SSブログ

眠りつづける少女たち 脳神経科医は〈謎の病〉を調査する旅に出た

眠りつづける少女たち――脳神経科医は〈謎の病〉を調査する旅に出た
 
スザンヌ・オサリバン/著 高橋洋/訳
出版社名:紀伊國屋書店
出版年月:2023年5月
ISBNコード:978-4-314-01197-6
税込価格:2,750円
頁数・縦:431p・19cm
 
 スウェーデンで難民申請中の家族の子どもに発症する「あきらめ症候群」、ニカラグアのミスキート族に特有の「グリシシクニス」、カザフスタンのクラスノゴルスキーで多発した「眠り病」、キューバの米国外交官たちを襲った「ハバナ症候群」……。集団発生した謎の心因性疾患を世界各国に取材し、現代西欧医学の抱える問題点を探る。
 著者は臨床医でもあるようなのだが(実際に第8章でシエナの診察をしている)、どうして別の大陸に行くくらいの長期の取材ができるのだろうか。そんなに長期休暇をとっても大丈夫なのだろうか。その間、診察はどうなっているのだろう。余計なお世話かもしれないが、ちょっと心配。
 
【目次】
1 眠りつづける少女たち
2 グリシシクニス
3 失楽園
4 身体を支配する心
5 縞馬ではなく馬だと思え
6 信用の問題
7 ル・ロイの魔女たち
8 正常な行動
 
【著者】
オサリバン,スザンヌ (O'Sullivan, Suzanne)
 アイルランド出身の神経科医。ダブリン大学トリニティ・カレッジで医学を修め、現在はロンドンの国立神経・脳神経外科病院に臨床神経生理学・神経学の医療コンサルタントとして勤める。てんかんを専門とし、心因性疾患を研究している。2015年に刊行した最初の著書It’s All in Your Headは、英国でウェルカム・ブック・プライズと英国王立協会生物学図書賞を受賞。本書は、2018年に刊行され各紙誌で絶賛されたBrainstromに続く3冊目であり、2021年の王立協会科学図書賞最終候補作に選ばれている。
 
高橋 洋 (タカハシ ヒロシ)
 翻訳家。
 
【抜書】
●グリシシクニス(p57)
 ミスキート……ニカラグアのモスキート・コーストに住む先住民。グリシシクニスという「集団ヒステリー」を発症する。若い女性がかかりやすい。
 グリシシクニス……Grisi Siknis。「狂気の病気」という意味。
 1970年代に人類学者のフィリップ・デニスが記述。発病者は「感覚を喪失する」。頭痛、疲労、めまいのような症状から始まり、ひどくなると痙攣、幻覚という、この疾患を特徴づける症状を呈し始める。
 発病者は興奮し、攻撃的になる。鉈〈マチェーテ〉を振り回し、周囲の人々を威嚇する場合もあるが、自傷行為に走ることが多い。
 主要な症状は幻視。見知らぬ人物(通常は帽子をかぶった怪しげな人物で、悪魔と呼ばれる)がやってきて、患者を連れ去る。悪魔の姿は通常、女性にとっては男性であり、男性にとっては女性。悪魔は、幻覚を見ている本人とセックスしようとすることが多い。
 
●予測符号化(p155)
 脳のネットワークにプログラムされている予測をもとにリアルな身体症状を生み出す仕組み。
 私たちが正常な日常生活を送ることに必須の役割を担っている生理的・心理的プロセスが機能不全を起こすと、脳疾患を生じなくとも障害を引き起こす。
 予測符号化は、あきらめ症候群を説明するモデルとして用いられてきた。あきらめ症候群の子どもたちは、特定の状況が起こった時に身体がどう反応すべきかを告げる事前予測を脳にコード化して持っている。強制送還に直面している子どもたちは無気力になり、やがて昏睡状態に陥る。難民申請の手続きが「闘争か逃走か」反応を伴なう情動反応を引き起こし、それに続いて様々な身体感覚を生じる。子どもたちの脳は、そのような状況のせいで生じた最初の身体的影響を感じるや否や、シャットダウンすべく前もって配線されていた。「圧倒的にネガティブな予期が行動システムの下向き調節を引き起こした」(あきらめ症候群を研究しているカール・サリン医師)。
 下向き調節〈ダウンレギュレーション〉……過度な刺激のせいで、神経伝達物質やホルモンなどに対する反応が低下すること。
 テンプレート……神経科学者は、脳にコード化された予測を「テンプレート」や「事前分布〈プライア〉」と呼ぶことが多い。
 
●たこつぼ型心筋症(p183)
 ブロークンハート症候群。
 ストレスにより、心筋が突然脆弱化し、左心室壁が膨張して異常な収縮を始め、心室全体が形を変える。心臓は効果的に血液を送り出せなくなり、血圧が急激に低下する。迅速に治療しなければ突然死する恐れがある。
 科学者の推測では、ストレスホルモン、とりわけアドレナリンの大量分泌で心臓が衝撃を受け、効果的に収縮しなくなって引き起こされると言われている。
 女性に顕著に見られ、ほぼ確実に更年期を過ぎてから生じる。そのため、中年女性の心臓においては、エストロゲンレベルの低下による脆弱化を原因とする説も提起されている。
 1990年に最初に日本で報告された。心臓が膨張するとタコツボのような形状になることから命名された。
 
