ
第2章 スーチーと国軍
 創設の父、対立の娘
 特権の侵食
 冷めた関係
第3章 多民族国家の矛盾
 ロヒンギャ七〇万人の流出
 独立国「ワ」
 タイ国境の両側
第4章 狭まる言論
 真実への報復
 後退する自由
 暴走するSNS
第5章 問われる国際社会
 関係国の思惑
 日本の役割
 
【著者】
北川 成史 (キタガワ シゲフミ)
 1970年、愛知県生まれ。早稲田大商学部卒。1995年に中日新聞社入社。同社東京本社(東京新聞)社会部を経て、2017年9月から3年間、東京新聞・中日新聞バンコク支局特派員(19年8月から支局長)として、アジア・オセアニアを担当した。現在、東京本社社会部記者。
 
【抜書】
●左側通行(p53)
 ミャンマーもかつては、車は左側通行だった。英国の植民地であったため。
 独立後、国軍のネウィン大将がクーデターで築いた独裁政権時代、1970年代に突然、右側通行に変更になった。
 日本車の中古車が人気なので、右側通行にもかかわらず、右ハンドルの日本車が幅を利かせている。
 2018年以降、自動車メーカーの進出と国内生産を促すため、重機を除く右ハンドル車の輸入を全面禁止したが、その後もタイからモエイ川をのんびりと船で渡る密輸の日本製乗用車が見られる。
 
●アウンサンスーチー(p58)
 アウンサンは父、スーは祖母、チーは母の名を受け継いでいる。
 一部の少数民族を除き、ミャンマー人は姓を持たない。アウンサンスーチーのことを「スーチー」と呼ぶのは、本来は好ましい略称ではない。
 
●ミャンマービール(p82)
 ミャンマーのビール市場で8割のシェアを持つ「ミャンマー・ブルワリー(MBL)」の看板銘柄。
 MBLは、国軍系の複合企業「ミャンマー・エコノミック・ホールディングス(MEHL)と日本のキリンホールディングスとの合弁会社。
 ミャンマーには、軍政下の1990年代に設立されたMEHLと、「ミャンマー・エコノミック・コーポレーション(MEC)」という二つの国軍系複合企業がある。両社で106の子会社と27の関連会社を傘下に抱えている。業種は、農林漁業、建設、不動産、電気、ガス、金融、保険、宝石・鉱物採掘、情報通信、製造、旅行、サッカークラブ、ホテル、貿易、輸送、など、多岐にわたる。
 MEHLは、会長が国軍中将。取締役を将校7人と退役者4人が務める。
 MECは、国防省(大臣は国軍総司令官によって任命される)が運営し、利益は直接、国軍のために使われる。
 
●8民族(p108)
 ミャンマーには先住民族のリストがある。
 カチン、カヤ、カレン、チン、ビルマ、モン、ラカイン、シャンという八つの主要グループの下に、計135の民族が名を連ねている。ロヒンギャは、その中に含まれていない。
 国民全体を占めるビルマ人が多く住む地域は国土の中央部を中心に七つの管区が割り振られている。
 その他の七つの少数民族の主要グループが多く住む国土周縁部は、それぞれのグループの名を冠した七つの州を設けている。
 先住民族の定義は、第一次英緬戦争が始まる1824年より前からミャンマーに住んでいた民族。ネウィン時代の1982年に改正された国籍法に基づき、135の先住民族には自動的にミャンマー国籍が与えられる。
 
●Facebookアカウントの停止(p207)
 2017年8月、ARSA(アラカン・ロヒンギャ救世軍)が治安部隊を襲撃した後、Facebookはテロ組織などによる投稿を禁じる社内基準に基づき、ARSAによる使用を停止した。
 2018年1月には、ウィラトゥ(排外的な仏教団体マバタの代表的な僧侶)のアカウントを削除。
 同年8月には、「民族、宗教間の対立を深める行為に利用されるのを防ぐため」として、ミンアウンフライン総司令官や国軍系テレビ局「ミャワディ」を含む20の個人・組織を対象に利用を禁じた。
 
(2021/11/10)NM
 
〈この本の詳細〉


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:

ひきこもりはなぜ「治る」のか? 精神分析的アプローチ
 [哲学・心理・宗教]

ひきこもりはなぜ「治る」のか?―精神分析的アプローチ (ちくま文庫)
 
斎藤環/著
出版社名:中央法規出版(シリーズCura)
出版年月:2007年10月
ISBNコード:978-4-8058-3006-2
税込価格:1,430円
頁数・縦:214p・19cm
 
 精神分析理論と臨床を通して「ひきこもり」治療に取り組む医師の実践の書。
 2006年9月~11月に行われた、(社)青少年健康センター主宰の理論講座「不登校・ひきこもり援助論」の全6回の講義記録を基に大幅加筆修正。
 
【目次】
第1章 「ひきこもり」の考え方―対人関係があればニート、なければひきこもり
第2章 ラカンとひきこもり―なぜ他者とのかかわりが必要なのか
第3章 コフート理論とひきこもり―人間は一生をかけて成熟する
第4章 クライン、ビオンとひきこもり―攻撃すると攻撃が、良い対応をすると良い反応が返ってくる
第5章 家族の対応方針―安心してひきこもれる環境を作ることから
第6章 ひきこもりの個人精神療法―「治る」ということは、「自由」になるということ
 
【著者】
斎藤 環 (サイトウ タマキ)
 爽風会佐々木病院診療部長。1961年岩手県生まれ。筑波大学医学専門群(環境生態学)卒業。思春期・青年期の精神病理、病跡学を専門とする。
 
