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ホンモノの偽物 模造と真作をめぐる8つの奇妙な物語
 [歴史・地理・民俗]

ホンモノの偽物――模造と真作をめぐる8つの奇妙な物語 亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ
 
リディア・パイン/著 菅野楽章/訳
出版社名:亜紀書房(亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ 3-15)
出版年月:2020年11月
ISBNコード:978-4-7505-1671-4
税込価格:2,420円
頁数・縦:333p・19cm
 
 日本語の「の」は難しい。助詞として所有、所属、同格、属性を示すことになっているが、「の」の前後の関係がそのどれにあたるのかは簡単には分からない。文脈から判断するしかない場合が多い。
 本書のタイトルにある「の」も曲者である。ホンモノ「の」偽物。一見、何のことやら分からない。「ホンモノ」と「偽物」が対立する意味を持つからだ。それを「の」で結ばれてもなぁ、ということになるのである。
 著者は、「二人の贋作者の傑作はとりわけ魅力的な『ホンモノの偽物』として際立っている。スペインの贋作者(スパニッシュ・フォージャー)とウィリアム・ヘンリー・アイランドの作品である」(pp.22-23)と書いている。「スパニッシュ・フォージャー」は、19世紀末から中世絵画の模造品を描いて売っていた正体不明の人物、ウィリアム・ヘンリー・アイランドは18世紀にシェイクスピアの署名を偽造し、戯曲をでっち上げた人物とのこと。どちらの「作品」も、「偽物」と分かっていてオークションなどで高値で取引されているらしい。
 どうやら「正真正銘の偽物」、「初めから偽物と分かっているもの」というような意味らしい。なるほど、原初のタイトルは“Genuin Fakes"だ。
 というわけで、「ホンモノではない」「偽物」であることを意図して作られたことによって価値を生み出したものを八つのテーマに沿って集めて論じる。その倒錯した世界を。
 
【目次】
第1章 厳粛なる嘲り
第2章 嘘石の真実
第3章 炭素の複製
第4章 異なる味わいの偽物
第5章 セイウチカメラを通して見ると
第6章 大いなるシロナガスクジラ
第7章 そしていま、それは本物だ
第8章 旧石器時代を生き返らせる技法
 
【著者】
パイン,リディア (Pyne, Lydia)
 1979年生まれ。著述家・歴史家。アリゾナ州立大学で歴史学と人類学の学位、科学史・科学哲学の博士号を取得。現在テキサス大学オースティン校・歴史学研究所で客員研究員をつとめる。
 
菅野 楽章 (カンノ トモアキ)
 1988年東京生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業。
 
【抜書】
●アーケオラプトル(p78)
 1997年7月、中国の農民が珍しい化石を見つけた。羽毛の痕跡のある、歯の生えた鳥のような生き物。
 翌年、国外に密輸された化石は、ユタ州ブランディングの恐竜博物館のオーナーであるツェルカス夫妻が8万ドルで購入。
 1999年、テキサス大学オースティン校の古生物学者ティム・ロウのチームによるCTスキャン分析の結果、いくつかの化石をつなぎ合わせた合成物と判明した。
 その後のさらなる分析で、三つの恐竜の種の五つの個体からできていることが判明した。
 偽物とされたにもかかわらず、アーケオラプトル・リアオニンゲンシスという名前は、科学文献に残っている。
 
●ダイアモンド(p114)
 19世紀末まで、ダイヤモンドは主にインドとブラジルで発見されていた。何世紀もの間、宝石用ダイヤモンドの総生産量は年間数ポンドしかなかった。
 1870年代、南アフリカ北部のオレンジ川近くで巨大なダイヤモンド鉱山が見つかった。ダイヤモンドは「トン単位」ですくい出せるようになった。
 1888年、デビアス・コンソリデーテッド・マインズ(初代社長セシル・ローズ)が設立され、市場に出回るダイヤモンドを統制するようになる。
 20世紀中ごろの絶頂期、デビアスはアフリカ南部のダイヤモンド鉱山のすべてを所有あるいは管理し、イギリス、ポルトガル、イスラエル、ベルギー、オランダ、スイスでダイヤモンド貿易会社を所有していた。さらに、世界中のほぼすべての場所で、新たに見つかるダイヤモンドを先買いできる金銭的及び政治的力を持っていた。交渉は一切なかった。
 
●メモリアル宝石(p124)
 愛する人の火葬された灰をダイヤモンドに変えたもの。
 〔テキサス州オースティンのスタートアップ、エターネヴァをはじめとする企業は、メモリアルダイヤモンドは「代々伝わっていく家宝」になると約束している。わたしはエターネヴァの広報担当者に話を聞いたが、同社はそれを弔いの行為のひとつとして、愛する人の人生を称え、懐かしむ前向きな選択肢として考えているようだった。メモリアルダイヤモンドは、非天然ダイヤモンドの婚約指輪と同じように、ダイヤモンドの文化的規範が――たとえ数千年後であれ――どのように書き換えられるかを選択する権利を消費者に与えている。〕
 
●酢酸イソアミル(p128)
 バナナフレーバー。この香料が合成されたころのバナナはほとんどがグロスミッシェル種。高濃度で酢酸イソアミルが含まれていた。
 現在主流のキャベンディッシュには、絶滅したグロスミッシェルほど酢酸イソアミルが含まれていない。そのため、現在の人工バナナフレーバーは、前世紀のバナナの名残。
 
●味覚地図(p151)
 長いこと、フレーバー専門家は、甘味は舌の前部、苦味は後部、酸味は側部で味わっている、と考えていた。
 最近の研究によって、すべての味蕾が基本的な味覚のすべてに反応していることが明らかになった。苦味、甘味、うま味はGタンパク質共益受容体に左右される。酸味の受容体はまだ判明していない。
 味覚地図の思い違いの起源は、ドイツ語の誤訳だとされる。最初に現れたのは、1942年に出版されて評判になったエドウィン・ボーリングの心理学の教科書。
 
●ドキュソープ(p177)
 ドキュメンタリー形式のリアリティーショー。
 
●シロナガスクジラ(p197)
 生物学者の見積では、1800年代中頃、シロナガスクジラの個体数は25万~35万頭。
 1904~67年に、計35万頭が南極海で捕獲された。
 1920~70年の50年間に、商業捕鯨が原因となって、年平均で20%減少した。
 現在の個体数は、捕鯨前の1%。
 
●砂浜のクジラ(p217)
 1969年に、アメリカ自然史博物館でシロナガスクジラの模型(ザ・ホエール)が公開された。
 どのように現代的な展示をするかについて、長い間、議論された。正確で真正な、どのようなポーズにするかで、費用の問題があった。
 キュレーターのリチャード・ヴァン・ゲルターは、議論に飽き飽きして、シロナガスクジラを展示する最適で最も真正な方法は、砂浜の死骸の模型を作って、その肉をもぎ取るカモメやシギのさえずりを流すことではないですか、と上司たちに提案した。幻のシロナガスクジラを人が自然界で見るとしたら、だいたいはこの姿だ。つまり、真にリアルな姿。
 この方法であれば、桁違いに安く展示できるため、上司たちはゴーサインを出した。
 ヴァン・ゲルダーは、女性委員会に砂浜のクジラの展示方法についてリアルに「詩的に」語り、この展示方法を撤回させた。
 
●キュヴェルヌ・デュ・ポンダルク(p259)
 ショーヴェ洞窟のレプリカ。製作費用は5,500万ユーロ。
 1994年12月18日、フランスの洞窟学者ジャン=マリー・ショーヴェ、エリオット・ブリュネル・デシャン、クリスチャーン・イレールは、フランス南東部のアルデシュ県で3万~3万2千年前、2万6千~2万7千年前の二つの時代の壁画が描かれた洞窟を発見した。
 500mほどの長さがあり、四つの部屋に絵や彫刻があり、天井の高さは15~30m。
 保存のため、入り口に鉄の扉が設けられ、勝手に入れないようした。
 その洞窟のレプリカが造られ、2015年4月25日に一般公開された。
 
●ズビアルデ洞窟(p267)
 偽物の旧石器時代の洞窟壁画。スペイン・バスク地方にある。「発見者」は、若いアマチュア洞窟学者のセラフィン・ルイス。贋作者と推測されている。
 1991年3月、この洞窟芸術の写真がヨーロッパのメディアで流れると、大半の専門家が怪しいと感じた。
 そこに描かれたサイトマンモスは、スペインではまず見られないモチーフだった。
 専門家が壁画を調査した時、最初の写真になかったものが出現した。
 顔料が現在のものだった。昆虫の脚などの非常に腐りやすい物質、更新世から現在まで生き残っているはずのない生物由来の物質が含まれていた。現代の台所のスポンジの合成繊維まで含まれていた。
 
●オクロコニス・ラスコーゼンシス(p272)
 1940年に発見されたラスコーの壁画は、1948年に観光目的で公開された。そのため、旧石器時代の壁画の一部が劣化し始めた。カビ、菌、バクテリアが壁で成長しはじめ、絵の一部を覆い、色素を侵食した。
 1958年に換気装置が設置され、温度は14℃に固定され、決まった来場時間用の新たな照明も設けられた。
 やがて、1963年に閉鎖された。しかし、その後も破壊は進んだ。
 2012年5月には、新種の菌が発見され、ラスコーにちなんで「オクロコニス・ラスコーゼンシス」と命名された。
 
●ペッカム・ロック(p294)
 2005年5月、イギリスのアーティスト、バンクシーは、大英博物館の49番展示室の壁に、「ペッカム・ロック」を粘着テープで貼り付けた。誰にも気づかれずに3日間、撤去されずにおかれた。
 大きさ15×25cm、サザーク・ロンドン自治区ペッカムのものとされるコンクリートの破片でできている。バンクシーが取り付けたラベルによれば、この図像は「後期カタトニア期」の「原始的なアート」であり、「初期の人間が町の外の狩猟場に出かけていく」ところが描かれている。アーティストは、「後期カタトニア期」の著名な画家、「バンクシム・マクシムス」で、バンクシムス・マクシムスの壁画の「大多数」は、「壁にいたずら書きをすることの芸術性、歴史的価値を理解しない熱心な役所職員によって破壊された」。
 
(2021/3/7)KG
 
〈この本の詳細〉


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