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標本バカ
 [自然科学]

標本バカ  
川田伸一郎/著 浅野文彦/イラスト
出版社名:ブックマン社
出版年月:2020年10月
ISBNコード:978-4-89308-934-2
税込価格:2,860円
頁数・縦:335p・21cm
 
 陸生哺乳類(ついでに爬虫類・哺乳類も)担当の博物館員による、生物「標本」にまつわるエッセー集。
 博物館で哺乳類の標本を作る作業は、まず皮剥きから始まる。毛皮をきれいに剥いて裏側の脂を丁寧に取り除き、仮剥製標本とする。
 次に、骨格標本を作る。内臓を取り出して肉と骨の状態になったものを、カツオブシムシやミールワームに肉を食わせたり(小型の動物)、鍋で1週間くらい煮込んだり(中型)、バラバラにしてひと夏のあいだ水漬けにしたり(大型)して、肉を取り除いて骨だけにするのである(p.30)。処理するために博物館に持って帰れない大型獣などは、現地で土に埋めて腐敗するのを待つこともあるとか。
 一般人には、博物館の標本集めや標本作りなんて、なかなか接する機会のない仕事である(あえてやりたいとは思わないが……)。稀有な専門職の日常がコミカルな筆致で描かれていて面白い。精細なイラストも、ユーモアたっぷりで楽しめる。
 同職の『キリン解剖記』の著者郡司芽久さんも随所に登場する。
 『ソトコト』(木楽舎、2018年11月よりPR)の連載コラムを書籍化。2012年5月号~2020年4月号に掲載されたコラムの中から77話を抜粋し、一部修正・加筆の上、テーマ別に配列。
 
【目次】
第1章 標本バカも楽じゃない
 死体を集めるお仕事?
 「リス大会」の勝者は?
  ほか
第2章 事件は現場で起きている
 埋めなければならない理由
 ウミガメを回収せよ
  ほか
第3章 標本に学べ
 証拠としての標本
 マイブーム、鎖骨
  ほか
第4章 標本バカの主張
 学名を楽しむ
 唯一の標本
  ほか
第5章 偉大なる標本バカたち
 モグラの標本を集める
 ロスチャイルドの博物館
  ほか
 
【著者】
川田 伸一郎 (カワダ シンイチロウ)
 1973年岡山県生まれ。国立科学博物館動物研究部研究主幹。弘前大学大学院理学研究科生物学専攻修士課程修了。名古屋大学大学院生命農学研究科入学後、ロシアの科学アカデミーシベリア支部への留学を経て、農学博士号取得。2011年、博物館法施行60周年記念奨励賞受賞。
 
【抜書】
●Ia io(p221)
 翼手目ヒナコウモリ科イブニングコウモリの学名。あらゆる生物の中で最も短い学名?
 1902年、中国で捕獲された標本を元に大英自然史博物館のオールドフィールド・トーマスが命名。
 Iaは若い女性、ioは「万歳!」(英語でhurah!)という意味。
 
●センカクモグラ(p224)
 尖閣諸島の魚釣島で1976年に採集され、1991年に記載されたモグラ。ホロタイプ(完模式標本。「種」の代表的な標本として指定されたもの)しか標本が存在しない。日中間の領土問題のせいで尖閣諸島に上陸できなくなり、その後の調査が行えない。
 魚釣島では、かつて雌雄1匹ずつのヤギが放逐された。それが繁殖し、緑を食い尽くし、モグラが生息できない環境になってしまっているかもしれない。
 標本のセンカクモグラは、右側の下顎の小臼歯が、通常と異なり二つの咬頭(尖った部分)を持っている。さらに、歯の数が日本のモグラより、片方2本ずつ少ない。そのため、新しい属に分類されていた。
 異常個体なのか、新しい属なのか?
 
●食虫類(p283)
 食虫類(食虫目)には、「モグラ科」「ハリネズミ科」「トガリネズミ科」がある。
 ハリネズミは、齧歯類(目)ではない。
 齧歯類は食虫類よりも、霊長類に近縁。
 
●無欲(p286)
 博物館員として標本収集に必要な三つの無(無目的、無制限、無計画)に加えて、「無欲」も一つの指針。
 標本はどこかにあればよいので、自分の博物館で所有することにこだわらない。
 「これが欲しい」ということを提供者に伝えず、なんでも受け取る。
 
(2020/12/31)KG
 
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実践自分で調べる技術
 [社会・政治・時事]

実践 自分で調べる技術 (岩波新書)  
宮内泰介/著 上田昌文/著
出版社名:岩波書店(岩波新書 新赤版 1853)
出版年月:2020年10月
ISBNコード:978-4-00-431853-8
税込価格:968円
頁数・縦:272, 3p・18cm
 
 宮内泰介『自分で調べる技術――市民のための調査入門』(岩波アクティブ新書、2004年)の全面改訂版。主に、第1章~第3章、第5章を宮内が担当、第4章を上田が担当した。
 
【目次】
第1章 調べるということ
 調べよう
 調べることで、何をめざすのか
第2章 文献や資料を調べる
 文献・資料調査とは
 雑誌記事・論文を調べる
 本を探す
 新聞記事を調べる
 統計を調べる
 資料を探す
 書かれていることは真実か
第3章 フィールドワークをする
 なぜフィールドワークが必要か
 フィールドワークの多面的な意義
 誰に聞くのか?
 聞き取りの基本
 メモと録音
 聞いた話は正しいのか?
 観察する
 アンケート調査
 調査倫理
第4章 リスクを調べる
 なぜ自分でリスクを調べるのか
 課題設定と文献調査
 自分で測定する
 統計データを利用する
 リスクを推し量る
第5章 データ整理からアウトプットへ
 フォルダによる整理
 表やカードにしてデータと対話する
 KJ法によって体系化する
 アウトプットする
 共同で調べる
 
【著者】
宮内 泰介 (ミヤウチ タイスケ)
 北海道大学大学院文学研究院教授。博士(社会学)。専門は環境社会学。環境社会学元会長。NPO法人さっぽろ自由学校「遊」共同代表。
 
上田 昌文 (ウエダ アキフミ)
 NPO法人市民科学研究室代表理事。大学では生物学を専攻。2003-06年科学技術社会論学会の理事。2005-07年東京大学「科学技術インタープリター養成プログラム」特任教員。2010-18年に恵泉女学園大学において「市民と環境政策」を担当。2013-19年高木仁三郎市民科学基金・選考委員。
 
【抜書】
●アンケート(p133)
 巷間行われているアンケートの多くが、「もともとやる必要がないもの」「労力の割に結局何がわかったのかわからないもの」「結果の正確さに乏しいもの」「手法がそもそも間違っているもの」である。
 
●AI自動翻訳(p163)
 みらい翻訳 https://miraitranslate.com/
 
●標本調査(p196)
 総務省統計局「標本調査とは?」 http://www.stat.go.jp/teacher/survey.html
 
●交絡因子(p197)
 疫学調査において、調べたい曝露因子と疾病発症の両方に関係して影響を与えている可能性がある因子。
 
●IdeaFragment2(p294)
 KJ法をPC上で行うことのできるフリーソフト。
 
●高木仁三郎市民科学基金(p263)
 認定NPO法人。市民の視点に立った調査研究への助成を行っている。
 問題の解明や解決を目指す「市民科学」を幅広く公募。一般の市民からの寄付により運営。
 
(2020/12/29)KG
 
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言語の起源 人類の最も偉大な発明
 [言語・語学]

言語の起源 人類の最も偉大な発明
 
ダニエル・L・エヴェレット/著 松浦俊輔/訳
出版社名:白揚社
出版年月:2020年7月
ISBNコード:978-4-8269-0220-5
税込価格:3,850円
頁数・縦:446p・20cm
 
 言語を発明したのはホモ・サピエンスではなく、エレクトゥスの時代から人類は言語を操っていた。そして言語は遺伝子の突然変異によって生まれたのではなく、文化と共に発展していったのである。普遍文法は存在しない。
 ……といったことを、古人類学、脳科学、生物学、言語学などさまざまな学問領域から証拠を集めて論証する。
 
【目次】
第1部 最初のヒト族
 ヒト族の登場
 化石ハンターたち
 ヒト族の分離
 みな記号の言語を話す
第2部 人間の言語への生物学的適応
 人類、優れた脳を得る
 脳はいかにして言語を可能にするか
 脳がうまく働かなくなるとき
 舌で話す
第3部 言語形式の進化
 文法はどこから来たか
 手で話す
 まずまず良いだけ
第4部 言語の文化的進化
 共同体とコミュニケーション
 
【著者】
エヴェレット,ダニエル・L. (Everett, Daniel L.)
 言語人類学者。ベントレー大学アーツ&サイエンス部門長。言語をテーマとした著書を数多く発表している。
 
松浦 俊輔 (マツウラ シュンスケ)
 翻訳家、名古屋学芸大学非常勤講師。
 
【抜書】
●普遍文法(p25)
 言語は、5~10万年前に起きた、たった一度の遺伝子変異の結果であり、その変異によって、ホモ・サピエンスは複雑な文を組み立てられるようになったという説。その際に、遺伝子変異によって獲得したのが「普遍文法」。
 
●インデックス、アイコン、シンボル(p37)
 チャールズ・サンダース・パース、アメリカ人哲学者。記号論、プラグマティズムの分野で貢献。
 記号は、形式と意味を任意に組み合わせることでできる。
 インデックス(指標)……それが指し示すことの実際の物理的なつながりを明らかに示す。猫の足跡は猫のインデックス。
 アイコン(類像)……それが指し示すものを物理的に喚起する記号。彫像や肖像画は、描かれている対象を物理的な類似を通じて指し示すアイコン。
 シンボル(象徴)……それが指し示すものとの慣習による結びつきであり、シンボルが示すものとの類似も物理的関連も必要としない。その結びつきは、社会によって合意されたもの。
 
●ボールドウィン効果(p55)
 1896年に心理学者のジェームズ・マーク・ボールドウィンが提唱。文化が作用する進化的変化。①自然淘汰にとって表現型が重要であることを強調した。②文化と自然淘汰に相互作用がある。
 シベリアでは、遺伝子の突然変異によって親指を人差し指のほうへ曲げられるようになった人が、クマの毛皮を縫い合わせることを上手にできるようになった。そのため生きやすくなり、「器用さ遺伝子」が集団全体に広まるようになる。
 しかし、アフリカのような暖かい気候の土地では、この変異(上着を作る表現型)は中立的変異の一つにすぎない。
 文化が中立的変異を実体的変異に変えうる。二重継承説ともいわれ、文化と生物学を一体化し、いずれか一方で説明できない進化上の変化を説明しようとする。
 
●ヒトの特徴(p67)
 人を他の種から分ける特徴……二足歩行、大脳化、性的二形の縮小、隠れた発情、視覚優位と嗅覚の減退、腸の縮小、感染の発達、放物線のようなU字型の歯列弓、顎先の発達、茎状突起(耳のすぐ後ろにある細い骨片)、下がった喉頭、など。
 
●持久狩猟(p69)
 獲物が疲れて狩猟民が石斧や棍棒で殺せるようになるまで、あるいは消耗や体温の過熱で死んでしまうまで追い続ける狩猟法。
 
●ダークマター(p85)
〔 ホモ・エレクトゥスには、地球史上、他のどの種も経験していない変化があった。エレクトゥスは、自己を意識する認知に達したことでおそらく、自分の感情――愛、憎しみ、恐れ、欲望、孤独、幸福――について語り、規定し、前後関係を把握し、分類することが(いずれは)できるようになった。このわれわれの先祖はほぼ確実に、移動中の親類縁者のことを把握するようになっただろう。発達する文化や移動からこうした知識が生まれ、増えていくうちに、エレクトゥスはいずれ何らかの言語を(その比較的大きな脳を使って)発明せざるをえなくなったのだろう。そして文化の高まりはエレクトゥスに、言語能力をより効果的かつ効率的なものにし、それに伴って、そうした能力を最大限活用するのに必要な脳、体、発声器官を徐々に発達させる淘汰圧をかけた。同時にエレクトゥスは、文化と言語の隙間で、「心のダークマター(dark matter of the mind)」と呼べるもの――暗黙の構造化された知識、優先される価値、社会的役割――を発達させただろう〔「ダークマター」は宇宙物理学に由来する言葉で、光などの電磁的作用で「見る」ことはできないが、その重量によって宇宙の構造に影響を及ぼしている(そう考えないと現象を説明できない)とされる物質。観測が試みられているものの、まだ特定されていない〕。ダークマターは人間の統覚(われわれの発達に作用する経験のことで、無意識に蓄えられ、個々人の心理を生み出すもとになる)の解釈や配置を左右する。〕
 
●サハラ・ポンプ(p86) 
 サハラ砂漠が温順だった当時の、川や湖沼の多い地形や、それに伴う水循環。サハラは砂漠ではなく、北アフリカ全体が緑の森で覆われていた。
 200万年前、ホモ・エレクトゥスが移動を始めたころも、そうだった。
 
●第一次文化革命(p90)
 200万年以上前。オルドワン石器群が登場した。
 ホモ・エレクトゥスは、種子を割るのに歯ではなく石を使い、それによって道具を改良するために、さらに進化して知能を高めようという文化的な圧力が増した。
 オルドワン石器……リーキー夫妻が初めて発見したオルドバイ峡谷の名がついた剥片石器。〔この石器群は、もともとアウストラロピテクスも用いていたのかもしれない(あるいはそうでないかもしれない)。
 
●文法、シンボル(p162)
 文法が言語の中心であるという考えを退ける理由。
 ① ピダハン語やリアウ語(インドネシア)のような言語は、(おそらく)階層的文法を持たない。
 ② 人間の言語史において、シンボルが文法のはるか前に進化したという証拠が大量にある。
 ③ 階層的文法は、副産物でしかない。
 ④ 人間以外の生物も、統辞(何らかの形の言語構造)を用いているように見える。
 ⑤ 人類が認知の硬直性から離れるように進化した。動物は、柔軟な認知に欠けるために本能を必要とする。言語は、そうした本能とは異なる働きを有する。
 ホモ・エレクトゥスが発明したのは、シンボル。シンボルは、言語まであと一歩のところにある。
 
●脳の進化の4段階(p174)
 古人類学者ラルフ・ホロウェイによる。
 第0段階……チンパンジーとヒトの分化の段階。600~800万年前より。サヘラントロプス、アルディピテクス、オロリンの時代。①脳後部に、正面(前部)に向かう月状溝(脳の中の三日月形をした溝)があった。この溝は、脳の前頭葉皮質から視覚皮質を分けている。前頭葉皮質の大きさは、思考力の相対的な高さの指標となる。月状溝が後ろにあるほど、知能が高い。②サヘラントロプスは、おそらく「後頭連合野」があまり発達していなかった。③脳の容積は350~450cm³ほど。
 第1段階……アウストラロピテクス・アフリカヌスと、アファレンシスの登場した350万年前。月状溝が後退。後頭連合野が拡大。容量は500cm³ほど。左右の半球の非対称の兆候が表れる。
 第2段階……ホモ・エレクトゥスの登場、190万年前。脳の体積と大脳化が増大。左右の半球の非対称が顕著に。特にブローカ野周辺の領域が目立つようになる。言語能力も高まっていたと考えられる。
 第3段階……約50万年前。脳が最大のサイズに達し、各半球の特化も進む。
 
●舌骨(p177)
 エレクトゥスには、現代人が持つ舌骨(hyoid=「U字形」を意味するギリシャ語による)がなかった。つまり、サピエンスの言葉に比べると雑音が混じって、単語の違いが聞き取りにくかったと思われる。
 舌骨……喉頭を留める、咽頭にある小さな骨。舌骨を喉頭につなぐ筋肉は、舌骨を支えにして喉頭を上下させ、幅広い種類の言語音を生み出す。
 
●FOXP₂遺伝子(p177)
 FOXP₂遺伝子は、エレクトゥスの時期から人類の中で進化したらしい。
 FOXP₂遺伝子は、言語遺伝子ではないが、言葉の制御能力を高める。ニューロンを長くし、認知を速く、効果的にする。現代人類にあるFOXP₂は、大脳基底核の長さとシナプス可塑性の増加ももたらし、運動学習と複雑な作業の実行を助けている。
 
●超大型化(p182)
 〔哲学者のアンディ・クラークが以前から言っているように、文化はわれわれの脳を「超大型化」する。脳という器官は、文化の海の中で他の脳器官とつながる。〕
 つまり、脳は個人の体の中でネットワーク化されているだけでなく、他の脳(他人)ともネットワーク化されている。
 
●ホモ・フローレシエンシス(p193)
 ホモ・フローレシエンシスの脳は、426cm³程度。多くのアウストラロピテクスの脳より小さい。身長はともに1.19m程度。
 道具の使用、フローレス島への航海のことを考えると、知能はエレクトゥスと同程度だったと考えられる。
 
●大脳基底核(p202)
 脳には言語専用の領域はないが、大脳基底核と呼ばれる皮質の下の領域が、言語にとって重要である。
 大脳基底核……一個の単位として機能するように見える脳組織の集まり。随意運動の制御、手続き学習(定型作業や習慣)、眼球運動、情緒機能など、様々な一般的機能に対応している。「爬虫類の脳」と呼ばれることもある。
 大脳基底核は、話し言葉や言語全体に関係している皮質と視床などの脳の領域と強く結びついている。言語を生み出す脳の全く別々の部分をまとめているので、フィリップ・リーバーマンは「機能上の言語系(Functional Language System)」と呼ぶ。
 
●音(p229)
 短期記憶(作業用記憶、ワーキングメモリー)は、音に依拠する記憶に偏っている。発話を記憶して解読することにとって重要。
 短期記憶は、ヒトの進化の形成を助ける言語のために進化した部分があるらしい。
 
●情報時代(p287)
 〔情報時代の到来を告げたのはコンピュータではなく、言語である。そして、情報時代が始まったのは二〇〇万年近くも前のことで、ホモ・サピエンスはそれをすこし手直ししただけだ。〕
 
●G₃言語(p320)
 G₁言語……線形文法にシンボル、イントネーション、ジェスチャーが加われば、G₁言語が成立する。もっとも単純な一人前の人間の言語。
 G₂言語……階層構造があるが、再帰はない。ピダハン語やリアウ語。
 G₃言語……階層と再帰の両方を持っている。
 〔ノーム・チョムスキーのような一部の言語学者は、人間の言語はすべてG₃言語であり、言い換えれば、すべての言語は階層と再帰を持つと説く。チョムスキーは、再帰なしには人間の言語はあり得ないとさえ主張する。要するに、チョムスキーの考えでは、初期人類や他の動物のコミュニケーション方式とホモ・サピエンスの言語を区別するのは再帰なのだ。再帰のない、初期の人類の言語は、チョムスキーによれば、人類未満の「原型言語」ということになる。〕
 
●ノルマン侵攻(p357)
 英語はもともと、ドイツ語と同じように「主語・動詞・目的語」という順番だった。
 1066年のノルマン人の侵攻の後、フランス語と同じ「主語・動詞・目的語」の順番に切り替わった。
 
(2020/12/29)KG
 
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闇の脳科学 「完全な人間」をつくる
 [医学]

闇の脳科学 「完全な人間」をつくる (文春e-book)  
ローン・フランク/著 赤根洋子/訳
出版社名:文藝春秋
出版年月:2020年10月
ISBNコード:978-4-16-391275-2
税込価格:2,200円
頁数・縦:326p・20cm
 
 ロバート・ガルブレイス・ヒース。いまや忘れ去られた、精神医学界の巨人である。ニューオリンズのチュレーン大学にスカウトされ、1949年から1980年まで、長期にわたって精神科と神経科の学科長を務めた。多くの精神疾患患者に「脳深部刺激療法」を施し、一定の効果を上げた。
 本書は、ヒースの評伝である。『闇の脳科学――「完全な人間」をつくる』というタイトルからは、マッド・サイエンティストを連想してしまうし、ヒースのことを知った当初は、著者もそうした人間像を思い描いたようだ。しかし、関係者へのインタビューを重ねるうちに、その予測は覆される。真摯に精神疾患と向き合い、患者のために緻密に周到に治療法を開発しようと試みる、研究者としての、そして医者としてのヒースの姿が浮かび上がってくる。むしろ、数十年も早く生まれすぎた先駆者だったのかもしれない。埋もれてしまったヒースの成果が、最近の研究者による「最新の」研究結果として蘇っているのである。
 そう、原書のタイトルは、『The Pleasure Shock: The Rise of Deep Brain Stimulation and Its Forgotten Inventor』(プレジャーショック――脳深部刺激法の始まりと忘れ去れたその考案者)なのである。「闇」をイメージさせる要素はまったくない。
 ロバート・ガルブレイス・ヒース、1999年、84歳で死去。 
 
【目次】
プロローグ 脳を刺激し、同性愛者を異性愛者へ作り変える
第1章 ゴー・サウス―野心に燃える若き医師
第2章 忘れ去られた“精神医学界の英雄”
第3章 一躍、時代の寵児へ―“ヒース王国”の完成
第4章 幸福感に上限を設けるべきか
第5章 「狂っているのは患者じゃない。医者のほうだ」
第6章 その実験は倫理的か
第7章 暴力は治療できる
第8章 DARPAも参戦、脳深部刺激法の最前線
第9章 研究室にペテン師がいる!
第10章 毀誉褒貶の果てに
エピローグ 七十六歳の老ヒース、かく語りき
 
【著者】
フランク,ローン (Frank, Lone)
 デンマークを代表するサイエンス・ジャーナリスト。神経生物学の博士号を持つ。米国のバイオテクノロジー業界でキャリアを積んだ後、『My Beautiful Genome』『Mindfield』(ともに未邦訳)を執筆し、高い評価を得る。「サイエンス」や「ネイチャー」などの学術雑誌やヨーロッパの有力紙に寄稿するかたわら、コメンテーターや制作者としてデンマークのテレビ、ラジオでも活躍。科学、テクノロジー、社会にまつわる議論をリードする存在である。
 
赤根 洋子 (アカネ ヨウコ)
 翻訳家。早稲田大学大学院修士課程修了(ドイツ文学)。
 
【抜書】
●視床、前頭葉(p86)
 「アイリーンはボブの視床だ」。
 情報通のアイリーンを視床にたとえた表現。視床は、脳内で処理されるあらゆる情報の中継地点。
 アイリーン・デンプシーは、ヒースが引退するまでの数十年間、秘書を務めた。
 〔彼女はすべての点で驚くべき女性だった。綺麗に調えられた黒髪、長い足、当時理想とされた、砂時計のようにくびれた細いウエスト、美しくエレガントであると同時に信じられないほど有能で、あらゆる内情に通じていた。〕
 〔彼女は時折、ヒースのために、冷静で思慮深い超自我の座である前頭葉の役割を果たすこともあった。ボブがかんしゃくを起こして学生を「何のとりえもないこの大馬鹿者」と怒鳴りつけたり、怒りにまかせて「クビにしてやる」とスタッフを脅したりしたとき、唖然としている学生やスタッフとの間を丸く収めるのはアイリーンだった。
「彼に悪気はないのよ。ボブには、実は反論してくれる人が必要なの。落ち着いて考えれば彼もわかるはずよ」〕
 
●生物学的な疾病(p88)
 1995年に発売されたソラジンは、抗精神病薬として統合失調症患者に投与され、その後十年のあいだに欧米の精神病院では入院患者が激減した。
 ヒースは、「統合失調症は実際には生物学的な疾病であり、その原因は脳内にある」という信念を持っていた。ソラジンはその証明となった。
 ソラジン……フランスの製薬会社ローヌ・プーラン社が1950年に開発した薬の製品名。RP4560(クロルプロマジン)。
 
●ブロードマン25野(p114)
 米国エモリ―大学教授で神経科医のヘレン・メイバーグは、2005年、重篤な慢性鬱病患者の治療に脳深部刺激を応用したとする論文を発表した。
 報酬系……視床を取り巻く、偏桃体や海馬を含む領域の集合体。「感情脳」とも呼ばれる。
 一般的に、やる気、恐怖、学習能力、記憶、性欲、睡眠の調節や食欲といった、鬱病によって影響を受ける営みを司っている脳領域。
 ブロードマン25野……大脳皮質の膝下野とも呼ばれる。眼窩のほとんど真後ろの脳底部付近に位置する、人差し指の先ほどの大きさを持つ領域。報酬系や辺縁系の、脳全体のさまざまな領域とつながっている。
 鬱病患者のブロードマン25野は、健常者よりも小さい。鬱病患者の25野は過活動状態のようにも見える。鬱病を治療すると、25野の過活動も沈静化する。
 一種の「鬱病中枢」?
 メイバーグは、鬱病をネガティブなプロセスが活性化している状態だと考えている。快感とか喜びといったポジティブな要素が欠如した状態だとはみなさない。鬱病の治療には、常に心を苛んでいるネガティブな活動を取り除くことが必要。
 ちなみにヒースにとっては、快感が治療への鍵だった。鬱病とは「失快感症」。
 
●美容整形外科(p134)
〔 第一次大戦で手足や顔の一部を損傷した帰還兵のために開発された形成外科は、異常や変形を治療するための医療分野だった。長い間、それがこの分野の唯一の目的だった。だが周知のとおり、状況は変わった。現在、美容整形外科は世界的な巨大市場だ。高度に専門化したプロたちが、時代の流行や消費者のさまざまな要望に従って、鼻の高さや乳房の大きさ、果ては女性器の形までをも造り替えている。
 問題は、脳深部刺激が神経外科にこれと同じような結果をもたらすかどうか、である。我々現代人は、人体をバイオ・マシンと見なす時代に生きている。こうしたレンズを通して見ると、自分の持って生まれたハードウェアをグレードアップしようとすることが間違っているとはなかなか思えない。なぜなら、それはただのハードウェアなのだから。〕
 
●ヒースの悲劇(p169)
〔 現在、インターネットでロバート・ヒースを検索すると、たいていは、マインドコントロールやCIAの人体実験、精神外科に対する闘いに関するサイトがヒットする。一九七二年におこなわれた、患者B-19という仮名で呼ばれている若い男性同性愛者を異性愛者に転向させようとした実験が非難されていることも多い。〕
 
●電子スーパーエゴ(p223)
 2013年、DARPA(国防高等研究計画局)では、小脳に埋め込むことのできる小さな電気系統装置の開発開始を発表した。脳深部刺激により、脳の状態を常時読み取ってそれを修正し、特定の感情や特定の種類の行動が最初から起きないようにする装置。
 ハーバード大学と同大の関連医療機関マサチューセッツ総合病院、ドレイパー研究所が共同研究として3,000万ドルの予算を獲得した。
 
●鬱病(p230)
 鬱病は、単独の疾患ではない。〔精神科医たちの内輪話では、「鬱病として一括りにされている疾患は、実は、器質的原因も生物学的メカニズムも異なる複数の別々の疾患なのではないか」という声が次第に強まっている。〕
 
(2020/12/25)KG
 
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当事者研究 等身大の〈わたし〉の発見と回復
 [医学]

当事者研究 等身大の〈わたし〉の発見と回復
 
熊谷晋一郎/著
出版社名:岩波書店
出版年月:2020年7月
ISBNコード:978-4-00-006337-1
税込価格:2,970円
頁数・縦:217, 43p・20cm
 
 
■「当事者」とは「自分」のこと
 日本独自の取り組みである当事者研究とは、2001年に北海道の浦河町にある「浦河べてるの家」で誕生したという。ここは、精神障害を持つ人々の生活拠点である。
 はて、「当事者研究」とは何であろう。何らかの事にあたる「当事者」を研究する学問であろうか。たとえば、大日本帝国陸軍の参謀本部の幹部たちは「当事者意識」が低く、すべて他人任せでそのために無謀な戦争に突き進んだ、という言われ方をするが、そのような「当事者」を扱うのであろうか。
 いや、「当事者研究」の「当事者」とは、まさにその状況に置かれた「当人」のことであり、「当人」が「自分の事」を「研究」することであるようだ。「定型発達者」とはやや異なる自分の事を知ることにより、よりよい生活を送れるようになることを目指すのが「当事者研究」なのである。「もっとも本人のことを長時間継続的に観察できるのは本人自身であり、次いで共同生活者ということは自明であるから、本人と身近な他者が研究主体にならなくてはならない」(p.108)。研究とはいいながら、「当事者研究においては、困難を前にまず専門家に丸投げをせず、当事者が自分で考えるという態度を大切にする」(p.212)。
 つまり、当事者研究とは、「『自分助け』の技法」(p.1)なのである。
 対象となる「自分」は、統合失調症、依存症、発達障害、慢性疼痛、双極性障害、レヴィ小体病、吃音、聴覚障害など、多岐に及ぶ。さらに、障害や病気だけではなく、生きづらさを抱えているあらゆる人々の間に広まりつつあるという。
 特に本書では、自閉スペクトラム症(ASD)の診断を持つ綾屋紗月(あややさつき:東京大学先端科学技術研究センター当事者研究分野所属の特任講師)と行ってきたASDをめぐる当事者研究を中心に扱っている。
 
【目次】
第1章 当事者研究の誕生
第2章 回復の再定義―回復とは発見である
第3章 当事者研究の方法
第4章 発見―知識の共同創造
第5章 回復と運動
終章 当事者研究は常に生まれ続け、皆にひらかれている
 
【著者】
熊谷 晋一郎 (クマガイ シンイチロウ)
 1977年生まれ。新生児仮死の後遺症で脳性まひになる。高校までリハビリ漬けの生活を送り、歩行至上主義のリハビリに違和感を覚える。中学1年時より電動車椅子ユーザーとなる。高校時代に身体障害者の先輩との出会いを通じて自立生活運動の理念と実践について学び、背中を押されて大学時代より一人暮らしを始める。大学時代に出会った同世代の聴覚障害学生の運動に深く共鳴する。「見えやすい障害」をもつ自分への「排除型差別」とは異なる、「見えにくい障害」に対する「同化型差別」の根深さを知る。東京大学医学部医学科卒業後、千葉西総合病院小児科、埼玉医科大学病院小児心臓科での勤務、東京大学大学院医学系研究科博士課程での研究生活を経て、東京大学先端科学技術研究センター准教授、小児科医。東京大学バリアフリー支援室長。専門は小児科学、当事者研究。主な著作に、『リハビリの夜』(医学書院、第9回新潮ドキュメント賞)など。
 
【抜書】
●自己決定(p19)
〔 障害者の当事者運動では、「何でも自分でできること」「お金を稼げるようになること」を自立とは考えない。運動における自立概念は、「自己決定をし、その結果について自己責任を負うこと」である。自己決定することが自立であり、実行することは自立にとって必要な条件ではない、と考えたのである。
 また自己決定の原則を徹底するために、支援者は、たとえ善意であっても先回りせず、障害者の指示に従う手足に徹するべきだと主張された。それは、施設や家庭の中での、先回りが前提となった介助/被介助関係に対する反省から生まれてきた考え方である。〕
 
●障害、ショウガイ(p52)
 障害(disability)……予期と現実との間に生じた誤差(期待誤差や予測誤差)。①〈生得的な期待〉と〈後天的な期待〉の間、②〈後天的な期待〉と〈予測(知識)〉の間、③〈予測(知識)〉と〈身体(現実)〉の間、の3か所に発生しうる。身体に内在せず、予期-身体-環境の「間」に生ずる。
 ショウガイ(impairment)……①〈生得的な〉期待(恒常性の維持など)と、〈後天的な〉期待(規範・欲望など)との間、②〈身体(現実つまり筋骨格・内臓)〉と〈環境(現実)〉との間、に生じる。身体に内在するものとして事後的に措定される。
 
●過剰一般化記憶(OGM)(p69)
 OGM:Overgeneral memory、過剰一般化記憶。
 トラウマ状態に陥った人によく認められる傾向。自分の過去の具体的な出来事を思い出して描写することの困難。とりわけ特定の時間と場所で起こった出来事としてうまく報告できない状態。
 OGMは、トラウマ後の鬱や心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発生が予測され、鬱の経過の悪さや社会的問題解決の効力低下に結びついている。
 摂食障害やパーソナリティ障害においてもOGMが認められる。
 フラッシュバック……PTSDの主症状ひとつ。極めて具体的なトラウマ記憶が、その記憶を連想させるような刺激を引き金にして不随意的に想起される。
 PTSDでは、OGMとフラッシュバックが併存するので、概念的自己とエピソード記憶とのリンク(自己整合性と現実対応性の両立)の不全が発生している。
 
●類似した者同士の共感(p89)
 ASD傾向の強い主人公が登場する物語を読んだ後の想起課題では、ASD者のほうが多数派よりも成績が良い。
 ASD者における帰属的推論の困難は、少数派の側に帰属されるショウガイに還元されるのものではなく、特徴や経験を共有できる類似した他者との出会いが少ないことや、少数派独自の経験を表現する語彙が支配的な言語体系の中に存在しないことによって引き起こされる。
 
●定型発達者(p98)
 発達障害を持たない、いわゆる健常者のこと。
 本書では、「定型的社会性」「神経定型者」「非定型性」という語も登場する。
 本書では、ASDとの対比において最初に使用している。
 
●コミックサンズ(p159)
 Comic Sans。異なるアルファベット間で同一のパーツが共有されていない、不揃いのフォントの一種。
 発達性識字障害の人にとっては、MSゴシック体よりもスムーズに読める。
 
(2020/12/19)KG
 
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機械翻訳 歴史・技術・産業
 [コンピュータ・情報科学]

機械翻訳:歴史・技術・産業
 
ティエリー・ポイボー/著 高橋聡/訳
出版社名:森北出版
出版年月:2020年9月
ISBNコード:978-4-627-85181-8
税込価格:2,860円
頁数・縦:187p・22cm
 
 機械翻訳はどのように発展してきたのか、その歴史と理論を概観する。
 機械翻訳は、コンピュータの登場とともに、1940年代後半から本格的に始まった。「直接翻訳方式」や「中間言語方式」などの「ルールベース翻訳」の実験が繰り返された。しかし、マシンの性能が貧弱だったこともあり、思うような成果が出ず、下火になっていった。
 息を吹き返したのは、1990年代、「統計的機械翻訳」の手法が提唱されてからだ。マシンの性能も向上し、それまでに蓄積されたコンピュータ言語学の成果も取り入れて大規模な対訳コーパスを分析できるようになったからである。そして現在の主流は、ディープラーニングの手法を取り入れた「ニューラル機械翻訳」となっている。
 本書の原著は2017年の刊行である。その後の3年間、AIの進歩に促された機械翻訳の発展には目覚ましいものがある。それを補うため、中澤敏明による最新の「ニューラル機械翻訳」に関する解説が加えられている。
 
【目次】
翻訳をめぐる諸問題
機械翻訳の歴史の概要
コンピューター登場以前
機械翻訳のはじまり:初期のルールベース翻訳
1966年のALPACレポートと、その影響
パラレルコーパスと文アラインメント
用例ベースの機械翻訳
統計的機械翻訳と単語アラインメント
セグメントベースの機械翻訳
統計的機械翻訳の課題と限界
ディープラーニングによる機械翻訳
機械翻訳の評価
産業としての機械翻訳:商用製品から無料サービスまで
結論として:機械翻訳の未来
解説:2020年時点でのニューラル機械翻訳(中澤敏明)
 
【著者】
ポイボー,ティエリー (Poibeau, Thiery)
 フランス国立科学研究センター(CNRS)研究部長、同センターLATTICE(Langues, Textes, Traitements informatiques et Cognition)研究所副所長。Ph.D.(計算機科学)。専門の自然言語処理のほか、言語獲得、認知科学、認識論、言語学の歴史を関心領域とする。
 
高橋 聡 (タカハシ アキラ)
 翻訳家。日本翻訳連盟副会長。共著書に『できる翻訳者になるために プロフェッショナル4人が本気で教える翻訳のレッスン』(講談社、2016年)などがある。
 
中澤 敏明 (ナカザワ トシアキ)
 東京大学大学院情報理工学系研究科特任講師。専門は自然言語処理、特に機械翻訳。共著書に『機械翻訳』(2014年、コロナ社)がある。
 
【抜書】
●バベルフィッシュ(p1)
 イギリスの作家ダグラス・アダムスのコメディSF『銀河ヒッチハイク・ガイド』シリーズに登場する万能翻訳機(通訳機)。
 片耳に小さな魚(バベルフィッシュ)を1匹押し込んだだけで、どんな言語でも理解できるようになる。
 
(2020/12/14)KG
 
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戦国の図書館
 [歴史・地理・民俗]

戦国の図書館
 
新藤透/著
出版社名:東京堂出版
出版年月:2020年9月
ISBNコード:978-4-490-21037-8
税込価格:2,750円
頁数・縦:315p・20cm
 
 戦国の「図書館」とは、牽強付会な、あまりにもこじつけ。つまり、戦国時代に図書館(近代的な意味での)はなかった。でも、図書館の役割を果たした学校や、司書のような公家、情報センターのような連歌師は存在したよね、という話である。
 別にそれらが現在の図書館の起源になっている、ということではない。図書館という概念・理念そのものが、欧米からの移入であるのだから、当然のことである。
 とそんなもっともらしい講釈は抜きにして、荒くれ者たちの戦国時代という僕らのイメージを突き崩し、かの武将たちが結構文化人であり、むしろ、京都がすさんだ戦国時代だからこそ、その文化が地方に拡散した、という点が興味深い。
 
【目次】
第1編 武家・公家の文庫と西洋図書館の日本伝来
 戦国時代とは
 足利将軍家の書籍蒐集
 大内氏歴代の文芸趣味と殿中文庫
  ほか
第2編 戦国最大の図書館・足利学校
 足利学校の創建年
 室町幕府と鎌倉公方足利持氏の対立
 足利学校の教育
  ほか
第3編 情報センターとしての公家と連歌師
 三条西実隆
 三条西実隆が行った書籍の貸与
 三条西実隆が行った書籍の借用
  ほか
 