●集団心因性疾患(p226)
 集団心因性疾患は、ストレスを受けている閉鎖集団に起こりやすい。
 クラスノゴルスキーの住民、スウェーデンの難民家族、キューバの米外交官たちは、身体化と予測符号化によって、他者によって書かれた物語〈ナラティブ〉を実演するように仕向けられたと考えられる。
 
●人々を作り出すこと(p227)
 哲学者のイアン・ハッキング。
 新たな科学的な分類によって新種の人々を作り出すこと。ひとたびある人にレッテルを貼ると、その人は貼られたレッテルが示す特徴を帯びるように導かれる。
 分類効果とも呼ばれる。
 変化は無意識に起こり、両方向に作用する。ある人が特定の項目に分類されると、その人が独自の特徴を持ち込むことで、分類項目自体も変化する。これはルーピング効果であり、分類が個人を変え、次に分類された個人が当の分類項目が示す特徴を変えるのである。
 
●病のレッテル(p377)
 〔私は三〇年にわたって西洋医学を実践してきたが、その間、あらゆることに病のレッテルを貼る傾向がますます強くなってきた。私はその傾向にうまく順応できるように学んできたものの、心の奥底では多くの患者に危害を加える結果をもたらしていると思っていた。シエナともっと率直に語り合っていたら、彼女の症状は、次第に難度を増していく学業のプレッシャーに対応するのに困難を覚えていることへの反映だと思うと、私は助言しただろう。あるいは、彼女が経験している困難は病気なのではなく、彼女自身が選んだ人生が自分の負担になり始めたことを示す兆候なのだと言っただろう。自分で立てた目標を達成しようと悪戦苦闘しているのなら、その目標は間違っているのかもしれない。しかし欧米社会では、ものごとがうまくいかなくなると、その原因を医学的な説明に求めようとする傾向がある。なぜなら、そのほうが心理的な説明より受け入れやすいからだ。西洋医学は、ある意味で人々の要求に合わせるようにしながら発展してきた。このように、行動と病や、正常と異常のあいだの境界は――あるいは疾患と健康のあいだの区別でさえ――非常にあいまいになってしまったため、ほぼあらゆる人々に病のカテゴリーを割り当てることが可能なほどになっている。ひとたびそうなってしまえば、人は患者と化す。〕
 
●腎不全(p381)
 2002年、ある専門家グループが腎臓病の早期発見を可能にする診断基準を考案するための委員会を立ち上げた。
 委員会は、腎臓病の最初期の兆候が検知可能なほど十分に包摂的な基準を考案すれば、腎不全の件数を低下させ、それだけ人命を救えると想定していた。
 しかし、その基準の適用は、米国で10%、英国で14%の国民が新たに腎臓病のカテゴリーに含まれることになった。基準が変更される以前は、該当者は2%未満だった。
 65歳以上の高齢者の三分の一が、やがて腎不全を発症することになる。しかし、毎年千人に一人が末期腎不全となるにすぎない。
 症状をまったく呈していない大勢の人々が腎臓病のレッテルを貼られ、本来受ける必要のない定期的な検査を受ける羽目になった。
 過敏な診断基準が過剰診断をもたらした。
 
●アスニージア(p386)
 1985年、G・D・シュクラ医師は、『英国精神医学ジャーナル』に、くしゃみをしないこと(アスニージア)が、これまで見落とされてきた精神疾患の兆候だと主張する論文を発表した。自分の患者の2.6%にこの症状を見いだしている。
 それ以来、医学論文には折に触れてアスニージアへの言及が見られるようになった。
 幸いにも、くしゃみをしないことが疾患の兆候として正式に認められることはなかった。
 医師にとって、以前は月並みとみなされていた現象から病をひねり出すことがいかに簡単化を示す例。
 
●支援の提供(p401)
〔 学校で軽度のADHDと認定された子どもたちは、特別支援が必要だと正しく認識されるのかもしれない。しかし、よりよい方策は、医学的診断を下さずに、支援を提供することである点に間違いない。行動の病理化は、個人に貼られたレッテルによって進行する。学校で苦労している子に注意を払うために、あるいは友だちができない子を見つけるために、レッテルを貼る必要などあるだろうか?〕
 
●子供に貼られたレッテル(p411)
〔 私は、とりわけ未来世代を心配している。おとなは自分自身のために医師のもとを訪れてレッテルを貼ってもらうことができる。生活の質に対する影響を考慮しつつ、与えられたレッテルを受け入れることも、拒絶することもできる。しかし私たちは子どもを、新たな、あるいは拡張された医学的な診断カテゴリーのなすがままにするリスクを犯している。それらの診断カテゴリーは不確かにもかかわらず、子どもの脆弱性を学習障害、社会化障害、身体疾患によって説明しようとする。現代の医療には過剰診断がはびこっており、子どもに下される診断は必ずしも信用に足るものでないが、親は信用できると考えている。子どもに貼られたレッテルが、成長後に心理面や生活面でいかなる影響を及ぼすかは誰にもわからない。精霊は現れては消える。だが自閉スペクトラム症、ADHD、うつ、POTSなどの診断は、いつまでもつきまとうのだ。〕
 
(2024/2/2)NM
 
〈この本の詳細〉


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。