【抜書】
●議論を控える(p17)
〔 引きこもりに対しては、人間関係そのものが治療的な意味をもちます。治療者が本人と安定した関係をもつこと自体に治療効果があるのです。だから、本人の言い分を頭ごなしに否定したり、叱ったり批判したりすべきではありません。議論や説得もできるだけ控えて、とりあえず言い分をちゃんと聞くという姿勢を示すこと。そうすることによって信頼関係を築かなければなりません。〕
 
●感情のコミュニケーション能力(p21)
 成熟の定義……自分の行為に自分で責任がとれる状態。
 精神医学的には、①コミュニケーション能力、②欲求不満耐性。
 コミュニケーション能力とは、単なる情報伝達能力だけではない。情報よりも感情のほうが重要。相手の感情を適切に理解し、相手に自分の感情を十分に伝達する能力のこと。
 〔感情のコミュニケーション能力というのは一つの成熟度の指標となります。〕
 
●他者と出会うこと(p68)
〔 身近に他者がいると、義務と欲望の区別をつけやすくなります。それに気づくことができれば、行動することも可能になります。最初は義務感よりも、欲望から動くことを優先するほうが現実的でしょう。こんなふうに、自分の欲望のありようをしっかりと認識するためにも、他者の存在が必要なのです。
 ひきこもっている人が自分の欲望をしっかりと認識し、それを行動に移したければ、家から出て他者と交わっていくしかありません。ですから私の考えでは、ひきこもりの人が現状から抜け出そうと思うなら、最初の課題は「仕事」ではありません。まず他者に出会うことからです。〕
〔 例えば、もし本人にもっと他者と付き合ってほしいと思うなら、まず両親が、人付き合いに積極的に取り組むべきなのです。もっと外出したり旅行に行ったりしてほしいと願うなら、両親が頻繁に出かけるようにすることです。こんなふうに、親がまず「欲望する他者」として振る舞うことが、本人にもさまざまに、好ましい影響をもたらすことでしょう。〕
 
●投影性同一視(p116)
 Projective Identification。自分の一部を対象に投影した結果、生まれる感覚。対象が自己から投影された部分のもつさまざまな特徴を獲得したと知覚される。
 例えば、自分が怒っているときに、まるで相手が怒っているように感ずる場合など。「下衆の勘繰り」等にも通ずる感覚。
 投影性同一視も、ひきこもりでは非常に起こりやすい。同じ空間で一緒に暮らしているのに、会話がない状態こそが、投影性同一視、すなわち勘繰りの温床となる。
 普段から活発に会話をしていれば、投影性同一性はかなり予防できる。
 
●基底的想定グループ(p124)
 グループ(集団)には、個人の心理過程と同様に、意識的な過程と無意識的過程が共存している。
 意識に当たるものが「作業グループ」。
 無意識に当たるものが「基底的想定グループ」。
〔 われわれが普通、グループと考えるときは、このグループは何を目的として、どういった期間、どのような活動をするのだろうか、ということをまず考えるわけですが、この部分に該当するのが作業グループというわけです。
 ところが、この作業グループが作られていくと、同時に並行してその根本的な部分、まさに基底的な部分において、無意識な過程が出てきます。〕
 集団も退行する。原始的で病的な状態に変わり得る。
 集団が退行すると、集団が持っている象徴化や言語的コミュニケーションの能力が損なわれてしまう。こうなると、その集団は「基底的想定レベル」に退行しているということができる。
 基底的想定のレベルでは、言語を用いたコミュニケーションが減っていって、代わりに非言語的交流が活用される。無意識のほうが優位になる。
 集団の無意識的過程で用いられるのが、投影、取り入れ、否認、分裂、投影性同一視などのメカニズム。
 以上、ウィルフレッド・ビオンの理論。
 
●安心⇒自立(p136)
〔 まずは本人との信頼関係を作るなかで、安心できる環境を整え、そのうえで少しずつ、受け入れ可能な範囲で自立への働きかけを試みる。これは、私の治療相談における基本的な考え方でもあります。〕
 
●友達のお子さん(p160)
 適切に気持ちを伝えるには、本人との適切な距離感を保たなくてはならない。
 ある家族会の親が言っていた言葉。「友達のお子さんを一人預かっている」と考えるのがいい。
 邪険には扱えないし、むやみに叱るわけにもいかないし、遠慮も生ずるし、ほどほどの距離間で接することができる。
 
●2~3年(p168)
 ひきこもりの治療は、どんなに順調でも2年から3年はかかる。人間は促成栽培できない。
 
●○○能力(p177)
 患者の中には、一見「欠点」と思われるような部分にすら、立ち直りのヒントが隠されている。「患者が立ち直っていく力の主要部分は、病状を際立たせている部分、例えば厄介さを作っている要素にしかない」。
 病気に「○○能力」という言葉を付けてみようと提案。
 人を責めてばかりいる人は「批判能力が高い」、拒食症の患者に対しては「断食能力が高い」、ひきこもりの人は「ひきこもり能力」が高い。
 神田橋條治氏の発想。
 
●精神療法(p181)
〔 人間の精神に一番影響を及ぼすことをできるのは精神療法で、その次が薬物です。その分精神療法の「破壊力」は薬物療法の比ではありません。マインドコントロールの一部は精神療法の応用であることを思い出しておきましょう。〕
 
(2021/11/9)NM
 
〈この本の詳細〉
※書影はちくま文庫版(2012年10月発行)。

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ: