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幕末社会
 [歴史・地理・民俗]

幕末社会 (岩波新書)
 
須田努/著
出版社名:岩波書店(岩波新書 新赤版 1909)
出版年月:2022年1月
ISBNコード:978-4-00-431909-2
税込価格:1,034円
頁数・縦:265p・18cm
 
 尊皇攘夷、公武合体で大いに揺れた幕末における、関東・東北を中心にした在地社会の様子を描く。
 
【目次】
序章 武威と仁政という政治理念
 江戸時代 社会の枠組み
 百姓一揆という社会文化
 既得権益の時代
第1章 天保期の社会 揺らぐ仁政
 「内憂外患」の自覚
 在地社会の動揺
 無宿・博徒の世界
 百姓一揆の変質 崩壊する作法
 奇妙な三方領知替え反対一揆
第2章 弘化から安政期の社会 失墜する武威
 ペリー来航と政局の展開
 国体・尊王攘夷論の形成と広がり
 開国を受けとめた社会
 地震とコレラに直面した人びと
 「強か者」の登場
第3章 万延から文久期の社会 尊王攘夷運動の全盛
 在地社会に広がる尊王攘夷運動
 出遅れる長州藩、動く薩摩藩
 欧米列強との戦争と在地社会
 地域指導者の転回
第4章 元治から慶応期の社会 内戦と分断の時代
 長州藩の復活から幕府滅亡
 天狗党の乱と在地社会
 北関東で連続する世直し騒動
 戦場となった北関東
 東北戦争と在地社会の動向
 
【著者】
須田 努 (スダ ツトム)
 1959年、群馬県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。現在‐明治大学情報コミュニケーション学部教授。専攻‐日本近世・近代史(民衆史・社会文化史)。
 
【抜書】
●村田清風(p16)
 天保2年(1831年)、経済格差の拡大と、藩専売制への不満を背景に、防長大一揆が勃発。
 天保8年、飢饉を原因として領内各地で一揆が発生。
 天保11年(1840年)〜弘化元年(1844年)、村田清風が長州藩の藩政改革を主導。
 藩権威高揚、財政立て直し、農業・商業政策、文化宗教統制、兵制改革、などに及ぶ。
 
●関東取締出役(p21)
 文化2年(1805年)、関東取締出役(かんとうとりしまりしゅつやく)設置。勘定奉行直属。定員は8名、「八州廻り」と呼称された。二人一組となり、関東地域(水戸藩領と川越藩領を除く)を幕領・私領の区別なく廻村し、百姓教諭・風俗統制を行い、無宿や博徒を取り締まった。個別支配領域を越えて行使できる強大な警察権と司法権が付与された。
 関東を統括する代官配下の手附・手代らが、関東取締出役に就任。
 手附……小普請組から採用された者。下級の幕臣。
 手代……地方を熟知した百姓や町人からの現地採用。下級の幕臣。
 
●改革組合村(p22)
 文政9年(1826年)9月、幕府は「長脇差し禁令」を出し、鉄砲・鎗・長脇差しを持ち歩く者を重科に処する。
 文政10年、文政改革を開始。関東地域で改革組合村の編成を進める。天保期に入ってようやく編成終了。
 地理的に近い村々5か村程度を小組合としてまとめ、それらを8〜10ほど集めて、既存の支配領域を越えた「改革組合村」に編成。
 関東取締出役 ー 寄場名主・大惣代 ー 小惣代 ー 各村名主。
 寄場名主……在地社会の拠点である宿・町の名主を寄場名主として改革組合村全体を統括させる。
 大惣代……寄場名主を補佐。数名を任命。
 小惣代……小組合を管理。
 
●道案内(p26)
 関東取締出役は、現地採用の手代の他に、宿場などそれぞれの地域拠点の有力者を「手先」「道案内」として現地雇用した。身分は百姓。
 無宿や博徒を就任させることも多々あった。
 
●不斗出(p28)
 ふとで。百姓が村から離脱すること。
 文政期頃(19世紀前半)から、百姓として生きていくことを嫌う風潮が広がり、若者が村から逃げ出し、宿場や河岸に滞留する現象が起こる。
 
●飯岡助五郎(p30)
 房総の特産物は、九十九里漁業地域で捕れた大量のイワシを干物にした干鰯(ほしか)と、内陸部畑作地域で大豆から加工した醤油。
 佐原(さわら)と笹川(現東庄町)は、これらの特産物を江戸に送るための、利根川の舟運の河岸として栄えた。
 この地域は、一村を複数の旗本が知行するという相給地(あいきゅうち)が多く、統一的支配が行われず、追放刑を受けた者や無宿、よそ者の滞留が可能であった。
 飯岡助五郎は、寛政4年(1792年)、相州三浦郡公郷村(くごうむら)山崎(現横須賀市)で生まれた。力士となるため、江戸の相撲部屋に入門したが、夢破れ、九十九里地域に流れ、下総海上郡(かいじょうぐん)飯岡村(現旭市)に住み着いた。漁師を生業としつつ、リーダーとして頭角を現す。飯岡を拠点とした一家を構え、相撲興業の世話人となり、江戸相撲の地方巡業の手配なども行う。
 飯岡村は、下級幕臣と旗本との相給支配で、機能不全に陥っていた飯岡港の対策を行わなかった。助五郎が私財を投じ、飯岡港浚渫を行った。
 飯岡村から北に20kmほど離れた笹川河岸を拠点として、笹川繁蔵が一家を構えていた。相撲取り崩れで、助五郎と相撲興業をめぐる対立など、縄張り争いをしていた。
 助五郎は、関東取締出役の道案内をしており、繁蔵一家の捕縛を命じられ、「大利根河原の決闘」が起こり、弘化4年(1847年)、繁蔵は暗殺された。
 
●夫婦別姓(p39)
 国定忠治の妾として有名な一倉徳子(いちくらとくこ)。
 〔彼女は嫁いだ相手菊池千代松(忠治の子分)の姓をとって「菊池徳」と紹介されることもあるが、江戸時代の女性は嫁ぎ先の姓を名乗ることは通常ありえなかったので、本書では一倉徳子としたい。〕
 
●虎狼痢(p105)
 文政5年(1822年)、初めてコレラが日本を襲った。コレラはもともとインドの風土病。中国から朝鮮、対馬を経て長崎に上陸、東海道に及んだあたりで鎮静化した。
 安政5年5月、アメリカの軍艦ミシシッピー号の船員が上海でコレラに感染し、そのまま長崎に入港し、上陸したため、再び感染が広がった。
 緒方洪庵は、コレラに「虎狼痢」の字を当てた。虎、狼のように恐ろしい病という意味を込めた。『虎狼痢治準(ころりちじゅん)』を刊行、全国の医師に配布した。
 
●20万石(p111)
〔 寛政五年(一七九三)、幕府は盛岡藩に蝦夷地警備を命じた。文化五年(一八〇八)、その実績が評価され、この藩の表高はいっきょに二倍の二〇万石に引き上げられた。ところが、ばかばかしいことに、実際の領知は加増されていないのである。表高の上昇は、大名の家格にかかわることであり、軍役賦課の増大のみならず、それに見合ったさまざまな諸負担が増加する。盛岡藩はそれら諸負担を領民に転嫁した。〕
 
●勤王ばあさん(p160)
 松尾多勢子(たせこ)。島崎藤村『夜明け前』に登場する、実在の人物。実家の竹村の姓を名乗っていた。
 文化8年(1811年)、伊那谷の山本村(現飯田市)の豪農竹村家に生まれる。
 11歳の時に伊那郡座光寺村(現飯田市)の北原因信(よりのぶ)の寺子屋に寄寓し、和歌の手ほどきを受ける。
 18歳で伴野村(現下伊那郡豊丘村)の庄屋松尾佐治右衛門(元珍:もとたか)に嫁いだ。養蚕、金融業、酒造業、天竜川の船頭取締役方などで、経済的に豊かであった。7人の子供を育て上げた。
 文久元年(1861年)8月、平田篤胤没後の門人となり、北原家での月例会に欠かさず参加した。
 文久2年、50歳のとき、京都へ。平田国学ネットワークを生かし、久坂玄瑞、中村半次郎らとも会った。尊王攘夷派の若者たちは、多勢子のことを「勤王ばあさん」「女丈夫」として畏敬した。
 平田国学を通して、大原ら公卿とも会うことができ、長州藩などの尊王攘夷派に朝廷内部の情報を伝えた。
 
●佐藤彦五郎(p171)
 代々、日野宿名主をつとめる名家。
 天保期以降の治安悪化に直面。日野宿に発生した大火の混乱の中で祖母ゑいが賊に斬殺される。これをきっかけに、天然理心流に入門、嘉永7年に免許を得る。
 安政2年(1855年)、小野路村(現町田市)名主小島鹿之助が近藤勇(元宮川勝五郎)と義兄弟の杯を交わすと、彦五郎も義兄弟となる。
 彦五郎は、自宅(日野宿本陣)を改造して道場を構え、近藤・土方・沖田ら試衛館の中心メンバーが、多摩地域の門人に直接稽古をつけるようになる。
 
●農兵銃隊(p179)
 文久期、「悪党」や「無宿」への対抗策として、農兵銃隊という幕府公認の暴力装置が創られた。村役人や豪農たちが積極的に献金を行い、将来の地域指導者となる若者たちは、主体的に訓練に参加していった。
 佐藤彦五郎は、日野宿農兵銃隊の隊長に就任した。
 〔幕末社会に登場した農兵の意味は大きい。元和偃武以降、武士が独占してきた武力の一端に百姓が編入されたわけである。仁政と武威という政治理念のもと、社会の安寧を保全するのは幕藩領主の責務であったわけであるが、第一章以降みてきたように、すでにその政治理念は崩れてしまった。そして、文久期、武士の存在意義そのものが問われてゆく。さらに、在地社会における自衛つまり暴力の途が正式に開いたのである。〕
 
●穢多(p216)
 幕府奥医師となっていた松本良順は、慶応3年、穢多頭の弾左衛門を訪問し、弾左衛門が支配する浅草の穢多の動員を促した。
 弾左衛門が幕府に提出した「弾左衛門身分引上」によると、弾左衛門が穢多身分からの脱却と引き換えに、穢多による銃隊編成を願い出た、とある。
 穢多たちは、生業として死牛馬の解体に従事していたため、生き物の器官に詳しかった。蘭方医たちは、穢多に人体解剖をしてもらい、「腑分け」の解説を受けていた。伝統的に穢多との接点を持っていた。『蘭学事始』の記述に、穢多に対する蔑視的表現はない。
 
(2022/5/31)NM
 
〈この本の詳細〉


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