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「死んだふり」で生きのびる 生き物たちの奇妙な戦略
 [自然科学]

「死んだふり」で生きのびる: 生き物たちの奇妙な戦略 (岩波科学ライブラリー 314)
 
宮竹貴久/著
出版社名:岩波書店(岩波科学ライブラリー 314)
出版年月:2022年9月
ISBNコード:978-4-00-029714-1
税込価格:1,430円
頁数・縦:132p・19cm
 
 世界的に希少な研究テーマである生物の「死んだふり」に魅せられた著者が、これまでの研究の成果と今後のテーマについて分かりやすく論じる。
 途中から、用語が「死んだふり」から「死にまね」に変化。
 
【目次】
1 世界はなぜ死んだふりで溢れているのか?
2 死んだふりを科学する
3 死んだふりの損と得―生と性のトレードオフ
4 利己的な餌―他者を犠牲にして自分が生き残る術
5 体のなかで何が起こっているのか
6 いつ目覚めるべきか?
 
【著者】
宮竹 貴久 (ミヤタケ タカヒサ)
 1962年生まれ。1986年琉球大学大学院修士課程修了。1996年博士(理学)取得(九州大学大学院理学研究院生物学科)。沖縄県職員、ロンドン大学生物学部客員研究員を経て、2008年より岡山大学教授。2002年に日本生態学会宮地賞、2010年に日本応用動物昆虫学会賞、2016年に日本動物行動学会日高賞受賞。
 
【抜書】
●死んだふり(p7)
 「死んだふり」に対しては、様々な用語が与えられた。
 緊張性不動、カタレプシー(硬直)……昆虫生理学者による命名。体の末端部分の神経や筋肉の動きのメカニズムに注目。昆虫では、意識(脳)の研究まで踏み込めなかった。
 フリーズ現象……動物行動心理学者。死んだふり行動とは別の不動現象としてフリーズに注目。「わざと(意識的行動)」なのか、単なる無意識の結果なのか。
 突如の不動(tonic immobility)、サナトシス(thanatosis)……生理学の研究者。
 不動(freezing)、死んだふり(death feigning)……動物行動学者。
 
●シクリッド(p12)
 アフリカのマラウイ湖に生息するカワスズメの一種。
 湖底の砂地と藻の境目で死んだふりをして動かない。ときには腹面を湖底につけてじっとしている。
 小型のカワスズメが近寄ってくると、急に動き出して襲って食べる。
 
●トンボ(p14)
 トンボの性差はオスに偏っている。数少ないメスたちは、交尾しようとするオスたちの執拗はハラスメントに出会う。
 メスは必死に逃げようとするが、オスがメスの頭をつかんで、尾にある把握器でメスの胸部を挟んで連れ去ろうとすることがある。そんな時メスは、急に自ら水中にダイブして動かなくなる。ペアーハイジャック(オスを道連れにして水中落下する)と呼ばれている。
 驚いたオスはそのまま飛び去り、メスはオスが逃げた後に、やっと産卵する。
 観察した結果、16例中14例で水中落下した。
 
●活動モード、静止モード(p29)
 昆虫には活動モードと静止モードがあり、敵に襲われそうになった時、活動モード(歩いているときなど)ではそのまま走って逃げ、静止モード(止まっている)にある時にはそのまま死んだふりをする。
 
●アリモドキゾウムシ(p21)
 サツマイモの害虫。この幼虫はサツマイモやノアサガオなどヒルガオ科植物の茎や根っこを食べて成長する。食われたサツマイモはイポメアマロンと呼ばれる物質を放出する。本来はゾウムシではなく、加害する菌類に対抗するための自己防衛物質。とても苦く、人どころか家畜も食べないようになる。
 外来種。1903年に初めて沖縄で確認され、1950年代には南西諸島に蔓延。この害虫の蔓延を防ぐため、サツマイモやアサガオを南西諸島から持ち出すことが禁止されている。
 著者が、沖縄県農業試験場で研究職員として働いていたころ、このゾウムシの「死んだふり」の研究を、アフター5と休日を利用して始めた。
 
●アズキゾウムシ(p35)
 秋に実をつけるアズキやササゲといった豆類に卵を産み、幼虫は豆の中に侵入して豆を食い進んで成長する。
 岡山大学に転職後、沖縄でペット代わりに飼っていたアズキゾウムシを使って死んだふりの研究を開始。
 体重の大きな個体ほど、死んだふりの時間が長い。
 温度が高くなると虫の動きが活発になり、死んだふりができなくなる。15℃と20℃では100%の成虫が死んだふりをしたが、30℃と35℃では半数程度のゾウムシしか死んだふりができなかった。
 
●コクヌストモドキ(p44)
 体長3mm程度の甲虫。世界中に生息。コメや小麦などの穀類を食べて繁殖。数が増え、いつの間にか穀物がなくなってしまうほどの被害を与えることから、「穀盗人のようだ」という意味で付いた名前。
 卵が成虫になって次世代の卵を産むまでの期間が約1カ月半。モデル生物として、2008年に全ゲノム配列が公開された。
 ロング系統(長い時間死んだふりをする系統)と、ショート系統(死んだふりができない系統)の2系統に育種。10世代で達成。
 
●交尾率(p56)
 ロング系統、ショート系統それぞれ5匹の交尾未経験のメスと、1匹のオスを直径9cmのシャーレに入れて観察。
 15分の間に、ショート系統のオスは平均3.5匹のメスと交尾。ロング系統のオスは2匹のメスとしか交尾できなかった。
 ハエトリグモと同居させた実験では、ロング系統はショート系統に比べて有意に長く生存できた。
 
●集団(p82)
 死んだふりをする個体は、近くにいて動き回る個体がいてこそ、生き残ることができる。
 〔死んだふりをする虫は、「利己的に死んだふりをして隣の虫の犠牲の上に生き残っているずるい奴」と言うことができる。死んだふりは、集団で暮らす生物こそその威力を最大限に発揮できるわけだ。〕
 
●パーキンソン症候群(p109)
 コクヌストモドキのロング系統は、普段から脳の中のドーパミンがとても少ない。ドーパミンを投与すると死にまね時間が短くなり、歩き出す。さらに、歩き方に異常が見られ、うまく曲がることができない。
 これらの症状は、パーキンソン症候群の症状と似ている。
 人のパーキンソン疾患の関連遺伝子のホモログをコクヌストモドキと比べたところ、うまく歩けないロング系統では、パーキンソン疾患の関連遺伝子に多くの変異が見つかった。
 
●死にまねシンドローム(p111)
 「死んだふり⇐⇒活動量⇐⇒脳内ドーパミン発現量⇐⇒ドーパミンで目覚める⇐⇒チロシン代謝系⇐⇒パーキンソン疾患の関連遺伝子とのホモログ」という関連が見つかった。
〔 死んだふりを遺伝的に操作すると、生物の動きが連動して変化し、成長や繁殖など目に見える行動も同時に変化が生じ、さらにそのメカニズムとしてドーパミンやパーキンソン疾患の関連遺伝子が同時進行的に変化したと言える。そこで僕は、この一連の行動変化を「死にまねシンドローム」と名付けてはどうか、と提案した。〕
 
(2022/12/30)NM
 
〈この本の詳細〉


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