【著者】
新藤 透 (シンドウ トオル)
 1978年埼玉県生まれ。筑波大学大学院図書館情報メディア研究科博士後期課程修了。博士(学術)。現在、國學院大學文学部教授、(株)歴史と文化の研究所客員研究員。図書館情報学、歴史学(日本近世史)専攻。
 
【抜書】
●禅林文庫(p77)
 上杉景勝・直江兼続が、元和4年(1618年)に米沢城西北の白子明神の西隣に禅林寺(のちに法泉寺と改称)を建立。九山禅師を迎えて開山した。
 九山は、那須雲巖寺(うんがんじ)の大虫宗岑(だいちゅうそうしん)門下だったが、兼続がその学才に惚れこみ、米沢への招請を説いて、足利学校で学ばせた。
 九山は足利学校で易学と兵学を学んだ。『周易伝』3冊や七書(『孫子』『呉子』『司馬法』『尉繚子』『三略』『六韜』『門対』)の注釈書である『七書講義』など、足利学校の蔵書も持ち帰る(または書写する)。兼続が収集した書籍とともに、禅林寺内に禅林文庫を設置。米沢藩士のための学問所として機能。
 禅林文庫は、その後、米沢藩校興譲館へと発展。
 
●桃華坊文庫(p84)
 一条兼良(1402-1481)の蔵書。古典文学研究、和歌・連歌・能楽、有職故実にまで及んだ。
 応仁の乱で焼失したとも、略奪を受けたとも言われる。
 
●堂上家(p201)
 堂上家(とうしょうけ)。戦国時代においては、公家の家格はすでに固定化されていた。御所の清涼殿への昇殿が許される堂上家と、ゆるされない地下家(じげけ)とに分けられていた。堂上家は、五位以上の官位を有する。六位以下は地下家。
 ① 摂関家……大納言、右大臣、左大臣を経て、摂政、関白、太政大臣にまで昇進できる家柄。藤原北家を祖に持つ近衛、九条、二条、一条、鷹司の五家。
 ② 清華家……太政大臣にまでなれる。古来は七家だが、戦国時代に滅亡した家、江戸時代に新たに編入された家もある。三条本家である転法輪三条家など。
 ③ 大臣家……最高は太政大臣にまで昇進できるが、事例はない。実質は内大臣が最高位だが、これも少ない。清華家の庶流で構成。正親町三条家、三条西家など。
 ④ 羽林家……参議から中納言、大納言にまで昇進できる。例外的に一人だけ、内大臣になった者がいる。
 ⑤ 名家……羽林家と同格。鎌倉時代に成立した新しい家格。最高は大納言だが、例外として左大臣、内大臣に進んだ者がいる。日野家、柳原家など。
 ⑥ 堂上家の中で最下位の家格。最高は大納言。
 
(2020/12/12)KG
 
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400年生きるサメ、4万年生きる植物 生物の寿命はどのように決まるのか
 [自然科学]

400年生きるサメ、4万年生きる植物: 生物の寿命はどのように決まるのか (DOJIN選書)  
大島靖美/著
出版社名:化学同人(DOJIN選書 85)
出版年月:2020年7月
ISBNコード:978-4-7598-1685-3
税込価格:2,090円
頁数・縦:238p・19cm
 
 生物、そして人の寿命について、数多くの論文・書籍を慫慂して、現在の定説をまとめた一冊。
 
【目次】
第1章 400年生きるサメ、4000年生きるサンゴ―動物の寿命
第2章 4万年生きる植物―植物の寿命
第3章 マウスなど哺乳動物の寿命の研究
第4章 データで探るヒトの寿命の研究
第5章 百寿者の長寿の秘密
第6章 植物の寿命の研究
第7章 生物の寿命決定メカニズム
第8章 われわれの寿命をできるだけ長くするための要点
第9章 年齢・寿命の測り方
 
【著者】
大島 靖美 (オオシマ ヤスミ)
 1940年神奈川県生まれ。69年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。九州大学薬学部助手、米国カーネギー発生学研究所博士研究員、筑波大学生物科学系助教授、九州大学理学部教授、崇城大学教授を経て、九州大学名誉教授。理学博士。専門は分子生物学、分子遺伝学(線虫、微生物、植物)。1975年に日本薬学会宮田賞および日本生化学会奨励賞受賞。
 
【抜書】
●多年草(p40)
 イネ、トマト、日日草、唐辛子……熱帯など温暖な環境では多年生だが、日本では越冬が困難なため、1年生となる。
 ヒナギク、パンジー……日本で暑い夏を越すことができないので、日本では1年生となる。
 
●ラミート(p43)
 ポプラなど、群体を形成する植物では、個々の木を「ラミート」という。それぞれのラミートが地下茎でつながっており、遺伝子型はすべて同じ。
 
(2020/12/7)KG
 
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教養としての「中国史」の読み方
 [歴史・地理・民俗]

教養としての「中国史」の読み方   
岡本隆司/著
出版社名:PHPエディターズ・グループ
出版年月:2020年10月
ISBNコード:978-4-569-84722-1
税込価格:1,980円
頁数・縦:355p・19cm
 
 中国史を俯瞰し、「大雑把に」つかむための「キモ」を分かりやすく解説。
 中国を突き詰めると、「二元構造」だろうか。「華夷」「士と庶」など、対の構造である。その根拠は、「儒教」に求められる。中国の根本思想でもある。
 ところで、「民主主義」(と「資本主義」)は、西洋のごく一部の地域で生まれ、採用されたシステムに過ぎない、という。「日本は幕末にそうしたものと出会い、たまたまそれが日本人にしっくりくるものだったので違和感なく受け入れましたが、東洋にはそれとはまったく違ったシステムが行われていたのです。」「それは西洋のものとは異なるものなのです。また、どちらが進んでいるとか、どちらが正しいというものではありません。」(p.15)
 正しいとか正しくないとか言う前に、中国のような一党独裁の政治システムの国で暮らしたいとは思わないのだが……。ブレグジットや米国トランプ政権のように、民主主義が劣化している現状も確かにあるけれど。
 
【目次】
序章 中国は「対の構造」で見る
 
Ⅰ 「中国」のはじまり―古代から現代まで受け継がれるものとは
 第1章 なぜ「一つの中国」をめざすのか
 第2章 「皇帝」はどのようにして生まれたのか
 第3章 儒教抜きには中国史は語れない
 
Ⅱ 交わる胡漢、変わる王朝、動く社会―遊牧民の台頭から皇帝独裁へ
 第4章 中国史を大きく動かした遊牧民
 第5章 唐宋変革による大転換
 第6章 「士」と「庶」の二元構造
 
Ⅲ 現代中国はどのようにして生まれたのか―歴史を知れば、いまがわかる
 第7章 現代中国をつくり上げた明と清
 第8章 官民乖離の「西洋化」と「国民国家」
 第9章 「共産主義国家」としての中国
 
【著者】
岡本 隆司 (オカモト タカシ)
 1965年、京都市生まれ。現在、京都府立大学教授。京都大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。博士(文学)。宮崎大学助教授を経て、現職。専攻は東洋史・近代アジア史。著書に『近代中国と海関』(名古屋大学出版会・大平正芳記念賞受賞)、『属国と自主のあいだ』(名古屋大学出版会・サントリー学芸賞受賞)、『中国の誕生』(名古屋大学出版会・樫山純三賞、アジア太平洋賞特別賞受賞)など多数。
 
【抜書】
●中原(p26)
 淮河以北を「華北」、以南を「華中」「華南」という。
 古くは、華北のことを「中原」と称した。「中国」「中華」もほぼ同じ意味。
 
●尊王攘夷(p57)
 「尊王攘夷」は、もともと春秋時代の覇者が用いた言葉。
 当時の「王」とは、周王のこと。春秋時代には、周囲の国々の権力者が「諸侯」と呼ばれていた。儒教で、周王を「天子」と位置付けて仰いだ。
 天子の権威は、本来、儒教的な「徳」を拠り所としたもの。必ずしも武力的優位を必要としない。
 
●貴族(p104)
 後漢王朝は、西暦紀元ごろから200年間、平和な時代を維持した。
 このころ、「豪族」「貴族」が形成された。特定の勢力家・豪族が、政府の要職を世襲的に独占していった。
 貴族は、勢力の有無大小だけでなく、徳行・モラルの実践を地域コミュニティで評価されなくてはならない。それが、個人ではなく、一家、一族という単位で決まるというのが、中国における「貴族」の特徴。
 
●兌換紙幣(p184)
 元の時代、モンゴルが銀を持ち込んだ。
 宋の時代、銭では高額取引に不便だったので、紙幣が生まれた。しかし、紙幣には信頼性が問題だった。兌換の保証や価値を維持するためのコントロールシステムの構築など、すぐには解決できない問題があり、うまく流通させることができなかった。
 「通貨としての銀」は、もともと西方のイラン系イスラム商人が活用していたもの。
 クビライの時代、兌換紙幣のシステムが導入された。政権が兌換のための銀を準備することで、紙幣の価値を保証するという方法。
 
●唐宋変革(p190)
 ・「門閥貴族」に代わって、政治上、「天子」すなわち皇帝が大きな権力を握った。君主独裁。行政機関が君主の直接指揮のもとにおかれ、君主ひとりによって決裁がなされる「組織政治」。科挙の影響。宋以来、王朝が安定し、長続きするようになった。宋は南北合わせて約300年、明も300年、清も300年弱。
 ・江南開発とそれに伴う人口の増加。
 ・エネルギー革命。石炭をコークスに加工して利用。鉄製の農機具、銅銭と陶磁器の増産につながった。
 ・貨幣経済の成立。シビリアンコントロールを徹底し、平和を潤沢な資金であがなった。
 ・商業の発展。南北を結ぶ大運河の活用。
 ・新たな都市の誕生。城外に農地と住居を備えた集落「邨(=村)」が生まれた。都市は、行政機関だけを残した「政治都市」へと変貌。
 
●文字の獄(p263)
 明の建国者である朱元璋は、「文字の獄」と呼ばれる言論統制を行った。特定の文字の使用を禁じる。
 「光」「禿」「僧」などの使用を禁じた。自分が乞食僧をしていた過去を抹殺するため。
 上記以外にも、恣意的に禁字を適用した。
 ほとんど冤罪に近い。「文字の獄」も地主潰しの一環だった?
 
●絹、綿(p268)
 明の時代、14~15世紀に、江南デルタに稲作のできない場所が増えてきた。そこで、桑と木綿の栽培が盛んになった。
 もともと絹は、内陸部で作られていた。
 木綿は、元の時代にインドから伝来。それまで、衣類には主に麻が用いられていた。
 江南デルタに、絹・木綿を生産するための手工業が勃興。新たな特産品は世界中で高値で取引され、江南を大発展させた。
 人口増加が起き、水田地帯が長江中流域にまで広がった。
 
●郷紳(p276)
 明の時代、郷紳(きょうしん)と呼ばれる人たちが士大夫に取って代わるようになった。
 科挙に合格しながら、官途に進まず、郷里で地元の名士として力を行使した人々。
 ローカルな民治の移譲先として力を振るう。官僚は、数年で転勤してしまう。在地の実務に精通した郷紳が力を発揮する。
 
●17世紀の危機(p278)
 ヨーロッパ史の用語。
 15世紀後半から17世紀初頭にかけての経済隆盛期間と、産業革命による18世紀半ば以降の経済上昇の間に位置する「経済の低迷期間」。世界的な異常気象による飢饉と、豊富に供給されていた銀が枯渇してきたことが原因。
 中国でも同じ現象が起きていた。明滅亡に導いた「李自成の乱」の背景となった。
 
●満洲(p282)
 満洲人、自称「マンジュ」。「マンジュ」は、文殊菩薩に由来する。その音に「満洲」の文字を当てた。
 「明」が火をイメージさせる文字であることから、マンジュの発音に合う文字の中から水のイメージを持つものを選んだ。そのため、本来は「サンズイ」の付く「満洲」が正しい。
 
●華僑(p293)
 17世紀の間、1億人でほとんど変化しなかった清の人口は、18世紀半ばまでに3億人に達した。イギリスからの銀の大量流入による好況。「乾隆の盛世」。
 人口増加により、食にあぶれた人たちが、海を渡って東南アジアへ移住するようになった。「華僑」の始まり。
 
●官民乖離(p344)
 鄧小平の経済改革は、中国独自の「二元社会構造」を利用して経済発展につなげた。
 官民一体となることで経済発展を目指すのではく、上下乖離、官民乖離という「二元構造」に応じた「分業」政策。
 政治は社会主義の共産党政権である「官」が独裁的に引き受け、自由な市場経済(資本主義)は「民(民間)」にゆだねる。
 
(2020/12/5)KG
 
〈この本の詳細〉


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